天正19年。
隠遁生活を送っていた葛籠重蔵の元に、下柘植次郎左衛門が尋ねてくる。かつて、重蔵は伊賀忍者、次郎左衛門はその師匠だった。
10年前、織田信長による伊賀侵攻があった。信長は、伊賀の者たちを全滅させる腹づもり。女も子供も例外はない。
重蔵は生き延びたものの、両親は殺され、妹は自害して果てた。重蔵に残されたのは、信長への復讐心。復讐こそが生きる目標となった。
ところが信長は、本能寺の変であっけなく死んでしまう。
そのとき重蔵は生き甲斐を失った。
次郎左衛門の目的は、重蔵を仕事に復帰させること。依頼人は、堺商人の今井宗久。仕事とは、天下人・豊臣秀吉の暗殺だった。
実は、この任務には風間五平が当っていた。五平は重蔵の兄弟弟子。その五平が伊賀を裏切り、行方をくらましたのだ。
秀吉は、いわば信長の後継者。重蔵は秀吉暗殺を請け負い、五平の捜索も引き受ける。
まず向かったのは、宗久の使いの者が待つという奈良。
重蔵は、小萩という謎めいた女に出会った。くノ一ではないかと疑うが、小萩は、宗久の使いの者へと導く案内人だという。
ところが、小萩が去った後に重蔵が宗久の使いの者に会うと、案内人は男だと告げられる。情報が漏れていたのだ。本物の案内人は事切れていた。
重蔵は関係者を殺害し、直に宗久と面会しようとする。堺の屋敷に忍び込むが、そこには思いもかけない人物がいた。
小萩だ。
小萩は、宗久の養女。石田三成の紹介で、元はと言えば、すでに亡んださる名家の姫だという。
小萩は、敵なのか、味方なのか。
重蔵は小萩に惹かれるが……。
直木賞受賞作。
目的のために手段を選ばない忍者たち、くノ一の自分をも欺かねばならない生き様、荒唐無稽ではあるけれど行き過ぎてない点など、とにかく引き込まれます。さすがに、うまい。
けど、どうにも気になってしまうところはあって、そのあたりが評価の分かれ目なのかな、と。
重蔵が、暗殺決行を来年と決めたすぐそばで、秀吉がそれよりも長く生きることを補足する必要はあったのか。物語のまとめに入ったところで、一貫した文体を捨ててあとがきのような書き方にしたのはなぜなのか。
ちょっと、癖のある作家だな、と。
アティカス・オサリヴァンは、ドルイド。
アメリカのアリゾナで、自分の店を持っている。売っているのは、インチキな魔法の本やハーブなどなど。
アリゾナのいいところは、神口密度の少なさ。ダーナ神族の血を引くフェイやシーはほぼ存在しない。なにしろアティカスは、アンガス・オーグに追われる身なのだから。
アンガス・オーグは、ダーナ神族のひとり。
はるかな上代。
アイルランド王コンは、ダーナ神族の長腕のルーから魔法の剣を授けられた。無敵のフラガラッハ、〈応えるもの(アンサラー)〉を。武力によって、アイルランドに平和をもたらすために。
アティカスは、いつまでも人間社会を操ろうとするダーナ神族を苦々しく思っていた。そんなとき、チャンスが訪れる。マグ・レイナの戦いの最中、コンの手からフラガラッハが離れたのだ。
アティカスは目の前に落ちたフラガラッハをつかみ、姿を消した。以来2000年、アンガス・オーグは剣を取り返そうとし、アティカスは逃げ続けてきた。このごろは、逃げることに嫌気がさし始めている。
アリゾナに落ち着いて10年。
アティカスはモリガンの警告を受け取った。モリガンはダーナ神族だが、アンガス・オーグとの仲は決してよくはない。どうやらアンガス・オーグは、いよいよ本気で秘剣を奪いにくるらしい。
警戒するアティカスの前に現れたのは、ブレスだった。
ブレスは、ダーナ神族のかつての王。妻のブリードはアンガス・オーグの姉であり、ダーナ神族の最高位に就いている。
アティカスはフラガラッハでもってブレスを返り討ちにするが……。
アティカスはアイルランド人(本名はシーヤハン)で、何人かのダーナ神族が登場します。それだけでなく、他宗教の神々やら吸血鬼やら魔女たちもお目見え。
出色は、アイリッシュ・ウルフハウンドのオベロン。ちょっと野性的なアティカスの愛犬。思念を使ってですが、しゃべります。
とにかく、オベロンがいいです。思考回路はちと単純。そこがまた犬っぽい。マイブームは、チンギス・カン。夢は、フレンチプードルのハーレム。
オベロンの夢はかなうのか?
