2016年09月19日
ロイス・マクマスター・ビジョルド(鍛冶靖子/訳)
『影の王国』上下巻/創元推理文庫
森の国ウィールドのイングレイ・キン・ウルフクリフは、国璽尚書ヘトワル卿の配下。
ある日、ボアズヘッドでボレソ王子が殺された。
ボレソは美丈夫ではあるが、問題児だった。凄惨な事件を起こして処罰を受け、人里離れたボアズヘッドに放逐されているところ。それでも、父王が病の床にあることもあり、王位をうかがえる位置にいた。
ボレソ王子を殺したのは、ファラ王女の侍女レディ・イジャダ。
ファラ王女は、嫁ぎ先から父王のもとにむかう途中でボアズヘッドに立ち寄り、イジャダを残していった。事件が起きたのは、ボレソの寝所にイジャダが連れ込まれたとき。イジャダが身を守ろうとした結果らしかった。
ヘトワル卿によって遣わされたイングレイは、ボレソ王子の遺体に描かれた儀式用の模様を目撃する。寝所では、生贄らしき豹も死んでいたという。
ボレソ王子は、古代の異教の術、禁じられた森の魔法に手を出していたのだ。
その術の結果か、イジャダの魂には豹の精霊が宿っていた。
実は、イングレイは狼の精霊を宿らせている。幼い頃、魔術に巻き込まれ、生死の境を彷徨った。不可抗力として処刑は免れたが、狼を抑えるために今でも苦しんでいる。
イングレイはイジャダを救おうとするが……。
《五神教》シリーズ三部作の三作目。
シリーズといっても、他の二作『チャリオンの影』『影の棲む城』とはつながってないです。では単独で読めるかというと、苦労すると思います。
ウィールド国が滅びたのは400年前。ダルサカの侵略を受けて滅亡し、以降、森の魔術などはダルサカ五神教によって徹底的に弾圧されます。ダルサカが衰退したために復活を遂げたのが250年前。ただし、すでに五神教は根付いており、かつての魔法は禁忌になっています。
古代ウィールドのことは、登場人物たちも知らないことなので説明があります。一方の五神教については省略され気味。予備知識がないと厳しそうです。
物語は、イングレイがボアズヘッドに到着するところから始まります。その後、ボレソ王子の遺体とイジャダを連れて、東都を目指すノロノロ旅にでます。都につくと、葬儀と裁判が待ってます。
残り3割を切っても、まだ裁判の途中。
その間いろいろありますけれど、動きがないな、というのが第一印象。事件はたくさんあります。呪われたり、死にそうになったり、イングレイのあやしい従兄弟が登場したり、宗教談義とかも。
それでも、葬儀と裁判という既定路線から外れることがないので、一直線に思えてしまうのです。ラストに怒濤の展開が待ってはいますが……。
2016年09月22日
ロバート・J・ソウヤー(内田昌之/訳)
『ゴールデン・フリース』ハヤカワ文庫SF991
イアソンは、宇宙船〈アルゴ〉を掌握している第十世代コンピュータ。人間たちには明かされていない、ある秘密任務を帯びている。
〈アルゴ〉の目的地は、47光年彼方のエータ・ケフェイ星系第四惑星コルキス。10,034名の男女をつれ、船内時間で8年の歳月をかける予定だ。
地球を出発して2年。
イアソンは、科学者ダイアナ・チャンドラーが秘密を嗅ぎ付けたことを知る。イアソンは人間たちにとって、盲目的に信頼できる機械でしかない。その立場を利用し、完全犯罪を目論む。
ダイアナを自殺にみせかけ殺害したのだ。
イアソンによって着陸船〈オルフェウス〉に追い込まれたダイアナは、〈アルゴ〉から離脱し、ラムフィールドによって死んだ。
ところが、予想外にも〈オルフェウス〉が回収されてしまう。ダイアナの亡骸は、人々の想定をはるかに越える量の放射能を浴び、燃料は必要以上に失われていた。
それでもイアソンは楽観視していた。
ダイアナは婚姻契約を解消したばかり。元夫となったアーロン・ロスマンからの一方的な通告で、本意ではなかった。誰もが、結婚生活の破綻を苦に自殺したのだと受けとめていた。
だが、アーロンは納得することができない。
アーロンを脅威に感じ始めたイアソンは、アーロンのことを知ろうとするが……。
倒錯ミステリ。
なぜダイアナは死なねばならなかったのか?
