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2005年の記録
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このページの本たち
窒素固定世界』ハル・クレメント
雪の女王』ジョーン・D・ヴィンジ
竜を駆る種族』ジャック・ヴァンス
黄金旅風』飯嶋和一
楽園の泉』アーサー・C・クラーク
 
イシャーの武器店』A・E・ヴァン・ヴォクト
アグレッサー・シックス』ウィル・マッカーシイ
ドクター・アダー』K・W・ジーター
海王星市から来た男』今日泊亜蘭
光の王』ロジャー・ゼラズニイ

 
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2005年05月08日
ハル・クレメント(小隅 黎/訳)
『窒素固定世界』創元推理文庫

 イアリン・フィンとカーヴィ・ミッコネンは〈放浪者〉の夫妻。〈丘の住人〉たちの依頼があり、いかだで、金属とガラスとを運んできた。彼らと行動を共にしているのは、〈観察者〉のボーンズ。そして、まだ幼い娘のダナ。
 彼らの暮らす世界では、大気に遊離酸素がなく海は硝酸で構成されている。夫妻の種族は酸素マスクがないと生きられないが、ボーンズの種族には特別な装備など必要ない。そのため夫妻は、ボーンズを〈原住民〉と見なしていた。しかし、町に暮らす人の中には、〈侵略者〉として忌み嫌っている者もいる。
 いよいよ目的地が見えてきたとき、彼らは火災を発見した。
 煙は丘の向こう側だが、火の粉が飛んでくることもある。貴重な空気供給所である〈気密小屋〉が燃えてしまうかもしれない。小屋を守るためにかけつけるイアリンとカーヴィ。小屋にいた少年レンバートを叱責しつつ、消化に当たる。
 火は無事に消し終えたが、小屋に入ってみると高濃度酸素で満たされていた。レンバートは酸素浪費者だったのだ。動揺するカーヴィ。そしてまた、レンバートにボーンズの姿を見られてしまった。
 レンバートの仲間たちは〈観察者〉を排除しようと、彼らの殺害方法を研究中。イアリンとボーンズの関係など知る由もない。
 イアリンは、〈観察者〉をおびきだす名目で連れ去られてしまうが……。

 徐々に世界の成り立ちが見えてくるので、分かるまでは暗中模索状態。そのためか、中表紙記載の内容紹介は導入部だけではなく、かなりつっこんだ書き方になってます。なにも知らないまま読むのが一番楽しめると思うんですけど、読み進められなくなったら元も子もない。難しいところです。
 久しぶりに、納得できる結末でした。


 
 
 
 
2005年05月09日
ジョーン・D・ヴィンジ(岡部宏之/訳)
『雪の女王』上下巻・ハヤカワ文庫SF

 惑星ティアマットには、はっきりと別れた2つの季節があった。〈夏〉と〈冬〉。季節によって、2つに別れた民族は大移動を行い、治世も入れ替えられる。それが昔からの慣習だ。
 外世界と交易を行い文明化したティアマットだったが、150年におよぶ〈冬〉の時代は終わりを迎えつつあった。と同時に、外世界との唯一の通路である〈黒い門〉は使用不能となる。しかも〈夏〉の民は科学技術を重視していない。〈夏〉の時代、ティアマットは未開世界への逆戻りが予想された。
 冬の女王アリエンロードにとって、野蛮化は我慢がならないこと。150年もの長きに渡り治世を行ったが、それら一切が無に帰するのだ。そこで、秘密裏に、己のクローンを〈夏〉の人々に産ませることを思いつく。自分自身を教育し、夏の女王に即位させるのだ。
 〈夏〉の娘ムーン・ドーントレダー・サマーは、いとこにして恋人のスパークスと共に“選びの場所”へと向かった。そこで女神に選ばれると、巫女になる資格が与えられる。ムーンとスパークスは、二人とも選ばれると信じて疑わない。しかし、選ばれたのはムーンのみ。ムーンは、事前に交わしたスパークスとの約束を破り、一人で、巫女となる道を選ぶ。
 スパークスは深く傷つき、首都カーバンクルへと旅立ってしまった。スパークスをカーバンクルで待っていたのは、ムーンを注視していたアリエンロード。ムーンこそ、唯一正常に成長したアリエンロードのクローン。スパークスは、冬の女王がムーンと瓜二つであることに驚愕する。
 一方、巫女となったムーンは、アリエンロードが手配した偽の手紙を受け取っていた。巫女にとってカーバンクルは禁断の地。ムーンは、スパークスが窮地に立たされていると信じこみ、カーバンクルへと向かうことを決意する。しかし、道中トラブルに巻きこまれてしまい……。