オベロンの物語が読みたいです。
サウル・ガラモンドは父親に反発し、しばらく家を留守にしていた。ようやく帰ったものの、声をかけることもなく自室に入り、寝入ってしまう。
明け方、警察官たちによって叩き起こされたサウルは、そのまま独房に直行。サウルが眠っている間に父親が転落死し、サウルは容疑者となっていた。
誰かに連絡することは許されず、悲しむ間もなく取り調べられるサウル。そんなサウルを助けに現れたのは、薄汚れて悪臭を放つ謎の男。
キング・ラットと名乗った男の正体は、ネズミ。サウルの亡くなった母親は、自分の妹なのだと言う。サウルは、ネズミの王族と人間とのハーフなのだ、と。
混乱するサウルだったが、キング・ラットに指摘されて、自身にネズミの血が流れていることを納得する。強靭な胃袋を持ち、残飯に舌堤をうつようになったのも出自がネズミだから。隠れ場所は、下水道。いつしか独特のにおいを発するようになるサウル。
解せないのは、ネズミたちの態度だった。キング・ラットに敬畏を表さないどころか、敵対しているようなのだ。サウルはキング・ラットを問いつめるが……。
一方、サウルの友人ナターシャ・カラディヤンの元には、ピートと名乗る男が現れていた。
ナターシャは、ドラムンベースに魅せられたアーティスト。さまざまな音源をサンプラーで再構築し、シーケンサーを用いて演奏する。
ナターシャは突然の来訪者を拒絶するが、ナターシャのビートに合わせるピートのフルートは素晴らしいの一言。一緒に音楽をつくることになるが……。
チャイナ・ミエヴィルの最初期の物語。
主人公のサウルがドブに暮らすネズミ(見た目は人間だけど)とあって、都市の見方や臭覚がふつうじゃない。クモの王アナンシや、鳥の王ロプロップなんて存在も登場します。
キング・ラット、アナンシ、ロプロップには共通の敵がいます。そいつを倒すためには、サウルのハーフとしての能力が必要不可欠。ただ、どうしても意見がまとまりません。
サウルとキング・ラットの関係は、あることをきっかけにして大きく様変わりします。それと、回想でのみ登場するサウルの父親の存在。結末のためだったのか、と。
ナターシャのパートと、サウルの物語がつながっていると判明した瞬間が、ちょっと衝撃でした。後で登場人物紹介を見たらネタバレになっていたので、そこは見ないで読み始めることをおすすめします。
南方仁は、東都大学附属病院の脳外科医局長。
当直医として病院につめていた晩、救急患者が運び込まれてきた。男に意識はなく、頭部には裂傷。腫瘍も見つかった。ただちに開頭手術がおこなわれる。
手術は成功したものの、翌日になっても男の意識が戻らない。ところが、夜になって姿が消えてしまった。
病院スタッフと手分けして、患者の行方を追う仁。6階踊場で見つけるが、もみ合いとなり、バランスを崩して階段を落ちてしまう。
落ちた先は、病院の5階ではなかった。
仁は、満天の星空のもと、土のにおいを嗅いでいた。樹木がうっそうと茂り、小川を流れる水は飲めそうなほど清らか。
人の気配に助けを求めるが、それは、斬り合いをしている侍たちだった。
飛び散る血は、まさしく本物。
仁のとっさの行動は、襲われている旗本・橘恭太郎を助ける結果となる。しかし、頭部を負傷した恭太郎は、そのまま意識を失ってしまった。
恭太郎は急性硬膜外血腫の可能性が高い。そう判断した仁は、緊急手術を決断する。
手元にある医療器具といえば、正体不明の男が持ち出そうとしていた救急医療用のパッキングのみ。仁は、電気メスの代わりに焼け火箸を、穿頭するために煮沸消毒したノミと金槌を使い、恭太郎の頭部から血腫を取り除くことに成功する。
回復した恭太郎とその家族に感謝された仁は、橘家に居候する身となった。
ときは、1862年。明治元年の6年前。
仁は、己の行動によって歴史が変わってしまうことを危惧するものの、目の前に病人がいると助けたい一心で治療を施していく。やがて、この時代で医師として生きる決心を固める。分け隔てなく、人々を救うために。
仁の現代医術は、多くの蘭方医の支持をとりつけるが、中には快く思わない者もいた。さらには、昔ながらの本道(漢方)の医師たちから警戒されてしまう。
仁は、自分ができることをしようと、医療に邁進するが……。
漫画です。
実在の人物が数多く登場します。
