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2008年の記録
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このページの本たち
SCARDOWN −軌道上の戦い−』エリザベス・ベア
天空への回廊』笹本稜平
80年代SF傑作選』小川 隆・山岸真/編
マハラジャのルビー』フィリップ・プルマン
ハローサマー、グッドバイ』マイクル・コーニイ
 
星からの帰還』スタニスワフ・レム
宝島』ロバート・ルイス・スティーヴンスン
レッド・マーズ』キム・スタンリー・ロビンスン
地獄のハイウェイ』ロジャー・ゼラズニイ
遠すぎた星』ジョン・スコルジー

 
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2008年05月28日
エリザベス・ベア(月岡小穂/訳)
『SCARDOWN −軌道上の戦い−』
ハヤカワ文庫SF1659

 深刻な環境破壊により、地球の寿命は尽きようとしていた。専門家の見立てでは、200年の内に〈全地球凍結〉が起こり、地球は氷河期へと投入する。
 カナダの退役軍人ジェニー・ケイシーは、恒星船パイロットとして復帰した。異星人の技術を元にした船は人類の理解を超える部分が多く、肉体改造は必須。ジェニーには、サイボーグ手術に適応した実績がある。
 ジェニーのバージョンアップは成功するが、試練はそれだけではなかった。パイロットは集中力を高めるため、麻薬〈ハンマー〉の服用が義務づけられているのだ。後遺症に苦しむジェニー。さらに、カナダの新造船〈モントリオール〉には、中国からの妨害工作が……。
 一方、レザーフェイスはトロントに潜入していた。モルモットにされた子分や、友人の仇討ちのために。狙うは、カナダ統合製薬会社。カナダ軍のオーナー企業だ。
 レザーフェイスは、爆弾テロを起こしたインディゴ・スーと知り合いになるが……。

 《サイボーグ士官ジェニー・ケイシー》三部作の第二部。(第一部『HAMMERED −女戦士の帰還−』第三部『WORLDWIRED −黎明への使徒−』)
 まるきり前作の続き。
 密かに〈モントリオール〉にインストールされた全人格AI〈リチャード〉が万能のような活躍ぶり。肉体改造したパイロットたちと思念でやりとりしたりして。その範囲は、敵対する中国のパイロットにまで及びます。ついでに、異星人の船ともコンタクトをとろうとしますが……。
 多少の制約があるとしても〈リチャード〉は、ほぼ縦横無尽。おかげで話が展開していくわけですが、ちょっと物足りないような。


 
 
 
 
2008年06月01日
笹本稜平『天空への回廊』光文社文庫

 真木郷司はトップ・クライマー。ついに、無酸素での単独エベレスト登頂を果たした。ところがその日、エベレストで大事件が勃発する。
 真木が下山している最中、なにかがエベレストに墜落したのだ。たちまち雪崩が発生。真木は岩塊に避難し九死に一生を得た。
 急ぎベースキャンプまで降りた真木は、盟友マルク・ジャナンが行方不明であることを知る。マルクはフランス人だが、アメリカ隊にゲストとして参加していた。どうも雪崩の直撃を受けてしまったらしい。
 北京政府はすべての登山隊の撤収命令を下しており、これ以上捜索することができない。釈然としない真木。
 実は、エベレストに落ちたのはアメリカの軍事偵察衛星だった。放射性物質を搭載しており、最悪の場合、エベレストの雪解け水が汚染されてしまう。中国はチベット問題を抱えており、外交カードとして使うには危険すぎる代物だ。
 やがて両国間の話し合いがまとまり、真木にも残骸回収の協力要請がくる。現場は、海抜8000m。真木は、マルクの捜索をするために受諾するが……。

