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このページの本たち
しゃばけ』畠中 恵
永劫』グレッグ・ベア
永遠』グレッグ・ベア
ベヒモス −クラーケンと潜水艦−』スコット・ウエスターフェルド
永久戦争』フィリップ・K・ディック
 
ぬしさまへ』畠中 恵
ねこのばば』畠中 恵
おまけのこ』畠中 恵
うそうそ』畠中 恵
ちんぷんかん』畠中 恵

 
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2014年08月03日
畠中 恵
『しゃばけ』新潮文庫

 《しゃばけ》シリーズ第一巻
 一太郎は、廻船問屋長崎屋の若だんな。
 長崎屋は、江戸十組の株をもつ大店。最近になって薬種問屋もはじめた。一太郎が産まれたときから病弱で、薬種を方々から集めているうちに商いがふくらみ、とうとう一本立ちさせるまでになったのだ。
 薬種問屋は、数えで17歳の若だんなに任されている。ただ、今でも寝込みがちな一太郎は、たいした仕事をさせてもらえない。とりわけ、手代の佐助と仁吉には心配されどおし。
 実は、佐助と仁吉は妖(あやかし)だった。
 一太郎が5歳のとき、今は亡き祖父が連れてきた。その正体は、犬神と白沢。お稲荷様から遣わされたのだという。
 ふたりはあのとき約束したとおり、一太郎に仕えている。それが一太郎には、ありがたいやら、ありがた迷惑やら。おかげで外出もままならない。
 ある日、昌平橋のたもとで職人風の男の死体が発見された。岡っ引きの清七親分によると、殺されたのは大工の棟梁・徳兵衛だという。
 殺しがあった晩、一太郎は下手人らしき男と鉢合わせしていた。運良く、付喪神(つくもがみ)の鈴彦姫と妖怪・ふらり火のおかげで逃げのびたが、佐助と仁吉から大目玉を食らったところ。だが、事件のことは気にかかる。
 そんなころ長崎屋に、木乃伊(ミイラ)が入荷した。木乃伊は不老長寿の薬で珍重されているが、はばかりものでもある。宣伝などはしていないが、振り売りらしき男が買いにきた。
 命をあがなう特別な薬が欲しいという。
 ところが男は、木乃伊を前にして、これではないと暴れだしてしまう。取り押さえられた男の名は、長五郎。殺された徳兵衛と顔見知り。徳兵衛殺しの犯人だった。
 下手人は捕まったものの、事件の全容はまだ見えない。一太郎は妖怪たちと共に調査を開始するが……。

 一太郎がひょうひょうとしていて、それがそのまま物語の世界観になってます。おどろおどろしい妖怪も、一太郎の前ではかわいらしくなるようで。
 一太郎が普通に妖と会話している不思議とか、最初の事件があった晩に出かけた目的、事件に巻き込まれていく理由、いろんな謎がありますが、だいたい解決します。
 ミステリとしても秀逸。
 ただ、江戸ものが読みたいとか、妖怪大好き、とか思って読むとがっかりくるかもしれません。既存の枠にはまらないような、そんな雰囲気でした。
 本作を皮切りにシリーズ化されたのも、うなづけます。


 
 
 
 

2014年08月04日
グレッグ・ベア(酒井昭伸/訳)
『永劫』上下巻/ハヤカワ文庫SF726〜727

 《道(ザ・ウェイ)》第一部
 2000年。
 小惑星〈ストーン〉が突如として出現した。
 〈ストーン〉の外見は、ありふれた小惑星。だが、何者かが手を加えていた。データは秘密にされ、ただちに調査隊が組織される。
 はじめに到着したのは、NATO=ユーロスペースの船だった。調査隊は〈ストーン〉の正体に愕然とする。
 〈ストーン〉は地球人によって、1200年前に造られた。ただし、過去の人類ではない。別の時空の未来人によって造られた。彼らは〈ストーン〉から立ち去ったらしいが、その行方は杳として知れない。
 〈ストーン〉の内部は7つの空洞に区分されていた。とりわけ異質だったのは、第七空洞。そこには、無限の空間が広がっていた。
 調査隊は彼らの歴史を調べ、全面核戦争が目前に迫っていることを知る。これまでのところ、両者は同じ歴史をたどっている。
 戦争は回避できるのか?
 彼らはどこに消えたのか?