坂本龍馬や、勝海舟、沖田総司、西郷隆盛といった幕末の有名人たちの他、歌舞伎役者の澤村田之助、火消しの新門辰五郎、西洋医学所の緒方洪庵、シーボルトの娘・楠本いね、横綱の陣幕久五郎、などなど……。
物語の序盤は大雑把にいって、怪しまれる→治療する→感激される、の繰り返し。そこに妬みからの妨害が入ったり、恭太郎の妹・咲との関係があったり、青カビから天然ペニシリンを作り出したり、幕末ゆえの時代の流れが押し寄せたり。
とりわけ話題の多いのが、吉原の花魁・野風がかかわるエピソード。この物語を描くそもそものきっかけが、遊女たちを脅かす病の過酷さだったそうですから、さもありなん。
それと、親友となる坂本龍馬のこと。
分野ごとに専門家による監修がついていたり、かなり丁寧に描いている印象。登場人物の顔なども、残っている写真に似せているのがよく分かります。こういう、しっかりした物語はじっくりと読みたいところです。
ただ、終盤は、少し急いでしまったような……。
激流の時代なので仕方ないのかもしれませんが。
もしかして、有名なエピソードを無理矢理入れようとしたのかな、と。あるいは、仁と直接かかわらない事件はサラリと描こうとしたのかもしれません。
時間をかけて読む価値のある物語だったな、と思います。
《ジャック・フロスト警部》シリーズ第四作
ジャック・フロストは、デントン市警察の警部。だらしのない格好で、時間には頓着せず、デスクワークは大の苦手。下品な冗談を所構わず口にする中年男だ。
フロストは目下のところ長期休暇中。運のつきは、署長の煙草を失敬しようと署に立ち寄ったこと。そのときデントン署では、犯罪捜査部の高位の警察官を猛烈に必要としていたのだ。
パトリオット・ストリートで、ゴミ袋に入れられた死体が見つかっていた。すぐ近くにあったのは、行方不明になっている少年のガイ人形。
被害者は、7歳のボビー・カービィなのか?
現場の指揮をとるため、フロストは渋々ながらかけつける。
ゴミ袋の遺体は、ボビーではなかった。まだ捜索願の出されていない、謎の少年。ボビーは、まだ生きている可能性がある。
大規模にボビーの捜索が行われ、ボビーの代わりに、腐乱死体が発見された。
遺体は、レミー・ホクストン。軽犯罪を専門分野とする、前科者だ。何者かに殺されたらしい。
容疑者は、妻のマギー・ホクストン。レミーのサインを偽造して小切手を振り出していたのだ。しかし、マギーでない何者かが、レミーのクレジットカードを使っていたことが判明する。
人手不足から、休暇中にもかかわらずあらゆることを引き受けるフロスト。ここにきてデントン署は、臨時署員を迎えた。ジム・キャシディ警部代行を。
キャシディは以前、デントン署に務めていた。キャシディにはフロストに思うところがあり、フロストもそのことは分かっている。
キャシディの愛娘が轢き殺された事件があり、担当したのがフロストだった。フロストは、ろくすっぱ指揮も執らず、なんの成果も出せなかった。それどころか、目撃者の証言を握りつぶしていた。キャシディには忘れたくても忘れられない事件だ。
ふたりは、一緒に捜査に当たることになるが……。
今作もまた、事件が相次いで発生します。
ボビーの事件は、身代金の要求へと発展。それとは別の誘拐事件も発生。連続幼児刺傷事件、母子四人殺害事件、なんてのも。それぞれ、関連していたり、していなかったり。
このシリーズでは毎回、フロストと初対面の新任刑事が、フロストに反発してます。今作でその役割を担うのは、リズ・モード部長刑事。初の女性刑事です。
リズは、勝気でやる気満々だけど、ちょっと空回り気味。序盤は、少し嫌みなところもあるのですが、キャシディが登場すると、すごくいい娘に感じられるから不思議。
セクハラおやじのフロストは、リズに対しても容赦ないです。でも、女はダメだ、みたいな論調ではなかったように思います。そういうところが好感持てます。
《ブックマン秘史3》
19世紀末。
フランスでは、自動人形による〈静かなる議会〉が権力を掌握していた。対するイギリスを支配するのは、蜥蜴族(レ・レザール)のヴィクトリア女王。さらには、巨大機械トライポッドを操る勢力が出現し、欧州はますます混迷の度合いを深めていた。
