航本日誌 width=

 
2014年の記録
目録
 1/現在地
 
 
 
 
 
 

 
このページの本たち
テイルチェイサーの歌』タッド・ウィリアムズ
フレームシフト』ロバート・J・ソウヤー
天狗風 霊験お初捕物控2』宮部みゆき
写楽 閉じた国の幻』島田荘司
アレクシア女史、欧羅巴で騎士団と遭う』ゲイル・キャリガー
 
アレクシア女史、女王陛下の暗殺を憂う』ゲイル・キャリガー
サークル・オブ・マジック ブレスランドの平和』デブラ・ドイル&ジェイムズ・D・マクドナルド
楽園』宮部みゆき
不在の騎士』イタロ・カルヴィーノ
緑の使者の伝説』クリステン・ブリテン

 
各年の目録のページへ…

 
 
 
 
2014年01月03日
タッド・ウィリアムズ(平野ふみ子/平野英里/訳)
『テイルチェイサーの歌』ハヤカワ文庫FT

 最初に暗闇の地球にやってきた猫の名は、ミアスラー・オールマザー。ミアスラーは永遠の夜を追放し、二匹の仔を産んだ。
 それこそが、ハラール・ゴールデンアイとフェラ・スカイダンサー。ゴールデンアイとスカイダンサーは数多くの仔を産んだが、なかでも最初の三匹は特別だった。
 猫として秀でていたヴィラール・ホワイトウィンド。とても賢いタンガルー・ファイアフット。そして、グリズラズ・ハートイーター。
 兄弟たちより劣っていたハートイーターは、彼らを妬んだ。猫族をも憎み、強大な獣トマルクムをけしかけた。
 トマルクムはホワイトウィンドによって倒されたが、負傷したホワイトウィンドも亡き者となってしまう。ファイアフットは哀しみのあまり姿を消した。そして、猫族を殲滅する計画が頓挫したハートイーターもまた、どことも知れぬ地下へと姿を消した。
 これらの逸話が神話となるころ、フリッティ・テイルチェイサーは産まれた。
 テイルチェイサーはオールド・ウッズに暮らす、もうすぐ九ヶ月になる若い牡猫。牝猫ハシュパッドに求愛のダンスをしたばかり。ところが、その翌日、ハシュパッドは忽然と姿を消した。
 どうやら失踪したのは、ハシュパッドだけではないらしい。一族の仲間が大勢、わけもわからないまま、いなくなっていたのだ。
 オールド・ウッズの猫たちは、ハラールの宮廷に助けをもとめることに決める。そのために派遣団が組織されるが、テイルチェイサーが選ばれることはなかった。
 テイルチェイサーは、ハラールの宮廷に助けを求めることしかできない長老たちに不信感を募らせる。ついに、単独でハシュパッドを捜し出そうと、オールド・ウッズを後にするが……。

 そんなテイルチェイサーが最初にしたことも、ハラールの宮廷に助力を得ること。こっそり追ってきた仔猫のパンスクィックと共に、ファーストホームを目指します。
 二匹は、苦難の旅の末、女王に謁見します。実は、女王も異変について知っていました。ファーストホームの北部地域でも、大量の動物たちが消え去っていたのです。ですが、その重大さを認めようとしません。
 テイルチェイサーは、パンスクィックと、仲良くなった牝猫ルーフシャドウと一緒に、すべての元凶と思われる北部地域を目指します。それが、物語の中盤にさしかかってから。ここからが、本当の大冒険かな、といったところ。

 猫たちの神話が、大きく関わってきます。読み始めた当初は神話が頭に入ってこなくて、少々苦労もしました。分かってくると、なかなかよく考えられているな、と。
 ただ、読んでいてモヤモヤしてしまうのも確か。テイルチェイサーたちが自然に動いてストーリーができていく、というより、ストーリーありきで、そのために動かされている感じ。
 ラストは気に入りました。
 最後の最後、テイルチェイサーともう一匹の猫が、それぞれに違う決断をします。真逆の回答ですが、どちらも実に猫らしい。


 
 
 
 
2014年01月04日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『フレームシフト』ハヤカワ文庫SF1304