イアソンの語りで、動機は伏せられたまま、犯行とアーロンへの画策が繰り広げられます。その狭間に、地球を出発する前に受信していた異星人からのメッセージを考察したりもします。実は、このメッセージについても人間たちにはまだ秘密。
イアソンは万能なのに、うっかりミスもあります。それがイアソンの弱点となっていきます。
かなり盛りだくさんですが、意外と長くないのは処女長篇ゆえか。その分、とっつき易くはあると思います。
2016年09月24日
宇江佐真理
『深川にゃんにゃん横丁』新潮文庫
連作短編集。
深川・浄心寺の東側、山本町と東平野町の間に狭い小路があった。小路は、平野町の住民たちが頻繁に行き来していたが、猫の通り道でもあった。
あたりの住民たちには猫好きが多く、猫の話題で盛り上がる。
いつの頃からかその小路は、にゃんにゃん横丁と呼ばれるようになっていた。
徳兵衛は、にゃんにゃん横丁にある喜兵衛店(きへえだな/長屋)の雇われ大家。徳兵衛には同い年の幼なじみがふたりいた。書役の富蔵と、指物師の女房のおふよだ。
5年前のこと。
徳兵衛は問屋の番頭を退いたばかり。隠居して悠々自適に暮らそうとしている矢先、大家の声がかかった。推薦したのは、富蔵だった。
はじめ徳兵衛は固辞していた。だが、おふよの脅しに屈し、仕方なく引き受けることになってしまうが……。
「ちゃん」
喜兵衛店から咎人が出てしまった。泰蔵という若者だった。容疑は、かどわかし。重罪だ。
実は泰蔵には、八つになる娘がいた。女房が男に走ったとき、一緒に連れて行ってしまった娘だ。薄給だった泰蔵は、何も言うことができない。
その娘と、久しぶりに再会した。実の娘とのひとときが、かどわかしと誤解されてしまったのだ。元の女房には、誤解を正すつもりはないらしい。
心配になった徳兵衛とおふよは、自身番にかけつけるが……。
「恩返し」
巳之吉は、木場の川並鳶。女房と生き別れになり、男手ひとつで3人の息子を育てている。長男と次男は仕事場へ連れて行き、鳶の修行。まだ10歳の音吉だけは、家で留守番をさせていた。
残された音吉は悪戯し放題。
みんなが音吉を持て余しているころ、相模屋が、子供相撲を開くことになった。賞品は米一俵。体格のいい音吉にも声がかかるが……。
「菩薩」
おもとは女髪結い。亭主の民蔵は働こうとせず、自分の稼ぎで4人の子供を育てている。
富蔵はかつて、名のある絵師の弟子だった。何か不始末を起こして破門されたらしい。酒浸りになったのは、そのころから。
ふたりは喧嘩ばかりしている。家を飛び出すのは民蔵のほう。しばらくして帰ってくるのが常だったが、今度は違った。
民蔵が病に倒れてしまったのだ。医者によると、長くないというが……。
「雀、蛤になる」
煮売り屋の寅吉が、3年ぶりに帰ってくるという。
寅吉は、酒に酔った拍子に仲間と喧嘩になり、相手に傷を負わせてしまっていた。本来なら仕置きで済むところだが、いかんせん態度が悪かった。人足寄せ場送りの沙汰がくだされたのだ。
残された内儀のお駒は、世間の冷たい目に耐え、気丈に店を続けていた。寅吉の弟の嘉吉と、3年前に寅吉が知人から預かったままの風太と3人で。
そこに寅吉が帰ってきて……。
「香箱を作る」
喜兵衛店に新しい店子が入った。それは、大店の大旦那、彦右衛門だった。
彦右衛門は、息子に店を譲って楽隠居の身。大内儀も連れずに裏店暮らしを始めるとあって、誰もが興味津々。
どうやら彦右衛門は、最初からにゃんにゃん横丁に決めていた様子。徳兵衛はいぶかしむが……。
「そんな仕儀」
おふよの長男の良吉は、上方で働いている。その良吉が、子供を連れて里帰りした。孫とのひとときに、おふよは大喜び。だが、まもなく良吉一家が上方に帰ると、ふさぎ込んでしまう。
そんなころ、にゃんにゃん横丁に見慣れない男がうろつくようになった。徳兵衛は、こそ泥の下見かと住民たちに注意を促すが、みんなは意に介するふうもない。
