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2015年の記録
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このページの本たち
ピーター・パン』ジェームズ・バリー
小太郎の左腕』和田 竜
宰相の二番目の娘』ロバート・F・ヤング
大誘拐』天藤 真
古事記物語』鈴木三重吉
 
震度0』横山秀夫 
チャリオンの影』ロイス・マクマスター・ビジョルド
信長の棺』加藤 廣
ヴァリス[新訳版]』フィリップ・K・ディック
世界樹の影の都』N・K・ジェミシン

 
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2015年01月08日
ジェームズ・バリー(本多顕彰/訳)
『ピーター・パン』新潮文庫

 蛇形池(サーペンタイン)は、ケンジントン公園にほんの小部分だけはいっています。池を少し行くと、すぐ橋の下をくぐりぬけて、ずっと向うの方の島のあるところまでひろがっています。
 人間は誰もこの島に上陸することはできません。ただ、ピーター・パンだけは別です。ピーター・パンは半分だけ人間なのです。
 ピーターが生れて七日たったときのこと。
 ピーターは窓台の上に立っていて、ずっと向こうに樹がたくさんあるのを見て、自分がまだ寝間着を着た赤ん坊であることをすっかり忘れてしまいました。というのも、人間の赤ちゃんは最初は鳥だったんですから。
 ケンジントン公園へと飛んで帰ったピーターは、蛇形池の中の島におりて、ソロモン・コー老人と会いました。ピーターはソロモンの話を聞くうちに自分が赤ん坊であることを思い出し、飛べなくなってしまいます。
 島から出られなくなったピーターでしたが、ソロモンから鳥のことを学び、島で幸福に、陽気に暮らすようになります。
 あるときピーターは、ツグミたちの協力を得て、ボートを作り上げます。島を出て、ケンジントン公園にたどりつきますが……。

 物語は「私」によって語られます。
 私は、デイヴィッドという子供にお話を聞かせ、デイヴィッドはお話を付け加えて返します。そしてまた、私が、その話を作りかえて話します。そうしてすすんでいくお話が、この物語……という設定。そのため、ストーリーがあってないような、まるで夢を見ているようなスタイルになってます。
 なんでも、バリーが最初に書いたのは『小さな白い鳥』という作品で、その中からピーター・パンが関わる部分を抜粋したのが本書だそうで。
 一般的によく知られているような、ウェンディやフック船長が出てきて大冒険……を期待して読むとがっかりくると思います。
 本書でもすごい大冒険をしていますが、大冒険の意味が、ちょっと違う。すごく考えさせられました。


 
 
 
 
2015年01月09日
和田 竜
『小太郎の左腕』小学館文庫

 群雄割拠の戦国時代。弘治二年(1556年)。
 戸沢家と児玉家の軍勢は、擂鉢原(すりばちはら)に対峙していた。戸沢家が、周辺の国人領主を従えたのち児玉家に狙いを定めたのは2年前。ついに両家は、槍を合わせることとなったのだ。
 戸沢家の先鋒は、当主・利高の甥であり家督を継ぐ予定の図書(ずしょ)。図書は自信満々。ところが、児玉家の策略にはまってしまう。
 図書に次鋒を命じられていたのは、林半右衛門。
 半右衛門は、家中で「功名漁り」とも揶揄されている豪の者。いかなる戦場でも自分の力量に任せ、気の赴くまま強敵に当り、薙ぎ倒してきた。半右衛門は図書を見下しているが、窮地を目の当たりにし、図書を救う決断を下す。
 敵方に分け入った半右衛門は、児玉家の猛将、花房喜兵衛と一騎打ちの大勝負。喜兵衛を前後不覚の状態に陥らせるものの、自身も深手を負ってしまう。
 なんとか逃げおおせた半右衛門を助けたのは、猟師の要蔵と、その孫・小太郎だった。
 この負け戦で、戸沢家は将士の半数近くを失った。もはや再戦しても勝てる見込みはない。軍議が開かれ、半右衛門は和睦を提案する。
 だが、利高が選んだのは、図書の籠城案。戸沢家にとって和議は、児玉家の傘下に入ることを意味する。到底受け入れられることではなかったのだ。
 半右衛門も渋々承諾するが……。

