魔術師ヒールドは、王都モンドールに息子ミクを残した。
ミクはエルドウォルドで最も高いエルド山に赴き、伝説にのみ名をとどめる不思議なけものたちを収集した。ティルリスの黒鳥と、あらゆる謎の答えを知る猪、そして、緑の翼を持った竜を。
ミクは白い石で館を建てると泉の娘を呼び寄せ、息子オガムが生まれた。オガムは、さらにけものたちを呼び寄せた。ライオンのギュールスを、黒猫モライアを、隼ターを。そして、ヒルトの領主ホルストの娘レアランを呼び寄せた。
こうしてオガムの娘サイベルが生まれた。
サイベルは16歳のとき、孤児となった。残されたのは、白い館と書物と、想像を絶するけものたちと、彼らをあやつる力だった。
あるときサイベルは、大きな白い鳥ライラレンのことを知った。かつて、エルドウォルドで唯一の女王を背に乗せて飛んだという。
サイベルは、ライラレンを呼び寄せるべく声をはなつ。そのとき、館にひとりの騎士がやってきた。サールのコーレン。赤児タムローンを抱いていた。
タムローンは、レアランの妹リアンナの子だという。リアンナはエルドウォルド王ドリードに嫁いだが、子の父は、コーレンの兄ノレルらしい。そのことを知ったドリード王によって、ノレルは殺された。
リアンナもすでに他界しており、サールには、タムローンにとって安全な場所はない。そのためタムローンは、世間と隔絶しているサイベルに預けられることとなった。
それから12年。
白い館にふたたび、サールのコーレンがやってきた。やはりドリード王の息子であったタムローンを引き取るために。そして、サイベルをサールへと連れていくために……。
第一回世界幻想文学大賞受賞作。
コーレンの再訪問は、まだまだ序盤。ようやく物語が動き始めるところで、サイベルは覇権争いに巻き込まれていきます。
寒々としたサイベルが主役だけに、物語全体が澄み切った夜のようでした。そんな中、子どもゆえか、タムローンに日差しのぬくもりを感じてしまうのが不思議。
ハヤカワのFTレーベルの第一冊目なのですが、いまだに版を重ねているのも頷けます。
天文学者スヴェン・ブロンソンは、ふたつの放浪惑星を発見した。
ひとつめはブロンソン・アルファと名付けられた。アルファは地球よりはるかに大きく、地球との衝突軌道にある。地球はアルファによって破壊されてしまうだろう。
人類にとって救いなのは、もうひとつのブロンソン・ベータの存在だった。計算によるとベータは、アルファが地球と衝突した後、地球の公転軌道に乗ることとなるのだ。
アメリカの物理・天文学者コール・ヘンドロンと研究チームは、人類を存続させる唯一の方法は、宇宙ロケットでベータに移住することだと決断する。
かくして移住計画が推進されるが……。
終末ものの先駆的作品。
物語の中心人物はアンソニー・ドレイクなのですが、この人の本職は天文学者でなく、株式仲買人。たまたまヘンドロン博士の娘イヴと恋人関係にあり、計画に参加するようになります。
地球がアルファに破壊されてしまうのは衝撃ですが、その後にベータが地球の軌道に乗って、しかも都合よく大気が存在していて……というのも衝撃的。
1933年の作品なので、そういうものなのかもな、と思いながら読んでました。
《魔法プログラマー@ウィズ》第一巻
モイラは、村守の魔法使い。
あらゆる種類の魔法が満ちる夏至の日に、あえて薬草を集めていた。この日は、誰もが家に閉じこもってじっとしているもの。そんな日にモイラは、魔導師パトリウスと出会ってしまった。
パトリウスはモイラに、おおいなる召喚の術を行うと告げる。南の〈暗黒同盟〉が力を増してきており、〈北部〉の助けとなる人物が求められているのだ。
異世界から人を呼び出すおおいなる召喚の術は、通常、数人がかりで行うもの。モイラは仰天するが、魔導師のパトリウスに逆らうことなどできない。しぶしぶ手助けするものの、術は〈暗黒同盟〉に察知され、パトリウスが命を落としてしまった。
残されたのは、魔法の兆候も痕跡も感じられないただの人間、ウィズ・ズムウォルトだった。
ウィズは、ゼタソフト社のプログラマー。
少し休憩をとろうと、外に出たところだった。足を踏み出したもののあるはずの舗道はなく、3フィートばかり落下。広がっていたのは草地で、モイラにひとめぼれしてしまう。
実は、死ぬ間際のパトリウスによってウィズは、蠱惑の呪文をかけられていたのだ。
