《しゃばけ》シリーズ第七巻
一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
「いっちばん」
最近、一太郎に元気がない。どうやら、幼なじみの栄吉が修行に行ってしまっているのが原因らしい。妖たちは、一太郎を慰める品物を手に入れようと奮闘する。
そのころ江戸では、掏摸(スリ)が横行していた。犯人は大店の次男坊らしいが、証拠はない。事がはっきりしない内は、金持ちの言葉は強い。日限の親分は頭を悩ませていた。
親分から相談を受けた一太郎は、調査に乗り出すが……。
「いっぷく」
日本橋の唐物屋西岡屋の大番頭が代わり、長崎屋に挨拶にやってきた。最近できた唐物屋小乃屋も一緒だ。西岡屋と小乃屋は、本店の方でつながりがある。
小乃屋が言うには、開店披露の会の代わりに、品比べの席をもうけたいらしい。客人に、二軒以上の店が出した品を見せ、優劣をつける。その席に、長崎屋も参加することになってしまう。
長崎屋にとっても新しい客を得る機会ではあるが、利は西岡屋や小乃屋にある。一太郎もあまりいい気はしていない。
そんな折、小乃屋の跡取り息子・七之助が、内密に招待客を教えてくれた。七之助の狙いが分からず、戸惑う一同だったが……。
「鬼と子鬼」(収録『ちんぷんかん』)の関連話。途中、もしや……と思ったらやっぱりそうでした、といった感じ。
ただ、主軸はあくまで、品比べ。この危機(?)を、長崎屋はどう乗り切るのか? 終わってみれば、危機でもなかったような。
「天狗の使い魔」
一太郎が誘拐されてしまった。連れ去ったのは、天狗の信濃山六鬼坊。
六鬼坊には、山伏の八坂坊という友人がいた。八坂坊には、管狐の黄唐(きがら)が仕えており、三者は酒を酌み交わしつつ親交を暖めてきた。だが、八坂坊は修験者とはいえ、所詮、人間の身。天狗や管狐とは寿命が違う。
八坂坊が亡くなり、黄唐は王子の狐たちの所へ行ってしまう。ひとり残された六鬼坊は、寂しくて仕方ない。黄唐に会いたいと願うが、狐たちにはねつけられてしまう。
そこでとった手段が、一太郎の誘拐だった。一太郎の祖母・皮衣は、狐を従える身分。一太郎と黄唐を引き換えにする腹づもりだったのだが……。
この天狗と狐の諍いをしずめるべく、一太郎が知恵を絞ります。ちなみに六鬼坊は、『うそうそ』で登場する天狗たちとは無関係らしいです。
「餡子(あんこ)は甘いか」
栄吉は、老舗菓子屋の安野屋で修行中。
なにしろ餡子をつくるのが大の苦手。一生懸命取り組むものの、うまくいかない。小僧のように雑用をこなす日々が続く。
そんなとき、安野屋に盗人が入った。栄吉が捕まえた盗人の名は、八助。主の虎三郎は、八助の舌が肥えていることに気がつき、奉公を提案する。かくして栄吉は、八助の面倒をみることになるが……。
栄吉の成長物語。腕は相変わらずですが。
一太郎が、栄吉を心配してこっそり見守っているのがほほえましいです。物語としては、ありがちですが。
「ひなのちよがみ」
紅白粉(べにおしろい)問屋一色屋の跡取り娘お雛が、長崎屋に相談にやってきた。
一色屋も、先の大火事でもらい火をし、店が焼けてしまった。なんとか立て直したものの、このままでは年を越すことができそうにない。そこでお雛は、商売を工夫してみることにした。そのために千代紙が必要なのだが、紙屋では取り扱ってないらしい。
お雛が思いついたのは、多くの品物を扱う回船問屋である長崎屋だった。だが、長崎屋でも千代紙は扱っていない。一太郎とともに話を聞いていた主人の藤兵衛は、代わりに、錦絵屋志乃屋を紹介する。
3日後。
お雛の許婚、正三郎が、一太郎を訪ねてきた。どうやら志乃屋の次男、秀二郎がお雛に言いよっているらしい。一太郎は、ある提案をするが……。
今作の大事件は、厚化粧で有名だったお雛が、薄化粧になったこと。「畳紙」(収録『おまけのこ』)が伏線だった……と言いますか、あの小話が、ここにきてようやく生かされたかな、と。
一太郎の修行にもなってます。
《しゃばけ》シリーズ第八巻
