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このページの本たち
朧夜ノ桜』佐伯泰英
白桐ノ夢』佐伯泰英
紅花ノ邨』佐伯泰英
石榴ノ蠅』佐伯泰英
照葉ノ露』佐伯泰英
 
冬桜ノ雀』佐伯泰英
侘助ノ白』佐伯泰英
10の世界の物語』アーサー・C・クラーク
ソラリス』スタニスワフ・レム
ランプの精 イクナートンの冒険』P・B・カー

 
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2015年09月27日
佐伯泰英
『朧夜(ろうや)ノ桜』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ24
 佐々木磐音(いわね)は、神保小路の尚武館道場の若先生。
 尚武館では、正月以来の道場破りが5件も続いていた。何者かが背後でけしかけているらしい。
 腹に据えかねた磐音は、読売屋の楽助を招き入れる。あえて読売に書いてもらうことで、背後に隠れている人物を牽制しようと考えたのだ。楽助も乗り気で、あれこれと練り始める。
 そんな中、かつて危難を助けた鶴吉が、江戸に舞い戻ってきた。
 鶴吉の父は、三味線造りの名人と謳われた三味芳四代目。三味芳は、跡を継いだ兄によってつぶされてしまった。磐音は鶴吉のため、聖天町にあった三代目の店を、ふたたび開けるように手配する。
 鶴吉は旅先で、磐音を狙う動きを耳にしていた。
 磐音に、5人もの刺客が送り込まれているという。いずれも西国で名の知られている手練たち。彼らの背後にいるのは、タの字であるらしい。
 楽助は、磐音の危機を読物に仕立てて売り出し、大評判。江戸中の知るところとなるが……。

 本作はどうも大長編にありがちな、中休みのような雰囲気。細々したことが次々とおこって、とっちらかった印象でした。事件というよりも、いつかは通らなければならないので書きました、といったところ。
 まず、蘭方医の桂川国瑞(くにあきら)と織田桜子が祝言をあげます。それから、磐音の許嫁のおこんが将軍御側御用取次の速水左近の養女になります。祝言はひと月後を予定。それに向けての準備があって、刺客騒動があって、ようやく磐音とおこんは夫婦になりました。

 なお、タの字というのは、老中の田沼意次のことです。


 
 
 
 
2015年09月28日
佐伯泰英
『白桐(しろぎり)ノ夢』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ25
 佐々木磐音(いわね)は、神保小路の尚武館道場の若先生。
 磐音は、西の丸の将軍世子家基から命令を受けた。江戸城で窮屈に暮らしている家基は、前々から、宮戸川の鰻料理に興味を抱いていたのだ。鰻屋の宮戸川は、浪人時代の磐音の勤め先だった。
 磐音は内密に鰻を届け、西の丸に何者かが入り込んでいることを察知する。いよいよ老中の田村意次が動き出したらしい。
 将軍御側御用取次の速水左近によると、西の丸に入り込んでいるのは、乱波集団。頭は、いくつもの貌を持つと噂される奸(かまり)三郎丸多面。まだ家基には危害が及んでいないが、家基に忠誠を尽くす家来や女中たちが複数、命を落としていた。
 磐音もつけ狙われるが……。

 この奸というのは、女忍おてんの子供。産まれて2年だそうで。ときどき、マンネリ打破のためか、びっくりするような展開やら設定やらが出てくることがあるのですが、今回もその系統でしょうか。ちょっとファンタジーの世界に入ってました。
 家基やら雑賀衆のエピソードは『夏燕ノ道』からの引き継ぎ。

 奸のエピソードはいただけない雰囲気でしたが、今作は、向田源兵衛という好人物が初登場。
 源兵衛は、殴られ屋という商売を始めます。でも、誰も殴れないんです。磐音と剣友になって、尚武館道に出入りするようになります。どうもなにかがありそうな雰囲気で、物語の合間合間に源兵衛の目的が明かされていきます。
 それと、品川柳次郎が、資金的に余裕ができたこともあって、尚武館に入門して鍛え始めます。
 その一方、竹村武左衛門はやさぐれてるところ。浪人だった磐音も、次男坊で部屋住みだった柳次郎も安定した暮らしを送るようになって、置いていかれた感ありあり。
 でも、武士としての面子にこだわってしまう。言動は軽いですけど、武左衛門にもプライドがあったんだなぁ、と。


