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2011年の記録
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このページの本たち
死者の書・身毒丸』折口信夫
ヴァンパイア・アース −〈狼〉の道−』E・E・ナイト
ペニーフット・ホテル受難の日』ケイト・キングズバリー
ここがヴィネトカなら、きみはジュディ』時間SF傑作選
女王天使』グレッグ・ベア
 
凍月』グレッグ・ベア
火星転移』グレッグ・ベア
斜線都市』グレッグ・ベア
チェンジリング・シー』パトリシア・A・マキリップ
シリンダー世界111』アダム=トロイ・カストロ

 
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2011年05月03日
折口信夫(しのぶ)
『死者の書・身毒丸』中央公論新社

 不朽の名作「死者の書」の他「死者の書」と関係する随筆「山越しの阿弥陀像の画因」と「身毒丸」を収録。
 折口信夫は明治20年に生まれた、民俗学、国文学、国学の研究者。その時代の空気をそのまま切り取ったような文章で、雰囲気が堪能できます。が、現代ものばかり読んでいる身には少々厳しかったような……。
 きちんと理解できなかったような気がしてなりません。

「死者の書」
 大津皇子は叔母である持統天皇に疎まれ、謀反人として処刑されてしまった。そうして二上山に葬られること、100年。ついに深い眠りから目覚める。
 そのころ奈良では、信心深い大貴族の娘、藤原南家郎女(いらつめ)が、写経に明け暮れる日々を送っていた。
 郎女は春秋の彼岸の中日に、二上山のふたつの峰の間に荘厳な人の俤を見て取った。彼岸中日を心待ちにするようになった郎女は、無意識のまま二上山を訪れる。しかし、山は女人結界の地。姫は罪をあがなうため、近くの此庵室に留め置かれるが……。

「身毒丸(しんとくまる)
 身毒丸の父は田楽師だったが、先祖から受け継いだ悪い病気が出たために姿を消してしまった。身毒丸は、源信法師に師事するが……。


 
 
 
 
2011年05月05日
E・E・ナイト(佐田千織/訳)
『ヴァンパイア・アース −〈狼〉の道−』
ハヤカワ文庫SF1782

 2022年、人類は謎の疫病に襲われた。すでに経済危機や戦争で混乱状態に陥っており、世界はあっけなく崩壊。代わって台頭してきたのが、ひそかに息づいていた異星生命体クリアンだった。
 〈新体制〉を構築したクリアンは化身リーパーを操り、低能なグロッグを創造。体制を強化していく。彼らは元はといえば、知的生命体ライフウィーヴァーの分派。太古の超文明が遺した技術を吸収し、不死を獲得していた。
 クリアンたちが不死を維持するために必要不可欠なのが、生命オーラ。生命オーラは高度な知性を持った生命が発散させており、彼らはライフウィーヴァーたちを食いつくし、今では人類に狙いを定めている。
 わずかに生き残ったライフウィーヴァーは、人類の中から選び出した人々の能力を開化させていった。抵抗運動をつづける彼らは〈オザーク自由領〉を保持するが、クリアンに立ち向かうには充分ではない。劣勢を強いられていた。
 デイヴィッド・ヴァレンタインは11歳のとき、クリアンに味方する〈売国奴〉のパトロール隊によって家族を惨殺された。そして17歳のとき、抵抗運動に加わる決心をする。やがて、ライフウィーヴァーによって〈狼〉となるが……。

 ヴァレンタインを中心にすえて、変わり果てた世界と、クリアンに抵抗する人々が描かれていきます。クリアンは吸血鬼、ということになりますが、化身リーパーが生命オーラを吸えばクリアンの腹も満たされるため、隠遁していてあまり登場しません。そのため、戦う相手はもっぱらリーパー。これがまた、不死身のようなしぶとさで……。
 混乱する世界を反映してか、同じものがいろんな名前で呼ばれています。読んでいるこちらも、少々混乱。
 ヴァレンタインの、選ばれた者っぷりが受け入れられるかどうかで好みが分かれそうです。


 
 
 
 