 小気味いい作品。
 主役は、林半右衛門秋幸、35歳。この時代の武士の鑑のような性格ですが、ちょっと政は苦手。なので、部下には慕われているけれど、図書など他の重臣たちからは浮き気味。
 小太郎はちょこちょこと登場しますが、本格的に物語にかかわってくるのは後半も過ぎてから。小太郎の左腕が、いろいろと巻き起こします。なので、主役ではないですが、このタイトルには頷けます。

 時代は特定していますが、舞台や登場人物は架空のもの。とはいうものの、この当時の人々のありようなどがさりげなく織り込まれていて、違和感はないです。
 ただ、残念なのは、忍者の存在。もうちょっと現実的に書けないものか。いや、もちろん、現実離れしているのは忍者だけではないんですけどね。


 
 
 
 
2015年01月10日
ロバート・F・ヤング(山田順子/訳)
『宰相の二番目の娘』創元SF文庫

 マーク・ビリングズは、自動マネキン社の誘拐予備員。
 自動マネキン社は、過去にタイムトラベルして歴史上の重要人物を拉致し、そっくりのコピーロボットを作っている。(その後、本物は過去へ帰される)
 ビリングズの初仕事は、9世紀のアラビア。狙うは、シェヘラザード。博物館での《千夜一夜物語展》のためだ。
 ビリングズは、国王の寝室から出てハーレムに入った女の後を追い、身柄を確保した。ところが、国王に見つかってしまう。
 なんとかタイムスレッドまで女を連れ去ったビリングズだったものの、女はシェヘラザードではなかった。妹のドニヤザードだったのだ。
 もはや引き返すことはできない。ひとまず現代に帰ろうとするビリングズだったものの、トラブルが発生。どこともしれない世界にでてしまった。
 ドニヤザードは、ここが〈隔ての地〉だと確信しているらしい。〈隔ての地〉のことを正確に知っている者は、誰もいない。だが、ドニヤザードは少しだけ聞いたことがあるのだという。
 なぜ〈隔ての地〉のことを知っているのか。
 ドニヤザードはビリングズに、ある物語を語って聞かせるが……。

 ビリングズは、21世紀のアメリカで職にあぶれた貧乏人。今度の仕事を成功させれば正規の誘拐員になれるのではりきってます。つまり、社会人経験ゼロ。そのためか、子供っぽい印象。
 ドニヤザードは9世紀のアラブ人。15歳。父は宰相。あまり敬虔なムスリムではないようで、そちらの雰囲気はなし。
 ドニヤザードが物語る場面があり、その物語の中にも物語があって、実際の『千夜一夜物語』のように展開していくのかと思いきやそんなこともなく。『千夜一夜物語』の世界が舞台になってはいますが、ふつうにヤングの物語でした。
 ヤングの大ファンなら楽しめると思います。


 
 
 
 