一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
「はじめての」
一太郎、12歳のときのこと。
いつものように寝込んでいると、日限の親分が見舞いにやってきた。珍しく、若い娘を連れている。
娘の名は、お沙衣。お沙衣の母は、目を患っていた。目医者によれば、目を患うのは品陀和気命(ほむだわけのみこと)のご機嫌を損ねたからだという。
南鍛冶町にあった生目(いきめ)社が、火事で焼けたままになっていた。再建は目医者が請け負ったが、地鎮祭のための鎮壇具が必要だ。お沙衣は、そのための七宝を集めているところ。
胡散臭さを感じた一太郎は、調査をはじめるが……。
一太郎も幼いですが、まだ若い佐助と仁吉も登場。中身は若くないですけどね。
「ほねぬすびと」
長崎屋は、久居藩からある依頼を受けた。幕府への献上品にする伊勢の魚の一夜干しを運搬する仕事だ。問題の一夜干しは痛みやすく、失敗続き。そこで、足の速い船をもっている回船問屋、長崎屋に話が舞い込んだのだ。
ところが、船は到着したものの、久居藩から預かった竹籠から干物が消え失せていた。
ときを同じくして、一太郎が失明してしまう。医者によると、目を患った様子はないらしいが……。
病に経験豊富な一太郎ですが、失明の原因は病ではないもよう。そちらの事件は、この話だけでは解決しません。が、目が見えないために見えてくるものがある、と。
「ころころろ」
仁吉は、一太郎の目を治すため、河童をさがしていた。というのも、目の神である生目神が、一太郎の目の光を、自身に奉納されるはずだった玉の代わりに持っていってしまったらしいから。奉納されるべき玉は、河童が持っているはず。
そんな仁吉に、人形にとりついた小ざさが声をかける。小ざさは、河童の居場所を知っているらしい。小ざさの希望は、河童を食べて悪鬼になること。
仁吉は小ざさに、河童を食べても悪鬼にはなれないと諭すが……。
前作に引き続き、一太郎は失明中。前作では原因不明でしたが、本書の冒頭の話が発端であることが判明してます。一太郎はほとんど動かず、仁吉が主人公になってます。
「けじあり」
佐助は妻のおたきと共に、小間物を扱う多喜屋を開いていた。前にいた店を急にやめた佐助だったが、何とか常連も増えてきて、今ではゆったりとした暮らしをしている。
ある朝佐助は、帳場机の上に見慣れぬ紙を見つけた。そこに書かれていたのは……けじあり。意味が分からず、戸惑う佐助。それが三日も続き、佐助の暮らしは徐々に変わっていくが……。
今作の主人公は、佐助。なんだか雰囲気がおかしいのですが、徐々に背景が明らかになっていきます。
前3作とつながってます。
「物語のつづき」
上野は広徳寺。一太郎と妖たちは高僧の寛朝と共に、生目神と対峙していた。玉を利用して罠をこしらえた結果、生目神がまんまとひっかかったのだ。
妖たちは生目神に詰め寄るが、問答を挑まれる。生目神は、よく知られた物語のつづきを当てることができたら、一太郎の目の光を返してくれると言う。
まず出されたお題は「ももたろう」。妖たちは、さまざまに想像するが……。
なんとも物悲しい結末。
本書は、一太郎と生目神の、そもそもの関わりから対決までという連作になってます。
それぞれの短編の中では、一太郎の失明は脇役扱い。それが、全体で眺めると主軸になってます。当人にとっては笑いごとではありませんが、とてもおもしろい試みでした。
ジャック・フロストは、デントン市警察の警部。だらしのない格好で、時間には頓着せず、デスクワークは大の苦手。下品な冗談を所構わず口にする中年男だ。
今宵、署内の食堂では、退職者の送別パーティが盛大に開かれていた。フロストの勤務時間に当たっているが、こっそりと参加する腹づもり。
ところが、公衆便所で浮浪者の死体が発見され、フロストが呼び出されてしまう。
パーティに潜り込みたい一心で、手早く仕事を片付けるフロスト。デントン署に戻るが、今度は、少女の行方不明事件。父親は、誘拐されたと信じて疑わない。
失踪したのは、カレン・ドースン。