2011年05月07日
ケイト・キングズバリー(務台夏子/訳)
『ペニーフット・ホテル受難の日』創元推理文庫

 ペニーフット・ホテルは、イギリス南東部沿岸の小さな村バジャーズ・エンドにあった。なにもない田舎なのだが、ほどよいプライバシーと従業員の口の固さから、上流階級の人々に高評価を得ている。
 セシリー・シンクレアは、ホテルの女主人。ホテルでは金曜日に舞踏会を開いているが、企画をしているのはセシリーの友人たち。フィービとマデラインだ。
 今宵の出し物は、アラビアン・ナイト。フィービは生きたニシキヘビを借り出し目玉と目論むものの、逃げられてしまう。懸命に捜索するうち見つけたのは、宿泊客の遺体だった。
 亡くなったのは、エレノア・ダンベリー。屋上庭園から墜落したらしい。事故にも見えるものの、不審な点がいくつかあった。
 セシリーはホテルの評判を守ろうと、独自に調査を開始するが……。

 時代は、エドワード王のころ。
 未亡人のセシリーは婦人参政権運動に興味を示している勝気な女性です。そんな彼女に付き従うのは、支配人のバクスター。しばしばセシリーに苦言を呈します。
 従業員の口の固さが評判のホテルらしいですが、内部では真逆で、噂話がかしましいくらい。脇役の個性が豊かで、セシリーがかすんでしまっているのが残念でした。
 上流階級に特有の優雅さより、やや軽めな印象の方が強かったです。


 
 
 
 
2011年05月08日
時間SF傑作選(大森 望/編)
(SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)
テッド・チャン/クリストファー・プリースト/イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア/ボブ・ショウ/ジョージ・アレック・エフィンジャー/ロバート・シルヴァーバーグ/シオドア・スタージョン/デイヴィッド・I・マッスン/H・ビーム・パイパー/リチャード・A・ルポフ/ソムトウ・スチャリトクル/イアン・ワトスン/F・M・バズビイ
(大森望/古沢嘉通/浅倉久志/伊藤典夫/室住信子/訳)
『ここがヴィネトカなら、きみはジュディ』
ハヤカワ文庫SF1776

 記念アンソロジーの第2弾。
 時間SFを主軸に、ロマンス、奇想、ループをテーマにした3部構成で13編を収録。

テッド・チャン(大森 望/訳)
「商人と錬金術師の門」
 フワード・イブン・アッバスはバグダッドの金物細工市をそぞろ歩いているとき、見慣れない店を見つけた。店の主人バシャラートとすっかり打ち解けたアッバスは、〈歳月の門〉のことを教えられる。門の両側は二十年の歳月で隔てられ、未来か過去へと時間を旅することができるのだ。アッバスは過去への旅を所望するが……。
 ヒューゴー賞、ネビュラ賞を受賞。
 イスラム世界独特の語り口が美しい、教訓あふれるお話。物語の中に物語が組み込まれている入れ子状態で、アラビアン・ナイトの雰囲気が漂っていました。

クリストファー・プリースト(古沢嘉通/訳)
「限りなき夏」
 ロイドは恋したセイラに告白するが、ふたりは凍結者によって時間を止められてしまった。ロイドが気がついたとき、セイラは凍りついたまま。ロイドは戦争を迎えた時代から隔絶し、孤独に暮らすが……。
 時間を行きつ戻りつしながら語られる、切ないロマンス。凍結者について知ることができるのは、ロイドの観察による憶測のみ。それがまた野次馬めいていて、時代背景とあいまって、ロイドの陥った境遇がより悲劇的に。
 うまいなぁ、と。

イアン・ワトスン&ロベルト・クアリア(大森 望/訳)
「彼らの生涯の最愛の時」
 18歳のジョナサンは物理学に興味を抱いていたが、知識は万全ではなかった。そこで家庭教師を頼んだのが、老婦人のエレナだった。ふたりの波長はぴったりで歳の差を超えて結ばれるが、エレナが亡くなってしまう。ジョナサンは憑かれたように研究に励み、ついに仮想タイムマシンを考案するが……。
 仮想タイムマシンのくだりは笑ってしまったのですが、とても純真な物語。不真面目なことを真面目に、真面目に。落差は歳の差だけではなかったようです。

ボブ・ショウ(浅倉久志/訳)
「去りにし日々の光」
 スロー・ガラスは、過ぎ去った日々の光景を見せてくれる。映し出されるのは、過去の出来事。倦怠期を迎えていたガーランド夫妻は、ふたりで旅に出た。それでも関係が修復されることはなく、冷戦状態。そんな最中スロー・ガラスの産地を通りかかり、とあるガラス農家に立ちよるが……。
 後に連作が発表されたスロー・ガラスものの第一作。やはり連作の形で読みたいところ。