スミスは、引退した英国諜報局スパイ。退職者のための居住地区セント・メアリー・ミード村に暮らしていたが、かつての同僚フォッグに復帰を促される。
フォッグは今では局長代理。局長のマイクロフト・ホームズが亡くなったのだという。そして、アリスも。
スミスは、フォッグのことを信じきることができない。しかし、恋人だったアリスの死の理由は知りたい。村からでて真相を追い始めるが……。
一方、現役スパイのルーシー・ウェステンラは、ある品の強奪作戦を指揮していた。それは、シオンの聖マリア教会にある。古代の遺物だというが、詳しいことは分からない。
混乱が生じたものの、ルーシーは目的のものを手に入れた。そして、マイクロフト・ホームズから個人的に待機を命じられる。その待機は英国諜報局とは無関係。フォッグも関知していない。
ルーシーは、指示を待たずに行動してしまうが……。
そしてまた、アメリカにいたハリー・フーディーニは、族長会議に呼ばれていた。ハリーは、ヨーロッパへと派遣されることを告げられる。目的地は、レ・レザールが支配する島。
ハリーは、何度となく死にながら、グレイト・ゲームに関わっていくが……。
三部作の完結編。
スミス、ルーシー、ハリーの3人の物語が、それぞれ展開していきます。同時代ゆえ、多少のつながりはありますが、ひとつに収斂していくことはありません。
最終的にひとつにまとまらない物語って、とても珍しい例だと思います。珍しいからって、すっきりしませんけど。
ちょこちょことおもしろいのに、全体的には忍耐の読書。読むのがつらかったです。相性がよくないのか、まだ読むべき時期ではなかったのか。
実在と架空の人物をこれでもかとつぎ込んで、まぁ、うまいこといってる人と、なんでわざわざその人にしたんだか不明な人と。気がつかなかった登場人物もたくさんいそうです。
後年、ある物語に触れたときに、このシリーズを思い出すことがあるかもしれません。そういう点では楽しみが増えました。
《暮れゆく地球の物語》の一冊。
数十億年の未来。太陽は輝きを失い赤く鈍く照りつけていた。この滅びゆく地球で活躍しているのは、貴公子や魔法使いたち。もはや科学は遺物でしかない。
多くのRPGの元ネタとなっている「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の元ネタのひとつが、このシリーズ。おもしろいとかおもしろくない、とかは度外視して読むべし、としか言いようがないものも入ってます。
「魔術師マジリアン」
魔術師のマジリアンは、魔法の槽で人間を造りだす試みを続けていた。しかし、どうやっても知性を吹き込むことができない。
そこでマジリアンは、ミールのトゥーリャンを捕まえ、脅迫によって手法を聞き出そうとする。だが、トゥーリャンの口は堅い。
マジリアンをいらだたせているのは、それだけではなかった。
マジリアンの庭園に、ときおり娘が現れていた。森に住んでいるらしい、愛くるしい娘。いつも、マジリアンの用意ができていないときに現れる。
マジリアンは、今日こそ娘を捕らえてやろうと準備を整え、意気揚々と出かけるが……。
マジリアンの準備は5つ。ファンダールの渦旋活殺の術、フェローヤンの二次金縛り、無敵火炎放射術、活力持続呪法、そして球状排撃術。
この世界では、魔術師が覚えられる呪文には限りがあり、使うと忘れてしまいます。それらの魔法をどのタイミングで使うのか。それが見所のひとつ。
もうひとつは、逃げる娘と追いかけるマジリアンの背景に広がっている大自然。庭園からちょっと森に入っただけですけどね。
「ミール城のトゥーリャン」
トゥーリャンは、魔法の槽で人間を造ろうとしては失敗し、独学に限界を感じ始めていた。幸い、パンドリュームの住む魔法の国エムブリオンへ行く方法を会得している。
パンドリュームは、あらゆる呪文、あらゆるまじない、占い、魔法の記号、そして、かつて宇宙を捏ねまわし形づくった魔法に通じている存在だ。パンドリュームに尋ねれば、なんでも答えてくれる。質問者が、要求された奉仕を果たすならば。
トゥーリャンがパンドリュームに命じられたのは、金髪の太守カンディーヴから、青い石の魔よけを奪ってくることだった。
トゥーリャンはパンドリュームによって、カイーンの都に送り届けられるが……。