 物語の舞台は2005年。ただし、発表が1985年のためソ連が健在。西側諸国に仲間はずれにされて、怒り狂ってます。
 物語の中心にいるのは4人。
 大学院を出たばかりの、パトリシア・ルイーザ・ヴァスケス。博士論文『n次空間理論における非重力歪曲測地線:超常空間の視覚化と確率集合へのアプローチ』が調査隊の目に留まり、〈ストーン〉に招待されます。
 〈ストーン〉調査隊の総責任者ギャリー・ラニアー。戦争を回避しようと右往左往します。ただ、総責任者とはいえ、それはあくまで調査隊内部の話。たいして権限はありません。
 ソ連のパーヴェル・ミルスキー大佐。宇宙強襲機兵大隊長となって〈ストーン〉に襲いかかるべく、訓練を積みます。
 そして、アクシス・シティのエージェント、オルミイ。アクシスシティは未来人たちが暮らす移動都市。〈ストーン〉に人類が入ってきたことで対応を迫られます。

 それほど昔に書かれた話ではないのに、ソ連が出てきてドンパチを始めてしまうので、古めかしく感じられました。その点は損しているな、と。ドンパチ以上の何かがあればよかったのですが。
 パトリシアの博士論文のタイトルを見て予測がついた人は、それ以上の何かを受け取れるのだと思います。
 流れに乗って読み進めることはできますけれど、疑問だらけで、いささか残念な結果になってしまいました。


 
 
 
 

2014年08月05日
グレッグ・ベア(酒井昭伸/訳)
『永遠(くおん)上下巻/ハヤカワ文庫SF929〜930

 《道(ザ・ウェイ)》 第二部(第一部『永劫』)
 地球軌道上には、小惑星恒星船〈冠毛〉が鎮座していた。
 〈冠毛〉を造ったのは、別の次元からやってきた未来人たち。その内部には、無限へと通じる超空間通廊〈道〉がある。だが、異星人ジャルトの侵攻を防ぐため、〈道〉は封印された。
 それから40年。
 全面核戦争のために地球は荒廃し、復興するための努力が続けられていた。地球が頼るのは、未来人たち。だが、彼らも〈道〉との接触を断たれたために資源不足に陥っていた。
 そんな最中、別の時空に旅立ったはずのパーヴェル・ミルスキーが現れた。
 ミルスキーは〈終極精神〉と接触し、その遣いとしてやってきたのだという。〈終極精神〉が望んでいるのは、〈道〉の完全な消滅。そのためには封印を解き、〈冠毛〉側から破壊しなければならない。
 未来人たちは決断を迫られるが……。
 一方、別の地球に来ていたパトリシア・ルイーザ・ヴァスケスは、アレクサンドレイア・オイクーメネーに落ち着いていた。女王クレオパトラー21世の支持をとりつけるが、故郷に帰れる見込みはない。
 パトリシアは死期を悟り、孫娘リタにすべてを譲り渡す。いつしかリタは、己の意思として、時空の窓を開けようとするが……。

 おそらく『永劫』を読んでないと、意味不明。
 《道》は三部作らしいですが、第三部は未訳。ただ、『永劫』と『久遠』で上下巻のようになってますので、消化不良になることはありません。
 物語の中心にいるのは3人。
 復興しつつある地球に暮らすギャリー・ラニアー。晩年にさしかかって、もうこのまま果てたいと思ってるご老人。妻のカレンは未来人たちの技術で若返っているので、すれ違いも甚だしく。
 未来人であるオルミイ。〈冠毛〉でジャルトの精神を見つけて、敵のことを学ぼうとします。前作では超然としてる印象が残っていたのですが……気のせいでした。ちなみに〈冠毛〉とは、前作で登場した〈ストーン〉に対する未来人たちの呼び名。
 そして、平行地球のリタ・ベレニケー・バスケイザー。
 リタの物語は独立してます。かろうじてつながっていると思えるようになるのは、ジャルトらしき存在が登場してから。ジャルトが何者なのか、なぜ他者を攻撃するのか、リタとの接触で明らかになって行きます。

 中心人物たちが別の方向を見ているため、いずれもが中途半端になっている印象が残ってしまいました。それぞれが、それぞれにおもしろいだけに、じっくりと読みたかったな、と。実に残念。