ジョージ・アレック・エフィンジャー(浅倉久志/訳)
「時の鳥」
 ハートスタインは、卒業旅行として過去へと旅立つことになった。行き先は、全盛期のアレクサンドリア図書館。滞在できるのはかっきり24時間。ハートスタインは〈管理局〉で準備を進めるが、腑に落ちないことばかり。不安を感じながらも過去へと飛ぶが……。
 ハートスタインの疑問は、読者の疑問でもありました。

ロバート・シルヴァーバーグ(大森 望/訳)
「世界の終りを見に行ったとき」
 ニックとジェインは、パーティで披露するネタのために、世界の終りの見学ツアーに申し込んだ。ふたりは、殺風景な地球で蟹のような地球最後の生命体が死に絶えるところを目撃した。ところが、パーティに出席していた仲間は、別の世界の終りを見たというが……。
 さまざまに語られる終末の一方で、実は現在も終末的。若くてお金があるだろう人たちの滑稽なこと。

シオドア・スタージョン(大森 望/訳)
「昨日は月曜日だった」
 ハリー・ライトは自動車修理工。水曜日の朝に目が覚め、昨日が月曜日だったことに気がついた。火曜日の不在をいぶかしく思いながらハリーは出勤するが、そこは水曜日の準備の真っ最中。ハリーは、自分が担当している車の修理が終わっていることに怒りを爆発させるが……。
 ややこしい設定ながらコミカルに物語は進み、ハリーがどこにいるのか明らかにされていきます。

デイヴィッド・I・マッスン(伊藤典夫/訳)
「旅人の憩い」
 南北の方向で時間の流れが変動し、最北の〈境界〉では激戦が繰り広げられていた。戦場から〈解任〉されたHは、ずっと南へとくだった都市で就職し、家庭を持つが……。
 はるか南の地域では〈境界〉付近と比べ、時間が早く流れていきます。Hの過ごした時間は〈境界〉では僅かな時間。その変化を表すためか、緯度によって名前も変化していきます。Hがハドになり、ハドルになり、ハドラルになり……。
 南にくだるのはいいですが、北にのぼるのは辛いでしょうね。

H・ビーム・パイパー(大森 望/訳)
「いまひとたびの」
 アラン・ハートリーは戦場で負傷し、気がつくと自宅のベッドで横になっていた。それも、子ども時代の寝室で。アランは13歳の自分に還っていたのだ。アランは、家族や友人に気がつかれないように慎重になるが……。
 過去をふたたびやり直せたら……という設定の原型。短い話なので、その後のアランについては本人の想像のみ。実際にそううまくいくかどうか。そちらの方が気になってしまいました。

リチャード・A・ルポフ(大森 望/訳)
「12:01 PM」
 時間の跳ね返り現象が発生し、1時間が経過するたびに時間は巻き戻されていた。人々は気がつかないまま、同じ時間を何度も繰り返す。ただひとり、マイロン・キャッスルマンだけを除いて。キャッスルマンは記憶を保持したまま、いつもの日付、いつもの時間、いつもの場所に出現する。なんとかして時間のループから抜け出そうとするが……。
 時間の流れ方はまったく変化しない一方で、徐々に変化していくキャッスルマン。強烈な孤独感でした。

ソムトウ・スチャリトクル(伊藤典夫/訳)
「しばし天の祝福より遠ざかり……」
 ある日地球に異星人が現れた。彼らは贈り物を携えていたが、同時に要求も持っていた。そのため人々は、まったく同じ一日を700万年繰り返すことになってしまう。舞台俳優のジョンは、なんとかしてパターンを変えようとするが……。
 時間がループしていることを人々は知っているのですが、どうすることもできず。まったく同じ一日を過ごすことになります。ただ、毎朝6時から8時は休憩で、好きなことができます。そのため、かろうじて物語は展開していきます。

イアン・ワトスン(大森望/訳)
「夕方、はやく」
 朝方、人々は藁を詰めた寝台で目覚め、800年に渡る人類文明の歩みを始める。午後には産業革命が起こり、テレビの登場は18時30分。23時には避けがたい眠気に襲われ、目が覚めるころには時代は元通り。ふたたび一日に凝縮された800年の歩みが始まるが……。
 人々は毎日ちがう一日を過ごしているのですが、時代の方がどんどん変化していきます。大人たちは、順序に従わなければ順序に裏切られるかも……と、朝寝坊もせずに時代につきあっています。
 とにかく奇天烈。

