《ランドオーヴァー》シリーズ第五巻。
シカゴの弁護士だったベン・ホリデイが魔法の王国ランドオーヴァーの王になって4年。
愛娘ミスターヤは、生まれてまだ2年しかたっていないが、すでに10歳ほどに成長していた。内面はそれ以上で、記憶力は抜群。己の興味のあることに熱中し、ピクニックで見かけた赤い目のカラスに見入ってしまう。
赤い目のカラスの正体は、魔女のナイトシェイド。ベンに深い憎しみを抱き、2年をかけてある計画を練っていた。すべては復讐のために……。
ある日ベンの城に、マーンハルを領する王リダルと名乗る男がやってきた。ベンは王位の明け渡しを要求されるが、マーンハルなど聞いたこともなく、リダルの自信満々な態度にあきれるばかり。
リダルは早々に立ち去ったものの、人々の心に不安を残していった。ベンと王妃ウィロウは念のため、ミスターヤをウィロウの実家に送ることに決める。ところが旅の最中、ミスターヤがさらわれてしまった。
そのことを知ったベンは、手を尽くしてミスターヤを捜すが……。
一方、ミスターヤと共に行方知れずとなった宮廷魔術師クエスター・スーズと宮廷書記アバーナシイは、〈地上〉に飛ばされていた。旅の一行はナイトシェイドに襲われたのだが、どうも魔法の介入があったらしい。
ふたりは旧知のエリザベスと再会し、帰還の道を探るが……。
ナイトシェイドの復讐物語。おなじみのキャラクターが七転八倒しながらも、真相に近づいていきます。
おもしろくはあるのですが、疑問に思うところもいくつか。
最たるところは、ランドオーヴァーにおける時間の流れ方。
この物語はミスターヤがそれなりに成長していないと成立しません。ところがミスターヤの成長を待っていると、他の人たちが歳を取りすぎてしまいます。そこで小細工したのではないか、と。
他にも、『魔術師の大失敗』でかわいらしかったエリザベスは16歳になっています。逆にアバーナシイは若返っていて、ふたりは恋仲に……。
どうも、作者に都合がいいように、設定をねじ曲げられたかのような印象が残ってしまいました。そこが残念。
都市国家〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉は、同じ地域にあった。奇妙に重なりあっていたのだ。
ふたつの都市は、視覚だけでなく、物理的にも往来が可能だった。ただ、無秩序な越境行為は〈ブリーチ〉と呼ばれ、厳しく戒められている。国民たちは、油断すると〈見えて〉しまう相手国を、幼いころから〈見ない〉ようにしてきた。禁忌を破ると、超機関〈ブリーチ〉によって裁かれてしまうのだ。問答無用で。
ティアドール・ボルルは、〈ベジェル〉の警部補。
住宅団地で女性が刺殺死体となって発見され、ボルルが担当することになった。派手な化粧に売春婦かと思われたが、身元がなかなか分からない。
そんな中、ボルルの元に匿名の電話がかかってきた。それも、〈ウル・コーマ〉から。この事実を人に知られることを恐れたボルルは、電話のことは隠したまま方針転換。ついに女性の身元が明らかになる。
アメリカ人の、マハリア・ギアリー。今は〈ウル・コーマ〉にいるはずの学生だった。
ボルルは、事件を〈ブリーチ〉に委ねようとする。〈ウル・コーマ〉にいた人間が殺され〈ベジェル〉で発見された以上、〈ブリーチ〉行為があったのは間違いないのだから。
ところが、〈ブリーチ〉が拒否してきた。マハリアの遺体を運んだと思われる車が、正式ルートで都市間を移動した記録が発見されたのだ。
事件の捜査は、〈ウル・コーマ〉の上級刑事クシム・ダットへと移った。ボルルはダットに協力すべく、〈ウル・コーマ〉に入国するが……。
ヒューゴー賞、ローカス賞、世界幻想文学大賞、クラーク賞、英国SF協会賞受賞。
ふたつの都市が重なりあって存在しているだけあって、とにかく複雑。それだけでなく、書き方もそれほど親切ではなく……。当初は、地名なのか人名なのか、名詞なのか動詞なのか、混乱しながら読んでました。
〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉という特殊要因を脇に置くと、かなり真っ当なハードボイルド。
マハリアはなぜ、殺されたのか?