時系列でいえば、「魔術師マジリアン」の前。こちらを先に読むとネタバレになってしまうため、このような並びになっているようです。また、この作品は、この後につづく物語ともつながりがあります。
「怒れる女ツサイス」
ツサイスは魔法の国エムブリオンで、パンドリュームによって生みだされた人造人間。まだ魔法の槽にいたころ脳にできてしまったひずみが原因で、あらゆるものが醜く感じられるようになってしまった。そのためツサイスは、生まれてこのかた、怒りとともに生きてきた。
ツサイスは、パンドリュームに申し出る。愛と美をみつけるため、地球に行きたい、と。願いは聞き届けられ、ツサイスは地球のアスコレイスへと送られた。
地球は、エムブリオンとはまるで違っていた。危険で満ちあふれている。
ツサイスを助けたのは、エタールという男だった。エタールは常に頭巾をかぶっている。というのも、魔女に顔を奪われ、代わりに悪魔の顔を与えられてしまったから。
ふたりは一緒に暮らし始めるが……。
序盤は、ツサイスの冒険物語。地球に行くきっかけは、前作「ミール城のトゥーリャン」での出来事。
地球に着いたツサイスは、怒れる女というより、おびえる女でした。なにしろ、何が善で何が悪か分かってない、ということを分かっているので、すばやい判断ができない。
そんなときにエタールと出会って、さまざまなことを学びます。主役はツサイスですが、物語を動かしているのはエタール。
パンドリュームがこの結末を知ったら、さぞ喜ぶことでしょう。
「無宿者ライアーン」
ライアーンは、青銅の飾り輪を手に入れた。どうやら頭飾りらしく、内側には、ごつごつとひねくれて判読しがたい文字が刻み込まれている。強力な古代ルーンの類だ。
ライアーンが試しに飾り輪を使ってみると、自分の姿が消えた。輪をくぐると姿を消すことができるのだ。
このすばらしい道具を手に入れて気が大きくなったライアーンは、サンバー草原へと向かった。草原に住みついた金髪の魔女リースが、たいへんな美人だと聞いたからだ。
早速ライアーンはリースを誘惑しようとするが、リースにはねつけられてしまう。リースが求めているのは、尽してくれる者だという。
リースの手元には、黄金のタペストリーがあった。タペストリーに描かれているのは、アリヴェンタの魔法の谷。無惨にも真二つに切り裂かれている。
失われた半分を握っているのが、情無用のチャン。タペストリーは、カイーンの北方の廃墟にある大理石の邸にかけられているらしい。
ライアーンは、失われた半分を持ってくるように頼まれる。かくして、カイーンへと向かうが……。
少し説明不足に思われるのですが、なんとも恐ろしい物語であることは確か。
「夢の冒険者ウラン・ドール」
金髪の太守カンディーヴは甥のウラン・ドールに、ある冒険を命じた。失われた都市アムプリダトビアに旅し、ロゴル・ドームドンフォルスの魔法を再発見することを。
ロゴル・ドームドンフォルスは、古今の学識と、火と光、重力と反重力の謎、超自然的な命数表、破壊と再生の学に通じていた。あらゆる労働から人を解放する巨大な機械を開発し、アムプリダトビアに君臨していた。
アムプリダトビアには、パンジウとカズダルという敵対する二代宗派があった。争いはいつまでも収まらず、腹を立てたロゴル・ドームドンフォルスは機械をとめると、それぞれの司祭に金属の牌をわたした。
ふたつあわせれば、それを成し遂げた者が権力をにぎることになる、と。そしてロゴル・ドームドンフォルスは姿を消した。
それでもふたりの司祭が協力し合うことはなかった。大戦争が勃発し、アムプリダトビアは滅んだ。
それから数千年。ロゴル・ドームドンフォルスが伝説となって久しい。
ウラン・ドールは、アムプリダトビアに到着するが……。
二派はいまでも対立中。パンジウ教徒が着るのは緑色の服。一方のカズダル教徒は、灰色の服を着ています。彼らは敵陣営の人々が見えず、幽霊がいると思っています。
ウラン・ドールは外部の人間なので、どちらの姿も見られます。
力を合わせれば栄光のアムプリダトビアが復活するのに、愚かしいことです。それが現実というものなのでしょうね。
「スフェールの求道者ガイアル」
ガイアルは生まれながらの知りたがり。父親は、自分の手にあまる質問には、館主さまだけがご存知だ、としか答えられない。
成年に達したガイアルは、最後の質問を口にした。
館主さまとは何者なのか?