 というのは、ほんの出だし。
 墜落した軍事偵察衛星には裏の顔があり、その正体は戦略宇宙兵器。アメリカが東西冷戦の最中、コードネーム〈ブラックフット〉として、意図的に情報をリークして東側陣営への抑制力として使ったもの。駆け引きは成功し実戦配備はされなかった……はずなのに、密かに衛星に搭載されていた! というのも序盤。
 衛星の正体をひた隠しにしようとするアメリカ。奪おうとする勢力。救助されたものの命を狙われるマルク。回収に協力することになってしまった真木。
 いろんな出来事や思いが交錯しつつ、衛星墜落の真相へと迫っていきます。4年ぶりの再読ですが、何度読んでもハラハラどきどき。


 
 
 
 
2008年08月03日
小川 隆・山岸真/編
『80年代SF傑作選』上下巻
ハヤカワ文庫SF988〜989

 以下の短編の他、評論のようなエッセイのような
オースン・スコット・カード(山岸真/訳)
「私的80年代SF論」
エレン・ダトロウ(小川隆/訳)
「回想のサイバーパンク」も収録。
 それぞれの作品はおもしろいものの、全体としては、読むのに時間がかかりました。残念ながら、ひとつ読んで、すぐに他のも! という気分になれなくて。

ウィリアム・ギブスン(浅倉久志/訳)
「ニュー・ローズ・ホテル」
 フォックスたちは、マース生命工学のヒロシ・ヨミウリ博士に狙いを定めた。東京で最大手の財閥ホサカに売り込み、ガードの固いヒロシをヘッドハントしたのだ。作戦は成功するが……。

ポール・ディ=フィリポ(内田昌之/訳)
「スキンツイスター」
 ストロードは生体彫刻師。彼らは「思考としか呼びようがないもの」によって治療に当たる。人間の配線をやり直すことで、不調を治したり、整形したりするのだ。新しくストロードの患者となったエイミイは、何者かによって疲労毒素を溜め込んでいた。ストロードは懸命に治療するが……。
 なぜか記憶に残らないのですが、おもしろい作品。短い中に、ストロードの人となりがきっちり入って、結末も歓迎できるもの。どことなく、ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』思い起こさせます。

キム・スタンリー・ロビンスン(山岸 真/訳)
「石の卵」
 トム・フィンは、目的地も決めずにバス旅に出発した。バスは、州間高速道をひた走る。やがて夕食時間になると乗客は、アリゾナ砂漠のさびれたレストランへと案内された。フィンは食事を済ませ、付近の散策に出かける。戻ってみると、バスがいなかった。フィンは取り残されてしまったのだが……。

コニー・ウィリス(大森 望/訳)
「わが愛しき娘たちよ」
 オクテイヴィアは、信託子。両親はなく、モウルトン・カレッジの寄宿舎暮らし。新学期になり、久しぶりにボーイフレンドのブラウンに会うが、なにかを隠している様子。その秘密とは?

ジャック・ダン(宮脇孝雄/訳)
「ブラインド・シェミイ」
 ファイファーは、女友達のジョーンを誘ってカジノに出向いた。ファイファーの目当ては、ブラインド・シェミイ。賭けるのは、自分の臓器。ファイファーとジョーンはサイ連結し、対戦相手に挑むが……。

ロジャー・ゼラズニイ(中村 融/訳)
「北斎の富嶽二十四景」
 マリは、かつて住んでいた日本に偽名で戻った。日本へ帰ってきたのは、人を殺すため。北斎の画集を持ち、ひとり浮世絵の景色を巡るマリ。その行き着く先には?
 ヒューゴー賞受賞
 ネビュラ賞受賞
 徐々に明らかにされていく、マリの過去や目的。最初は意味の分からなかったことが、やがてはっきりと見えるようになります。じっくり読みたい一篇。

ハワード・ウォルドロップ(黒丸 尚/訳)
「みっともないニワトリ」
 リンドバールは、テキサス大学鳥類学部の院生。たまたま乗った市バスで、偶然隣り合わせた老婦人に、びっくりする話を聞いた。婦人は子供のころ、リンドバールの本に載っている“みっともないニワトリ”を見た、と言うのだ。近所で飼っている家があったのだと。その“みっともないニワトリ”こそ、絶滅したはずのドードー鳥。リンドハールは、早速、調査に乗り出すが……。
 ネビュラ賞受賞
 世界幻想文学大賞受賞
 時代背景と共に、ある一家の歴史が徐々に明らかになっていきます。彼らに飼われていたドードー鳥のたどった運命とは?
 知らない、というのは実に怖い。