 
 
 
 
2015年09月29日
佐伯泰英
『紅花ノ邨(むら)双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ26
 佐々木磐音(いわね)は、神保小路の尚武館道場の若先生。
 磐音には、別の道を歩むことになった許嫁がいた。その奈緒も今では、山形城下の紅花大尽前田屋に嫁入りしている。奈緒の幸せを願っていた磐音だったが、前田屋が、山形藩を二分する騒動に巻き込まれているらしい。
 紅花は山形藩の特産品。山形藩は、勘定物産方から紅花を独立させて紅花奉行を置いた。初代奉行に就任したのが、播磨屋三九郎。主席家老の舘野十郎兵衛忠有と三九郎は結託し、紅花を藩の専売制にすることをもくろんだ。
 だが紅花を扱うには、いわゆる紅花文書が必要不可欠。紅花文書は、前田屋が保管している。そのために前田屋には紅花奉行の手が入り、お取り潰しの沙汰が下されてしまう。
 磐音は、江戸日本橋から陸奥青森へ、185余里の道のりを旅して奈緒を助けようとするが……。

 山形藩への旅路や、そこでのあれこれが主題。江戸に残された人の動向などもちょこちょこと差し込んでます。
 地縁のない磐音の味方になってくれるのは、山形藩秋元家の元年寄久保村光右衛門実親。将軍御側御用取次の速水左近が紹介してくれた人物です。(藩主は江戸に在府中)
 幕府としても、騒動が広がると厄介なので早めになんとかしたいところ。磐音が行くというので乗っかりました、と。おかげで磐音は、公儀密偵と勘違いされて命を狙われてしまいます。
 そりゃ、左近と堂々と手紙のやりとりしてたらばれますって。もうちょっとなんとかならんのか。

 ところで、今作でも磐音は、方々で奈緒のことを許嫁だったと言いふらしてます。磐音も奈緒もすでに結婚しているので、その説明の仕方には違和感が残りました。
 単純に幼馴染でいいと思うんですけど。プラスして、亡くなった盟友の妹という関係をくっつければ、助けに行く動機として充分だと思うのですが。
 いまだに未練があるんでしょうかねぇ。


 
 
 
 
2015年09月30日
佐伯泰英
『石榴ノ蠅』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ27
 佐々木磐音(いわね)は、神保小路の尚武館道場の若先生。西の丸の将軍世子家基から御典医の桂川国瑞(くにあきら)を通じて、密かに命令が届く。
 家基は、城下を自由に歩き回り、宮戸川の鰻を直接食べに行くことを望んでいた。家基が将軍となれば、自由に外出することは今以上に困難になる。
 磐音は、将軍御側御用取次の速水左近とも相談し、段取りをつけるが……。

 本作は、短編集のように、話題が寸断されてます。その合間合間に挟まっているのが、メインイベントとなる家基のお忍びの準備作業です。
 それと、今後への伏線かな、と思われるエピソードの数々。

 始まりは、前作『紅花ノ邨』で山形藩に行っていた磐音が、江戸に帰ろうとしているところから。
 磐音は日光道中の千住掃部宿で、若侍を助けます。この若侍は名乗らず姿を消してしまうので、事情は分かりません。後々、明らかになりますが。
 江戸では、門弟の重富利次郎の腕前が上がってきたものの、壁にぶちあたります。そんな利次郎の成長に一役買ったのが、霧子。『夏燕ノ道』で初登場した、元・雑賀衆のくノ一です。
 現在の霧子は、佐々木道場の住み込み門弟となってます。表向きは、女剣士。ですが、お庭番の弥助にも弟子入りしてます。
 久しぶりの南町奉行所与力笹塚孫一のお出張りは、黒川藩の下屋敷。行方を追っている竜神の平造一味が隠れているのですが、下屋敷とはいえ大名家は町方の管轄外。ちょっと荒っぽい手段がとられます。
 文量は少ないものの大きな話題だったのが、竹村武左衛門のこと。ついに刀を手放して、武士であることをやめる覚悟とお見受けしました。人は変わっていくものですね。