フェア・アクィラ山脈の彼方、アスコレイスの北方に、人間博物館があるという。伝説によれば、人間博物館をまもる館主は、森羅万象を知りつくしている。ただ、まだ在るものか、さだかではない。
ガイアルは、知識を求めて旅立つが……。
前半は紀行もの。その土地ごとに、さまざまな事件が発生します。
後半は、人間博物館でのこと。伝説の地ですが、博物館があっておしまい、ではありません。
最後のセリフに余韻が残ります。
メグ・フィンは14歳。母は亡く、継父とはうまくいってない。
ある夜、地元のゴロツキのベルチと共に、年金暮らしの老人のアパートに不法侵入。とんでもない事件に発展してしまう。
ベルチ・ブレナンは、愛犬ラプターを連れていた。家主のラウリー・マッコールに気がつかれたとき、ラプターは、ラウリーのふくらはぎにガブリ。
なにしろラプターは闘犬だ。本気で噛み付いたらタダではすまないし、一度狙った獲物は簡単には放さない。メグはやめさせようとするが、ベルチはどこ吹く風。
慌てたメグは、ラウリーが持ち出したショットガンを奪って、ベルチを脅かす。それでラプターをやめさせることはできたが、ショットガンをベルチに取り上げられ、今度は自分が窮地に。
アパートを飛び出したものの、逃げた先は行き止まり。ベルチが行った威嚇発射のせいで、ガス爆発が発生。
ふたりと一匹は死んでしまった。
不良少女のメグは、本来なら地獄に行くところだった。ところが、最後の最後、ラウリーの命を救おうとした善行により、宙ぶらりんの状態になってしまう。天国に入るには善行が足りないが、地獄に行くほどには悪くない。
メグは人間界に戻ってきた。
そのときラウリーは、記憶に苛まれていた。猟犬に襲われてから2年。あのとき、自分は死ぬんだと思った。それから、人生にたいする興味を失ってしまった。思い出されるのは、自分が失敗をおかした場面ばかり。
メグがやってきたのは、そんなときだった。
メグは、ラウリーを手助けすることでポイントを稼ぎ、天国に行きたい。ラウリーは、人生最大の失敗をやり直したい。ふたりの思惑は見事に一致するが、心臓を患っているラウリーに残された時間は短い。
ふたりは早速、行動に移すが……。
一方のベルチは、爆発の衝撃で、ラプターと一体となっていた。その状態で地獄まで一直線。
実は、魔王サタンが欲しているのは、ベルチではなくメグの魂。メグの魂を地獄に招待するため、ベルチは人間界に送り返される。そもそものはじまりの場所、すべてが終わった場所へ。
ベルチの任務は、メグの魂を悪い方に傾けさせること。しかし、ふたりは出かけた後。ベルチは行方を探すが……。
児童書です。
メグは、小生意気で反抗的。考えもなしにしゃべって人を傷つけるタイプ。そのせいか、年齢よりも幼く感じます。
そもそもの出発点。ベルチと悪事を働くことになった理由。メグがなかなか語ろうとしない継父とのことが明らかになったとき、そちらの疑問も解決します。
さすがにうまいです、コルファー。
メグとラウリーとかお互いに理解していく過程やら、ラウリーがやり直したい人生最大の失敗(4つあります)やら、とにかく読ませます。歳をとっても、幽霊になっても、人は成長できるんだなぁ、と。
悪魔のベルゼブブが聖ペテロと携帯電話でやりとりしたり、日本人プログラマーが、専門用語で悪魔を煙に巻いてたり、ユーモアもたっぷり。
ただ、やはり児童書。
泣けますが、物足りなくもありました。
フリアは修復家。絵画や家具や古い装丁本を手がけている。
友人で画廊のオーナー、メンチュ・ローチから頼まれたのは、オークションにかける絵画の修復。預かったのは、ピーテル・ファン・ハイスの「チェスの勝負」。ファン・ハイスは、15世紀のフランドル派の巨匠だ。
フリアがエックス線で「チェスの勝負」を撮影すると、絵の具の下には文字が書かれていた。
"QUIS NECAVIT EQUITEM."
