《居眠り磐音江戸双紙》シリーズ19
坂崎磐音(いわね)は、元・豊後関前藩士。今では、江戸は六間堀町の裏長屋、金兵衛長屋に暮らす浪人の身。
佐々木道場の改築も終わり、新しい〈尚武館〉道場の道場開きとして記念の大試合が開催されることになった。門弟ばかりでなく、江戸で名のある剣術道場から師範や高弟を招き、対抗試合を開催する。磐音は世話役として、準備に大わらわ。
そんな折、道場主の佐々木玲圓から思いも寄らない申し出を受ける。
玲圓も齡54。跡継ぎはなく、自分の代で佐々木家を終える覚悟でいた。だが、立派な道場ができたことで心が揺れた。しかるべき者に継がせたい。玲圓は、磐音を養子にと望んだのだ。
磐音は辞退するが、玲圓に諭される。磐音は、おこんと所帯をもった後のことをまったく考えていなかった。どこで暮らすのか、なにで生計を立てるのか、剣を捨てられるのか。
思い悩む磐音の前に刺客が現れる。気がつくのが遅れた磐音は、撃退したものの深手を負ってしまった。なんとか今津屋にまでたどり着くが……。
今作は、火事騒動とか殺人事件とか悪人の逃亡とか、ちょこちょことした事件はありますが、だいたい尚武館道場での大試合と磐音の大けがの話題。
シリーズで磐音が寝付くのって、初巻(『陽炎ノ辻』)で小林琴平と対決して以来。命は取り留めたものの、重傷で、そのまま今津屋で養生することになります。
それと、ふたつの祝言が具体的になってきます。ひとつは、奥医師の桂川国瑞と因幡鳥取藩の織田桜子。もうひとつは、師範の本多鐘四郎と西の丸御納戸組頭の娘お市。
肝心の磐音とおこんは、ちょっと遠のいたかも。(すでに『紅椿ノ谷』で非公式に夫婦になってるけど)
磐音はおこんの同意を得て、佐々木家の養子になることを決めます。でも、浪人なら婚姻相手は町娘でもいいけど、武家となるとそうもいかない。というわけで、おこんは、将軍御側衆の速水左近の養女になることが決まります。
左近にとって、磐音と縁続きになるメリットは計り知れないものがあると思います。ただし、作中、そういう話はありません。この、あまり突っ込んだことは書かないサッパリ感が、読みやすさなのかもしれませんね。
《居眠り磐音江戸双紙》シリーズ20
坂崎磐音(いわね)は、元・豊後関前藩士。今では、江戸は六間堀町の裏長屋、金兵衛長屋に暮らす浪人の身。
磐音は、剣術の師匠・佐々木玲圓の養子になることを決めた。国許の父、豊後関前藩国家老の坂崎正睦には、手紙で了承を得ている。
正睦からは、養子になる前に先祖に報告をするべく、帰国を促されてもいた。ちょうど藩の御用船が出航するところ。許嫁のおこんを伴って御用船に乗って欲しい、と。
磐音は、在府中の藩主福坂実高の許しを得るため、藩邸を訪れた。そこで組頭の中居半蔵から、故郷の様子を耳打ちされる。
豊後関前藩は財政危機に陥っていたが、物産所での直販の試みや、実高が率先して倹約に務めたこともあり、財政は好転した。莫大な借金も、当初の予定より早く完済できる見込み。ところが、ここにきて癒着がらみの不穏な動きが起こりつつあるらしい。
磐音の帰国には、墓参以外にも狙いがありそうなのだが……。
船旅の前に、刺客が送り込まれてきます。
磐音が襲われるのはよくあることなのですが、これまでとちょっと違うのは、執拗であるところ。しかも、事件を調べてくれていた同心の木下一郎太が、蟄居閉門の憂き目に遭ってしまいます。
明らかになった首謀者は、老中の田沼意次。
なお、今作で磐音は、足掛け6年に及ぶ深川六間堀の裏長屋暮らしに終止符を打ちます。深川鰻処宮戸川での仕事も辞して、心機一転。
このシリーズもなにやら変わっていきそうです。
《居眠り磐音江戸双紙》シリーズ21