 
 
 
 
2015年10月01日
佐伯泰英
『照葉ノ露』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ28
 佐々木磐音(いわね)は、神保小路の尚武館道場の若先生。設楽小太郎の仇討ちを手助けするため、江戸を後にしていた。ふたりの他、南町奉行所同心の木下一郎太も行動を共にしている。
 設楽小太郎は、設楽家の嫡男。
 父で当主の貞兼が殺されてしまったが、下手人は、小太郎の剣の師匠である佐江傳三郎。そして、傳三郎と連れ立っているのは、小太郎の母、お彩。
 小太郎がふたりを成敗しなければ、御家騒動を咎められて直参旗本の相楽家は断絶してしまう。しかし、小太郎はまだ13歳。磐音は助太刀を引き受けたものの、小太郎の心中を慮る。
 一行はお彩を見つけ出すが……。

 仇討ち話が、半分近く。
 あとは、門弟の重富利次郎が、父親と共に国許に帰ることになる話とか。国許と言っても利次郎は江戸の生まれ。初めての旅になります。成長した利次郎に、父の百太郎も大満足。
 それから、竹村武左衛門の騒動。あの武左衛門がついに、武士を捨てて就職します。それが陸奥磐城平藩下屋敷の門番。
 就職口を見つけてくれたのは、品川柳次郎。けれども、武左衛門の交友関係に磐音がいたのが大きかったようで。
 磐城平藩主の安藤信成は寺社奉行職を狙っていて、磐音にも口利きしてもらう腹づもり。尚武館は幕閣と近しいと、周囲から見られていることが改めて示された形となりました。

 あ、あと『朧夜ノ桜』で話題になった刺客が出てきます。あのままフェードアウトして終わりかと思ってました。穴埋め用にとっといたのかしらね。



 
 
 
 
2015年10月03日
佐伯泰英
『冬桜ノ雀』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ29
 佐々木磐音(いわね)は、神保小路の尚武館道場の若先生。内儀のおこんと女子衆たちを伴い、千鳥ヶ淵一番町に冬桜見物へと出かけた。高家瀬良家の屋敷から通りに突き出した寒緋桜が評判を呼んでいたのだ。
 一行が冬桜見物をしているとき、ちょうど屋敷の主、高家瀬良播磨守定満が帰ってくる。そこへ神沼家の家臣が現れ、一悶着。
 どうやら定満は、神沼家の家宝である茶碗を借りていたらしい。定満は返却したと言い、神沼家側は戻ってないの一点張り。たかだか茶碗とはいえ、桃山の御世には国ひとつの値がついていたという千宗易ゆかりの逸品。ついに、刀を抜いての騒ぎとなる。
 たまらず磐音は仲裁に入るが……。

 今作のスタートは、茶碗の貸し借りを巡るいざこざ。
 磐音は活躍したようなしなかったような。調査は、元・雑賀衆のくノ一だった霧子などが担当。適当なところで、おこんの義父である将軍御側御用取次の速水左近に耳打ちしておけば、上の方から手を回してもらえたりして。
 元々あっさりした小話が多いのですが、最近はさらにあっさりしてきたなぁ、といったところ。
 茶碗の他、年番方与力笹塚孫一から仕事(というよりボランティア)の依頼が舞い込みます。
 笹塚が追っているのは、能楽の丹五郎という渡世人。これまでと趣向が違うのは、磐音の出身藩である豊後関前藩の千石船・豊江丸を借り上げての捕り物となる点。武士の身分を捨てた武左衛門もしゃしゃり出てきます。