ルーシャス・シェパード(内田昌之/訳)
「竜のグリオールに絵を描いた男」
 巨大な竜のグリオールは、肉体は死に絶えたが、精神の働きは今でも健在。暗い霊気を出し続け、町の人々に悪い影響をおよぼしていた。
 若き画家のキャタネイは、彼らにある提案をする。毒になりうる絵の具でグリオールに絵を描き、息の根を止めようと言うのだ。これまでのグリオール抹殺計画はことごとく失敗に終わっていた。町人たちは疑心暗鬼ながら、キャタネイに資金援助するが……。
 ラスト、うなりました。そういうことだったのか〜、と。

アレン・M・スティール(小川 隆/訳)
「マース・ホテルから生中継で」
 火星のアルシア基地で、バンド〈マース・ホテル〉は誕生した。人に聴かせるためではない。楽しみのない基地で自分たちが楽しむための、ささやかな音楽。やがて演奏は評判になり、地球でも大流行するが……。
 関係者へのインタビューを積み重ねていくスタイル。このドキュメンタリー仕立てが、物語のラストによく合っていました。火星には行ったことはありませんが、郷愁を覚えます。

ジョージ・アレック・エフィンジャー(浅倉久志/訳)
「シュレーディンガーの子猫」
 少女ジハーンは、自分の未来を見ることができた。それはひとつではなく、無数の可能性を秘めたもの。未来でのジハーンは、犯罪被害者として過酷な運命に翻弄され、殺人犯として処刑され、成功者として外国に暮らしている。ジハーンはどの未来を歩むことになるのか?
 ヒューゴー賞受賞
 ネビュラ賞受賞
 シオドア・スタージョン記念賞受賞
 ジハーンの見ている未来を垣間見ながら、ジハーンの現在を追います。いろいろな展開がありますが、複雑さは感じさせません。
 なお、舞台となったブーダイーンは『重力が衰えるとき』で始まる三部作と同じ町です。

マイクル・ビショップ(小尾芙佐/訳)
「胎動」
 ロウソンが目覚めると、自宅のベッドではなく川べりの胸壁に寝ていた。しかもリンチバーグではない。着ている服もおかしい。あたりには人があふれ、皆、言葉も通じず恐慌にかられていた。いったいなにが起こったのか?
 ネビュラ賞受賞
 この作品からは、ストロスの『シンギュラリティ・スカイ』に思いをはせました。(書的独話「残された人びと、あるいは……」に記載あり)

ジョアンナ・ラス(冬川 亘/訳)
「祈り」
 修道院のある村に、バイキングたちがやってきた。ちょうど修道院には、おそろしい掠奪から逃れて来たアイルランドの司祭が逗留しており、バイキングの到来に皆が震えあがる。院長のラーデグンデは人々を院内に避難させ、単身で交渉にいどむが……。
 ヒューゴー賞受賞
 ローカス賞受賞
 とにかく暗い作品。淡々と語られ、突如としてSFの世界に突入。違和感が残りました。別のアプローチで読みたかったような……。

ブルース・スターリング(小川 隆/訳)
「間諜(スプーク)
 地球は〈統合〉の保護下、ひとつのサイバネティクス経済網のもとに統一されつつあった。
 ユージーンは〈財閥体〉の訓練を積んだ間諜。間諜は記憶を封印され、組織のために働いている。今度の仕事は、中米に発生した反体制新興宗教・マヤ復興派を内部崩壊させること。ユージーンは、彼らの支配地域に潜入するが……。
 スピード感あふれる楽しい作品。ただし、背景設定が複雑なので、それをクリアしなければなりませんが。

ルーディ・ラッカー&マーク・レイドロー(小川 隆/訳)
「確立パイプライン」
 デルとゼップは大親友。ふたりはサーファーでもあった。デルはひょんなことから、シティのボスとサーフ対決することになってしまう。デルの頼みの綱は、ゼップが新しく作っているカオス・アトラクター。ゼップはドラッグに溺れており、デルが提供した資金を使い果たしてしまう……。