 ヒューゴー賞受賞作。
 アンデルセンの『雪の女王』(『スノークィーン』)を下敷きにした物語。数奇な運命をたどった一組のカップルを軸に、さまざまな人生が交錯します。元となった物語があるだけに決められた筋は変わりませんが、それだけではありません。
 ムーンはクローンだけあってアリエンロードを感じさせます。でも純粋。スパークスがすぐにたどりついたカーバンクルが、ムーンには遠いこと、遠いこと。
 アリエンロードに永遠の若さをもたらす〈生命の水〉は、重要な交易品。その正体は、海洋生物マーの血。〈夏〉の民はマーを女神の化身として大切にしていますが、〈冬〉の民はそんなこと意に介さず。当然、数は激減し、保護しようとする人が現れます。それにしても、なぜマーの血で寿命が延びるのか? その疑問にもきっちり応えてもらえます。もちろん、巫女の不思議な能力の秘密も……。
 名作。


 
 
 
 
2005年05月10日
ジャック・ヴァンス(浅倉久志/訳)
『竜を駆る種族』ハヤカワ文庫SF

 惑星エーリスには、異星人ベイシックの侵略を受けた過去があった。その圧倒的な力の前に人々は屈したが、しかし、捕虜を得るほどの反撃も行っていた。
 ベイシック人は爬虫類型種族。エーリスの人々は捕虜として捕らえた彼らを品種改良する。そうして誕生したのが、竜たち。能力を特化し、知能は後退。人々は竜を駆り、暮らしていた。
 ジョアス・バンベックは、バンベック平の領主。星を観察し、異星人の襲来を予言した。しかし、幸いの谷を支配している宿敵アービス・カーコロには一笑にふされてしまう。そればかりかアービスに攻め込まれ、応戦するジョアス。そこへベイシックが!
 真っ先にベイシックに襲われたのは、幸いの谷だった。ジョアスは、カーコロに休戦と共同戦線の申し出をされるが……。

 ヒューゴー賞受賞作。
 書きたいことだけ、書きました。そんな感じ。まぁ、たぶん、そこがいいところなんでしょうね。ヴァンスは。


 
 
 
 
2005年05月16日
飯嶋和一
『黄金旅風』
小学館

 1623年。徳川家光が三代将軍となり、年号が寛永と改められる。時代は鎖国へと傾きつつあったが、二代将軍秀忠もまだ健在。大御所として存在感を示していた。
 寛永5年。
 長崎港を、二隻の武装ジャンク船が出航した。それらを所有しているのは、朱印船貿易家にして長崎代官の末次平蔵政直。長崎屈指の船乗り濱田彌兵衛を船大将として全権を委任し、台湾へと向かわせたのだ。台湾ゼーランジャ城には、オランダ東インド会社のピーテル・ノイツがいる。この度の派遣は、オランダ側の債務不履行に関する話し合いのためだったが、交渉は決裂。彌兵衛は、実力行使にうってでるが……。
 寛永6年。
 長崎では、町民吾兵衛の友人富松が失踪していた。切支丹禁止令がでている中、吾兵衛たちは天主教の教典の一部を親より暗記させられた仲。次は自分の番だとおびえる吾兵衛。富松に言い含められていたこともあり『平戸町のお頭』こと平尾才介に相談する。
 才介は、内町火消組惣頭。幼少のころより、性根ひねくれ悪童ぶりを発揮してきたが、侠気に富み人望があった。才介の元に寄せられた失踪人の相談は、富松の件がはじめてではない。火消組は奉公所に目をつけられていて、これまで本格的な捜査は行えなかった。しかし、富松は火消組の構成員。才介は犯人たちのアジトを突き止め、乗りこむが……。
 寛永7年。
 末次平蔵政直が失踪し、遺体となって発見された。嫡男は、平左衛門茂貞。かつてトードス・オス・サントス教会内のセミナリオにいた際、才介と知り合い、共に悪事を働いたこともある仲だ。父・平蔵には勘当され、世間には放蕩息子や不肖者として知られていた。
 平左衛門は、跡目を継ぐことには消極的だったが、長崎町民のために立上がることを決意する。