 
 
 
 
2014年08月06日
スコット・ウエスターフェルド(小林美幸/訳)
『ベヒモス −クラーケンと潜水艦−』
ハヤカワ文庫SF1949

 《リヴァイアサン》三部作、その2(第一部は『リヴァイアサン −クジラと蒸気機関−』)
 世界にはふたつの勢力があった。
 遺伝子操作された人造獣を操る〈ダーウィニスト〉たちと、機械文明を発達させてきた〈クランカー〉たち。両陣営は、ついに戦争に突入してしまう。  
 アレクサンダー・フォン・ホーエンベルクは、オーストリア=ハンガリー帝国大公のひとり息子。両親は暗殺され、自身も追われる立場となってしまった。身分を隠し、今は、イギリスの巨大飛行獣〈リヴァイアサン〉に乗船している。本来なら敵方だが、利害が一致したのだ。
 そんなアレックの面倒をみているのが、士官候補生のデリン・シャープ。親しくなったアレックから〈クランカー〉の重要人物であることを打ち明けられたが、上官にももらしてはいない。デリンも自分の秘密を明かそうとするが、なかなか踏ん切りがつかずにいる。
 〈リヴァイアサン〉の目的地は、オスマントルコ帝国。
 トルコは中立国だが、イギリスと仲違いしつつある。というのもイギリスのチャーチルが、トルコへ売った戦艦を「借りる」といって引き渡さなかったから。関係悪化を是正すべく、〈リヴァイアサン〉はノラ・バーロウ博士と贈り物の卵を運んできた。
 トルコに到着するとアレックは、脱走という形で〈リヴァイアサン〉を後にした。そして、偶然にも街中で、反政府組織の中心人物と知り合い、彼らの革命に力を貸すことになる。革命に資金は必要で、アレックの手元には、ホーエンベルク家の金の延べ棒が残っていた。
 一方デリンは上官より、極秘任務を言い渡される。ひそかに〈リヴァイアサン〉をはなれ、任務を遂行するが……。

 第一次世界大戦のころを背景にした架空世界の物語。
 今作の舞台は、ほぼイスタンブール。
 トルコにスルタンと革命分子がいるのは改変。イギリスが戦艦を「借りた」のは史実だそうで。
 知ってれば、どこがどう変わってるか楽しめるでしょうし、知らなくても大丈夫です。読了後に自分で調べてみるのもいいかもしれませんね。(あとがきに書いてありますが)
 三部作の第二部で、前作『リヴァイアサン −クジラと蒸気機関−』は必読。これまでのあらすじだの設定だのの紹介は無いに等しいです。その分、きちんと物語に注力されているのは好感度高いです。


 
 
 
 

2014年08月07日
フィリップ・K・ディック(浅倉久志/訳)
『永久戦争』新潮文庫

「地球防衛軍」
 ソ連との戦争で地表は放射能に侵され、人々は地下へと避難した。それから8年。
 地表ではロボットたちによる代理戦争が続いており、人々は地下での暮らしを余儀なくされている。戦況をもたらすのは、エレベーターで降りてくるA級ロボットのみ。
 ところが、そのA級ロボットのようすがどうもおかしい。不審に思った治安軍司令官は、地表調査隊を送り込むが……。
 読んでいて既視感を覚えたのですが、当作品を元にして、長編『最後から二番目の真実』が誕生したそうです。一般市民たちが地下に閉じ込められていて、戦時中の不便さを耐え忍んでいるという基本設定はほぼ同じでした。

「傍観者」
 ホーニー修正案をめぐり、清潔党と自然党の二大勢力は激突していた。それぞれの支持者間の諍いが暴力にまでエスカレートするのは日常茶飯事。政治論争が原因で、夫婦間にまで殺人事件が起こることすらある。
 ウォルシュはそんな毎日に辟易していた。自身は中立のため、どちらの陣営からもバッシングされてしまう。だれの敵でもないということは、だれの味方でもない、ということ。
 緊張は高まり、ついに選挙の日を迎えるが……。
 清潔党は、潔癖主義者の集まり。汗腺を除去したりして体臭を消し、清潔であろうとします。一方の自然党は、自然のままを信条とする一派。
 バカバカしい論争ですが、巻き込まれた方はたまったものではないな、とウォルシュに同情するばかり。現代で争っていることも、後の世からすれば似たようなものなのかもしれませんね。