2015年01月11日
天藤 真
『大誘拐』創元推理文庫

 戸並健次は孤児。スリ師として生計を立て、刑務所に入ること3回。ついに改心するが、社会復帰の難しさもよく分かっている。
 健次は、更生のための資金を獲得するため、この仕事のためだけの仲間を求めた。そうして集まったのが、実直な秋葉正義と、借金の形に妹を要求されている三宅平太だった。
 ふたりは、健次の計画が誘拐と聞いて猛反対。だが、健次に説得され、命がけの作戦に同意する。
 標的は、柳川とし。御年82歳。紀州随一の大富豪で、名望家。健次がかつて飛び出した孤児院の大スポンサーでもあった。
 健次らが柳川家を監視すること、一ヶ月。それまで動きのなかったとしが、ついに外出した。小間使いだけをつれて、毎日、山歩きを始めたのだ。
 ついに健次たち3人は、としの目前に立ちはだかった。
 健次は、目撃者を残さないために小間使いをも連れて行こうとするが、としに説得されてしまう。そこから徐々に計画がずれていく。
 当初は、市街地にとしを監禁する予定だった。そのための準備も怠りなかった。だが、としの指摘で、隠れ家の危険が明らかになってしまう。
 代わりに身を寄せたのは、かつて柳川家でメイドをしていた中村くらの家。くらは、テレビも見られないような人里離れた山家にひとり住まい。としの、誘拐ごっこをしているという説明を鵜呑みにして、おもしろがる始末。
 ひとまず腰を落ち着けた一行だったが、としは、自身の身代金が5000万円と聞いて、大激怒。老いたとはいえ、大柳川家の女当主。そんな小額では末代までの恥さらしだと言うのだ。
 一方和歌山県警では、本部長の井狩大五郎がとしの誘拐を聞いて大激怒。井狩は常々、としを大恩人と仰いできた。特別捜査本部を設置し、救出のための陣頭指揮をとる。
 そこへ舞いこんだ犯人からの手紙に書かれていたのは……
 身代金、100億円。
 かくして、結託した誘拐犯と被害者と、警察との対決が世間の注目の中展開されていくが……。

 発表は1978年。
 そのため時代背景は古め。もちろん、携帯電話だのネットだのは影も形もなし。そういう時代を知っているからか、古さは感じないです。
 犯罪者だけれども憎めない3人組、周囲を自分のペースに巻き込んでいく老婦人、冷静に事件を分析する本部長、徐々に成長していくとしの子供たち、テレビ・ラジオを通じたやりとりに騒然とする世間一般……。
 ユーモアたっぷり。何度読んでも楽しめます。


 
 
 
 
2015年03月07日
鈴木三重吉
『古事記物語』Kindle

 天と地とができあがると、天の上の高天原(たかまのはら)というところに天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とおっしゃる神さまがお生まれになりました。それからつぎつぎと神さまがお生まれになった後に、伊弉諾神(いざなぎのかみ)と伊弉冉神(いざなみのかみ)とおっしゃる男神女神がお生まれになりました。
 おふたりは、天御中主神にいただいた矛でもって、まだ固まっていない地をかきまわし、豊葦原水穂国などをおこしらえになりました。
 そののち、こんどはおおぜいの神さまをお生みになりました。伊弉冉神は、おしまいに火の神をお生みになるときに、おからだにおやけどをなすって、そのためにおかくれになりました。
 伊弉諾神は、もう一度女神に会いたくおぼしめして、黄泉の国までお出かけになりました。ですが、伊弉冉神は変わり果てた姿になっていました。
 黄泉の国のものたちから遁げのびた伊弉諾神は、きれいな川で、おからだについたけがれをお洗いになりました。おからだを清めるたびに神さまがお生まれになり、しまいに、天照大神(あまてらすおおかみ)と月読命(つくよみのみこと)と建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)がお生まれになりました。
 伊弉諾神は、天照大神には高天原を、月読命には夜の国を、須佐之男命には大海の上を治めるようにお言いわたしになりました。
 ところが須佐之男命は、おとうさまのお言いつけをお聞きにならないで、いつまでたっても大海を治めようとしないばかりか、悪さをするばかり。神々はみんなで相談して、下界へ追いくだしてしまいました。

 須佐之男命の八代目のお孫さまのお子さまに、大国主神(おおくにぬしのかみ)とおっしゃるりっぱな神さまがお生まれになりました。大国主神は、だんだんに国を作り開いておゆきになりました。
 高天原から下界を見た天照大神は、豊葦原水穂国は、私たちの子孫が治めるはずの国であるとおっしゃりました。そして、使者を大国主神のもとに遣わしました。
 そのことを聞いた大国主神は、りっぱな御殿をいただくかわりに、国を大神のお子さまにさしあげることにしました。
 そこで天照大神は、お孫さまである日子番能邇邇芸命(ひこほのににぎのみこと)を、下界の中つ国におくだしになりました。
 邇邇芸命のお孫さまのお子さまの神倭伊波礼毘古命(かんやまといわれひこのみこと)は、さまざまの荒びる神どもをなつけて従わせ、刃向かうものをどんどん攻め亡ぼして、とうとう天下をお平らげになりました。それでいよいよ大和の橿原宮で、われわれの一番最初の天皇のお位におつきになりました。神武天皇とはすなわち、この貴い伊波礼毘古命のことを申しあげるのです。

