2014年11月18日
浅田次郎
『憑神』新潮文庫
幕末。
別所彦四郎は、別所家の次男坊。
別所家は諸事雑用の御徒士にすぎず、家の格はたいしたことはない。だが、紅葉山御蔵役の名誉を賜っているため、由緒ある家柄として一目置かれていた。
彦四郎は、幼い頃より文武に優れ、秀才の誉れも高かった。その才覚と、なにより御蔵役の家柄が評価され、格上の井上家に婿養子に入ることができた。
ところが、跡継ぎが産まれたとたん、嵌められて離縁するはめに陥ってしまう。今や、兄夫婦の家となっている実家に居候の身。
そんなある日。屋台で飲んだくれた帰り道。彦四郎は、土手下に破れ朽ちた祠を見つけた。
蒲鉾板のような札に書かれていたのは「三巡稲荷」の文字。もしや霊験あらたかな三囲稲荷の御分社か、と手を合わせたところ、やってきたのは貧乏神。
恰幅のいい大店の主といった風情の貧乏神は、さっそく別所家に取り憑くが……。
武士としてお手本のような彦四郎に対して、兄の左兵衛は軟弱者。周囲の者たちから「生れる順番が違っていれば」と思われているのは彦四郎も分かってる。それでもなお兄をたてるのは武士故か。
彦四郎の不運ぶりは、貧乏神も同情するほど。彦四郎にアドバイスをくれたりします。
とはいうものの、彦四郎が手を合わせのは、三巡稲荷。貧乏神はかわせても、まだ疫病神と死神が……。
出だしは、ユーモア色が強いです。幕末ということを意識せずに読んでいたのですが、徐々に時代背景が見えてきて、予想外の展開に。
いえ、予想はできたはずなのですが、うまく作者のペースに乗せられたな、といった感じ。やられた。
《しゃばけ》シリーズ第九巻
一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
「ゆんでめて」
分家した一太郎の異母兄・松之助に子供ができた。一太郎は祝いの品を持参して遊びに行くが、途中、見慣れない祠を見つける。二股の道のところで。松之助の店は左の道だ。
一太郎は、祠に神様らしき姿を認め声をかける。だが、その神様は逃げ出し、一太郎はついつい追いかけてしまう。右の道の方へ。
それから4年。
一太郎は、屏風のぞきが行方不明になり、心を痛めていた。あのとき右の道に行かなかったら、こういう事態にはならなかっただろうに。
そんなとき、鹿島の事触れの噂を耳にする。この事触れのお告げは、数多の偽物とは違い、よく当るらしい。一太郎は事触れに、屏風がどこに消えたのか、探してもらおうとするが……。
いくつかの問題は解決しますが、結末というか、結論は哀しいです。暗雲立ちこめるスタートといったところ。
「こいやこい」
小乃屋の跡取り息子・七之助が、ついに結婚することになった。お相手は、幼なじみの千里。七之助は千里に、ある要求を突きつけられる。
千里は供の者をつれて江戸にやってくるが、誰が本物の千里か当てるように言うのだ。
実は七之助、千里の顔を覚えていない。一太郎に助けを求めるが……。
本作は、そもそもの始まりから3年後の物語。
千里がつれてきた内のひとりが、かなめ。一太郎はかなめのことが気になって仕方ないご様子。
中心に据えられているのは、千里を当てるというイベント。とはいうものの、主人公は一太郎。かなめの存在も大きいです。
「花の下にて合戦したる」
一太郎は、飛鳥山で花見をすることになった。いつも中庭の桜で我慢していた一太郎は、大喜び。参加者が次々と増えていき、大規模なものへとなっていく。
妖たちのおかげで宴の余興には事欠かさず、大もりあがり。ところが、誰も知らない珍客が乱入してきて……。
本作は、そもそもの始まりから2年後の物語。
花見での大騒ぎから、謎の存在をめぐっての大騒動へと発展していきます。
「雨の日の客」
江戸では大雨続き。そんなころ一太郎は、おねと名乗る女性と出会った。
おねは記憶喪失。江戸川の海に近い辺りの岸辺で目を覚ましたものの、己がどこの誰が分からない。手がかりになりそうなのは、不思議な感じの珠ひとつ。
おねは妖だ。一太郎は、おねの持つ珠のことを知っている気がするのだが……。
本作は、そもそもの始まりから1年後の物語。
火事で避難することは多かったですが、今回は水害からの避難。おねはキップのいい大柄な女性で、強いのなんのって。
「始まりの日」
分家した一太郎の異母兄・松之助に子供ができた。一太郎は祝いの品を持参して遊びに行くが、店にたどりつく前に騒動に巻き込まれてしまう。
騒動の中心は、八津屋勝兵衛。時を売る商売をしているが、同じ時は二度売らないと決めている。その勝兵衛に顧客だった男が、また時を買いたいと迫っていたのだ。
一太郎は、男の願いをはねのけた勝兵衛から、ある商売を持ちかけられる。長崎屋の縁者としての時を売ってくれというのだが……。
本作は、そもそもの始まりの物語。ただし、右の道には行かなかった方の。
