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2011年の記録
目録
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このページの本たち
きょうも上天気』SF短編傑作選
影のオンブリア』パトリシア・A・マキリップ
ポストマン[改訳版]』デイヴィッド・ブリン
銀の髪のローワン』アン・マキャフリイ
ブレイクの飛翔』レイ・ファラデイ・ネルスン
 
私自身の見えない徴』エイミー・ベンダー
雷電本紀』飯嶋和一
時間封鎖』ロバート・チャールズ・ウィルスン
雪のひとひら』ポール・ギャリコ
時の扉をあけて』ピート・ハウトマン

 
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2011年01月08日
SF短編傑作選(大森 望/編)
アーシュラ・K・ル・グィン/J・G・バラード/ロバート・シェクリイ/ジェローム・ビクスビイ/ウォード・ムーア/マック・レナルズ/ワイマン・グイン/カート・ヴォネガット・ジュニア/フィリップ・K・ディック
(浅倉久志/訳)
『今日も上天気』角川文庫

 2010年に没した翻訳家、浅倉久志を偲んだ短編集。50年代と70年代の、やや古めの作品が収録されてます。

アーシュラ・K・ル・グィン(浅倉久志/訳)
「オメラスから歩み去る人々」
 誰もが幸せに暮らしている都市オメラス。豊かな満足感、美しい喜びに満ちあふれたオメラスには、ある秘密があった。オメラスの子どもたちは、理解できる年頃になるとそれを知ることになるのだが……。
 最小不幸社会を扱った作品。
 
J・G・バラード(浅倉久志/訳)
「コーラルDの雲の彫刻師」
 砂漠のハイウェイぞいに、珊瑚塔が立っていた。中でもっとも高い塔がコーラルD。コーラルDには上昇気流に乗って、晴天の積雲がうかんでいる。飛べない退役パイロットは曲芸師と芸術家に出会い、コーラルDの彫刻師グループを結成。彼らはグライダーで飛び、沃化銀を使って雲に彫刻していくが……。
 砂漠の(架空)リゾート地、ヴァーミリオン・サンズを舞台にした連作短編の一遍。気だるさの漂う雰囲気でした。
 
ロバート・シェクリイ(浅倉久志/訳)
「ひる」
 マイクルズ教授は夏別荘での休暇中、庭の排水溝に横たわる物体を目撃した。やがて“ひる”と名付けられたそれは、あらゆるものを吸収し、成長し続ける。軍隊が出動し、科学顧問団が結成されるが……。
 何度も訳された名作。
 マイクルズ教授の専門は、人類学。物理学や化学もかじってますが、やや門外漢な一歩引いた視点から、この“ひる”を見つめます。
 
ジェローム・ビクスビイ(浅倉久志/訳)
「きょうも上天気」
 ピークスヴィルの人口は46人。村人たちは、アントニー坊やを中心にして生活している。なにしろアントニー坊やときたら、どんなことでも思いのまま。人々の心を読み、天気でさえも変えてしまう。村人たちは毎日、肯定的な会話を繰り広げるが……。
 アントニーはまだ3歳。幼いゆえの残虐さを持っています。村人たちは、これまであったアントニーへの試みについて思い出してはゾッとしているのですが、なにがあったかは、具体的には書かれません。
 書かずして悟らせるところが、とにかくうまい。
 
ウォード・ムーア(浅倉久志/訳)
「ロト」
 ついに核戦争が勃発。用意周到なジモン氏は、ステーション・ワゴンにぎりぎり一杯の荷造りをしてあった。すでに電気は止まり、電話は不通、水も出て来ない。ジモン氏は、妻と3人の子どもたちをつれ、サバイバルの旅に出るが……。
 ハイウェイは大混雑で、家族は不満たらたら。ジモン氏は忍耐力を発揮して、なんとか車を進めます。先を見通して行動しようとするジモン氏と、まだ事態が飲み込めていない妻モリーが対照的。平時だったら、それで釣り合いがとれていたのでしょうね。
 なお、ロトは旧約聖書の登場人物。ソドムにいたロトは、ソドムが滅ぼされることを知り、夜が明ける前に、妻子と共にソドムを脱出しますが……。
 
マック・レナルズ(浅倉久志/訳)
「時は金」
 西暦1300年。イタリアのゴルディーニ家に、ひとりの男が訪ねてきた。スミスと名乗る男は10枚の金貨を差出し、年一割の利子で100年間の運用を委託するが……。
 タイムトラベルもの。
 スミスの残した忠告によって、商館は大きくなっていきます。そのあたりは予想の範囲。最後の最後に、スミスの正体と目的が明かされます。
 まさに時は金なり。
 