 以上で、だいたい三分の一。
 日本最古の歴史書(だけどほぼ神話)の『古事記』を口語訳したもの。発表されたのが戦前なので、口語訳といっても少々古めかしいです。古めかしいですが、子供向けなので、読みやすいと思います。
 それと、エピソードがかなり削られてます。再読だったので気がつきましたが、初読だったら、そういうものだと思ったかもしれません。そのくらい自然。
 とりあえず一度くらいは読んでおきたい、という目的の読書にはいいかも。


 
 
 
 

2015年03月11日
横山秀夫
『震度0(ゼロ)朝日新聞社

 1995年1月17日。
 椎野勝巳はN県警本部長。単身赴任中だ。早朝、家族からの電話で、近畿地方で大きな地震があったことを知った。N県は700kmほど離れているが、こちらも揺れたらしい。
 警察専用の電話が鳴り、地震の報告だろうとあたりをつけたものの、相手は無言。不安を感じた椎野は、警務課長の不破義仁に連絡をとろうとするが……。
 警務部長の冬木優一は、椎野から、不破の不在を知らされる。
 不破は、N県警生え抜きのノンキャリア。県警の事情に精通しており、人望も厚い。春の人事異動で、重要ポストに抜擢する腹づもりだった。
 冬木が警務課長官舎に電話を入れると、対応した夫人は、ゆうべから戻っていないという。
 そのころ刑事部長の藤巻昭宣は、ホステス殺しの容疑者・三沢徹を追っていた。行方をくらましていた三沢が、大手市郊外のスポーツ公園駐車場にいたらしいのだ。捜査員が投入されるが、その過程で、東山市の路上に不審な車が発見される。
 車の持ち主は、不破義仁だった。
 県警本部では、8時から会議が開かれた。
 大地震の応対を受け持つのは、警備部長の堀川公雄。会議の出席者は、椎野本部長、冬木警務部長、藤巻刑事部長、倉本生活安全部長、間宮交通部長。議事進行役である不破警務課長の姿はない。
 会議の席で、不破の失踪が報告された。秘密裏に捜索することになるが、刑事部と警務部の主導権争いが表面化してしまう。
 不破は、事件に巻き込まれたのか?

 会議に出席した面々の視点から、事件が書かれていきます。
 椎野と冬木は警察庁キャリア。ただ、すでに将来が見えている椎野と、長官候補である冬木には温度差があります。実は椎野は、あることを必死に隠そうとしています。
 藤巻、倉本、間宮は、地元ノンキャリア。藤巻は冬木と対立しています。倉本と間宮は同期。ただ、肩書きが同列ではないため、ちょっとした確執があります。
 堀川は、警察庁の準キャリア。哀しい過去を背負ってます。不破の失踪事件を、一歩引いたところから見てます。
 それぞれの夫人たちも、思惑を持って行動します。

 とにかく登場人物が多いです。把握するまでが大変でした。そこをクリアできると、徐々に明らかになっていく過程が楽しめます。
 背景に阪神淡路大震災がありますが、そちらはあくまで背景。ですが、効果的に使われているな、と思いました。
 ただ、現実感はないです。そのくらいがちょうどいいのかもしれませんね。


 
 
 
 