そして、森の中で、若い娘の死体を見つけたという通報が。どうやら、連続婦女暴行事件の新たな被害者らしい。フロストは、娘はカレンではないかと疑うが……。
《ジャック・フロスト警部》シリーズの第二弾
前作『クリスマスのフロスト』では、フロストの相棒は新米刑事のクライヴ・バーナードでした。今回、クライヴは消えて、代わりに相棒になっていたのが、マーティン・ウェブスター巡査。
ウェブスターは警部だったのですが、ある事件をきっかけに降格させられて、怒り心頭。署員たちとはうまくいっておらず、フロストに対してもツンツンしてます。
そんなウェブスターに対するフロストの態度が、好感度抜群。署員たちから慕われるのもうなづけます。
フロストのまわりでは、小さな事件から大きな事件まで、多種多彩に発生します。それに加えて、登場人物一覧が3ページに渡るほどの量。それでも、自然とついて行くことができました。
書き方がうまいんでしょうね。
長〜い物語でしたが、また読みたくなりました。
《ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス》
ヒューゴー賞またはネビュラ賞、あるいは両賞を受賞した作品を集めた短編および中編集、第二弾。シリアス編。
付録として、スピーチ原稿を収録。
「クリアリー家からの手紙」
リンが郵便局に行ったのは、ミセス・タルボットの雑誌を受け取るためだった。雑誌と共にリンは、クリアリー家からの手紙を見つける。
おととしの夏、クリアリー家の人たちが遊びにくるはずだった。だが、彼らはこなかった。帰宅したリンは手紙を読み上げるが……。
田舎を舞台にした作品。なにかを隠しているような書き方をしていて、徐々に隠されたなにかが見えてきます。
「空襲警報」(「見張り」から改題)
バーソロミューは、オックスフォード大学史学部の学生。研修のため、1940年のロンドンへと向かった。潜入したのは、セント・ポール大聖堂。ナチス・ドイツによる大空襲がはじまっており、危険度レベルはかなり高い。
バーソロミューは、同僚となった火災監視員のラングビーに徐々に疑わしさを覚える。彼は、スパイではないのか?
《オックスフォード大学史学部》シリーズの初登場作品。その後のシリーズの展開を念頭においていたのかいなかったのか、やや雰囲気が違います。
「マーブル・アーチの風」
年次大会に出席するため、トムとキャスの夫妻はロンドンにやってきた。前回のロンドンから20年がたっている。
トムは、ロンドンの地下鉄が大好き。だが、爆風のような風に襲われて、困惑する。どうやら自分だけが感じているらしいのだが……。
ウィリス独特の言葉のやりとりはありますが、トムとキャスが初老ゆえ、少し落ち着いた感じ。枯れ果ててはいないけれど、人生に疲れてきているような。
「ナイルに死す」
三組の夫婦は、そろってエジプト旅行に出かけた。
わたしは、夫のニールがリッサと浮気していると疑っている。リッサの夫の頭の中は酒のことばかり。ゾーイは観光ガイドブックを朗読しまくり、ゾーイの夫は寝てばかり。
わたしは心理的に追い込まれてしまうが……。
「最後のウィネベーゴ」
カメラマンのデイヴィッドは、取材途上、死んだジャッカルを目撃した。疫病のせいで、今では動物は貴重な存在。轢殺は重罪だ。本当なら関わりあいになどなりたくない。
デイヴィッドはかつて、シェパードを飼っていた。自動車事故で亡くなってしまった、アバヴァン。その姿がジャッカルに重なり、匿名で動物愛護協会に連絡するが……。
ウィネベーゴというのは、大型キャンピングカーのこと。もう製造されてません。ジャッカルを見かけたのは、その取材に行く途中だったんです。
この時代の動物愛護協会の権力は絶大で、市民を破滅に追い込むのはお手のもの。匿名で通報したデイヴィッドでしたが、すぐに身元が割れてしまいます。
権力者につきまとわれる恐怖とか、反発とか、滅びゆくものへの想いとか、いろいろ。
天正10年。
織田信長と、信長の長男で織田家当主の織田信忠が亡くなった。謀反を起こした明智光秀は早々に成敗され、残された家臣たちは、織田家の後継者と遺領の再配分をすべく、会議を開く。