ワイマン・グイン(浅倉久志/訳)
「空飛ぶヴォルプラ」
 12年の歳月をかけ、ついに3匹のヴォルプラが誕生した。彼らは飛行ミュータントで、知能はきわめて高い。人間の言葉を覚え、コロニーを構築すると、自然へと放たれるが……。
 ヴォルプラたちを創り上げて有頂天になっているマッド・サイエンティストが、実に人間的。自分勝手ではありますが、さまざまなことを妄想して、ヴォルプラたちの未来を思い描きます。
 果たして、その通りにいくのか?
 結末は、やはり古い時代のSFだなぁ、と。
 
カート・ヴォネガット・ジュニア(浅倉久志/訳)
「明日も明日もその明日も」
 人類は不老薬を開発し、人々は歳をとらなくなった。と、同時に人口問題が発生。ニューヨークに暮らすシュウォーツ家では、ギリギリ不老薬が間に合った172歳のハロルドを筆頭に、23人がひとつのアパートで押し合いへし合い暮らしている。ハロルドは頻繁に遺言書を書き換え、子孫たちを従わせているが……。
 ハロルドの孫夫婦のルウとエメラルドの視点から、困ったことになっている世の中を描きだします。それも、ユーモアたっぷりに。
 
フィリップ・K・ディック(浅倉久志/訳)
「時間飛行士へのささやかな贈物」
 はるか未来へと向かって打ち上げられたタイムマシンは帰還時の再突入に失敗し、内破してしまった。3人の時間飛行士は全員死亡。しかし、時間飛行士たちは、予定のはるか未来ではなく、わずか1週間の未来で船外時間活動に入っていた。彼らは、自分たちが帰還時に死ぬことを知り、事故の原因を探ろうとするが……。
 ディックらしく、とても暗い作品。時間飛行士の疲労感が重苦しいです。理解はできなくても、感じることのできる作品でした。


 
 
 
 
2011年01月09日
パトリシア・A・マキリップ(井辻 朱美/訳)
『影のオンブリア』ハヤカワ文庫FT

 古い都オンブリアは、現実と影のふたつの世界が重なりあう街。地上世界があり、宮廷世界があり、地下世界がある。
 リディアは地上世界の酒場の娘。
 オンブリア大公の正妃が亡くなり、妾妃として宮殿に入った。大公の寵愛を受けること、5年。大公は病に倒れ、まだ幼い息子カイエル・グリーヴを遺して崩御してしまう。
 大公の大伯母ドミナ・パールは、カイエルを玉座につけ、摂政として君臨しようと画策する。
 リディアは、カイエルのことが心配でならないが、ドミナによって宮殿から追いやられてしまった。父の酒場に身を寄せ、カイエルのために宮廷に戻ることを試みるが……。
 一方、オンブリアの地下世界では、蝋人形として育てられたマグが、魔女フェイと共に暮らしていた。
 マグが自分が人間であると気がついたのは、7歳のとき。14歳になった今でも、フェイには気がついていることを秘密にしている。秘密はそれだけでなく、フェイが殺しの魔法を依頼されると、こっそりと邪魔をしたりもしていた。
 マグが気にかけているのは、宮廷世界のこと。ドミナを怖れていないのは、今や、カイエルの従兄デュコン・グリーヴただひとり。マグは、フェイのもとに暗殺の依頼がくることを考え、デュコンのことをさぐろうとするが……。

 世界幻想文学大賞受賞作。
 支柱となっているのは、リディアとマグ、そしてデュコンの3人。
 リディアは、大公と暮らした5年の間に贅沢な暮らしをしていましたが、富や権力は求めておらず、ただ、自分を慕ってくれるカイエルの無事を願っています。物腰がやわらかく、物語世界をも上品にしているかのようでした。
 マグは、魔女に育てられただけあって、人間離れしています。影から影へと歩き宮廷にも侵入しますが、ドミナに睨まれています。
 デュコンは大公家に属しているものの、庶子のため、王座につくことはできません。ふだんは街を歩きまわり、絵を描いています。ドミナを排除しようとする勢力からの接触を受けますが、カイエルのことを心配して、自身の立場を明らかにしません。
 現実と影、地上と地下、と、世界設定そのものがややこしいところに、多彩な登場人物たちが入り乱れて、少々分かりにくい物語となってました。そこがまた、幻想的ではあるのですが。