誰が騎士を殺害したのか?
この隠し文字のことを公表し、それにまつわる事情を添えられれば、絵の値段が跳ね上がるのは間違いない。メンチュは儲けるために、フリアは好奇心から、絵の謎を解こうとする。
絵画には3人のモデルが描かれていた。チェスをしているフェルナン・オスタンブール公爵と騎士ロジェ・ダラス。そして、公爵夫人のベアトリスだ。
実はロジェ・ダラスは、絵が描かれた2年前に暗殺されている。犯人は分からずじまい。
ファン・ハイスは誰を告発しようとしたのか?
調査を進める中、殺人事件が発生する。
美術史家のアルバロ・オルテガが何者かに殺されたのだ。しかも、殺されたにもかかわらず、フリアが頼んでいた資料が送られてきた。
誰がアルバロを殺し、資料を送ってきたのか?
フリアは、親しい古美術商セサルと、チェスプレイヤーのムニョスの協力を得て、調査を開始するが……。
ファン・ハイスの告発は、ムニョスが、絵画の中に描かれたチェスの盤面からさし手を遡ることで、だいたい判明します。「誰が騎士を殺害したのか」はつまり「黒のどの駒が、白のナイトを取ったのか」ということだ、というわけで。
このムニョスという人物が、いい味を出してます。チェスを前にすると風貌が変わる、といった天才肌。勝負が見えると試合を放棄してしまうので、実は、勝ったことがない。
セサルは、フリアの後見人のような存在。フリアは父親のように慕ってますが、ゲイです。
なんでも、チェスが出てきたところで脱落する人が少なくないんだとか。それほど掘り下げて書かれているわけではありませんが、ルールを知らないまま読むのは厳しそう。
個人的には、チェスより、フリアの喫煙が気になりました。
喫煙は個人の自由ですが、人様から預かってる絵画の前でもおかまいなし。仕事中(修復中)でも灰皿がいっぱいになるくらい吸いまくる。ヤニがつく以前に、オリジナル溶剤の材料にしたアセトンは火気厳禁でしょうに。
結末も、美術品への敬畏に欠けてるように思います。
残念な読後感が残ってしまいました。
2015年06月06日
宇宙生命SF傑作選(中村 融/編)
リチャード・マッケナ/ジェイムズ・H・シュミッツ/ポール・アンダースン/ロバート・F・ヤング/ジャック・ヴァンス/A・E・ヴァン・ヴォークト
(中村 融/浅倉久志/深町眞理子/訳)
『黒い破壊者』創元SF文庫
動物やら植物やら、地球のものではない生命体と人類との関わりをテーマにした作品集。半世紀ほど昔の物語なので、新しさはないです。
これらの物語群から影響を受けて、いろんな作品が書かれていると思います。作者が公言しているものもあれば、評論家などが指摘しているもの、読んでいて「もしかして…」と感じられるもの。
新しさはありませんが、古くもないです。
リチャード・マッケナ(中村 融/訳)
「狩人よ、故郷に帰れ」
モーディン人たちは、惑星フィトを自分たちの恐獣狩猟区にしようとしていた。駆除用植物ザナシスを使って土着植物を排除し、惑星モーディンと同じ環境に作り替える計画だ。
モーディンの男は、恐るべきグレート・ラッセル恐獣を単身で狩ることによって、はじめて成人と認められる。ところが、人口は増えるのにグレート・ラッセルは減り続ける一方。もはや、財力がなければ大人になることもできない。
ロイ・クレイグもそのうちのひとり。
惑星フィトは、ロイのような半人前にとって生きる希望だった。しかし、30年たっても進展がない。このままではフィトに負けてしまう。
ついにモーディン人たちは、非合法な手段を用いることを決める。彼らを指導していたベルコンティ人バイオ技術者たちは大反対するが……。
ロイはとてもいい人なのですが、半人前だと思い込んでいて、まるで子供のようなところがあります。ベルコンティ人のミドリ・ブレイクに恋しているけれど、半人前だから資格がないと尻込みしてる。
ミドリは、フィトを守ろうとします。
植物のように、静かな物語でした。
ジェイムズ・H・シュミッツ(中村 融/訳)
「おじいちゃん」
コードは植民学校の下級生。目下のところ、本拠地はヨガー湾植民ステーションだ。