ジョイムズ・P・プレイロック(中原尚哉/訳)
「ペーパー・ドラゴン」
 奇人のフィルビーは、名のみ知られるアウグストゥス・シルバーを信奉していた。それが、彼の家の納屋から聞こえる槌の音の原因なのだが……。
 世界幻想文学大賞受賞

オクテイヴィア・バトラー(小野田和子/訳)
「血をわけた子供」
 人類はある惑星で、異星種族と共生関係を結んでいた。彼らトゥリックは、地球人の特別保護地域をつくり、保護に努めてくれている。その見返りとして何人かの地球人は、ヌトゥリックとなることを求められた。
 カーンはヌトゥリック候補。ある日、ヌトゥリックの実態を目撃してしまい……。 
 ヒューゴー賞受賞
 ネビュラ賞受賞
 ローカス賞受賞

ローレンス・ワット=エヴァンズ(中原直哉/訳)
「ぼくがハリーズ・バーガー・ショップをやめたいきさつ」
 人里離れた州間高速道路の出口に、ハリーズは出店していた。そこで働くことになったぼくは、夜半に奇妙な常連客と遭遇する。やがて彼らの虜になってしまうが……。
 ヒューゴー賞受賞

グレッグ・ベア(酒井昭伸/訳)
「鏖戦(おうせん)
 はるか未来の原始星雲において、人類の末裔たちは、古い種族と戦っていた。このころには人類は変貌し、かつての面影はまったくない。敵と戦うために産まれてきたプルーフラックスは、やがてある疑問を抱くようになるが……。
 ネビュラ賞受賞
 難解な作品。「分かった!」と思っても、どういう話なんだか表現することができない、もどかしさ。

イアン・マクドナルド(浅井 修/訳)
「帝国の夢 −地上管制室よりトム少佐へ−」
 トムは12歳。父親は爆死し、自身は白血病を煩ってしまう。しかも、型通りの化学療法には反応を示さない。トムには試験的に、矯正治療法を用いられることになった。深層夢を見せ、自身に治療をさせるのだ。療法は成功し白血病は完治するものの、トムは目覚めなくなってしまう。
 トムの深層夢として利用されたのが、映画「スター・ウォーズ」。トムに割り当てられていたのは、主人公のルーク・スカイウォーカー。では、トム少佐とは?


 
 
 
 
2008年08月04日
フィリップ・プルマン(山田順子/訳)
『マハラジャのルビー』創元推理文庫

 19世紀イギリス。
 16歳のサリー・ロックハートは父を失い、遠い親戚に引き取られた。サリーの新たな保護者となったミセス・リーズは辛辣で、サリーは忍耐を強いられることに。
 ある日、サリー宛に手紙が届けられた。差出地はシンガポール。父マシューが海難事故で亡くなる直前の寄港地だ。手紙は短いものだったが、サリーにはまるで意味が分からない。
 サリーは、父が共同経営していた海運会社を尋ねた。謎の手紙に書かれた名前や名称は、会社の人間なら見当がつくのではないかと考えたのだ。ところが取締役のヒッグスは、サリーが口にした「七つの祝福」という言葉を耳にするなり、ショック死してしまう。
 サリーは危険に気がつき口をつぐむが、事件は終わりではなかった。サリーに新たな手紙が届けられたのだ。差出人は、ジョージ・マーチバンクス。マーチバンクスこそ、サリーに届いた謎の手紙にある名前だった。
 サリーは早速会いに行くが、命の危険にさらされてしまう。その危機を救ったのは、偶然居合わせた写真家フレデリック・ガーランドだった。
 サリーは、ミセス・リーズの家を飛び出し、ガーランド家の厄介になることに。フレデリックの仕事を手伝いつつ、事件の謎に迫っていくが……。