 ピエール・タルディヴェルは遺伝子学者。ローレンス=バークレー研究所のヒトゲノム・センターに勤めている。ピエールは実父から、ハンチントン病の遺伝子を受け継いでいた。発症する確立は五分五分。
 モリー・ボンドは、カリフォルニア大学バークレー校の教員。モリーには、他人の考えていることが分かってしまう能力があった。範囲は1m。頭の中で言語となった言葉が聞こえてくるのだ。
 ある晩ピエールとモリーは、暴漢に襲われてしまった。もみ合ううちピエールは、この若者を殺してしまう。前科者ということもあり正当防衛が認められるが、ピエールは心穏やかではいられない。
 暴漢は、チャック・ハンラッティ。〈ドイツ千年王国〉というネオナチの一員。
 モリーが読み取ったところによると、彼の狙いはサイフなどではなく、ピエールの命だった。ピエールに思い当たるふしなどはない。
 そんなある日、連邦捜査官のアヴィ・マイヤーがピエールを尋ねてくる。アヴィが追っているのは、ナチスの戦犯。ピエールの上司であるブリアン・クリマスをマークしているらしい。
 かつて、トレブリンカ収容所で"恐怖のイヴァン"と怖れられた男がいた。クリマスが、その男に似ているというのだ。
 おりしもモリーは、クリマスの遺伝子提供を受けて、体外受精を行ったばかり。
 ピエールもモリーも愕然とするが……。

 遺伝子にスポットライトを当てた作品。
 遺伝子がからんだネタが、これでもか、これでもか、と詰め込まれ、最終的にそれらがまとまって結末を迎えます。ハンチントン病の遺伝子のことや、遺伝病に対する保険会社の対応とか、超能力者であるモリーの遺伝子は特殊なのか、とか、ネアンデルタール人の遺伝子の取り出しに成功したりも。
 要素がたくさんある分、それぞれが希薄になってしまっている印象は残ります。じっくりと骨太な作品を読みたいときには、あまり向かない本かもしれません。
 大風呂敷を広げながらもきちんと畳まれる、そういう爽快感はありますが。


 
 
 
 
2014年01月09日
宮部みゆき
『天狗風 霊験お初捕物控2』新人物往来社

 『震える岩 霊験お初捕物控』続編
 お初は、通町の岡っ引き、六蔵の妹。
 お初には、不思議な力があった。人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるのだ。その能力については南町奉行根岸肥前守も知っており、不可思議な事件については、お初が調査に乗り出すこともあった。
 ある日、江戸深川は浄心寺裏の山本町で、ひとりの娘がこつぜんと姿を消した。17歳になる下駄屋のひとり娘で、名はあき。半月後には料理屋へ嫁入りする予定だった。
 謎めいた事件で、神隠しが疑われた。そういった不可思議を受け入れられる人々には。
 嫁入り先の浅井屋は、何者かの企みだと信じて疑わない。神隠しなどであるはずがないと、親戚筋の同心・倉田主水(もんど)に捜査を直訴する。 堅物の倉田は、優秀だが、無理にでも犯人を検挙することで有名だった。
 倉田に疑われたのは、父親の政吉。あきと最後に会ったのも政吉だ。はじめは否定していたものの、ついに、あきの殺害を自供し、自殺してしまう。
 実は、政吉にも知己にしている奉行所の役人がいた。高積改役の柏木十三郎だ。同心でこそないが、政吉の心強い味方であることに変わりない。
 それなのに政吉はなぜ、罪を受け入れて自殺してしまったのか。
 納得のいかない柏木は根岸肥前守に相談し、お初に呼び出しがかかった。早速、お初は調査に乗り出すが……。

 前作はオムニバスのような構造をとってましたが、今作は骨太。不可思議な謎あり、現実的な謎あり。ただ、前作で提示されていたお初の出生の謎は放置されてます。
 浅井屋はなぜ、あきの失踪を何者かの陰謀だと決めつけるのか。そして、ふたたび起こる神隠し。ふたつの事件に接点はあるのか?
 読み応えがありました。
 とはいえ、猫が登場して大活躍したとき、安直な印象を受けてしまったのも確か。都合良すぎる、と。最終的に、この猫の存在にも意味があったのだと理解できただけに、残念でなりません。


 
 
 
 