「歴戦の勇士」
 地球と、金星・火星連合の間には深い溝があった。植民地である火星と金星には、独立の気運がある。そして地球政府は、さかんにキャンペーンをうち、火星人・金星人への敵意をむき出しにしていく。
 そんな折、デイヴィッド・アンガーは現れた。
 アンガーは退役軍人。金星・火星連合軍を相手に必死に戦ってきた。地球の全面破壊に涙し、今では人工衛星基地の病院にいる。
 アンガーの身の上話に気がついた軍は、驚愕する。なにしろ、まだ戦争は起こっていないのだ。アンガーはどういう方法でか、未来からやってきたらしい。
 地球人たちは、アンガーから未来の出来事を聞き出そうとするが……。
 ちょっとひねった作品。
 地球の敗北は変えようがないのか、変えることができるのか。それによって開戦するかしないかが分かれますし、なにより、アンガーの証言は、金星・火星連合には絶対に知られてはならない。
 オチが見事でした。

「奉仕するもの」
 アップルクィストは、四級文書配達係。シェルターからシェルターへと、荒廃した世界を渡って手紙を配達している。
 あるときアップルクィストは谷の底に、壊れかけたロボットが横たわっているのを発見した。ロボットは、戦争ですべて破壊されたはず。だが、そのロボットは、瀕死ながらも持ちこたえていた。
 アップルクィストは、戦前の暮らしぶりを知らない。知識欲から、ロボットを修理してやろうと手配するが……。
 大戦後の世界が舞台。戦争が終わって世界平和が訪れているかといえば、そんなことはない。地表は放射能でやられているし、ロボットがタブーになっていたり、なにかと不自由。
 時間的にも物理的にも制約がある中、アップルクィストは懸命にロボットを助けようとします。それもこれも知りたいが故。  

「ジョンの世界」
 戦争がふたつあった。
 はじめは、人間同士のもの。その際に兵器としてロボットのクローが開発された。やがてクローは人間に反旗をひるがえし、人間対クローの戦争へと発展した。
 クローは退けられたが、完全に破壊された地球は廃墟と化している。その現実を変えるべく、ライアンは航時機を作り上げた。
 航時機で過去に遡り、クロー誕生の要因を取り除く。
 気がかりなのは、息子ジョンのこと。ジョンは、発作を起こしてはまぼろしを見ていた。ますます悪化する発作にライアンは、ジョンにロボトミー手術を施す。
 元気になったジョンを見届けて、ライアンは旅立つが……。
 ジョンは、ディックの作品でよく登場する幻視者の先駆け。そう思えば記念碑的作品なのでしょう。

「変数人間」
 人類は、太陽系外の進出をもくろんでいた。それを阻むのは、ケンタウルス帝国。開戦は、もはや時間の問題。あとは、どのタイミングで行うか、だ。
 エリック・ラインハートは、公安長官。SRBコンピュータに統計的確率を計算させ、地球側の圧倒的有利となる瞬間を待っているところ。
 そのときは、軍事設計局が画期的な新兵器を考案した瞬間におとずれた。まもなく完成する新兵器により、コンピュータは、地球有利の判断をくだしたのだ。
 ついに動員令がだされた。
 歴史調査部では動員令に基づき、通常の調査を中止した。すべての機材は、軍事目的に切り替えねばならない。ところが、タイムバブルの回収時に、過去から物質を持ち込んでしまう。
 物質の中には、よろず修理屋のトマス・コールも含まれていた。未来につれてこられたとは知らないコールは、いつもの通りに修理の請負をしようとするが……。
 コールが不確定要素となって、戦争の行方が怪しくなってきます。そのことに危機感をつのらせるラインハートは、コール殺害を指示します。
 コールの天才的な修理の手腕は、もはやファンタジーの域。コールの存在が、地球有利になったり、ケンタウルス有利となったり、振れる振れる。
 ディックというより、A・E・ヴァン・ヴォクト的でした。


 
 
 
 