F・M・バズビイ(室住信子/訳)
「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」
 ラリイ・ガースは目覚めたとき、天井が灰緑色をしているのに気がついた。窓の外を眺め、カードを確認し、ここがウィネトカでジュディと一緒に暮らしていることを知る。ラリイは意識年齢を重ねつつ、人生のさまざまな時期を飛び飛びに生きていた。今回もまた、そつなく振る舞おうとするが……。
 ラリイが生きるのは、バラバラにされた自分の人生。4歳で中年になったり、すでに臨終を経験していたり。そのため、いくつかの未来の出来事を知っている一方、知らない過去があったりします。
 とにかく複雑で、よく書けたな、と感心することしきり。


 
 
 
 
2011年05月14日
グレッグ・ベア(酒井昭伸/訳)
『女王天使』上下巻/ハヤカワ文庫SF1176〜1177

 2047年。
 大都市はナノテクによって変容し、巨大な超高層環境建築〈巣宮(コーム)〉がそそりたっていた。普及した精神治療(セラピー)は、一部の例外を除いて市民の義務とされており、犯罪の発生率は低く抑えられている。
 そんなロスエンジェルスにおいて、8名もの一般市民が惨殺される事件が起こった。
 捜査を担当するのは、〈変容者〉のマリア・チョイ警部。
 容疑者は、事件現場となった部屋の持ち主であるエマニュエル・ゴールドスミス。
 ゴールドスミスは詩人で、かねてから、ヒスパニオラの独裁者サー・ジョン・ヤードリー大佐と親しくしていた。事件前、ゴールドスミスはヒスパニオラ行きの航空券を手配し、事件後に使ったらしい。ゴールドスミスの足取りがつかめないまま、マリアはヒスパニオラへと旅立つが……。
 そのころゴールドスミスは、被害者の父親であるトーマス・アルビゴーニに保護されていた。万一ゴールドスミスが捕まれば、強制的にセラピーにかけられ、なぜ殺人を犯したのかが分からなくなってしまう。アルビゴーニは事件の真相を知るため、心理学者マーティン・バークに協力を依頼するが……。

 《ナノテク/量子論理》シリーズ第一作。
 主軸は、ゴールドスミス事件。ゴールドスミスを追うマリア、ゴールドスミスの〈精神の国〉を訪問するマーティン、ゴールドスミスの友人であるリチャード・フェトル。三者三様に、ゴールドスミスを考察します。
 そして、もうひとつ。
 作品全体のテーマである「意識のメカニズムとは」を共有しているのが、恒星間宇宙無人探査機(AXIS)によるアルファ・ケンタウリの探索。事件とはあまり関係ないのですが……。

 視点が4つあるため進展は遅め。その分、理解度は増すかもしれませんが、読むのがつらいこともありました。あまりにつらいものですから途中で挫折して、今回ようやく読み直して、なんとか最後までたどり着けました。
 世界観にのってしまえば、楽しめるんですけど。そこまでがなかなか……。


 
 
 
 
2011年05月15日
グレッグ・ベア(小野田和子/訳)
『凍月(いてづき)ハヤカワ文庫SF1242

 月世界は地球から独立し、BM(結束集団)が寄り集まって同盟を結んでいた。BMは家系を主体とした経済連合体だが、唯一、タスク=フェルダーだけはロゴロジー信者から成っている。
 ミッキーは、名門サンドヴァルBM創始者の曾孫。
 サンドヴァルBMが所有する〈氷穴〉は、かつて水の宝庫だったが、枯渇した今ではなんの使い道もない。それに目をつけたのが、姉ロザリンドの配偶者ウィリアム。ウィリアムは〈氷穴〉で、この宇宙における秩序と平和と静寂の究極の姿である絶対零度を達成しようと企てたのだ。
 サンドヴァル理事会は渋々承認し、ミッキーは若くして、このプロジェクトの財務部長兼資材調達部長となった。
 ある日ロザリンドは地球で、とんでもない買物をしてくる。それは、スタータイム保存協会が前世紀から保存してきた410人の冷凍頭部だった。
 ミッキーは愕然とするが、その410人の中に曾祖父母が含まれているとあってはロザリンドを責めることもできない。〈氷穴〉の装備を利用し、頭部とのコミュニケートの準備が進められる。
 ところが、タスク=フェルダーから横槍を入れられてしまい……。