坂崎磐音(いわね)は、元・豊後関前藩士。父は国家老の坂崎正睦。剣術の師匠・佐々木玲圓の養子になることが決まり、磐音は許嫁のおこんを伴って里帰りした。
豊後関前藩では財政が好転し、莫大な借金も、当初の予定より早く完済できる見込み。ところが、ここにきて藩内に不穏な動きが起こりつつあった。そのことは江戸を発つ前に耳にしていたが、到着早々、目の当たりにする。
豊後関前藩では上方屋が御用達商人として手堅く商いをしてきた。それが今では閑散とした有様。代わって勢いがあるのは、ここ数年で急速に力をつけてきた、中津屋。
中津屋は、藩の人事に口を出すほどの存在になっていた。
変化は、町人ばかりではない。中戸信綱道場も同様だった。
中戸道場は、磐音が在藩中に修行していたところ。信綱が身体を壊したこともあり、門弟は激減。振興の諸星十兵衛の道場に取って代わられていた。
正睦は、なんとかして今津屋の影響力を削ごうとする。
磐音も、中戸道場に変化をもたらすが……。
道場の一件で大きいのは、磐音にくっついてきた松平辰平の存在でしょう。辰平は佐々木道場の門弟で、武者修行したくして仕方がないお年頃。若くて明るくてお調子者で、ムードメーカーの役割も果たしてます。
そして、本作では、磐音とおこんの仮祝言が執り行われます。
それにしても、正睦の人を見る目のなさは壊滅的。選んだ人材がことごとく暗黒面に落ちて行っているように思われます。
磐音に代わって坂崎家の養子になる井筒遼次郎とやらはどうなのか、今から心配です。
《居眠り磐音江戸双紙》シリーズ22
坂崎磐音(いわね)は、元・豊後関前藩士。父は国家老の坂崎正睦。剣術の師匠・佐々木玲圓の養子になることが決まり、磐音は許嫁のおこんを伴って里帰りした。
実家で仮祝言をあげたふたりは、江戸に帰る前に博多に立ち寄ることになる。博多の大商人、箱崎屋次郎平から招かれたのだ。
豊後関前藩は財政改革の途次にある。箱崎屋の協力はぜひとも欲しいところ。藩政改革に取り組む正睦の立場もあり、箱崎屋の願いを無下には出来なかった。
博多に到着した磐音は、箱崎屋の末娘お杏の案内で散策に出る。そこで若侍と武家娘が、旅の武芸者たちに囲まれているところに遭遇。磐音はふたりを助けるが……。
一方江戸では、品川柳次郎が窮地に立たされていた。
品川家では、当主も嫡男も屋敷を出て女に走っていた。そんなときに、小普請組組頭からの呼び出しを受けてしまう。このままでは品川家は廃絶。拝領屋敷にも住めなくなる。
そんなころ柳次郎は、椎葉お有と再会した。
柳次郎とお有は、北割下水にて兄妹のようにして育った仲。椎葉家が学問所勤番組頭に出世し、麹町へと越して行ったのが9年前のこと。会うのはそれ以来だ。
お有も、悩みを抱えていた。縁談話があるが、お相手の御書院御番組頭八幡鉄之進は、三度も離縁している。しかもこの縁談には裏がある様子。
柳次郎は、自分の問題を棚上げしてお有を助けようとするが……。
磐音は、相変わらずな印象。
本書はなんといっても、品川柳次郎。
柳次郎は貧乏御家人の次男坊。これまで、父・清兵衛の話題は少しだけありましたが、兄・和一郎が何をしているのかは謎でした。それが、ふたりとも女に走っていたとは。
覚悟を決めた柳次郎は、今津屋の老分由蔵に、今後住む長屋について相談します。そこで意味ありげな態度をとる由蔵。やっぱりな結果につながります。
柳次郎は武家ですけれど、剣術はいまひとつ。貧乏で鍛錬する時間もないからだろうなぁ、と思い至りました。磐音と修羅場をくぐり抜けてきたために度胸がついていたのは幸いでした。
《居眠り磐音江戸双紙》シリーズ23