 
 
 
 
2011年01月10日
デイヴィッド・ブリン(大西 憲/訳)
『ポストマン[改訳版]』ハヤカワ文庫SF1220

 世界は核戦争により崩壊し、アメリカ合衆国は、その後の暴動によって壊滅した。
 週末戦争から17年。
 戦前は十代の若者だったゴードン・クランツは、34歳になっていた。 単身、この時代にできうる限りの装備を携え旅を続けていたが、オレゴン州はカスケード山脈に入ったところで山賊に襲われてしまう。
 ゴードンは、命は助かったものの、財産のほとんどを失ってしまった。幸い、拳銃は手元にあり、逆に山賊たちを襲うことを計画する。
 ところが、山賊たちを見失った上、足をくじいてしまった。意気消沈するゴードンだったが、代わりに遺棄されたジープを発見。真新しい制服や手紙の束を手に入れた。
 ゴードンは、郵便配達員の制服を身にまとい、自身に有利になる作り話をでっちあげる。自作した〈復興アメリカ合衆国〉の書類を片手に、集落を渡り歩くが……。

 集落間はあまり行き来がないため、人々は「手紙」という存在に高揚していきます。はじめは保身のためだったゴードンの嘘も、やがて現実味を帯びていきます。
 ゴードンの行く手にあるのは、オレゴン州立大学に残されたスーパーコンピュータ〈サイクロプス〉と、略奪者集団のサバイバリストたち。両者の衝突に、ゴードンも巻き込まれていきます。

 アメリカの郵便制度は、フロンティア精神そのものに関わっているのだそうです。そのためか、人々があまりに熱く、やや引き気味に読んでしまいました。日本人(自分)が抱いている郵便配達員への想いとズレがあるのでしょうね、きっと。


 
 
 
 

2011年01月15日
アン・マキャフリイ(公手成幸/訳)
『銀の髪のローワン』ハヤカワ文庫SF1026

 《九星系連盟》シリーズ1
 人類の宇宙探検は、能力者(タラント)によって開花した。
 今では、FT&T(連邦テレパス&ネットワーク)社は惑星間にネットワークをはりめぐらし、連携して物資のやりとりをしている。中心となっているのは、プライムと呼ばれる超一流のタラントたち。
 あるとき惑星アルタイルで大災害が発生した。ローワン鉱業社の鉱山が、大規模な地すべりに巻き込まれてしまったのだ。生き残ったのは、たまたまホッパーの中にいた幼い女の子だけ。
 幼子の助けを求める〈声〉は惑星中にとどろき、たちまち人々の知るところとなった。ローワンの子は無事に救助され、プライムとなるべく育てられるが……。

 自分の名前すら覚えておらず、人々が「ローワンの子」と呼ぶので、自らローワンと名乗ることにした少女の成長物語、が第一部。その後プライムとなり、愛する人の出現や、人類世界に訪れる危機に立ち向かいます。
 アルタイルのプライムは、悪趣味で子ども嫌いで癇癪持ちのシグレン。ローワンはシグレンを反面教師に……したかと思いきや、我が強いこと、強いこと。マキャフリイのヒロインらしく、いい性格しています。
 当作品は、短編『塔のなかの姫君』を膨らましたもの。第二部冒頭に組み込まれています。そのためか、第一部と第二部で、ローワンの人となりがうまく繋がっていないような、そんな印象が残りました。


 
 
 
 
2011年01月23日
レイ・ファラデイ・ネルスン(矢野 徹/訳)
『ブレイクの飛翔』ハヤカワ文庫SF1106

 ロンドンに住んでいたケイトは21歳のとき、4つ年上のウイリアム・ブレイクと結婚した。そのころケイトは文字が書けず、無教養な自分を恥じていた。夫であるウイリアムは、彫版師で詩人だというのに。
 ケイトはウイリアムに頼み込み、熱意を持ってさまざまなことを学んでいく。彫版技術も取得し、夫の仕事を代わって行えるまでになった。
 一方ウイリアムは、透視によってさまざまなものを視ていた。天使や悪魔、遠き過去や遠い未来、幽霊、神の顔すらも。それらの幻視の中でユリズンと出会った。
 ユリズンは、時間流の中を自由自在に飛び回る一族、ゾアの一員。「完全な社会、苦痛のない喜び、ゆらぐことのない安定さ」を求め、過去に手を加えようとする。自らの理想郷を創りあげるために。
 ケイトはウイリアムから透視のやり方を習い、ユリズンの歴史改変計画に夫が巻き込まれていることを知る。ユリズンに反旗を翻すが……。