きちんと解決してくれます。たびたび取りあげられる都市の成り立ちの謎は、謎のままですが。まぁ、そういう話ではないので。
2012年03月25日
オーエン・コルファー(大久保 寛/訳)
『アルテミス・ファウル −北極の事件簿−』
角川書店
《アルテミス・ファウル》シリーズ
前作『妖精の身代金』から1年。
アルテミス・ファウルは13歳になり、今も行方不明の父、アルテミス・シニアを捜している。母の病はよくなったものの、アルテミスの活動に支障がでてきているのが難点。
ある日、アルテミスの元にメールが届いた。アルテミス・シニアは生きており、誰かに捕まっているらしい。直ちに行動を起こすアルテミス・ジュニアだったが、自身が妖精のホリー・ショートに誘拐されてしまう。
地下の妖精たちの世界で、ある事件が起きていたのだ。
人間の製品が密輸されていたのだが、事件を起こしたのはゴブリンだった。どうやら、決して知能の高くないゴブリンを裏から操っている人物がいるらしい。
ホリーら地底警察は、アルテミス・ファウルの仕業と睨んでいた。しかし、尋問の結果アルテミスが無関係であることが判明。成り行きで、両者は取引することになるが……。
児童文学。
シニアが監禁されていたのがロシアなので「北極の事件簿」となってますが、舞台はほとんど妖精たちの地下世界。密輸事件はほんの前触れで、大規模な反乱が起きてしまいます。
子供向けなため、紆余曲折しながらもストレートな読みやすさがあります。
ホイットビー港で、怪事件が発生した。
嵐の中、一隻のスクーナーが浜に乗り上げ、船から逃げ出す大きな犬のような生き物が目撃されたのだ。スペースの限られた船に犬を乗せるとは、通常ではありえないこと。しかも船には船員の姿はなく、操舵輪には死体がはり付いていた。
船長と思われる死体は、悪天候で海中に落ちないようにするためか、操舵輪に縛り付けられていた。顔は恐怖に歪み、手に握られていたのは十字架。
事件の一報を伝えたデイリーグラフ紙はこの謎を解くため、高名な探偵シャーロック・ホームズに捜査を依頼するが……。
著者がワトスン博士になってますが、実際に書いたのはエルスマン。
コナン・ドイルの探偵シャーロック・ホームズと、ブラム・ストーカーのドラキュラ伯爵が対決したら……という趣旨の元に書かれたパスティーシュもの。
ホームズ作品の方は遠い昔にいくつか読んだことがありますが、ドラキュラの方は映像化されたものに少々触れた程度。なので、そちら方面のことはサッパリ。ホームズの方は、こういう雰囲気だったなぁ……と、堪能できました。
ただし、ホームズならではの鮮やかな解決を期待していると、ちょっと肩すかし。『吸血鬼ドラキュラ』と整合性を保つためなのでしょうが、窮屈な印象が残ってしまいました。残念。
〈バードダム〉に秩序をもたらしていたのは、“偉大なるフクロウ”を筆頭とするフクロウ委員会だった。鳥たちは平和に暮らしていたが、そんな〈バードダム〉に危機が訪れる。
カササギ王国のスライキンが小鳥たちの虐殺に乗り出したのだ。それができるだけの知識を与えてしまったのは、当代の“偉大なるフクロウ”セリバルだった。スライキンがセリバルに弟子入りしたのは、策略によるものだったのだ。
キリックは、コマドリの最後の一羽。
目的もなにもなく逃げ惑う中キリックは、フクロウ委員会の一員であるトマーと出会う。年老いたトマーは、〈バードダム〉を救うための秘策を練っていた。キリックはトマーから、使者としての役割を託され、旅立つが……。
一方、キリックを追っているカササギのトラスカは、キリックの足取りを見失っていた。コマドリ絶滅は、総統スライキンの命によりもの。トラスカはキリックの行方を調べあげ、トマーの計画を嗅ぎ付ける。
トラスカは、機会さえあれば総統の地位を奪う腹づもりでいた。しかし、トマーの計画が成功すれば、カササギ王国の存在そのものが危うくなってしまう。
トラスカはキリックを阻止すべく、先回りするが……。
児童文学。
二部構成で、キリックが主役なのは一部の方。構図を分かりやすくするためか、カササギ(+おバカなカラス)は絶対悪という雰囲気になってます。対するフクロウは知恵者、と。
この単純化のおかげか、登場人(鳥)物が多いわりに、かなり分かりやすいです。ただし、時間の流れの方は読み取りにくいです。キリックの旅がどのくらい大変なことなのか、日数や距離がはっきりしていないため、どうも実感が涌いてきませんでした。
他力本願(よく言えば、人事を尽くして天命を待つ)な展開といい、惨殺とか暴行とか残酷なシーンの連続といい、子供向けながらもあんまり子供には読ませたくないような……。
宇宙船〈カペラ〉が、2600名の乗客と共に消息をたった。