坂崎磐音(いわね)は、元・豊後関前藩士。剣術の師匠・佐々木玲圓の養子になることが決まり、磐音は許嫁のおこんを伴って里帰り中。
磐音が不在の江戸に、ひとつの知らせが舞い込んだ。島流しの刑を受けていた万両の大次郎が、島抜けをしたという。
発端は6年前。
内藤新宿の麹屋に押し込み強盗が入った。賊は手際よく千両箱を強奪し、風のように消えた。さらなる不幸は一味が去った後に起こる。
手足を縛られていた奉公人が、手足の縛めを解き、番屋へ走ろうとした。だが、転んで行灯を倒してしまう。たちまち火災となり、麹屋は全焼。主夫婦と番頭が焼死してしまう。
事件の調べは、南町奉行所与力の笹塚孫一が受け持った。笹塚が下手人と目星を付けたのは、万両の大次郎。証拠はない。
大次郎は別件でお縄となり、麹屋事件の取り調べも行われる。自白が期待されたが、大次郎が口を割ることはなかった。結局、三宅島への遠島で決着した。
その大次郎が島抜けし、江戸に向かっているという。
笹塚は、今度こそ大次郎の尻尾をつかもうとするが……。
序盤は、笹塚がひとりで物語をひっぱりますが、いまひとつ。どうも、出来事が羅列されているだけのような。そこに、品川柳次郎が入ってきて、少し変化します。
柳次郎も今では品川家当主。お有との仲も両家公認となり、前作『荒海ノ津』に続き大活躍。
磐音が登場するのは、物語も中盤に入ってから。
今作には、尚武館道場でのいろいろも書かれます。新年早々に道場破りがきたり、犬を飼うことになったり。磐音は正式に玲圓の跡取りになって、若先生などと呼ばれます。
めずらしく巻末に「あとがき」がついてました。まとまった文量で、内容は闘牛のこと。
磐音の対決シーンがいつもあっさりとしている理由が、よく分かりました。物語とはまったく関係ないのですが、今後、シリーズの読み方が変わりそうです。
2015年08月25日
L・スプレイグ・ディ・キャンブ(岡部宏之/訳)
『闇よ落ちるなかれ』ハヤカワ文庫SF256
マーティン・パッドウェイは、アメリカの考古学者。
イタリアを訪問中、 落雷のエネルギーによってタイムトラベルしてしまった。直前に耳にしていた、時間の幹を滑り落ちる現象を身をもって体験してしまったのだ。
時代は、ローマ帝国末期。
つたないラテン語で、パッドウェイは金貸しのシリア人トマススから、融資を引き出すことに成功する。担保なし、保証人なし、あるのは知識だけ。パッドウェイはトマススに、アラビア数字による計算法を教えることで、トマススの興味を引きつけたのだ。
パッドウェイはトマススの資金を元手に、ブドウ酒からブランデーを蒸留し、商売を始めた。事業は大成功。だが、喜んでばかりもいられない。
まもなく帝国は崩壊し、暗黒時代が到来する。
パッドウェイは、知識を広めるために活版印刷を発明し、通信事業にも着手する。東ゴート王国のテオダハド王を手助けし、闇を遠ざけようとするが……。
背景は非常に暗いです。文面はちょっとコミカル。
トマススが、大仰で、抜け目なく、お茶目で魅力的。テオダハド王が統治者には向いていないのが、有り有りと。そのテオダハド王を説得して、なんとか思いどおりに事を進めようと苦労するパットウェイ。おつかれさま。
8年前に(『闇よ落ちるなかれ』を)読んだときには、後半が気に入らなかったようですが、読み返してみると、おもしろいじゃないか、と。どうやら当時より、この物語を読むための素地が整っていたようです。
常々思います。読書はタイミングだと。
世界は、西側陣営(ウェス・ブロック)と東側陣営(ピープ・イースト)とに別れて対立していた。
ラーズ・パウダードライは、ウェス・ブロックの兵器ファッション・デザイナー。トランス状態に入っては、超次元空間から新兵器のデザインを持ち帰ってくる。