 そして、この本の中心となっているのは、尚武館にやってきた盲目の剣術家。
 丸目喜左衛門高継という伝説と化している武芸者で、孫らしき娘がつきそってます。丸目は佐々木玲圓を指名しますが、その前に、歌女という娘と磐音が対戦することになります。
 磐音が勝利を収めて、その場は終了。
 霧子が見たところ、歌女の技には西国肥後の下忍遊摩衆のものが入っているそうで。なにかありそうな余韻が残りました。
 その余韻は、将軍世子家基が、おかしな夢を見ているという話題へとつながってます。なんと、夢の中に現れるふたりの人物が、丸目と歌女だったのです。
 まるで妖怪を相手にしているような展開。このシリーズ、どこへ行こうとしているのか。少し心配になってきました。


 
 
 
 
2015年10月04日
佐伯泰英
『侘助ノ白』双葉文庫

居眠り磐音江戸双紙》シリーズ30
 尚武館道場の門弟、重富利次郎の父は、土佐藩の近習目付。利次郎は父・百太郎に付き添い、国許に帰っていた。
 土佐藩は、大地震と大火により莫大な借財を抱えるに至った。財政の立て直しが急務のはずなのだが、藩士の中には、商人と結託して己の懐を潤す輩がいる。百太郎の帰国の目的は、不正を働く者たちを取り締まるためだった。
 百太郎は帰国早々、何者かに襲われてしまう。
 一方江戸では、尚武館道場の佐々木磐音(いわね)が、旅の武芸者との立ち会いに応じていた。武芸者は、富田天信正流槍折れの小田平助。
 小田平助は、14の春から旅に出て30余年、棒術を磨いてきた。磐音は、並々ならぬ腕前の平助を気に入り、尚武館の客分として迎え入れようとするが……。

 利次郎の物語が幕開けで、丸々一章使った後、江戸の磐音に物語が移ります。これは交互に語るスタイルなのだろうと思ったら、さにあらず。2、3章は磐音で、4章に入ってようやく江戸に利次郎からの文が届き、それ以降は、利次郎と磐音が交互に語られだします。
 利次郎の物語は、土佐藩でのいざこざが中心。まだ若いこともあり、足りてないところが読ませます。
 磐音の方では、小田平助というひょうきんな人が登場して、ちょっと楽しい雰囲気。門番見習いを申し出て、尚武館に滞在することになります。
 その他、磐音がかつて住んでいた金兵衛長屋に、憑神幻々斎と名乗る謎の浪人が入って、暗くひと騒動あります。

 利次郎で丸々一冊使って欲しかったな、というのが正直なところ。小田平助はおもしろい人ですけれど。


 
 
 
 

2015年10月11日
アーサー・C・クラーク(中桐雅夫/斎藤伯好/深町真理子/訳)
『10の世界の物語』ハヤカワ文庫SF617

 15篇の中短編を収録。
 長いこと本棚に置いたままになってました。ようやく発掘して読みましたら、8作品が、後から出た傑作選に収録されている始末。とりわけ 『メデューサとの出会い』に収録されているものは、今年の6月に読んだばかり。多少の違いはあるにしても、新たな気持ちで読み返すのは難しかったです。

「思いおこすバビロン」(中桐雅夫/訳)
 サイエンス・ライターのクラークは、人工衛星が、テレビの送信機をおくのにすばらしい場所だと確信していた。論文を発表し、下院の調査委員会でも証言しているほどだ。
 クラークはセイロン島でのレセプションで、ジーン・ハートファッドと名乗るアメリカ人と出会う。ハートファッドはクラークのアイデアで商売を始めようとしていたのだが……。
 全部実話なのか、一部実話なのか。こういう作品を目の前にすると、解説を書いてくださる方のありがたみがひしひしと感じられます。

「イカルスの夏」(中桐雅夫/訳)
 コリン・シェラードは、小惑星で立往生してしまった。宇宙船プロメテウス号から小型宇宙艇で渡ったものの、帰投する直前にトラブルが発生したのだ。
 今は夜だが、朝はすぐにやってくる。太陽に近づきつつある小惑星の昼間の温度は、摂氏500度。無線も通じず、このままでは焼き殺されてしまう。
 シェラードはなんとか助かろうとするが……。
  『メデューサとの出会い』にも掲載