 《サリー・ロックハートの冒険》の第一巻。
 サリーに届いた謎の手紙や、正体の分からない敵。マシューの消えた遺産。さまざまな悪事が進行し、サリーは否応無しに巻き込まれていきます。
 よく練られてはあるんですが、やはり少々子供向けかな、と。物足りなさも残りました。


 
 
 
 
2008年08月05日
マイクル・コーニイ(山岸 真/訳)
『ハローサマー、グッドバイ』河出文庫

 地球に似たその惑星には、ふたつの国があった。エルトとアスタ。二国は、ついに戦争に突入する。
 エルトの首都アリカに住むドローヴは、政府高官を父に持つ少年。この1年ドローヴは、少女ブラウンアイズのことが忘れられずにいた。
 ドローヴがブラウンアイズと出会ったのは、夏休暇で訪れた港町パラークシ。たった2日だけの交流に、今でも心ときめかすドローヴ。しかし、ブラウンアイズが宿屋兼酒場の娘であるため、母フェイエットはいい顔をしない。
 今年も夏になり、一家はパラークシへとやってきた。
 例年とはちがい、父バートはパラークシでの仕事がある。その穴埋めとして滑走艇を買ってもらい、大喜びのドローヴ。ところが、母フェイエットの差し金で、役人の息子ウルフと一緒に遊ぶことになってしまう。
 まもなくパラークシの海には、海水粘度が高まる現象グルームが現れる。ドローヴの滑走艇はグルーム用なのだが、ウルフにそそのかされ海に出てしまった。
 危ういところで難を逃れたドローヴとウルフ。沈没寸前に陸にたどり着き、町の子供たちに助けられる。その中に、ブラウンアイズがいた。
 ドローヴはブラウンアイズと再会し、両想いであったことを知る。念願だった交際が始まるが、パラークシにも戦争の影が忍び寄っていた……。

 主人公が思春期の少年ということで、ジュブナイル的。でも、子供専用じゃないんです。
 この惑星の環境からくる、人々の寒さへの怖れ。やがて明らかにされる、戦争の目的。町人と役人との埋めがたい溝や、父バートの仕事。そして、ドローヴとブラウンアイズの恋愛。
 すべてが結末につながっていて、なおかつどんでん返しがありました。しかも、納得できる形で。


 
 
 
 
2008年08月10日
スタニスワフ・レム(吉上昭三/訳)
『星からの帰還』ハヤカワ文庫SF244

 地球から23光年。フォーマルハウト星系に出向くこと10年。宇宙船パイロットのハル・ブレッグは、ついに地球に帰還した。
 ハルたち一行が宇宙にいる間、地球で流れた年月は127年。地球では、人間たちだけではなく動物までもが新理論にもとずくベトリゼーション処置を受けており、社会は激変。考えていた以上の変化が起こっていた。
 ベトリゼーションは、安全に攻撃性を取り除く画期的な方法。犯罪や戦争に苦しむ人類がつかんだ答えだった。実はベトリゼーションは、人々から冒険心や競争心までをも奪ってしまっていた。処置の終わった人々は、それを疑問に思うことすらない。なによりハルを失望させたのは、宇宙探査がまったく行われていないことだった。
 自分たちの飛行は、なんの意味もないことだったのか?
 ハルは、異質な社会に耐えられなくなり、郊外に別荘を借りる。マージャー夫婦との共同賃貸なのだが、ハルはマージャー夫人にひと目惚れしてしまった。
 現在の価値観も分からず、自身にとまどうハル。合流した同僚オラフに悩みを打ち明けるが……。

 いろいろと考えさせられる作品。
 想像を絶する社会を、わけも分からないまま漂う、ハル。少しずつ、少しずつ仕組みが明らかにされていきます。が、物語が始まる前、ハルは月のアダプト研究所にいて、現代社会について知る機会があったはず。やや違和感が残る知らなさぶりでした。
 そしてなにより、そのプライバシーのなさ。
 危険のない世界はプライバシーなんて権利、存在しないのかしらねぇ。


 
 
 
 