ラーズへの民衆の支持は絶大。唯一無二の存在として事業にも成功し、地位も富も恋人も手に入れている。だが、ラーズの心中は穏やかではいられなかった。
実は、すべてが欺瞞だった。
ウェス・ブロックとピープ・イーストは、密かに協定を結んでいるのだ。ラーズが霊感で得た兵器は、殺傷能力のない偽物。ウェス・ブロックは新型兵器を開発しては嘘の効果をスタジオ撮影し、もっともらしく発表しているだけ。
それはピープ・イーストも同じこと。
そんな最中、軌道上に正体不明の衛星が現れた。地球は、エイリアンから攻撃を受けてしまう。
これまでの自称兵器が役に立つはずもない。ラーズと、ピープ・イーストのデザイナー、リロ・トプチェフが協力して、究極兵器〈ザップ・ガン〉を得ようとするが……。
ちょっとした、ガジェットだの組織だの人物だのが、次から次へと登場します。
ラーズに情報提供するKACHは、惑星規模の民間警察組織。ピープ・イーストともつながりがあります。ラーズはトプチェフのことが気になっているのに、KACHは、ピンぼけ写真をくれるだけ。
ラーズとは直接は関わりませんが、兵器オタクのサーリイ・G・フェブスがアツイです。
フェブスは、新しいコンコモディー。コンコモディーとは、ウェス・ブロックの購買習慣の全体的な傾向を代表しうる存在であると保証された人間のこと。フェブスは知らないんですね、両陣営の裏取引のことを。 知らないうえで、あれこれ動きます。
書いた本人が「前半はまったく理解不能、後半はまぁまぁ」と評した作品。ディックを読み慣れていて好意を持っているならば、本作も楽しめること請け合い。そうでないなら、やめておいた方がいいかもしれません。
2015年08月29日
ジャスパー・T・スコット(幹 遙子/訳)
『最後の帝国艦隊』ハヤカワ文庫SF1998
イーサン・オルテインは、5Aランクの腕利きパイロット。密輸で生計を立てていたが、捕らえられ〈暗黒星域〉送りとなっていた。
銀河系辺境の〈暗黒星域〉は出入口がひとつきりの、犯罪者たちの流刑地。だが、星系間帝国(ISS)が宇宙戦争でやぶれると状況は一変。かろうじて生き残った人類が隠れ住む場所となった。
〈暗黒星域〉に立てこもった帝国軍が所有する艦艇は、わずかに五隻。率いているのは、超越公。彼らは〈暗黒星域〉の治安維持に当っているが、全域をカバーしきれずにいる。
戦争から10年。
イーサンは、副操縦士のアレイラ・ヴァストラと共に、チョーリス・ステーションに潜伏していた。10年前に釈放されていたが、今では、悪名高い犯罪王ブロンディに追われる日々。軽貨物船〈アトン〉の修理のため、資金提供を受けたのがきっかけだった。
イーサンは、パイロットとしての腕前を武器に、帝国軍に入隊することを決意する。その矢先、けんか別れしたアレイラがブロンディに捕まってしまった。
ブロンディの望みは、帝国軍の唯一の空母〈ヴァリアント〉に潜入し、破壊工作を行うこと。イーサンはアレイラを助けるため、ブロンディの要求を受け入れるが……。
序盤から、つっこみどころ満載。昔のスペオペを今風にやってみました、という印象。内容的には、スペオペに限らず、昔のものから最近のものまで、既存の物語を彷彿とさせつづけてくれます。
それらが許容できれば、それなりに楽しめそうです。
なお、ISSが戦った昆虫型異星人サイジアンは、登場しません。脅威として話題にのぼる他は、時代背景として説明されるのみ。基本的に、イーサン+帝国軍vsブロンディという物語になってます。
読んでいる最中に、これは大長編の序盤部分だ、と気がつきました……と思っていたら、大長編の出だし部分をぶったぎったところで終了。なんとも大胆な!