場所は、尾張清須城。
筆頭家老の柴田勝家は、信長の三男、信孝を後継者として推している。勝家にとって信孝は、烏帽子親を務めた間柄。すでに織田家から出ているが、後継者として申し分ない。
対する羽柴秀吉は、次男の信雄に命運をかけることに決めた。実は信雄は、誰もが認める本物の馬鹿。かなり不利だが、神輿は軽い方がいいのだから……。
かくして清須城では、集まった者たちの思惑が入り乱れ、根回し合戦が繰り広げられるが……。
本業は脚本家である三谷幸喜による、モノローグ形式の物語。
わざわざ「現代語訳」と断り書きがしてありますが、その実、現代風にしているものと、してないものが混在しています。登場人物は多彩ですが、モノローグになるとそれほど差異がないのも残念。
どうにも、片手間に書きました、という印象が残ってしまいました。映画版だと、すごくおもしろいのだろうな、とは思います。
清須会議でなにが起こったのか、手っ取り早く知りたい人にはいいかもしれません。
ハリー・フェヴァシャムは、代々軍人の家系に生まれた。
ハリーが恐れているのは、自分の心の奥底にあるだろう臆病さ。それが戦場で露見することになるのではないか、自分と家名に傷をつけるのではないか、と。
誰にも相談することなくハリーは軍人となり、インドの連隊に配属された。休暇でロンドンに帰ってきたときに、事件が起こる。
その日ハリーはウェストミンスターに借りた部屋で、友人たちと会食を楽しんでいた。同席していたのは、同じ連隊のトレンチ大尉、ウィロビー中尉、そしてハリーの親友で東サリー連隊のデュランス中尉。
ハリーはこの席で、エスネ・ユースタスとの婚約を報告する。エスネはアイルランド人。老齢の父がおり、ハリーは軍隊を辞めるかどうか迷っていた。
そんなときに電報が届く。ハリーは、友人たちになにかを告げるそぶりを見せながらも口をつぐんでしまう。電報は暖炉に投げ込まれ、話題になることはなかった。
そんなハリーの様子を不審に思ったのは、トレンチだった。
トレンチはウィロビーをつれ、電報を送ったらしい将校仲間のキャスルトンに会いに行く。そこで判明したのは、内々に、連隊がエジプトに転属されることが決まったということ。
トレンチ、ウィロビー、キャスルトンの3人は、転属が正式発表される前に除隊したハリーに、白い羽根を送りつけた。白い羽根は、臆病者と非難する意味合いがあるのだ。
ハリーが羽根を受け取ったとき、エスネも同席していた。その結果、ハリーはエスネからも羽根を渡され、婚約解消されてしまう。
友人たちだけでなくエスネからも拒絶されたハリーは、決心する。自分の勇気を示し、名誉を回復しようと。
ハリーは単身、エジプトへと旅立つが……。
小学館の地球人ライブラリーより『四枚の羽根』というタイトルで抄訳版が出ています。そちらが少々物足りなかったので、正式版も読んでみました。
基本的な筋は同じ。
本当は臆病ではないのに、臆病者と思われてしまうことを恐れて臆病な行動をしてしまったハリー。エジプトに渡り、機会をうかがいます。
もうひとりの主人公が、親友のデュランス。
実はデュランスは、エスネに恋してます。潔く身を引きましたが、ふたりの婚約が破棄されたと聞いて、自分にもチャンスがあるのではないかと考えます。
一方のエスネは、ハリーのことが忘れられないばかりか、ハリーを不幸にしてしまった、と悔やんでます。だから、これ以上、自分のために不幸になる人を作るまいと、デュランスの想いに応えようとします。
そんなふたりを苦々しく見ているのが、エスネの友人アデア。アデアの心の中は、デュランスのことでいっぱい。振り向いてもらいたくて仕方ありません。
抄訳版がどこをどう削っていたのか、読み比べてはいませんが、やはり正式版の方が深いです。だからといって、抄訳版は必要なかったとは思いませんが。
抄訳版を読んで物語をつかんでいたからこその理解なのでしょうね。
2014年09月15日
モンゴメリ(村岡花子/訳)
『赤毛のアン』新潮文庫