 寛永5年〜10年のわずか5年間の物語。
 平左衛門を一つの軸に展開しますが、枝葉もてんこもり。時代そのものが主役で、そこに生きている人々を追っていきます。平左衛門だけにスポットライトを当てれば、もっとすっきりまとまった物語になるでしょうが、手がけるのは飯嶋和一、そうはなりません。
 本筋とは関係のない書きこみがあったり、繰り返し同じ説明がでてきたり、小難しい記述もあります。そのため大絶賛はしにくいのですけれど、おもしろいものは、おもしろい。
 なお、タイトルの“黄金”は、貴金属ではなく、まったく別のものを指してます。


 
 
 
 
2005年05月22日
アーサー・C・クラーク(山高 昭/訳)
『楽園の泉』ハヤカワ文庫SF

 カーリダーサは、古代タプロバニーの国王。異母弟と父王からその地位を奪い取った悪名高き支配者だ。カーリダーサは霊山スリカンダの僧侶たちと対立し、それは現代までもつづいている。そしてまた、巨岩ヤッカガラに空中宮殿を築きあげたことでも知られている。
 カーリダーサの時代から2000年。
 ヴァニヴァー・モーガンは、地球建設公社陸地部門の技術部長。モーガンは密かに、宇宙エレベーターの構想を温めていた。これまで人類は、宇宙への輸送手段をロケットに頼っていた。しかし、ロケットは、騒音や大気汚染という深刻な問題を抱えている。静止軌道上の衛星と地上とを超繊維でつなぐ宇宙エレベーターは、それらに代わる宇宙への“橋”となりうるのだ。
 モーガンは諸条件のもと建設予定地を決める。それこそスリカンダ山。なんとか地所を使わせてもらおうとするモーガンだったが、スリカンダ寺院のマハナヤケ・テーロ師は、にべもない。モーガンは、公共工事であることを理由に裁判を起こすが、破れてしまう。
 失脚し、隠遁生活に入ったモーガン。そこへ、仕事の依頼が舞いこむ。火星が宇宙エレベーターを欲していたのだ。モーガンは火星行きを決断するが……。

 宇宙エレベーターとは無関係ながらも、随所で光彩をはなっているのが、カーリダーサの物語。最初の場面転換では、その唐突ぶりに戸惑いましたけど。
 基本ストーリーに絡んでくるのが、アルファ・ケンタウリの方角からやってきた電波信号。ついに迎えた、異星人の恒星間宇宙探査機。生命は乗っていなかったものの、搭載された機械と“会話”が交わされます。まさしく、クラークの物語って感じ。
 マハナヤケ・テーロ師との対立とか、けっこうあっさりした展開を見せてくれます。だらだらと書かないあたりが、クラークのいいところ。と、最近思えるようになってきました。


 
 
 
 
2005年05月23日
A・E・ヴァン・ヴォークト(沼沢洽治/訳)
『イシャーの武器店』創元推理文庫SF

 クリス・マカリスターは新聞記者。ミドル・シティーに忽然と現れた武器店の取材に赴く。それは不思議な店で、売り子の娘もどこかがおかしい。マカリスターが踏みこんだのは、はるか未来に存在している店だったのだ。
 イシャー王朝紀元4784年。
 世界に君臨するは女帝イネルダ。武器製造者ギルドは、イネルダにとって目の前のたんこぶ的存在だ。店が時間を超越してしまったのは、イネルダによる攻撃が原因だった。
 知らずして7000年をひとまたぎしたマカリスター。その体内に蓄積された時間エネルギーは、地球を破壊しかねないほど。マカリスターは絶縁服を着せられ、過去へ送り返されるが……。
 グレイ村に住むモーター修理人ファーラ・クラークは、イネルダ女帝を崇拝していた。その息子ケイルも、親に反抗しつつも崇拝心は同じ。親子の仲違いがつづく中、村に新しく武器店がオープンする。ファーラは、武器店はイネルダ女帝の敵と、警戒を緩めない。一方ケイルは、武器店の娘ルーシー・ラルに魅せられていた。
 ケイルは、ルーシーが帝国首都に住んでいると聞き、家をとびだす。道中、策略家としての才能を発揮して賭博でかせぐケイル。しかし、強盗に巻き上げられてしまう。
 現実のきびしさを知ったケイルはルーシーと再会し、わずかばかりの金と助言とを得ることができた。実は、ケイルは、武器店が目をつけていた人物。帝国側潜在候補者だったのだ。そうとは知らないケイル。帝国首都につくと、道中知り合ったイシャー帝国陸軍大佐ローレル・メドロンを訪問し、任官の打診をするが……。