ジョン・ドミニク・ブラクストンは、10年前、最愛のテレサ・マリーを失った。
あのときドミニクがいたのは、コロンバン。会議に出席するためだった。そのころピッツバーグは、テロリストによって〈終末〉を迎えていた。
50万人の命と共に。テレサ・マリーもろとも。
それから10年。
ドミニクはクシュニク・グループで、シティ・アーカイブの調査アシスタントとして働いていた。
テレサを失った心の傷は、いまだ癒されていない。仕事のため、アーカイブに再現されたピッツバーグを訪れているが、自然とテレサとの思い出が湧き出てしまう。ドミニクは、ヘロインが手放せなくなっていた。
そんなころドミニクは、調査対象のハンナ・マッシーが殺されていたことをつきとめる。遺体となって発見されたハンナのデータには、不正に手を加えられた跡があった。何者かが、殺害を隠蔽しようとしたのだ。
ハンナの身になにが起こったのか?
詳しく調べようとするドミニクだったが、クシュニクにレポートを催促されてしまう。なにしろ調査を依頼しているのは保険会社だ。保険会社は、誰が彼女を殺したのかは気にかけない。気にかけるのは、殺されたという事実だけ。
釈然としないドミニク。
調査を続けようとするが、麻薬の過剰摂取で倒れてしまう。ドミニクはヘロインの薬物乱用を咎められ、懲役八年を言い渡された。ただし、矯正リハビリをこなせば別。
職を失ったドミニクは、更生プログラムに参加する。担当するのは、ティモシー・レノルズ医師。
ドミニクはティモシーから、思いも寄らない申し出を受けた。ある人物の仕事を請け負えば、更生プログラムからも解放してくれるというのだ。
その人物とは、セオドア・ウェイヴァリー。〈アドウェア〉を発明した大物だ。
ウェイヴァリーの望みは、娘のアルビオンを探し出すこと。
アルビオンもピッツバーグに暮らしていた。あるときまでは、アーカイブ上に存在していた。それが、ふいに消えてしまったのだと言う。
ドミニクは、アルビオンの行方を追うが……。
世の中は、電脳社会。
脳に装着した〈アドウェア〉によって、翻訳は即時に行われますし、調べごとも瞬時。仮想現実を、繰り返し繰り返し、時間を引き延ばして体験することも可能です。だから、10年たっても傷口は開いたまま。同情してしまいます。
便利な一方で、どぎつく進化した広告がどこまでも追ってきます。個人の嗜好だけでなく、会話、思考に合わせたポップアップは、リアルタイム。予告なしに、視野に現れます。
読み始めた当初は、これは傑作だと思ってました。
アーカイブでの調査は地道で、ほんのちょっとした糸口からアルビオンの足取りを掴んでいく過程は圧巻。
ところが、現実世界でも調査が始まると、なんだか違う方向に行ったな、と。隠されていた事実が悲惨すぎたせいかもしれません。
再読したら、結末を知っている上で読み返したら、また違った感想になるかもしれませんね。
2015年09月06日
18の奇妙な物語(中村 融/編)
(宮脇孝雄/中村融/深町眞理子/山田順子/浅倉久志/訳)
『街角の書店』創元推理文庫
「奇妙な味」と呼ばれる類の短篇を集めたアンソロジー。
「奇妙な味」というのは江戸川乱歩による造語だそうで、探偵小説の一分野。そのためミステリ・レーベルから出てますが、どちらかというとホラーとかSF系が多め。
ジョン・アンソニー・ウェスト(宮脇孝雄/訳)
「肥満翼賛クラブ」
奥方たちのステータスは、夫を太らせること。夫たちは、徹底した高カロリーの食事と厳しい運動制限により体重を増やし、コンテストに出場する。
しかし若きグラディスは、夫グレゴリーの肥満化に大失敗。それもそのはず、グレゴリーの職業はフットボールのコーチで、選手たちと一緒に体を動かし、健康的な食生活を送る日々が続いていたのだ。
肥満翼賛クラブの奥方たちは、みんなでグラディスを応援しようと意気投合するが……。
とあるご婦人の演説というスタイルで、物語は語られます。とにかくグレゴリーを太らせようと、あの手この手が試されます。そこまでして太らせる目的とは?