アヴォンリーの街道からはずれたところに〈緑の切妻(グリン・ゲイブルズ)〉と呼ばれる家は建っていた。住人は、マシュウとマリラのクスバート兄妹。
マシュウは、もう60歳。老いつつあるふたりだけでは、暮らしにくくなってきていた。
そんなとき、顔見知りのスペンサー夫人から、孤児院から女の子をもらいうけるという話を聞く。マシュウとマリラは、自分たちも養子を迎えようと決心した。ただし、スペンサー夫人のところのような女の子ではなく、男の子を。
スペンサー夫人が仲介役をつとめ、マシュウは駅まで馬車で迎えに行く。ところが駅で待っていた子供は、女の子だった。
無口なマシュウは、婦人連が苦手。女の子に、手違いがあったことを伝えることができない。それどころか、おしゃべりな子供に圧倒され、次第に愉快になってきて、よろこんで耳を傾ける始末。女の子のことが気に入ってしまう。
女の子の名前は、アン・シャーリー。
アンが、自分は望まれていないと知ったのは、マリラが教えたからだった。マシュウとマリラが必要としているのは、男の子なのだから。
翌朝、アンはマリラに連れられて、スペンサー夫人に会いに行った。その席でスペンサー夫人に提案されたのは、ブリュエット夫人に引き取ってもらうこと。ちょうど、女の子を欲しがっていたのだ。
マリラは、ブリュエット夫人とは親しくないが、おそろしく働き者で人をこき使うという噂を知っていた。そのうえ、夫人と対面したアンが、真っ青な顔をしてみじめに縮こまっているのを見て、自分たちが面倒をみようと決心する。
かくして、三人の生活がはじまるが……。
ルーシイ・モウド・モンゴメリの、30歳のときの作品。翻訳とはいうものの、アンがおしゃべりだという設定に助けられている印象が強いです。
隣の家のダイアナと大親友になったり、同級生のギルバートと大ゲンカしたりしながら、アンは少しずつ成長していきます。11歳で登場してから16歳まで。わずか5年の出来事なのですけれど、読み終わってみれば、
大人になったなぁ、アン
と、しみじみきました。
2014年11月01日
スコット・ウエスターフェルド(小林美幸/訳)
『ゴリアテ −ロリスと電磁機器−』ハヤカワ文庫SF1978
《リヴァイアサン》三部作、完結編
(第一部は『リヴァイアサン −クジラと蒸気機関−』第二部『ベヒモス −クラーケンと潜水艦−』)
世界はふたつの陣営に分かれ、戦争をしていた。遺伝子操作された人造獣を操る〈ダーウィニスト〉たちと、機械文明を発達させてきた〈クランカー〉たち。それぞれ、ドイツとイギリスが中心となっている。
アレクサンダー・フォン・ホーエンベルクは、オーストリア=ハンガリー帝国大公のひとり息子。〈ダーウィニスト〉側の人間だが、故国からも追われる立場となってしまった。現在は、イギリスの巨大飛行獣〈リヴァイアサン〉に乗船している。
〈リヴァイアサン〉は、ロシア皇帝からの直々の依頼で、シベリアに飛んだ。巨大な戦闘熊(ファイティング・ベア)の群れから助け出したのは、ニコラ・テスラ。かつてクランカー陣営のために働いていた科学者だ。
セルビア人のテスラは、今ではダーウィニスト。新兵器ゴリアテを開発し、その威力を世界に知らしめることによって戦争を終わらせようとしていた。
一行は、ニューヨークへと向かうが……。
第一次世界大戦のころを背景にした架空世界の物語。
途中、東京にも立ち寄ります。〈ダーウィニスト〉と〈クランカー〉が融合している雰囲気が、すごく日本っぽい。
アレックの面倒をみている、士官候補生のデリン・シャープも健在。ただ、アレックと仲良くやっているかというと、そんなこともなく……。
アレックは、戦争を終わらせようと一所懸命になるあまり、テスラと歩調を合わせていきます。一方デリンは、テスラにいかがわしさを感じています。
完結編だけあって、きちんと着地はしてます。
2014年11月02日
和田 竜
『忍びの国』新潮文庫
天正4年(1567年)。
北畠家の婿養子となっていた織田信雄は、北畠一族を殺害し、伊勢の国を手中におさめた。
天正7年(1579年)。