「ゆりかごから」(中桐雅夫/訳)
 スプートニク1号の打ち上げから20年。月面基地では、火星有人探査計画が進行していた。
 基地では、あらゆる国々の人々が自由に働いている。彼らの間には、なんの秘密もない。ところが、アメリカ人のジム・ハッチンスには、なにか秘密があるらしく……。
 スプートニクの打ち上げは、1957年。すでに半世紀が経過しているのに、月面基地の影はもちろん、この物語のオチにも立ち会えそうにありません。
 クラークがすごいのか、現実が停滞しているのか……。

「幽霊宇宙服」(中桐雅夫/訳)
 宇宙ステーションから2マイル先で、放置された試験衛星が発見された。そのままでは危険なため、ステーション監督官が回収に赴くことになる。
 ところが宇宙空間に出たところで、宇宙服から正体不明の音がし始め、回収どころではなくなってしまう。大変高価な宇宙服は、事故死した仲間のものを使い回すこともあるのだが……。
 『90億の神の御名』にも掲載

「憎悪」(中桐雅夫/訳)
 ティボルは潜水夫。グレート・バリア・リーフで真珠貝をとっている。ティボルは最近まで、ブダペストの人だった。ソ連によって、故郷を、家族を、同胞を失い、今でも悪夢を見ている。
 そんなある日ティボルは海底で、難破船らしきものを発見した。その正体は、ソ連のテクノロジーがもっとも誇りとする、スプートニクのカプセル。落ちる場所を誤ったらしい。
 ティボルは、乗組員が生きていることに気がつくが……。
 『メデューサとの出会い』にも掲載

「彗星の中へ」 斎藤伯好 訳
 ジョージ・タケオ・ピケットは、ジャーナリスト。チャレンジャー号に同乗し、彗星へと向かっていた。
 調査対象は、ランドル彗星。ところが、チャレンジャー号が彗星の核へと潜りこんだとき、トラブルに見舞われてしまう。コンピュータが狂ってしまったのだ。航路計算はおろか、簡単な四則計算すらできない始末。電波障害で地球との通信も叶わず、一行は絶望に見舞われるが……。
 『メデューサとの出会い』では「彗星の核へ」のタイトルで掲載

「わが家の猿」(中桐雅夫/訳)
 新しくメイドとしてやってきたドーカスは、超チンパンジー。遺伝子工学により、チンパンジーを元にして生み出された。あるとき、ドーカスに絵を描かせる試みがなされるが……。
 ドーカスは科学の産物ですが、それよりも、一家の主の職業が宇宙飛行士というのが未来的。

「土星は昇る」(中桐雅夫/訳)
 土星から帰還したばかりのエンジニアは、講演旅行にひっぱりだされていた。
 ミスター・パールマンに出会ったのは、シカゴでの講演のあと。朝食の席で話しかけられたのだ。宇宙マニアで、きゃしゃな作りの初老の男。それがミスター・パールマンだった。
 ミスター・パールマンは、子供のころからずっと土星があこがれの的だったと打ち明けるが……。
 『メデューサとの出会い』にも掲載

「光あれ」(中桐雅夫/訳)
 ハリー・パーヴィスは、あらゆる可視放射線は無害なもの、という理論に意義を唱えた。自分は、殺人光線に出くわしたことがあるだと言う。その顛末とは……。
 連作短編『白鹿亭綺譚』シリーズのひとつ。
 この殺人光線ならありえる。

「死と上院議員」(中桐雅夫/訳)
 スチールマン上院議員は、不治の病に冒されていた。余命は6ヶ月。大統領選挙への出馬計画は無駄に終わった。
 このことを公表したスチールマンの元には、政敵からも見舞いの言葉が届く。そんな最中、ハークネス博士が訪ねてきた。
 かつてスチールマンは、ハークネス博士の研究計画を頓挫させたことがあった。そのハークネス博士がスチールマンに、病を治す方法があると提案するが……。
 死を目前にしたスチールマンの、静かな語り口が印象的。
 日本であった、事業仕分けが頭をよぎりました。どこの国でも政治家は似たようなことをしているのですね。