評議員が視察にくることになり、コードは案内役のひとりとして選ばれた。沼地を渡るために使うのは、巨大な睡蓮の葉のような植物動物。
それらは、水面を移動するのに威力を発揮する。自分では動かず低速だが、輸送手段としてつかえる。なかでも〈おじいちゃん〉と名付けられた個体は、大きさの点で群を抜いていた。
評議員の案内にも〈おじいちゃん〉が活用された。ところが、その日の〈おじいちゃん〉はいつもと様子が違っていた。コードはいぶかしむが……。
コードは好奇心旺盛で、そのために追い出される寸前。評議員にいい印象を与えて点数を稼ごうとしています。なので、ちょっと〈おじいちゃん〉がおかしいからって強く出られない。
不穏な空気から、予測がつくような展開が待ってます。
知っているつもりで、知らなかった、と。
ポール・アンダースン(浅倉久志/訳)
「キリエ」
エロイーズ・ワゴナーはテレパスだった。御者座生物と意思を通じ合える数少ない存在だ。
エロイーズは、射手座超新星探検隊に引っ張りだされていた。目的は、新しい知識を得ること。探検隊には、50人の人間と、ひとつの炎が参加している。御者座生物だ。
エロイーズは御者座生物のルシファーと交信によって一体化するが……。
宇宙生物ものだけど、時間テーマにも思えるし、超能力者ものにも分類できる。いろんな要素が短い中に同居しています。
ロバート・F・ヤング(深町眞理子/訳)
「妖精の棲む樹」
鯨座オミクロン星第十八惑星では、長年、巨大な樹の根元に集落がつくられていた。今日では、それらはことごとく放棄され、ほとんどの樹が枯死している。
唯一まだ生きている大樹も、伐採されることが決まった。樹は高さ千フィートにも達する。この先、なにかが起こって集落に倒れてきたら危険だからだ。
ストロングは雇われた樹木技員。樹を登り、枝を切り落としていく。樹液は血のように赤く、ストロングを怖じけさせる。
ストロングは樹の上で、少女を見かけた。注意を向けると消えてしまう。
少女は、樹に棲むという妖精なのか?
ジャック・ヴァンス(浅倉久志/訳)
「海への贈り物」
フレッチャーは、養殖鉱業社で働いていた。惑星サブリアの〈浅海〉での資源採取を担当している。
ある日、同僚のカール・レイトが行方不明になってしまう。レイトの姿は、事務室にも処理工場にも、養殖棚にもない。
海に落ちてしまったのか。
監督者となったフレッチャーは、操業を続けさせる傍ら、レイトを探す。そんなとき、不自然で奇妙なロープが発見された。フレッチャーは足首をつかまれ、海にひきずり込まれそうになる。
なんとか逃げ延びたフレッチャーが海を見ると、そこには海洋生物デカブラックの姿があった。
フレッチャーはデカブラックについて調べるが、データは不自然に消去された後。フレッチャーは、かつての同僚クリスタルに疑惑を抱き、連絡をとるが……。
ファーストコンタクトもの。
A・E・ヴァン・ヴォークト(中村 融/訳)
「黒い破壊者」
ケアルは飢餓状態にあった。生存に必須の特殊原形質(イド)がどこかに存在する気配すらない。もはや餌になるイド生物は、一匹も残っていないのだ。
そんなときだった。岩を砕く金属製のどっしりしたものが降りてきたのは。ケアルは、二本脚の生き物を目撃する。イド生物だった。
ケアルには過去の経験がある。すぐに襲うことはせず、理性的に考えた。彼らは、ほかの星からきた科学調査隊だ。奸智がよみがえり、ケアルは機会をうかがった。
一方、調査隊のハル・モートン隊長は、専門家たちに仕事を割り振っていた。ふいに現れた、大きな猫のような動物についても考えをめぐらせるが……。
ヴォークトのSFデビュー作。のちに書き改められて、長編『宇宙船ビーグル号』の一部となりました。やはり、最初に書かれた通りの短編の姿の方が、破壊力があるように思います。
ケアルと人間たちの知恵くらべが展開されていきます。ケアルには人間にはない能力がありますし、人間側には機械や知識がある。視点を交互に切り替えていくことで、臨場感が醸し出されているように思います。