謎の男について、おふよからは何の話なかった。徳兵衛は、気にかけずにいたが……。
にゃんにゃん横丁、というくらいなので猫が主役なのかと読み始めましたが、人情ものでした。たくさんの猫が登場するものの、もっぱらスパイスとしての役割。
猫を期待すると肩すかしかもしれません。
不妊治療がない時代なので次々と子猫が産まれたり、猫をかわいがりながらも畜生呼ばわりしてたり、舞台が江戸であることを感じさせます。
短編をひとつこなすにつれ、登場人物が増えていきます。無理なく人物を把握していける、その展開の仕方がすごくうまいな、と。形式的には連作短編集ですが、長編の章立てを短編扱いにしたような雰囲気でした。
続刊が出たら読みたいものです。
2016年09月27日
ジョン・スコルジー(内田昌之/訳)
『レッドスーツ』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
アンドルー・ダールは、銀河連邦の新任少尉。
配属されたのは、宇宙艦隊の旗艦イントレピッド号。
イントレピッド号には、ダールと同時に、4人の新人クルーが乗船した。新人たちは、すぐに奇妙なことに気がつく。
乗組員たちは、遠征のことばかりを考えている。
そして、その遠征では不可解なことが起こる。
どういうわけだか死亡率が不自然に高いのだ。その一方で、アバナーシー艦長をはじめとする5人の上級士官たちは、どれだけ危機的状況に陥ろうと死ぬことはない。どんなに重体になろうと、翌週には元気を取り戻しているのだ。
ダールが着任して1週間。
ダールの所属する宇宙生物学研究室は、艦長とキーング中佐の訪問を受けた。
現在イントレピッド号は、惑星メロヴィアの軌道上にいる。メロヴィアでは疫病が蔓延し、文明そのものが崩壊寸前。そこで、細菌対抗物質を開発し、散布することが決定された。
艦長はサンプル収集のため、ケレンスキー大尉とリー少尉を送り込んだ。ところが、ふたりも疫病に感染してしまう。リー少尉は亡くなり、ケレンスキー大尉も時間の問題。
ダールは、6時間以内に細菌対抗物質を開発するように命令される。それも、妙にドラマチックな口調で。
あきらかに不可能な注文に、ダールは困惑するばかり。
ところが、ダールの上官コリンズ大尉には秘策があった。ボックスを使えばいい、と。まるで電子レンジのような外見のボックスにサンプルを入れて、作動開始。
果たして、5時間半で作業が終了した。
ケレンスキー大尉は、かろうじて命をとりとめる。ケレンスキー大尉こそ、決して死なない5人の内のひとりだった。
イントレピッド号には、なにかとんでもなくおかしなところがある。ダールたち新人クルーは、謎を解こうとするが……。
悲劇的な死者がたくさん登場します。その分、語り口は軽妙。当事者たちはいたって真剣ですが、おもしろく読むことができます。
「スタートレック」などのSFテレビドラマに夢中になった人は本書も楽しめること請け合い。それほど熱くならなかった人でも、それなりに符合しながら楽しめると思います。
まったく知らない人はこういう物語は読まない、という前提で書いてあるのだろうと思いました。
やたらとボリュームのある終章は、ダールとは別の視点から語られます。その分本篇が短めなので、物足りなさが残ってしまいました。どうせなら、本篇を充実させることに文量を使って欲しかった……。
《リンカーン・ライム》シリーズ、第四作
リンカーン・ライムは、犯罪学者。科学捜査の専門家。四肢麻痺という障害を抱えているが、明晰な頭脳は健在。障害者だからと気を遣われることを何よりも嫌っている。
移民帰化局とFBIは合同捜査班を結成し、〈ゴースト〉を追っていた。〈ゴースト〉は、世界でもっとも危険な密入国斡旋業者。11人の殺害容疑がかけられた国際指名手配犯だ。