「時とのもめごと」(中桐雅夫/訳)
 火星のメリディアン博物館の最大の宝物は、シレーンの女神と呼ばれる頭部像。なぜ、人間に見える頭が火星のシレーンの海で発見されたのか、誰も説明がつかずにいる。
 ダニー・ウィーヴァーは、このシレーンの女神を盗み出そうとした。準備は万端。ダニーは仕事にとりかかるが……。
 地球に向かうローリングズ警部の話として、物語は展開します。ふたりいる聞き手のうちのひとりが、無名の語り手。もうひとりのマッカーは美術商。
 ダニーのエピソードより、シレーンの女神の真相が気にかかります。いかに貴重なものかを強調するための出自なのでしょうけど、そちらへの言及がないので、欲求不満のまま終わってしまいます。

「エデンの園のまえで」(中桐雅夫/訳)
 金星を走るホバージェットには、3人の男たちが乗っていた。ジェリーが運転し、科学者のハッチンズとコールマンは観察に余念がない。
 双眼鏡でハッチンズが、水の涸れた滝のあとを発見した。ホバージェットでは断層崖を越えることはできない。
 ジェリーとハッチンスは、コールマンを留守番にして、断層崖を歩いて登っていく。たどり着いた先に広がっていたのは、湖だった。しかもふたりは、植物を発見するが……。
 『メデューサとの出会い』では「未踏のエデン」のタイトルで掲載。

「軽い日射病」(中桐雅夫/訳)
 ペリヴィア共和国は隣国のパナグラ共和国と、年に一度、フットボールの試合をする。昨年ペリヴィアは、主審の不埒な不正行為のために負けてしまった。国民は、それが悔しくて仕方がない。
 リターン・マッチの日が近づき、ペリヴィアの人々の興奮は高まる一方。商談でも、半分以上がフットボールの話題となるほど。
 こうして試合が始まるが……。
 語り手は、他国からやってきた営業マン。第三者として、フットボールへの熱狂を眺めます。フットボールはよく〈代理戦争〉という呼ばれ方をしますが、まさしくそんな感じ。

「ドッグ・スター」(斎藤伯好/訳)
 ある日、道ばたにうずくまった仔犬を見つけた。動物好きではなかったが、放っておくことはできなかった。
 それがライカだった。
 ライカは、ドイツシェパードの血が95%がた入っている。どうやら、あとの5%のために捨てられたようだ。
 ライカとの日々が始まるが……。
 『メデューサとの出会い』にも掲載。また、宇宙SFコレクション『スペースマン』に掲載の「犬の星」も同じもの。

「海にいたる道」(深町真理子/訳)
 ブラントはイラドニーに夢中。それは親友のジョンも同じこと。ブラントはイラドニーに振り向いてもらうため、秘密の計画をたてた。伝説の都市〈麗しのシャスター〉に赴き、価値あるものをもってくる計画なのだが……。
 『太陽系最後の日』にも掲載。


 
 
 
 
2015年10月12日
スタニスワフ・レム(沼野充義/訳)
『ソラリス』ハヤカワ文庫SF2000

 ソラリスは、二連の太陽をめぐる水の惑星。二重星の影響により軌道は不安定となるはずで、そのような星では生命を望むべくもない。
 ところが、実際の軌道は計算とはまったく異なるものだった。
 ソラリスには生命が存在していた。その生命が、安定した軌道を維持していたのだ。ソラリスの広大な海そのものが、単一の生命体だったのだ。
 人類は何度となく接触を試みる。しかし、それらはことごとく失敗し、いつしかソラリス研究は廃れていった。今でも研究ステーションに暮らしているのは、3名の人間のみ。すなわち、ギバリャン、スナウト、サルトリウスの3人だ。
 ケルビンは、4人目となるソラリスの研究者。カプセルで惑星ソラリスのステーションに降り立つが、予期した迎えもなく、荒れ果てた様子に愕然とする。
 ギバリャンは自殺し、スナウトは怯え、サルトリウスは実験室に閉じこもっていた。
 ケルビンはスナウトからおかしな警告を受ける。自分とサルトリウス以外の誰かに会っても、なにもするな、と。
 翌朝ケルビンが出会ったのは、10年前に自殺した妻のハリーだった……。