モイラが助けを求めた魔導師バル・シンバの指示で、ふたりは〈禁断の森〉の奥深く、〈憩いの館〉へと旅立つが……。
序盤でのモイラの存在感がとても大きいです。ふたりの視点から物語が語られていき、〈憩いの館〉にたどり着いてから、ようやくウィズが主役らしくなっていきます。
世界がなかなか見えてこないのも気になりました。けっきょく最後まで分からずじまいなのですが……。
おそらく、キャラクター中心の物語と割り切って読むべきなのでしょう。
マクシミリアン(マックス)・ジョーンズの夢は、航宙士になること。
現実は、父が亡くなり、義母を養うために農場を切り盛りする日々。心の支えは、亡くなった伯父が航宙士ギルドの一員だったこと。ギルドは世襲制だが、子どものいなかった伯父が、マックスを後継人に指名すると、約束してくれたのだ。
単調な暮らしは、義母が再婚相手をつれてきたことで崩れ去った。農場は売り払われ、反発したマックスは家を飛び出す。
こうして航宙士ギルドを訪れたマックスだったが、伯父は誰も指名していなかった。急死だったため、その時間がなかったのだろう。
諦めきれないマックスは、偶然知り合いになった浮浪者サムの手引きで、経歴を偽り、恒星間貨物客船〈アスガルド〉に乗り込む。武器は、完璧で完全な記憶能力。マックスは、伯父がくれた航宙士の手引書も丸暗記していたのだ。
マックスは、最下層の乗組員として働き始めるが……。
マックスの、写真記憶のような能力がポイント。運もありましたが、そのおかげで、トントン拍子に出世していきます。もちろん、それを快く思わない人もいます。
浮浪者サムは、どうもかつては宇宙船乗りだったようです。マックスと同じく〈アスガルド〉に乗り込みます。マックスとは適切な距離を置くように務めていて、彼の過去は隠されたままです。
いかんせん1953年の作品なので、古さは否めません。その分、古き良き時代の雰囲気も同時に楽しめるというものです。
《サソリの神》第三巻
(第一巻『オラクル 巫女ミラニィの冒険』第二巻『アルコン 神の化身アレクソスの〈歌の泉〉への旅』)
将軍アルジェリンは、武力によって〈ふたつの国〉を支配下に置いた。皇帝は甥のジャミル皇子を人質にとられ、〈島〉と〈港〉を包囲したまま身動きが取れない。
亡くなった恋人ハーミアを忘れられないアルジェリンは、神々を否定し、〈雨の女王〉に憎しみを抱いていた。〈雨の女王〉の像を破壊しつづけるが、水を恐れ、遠ざけようとする。そして、ハーミアを生き返らすため、女魔法使いマントに接触するが……。
一方、巫女ミラニィは、〈死者の都〉の地下で影の主クレオンに匿われていた。
〈歌の泉〉へと旅立った神の化身(アルコン)アレクソスはいまだ戻らず、神の声が聞こえてくることもない。心配を募らせる中、共に逃げていた巫女レティアが行方知れずになってしまう。ミラニィも危機に陥るが、書記セトに助けられた。
うれしい半面、野心家のセトがそのままアルジェリン将軍の配下に収まってしまい、不安でならないミラニィ。
実は、セトの行動は計略だった。セトはアルジェリンに嘘の報告をする。〈歌の泉〉への旅でアレクソスが死んだ、と。そして、直属の部下となり、ジャミルに接触を試みるが……。
三部作の第三巻。
これまで語られた登場人物たちの人柄を下敷きに、物語は大きく動きます。
〈歌の泉〉の水を飲んだセトと、楽師オブレク、墓盗人ジャッカルは、ある意味「いい人」になってます。ただ、作り替えられたわけではなく、〈歌の泉〉はひとつのきっかけに過ぎません。相変わらず葛藤はあり、本人たちも自覚しています。
アルジェリンは狂いつつあり、ハーミアを求めて冥界へと足を踏み入れます。それにつきあわされるのは、ミラニィと、アレクソス、オブレクの三人。夢の中にいるような、不可思議なできごとが一行を待っています。
このシリーズの特徴は、仲間たちが二手に分かれてそれぞれが、危難と立ち向かうところでしょうか。それも連動しながら。本作も同様です。
魔女マントや、傭兵の長インゲルドという新たな登場人物を迎えつつ、物語はきっちり終わります。アルジェリンを単なる悪役にしないなど、とても奥行きがありました。
紀元前636年。春秋戦国時代。
晋では、驪姫(りき)の乱によって亡命していた重耳が帰国し、国を治めることとなった。
士会は、士氏の次男坊。