なんともおそろしい物語でした。
イーヴリン・ウォー(中村融/訳)
「ディケンズを愛した男」
ヘンティーはイギリス人。南米奥地で遭難した探検隊の生き残り。息も絶え絶えのヘンティーを助けたのは、マクマスターだった。
マクマスターの父はイギリス人宣教師。そのため英語を話せはするものの、文字は読めない。マクマスターがヘンティーに求めた見返りはただ一つ。ディケンズを朗読してくれること。
ヘンティーは喜んで応じるが……。
これまた、おそろしい物語。しかし、世界から隔離された場所にはいそうですよ、マクマスターみたいな人。この登場人物が太郎と大輔だったら、なにを読んでもらおうとするのか……。
シャーリイ・ジャクスン(深町眞理子/訳)
「お告げ」
ウィリアムズおばあちゃんは、とてもすてきな人。ある日おばあちゃんは、みんなにびっくりプレゼントをすると宣言。要望を聞き出してメモすると、意気揚々と買い物にでかけた。
ところが、肝心のメモを落としてしまう。
メモを拾ったのは、悩めるイーディス。メモをお告げと見なして行動しようとするが……。
ユーモア系。
多少のムリヤリ感はありましたけれど、見ず知らずのふたりが見事にまとまってました。
ジャック・ヴァンス(中村融/訳)
「アルフレッドの方舟」
ある日アルフレッドは、聖書を片手に力説した。あと1年足らずで、ふたたび世界を呑み込む大洪水が起こる、と。そうして方舟を造りだすが、親しい者も、誰も相手にしようとしない。
ところが、アルフレッドが予告した前日から雨がふりだし、豪雨となって……。
ちょっとひとひねりした、アルフレッドの方舟顛末記。ヴァンス特有のエキゾチックな何かは出てきませんが、結末には唖然としました。
ハーヴィー・ジェイコブズ(中村融/訳)
「おもちゃ」
ハリー・ハーパーが骨董品店のウィンドーで見つけたのは、幼い自分が遊んだ、懐かしのおもちゃだった。それは、10歳の誕生日に贈られた赤いトラック。ハリーがつけたイニシャルが、そのまま傷となって残っていた。
20ドルの値札を見たハリーは、買い求めようと店内に入る。おもちゃを包んでもらう間に目の当たりにしたのは、ハリーが遊んできたおもちゃの数々だった。
店のあらゆるものに思い出をかき立てられたハリーだったが……。
ハリーのおもちゃが一堂に会するのも奇妙なら、店の独特ルールも奇妙だし、やってくる客たちもどこか奇妙。荒俣宏訳では「魔法のお店」というタイトルだったそうです。
ミルドレッド・クリンガーマン(山田順子/訳)
「赤い心臓と青い薔薇」
ケイティ・ペンバートンの息子のクレイは、海軍にいる。クリスマス休暇のとき、たまたま知り合ったというデイモン・ルーカスを連れてきた。
デイモンは、海軍を除隊したばかりの26歳。両親を亡くしたばかり。ケイティも、孤独なデイモンを暖かく迎え入れることに異存はない。
ところがデイモンは、まるでペンバートン家の一員のように振る舞いだす。ケイティが母親であるかのように接し始めたのだ。ケイティは気味悪がるが、デイモンの行動はエスカレート。
一家はデイモンを遠ざけようとするが……。
病院で同室となったご婦人ふたりの会話で展開していきます。主人公は聞き手。話し手がケイティ。
ホラーなのですが奇妙なホラーになっていて、冒頭へとつながっていきます。インパクトがありました。
ロナルド・ダンカン(山田順子/訳)
「姉の夫」
アレックス・マクリーン大尉は、休暇でエディンバラに里帰り。戦時中で汽車は遅れに遅れ、たまたま同じコンパートメントになったピーター・バックル少佐を実家に招待する。
実家に暮らしているのは、姉のアンジェラ。アンジェラにとって、世界の9割はアレックスでできている。母親が死んでからは母親代わりをつとめ、最近は妻のように接してきた。