 《ナノテク/量子論理》シリーズ第二作。(翻訳は、第三作『火星転移』が先行)
 ミッキーが奔走する政治的駆引きと、ウィリアムが取り組む絶対零度への挑戦、ウィリアムを助けるQL(量子論理)思考体とQLの思考を人間言語にしてくれる翻訳体、さまざまなものが濃縮された中篇。
 ミッキーの一人称で語られるため読みやすくはあります。その分、ミッキーの専門外となる技術的な部分はちょっと弱かった印象が残りました。
 シリーズ第一作となる『女王天使』とは、時代的につながっているだけ。逆に、読んでない方がすんなり入れたかもしれません。


 
 
 
 
2011年05月18日
グレッグ・ベア(小野田和子/訳)
『火星転移』上下巻
ハヤカワ文庫SF1187〜1188

 火星移民が始まって100年。
 火星では月世界を手本に、家系を主体としたBM(結束集団)によって開発が行われていた。各BMの利益代表からなる合同議会はあるものの、非能率さは否めない。それゆえ、台頭した国家主権主義者によって、火星の中央政府体制が押し進められようとしていた。  
 キャシーアは、名門マジュムダーBMの一員。火星大学の学生だったが逆行主義者と見なされ、放校処分を受けてしまう。学長は暴動を恐れる国家主権主義者たちに従ったのだ。
 キャシーアは処分された学生たちに加わり、大学に契約の履行を迫る。学生たちの運動は失敗に終わるが、国家主権主義者はみずから仕掛けた事件が元で失墜。火星統一は頓挫し、ふたたび議会が主導権を確保した。
 政治に興味を抱いたキャシーアは猛勉強を重ね、マジュムダーBMの理事ビスラスの見習いとなる。
 国家主権主義者は失脚したが、火星に統一窓口が必要なのも事実。ビスラスは、別の角度から統一を計ろうと動いていた。BM合同議会をまとめ、キャシーアをつれて地球へと旅立つが……。

 第一部で学生時代のことが語られ、第二部で地球への旅が繰り広げられます。そこまでで上巻。第三部から始まる下巻で、キャシーアの物語は火星の歴史になります。
 火星の歴史の大転換点となるのは、かつてキャシーアの恋人だったチャールズ・フランクリンの大発見。それは革命的な物理理論で、応用すれば兵器にもなりえます。そのことをかぎつけた地球によって、火星は危機に陥ってしまうのですが……。

 ネビュラ賞受賞作。
《ナノテク/量子論理》シリーズ第三作。第二作の『凍月』と間接的につながってます。
 実は、翻訳されたのは第二作よりこちらが先なのですが、時代的にはこちらが後。『凍月』で、火星が参考にした月の政治体制について触れられているので、おかげで読むのが楽でした。
 受賞したのも納得。


 
 
 
 

2011年05月24日
グレッグ・ベア (冬川 亘/訳)
『斜線都市』上下巻
ハヤカワ文庫SF1311〜1312

 2055年アメリカ。
 ナノテクと精神治療(セラピー)が高度に発達し、市民たちは、肉体的にも精神的にも、健全でいることができるようになっていた。ところが退行現象が出始め、その数は増えるばかり。
 心理学者のマーティン・バーグは、大企業の社長キャリルンドに依頼され、退行現象の調査を始める。
 一方、シアトル公安局のマリア・チョイは、世にも恐ろしい殺人事件の捜査に当たっていた。
 マリアは犯人たちの資金源を、大富豪のテレンス・クレストと突き止める。面会を申し込むものの、テレンスは死んでしまった。どうも退行現象に侵されていたらしい。
 テレンスが死の直前に面会したのは、女優のアリス・グレール。アリスはテレンスの死で立場が危なくなってしまう。その上、命を狙われて……。
 そのころマインド・デザイン社が開発したQL(量子論理)思考体ジルは、謎の思考体ロディからの接触を受けていた。ロディの正体や目的が分からないまま、ジルは障壁ごしに会話するが……。

 視点は6つ。
 マリア、マーティン、アリス、ジルの他、グリーン・アイダホ共和国にそびえる巨大な霊廟オムパロスに関わるふたり。オムパロスの襲撃を企てるジャック・ギフィ、オムパロスを所有する秘密結社へと誘われる家庭人のジョナサン・ブリストー。
 それぞれがそれぞれに問題やら目的やらを抱えていて、少しずつ前進し、徐々に物語はまとまっていきます。