士氏は司法を司っており、国に残って忠実に君主に仕えていたため、重耳の覚えはめでたくない。廟堂に列座するのは、亡命していた重耳に付き従っていた者たちばかりなのだ。
士会は、士氏の中では珍しく武術に秀でていた。重耳の亡命中は、国を出て重耳の元に馳せ参じたい気持ちはあったものの、父の厳命には逆らえず日々を送っていた。
重耳は帰国したものの、士氏が政治の中心に食い込むことはできない。士会はおとなしく、勉学に励んだ。武術だけでなく、戦術にも能力を発揮し、重耳の車右に大抜擢されるが……。
晋の宰相となる士会の生涯をつづった物語。
いかんせん時代が時代ですから、他国の動向が晋に影響を与えます。物語の途中までは士会の見聞きしたことが中心なのですが、徐々に他国のことに割く割合が増え始め、士会の存在がうすくなっていきます。
歴史を読みたい人は、それがいいのかもしれませんね。
ジェフ・ジョンストンは、歴史作家ブルーンの調査助手。
ブルーンのテーマは南北戦争。正確を期すため些細なことにもこだわり、徹底して調べあげる手法を取っていた。そのため、ジェフは悪天候の中も走り回る日々。
いつもきちんとした仕事をするブルーンだったが、今度の新作『責務』では変更が相次ぎ、出版予告パーティに原稿が間に合わない始末。ジェフは気を揉むが、当のブルーンは、次回作に意欲を傾けつつあった。
ブルーンが興味をひかれているのは、リンカーンが見たという夢。リンカーンは亡くなる2週間前、ホワイトハウス内に安置された自分の遺体を夢に見たという。
ブルーンは、ジェフの友人リチャード・マディスンが、精神科医で夢の意味を判断する手助けをしていると聞き、パーティに招待する。リンカーンが見た夢について意見を聞くために。
現れたリチャードは、患者にして恋人という女性アニーを伴っていた。
アニーは、奇妙な夢に悩まされていた。その意味は検討もつかないが、アニーから話を聞いたジェフは、即座になんの夢なのか理解する。
アニーは、南北戦争の光景を夢に見ていたのだ。それも、南軍の名将軍ロバート・E・リーの視線で。
ジェフはアニーに頼まれ、かつてロバート・E・リーの住居であったアーリントン国立墓地に連れていくが……。
ウィリスの処女長篇作。
バタバタとしたすれ違い喜劇があり、『航路』を彷彿とさせる記述があり、ウィリスを読んでいるんだな、と実感。
が、いかんせん読み手の南北戦争の知識が皆無で、アメリカの地理はチンプンカンプンだし、リーがどういう人なのかも知らないし、そもそもリンカーンが南軍なのか北軍なのかも把握していない有様。
おそらく、そんな基本的なことは一般常識、という大前提の上で書いているのでしょう。知らなくてもなんとかなりますが、少々厳しいときもありました。
知っていれば、もっとずっと、感慨深く読み進められたのでしょう。残念です。
ピーター・ホブスンは、生物医学用機器の社長。
かつては、生物医学工学部の大学院生だった。臓器摘出手術に立ち会い、そのときのことが16年たった今でも忘れられずにいる。
脳死判定がくだされた若いドナーに、強烈な反応が現れたのだ。周囲の人々は一笑に付すが、ピーターはドナーが死んでいなかったのではないかと、疑いを抱く。
人が確実に死ぬのはいつなのか?
ピーターは、超高感度EEGの試作機を開発し、人が死ぬ瞬間の計測に成功した。スーパー脳波計は、魂としか呼べない電気フィールドが、こめかみから外へと向かう瞬間をとらえていた。
実験結果を発表し、一躍時の人となったピーター。さらに、死後の生について、永遠に生きるということについて探ろうと思いつく。
ピーターに協力したのは、親友のサカール・ムハマド。サカールはニューラルネットワークの研究をしていた。すでに人間の精神を再現することは可能。脳データから特定の要素を削除することで、それらのシミュレーションを試みたのだ。
被験者は、ピーター自身。
ふたりは実験にとりかかるが、まもなく殺人事件が起こってしまう。殺されたのは、ピーターの妻キャシーの同僚、ハンス・ラルセンだった。
ピーターは、複製人格が犯人ではないかと疑うが……。
ネビュラ賞受賞作。
いつもの通り大風呂敷を広げながら、畳みきれずに終了……といった感じでした。
物語の中盤で発生する殺人事件は解決します。では、それまでに世間を騒がせた〈魂〉としか呼べないものについて、はどうなったのか?