3人は意気投合し、アンジェラとピーターが結婚するが……。
なにが起こったのか、推測するしかないのですが、どうも自信が持てない。そんな奇妙さ。
ケイト・ウィルヘルム(山田順子/訳)
「遭遇」
ランドルフ・クレインが乗った長距離バスは、予期せぬ大雪に見舞われてしまった。なんとか停車場までたどり着いたものの、乗り継ぎバスは翌朝まで到着しない。田舎町ゆえ泊まるところもなく、乗員とほとんどの乗客は、24時間営業の食堂へと避難していった。
残されたのは、クレインとイラストレーターだという謎の女。ふたりは、待合室を暖かくするため協力するが……。
クレインの独白で物語は展開していきます。ときどき、クレインの記憶がフラッシュバックします。いわくありげな回想が紛れ込んできて、謎の女ともつながってきます。
カート・クラーク(中村融/訳)
「ナックルズ」
フランクは、フットボール選手だった。カレッジではヒーローで、プロでも活躍した。ところが左膝を痛めて引退。保険のセールスマンになった。
フランクは結婚して子供もできたものの、暴君となっていく。子供たちを「おとなしく」させておくため、ナックルズという存在をでっちあげた。
ナックルズは、サンタクロースの対極にいる存在。見上げるほど背が高く、骨と皮だけのように痩せこけている。服装は黒ずくめで、頬のこけた灰色の顔と、深く落ちくぼんだ黒い目をしている。
フランクの語るナックルズは、徐々におぞましさを増していき……。
フランクの妻スージーの兄が語り手。子供たちからすれば恐怖の存在であろうナックルズ。結末は不思議ではありますが、よくある展開。スッキリできます。
テリー・カー(中村融/訳)
「試金石」
ランドルフ・ヘルガーは、いつもの帰宅途中に見つけた書店に心惹かれていた。そこで、休日に訪ねてみることにした。
書店では、書籍以外のものも扱われていた。さまざまな形の魔法のお守りたち。店主によれば、それらは不滅のものだという。本物もあれば、そうでないものもある。どれが本物かは、その人しだい。
ランドルフが手にしたのは、手のひらにぴったりとおさまる黒い石。感触がよかった。値段は5ドル。店主は、気に入らなければ返していいと言うが……。
奇妙な石をめぐる物語。持つ人によって、本物にもなるし、まがい物にもなる。そういう解釈は現実にも当てはめられそうです。
チャド・オリヴァー(中村融/訳)
「お隣の男の子」
ハリー・ロイヤルは、ラジオ番組〈お隣の男の子〉の司会者。番組では、月曜から金曜まで古きよきホテル・マーフィーに男の子を招き、聴衆を前にしてインタビューする。
今日のゲストは、ジミー・ウォールズ。8歳。もうじき9歳。
ジミーは今週、人殺しをしていたと告白するが……。
ハリーのしゃべりは人当たりのいいものですが、内心では子供嫌い。番組をそつなく進行するためジミーを誘導しようとしますが、ジミーはなかなか乗ってくれない。
結末の奇妙さよりも、番組での、ハリーの言葉と内心とのギャップがおもしろい。ジミーを罵ったり、自分の今後を心配してみたり。繰り広げられる話術は、奇妙なことがなくても楽しめそうです。
フレドリック・ブラウン(中村融/訳)
「古屋敷」
背後でドアが閉まり、その音にふり向くと、のっぺりした壁だけがあった。目の前にのびる廊下には、蜘蛛の巣が張り、ほこりが厚く積もっている。人の気配はするが、誰にも会うことができない。
廊下を進み、階段を登り、やがて自分の名前が記された部屋にたどり着くが……。
4ページほどの短い作品。
なにが起こっているのかよく分からず、人様の意見に耳を傾けると、どうも、死にそうになっている人物が、過去の記憶を再現しているところらしいです。それを念頭にして読み返すと、なるほどな、と。