2014年08月08日
畠中 恵
『ぬしさまへ』新潮文庫

 《しゃばけ》シリーズ第二巻、短編集
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。
 実は一太郎の祖母は、齡三千年の大妖。その祖母によって送り込まれてきた佐助と仁吉は、表向きは長崎屋の手代だが、その正体は犬神と白沢だった。
 一太郎は、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱で、両親も手代たちも遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。

「ぬしさまへ」
 仁吉は、目もとの涼しい色男。ちょっと出かけただけで、袂には懸想文が山となる。その中に、凄いばかりの金釘流文字があった。どうやら“くめ”という娘が書いたらしい。
 くめは、小間物商天野屋の一人娘。堀に死体となって浮いているのが見つかった。誰ぞにつき落とされたと、天野屋では大騒ぎ。懸想文の相手である仁吉が疑われてしまうが……。
 妖たちに調べてもらったことを土台に、真相をつきとめる若だんな。読んでいて、少し、文章に固さを感じました。もしかして、第一作よりこっちの方を先に書いたのかな、と思ったのですが、そういう情報はなし。短編は文量に限りがあるので、それが影響したのかもしれませんね。

「栄吉の菓子」
 栄吉は一太郎の幼馴染で、数少ない友だちのひとり。菓子屋の跡取り息子であるにもかかわらず、半端なく不味い菓子をつくる。
 その栄吉の菓子を、ケチをつけながら買っていくご隠居がいた。栄吉はありがたく思うが、ご隠居は、栄吉の菓子を食べている最中に変死してしまう。栄吉に疑いがかけられるが……。
 人間って、こわいねぇ……という物語。

「空のビードロ」
 松之助は、桶屋東屋の奉公人。東屋はさほど大きな店ではなく、主人夫婦は、奉公人の飯は2杯までと決めるほどのドケチぶり。そんな東屋の店先に、猫の首が放り込まれる事件が起こった。その後も猫の死体が発見され、松之助が疑われてしまうが……。
 松之助は、若だんなの異母兄。わけあって母に引き取られましたが、母が亡くなって東屋の奉公人になりました。長崎屋に拒否されてしまった身の上だからか、いい人なんですけど、ちと暗い。なので、この小話も暗めです。結末は、このシリーズらしい雰囲気で、よかった、よかった。
 『しゃばけ』の終盤と一部重なってます。が、微妙にずれているような?

「四布(よの)の布団」
 一太郎のために、繰綿問屋田原屋で布団が仕立てられた。ところが届けられた布団は、注文した五布仕立てではなく、四布だった。しかも、布団から泣き声がする始末。
 一太郎は、田原屋の主人が大層きびしい人柄との評判を耳にしている。主人に叱責されるであろう奉公人を気遣い、苦情を申し立てる気にはなれない。ところが、父の藤兵衛は田原屋に苦情を言いに行くという。なんとか穏便にすませようと、一太郎も田原屋に向かうが……。
 病弱である事が役立つ日がくるとは。コミカルだったり恐怖だったり、いろんな要素が詰まってました。

「仁吉の思い人」
 仁吉には、ひよっこの妖だったころから想う人がいた。
 あれは、平安の御代。彼女は、禁中で女房として暮らし、吉野と名乗っていた。
 吉野が惚れていたのは、宮廷に仕えている公達のひとり。仁吉には、優しいだけの男に思えた。だが男の態度は、吉野の正体を知った後も変わることはなかった。
 人間は弱い。病であっけなく亡くなると、残された吉野は、男が転生するのを待つことにするが……。
 オチは予想どおり。
 シリーズものにはこういう話も必要なのでしょう。

「虹を見し事」
 ある日一太郎は、いつもと家の様子が違うことに気がついた。いつもなら、一太郎が咳をひとつしただけで、手代たちをはじめとした面々が飛んでくる。ところが今日は、こっそり外出したのに、誰にもなんにも言われない。
 首をかしげていた一太郎は、これが夢の中だと思い至った。それも、自分ではなく、他の誰かの夢だ。
 夢の主はいったい誰なのか?
 短いけれども複雑。アレとコレとソレが同居しているのですが、おそらく今でも、物語の構成を把握しきれてないと思います。まるで、狐につままれたような……って、一太郎の祖母はそっち系の大妖でしたっけ。なるほど納得。


 
 
 
 
2014年08月09日
畠中 恵
『ねこのばば』新潮文庫

 《しゃばけ》シリーズ第三巻
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
 一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
 両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。