2008年08月11日
ロバート・ルイス・スティーヴンスン(村上博基/訳)
『宝島』光文社古典新訳文庫

 18世紀イギリス。
 入り江を眺める《ベンボウ提督亭》に、老水夫がやってきた。名を名乗らず、キャプテンと呼べといいつけ、男は金貨を数枚を渡しただけで旅亭に居座る。
 旅亭の子供ジム・ホーキンスは、男から仕事をおおせつかった。片足の船乗りを見つけ次第報告しろというのだ。キャプテン自身も終日、船乗り仲間をさけつつも入江や崖上をぶらついていた。
 キャプテンの宿泊は何ヶ月にも渡り、その間、ジムの父は病死した。それから間もなく、キャプテンもショック死する事件が起こる。彼が怖れていた、かつての船乗り仲間が現れたのだ。それだけでなく、旅亭も荒くれ者どもの襲撃を受けてしまう。
 なんとかやり過ごしたジムは、治安判事にして医師のリヴジー、大地主のトリローニに相談する。ジムが、キャプテンに渡されていた封筒を開くと、ある島の地図が入っていた。それこそが、賊の狙い。キャプテンは、悪名高い海賊フリントの宝の地図を持っていたのだ。
 宝島めざして準備を整えだす三人。
 トリローニはヒスパニオーラ号を調達し、乗組員を募った。財宝のことは秘密のはずなのだが、船乗りたちの噂になってしまう。そこへ現れた、片足の元船乗りジョン・シルヴァー。
 ジムは、キャプテンが語った片足の船乗りのことを恐怖と共に思い出す。ところが、コックとして同行することになったシルヴァーは、清潔で快活。その好ましい印象からジムは不安を打ち消し、キャビンボーイとしてかわいがられるが……。

 ジムの回想という形で語られる冒険談。
 ジムは、子供ならではの無鉄砲さを持ってます。それが物語の原動力。ありがちなご都合主義にも陥らず、実にうまく展開していきます。
 それにしても、海賊の遺した宝の膨大なこと!
 現代にこういう話をもってくると、被害者(と遺族)に還す、ということになるのでしょうね。


 
 
 
 
2008年08月23日
キム・スタンリー・ロビンスン(大島 豊/訳)
『レッド・マーズ』上下巻/創元SF文庫

 2026年、火星への植民が試みられることになった。
 第一陣は、試練の末に選ばれた男女同数、100人のエリートたち。彼らは〈最初の100人〉と呼ばれるようになるが、決して一枚岩ではなかった。きしんだ人間関係は派閥抗争を産み、火星へと持ち込まれる。
 カリスマ性を持ち、それを最大限に利用している宇宙飛行士のジョン・ブーン。ブーンとは旧友ながら、ついにはブーンを暗殺してしまう、フランク・チャーマーズ。その二人の男と三角関係を繰り広げる、マヤ・トイトヴナ。
 火星の自然は厳しく、植民者たちに難題をつきつける。住環境の整備は進まず、機器はトラブル続き。それでも、ひとつ、またひとつと解決され、後続組も到着。徐々ににぎわいを増す火星だが、今後の方針による対立は〈最初の100人〉にとどまらず、地球サイドでも意見が割れてしまう。
 火星をテラフォーミングするべきか?
 そのままの火星を受け入れるべきか?
 国連火星事業局はテラフォーミングを指示し、火星の温度を上げる試みが始まるが……。

 〈最初の100人〉で中心的な役割の人たちの視点から描き出される、火星の大自然。とはいえ、なにぶん一人称で、その一人称の人物がちっちゃいこと、ちっちゃいこと。いずれも問題をかかえた人たち。
 本当に精鋭?
 と疑ってしまうくらい。
 起こっている事件のスケールが大きい分、物足りなく感じてしまいました。読み手の想像力が足りなかったのか、読みどころに達するまでの人間関係に読み疲れてしまったか……。


 
 
 
 