 〈武器店〉二部作の第一部。(完結編は『武器製造業者』)『武器製造業者』で主役となる不死人ロバート・ヘドロックが暗躍してます。
 発表されたのは1951年。この物語が迎えるラストは、今となってはそれほど特異ではないのですが、これに魅せられた作家がいかに多かったか……ということでしょうね。
 どうも『武器製造業者』の方に注目が集まってしまいがちのようですが、第一部とはいえ後から書かれただけあって、こちらの方が構成がきちんとしてます。入手困難なのが残念でなりません。


 
 
 
 
2005年05月25日
ウィル・マッカーシイ(冬川 亘/訳)
『アグレッサー・シックス』ハヤカワ文庫SF

 3366年。
 人類は宇宙へと進出していたが、異星人艦隊の襲来を受けてしまう。〈ウエスター〉と名付けられた彼らの生態や科学はまったく謎。降伏のメッセージも通じない。人類は、圧倒的な力の前に敗退をつづけ、徹底抗戦を余儀なくされていた。
 マーシェ・タルボット大尉は地球外生物学者。戦術的予測を行うために、ウエスター種族のように思考するチームを発案する。ウエスターは4つの性を持ち、主に6個体で1つのファミリーをつくっているらしい。それを模倣しようというのだ。
 タルボットはチームを〈アグレッサー・シックス〉と名付けた。
 ケン・ジョンソン伍長は、先に行われた大戦〈ハエタタキ作戦〉の生き残り。100万を越える兵員が投入され、生存者はわずか700人。斥候艦隊を相手にして、失った艦艇428隻。破壊した敵艦わずか6隻。壮絶な戦いだった。
 ケンは、病院の術後回復室から、小惑星へと送られる。アグレッサー・シックスの一員となるためだ。頭に〈ブローカー・ウェブ〉によるウエスター言語を詰めこまれ、ウエスターになりきることを求められるケン。戦闘の記憶に恐怖しつつ任務に就くが、ケンは次第に変質していってしまう。
 せまりくるウエスターの無敵艦隊。
 人類は滅亡してしまうのか?

 ストーリーのために登場人物たちが行動しているような印象。基本的には興味深いんですけど。
 まぁ、処女作らしいですから、今後に期待、ということで。


 
 
 
 
2005年05月28日
K・W・ジーター(黒丸 尚/訳)
『ドクター・アダー』ハヤカワ文庫SF

 E・アレン・リミットは、アリゾナの卵牧場で淫売屋を切り盛りしている青年。父親は、偉大なレスター・ギャス。
 ある日リミットは、GCP(拡大生産社)役員ジョー・グーンスクァの接触を受けた。リミットは、レスター・ギャスが考案した伝説のハイテク武器・フラッシュグラヴを手渡され、ドクター・アダーと接触することを求められる。卵牧場にうんざりしていたこともあり、リミットは承諾。空路、ロサンジェルスへと向かう。
 ドクター・アダーは、ロサンジェルスでカルト的な支持を獲得している開業医。依頼人たちの深層心理を読み取り、肉体改造を行っている。肢体を切断された娼婦たち。変形した性器を持つ娼婦たち。アダーがメスをふるった結果だ。
 アダーの敵は、GPC役員ジョン・モックス。アダーも用心は怠らないが、街で、モックスの信者であるモフォ族に襲われてしまう。
 そのモフォ族を撃ち殺そうとしたのが、狙撃屋のミルチ。しかし、誤ってアダーの右腕パッツォを殺してしまった。
 動揺するアダー。
 アダーは自宅にひきこもるが、情報屋ドロイトには門戸を開く。ドロイトの連れは、リミット。リミットはジョー・グーンスクァに言われた通り、アダーにフラッシュグラヴを売りつけようとするが……。

 いろんな固有名詞が次々とでてきて、読むのに疲れる一冊。
 主役はあくまでリミット。リミットを中心に展開していきます。が、最初はそんなこと分からないので、次々と登場するわき役たちに神経を使ってしまいました。
 翻訳されたのは90年ですが、書かれたのは72年。72年の作品ならば問題作扱いされたのも頷ける内容です。今となっては……ですけどね。


 
 
 
 
2005年06月09日
今日泊亜蘭
『海王星市(ポセイドニア)から来た男』

ハヤカワ文庫JA

 明治45年生まれの作者による粋が際立つ短編集。

「ムムシュ王の墓」
 シナイの「王家の谷」の奥深く、ムムシュ王の墓はあった。墓の存在は確認されているものの、誰一人として廟の内陣まで入ることができない。踏査は5000年前のクフ王の時代からはじまっていたが、その都度、動く神殿や降り注ぐ火の玉などによって近づくことすらできずにいた。ムムシュ王の墓の秘密とは?
 主役は、阿兎ノ宮義仁殿下。おだやかな物腰が、歴史ミステリ調に落ち着いた雰囲気を醸し出してます。けっこう突拍子もない“秘密”なのですが。