2014年01月11日
島田荘司
『写楽 閉じた国の幻』新潮社

 佐藤貞三は、葛飾北斎の研究家。妻の千恵子との間に、開人という小学生の息子がいる。
 千恵子の父親は、政界にも財界にも顔がきく資産家。総合商社M物産の重役だ。貞三の道楽のような北斎研究に、資金援助をしてくれている。
 貞三と千恵子との仲は、冷えきっていた。結婚生活がなんとか続いているのは、開人がいるから。ところが開人が、不幸な事故で亡くなってしまう。
 貞三が目を離した隙のできごとだった。千恵子にも千恵子の父にも激しく罵倒され、ひとり息子の死を嘆く暇もない貞三。心のよりどころとなったのは、運良く手に入れた謎の肉筆画だった。
 そんなとき、北斎研究家としての佐藤貞三を蔑む週刊誌記事が掲載される。義父が、開人の死亡事故に絡んで訴訟を起こそうとしていた。訴訟の相手方が、裁判対策の一環として、貞三のイメージダウンを狙ったらしい。
 貞三は成り行きから、急遽、新たな研究書を出版することになる。頭の中にあったのは、専門の北斎ではなく、東洲斎写楽の名前だった。
 写楽は、江戸中期の謎の絵師。突如として出現し、10ヶ月後には忽然と姿を消した。江戸に滞在した記録などは残っていない。写楽の浮世絵を出版した蔦屋重三郎も、その正体について話すことはなかった。
 実は、貞三が所有しているあの肉筆画が、写楽の画法の特徴を留めていたのだ。あの絵から、写楽の正体を導き出せるのではないか?
 かくして、調査が開始されるが……。

 島田荘司の、自説を発表するための作品。
 序盤は、貞三の家庭の事情や、開人の不幸な事故とそこから発生したあれこれに紙面が割かれます。ですが、それらが結末を迎えることはありません。立ち消えになってしまいます。
 しかも、あれほどこだわっていた肉筆画の謎も、放置されてしまいます。
 あくまで、写楽その人の謎に迫ることが本題。それを補強するため、蔦屋重三郎の視点での江戸編が挿入されます。ただ、セリフに頼っている印象が強く、必要なパートだったかどうか、疑問が残りました。

 巻末に、少し長めの後書きがあります。ミステリ界の歴史とか、本作を書くきっかけとか、写楽調査の過程などが綴られてます。
 小説本体よりもよくまとまっていて、楽しめました。当然のことなのでしょうか、作者の調査の過程は、貞三のたどった道筋とほとんど同じです。
 後書きだけ読めば良かったのか!
 というのが正直な感想です。


 
 
 
 
2014年01月12日
ゲイル・キャリガー(川野靖子/訳)
『アレクシア女史、欧羅巴(ヨーロッパ)で騎士団と遭う』
ハヤカワ文庫FT

 《英国パラソル奇譚》シリーズ第三巻。
 異界族も共存している19世紀ロンドン。
 アレクシア・マコンは、女王陛下の〈議長〉を務める反異界族。夫のコナル・マコン卿はウールジー人狼団のボスで、異界管理局(BUR)の主任捜査官。
 アレクシアは妊娠するが、人狼に繁殖能力がないのは周知の事実。マコン卿に不貞行為を疑われたアレクシアは、やむなく実家に身を寄せた。 ところが、懐妊のことが新聞にすっぱ抜かれ、人々の知るところとなってしまう。
 〈議長〉は解任。実家にも居辛くなり、アレクシアは、旧知のはぐれ吸血鬼アケルダマ卿を頼った。アケルダマ卿は快くアレクシアを招待してくれたものの、屋敷を尋ねるともぬけの殻。
 やむなくアレクシアは、フランス経由でイタリアへと向かうことを決意する。なにより、自身にかけられた濡れ衣を晴らしたい。反異界族についてなにかしら知っている国といえば、イタリアをおいて他にないのだから。
 アレクシアに同行するのは、発明家のジュヌビエーヴ・ルフォーと、執事のフルーテ。一行は人知れずロンドンを出発するが……。
 一方、ウールジー城のマコン卿は荒れ果てていた。アレクシアを追い出したものの、自分が正しかったかどうか自信が持てない。日々酔っぱらい、副官のランドルフ・ライオールはあきれるばかり。
 ライオールはウールジー団の運営に追われながらも、アケルダマ卿の失踪について調査を始めるが……。

 タイトルの騎士団とは、テンプル騎士団のこと。今までたいして話題になってこなかった、アレクシアの父の過去がほんの少し明らかになります。
 アレクシアは吸血鬼たちに命を狙われていて、ただの旅行では終わりません。また、グダグダだったマコン卿も、それなりに動いてはいます。
 シリーズ後半へのつなぎの一冊、といったところでしょうか。