 ウイリアム・ブレイクもケイトも、18世紀に実在した人物。ブレイクにはそれほど詳しくないですが、現実と想像をうまくつなぎあわせたように感じました。ただ、途中からブレイクである必要性が薄れてしまうので、そこは少々残念でしたが……。
 物語の中心になり大活躍するのは、ミセス・ブレイクであるケイトの方。淑女といった雰囲気があり、それが物語世界を彩っているようで、好印象でした。


 
 
 
 
2011年01月29日
エイミー・ベンダー(菅 啓次郎/訳)
『私自身の見えない徴(しるし)角川文庫

 モナ・グレイは10歳のとき「止めること」をはじめた。
 ピアノを止め、ダンスを止め、ランナーを止めた。ただ、木でできたものをノックすることは止めなかった。それと、愛している数学も。
 モナは19歳のとき、算数の先生になった。
 あの「止めること」をはじめるきっかけとなった父の病気はいまだ治らず、モナの世界は色あせたまま。勝手気ままな子どもたちに手を焼き、落ち着かなくなると木をノックして気を紛らわす日々。
 モナは20歳の誕生日に、斧を買った。
 金物屋の5番通路で、運命の出会いをしてしまったのだ。斧に惚れ込んだモナは、学校の教室に飾り付ける。それが数字の「7」であることに気がついたのは、二年生のリサ・ヴィーナスだった。
 リサの母親は末期の癌で、余命は1年にも満たない。モナはリサと仲良くなるが……。

 モナの独白が延々と続きます。
 誰かの発言も、語るのはモナ。ちょっとしたことから過去の出来事を思い返したりもします。すべてにモナというフィルターがかかっていて、時間を行きつ戻りつ。
 最初は読み辛かったです。
 それが、読み進めていくうちに気にならなくなりました。この物語にはピッタリの表現方法だったようです。モナの不安定さや、数字への思い。ほとんど変わらないのに変わっていく内面。
 なんとも不思議な物語でした。


 
 
 
 
2011年02月06日
飯嶋和一
『雷電本紀』河出文庫

 天明6年(1786年)。
 鍵屋助五郎は大火事で焼け野原となった湯島で、ひとりの相撲人を見かけた。まだ20歳ほどで、大変な巨体ながら均衡のとれた身体つき。ただ、なんとも気が優しそうで、相撲人としては立身を果たせそうになかった。
 そのころの相撲人は偉ぶった輩がほとんどで、庶民と交わることはほとんどない。ところがその相撲取りは、集まってきた町女房たちから赤子や稚児を受け取っては、病魔祓いをしていた。その光景は、助五郎の心に強い印象を残した。
 それから4年。
 ある相撲人の噂が江戸市中を駆けめぐった。助五郎は、噂の雷電の容姿を聞き、あのときの相撲人ではないかと思いをめぐらす。勧進相撲になど興を覚えたことのない助五郎だったが、雷電のとる相撲を目の当たりにし、心を打たれた。
 助五郎が雷電に化粧回しを贈ったのを機に、ふたりの交流が始まるが……。

 雷電為右衛門は、実在した相撲人。
 百姓のひとり息子で、祭礼相撲などに出場するうち、江戸相撲からスカウトされます。ふつう百姓のひとり息子は、貴重な働き手であるがゆえに、相撲取りにはなりません。そのあたりのいきさつが、時代背景も含めて書かれてます。
 物語のもうひとりの主役は、そんな雷電を見つめる鍵屋助五郎。幼くして両親を亡くして苦労したとはいえ、今では立派な鉄物問屋鍵屋の主。庶民とは言いがたいのですが、町人からの視点で語ります。

 助五郎がいろいろなことを思い出すため、時間の流れが前後することが少なくないです。そのため、やや読みにくくはあります。が、とにかく骨太。読み応えがあります。


 
 
 
 