 本作は《ナノテク/量子論理》シリーズ第四作で、第一作『女王天使』の7年後が舞台になっています。
 マリア、マーティン、ジルの3個性が共通しているためか、視点は分散されていますが、理解はしやすかったです。ただ、理解しやすくはあるのですが、読んでいてもどかしさはありました。
 個々を掘り下げるか、事件がつながってから掘り下げるか、どちらを重視して読むかで評価が分かれそうです。


 
 
 
 
2011年05月27日
パトリシア・A・マキリップ(柘植めぐみ/訳)
『チェンジリング・シー』小学館ルルル文庫

 ペリ(ペリウィンクル)は15歳。
 漁師だった父を海で亡くし、茫然自失となっている母を残して家を出た。朝から晩まで宿屋で働き、身を寄せているのは、かつて老婆が住んでいた小さな家。幼いペリに“魔法”を教えてくれた老婆も今はいない。
 その日もペリは老婆の家に帰っていた。父と、母の心を奪っていった海を憎み、海にまじないをかけてやろうと思いつく。そこへ、キール王子が訪ねてきた。
 ペリはキール王子に頼まれ、海に伝言を流すことになる。ところが、まじないの言葉を叫んだペリの目の前に、海竜が立ちはだかった。首に黄金の鎖を巻きつけて……。
 その日以来、漁師たちは海竜を目撃するようになり、黄金の首輪が人々の話題をさらった。村人たちは、黄金を手に入れるために魔法使いリョウを雇うが……。

 海を憎むが海から離れられないペリ、海に惹かれてやまないキール王子、なんでも知っている神出鬼没のリョウ、なぜか夜中の2時間だけ人間になる海竜。
 独特の雰囲気があって、いろいろと入り組ませつつきちっとまとめるあたり、さすがマキリップ。とはいえ、いかんせん子ども向け。はしょられている印象が強く残ってしまいました。


 
 
 
 
2011年05月28日
アダム=トロイ・カストロ(小野田和子/訳)
『シリンダー世界111ハヤカワ文庫SF1800

 巨大なシリンダー型世界〈111(ワン・ワン・ワン)〉は、独立ソフトウェア知性集合体〈AIソース〉によって創られ、星間深宇宙に設置された。
 シリンダー型世界は通常、回転による遠心力によって内壁が地面となる。ところが〈111〉の内壁には有毒な海が広がっており、その上にあるのは有毒な雲の渦。正常な空気は、シリンダー中心部となる回転軸のあたりにしかない。
 回転軸には蔓植物がからみあい、そこはアッパーグロウスと呼ばれていた。アッパーグロウスに暮らすのは、〈AIソース〉が所有権を主張する知性体ウデワタリ。そして、ウデワタリの調査を任された人類の外交団たち。
 ある日外交団は、大事件に見舞われた。アッパーグロウスから吊るしたハンモック型住居が、何者かによって切り落とされたのだ。中にいたクリスティーナ・サンチャゴは有毒な空間に落ちていき、悲鳴だけが残された。
 捜査のために派遣されたのは、法務部陪席法務参事官のアンドレア・コート。
 この犯罪に〈AIソース〉が関わっていることは間違いないが、アンドレアが命じられたのは、たとえ〈AIソース〉が真犯人であっても、無罪とすること。アンドレアは〈AIソース〉以外の、もっともらしい犯人を見つけ出さなければならないのだ。絶対的な科学力を誇る〈AIソース〉と戦争にでもなったら、その瞬間に勝負はついてしまうのだから。
 アンドレアは直ちに捜査を開始するが……。

 異質な世界を舞台にしたミステリ。
 アンドレアの到着前に第二の犠牲者となったシンシア・ウォーマス、調査団の責任者であるスチュアート・ギブ、ギブの副官ながら素性のまったく分からないペイリン・ラストーン、サイ・リンク・カップルのポリニャードたち。さまざまな人物がアンドレアと関わっていきます。アンドレア自身、着任前に脅迫メールを受け取り、実際に殺されかけます。
 犯人は〈AIソース〉なのか?
 他の誰かなのか?
 世界が異質なら、アンドレアも異質。幼少期に巻き込まれた残虐事件によって、その心には深い深い闇が広がっています。外交団の連続殺人事件よりむしろ、アンドレアの心の闇の解明の方がメインだったような……。
 登場人物が多いため、名前と人物像を結びつけるのに苦労させられました。が、苦労のかいはありました。いくつもの謎が提示されますが、きちんと解決します。

 
 

 
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