 
 
 
 
2014年01月13日
ゲイル・キャリガー(川野靖子/訳)
『アレクシア女史、女王陛下の暗殺を憂う』
ハヤカワ文庫FT

 《英国パラソル奇譚》シリーズ第四巻。
 異界族も共存している19世紀ロンドン。
 アレクシア・マコンは、女王陛下の〈議長〉を務める反異界族。夫のコナル・マコン卿はウールジー人狼団のボスで、異界管理局(BUR)の主任捜査官。
 アレクシアが身ごもった子どもは、魂盗人(ソウル・スティーラー)らしいと判明した。だが、過去に記録されているのは、反異界族と吸血鬼との間の子のみ。人狼が片親となる例はない。
 吸血鬼たちは子どもの誕生を怖れ、執拗に攻撃してくる。
 マコン卿の副官ランドルフ・ライオールは、子どもを守るため、アケルダマ卿の養子にするよう、提案した。はぐれ吸血鬼のアケルダマ卿は、今では〈宰相〉でもある。
 吸血鬼たちが欲しているのは、事態が自分たちの制御下にあるという実感。それさえあれば、子どもの異能をも受け入れることができるはずだ。この説に、マコン卿もアケルダマ卿も同意する。
 この合意をアレクシアが知ったのは、妊娠8ヶ月になったころだった。
 はじめこそ激怒したアレクシアだったが、すぐに利点に気がつく。そこで、養子にだすことを認める代わりに、自身もアケルダマ邸に引っ越すことを宣言する。
 秘密裏の転居で慌ただしい最中、アレクシアの目前に消滅寸前のゴーストが現われた。何者かが女王暗殺を企んでいるらしい。
 アレクシアは独自捜査を始める。
 とっかかりのひとつは、20年前の暗殺未遂事件だ。事件は、マコン卿が、当時支配していたキングエア団をとびだし、ウールジー団を奪い取るきっかけともなった。マコン卿にとっては思い出したくもない逸話だ。
 アレクシアは親友のアイヴィーを、キングエア団の地元スコットランドに派遣し、調査を頼むが……。

 これまで隠されていた薄暗い過去が、明らかになります。ただ、このシリーズが始まったとき、どこまで登場人物たちの過去が考えられていたのか、疑問を抱きました。
 序盤できちんとした伏線があったかどうか。過去の出来事が登場人物たちの人格形成に反映されていたかどうか。
 そのあたりの有無が、ただのおもしろい話で終わるか、名作になるかの分かれ道なのだろうと思います。


 
 
 
 

2014年01月22日
デブラ・ドイル&ジェイムズ・D・マクドナルド
(武者圭子/訳)
『サークル・オブ・マジック ブレスランドの平和』
小学館

サークル・オブ・マジック 魔法の学校
サークル・オブ・マジック 邪悪の彫像/王様の劇場』続刊
 国王亡き後のブレスランドは、荒廃しつつあった。王位継承者であるディアマンテ王女は行方不明。ただ一人生き残っている王族といえば、国王の従弟の娘、レディ・ブランチのみ。
 レディ・ブランチは国土のかなりの部分を相続したが即位はしておらず、玉座は空いたまま。数いる領主たちの内、一番の有力者はフェス卿だった。だが、フェス卿に対立する領主も少なくない。
 ランドルは、修行中の魔法使い。
 友人の吟遊詩人リースと共に放浪中、従兄のウォルターと再会した。ウォルターが仕えているのは、エクター男爵。ランドルも、エクター男爵に協力することになった。
 エクター男爵は、フェス卿の鐘楼城を攻め落とそうとしているところ。鐘楼城には、レディ・ブランチが捕らえられている。フェス卿は、レディ・ブランチと子飼いのティボー公爵とを結婚させようと目論んでいたのだ。
 ランドルはエクター男爵から頼まれ、敵方の魔法使いについて調べることになる。鐘楼城にいるのは、魔法学校で学んだ者のようだった。そして城壁の外にも、魔法学校で教えられるものとは違う種類の魔法が潜んでいた。
 ランドルは意を決して、城外の魔法使いに会いに行く。その正体は、ダーナという土地に根ざした魔法使いだった。
 ダーナは、戦争のために畑が踏みにじられ、住民たちが追い払われてしまうことに憤っていた。しかし、フェス卿に対立しているため、鐘楼城に手出しすることができない。城名の由来となった鐘が一時間ごとに鳴らされるたび、強力な魔法が拡散されているためだ。
 ランドルはダーナに、共闘しようと持ちかけられるが……。