ジョン・スタインベック(深町眞理子/訳)
「M街七番地の出来事」
8歳のジョンは、アメリカ生まれのアメリカ育ち。風船ガムを噛むという風習に、パリに住んでなお、どっぷり浸かっていた。ところがある日ジョンは、涙ながらに奇妙なことを言いだした。
昨夜のこと。目覚めると、枕の下に入れておいたはずのガムが、口の中に入っていたのだという。もはや自分がガムを噛んでいるのではなく、ガムが自分を噛んでいた。
父親はジョンの口の中からガムを取り出すが……。
なんというバカSF。
スタインベックは『怒りの葡萄』や『エデンの東』を書いたノーベル賞作家。こういうものも書くのか、とただただびっくり。
ロジャー・ゼラズニイ(中村融/訳)
「ボルジアの手」
少年は、自分の萎えた右手の代わりを欲していた。そんなとき、立派な筋肉をつけた鍛冶屋が亡くなり、肉体をつけかえる技法を持つという行商人が通りかかる。
少年は、行商人が右手を手に入れたかもしれない、と考えていた。ところが、行商人がくれたのは期待以上のものだった。少年は、チェーザレ・ボルジアのものだったという右手を移植してもらうが……。
少年が誰なのか、というのがオチ。ボルジアが誰なのか分からなくても、さすがにこの有名人を知らない人はいますまい。ストンと落ちました。
フリッツ・ライバー(中村融/訳)
「アダムズ氏の邪悪の園」
タガート・アダムズは〈子猫ちゃんのお城〉の城主さま。アダムズは〈今月の子猫ちゃん〉と銘打った女性のグラビアで財を築いた。
実はアダムズは、対象の体の稀少な一片を用い、植物として再現する魔術を会得していた。美しい女性たちを秘密の花園に植え、無抵抗な花として鑑賞したり、受粉させて楽しんでいたのだ。
植物にされた女性たちの本体は、影響がない場合もあれば、昏睡状態に陥ってしまうこともある。アダムズに嫌疑がかけられたことはないが……。
奇想天外なファンタジーですが、大真面目。
アダムズが手にかけた〈今月の子猫ちゃん〉の姉エリカに怒鳴り込まれるところから物語は始まります。怖いもの知らずのアダムズは、エリカをも植物にしようとします。エリカはただ者ではなく、アダムズに待っていたのは破滅の道。
アダムズはどのように滅んでいくのか。それらが記録されていきます。
ハリー・ハリスン(浅倉久志/訳)
「大瀑布」
大瀑布は、真下に落ちる大洋、垂直の大河だった。その上にある世界を見たものは誰もいない。
カーターは取材で、大瀑布に住むボーダムの家を訪れる。ボーダムがそこに暮らすようになって43年。カーターは、上から落ちてくるものを見せてもらうが……。
ブリット・シュヴァイツァー(中村融/訳)
「旅の途中で」
男は旅の途中、強風にあおられて首を落としてしまった。必死に、自分の体をよじ上ろうとするが……。
本書には、作品のひとつひとつに、訳者による紹介文がついてます。シュヴァイツァーについてはなにも分かっていないそうで、わずか3行しかありませんでした。作者そのものが謎めいていて印象的。
ネルスン・ボンド(中村融/訳)
「街角の書店」
マーストンは作家。『落伍者』という作品に取り組んでいる。『落伍者』は、負け犬の、そして負け犬に成りさがる者たちの心理を考察した物語。最高傑作になる予感がしていた。
だが、あまりに暑く、編集者も締め切りも忌々しい。
気分転換に出かけたマーストンは、亡くなった詩人のサッチャーのことを思い出していた。最期に目撃したのは、小さな書店に入っていく後ろ姿だった。それから1年がたつ。
マーストンは、あの書店に足を踏み入れていた。並べられているのは、著名な作家による聞いたこともないタイトルばかり。
その中に『落伍者』を見つけるが……。
余韻が残りました。