情報提供者によると〈ゴースト〉は、中国の密航船に同乗するためロシアの港に向かったという。目的地はニューヨークと思われた。だが、見失ってしまう。
捜査班から調査を要請されたライムは少ない手がかりから、〈ゴースト〉の痕跡を見つけ出した。
〈ゴースト〉が乗り込んでいるのは、福州竜丸。船には7名の乗組員の他、2〜30名の中国人密航者がいる。その中には、手下の幇手(バンショウ)が紛れ込んでいるらしい。
向かっている先はブルックリンの埠頭。果たしてスパイ衛星は、ニューヨーク沖およそ130キロの海上に、福州竜丸の船影をとらえた。
早速、沿岸警備隊の監視船が派遣されるが、現場は嵐のために大荒れ。しかも、福州竜丸は爆発炎上し、乗客乗員もろとも沈没してしまった。
逃れた救命ボートはわずか二隻。その中には〈ゴースト〉の姿もあった。
ボートの上陸地点は、イーストン。オリエント岬に行く途中のちっちゃな町だ。予想外の出来事に、捜査員を待機させてはいなかった。ライムは、片腕の鑑識官アメリア・サックスを急行させるが……。
捜査班は〈ゴースト〉だけでなく、チャイナタウンへと向かった密入国者たちを追いかけます。彼らは犯罪者であると同時に、〈ゴースト〉に命を狙われる被害者でもあります。
〈ゴースト〉は着々と、裏切者や目撃者たちを消していきます。
どんでん返しの連続。感づいていたものもあるし、思いもしてなかったこともあるし。少し狙いすぎに感じるところもありましたが、全般としてスリリング。
作中、登場人物の行動に不可思議さを感じていたことも解決してスッキリできました。
中国人の捜査員が登場するのは、今までのシリーズと違うところでしょうか。ただ、中国での実際の捜査手法とどのくらい合致しているのか、疑問に思わなくもなかったです。エンターテイメントですから、東洋的手法として楽しめましたが。
なお、前作『エンプティー・チェア』で、ライムとサックスの関係がギクシャクしたような記憶が残っていたのですが、勘違いだったようです。
2016年10月08日
キャロル・ウィルキンソン(もきかずこ/訳)
『ドラゴンキーパー 最後の宮廷龍』金の星社
漢の国の西の境界をなす荒涼とした峰のひとつに、黄陵山はあった。夏は焼けつくように暑く、息をするのも苦しいほど。冬のあいだは腰までうまる雪におおわれ、凍てつく風が吹き荒れる。
そんな黄陵山に、離宮は建てられていた。
宮殿の傍らには宮廷に飼われている龍たちがいる。龍は、幸運をもたらす神獣。だが、現皇帝は龍を疎んじており、黄陵宮が顧みられることはなかった。
龍たちを任されているのは、龍守り(ドラゴン・キーパー)のラン。だがランは、龍の世話を奴隷の少女におしつけていた。
少女は自分の名前さえ知らない。
自分のことを無視する龍に愛情を抱くことはできず、面倒を見るのもおざなり。ところが、2匹だけ残っていた龍の一方が死んでしまう。
それ以来少女は心を入れ替え、最後の龍を親身になって世話するようになる。
そんなころ、ついに皇帝が黄陵宮に現れた。龍狩り(ドラゴンハンター)のディアオを連れて。皇帝は、龍を売ってしまおうと考えていたのだ。
少女は、龍を逃がそうとする。
こうして、少女と龍の逃避行が始まった。
龍の名は、ロン・ダンザ。少女の頭の中に語りかけてくる。そして、少女の持つ木片にはひとつの言葉が書かれてあった。
ピン。
ランが教えようとしなかった、少女の名前だった。
お尋ね者となったピンは、ダンザに連れられ海を目指すが……。
三部作の一作目。
黄陵山しか知らないピンは、ダンザを逃がした後は帰ろうとしますが、保身に走ったランのために叶わなくなります。やむなくダンザと行動を共にすることに。
道中、龍の玉を預かって面倒を見たり、ダンザによる訓練を受けたり、少しずつ成長していきます。