「茶巾たまご」
 このところ、とんでもなく病弱な一太郎が、どういうわけだか調子がいい。商売も絶好調。買った小箪笥からは金子が見つかり、ぼた餅をたべれば金粒に当たる。
 きっと、幸運を呼ぶ『福の神』がいるに違いない。ところが、長崎屋で最近変わったことといえば、金次という男を拾ったことくらい。
 金次は、海苔問屋の大むら屋から移ってきたみすぼらしい男。大むら屋は、不幸続きで潰れかけている。そんな店にいた金次が福の神であるはずがない。
 しかも大むら屋では、娘が殺されるという事件まで起きていて……。
 この殺された娘が、一太郎の異母兄・松之助の見合いの相手。見合いといっても、ちょっと想像とは違いましたが。そんな縁もあって、若だんなが大むら屋の事件の解明に乗り出します。

「花かんざし」
 一太郎は手代たちと、江戸広小路に遊びにでかけた。そこで、迷子をひろってしまう。女の子の名前は、於りん。小鬼の鳴家(やなり)が見えるらしい。
 自身番にも迷子の届け出はなく、ひとまず一太郎は於りんを、長崎屋に連れ帰ることにする。そして、手を尽くして家を探し出した。
 於りんの身元は、深川でも大きな材木問屋、中屋。実は中屋には、狐に憑かれているという噂があった。噂にすぎないことは、妖たちには一目瞭然。
 しかし、現実に奇妙なことが起こっている。一太郎は、中屋を調べる決心をするが……。

「ねこのばば」
 広徳寺には妖封じで有名な、寛朝という僧がいる。
 猫又のおしろがうったえるには、猫又になりかけている小丸が、寛朝に預けられてしまったのだという。
 そのころ広徳寺では、奇妙な事件が立て続けに起こっていた。境内の木に何者かがぶら下げた、沢山の小さな巾着。千両を超える金子が消えたこと。そして、寺の僧の不審な死。
 一太郎は寛朝と交渉し、小丸を救う代わりに、謎を解き明かすことになるが……。
 寛朝が、なかなかの人物。読んでいて楽しいです。

「産土(うぶすな)
 薬種問屋の和泉屋が、立ちゆかなくなってしまった。取引先である和泉屋がつぶれると、こちらもただではすまない。この窮地に佐助は、妖たちの協力もあおぎ、百両を用立てる。
 ところが銭箱には、すでに百両が収められていた。謎の書き付けと共に。
 若だんなによると、最近、商人たちの間で、ある信心が広まっているらしい。その教えを信じると、金が湧いて出るのだという。旦那も入信し、実際に金は入ってきている。
 佐助は怪しむが……。
 書き方に、すごく違和感がありました。その理由は最終章で明らかになります。ただ、途中で思い当たっていたので、最終章のために無理をして……という印象が残ってしまいました。

「たまやたまや」
 一太郎は、久しぶりにひとりで外出した。
 小判を片手に向かった先は、献残屋の松島屋。ただ、松島屋には入らず、周囲の店に聞き込みを始める。松島屋の跡取り息子、庄蔵のことについて。
 実は、妹のように思っているお春に、縁談話が舞い込んでいた。庄蔵がその相手。
 聞き込みを続ける一太郎は、妙な話ばかり聞かされるが……。
 ラストを飾るだけあって、余韻の残る物語でした。
 ただ、もうちょっと説明してほしかったな、と。流れは分かるんですけど……。


 
 
 
 

2014年08月10日
畠中 恵
『おまけのこ』新潮文庫

 《しゃばけ》シリーズ第四巻
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
 一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
 両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。

「こわい」
 いつものように寝込んでいた一太郎の元に、いつものように栄吉が自作の菓子をもってやってきた。いつもにもまして酷いできばえに、一太郎はつい本音をポロリ。栄吉と大げんかになってしまう。
 落ち込む一太郎に、妖の狐者異(こわい)がそっとささやいた。菓子作りの腕が上がる薬がある、と。
 狐者異が持つ薬には、職人としての腕が上がる効能があるらしい。一太郎と狐者異とのやりとりは、日限の親分と、庭師の万作の耳にも入った。ところが薬は一服のみ。
 狐者異は、自分の欲しいものをくれた人に薬を譲るというが……。
 狐者異という妖は、御仏さえ呆れて嫌う存在。大騒動に発展してしまいます。
 栄吉の心の内を知れたり、ほろりとさせられました。ただ、このシリーズにしてはめずらしく、後味はあまりよろしくないです。