2015年03月22日
ロイス・マクマスター・ビジョルド(鍛冶靖子/訳)
『チャリオンの影』上下巻/創元推理文庫

 ルーペ・ディ・カザリルは、かつてチャリオンの荘侯だった。戦争捕虜となり、ガレー船の奴隷となり、今や無一文の身。
 カザリルが頼ったのは、ヴァレンダの町に暮らすバオシア藩太后。藩侯の小姓としてかわいがられた時期があったのだ。
 そのころヴァレンダには、藩太后の娘にして未亡人の国太后イスタと、その子供たち、国姫イセーレと国子テイデスが滞在していた。
 カザリルは藩太后から、国姫イセーレの教育係兼家令を頼まれる。イセーレは利発なものの活発すぎて、女教師たちはお手上げ状態だったのだ。
 間もなくイセーレとテイデスに、カルデゴスの宮廷に出仕する命が下された。ふたりの異母兄オリコ国主は、ついに世継ぎを諦めたらしい。
 カザリルはイセーレに付き従ってカルデゴスへと向かうが、宮廷で権力を握っているのはジロナル宰相とその弟ドンド。ドンドこそ、カザリルが奴隷として売られるに至った元凶だった。
 イセーレもドンドの素地を見抜くが、国主オリコは一方的に、イセーレとドンドの婚約を決めてしまう。式は三日後。イセーレの嘆き悲しむさまにカザリルは、ドンド殺害を決意するが……。

 《五神教》シリーズ三部作の一作目(二作目は『影の棲む城』)。
 人々は四季を司る、姫神、母神、御子神、父神と、庶子神とを崇めています。それらの神々は実際に存在しているのですが、意思を汲み取ることは聖者にさえ至難の業。神々もまた、人間世界に直接関与することはできません。  実はチャリオン王家は、呪詛に絡めとられています。カザリルが仕えるイセーレも例外でなく。カザリルはイセーレのために、さまざまな困難に立ち向かって行きます。
 ただ、ちいっとばかしくたびれているので、それがアクセントになってます。
 何度となく読んでいると、ちょっとした行動や会話が、後々につながっていっていることに改めて気づかされます。


 
 
 
 
2015年03月29日
加藤 廣
『信長の棺』日本経済新聞社

 太田信定は、織田信長に仕えていた。若かりしころは弓衆として鳴らしていたが、齡50を過ぎ、今では事務方を司る裏方役に徹している。
 ある日信定は信長に呼ばれ、箱を5つ、内密に預かった。
 上洛する前日のこと。知らせを待って京に持参せよとの仰せだったが、安土城に舞い込んだ知らせは、信長からではなかった。
 明智光秀が謀反を起こしたというのだ。
 安土城は戦向きの城ではない。信定は、あの箱と共に脱出する。なんとか無事に隠しおおせたものの、自身は捕らえられてしまった。
 数ヶ月後、助け出された信定が引き合わされた男は、秀吉だった。信定は名前を牛一と改め、秀吉に仕えることとなった。
 本能寺の変から14年。
 牛一は大阪は天満に、隠居の身となっていた。頭の中にあるのは、かつての主君・信長のこと。ついに『信長記』の執筆に取り組める環境が整ったのだ。しかし、秀吉の威光を恐れ、関係者の口は重い。
 牛一は、信長の遺骸が見つかっていないという謎に挑もうとするが……。

 「信長公記」の作者である太田牛一を主人公に、本能寺の変の謎を追う歴史ミステリ……と言いたいところですが、ちょこちょこと脱線してます。書き慣れてはいるけれど、時代小説としては違和感を感じることがあり、調べてみると、作者の加藤氏はビジネス書を手がけていた人物で、小説は本書がデビュー作だそうです。はじめての小説だったら、こんなものなのかな、と。
 戦国武将やその周辺に関する予備知識が、多少は必要になると思います。その一方、知識がありすぎると面白さが半減するようです。新解釈と言っていいのか、妄想と呼ぶべきなのか。


 
 
 
 

2015年04月04日
フィリップ・K・ディック(山形浩生/訳)
『ヴァリス[新訳版]』ハヤカワ文庫SF1959

 ホースラヴァー・ファットは、SF作家。いつも人を助けたいと思っている。しかし、友人グロリアを助けることはできず、グロリアは自殺してしまった。
 落ち込んだファットは、麻薬におぼれ、精神を病んでいく。
 それから3年。ピンク色の光線を頭に照射されたファットは、息子の病気についての知識を得た。さながら神の啓示のようだった。
 以来ファットは、宇宙と神に関して独自の理論を展開し、友人たちと神学論争にふけっていく。
 ある日ファットは友人のケヴィンに、映画鑑賞にさそわれた。連れて行かれたのは、SF映画「ヴァリス」。主演は、ロック・スターのエリック・ランプトン。
 ケヴィンは、映画でも音楽でも変な趣味をしている。ファットは乗り気になれないが、映画を観てびっくり仰天。スクリーンで展開されている神秘体験が、自分とまったく同じだったのだ。
 ファットは仲間たちと共に、ランプトンに会いにいくが……。