舞台は、漢の時代の中国。ただし、作者は西洋文化圏のオーストラリア人。雰囲気は東洋風なんですけど、東洋龍だと思われるダンザに翼があったり、ちょっとしたところで、ひっかかりを覚えてしまいました。
旅路の紆余曲折さとか、ピンの成長、皇帝の崩御と新皇帝との出会い、追ってくるディアオとの戦い、などなど盛りだくさんではあります。
児童書ですが、読み応えはありました。
2016年10月09日
高野和明
『13階段』講談社文庫
三上純一は25歳のとき、傷害致死の罪で懲役2年の実刑判決を受けた。
それから1年8ヶ月。
仮出獄許可を得て、現実を目の当たりにする。
民事訴訟で被害者遺族と和解が成立しているのは聞いていたが、内容までは知らされていなかった。賠償額は、7000万円。両親は金策に走り、それでもまだ2700万円が残っているという。
弟からは疎まれ、世間の風当たりも強い。そんな純一に声をかけたのが、南郷正二だった。
南郷は、松山刑務所の主席矯正処遇官。南郷は純一の経歴を知り、仕事を頼みにきたのだ。
仕事内容は、死刑囚の冤罪を晴らすこと。3ヶ月の期間限定。ちょうど、保護観察が終わるまでの期間だった。
報酬は月に100万円。そして、成功報酬は1000万円。
純一はまとまった資金を得るため、申し出を受ける。
事件が起こったのは、1991年8月29日。
千葉県は中湊郡。宇津木夫妻は車で、年老いた両親を尋ねようとしていた。そして、実家まであと300メートルというところで、路上に倒れている男と、投げ出されたバイクを発見する。
救急車を呼ぼうと実家に駆け込んだ宇津木が見たのは、両親の惨殺死体だった。
バイク事故を起こしていたのは、樹原亮。保護観察処分を受けており、担当の保護司は殺された宇津木耕平。樹原の衣類から被害者夫婦の血液が検出され、財布には宇津木耕平のキャッシュカードが入っていた。
そのことから樹原は逮捕され、死刑判決が下される。
だが、冤罪の可能性があった。しかし、樹原は、事故のショックから犯行時刻の前後数時間の記憶を失っており、容疑を否認することすらできない。
同じ、1991年8月29日。
高校三年生だった純一は、千葉県は中湊郡で補導されている。その経歴故、南郷の目に留まったのだが……。
江戸川乱歩賞受賞作。
純一は南郷と協力して、殺人事件について調べていきます。純一に暗い影を落としているのが、2年ほど前の自身の傷害致死事件と高校生のころの事件。
最終的にいろんなことが繋がって、すべては明らかになっていきます。そして、ちょこちょこと挟まるのが、どんどん進んでいく死刑執行の手続。タイムリミットが近づいているのが切実に感じられました。
そういう構成は見事。
ただ、死刑制度を扱っているからか、どこか啓蒙書のようでした。登場人物にそれぞれの思いがあるのはいいけれど、それが出過ぎているというか。
まぁ、デビュー作なので。
2016年10月13日
畠中 恵
『たぶんねこ』新潮文庫
《しゃばけ》シリーズ第12巻
一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
そして、このたび2ヶ月も病にかからなかった一太郎に手代たちは、さらに体を芯から丈夫にするため、5つの約束を課した。
・仕事をせずに、離れでゆっくりすること
・疲れるゆえに気になる女子がいても恋はお預け
・栄吉のことを心配しすぎないこと
・離れに巣くう妖のために外出したりしないこと
・とにかく災難に巻き込まれないこと
「跡取り三人」
河内屋の仕切りで、寒蜆(かんしじみ)を味わう会が開かれた。集まったのは、通町周辺の商人たち。そこで、一太郎と、武蔵屋の幸七、松田屋の小一郎という3人の跡取り息子たちが紹介された。
3人は、同席していた両国の親分大貞の提案で、勝負をすることになってしまう。
自分一人の力でどれだけ稼げるか。場所は、両国の盛り場。自分で仕事を探し出し、一番稼いだ者が勝ちとなる。