「畳紙(たとうがみ)
 寝込んだ一太郎のお見舞いに、お雛が於りんを連れて顔を出した。実はお雛には、悩みがあった。一太郎に相談したかったが、想像以上の病人ぶりに言いだせず、帰ってきてしまった。
 帰宅したお雛は、於りんが見慣れない印籠をもっていることに気がつく。
 印籠は、妖の屏風のぞきのもの。その屏風のぞきが夜半に現れて、お雛は夢の中にいると勘違い。夢の中なら正直に吐き出せるからと、悩みを打ち明け始めるが……。
 お雛と屏風のぞきがメインで、一太郎はつけたし。
 お雛は、この世に、妖という不可思議な存在がいるとは思ってません。そのため、屏風のぞきが現れたときに夢だと思ってしまったんです。両者のややズレたやりとりがおかしさ満点。でも、まじめな話なんです。

「動く影」
 一太郎が五つの春のこと。
 日本橋の辺りに、飛縁魔(ひえんま)という妖が出るという噂が流れた。噂はなかなか消えず、そうこうするうち、奇妙な影が現れはじめる。
 栄吉が影の正体を調べると言いだし、一太郎も大乗り気。町へ繰り出すが……。
 一太郎と栄吉が、ただの知り合いから友達に変わったエピソード。

「ありんすこく」
 一太郎が、吉原の禿(かむろ)を足抜けさせて一緒に逃げると言いだした。足抜けとは、女郎が借金を残したまま、年季も明けぬ内に逃げるということ。
 佐助と仁吉はびっくり仰天。だが、どうも色恋沙汰ではないらしい。そして、父親の藤兵衛が関わっているらしい。ふたりは藤兵衛を問いつめて、訳を聞き出すが……。

「おまけのこ」
 鳴家は、人に姿が見えない妖。
 母屋で菓子を物色中、真珠を目の当たりにして魅了されてしまった。真珠は、回船問屋の長崎屋が、顧客のために取り寄せた品。お嫁に行く娘のため、櫛を飾るのに使うのだという。
 ところが、真珠を預かった櫛職人が襲われ、貴重な品は行方不明に。鳴家も行方知れずになってしまう。
 長崎屋に出入りしている者たちに嫌疑がかけられるが……。
 一太郎だけでなく、鳴家の視点からも物語は展開していきます。その視点が新鮮。一太郎のすごさがにじみ出た物語になってました。


 
 
 
 
2014年08月11日
畠中 恵
『うそうそ』新潮文庫

 《しゃばけ》シリーズ第五巻
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
 一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
 両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
 そんなある日、一太郎は地震で怪我を負ってしまった。
 今まで、病で寝込んだことはあっても、怪我で意識不明に陥ったのははじめて。
 このところ江戸では地震が多い。一太郎の身を案じた母おたえは、庭の稲荷神社に伺いを立てた。すると、湯治にやったらいいと御神託があった。
 選ばれたのは、箱根。ふたりの手代の他、常識人である異母兄の松之助も付き添うことになった。初旅行に心弾ませる一太郎。
 ところが、途中で手代たちとはぐれてしまう。一太郎の意地で宿にはたどり着いたものの、その夜、さらなる災難が。
 一太郎と松之助は、何者かにかどわかされてしまったのだ。しかも、駕籠に乗せられ運ばれるところを天狗たちに襲われるオマケつき。
 なんとか逃げ延びられたのは、佐助が駆けつけてくれたから。だが、多勢に無勢。佐助ひとりでは天狗たちの猛攻を防ぎきることは難しい。
 ふたたび佐助と分かれた一太郎は、負傷した誘拐犯を治療し、事の次第を聞き出すが……。

 第一作『しゃばけ』以来の長編。
 謎が謎を呼ぶ物語。最初のちょっとしたエピソードまできちんと伏線になっていて、好感度が高いです。が、長編だったという印象は残らず。おもしろいのは間違いないのですが、長編が持つ重みのようなものがないような……。
 そこが読みやすくていい! という人もいると思いますが。  