 オリジナル(ポーランド語)からの完全翻訳版。
 かつての『ソラリスの陽のもとに』(飯田規和/訳)はソ連のロシア語訳を底本としたもので、検閲をくぐらせるために削られた箇所があったそうです。そのようなわけで、タイトルも新たに完全翻訳版として出版されました。

 前回『ソラリスの陽のもとに』を読んだのは10年前でした。それだけ年月が開いていると、忘れているだけなのか、復活されたところなのか、比較もままならず。
 結末は同じなので、どうも釈然としない読後感は前回と同じ。さすがに10年分の成長はあったようで、釈然としない中にも納得できるものはありました。
 ……と思いたいものです。


 
 
 
 
2015年11月18日
P・B・カー(小林浩子/訳)
『ランプの精(ジン) イクナートンの冒険』集英社

 ジョンとフィリッパは、12歳になる双子の兄妹。ニューヨークの大豪邸に暮らしている。
 ある日ふたりは定期歯科検診で、早くも知歯が生えているのが発見された。このまま放置していると、他の歯を押しのけ顔が歪んでしまう。医師の勧めで抜歯することになるが、全身麻酔をかけられたふたりは、同時に不思議な夢を見た。
 そこは、海辺。中東でみかける王宮のような建物があり、謎の男がふたりを誘う。男の名は、ニムロッド。写真でのみ知っている母方の叔父だった。
 ニムロッドが言うには、ふたりが両親に、夏休みにロンドンのニムロッド邸に行きたいと頼めば、必ず賛成してもらえるとか。
 目が覚めたふたりは、まったく同じ夢を見ていたことにびっくり。夏休みの予定はサマースクールと決まっていたが、半信半疑でロンドンのことを口にする。すると両親は大賛成。
 こうしてふたりは、ロンドンに降り立った。
 ニムロッドの出迎えを受けたふたりは、自分たちが妖霊(ジン)の血を引いていることを告げられる。
 かつて世界には、天使と人間とジンがいた。〈大いなる選択〉の際、誰もが、善と悪のどちらかを選ばされた。天使のほとんどは善を選び、人間とジンは善を選んだものも悪を選んだものもいた。
 ふたりの母やニムロッドは、善を選んだジンの子孫だったのだ。
 そして近年、世界の運の均衡は、悪の方に傾きつつあった。ニムロッドは、均衡をよい方に変えようと奮闘中。ふたりも、ニムロッドと共にエジプトへと旅立つが……。

 児童書。
 通常、児童書はスラスラと読めてしまうものですが、どうもこの物語はひっかかりがあって、読み切るのに日数をかけてしまいました。
 ジンが主人公ということもあり、不思議なことは山盛り。ただ、ちょっと弱い印象。後からなにがあったか明らかにされますが、その場は不思議だね、で流してしまうのがもったいない。
 予備知識が必要なのもネック。ふたりも最初に、ニムロッドから『千夜一夜物語』を渡されます。「アラジンと魔法のランプ」や「アリババと40人の盗賊」くらいは知ってないと厳しいかも。(実はふたつとも、正式な『千夜一夜物語』には含まれない物語ですが)
 そして、本物のジンになるために通過するタンムズの儀式のあっさり感がとても残念。児童書とはいえ、もうちょっと苦労してもいいような……。
 三つの願いに関する考察とか、ちょこちょことおもしろいところはあるんですけどねぇ。

 なお、サブタイトルの〈イクナートンの冒険〉は、内容的には〈イクナートンをめぐる冒険〉の方がしっくりきます。

 
 

 
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