信雄は、隣国となった伊賀の国を攻めようとしていた。
伊賀は、他国のような戦国大名などが生まれることもなく、有力な地侍たち〈十二家評定衆〉によってかろうじてまとめられている小国。地侍たちは農民に忍の術を習得させ、小競り合いを繰り広げていた。
伊賀では殺人など日常茶飯事。伊賀者は討伐と殺戮を好み、騙すことが推奨され、有能なら大金で雇われることもあった。
下山平兵衛は、〈十二家評定衆〉に名を連ねる下山家の嫡男。伊賀に生まれ育ちながら、殺伐とした生活になじめずにいた。心は疑念で満ち、ついに仲間たちを裏切る決心をする。
信雄への使者として志願したのだ。伊勢の軍勢を率いて伊賀に攻め込むために。
だが、信雄の陣営は一枚岩ではなかった。
かつて北畠家に仕えていた者たちは、信雄への忠誠心がない。信雄は伊賀を攻める気でいるが、重臣たちは、父・信長の威光を借りなければ動こうともしないありさま。信雄自身、信長によって摂津の国に動員されてしまう。
一方の〈十二家評定衆〉では、信雄がなかなか攻めてこないことでやきもきしていた。自らの戦は金にはならないが、あの織田家を破ったとあれば、世間の注目は集まる。織田家に対抗する大名たちからの注文が増えるというもの。格好の宣伝材料になると見ていたのだが……。
題材は、天正伊賀の乱。
忍者ものにありがちな、奇想天外さ。残念ながら、荒唐無稽すぎて引き気味に読んでました。とにかくハチャメチャなのがいい、という人は楽しめるのではないでしょうか。
ただ、登場人物が群像劇の枠を超えているような多彩さで、読みづらさがありました。
途中まで、平兵衛が主人公だと思っていたのですが、どうも、伊賀国随一の忍び「無門」が主役だったようです。両者が対峙したときの扱いは、平兵衛の方に比重が置かれているように感じたのですが……。
人類は、地球以外の惑星に人間を送り込む第一歩として火星に到達した。
地球と火星の往復には、宇宙船〈ヘルメス〉を使う。〈ヘルメス〉には離着陸の能力はない。クルーたちは、MDV(火星降下機)で火星に降り立ち、MAV(火星上昇機)で〈ヘルメス〉に戻る。
ミッションは31日の予定。不毛の大地である火星には、あらかじめ余裕をもった物資が届けられている。
NASA主導のアレス計画も、すでに3回目。
マーク・ワトニーは、アレス3のクルーのひとり。クルーの中では一番下っ端。植物学者兼メカニカル・エンジニアだ。
6名のクルーたちは無事に火星に到達するが、想定をはるかに上回る砂塵に見舞われてしまった。収まる見込みのない異常気象を前にNASAが中止命令を出したのは、6日目のこと。ところが撤退の最中に事故が起こってしまう。
ワトニーが吹き飛ばされたアンテナに襲われ、行方不明となってしまった。強烈な砂嵐の中では捜索もままならず、交信は途絶えたまま。
指揮官のルイス船長は苦渋の決断をくだす。遺体を回収しないまま、MAVを飛ばしたのだ。
ところが、ワトニーは生存していた。アンテナが刺さり気を失いはしたが、命に別状はなかった。そのときは。
ワトニーが残された火星には、地球に帰還する手段はなく、通信装置もない。本当に死ぬのも時間の問題だった。
残された希望は、アレス4。彼らの着陸予定地は、3200キロ彼方。しかも、4年後だ。それまで生き抜かなくてはならない。
ワトニーは、さまざまな方策を考案し実行するが……。
火星のサバイバルもの。
科学背景は現代とほぼ同じ。かつてNASAが火星に送り込んだ〈パスファインダー〉なども登場します。分類としてはハードSFですが、かなり現実的で、ハードSFに敷居の高さを感じている人にもとっさきやすいのではないかと思います。
物語は、ワトニーが綴るログを中心に、地球サイドのあれこれもからめながら展開していきます。それと少しだけ、〈ヘルメス〉で帰還中の残りのクルーたちも。
ワトニーがとにかく前向き。ストレスが高まるとジョークを連発してしまうタイプの人間。そして、もちろん有能。
火星の自然が容赦なくて、次々と問題が発生します。それらをどう解決していくのか?
読み応えがありました。