 児童書なので、サクサクと展開していきます。
 一冊の物語という体裁になってますがその実、前半と後半の二部構成。
 前半部は、レディ・ブランチ救出に関わる物語。ランドルが過去を覗いたり、敵方の魔法使いが時間を巻き戻したり、時間に関係した魔法が出てきます。これが複雑怪奇。ダーナも警告しますが、危険な魔法なのだと実感しつつ、よく考えられてるなぁ、と感心しきりでした。
 後半部では、ディアマンテ王女が妖精の国にかくまわれていることが判明し、ランドルたちが迎えにいきます。

 前作から3年ぶりの読書で、はて、どんな話だったかと、手探りの読書となりました。すべてを思い出せたわけではないですが、前作までのエピソードが伏線になっているのは分かりました。設定を忘れている人へのフォローもきちんとされてます。
 考え抜かれた物語というものは、読んでいて安心感があります。
 ランドル(実は16歳)を中年にして大人向けにじっくり書き直したら、とんでもない大作になりそうです。読んでみたいものです。


 
 
 
 
2014年01月25日
宮部みゆき
『楽園』
上下巻/文藝春秋

 前畑滋子は、ノアエディションのライター。
 ノアエディションは、フリペーパーを専門とする編集プロダクションだ。
 かつての滋子は、職業ものを得意とするライターだった。状況が一変したのは、9年前。女性を標的とした連続誘拐殺人事件に関わってしまったときだ。
 当時滋子は、一時は被害者の側に、また一時は殺人者の側に、最後には告発者の側に立った。事件の終熄にも立ち会った。犯人は捕らえられたが、滋子には、容易に立ち直ることのできないダメージが残された。
 滋子は、書くことができなくなった。どん底から徐々に回復し、ノアエディションと専属契約できるまでになったのは、3年前のこと。ただ、事件の後遺症は抜けきっていない。
 そんなある日、滋子にある調査依頼が舞い込む。
 依頼人は、萩谷敏子。
 敏子は、53歳。たったひとりで育ててきた、たったひとりの息子を2ヶ月前に亡くしたばかり。息子の名は、等。まだ12歳だった。
 等には絵の才能があった。だが、ときどき、幼児が描いたかのような、不思議な絵を見せることがあった。頭の中で見えたことを描くとき、そういうふうになるのだという。
 等は、黄色いトラックにはねられて亡くなった。亡くなる数日前に描いた、あの幼稚な絵のとおりに。
 等の死後、敏子は新聞記事で、ある事件を知る。
 北千住の方で火事があり、焼け跡から人骨が発見された。そこに建っていたのは、土井崎家。16年前、土井崎茜が行方不明になり、家出人捜索願いが出されていた。
 当時の茜は、手に負えない不良娘。だから、いなくなっても誰も疑わなかった。実際には、両親が手にかけていたのだ。土井崎夫妻は死体を自宅の床下に埋め、これまでずっと沈黙を守ってきた。ところが火事が起き、告白するに至ったのだ。
 等の描いていた幼稚な絵と、同じ構図だった。
 等は、この家の秘密を知っていたらしい。しかし、いったいどうやって知ったのか?
 滋子は、等と土井崎家との接点を調査すべく、行動を開始する。
 土井崎夫妻はなぜ、茜を殺さなければならなかったのか?
 そして、そのことを等は誰から知ったのか?

 『模倣犯』の続編。
 9年前の事件が『模倣犯』の出来事、ということになります。読んでなくても大丈夫でしょう。ただ、あまり詳しく触れられていないので、じれったく思うかもしれません。
 謎が謎を呼ぶ構造とか、あらゆることが収束していく結末とか、とても面白いです。だからこそ、超能力とは関係ないところに落として欲しかった……。
 超能力と宮部みゆきは切っても切れない、この特色があるからいいんだ、という方は大絶賛でしょうけど。


 
 
 
 