事故から10日後、辺境惑星で古美術商を営むアレックス・ベネディクトのもとにメッセージが届く。おじのガブリエルも乗客だったらしい。
アマチュア考古学者のおじは、アレックスの仕事を快く思っていなかった。そのため、ふたりは疎遠になっていたが、アレックスにメッセージが遺されていた。自身が情熱を傾けている調査について、アレックスに引継いでほしい、と。
どうも〈裏切り者〉ルーディック・タリノに関することらしい。
つい200年前、デラコンダとアシユール人との間に戦争が勃発した。そのとき、デラコンダの輝ける英雄となったのが、クリストファー・シム。タリノは、シムの乗艦〈コルサリウス〉の航宙士だった。
シムの最期の戦いに付き従ったのは、名もなき〈伝説の七人(ザ・セブン)〉たち。一方タリノは、勝ち目のない戦いに、シムを見捨てて逃走した。以来タリノの名前は、軽蔑と哀れみの対象となっている。
アレックスは、ガブリエルの唯一の相続人として故郷へと旅立つが……。
《アレックス&チェイス》シリーズ一作目。
後にアレックスの相棒となるチェイス・コルパスは、ガブリエルに雇われていたパイロットとして登場します。数々の謎が登場しますが、ガブリエルはパイロット免許を持っていたのにわざわざチェイスを雇っていた、というのも謎のひとつ。ただ、活躍するのは後半も過ぎてから。
舞台は1万年ほど未来なのですが、おもむきは歴史ミステリ。
戦争によって失われた記録や、歪めて伝えられた出来事、巧妙に伏せられた事件……それらが、外堀を埋めていくことで徐々に明らかになっていきます。基本的に“推して知るべし”というスタンスなので、勢いつけて読んでしまうと、掴み損ねてしまうかもしれません。
なお、当シリーズの3作目『探索者』は翻訳されていますが、2作目は未訳です。
ジョージ・ダウアーは、ロンドンはクラーケンウェルの時計商だった。
父が急死したため跡をついだが、天才の父とはうってかわって才能も知識もなにもなし。手ほどきを受けるどころか、会ったことすらなかったのだ。できることといえば、出来合いの時計を売ることぐらい。
そんなダウアーの元に、ある日、黒い肌の紳士が訪ねてくる。
父の作になる機械の調子が悪いらしい。見た瞬間、自分の手には負えないと思ったダウアーだったが、内金の申し出につい引き受けてしまう。
同じ日、ダウアーの店にはもうひと組の来客があった。
おかしな言葉遣いの紳士はグレアム・スケープと名乗り、自動人形について口にした。実はダウアー、世間には秘密にされているが、父の自動人形をいじって大失敗した経験がある。絶対に触れられたくない過去に、自動人形の存在を否定するダウアー。
お帰り願おうとするが、スケープの連れのマクセン嬢が誘惑してきて、たじろいでしまう。そのすきにスケープが持ち去ろうとしたのは、あの黒い肌の紳士が置いていった機械だった。
使用人クレフの奮闘で窮地は脱するが、不可解な出来事はそれで終りではなかった。同業者の夕食会に招かれたダウアーは、不気味な人形を押し付けられてしまう。魚のような面構えで、なんと、黒い肌の紳士が置いていったクラウン銀貨に、同じ顔の肖像が入っていたのだ。
ダウアーは銀貨の正体について、調査を開始するが……。
真面目で、無能で、そのことに気がついてもいない鈍感な英国紳士ダウアーが巻き込まれる奇想天外な冒険譚。
ジョージ・ダウアーは世間の強烈なバッシングを受け、こっそり暮らすはめに陥ります。そして、一般にダウアーの所業と信じられていることは誤解である、と訴えようとして回顧録を執筆します。それが本書、という体裁です。
紳士らしき丁寧な言葉遣いのダウアーと、詐欺師でお調子者のスケープとの対比が印象的でした。
2012年04月13日
C・L・アンダースン(小野田和子/訳)
『エラスムスの迷宮』ハヤカワ文庫SF1841
人類は太陽系において戦争を駆逐し、平和な世界を獲得するにいたった。その平和を維持すべく組織されたのが、地球統一政府軍の守護隊だった。
守護隊の使命は、忌わしい戦争を未然に防ぐこと。紛争が懸念されるホット・スポットを分析し、対処することで、平和の維持につとめていた。
テレーズ・ドラジェスクは、かつて守護隊の野戦指揮官だった。捕虜になり、拷問をうけ、心身ともに傷ついたが、ぎりぎりのとこで救出された。引退して30年になるが、まだ悪夢は去っていない。
ある日テレーズの元に、任務復帰の依頼が舞い込む。テレーズの復帰を望んだのは、捕らえられた自分を助けにきてくれた盟友ビアンカ・フェイエットだった。
ビアンカはエラスムス星系を調査中に行方不明となり、原型をとどめない腐乱死体となって発見されていた。自分の後を継げるのはテレーズだけだと言い残して……。