6年ぶりの再読だったのですが、ほとんど記憶に残っておらず、新鮮な気持ちで読めました。また忘れてしまいそうです。
宇宙探検船スペース・ビーグル号は、軍人と科学者とか乗り合わせた調査船。
エリオット・グローヴナーは、大規模なビーグル号にあってただひとりの情報総合学者(ネクシャリスト)だった。新しい学問であるために、ほかの専門家たちからは完全に無視されている。グローヴナーは、環境を改善する計画を立てているが、なかなかチャンスが巡ってこない。
あるときビーグル号は、惑星をひとつだけ従えた恒星系を訪れた。惑星には文明の痕跡があったが、すでに滅亡した後。探検隊が組織され、グローヴナーも地表に降り立った。
一行は、猫のような野獣と遭遇する。それは知的生物のように振る舞っているが、原始状態へ退行してしまったらしい。
予期せぬ高等生物の登場に各学部は色めき立つ。うまく船内へと連れ込むが……。
猫のような野獣は、クァール。クァールの視点も交えて序盤は展開していきます。
本作は「黒い破壊者」「神経の戦い」「緋色の不協和音」「M−33星雲」という4つの中短編を、情報総合学のグローヴナーという存在を投入することで繋ぎ合わせてます。そのため、長篇としては構成がいびつ。
クァールのエピソードが終わると、一気に趣が変わります。
徐々に変化していくのは、船内でのグローヴナーの立ち位置。影の薄かった情報総合学ですが、徐々に注目されていきます。
未知の生物との戦いの他、船内の権力闘争、科学者と軍人との対立、などなど盛りだくさん。半世紀以上も昔の作品ですが、いまだに版を重ねているのも頷けます。
フィアメッタは、金細工師にして大魔術師のプロスペロ・ベネフォルテのひとり娘。
魔法の素質はあり、父の手伝いもしている。しかし、女の子というだけで才能を認めてもらえない。フィアメッタにはそれが不満でならない。
ある日、プロスペロとフィアメッタは、モンテフォーリア公サンドリノの宴に招かれた。ユリア姫と、ロジモ公ウベルト・フェランテとの婚約披露パーティだ。しかし、サンドリノも夫人も、婚約を喜んではいない。
フィアメッタは、城代夫人に銀の水差しの修理を頼まれるが、受取に行った帰り、サンドリノの執務室で事件を目撃してしまう。フェランテが諍いの末、サンドリノを殺害したのだ。
宮殿は大混乱。モンテフォーリアは、フェランテの軍に制圧されてしまう。生き延びた人々は、サンドリノの嗣子アスカニオを守り、聖ヒエロニムス修道院に逃げ込んだ。
フィアメッタはプロスペロと共に町から脱出したものの、プロスペロは帰らぬ人となってしまった。しかも、フェランテの手のものに遺体を盗まれてしまう。
フェランテが裏切ったあのとき、プロスペロはフェランテがはめていた死霊の指輪(スピリット・リング)を無効化した。指輪は、告解を受けず埋葬もされない死者の亡霊をつなぎとめ、その力を利用する。フェランテは失った指輪の代わりに、プロスペロを使うつもりらしい。
フィアメッタは父の魂を救うため、聖ヒエロニムス修道院へと向かうが……。
舞台はイタリア。時はルネッサンス。中心人物は、気の強いフィアメッタと、モンテフォーリアの近衛隊長だったウーリ・オクスの弟トゥールのふたり。
トゥールは鉱夫なのですが、ちょっとした能力を持っています。ウーリの勧めで、プロスペロの弟子となるはずでした。都に向かう道中に政変を知り、フィアメッタと出会います。
聖ヒエロニムス修道院の院長モンレアレは司教であり、魔術師でもあります。プロスペロの友人で、フィアメッタはモンレアレなら力になってくれると考えています。しかし、フェランテ側にも魔術師がおり、なかなか思い通りにいきません。
いつもはSFのビジョルドが初めて書いたファンタジーだそうです。確かに、そんな感じ。