 《ヴァリス》三部作の一作目。
 超難解といわれた創元SF文庫版(大滝啓裕/訳)の『ヴァリス』の新訳版。時代にも合わせて、随分と読みやすくなったらしいです。(旧『ヴァリス』未読のため、伝聞ですが)

 主人公は、ファット。一人称で展開していきます。ただし〈ぼく〉というのはファットではなく、作者ディックのこと。
 ディックはファットのことを〈あいつ〉と形容しますが、実は同一人物。序盤で、そのことの説明はなされます。
 ディックとファットの関係は、ディックが昔の自分(ファット)のことを客観的に見ている、と思わせておいて実は……というおもしろさがあります。

 SF映画「ヴァリス」が登場するのが中盤。そこまでたどりつければ、あとは楽に読み切れます。おもしろさも感じられると思います。
 そのおもしろさを感じられるところまで、何度、脱落しそうになったことか。とにもかくにも、読み切れてよかったです。


 
 
 
 
2015年04月11日
N・K・ジェミシン(佐田千織/訳)
『世界樹の影の都』
ハヤカワ文庫FT

 『空の都の神々は』続編。
 世界は〈三神〉によって創られた。闇の神ナハドと、光の神イテンパス、そして黄昏の女神エネファによって。
 秩序を重んじ変化を嫌うイテンパスは、変わっていくナハドとエネファを受け入れることができなかった。その結果、エネファを殺し、ナハドを人間の体に封じ込めて、アラメリ一族に与えた。
 イテンパスは、アラメリ一族を通じて〈十万王国〉を支配してきたが、ついに破れる日がやってくる。ナハドと、復活したエネファによって倒されたイテンパスは、人間の体に封じ込められて、人間たちの世界を彷徨うこととなった。
 それから10年。
 オリー・ショースは、盲目の芸術家。〈世界樹〉の下に広がるシャドーで、露天に店を出している。扱うのは、観光客向けのちょっとした品物。
 オリーには、魔法を見ることができた。魔法そのものである子神たちや、魔法の言葉、魔法の残滓なども。ところが、路地でうずくまる子神を見つけたときには、いつもと違っていた。まぶしく輝いているはずが、かすかなにじみが感じられるばかり。子神は死んでいたのだ。
 神の死体が発見され、世間は大騒ぎ。オリーの元には〈イテンパス教団〉の神官リマーンが尋問にやってくる。オリーは地元民ゆえの知恵で乗り切ろうとするが、リマーンの追及は、一般人に対するものではなかった。オリーは、違法な魔力を持っていると疑われていたのだ。
 窮地に立たされたオリーを助けたのは、シャイニーだった。
 シャイニーは、三ヶ月前からオリーの家に居候している、謎の男。行き倒れていたところを助けてやった、子神らしき者。自分の名前さえ明かさず、オリーは彼を、朝日を浴びているときの輝きから、シャイニーと名付けていた。
 シャイニーは、リマーンに連行されてしまう。オリーは、かつて恋人でもあった子神マディングに助けを求めるが……。

 オリーの一人称物語。
 オリーは盲目故の感性の持ち主で、独特な雰囲気がありました。
 だいたいの事件は時系列になっていますが、途中、解説のような語りが入ったり、思い出話が挿入されたりします。それがまた読みづらい。けれど、最後の最後で、どうしてそういう書き方をされていたのか、ストンと分かります。
 世界設定は『空の都の神々は』と同じ。前作を読んでいると理解しやすいです。ところが、前作を読んでいると、謎めいて書かれていることが簡単に推測できてしまう。無知な状態で読んでみたかったなぁ、と。 
 それだけが残念。

 
 

 
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