エラスムス星系は、創設者一族によって完全支配されているホット・スポット。創設者たちは、星系唯一の水のある星を抑えることで権力を握っていた。そのうえで、住民たちに過酷な負債奴隷制を課し、官僚組織による徹底した管理によって言論の自由を封じ込めている。
テレーズは、仲間たちと共にエラスムスに乗り込むが……。
テレーズが中心ですが、その他大勢の登場人物もなんらかの過去を抱えていて、章ごとに視点を変えて語られていきます。中でも比重が大きいのが、エラスムス保安隊に所属するアメランド・ジロー大尉。
アメランドはテレーズたちを監視する任務を与えられますが、保安隊員とはいえ、自身も監視される側。言動には細心の注意をはらっています。
アメランドに限らずエラスムス側の人たちは、監視されているため、他者に本心を悟らせないようにしています。章ごとに視点が変わるおかげで、そうした人たちの心内も分かるわけですが。
舞台となるエラスムスと、登場人物たちと、誰もが複雑で、さらに壮大な罠が仕掛けられていて、読み応えはあります。ただ、腑に落ちない点や、必要性が疑問な場面があるのも確か。評価の分かれる物語に思えました。
アンドリュー・マクデューイの小さいころからの夢は、医師になることだった。暴君だった父親に逆らうことはできず、やむなく獣医となった今でも医師への未練は断ち切れずにいる。おかげで動物には、愛情も関心も抱くことができない。
妻が亡くなった今、マクデューイが愛しているのはひとり娘のメアリ・ルーだけ。そのメアリ・ルーは、猫のトマシーナをかわいがっていた。
ある日の朝、トマシーナの身体が動かなくなってしまう。
折しもマクデューイの動物病院には、交通事故に遭った盲導犬が運び込まれてきたところ。それだけで手一杯のマクデューイは、トマシーナを手早く診断して、安楽死させてしまう。
マクデューイにとって安楽死は、日常茶飯事のこと。メアリ・ルーの嘆きを理解することができず、ふたりの関係は断絶してしまう。
会話のない親子の噂は、その原因も含めて急速に広まっていった。動物病院は閑散とするようになり、マクデューイは危機感を募らせていく。その矛先が向かったのは、峡谷の奥で世捨て人のように暮らす《赤毛の魔女》ことローリ・マクレガーだった。
ローリは、動物たちに治療を施しているらしい。マクデューイはローリの暮らす小屋に乗り込むが……。
マクデューイには挫折感がつきまとい、よかれと思ってしたことがことごとく裏目に出てしまいます。
メアリ・ルーにとってトマシーナは、単なるペット以上の存在。特別なトマシーナを失い、メアリ・ルーは心の中で父親を殺してしまいます。家にいるのは知らない人なので、仲直りなどしようがありません。
ふたりの架け橋になろうとするのが、マクデューイの大親友であるアンガス・ペディ牧師。ペディ牧師は、人並み外れて鋭いひらめきと洞察力の持ち主で、思いやりの塊のような人物です。無心論者のマクデューイと議論するのを楽しんでいます。
人間だけでなく、トマシーナと、ブバスティスの猫の女神バスト・ラーの視点からも語られます。
猫のパートがアクセントになっていて、物語に独特の味わいを醸し出していました。最後の一文は実に猫らしく、猫好きならば頷くことでしょう。
2012年04月21日
ラリー・ニーヴン&スティーヴン・バーンズ
(榎林 哲/訳)
『アナンシ号の降下』創元推理文庫
フォーリング・エンジェル・エンタープライジズは、月の軌道上にある研究開発企業だった。NASAの後援によって設立されたものの、独立を宣言。資金獲得のため、比類ない強度を誇る〈ストーンサイファー・ケーブル〉を売りに出した。
入札に参加したのは、日本の大山建設と、ブラジルのブラジル・テキメタル・エレクトロモーターズ(BTE)の2社。
大山建設は、社運をかけた巨大橋の建設のため、ケーブルを是が非でも手に入れたいところ。一方のBTEはケーブルだけでなく、優れた技術力を持つ大山建設をも手中に収めようと狙っている。
ケーブルを落札したのは、大山建設だった。フォーリング・エンジェル社はただちに、スペース・シャトル〈アナンシ〉を使って地球へとケーブルを運ぶ。
BTEは、ケーブルを奪取する計画を立てていた。回教徒活動家戦線連合(UMAF)を利用して軌道上のシャトルをミサイル攻撃し、立往生させる作戦だ。そして救援を差し向け、合法的にケーブルをサルベージする。
狙われた〈アナンシ〉は、自力で脱出しようと試みるが……。
舞台背景は複雑ですが、主題は軌道上での戦い。
エンジンがやられたシャトルでいかに逃げるか。武器がない中、どうやって戦うか。それを書きたいがために状況設定してみました、といった雰囲気でした。
それはそれで面白いのですが、それなら、背景がもう少しすっきりしててもよかったような……。