 なお、“うそうそ”とは、書頭の添え書きによると、“たずねまわるさま。きょろきょろ。うろうろ。”だそうな。


 
 
 
 
2014年08月12日
畠中 恵
『ちんぷんかん』新潮文庫

 《しゃばけ》シリーズ第六巻
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
 一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
 両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。

「鬼と子鬼」
 江戸の町は火事が多い。小火などよくあること。ところが、今度の火事は大火にまでなり、長崎屋も襲われてしまった。
 煙を吸って倒れた一太郎が気がつけば、そこは見覚えのある三途の河原。
 どういうわけだか、鳴家(やなり)と付喪神(つくもがみ)のお獅子の姿まである。一太郎の懐にいて、一緒にきてしまったらしい。妖たちを還すため一太郎は、脱出口を探すが……。
 一太郎が子供であるという前提で物語は展開していきます。すでに元服しているので、この前提には戸惑いました。

「ちんぷんかん」
 秋英は武士の三男坊。9歳にして出家し、広徳寺に入った。秋英を弟子として引き取ったのは、妖退治でその名をとどろかせている寛朝だった。
 それから13年。
 秋英は22歳になり、寛朝の片腕ではあるものの、妖退治の法力を授けられることもなく、雑用を一手に引き受けていた。それが、ついに寛朝に持ち込まれた相談事を聞くようにいい渡されるが……。
 寛朝が登場すると、画面が引き締まる気がします。独特の雰囲気があって。いいスパイスになっているようです。

「男ぶり」
 一太郎の異母兄・松之助が身を固めるとの噂話が江戸に流れ、長崎屋には縁談の申し込みが殺到していた。一太郎は気になって仕方がない。
 ふと、両親が夫婦となるまでのことが不思議に思えてきた。母おたえは跡取り娘。しかも美人。あまたの縁談がなだれ込み、選び放題だった。だが、おたえが選んだのは、金も身分もない店の手代藤兵衛。
 実は、そのころおたえは、岩見屋の辰二郎に惚れていた。
 岩見屋は、老舗煙管屋。辰二郎は大店の次男坊として婿入りも可能な立場にあった。おたえにとって理想の相手に思えたが、父の伊三郎は、気に入らない様子。
 そんなとき、ある事件が起こって……。
 これまで影の薄かった、おたえの物語。不可思議な人だな、ぐらいにしか思ってなかったので、新鮮でした。

「今昔」
 火事で全焼した長崎屋も、ついに再建を果たした。一太郎は離れで、妖たちを相手にした宴を開く。その最中、一太郎は式神に襲われてしまった。
 ふたりの手代が式神の出所を探り、玉乃屋であることが分かった。玉乃屋に雇われた陰陽師が操っているらしい。
 しかし、玉乃屋は、一太郎の異母兄・松之助の縁談相手の家。しかも、玉乃屋の長女おくらも襲われてしまう。
 陰陽師の狙いとは?
 いよいよ、松之助の縁談が具体化していきます。というのも松之助が、玉乃屋のお嬢さんに惚れてしまったから。ところが、縁談相手は長女で、惚れた相手は次女だったりしたものだから、ややこしいことに。
 そういうドタバタも絡ませながら、少し気味の悪い陰陽師が暗躍します。

「はるがいくよ」
 一太郎の異母兄・松之助の縁談がまとまった。松之助は縁談を機に、分家する。一太郎は、そんな松之助に贈り物をしようと知恵を絞る。
 妖たちも一太郎に協力しようと、贈り物候補を持ち寄ってすったもんだ。そんな騒ぎの最中に一太郎は、見かけぬ籠が部屋の隅に置かれているのを見つける。
 かけられた布をめくると、赤子が寝ていた。
 赤子の正体は、長き年を経て妖と化した桜の、花びら。一太郎は、赤子を小紅と名付けて慈しむが……。
 小紅は花びら故、瞬く間に大きくなり、あっという間にこの世を去る運命にあります。なんとも味わい深い作品。

 本書は短編集ですが、時間的には一直線につながってます。
 長崎屋は大火に見舞われ、その後、再建していきます。そこに重なってくるのが、松之助の縁談。それぞれが別の物語でありながら、全体でひとつになっている……こういう展開のさせ方が、実にうまいな、と。

 
 

 
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