時売り屋という、なんとも怪しげな商売が登場します。勝兵衛の説明を聞くと、なかなかに考え抜かれた商売だな、と。もちろん、落とし穴はあるんですが。
羽嶋浩二は、東洋電子工業の副社長。
大学の先輩である大森良雄と立ち上げた会社も、今では従業員8200名の一流コンピュータメーカーへと成長した。現在は最高技術責任者として、世界最速のスーパーコンピュータになるだろうTE2000を開発中。プレスリリースを間近に控え、多忙を極めていた。
そんなとき、かつての恋人・松永奈津子から電話が入った。
奈津子と別れたのは25年程前。起業して間もないころ。同棲していた奈津子は、会社の運転資金と共に姿を消した。
奈津子が言うには、息子の慎司が重体だと言う。慎司は、羽嶋の息子でもあるらしい。
息子のことなどまったく知らなかった羽嶋は、衝撃を受けつつ病院に駆けつける。そこで聞かされたのは、慎司がひき逃げされたこと。場所は、新宿の歌舞伎町。慎司は酩酊状態だったという。
羽嶋は、慎司の交通事故に不信を抱き、調査を開始するが……。
1999年の、サントリーミステリー大賞および読者賞受賞作。
羽嶋の視点による一人称もの。
慎司から部屋の鍵を預かっていたという宮園理英子と共に、なぜ慎司が事故に遭ったのか、つきとめようとします。
構成が練りに練ってある印象。ただ、ぎこちなさを感じてしまうのは新人ゆえか。
原発建設の問題が出てきて、現実と符合する点もあるんですが、逆に震災前に読みたかったな、と。
《しゃばけ》シリーズ第十巻
一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
「こいしくて」
長崎屋がある通町では、恋の病が大流行。一太郎も、巫女のような出で立ちの娘御に心をときめかす。
流行っているのは、恋煩いだけではなかった。一太郎のところには、疫神に、禍津日神に、疱瘡神にと、あらゆる病気の神様がやってきててんてこ舞い。どうやら、京橋の結界が消えてしまったことが原因らしいのだが……。
前作『ゆんでめて』に登場した、一太郎がほのかな恋心を抱いた女性が名前だけ登場。結婚するんだそうです。
なかったはずの時の流れでは出会ったけれど、それが正されたため、ふたりの接触はなかったことに。それでも、その名にひっかかりを覚える一太郎。そういうちょっとした後フォローを入れてくるのは、このシリーズが長続きするゆえんかな、と。本題とは関係のないことですが。
「やなりいなり」
母おたえの守狐たちが、やなり稲荷を差し入れしてくれた。みんなで食べようとしたところに現れたのは、幽霊の手。
一太郎が幽霊に護符を貼付けると、正体は若い男だった。大変におしゃべりな男で、梯子で頭を打ったことは覚えているが、それ以外のことは名前すら思い出せないという。しかし、なにか魂胆があるらしい。
妖たちは、男の正体をつきとめようと調べ始めるが……。
「からかみなり」
空雷が鳴った日、外出していた父の藤兵衛は連れの小僧を長崎屋に帰し、寄りたいところがあるからと言い残した。それから3日たっても藤兵衛は帰ってこない。
一太郎は心配でならないが、体調がすぐれず探しに行くことができない。妖たちは、勝手気ままに、藤兵衛の失踪理由を推理し合うが……。
物語の大半は、薄弱な根拠(あるいは妄想)による、妖たちによる推理。後に判明する理由とはかすってもいないのですが、その妄想が妄想すぎて笑えます。
「長崎屋のたまご」
一太郎が夕焼け雲を鑑賞しているとき、不思議なことが起こった。空から青い玉が落ちてきたのだ。
青い玉を前にして一太郎は、仁吉に相談しようと席を外した。そのすきに玉にちょっかいを出したのは、鳴家たち。はずんだ玉は、そのまま長崎屋から出て行ってしまった。鳴家たちも玉を追いかけるが……。
一方、玉がなくなっていることに気がついた一太郎の元には、雲の上にいる百魔の一人、百魅が訪れていた。
百魅は、玉が原因で兄の三十魅と大喧嘩。その拍子に玉は、空をまとって落下してしまった。おかげで空の一部分が欠けてしまうという一大事。百魅は、玉が見つからない以上、帰れないと言うが……。
一太郎が主人公ですが、玉を追いかける家鳴りの大冒険も繰り広げられます。
「あましょう」
一太郎は、栄吉が修行している安野屋に買い物にでかける。そのころ安野屋では、浜村屋が大量の菓子を注文していた。
突然の買い物に、安野屋も首を傾げるばかり。
浜村屋の跡取り息子の新六は、親友の五一のために菓子を買っているのだと言うが、様子がおかしい。栄吉が買い上げられた菓子の運搬を任され、一太郎も後をついて行くが……。
あましょうとは、雨性のこと。雨男とか雨女とか。
一太郎は、新六と五一の大喧嘩に巻き込まれ、自分と栄吉との関係に思いを馳せます。
本書の特徴は、各話の冒頭に料理のレシピがついているところ。シリーズを重ねてマンネリに陥らないように、工夫したのか。ちょっと作ってみたくなりますね。