2011年02月12日
ロバート・チャールズ・ウィルスン(茂木 健/訳)
『時間封鎖』上下巻/創元SF文庫

 ある日、夜空から星々が消え失せた。
 そのときタイラー・デュプリーは、ロートン家の双子、ダイアンとジェイスンと共に、夜空の下にいた。タイラーは12歳、双子たちは13歳。それぞれ、使用人と雇用者の子どもという関係だったが、友だちでもあった。
 やがて明らかにされた地球のおかれた状況は、なにかに覆われ、地球だけ時間の流れが1億分の1の速度になっている、というもの。わずか50年程で、太陽は寿命を迎えてしまうだろう。
 十月事件後、双子の父E・D・ロートンは次第に、政府内部に食い込んでいく。経営する会社が製造する高高度用軽気球(エアロスタット)は、使えなくなった通信衛星の代わりとして需要が急増。E・Dも重要人物へとのし上がったのだった。
 人類は時間の流れの差を利用して、火星をテラフォーミングすることを決断する。火星を人間が住めるように改造し、移住する計画だ。成長したジェイスンが指揮を執り、プロジェクトは順調に進んでいく。医師となったタイラーも招聘されるが……。

 ふたつの時系列があり、ひとつは逃避行をしているタイラーとダイアンです。タイラーの手記という形で、もうひとつの時系列となる、ふたりが逃避行に至るまでの過程が語られます。
 地球をまるまる覆っている謎のシールド、火星のテラフォーミング、出来事はどでかいですが、どちらかと言えば人間ドラマでした。
 父親に反発し、宗教に走って行方をくらませるダイアン。父親の期待に応えプロジェクトを率いるものの、ついには反旗を翻すジェイスン。ふたりに関わり、ひとりの市民としてプロジェクトを見守るタイラー。
 大きな舞台装置の中で地に足のついた人間模様に触れられます。SF的な部分をじっくり読みたい人には期待はずれかもしれませんが。


 
 
 
 
2011年02月13日
ポール・ギャリコ(矢川澄子/訳)
『雪のひとひら』新潮文庫

 雪のひとひらが産まれたのは、空の高みでした。そこから大勢の兄弟姉妹たちと共に地上への旅をつづけ、村のはずれにたどり着きました。
 雪のひとひらは、橇にひかれ、雪だるまの一部となり、やがては川へと流れ込みます。川で雨のしずくと出会い、夫婦になりますが……。

 童話調に書かれた、女の一生。
 雪の結晶を擬人化してあります。溶けてもなお雪のひとひらだったり、やや無理がある部分も。また、宗教色が強いです。そのあたりが気になってしまうと、楽しむのが難しいかもしれません。


 
 
 
 
2011年02月19日
ピート・ハウトマン(白石 朗/訳)
『時の扉をあけて』創元SF文庫

 ジョン・R・ランドの母方の祖父は、メモリーの村はずれに住んでいた。メモリーは年々さびれていき、今では人口40の寒村となっている。
 ジョンは母につれられ病床の祖父を見舞うが、ジョンの顔を見た祖父に首を絞められてしまう。祖父はそのまま他界した。曰く付きの古びた屋敷〈ボッグスズ・エンド〉だけを遺して……。
 ジョンは〈ボッグスズ・エンド〉の閉ざされた3階で、不思議な扉を発見する。扉は、50年程昔のメモリーへとつながっていた。
 それから2年。
 〈ボッグスズ・エンド〉は売られることも住まれることもなく、まだメモリーのはずれにある。16歳になったジョンは、過去への扉のことを、夢のようにしか思えなくなっていた。
 ところが、父のアルコール依存症の悪化をきっかけに、ジョンの世界は急展開。一家は〈ボッグスズ・エンド〉に滞在し、決定的な事故が起こってしまう。父が母を殺してしまったのだ。
 ジョンは、ふたたびあの扉をくぐる。母の死を取り消すために……。

 物語は4冊のノートから構成されています。
 1冊目のノートで物語の半ばまできます。
 2冊目のノートに入り、物語は急展開。というのも、ジョンがおとずれた過去は、1941年の世界。真珠湾攻撃のあった年なのです。

 最初に扉を発見したときには、50年という歳月を行きつ戻りつするのかな、と思ったのですが、そんな単純な話ではありませんでした。現在で起こった母の死という現実が、ジョンを過去に閉じ込めます。過去にいるジョンは、そこから未来で起こる母の死をなんとかしようと思っています。
 ジョンと事件の間に横たわっているのは、50年という歳月。
 そして、戦争の暗い影。
 祖父がジョンを絞め殺そうとした理由や、14歳のジョンが体験した不思議な出来事も、徐々に明らかにされていきます。4冊のノートの由来や、ささやかなエピソードの顛末記も……。
 けっして明るい話ではないのですが、美しくまとまった物語でした。

 
 

 
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