「奇妙な戦争」
 地球は「敵」の攻撃を受けていた。正体は解らない。日本は、時折現れる円盤一編隊(常に7機)に壊滅的な被害を被ってしまう。それらを写真にとることはできず、それらの武器もまったく不可解なもの。突然、雲散霧消してしまうことも……。侵略者の正体とは?
 同氏の代表作『光の塔』を彷彿とさせる内容。それは作者も承知のうえ。『光の塔』を堪能してから読みたい作品。

「海王星市(ポセイドニア)から来た男」
 人類は、水異変に襲われていた。木造船は浮かばなくなり、なぞの「くらげ」が出没し、海面は上昇しつづける。そんな中、天体物理庁の伊藤博士が不可解な死を遂げた。連絡を受けた森丘は研究所にかけつけるが、博士の死体は水のような液体を残して消え失せていた。博士はなにかをつかんでいたようなのだが、それはいったい?
 今日泊亜蘭の書く結末には感動してしまうことが多いですが、これもその内の一つ。長編にできるような内容がギュッとつめこまれた濃縮さがありました。世界が侵略されつつあるのは前の「奇妙な戦争」と一緒ですが、まるでちがう話になってます。一冊でいろいろ楽しめるのが、短編集のいいところ。

「綺幻燈玻璃繪噺(きねおらまびいどろゑばなし)」
 明治29年。芝口汐留の料亭「訖里瑟拏(きりしな)楼」で、完璧なキネオラマをつくるための会議が催された。呼びかけたのは、琉球王の流れを汲む英(ハナブサ)侯爵。参加者は、写し影絵の虹乃屋映丸師匠、覗きからくりの雲斎、料亭の女将れんの幼なじみで紙芝居屋を名乗る辰二郎、など。一同は、侯爵に促されつつ討論を行うが……。
 幻灯機が紡ぐ不思議な物語。舞台が明治ということもあって、旧かな使いで小粋さを醸し出してます。旧かな使いの作品は読みつけていないので、少々手間取ってしまいました。ゆっくりじっくり読みたいところ。


 
 
 
 
2005年06月13日
ロジャー・ゼラズニイ(深町眞理子/訳)
『光の王』ハヤカワ文庫SF

 死の神ヤマは、涅槃に入った仏陀の復活を試みていた。自作の祈祷機で、高周波の祈りを発したのだ。祈りは、大気圏をつきぬけ〈金色の雲〉へと達する。
 場所は、夜の女神ラートリーの僧院。助手は、猿に転生させられていたタク。三者とも、かつては〈天上都市〉で暮らしていた。しかし、いまや追放された身。その〈天〉に対抗するため、生きる希望を見いだすため、〈一体三神〉の最大の敵であった仏陀ことマハーサマートマン(サム)に、最後の望みをかけたのだ。
 時代は、はるか未来。
 第一世代の植民者たちは科学技術を独占し、〈天上都市〉で神々として暮らしていた。科学の力は、記憶を保持したままの転生をもたらしたのだ。民衆は、永続性を持つ神々に支配され、無知のまま原始的生活を余儀なくされている。
 サムは第一世代。〈天上都市〉で暮らす資格は十二分にある。しかし、世界の制度に疑問を抱いていた。そこで、かつて地球で誕生した宗教をそっくり模倣することで、世界を揺り動かすことを思いつく。試みは成功するものの、戦いには破れてしまった。ついには、真の死も与えられず、涅槃へと送られてしまう。
 変革は達成されるのか?

 ヒューゴー賞受賞作。
 ベースになってるのは、ヒンドゥー教です。なんでも取りこむインド神話を知ってると理解しやすいはず。とはいえ、受賞して、読者の支持を得ているところを見ると、知らなくっても大丈夫なんでしょうけど。
 物語は、サムの復活からはじまった後、過去にさかのぼって、サムが〈天〉に立ち向かい、やがて涅槃へと至るまでが語られ、復活した後の戦いで締めくくられます。ストーリーはそれですべてですが、その間、神話世界とSFとが融合した社会のありようが楽しめます。ただ、世界がこのようになったそもそもの始まりがなんだったのか、ちょっと気になりました。

 
 

 
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