2014年01月31日
イタロ・カルヴィーノ(米川良夫/訳)
『不在の騎士』図書刊行会

 アジルールフォ・デイ・グィルディヴェルニは、フランスはシャルルマーニュが麾下の勇将のひとり。隅から隅まで白銀に輝く甲冑を身にまとう、騎士道精神の体現者。
 実は、甲冑の中身はがらんどう。
 アジルールフォにあるのは、騎士とはこうあるべき、という信念だけ。あまりの融通のきかなさに、他の騎士やシャルルマーニュからも疎まれる始末。
 そんなアジルールフォが騎士となれたのは、高貴の血統の乙女の純潔を差し迫った危険から救ったから。その乙女こそ、スコットランド国王の娘ソフローニア。ところが、コーンウォール公の末子を名乗っていたトリスモンドが、アジルールフォの騎士としての資格に異議を唱えた。
 トリスモンドが告発するには、自分は本当は私生児で、母はソフローニアだというのだ。ソフローニアは、アジルールフォに助けられるよりも5年前、13歳にしてトリスモンドを産んでいた。つまり、乙女ではなかった、というのだ。
 アジルールフォは真偽を確かめるべく、ソフローニア探索の旅に出発するが……。

 アジルールフォの冒険が始まるのは、半ばを過ぎてから。そこに到達するまでは、ときにはアジルールフォそっちのけで、登場人物たちの紹介に当てられてます。
 アジルールフォに心をときめかす女騎士のブラダマンテ。
 ブラダマンテに恋している騎士志願者のランバルト。
 アジルールフォとは逆に、存在していながら自我が存在していないグルドゥルー。
 そして、この物語の書き手として登場する、聖コロンバヌス修道会の修道尼テオドーラ。

 テオドーラは第四章に入ってからふいに、書き手として名乗りを上げます。本来なら痛快なものになったであろう大冒険があっさり片付けられたり、本作の構成は、とんでもなくいびつです。
 実は、それもすべて計算ずく。
 結末に到達してはじめて、そういうことだったのか、と理解できるようになってます。本当の主役はアジルールフォではなかったのだ、と。それでもやっぱり、大活躍するアジルールフォの物語を読みたかった……。
 むずかしいところですね。


 
 
 
 
2014年02月01日
クリステン・ブリテン(小林みき/訳)
『緑の使者の伝説』上下巻/ハヤカワ文庫FT

 カリガン・グラディオンは、一代で富を築いた商人スティービック・グラディオンの一人娘。サコリディア国はセリアムの寄宿舎で勉学に勤しんでいる。
 セリアムは、貴族の子女が在籍する名門校。勝気なカリガンは、マーウェル州領主の一人息子ティマスと一悶着した結果、停学となってしまった。カリガンはセリアムを飛び出してしまう。
 ひとり帰途についたカリガンは、瀕死の男に遭遇する。
 男は、ザカリー王に仕える〈緑の使者〉のひとり、フライアン・コブルベイ。密書を届けるために馬を走らせていたところ、何者かに襲われたらしい。
 カリガンは〈緑の使者〉の所持品と任務を引継ぐことになってしまう。それもこれも、王国をゆるがす脅威から、王と国土を守るため。密かに、王都サコアを目指すが……。
 そんなカリガンの持つ密書を狙っているのは、マーウェル州領主のトマスティン。老練なトマスティンは、ヒランダー州領主のハミルトンを抱き込み、ザカリー王の暗殺を目論んでいた。
 ハミルトンは、ザカリー王の実の兄。自分こそが正当な王位継承者だと固く信じている。トマスティンに操られているなど、露程も疑っていない。
 ふたりはクーデターを企てるが……。

 舞台となるサコリディアは、かつては魔法の国。ただ、魔法に絡んだ苦々しい歴史から、人々は魔法を遠ざけています。
 そんな中〈緑の使者〉たちは、ちょっとした魔法を使います。
 実は〈緑の使者〉というのは、魔法の品であるペガサスのブローチに選ばれた人たちのこと。カリガンもまたブローチによって選び出され、姿を消すことができるようになります。魔法は体力を奪うので、やたらと使えるものではないのですが。

 かなりきちんと世界が形作られているので、読んでいて安心感があります。その一方で、腑に落ちないところもあります。いろいろと考えられているのは伝わるのですが、少し、練りが足りない、といいますか……。
 若年層向けのようですので、そんなものなのかもしれませんね。

 
 

 
■■■ 書房入口 ■ 書房案内 ■ 航本日誌 ■ 書的独話 ■ 宇宙事業 ■■■