2008年08月24日
ロジャー・ゼラズニイ(浅倉久志/訳)
『地獄のハイウェイ』ハヤカワ文庫SF64

 核戦争により、人類社会は壊滅した。
 上空では常に激しい風が渦巻き、あらゆるものを運んでいく。そのため空を飛ぶことはできず、無線でさえ、遠い地点と交信することは不可能。
 地表には、放射能汚染された地域が点在。核爆発の跡がそのままクレーターとして残り、巨大竜巻や突然変異した野生生物が人類に牙を剥いていた。
 かつてのアメリカ合衆国で生き残った大都市は、わずかに2つ。西海岸のカリフォルニアと東海岸のボストンのみ。そして今、ボストンが死の淵に立たされていた。
 ボストンを襲ったのは、恐ろしいペスト。人々は次々と倒れ、弔いの鐘が鳴り止むことがない。
 瀕死のボストンは、カリフォルニアに助けを求めた。しかし、両都市の間に横たわるのは〈呪いの横町〉と怖れられる大地。ボストンを発った6人の男の内、目的地に着いたのはひとりだけ。それも、たどり着きはしたものの、まともに話すことすらできずに息絶えた。
 カリフォルニアがボストンの危機を知ったのは、男が手紙を持っていたからだった。幸い、血清の備えはある。増産も容易だ。地獄を横断する特殊装甲車の用意もできる。あとは、それを運ぶ者だけ。
 白羽の矢を立てられたのは、天才ドライバーのヘル・タナーだった。
 ヘル・タナーは、かつてギャング団のリーダーとして一帯を恐怖に陥れた凶悪犯。捕らえられ、服役中の身だ。タナーは、すべての罪からの恩赦と引換に輸送任務を受けるが……。

 タナーの荒くれぶりが随所にでてきます。最初は任務をうっちゃり脱走を企てますが、タナーの心境には徐々に変化が……。
 短い話ですので、やや書き足りないところもあります。が、心の変化はよく分かります。変化と言っても、いい子ちゃんになるわけではなく。そこがいいところ。


 
 
 
 
2008年08月27日
ジョン・スコルジー(内田昌之/訳)
『遠すぎた星 老人と宇宙(そら)2』
ハヤカワ文庫SF1668

 《老人と宇宙(そら)》シリーズ第二作
 人類は宇宙へと進出していた。
 宇宙にはさまざまな知的生命体がいる。彼らすべてが友好的というわけではない。人類は敵対種族に対抗するため、コロニー防衛軍(CDF)を創設した。
 CDFには通常の構成員の他、ゴースト部隊が存在していた。彼らは、入隊を希望しながらも果たせず、地球で他界した人たちのクローンからなる。
 ゴーストたちに生前の記憶などはない。脳に組み込んだブレインバル・コンピュータの助けを借りて意識を獲得し、産まれてすぐに訓練を開始。一桁の歳で戦場に赴き、引退が許されるのは10歳になってから。
 ジェレド・ディラックは、ゴースト部隊の一員として目覚めた。
 実はディラックは、失踪した意識研究の第一人者チャールズ・ブーティンのクローン。身体だけではない。ディラックの場合、保存されていたブーティンの意識も植え付けられているのだ。
 そのころ人類は、三種族連合の脅威に直面していた。捕虜から引き出した情報は、背後にブーティンがいる、というもの。
 なぜブーティンは裏切り者となったのか?
 ブーティンの目的とは何なのか?
 それを探るために産まれたのが、ブーティンのクローンであるディラックだった。しかし、CDF幹部のもくろみは失敗。ブーティンが現れることはなかった。
 ディラックは事実を知らされることがないまま、ゴースト部隊の一員として訓練を積むことになるが……。

老人と宇宙』の続編。
 前作で登場したジェーン・セーガンが活躍。ディラックの上司として、ブーティンらしき行動がないか見張ります。その他の点では直接的にはつながっていないため、単独で読むのも可。
 ご本人もあとがきで触れている通り、他の作家のアイデアがたくさん取り込まれてます。特にひねってもなく、かなりストレートに。潔いのはいいんですけど、やや目につく感じ。エンターテイメントとして許容するか、オリジナルティの欠如として両断するか、読み手によって判断が分かれそうです。

 
 

 
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