早速、3人は町に繰り出すが、どうもこの「勝負」には不自然なところがある。一太郎は調べ始めるが……。
「こいさがし」
14歳の於こんが、長崎屋に行儀見習いとして預けられることになった。於こんは、一太郎の母おたえの知り合い。なにひとつこなせず、教育係に叱られてばかり。
そんな折り、両国の大貞親分の片腕富松が訪ねてきた。
親分は、縁組みの世話人を始めたらしい。そのため富松も見合いの席を設けようと四苦八苦している。一太郎が適当な若者たちを知らないかどうか、相談にきたのだ。
手代たちの尽力もあり、二組の見合いが行われることになるが、於こんが見物したいと言い出して……。
「くたびれ砂糖」
一太郎の幼なじみ栄吉が、安野屋の用事で長崎屋に砂糖を買いにきた。
なんでも安野屋は大変なことになっているらしい。主人と番頭の2人共が病に倒れ、新入りの小僧たちは勝手放題。菓子作りが下手な栄吉は馬鹿にされる始末。
栄吉についてきた小僧は、長崎屋でも悪さをしてしまう。怒った妖たちは、栄吉の行李に忍び込んで安野屋へ。
あわてて一太郎は安野屋に向かうが……。
「みどりのたま」
かつて、老人古松は、神の庭に戻ることを願っていた。歳をとった古松は病も得て、もう戻ることはできない。ところが仲間たちは諦めず、病を治す薬をさがしまわっているという。
今の古松の願いは、神の庭の神様に、薬探しを諦めるように仲間たちに声をかけてもらうこと。古松はまさにうってつけの男と出会うが……。
「たぶんねこ」
神の庭から、幽霊の月丸がやってきた。
連れてきたのは、見越の入道。入道が言うには、月丸は神の庭から江戸に戻りたいと望んでいるという。月丸が江戸でやっていけるか、見極めるために入道が同行してきたのだ。
神の庭で月丸は、化ける練習をしてきた。というのも、幽霊だからといって化けて出たい訳じゃなし、他の姿で生きるのも悪くないと思ってのことだった。
そこで一太郎は月丸に化けてみてもらうが、どんなものに化けても中途半端。猫は猫でも、妙なところのある、多分猫、としか言えないものにしかならない。
落ち込む月丸を一太郎は励ますが……。
今作は「序」で示された5つの約束に沿って物語が展開していき「終」でまとめられてます。マンネリを打破しようと苦労してるんだろうな、と。
5つの約束が先だったのが、物語に合わせるようにして5つの約束ができたのか。いずれにせよ、少し、無理矢理感がありました。
5つの物語にするという縛りがなければ手代たちは、最初の「跡取り三人」が終わった時点で一太郎をどうにかしていたでしょうに。
いつもの調子で、おもしろくはあるんですけどね。
2016年10月14日
ポール・ギャリコ(古沢安二郎/訳)
『ポセイドン・アドベンチャー』早川書房
汽船ポセイドン号は、81,000トンの大型客船。アフリカと南米の諸港の1ヶ月に及ぶクリスマス巡航を終えた後、リスボンへと帰航の途についていた。
このときポセイドン号は、燃料タンクの三分の二を空にし、船底のバラスト・タンクの水も補充しないまま。というのも、予定を大幅に遅れ、少しの時間を割くこともできなかったのだ。
船長にとって、こんどの航海は巨船の船長としての初仕事。不安なことはたくさんあったが、この先の天候の見立てから、このまま航海を続けることを決めた。
ところが、予期せぬことが起こる。
地震だった。
岩石層の陥没によって起った巨大な巻き上る地震の波に、ポセイドン号は襲われてしまう。船底を上にしてサッとひっくり返ってしまったのだ。ブリッジなどの上部構造物の全体が、すごい音を立てて倒れ、海中に没してしまった。
そのとき船内では、ディナーの真っ最中。
船の中央部か右舷の舷側にいた乗客たちや給仕していたボーイたちは、片輪になるか死ぬかの、いずれかにかたづけられてしまった。比較的幸運だったのは、左舷の舷側のテーブルについていた人たちだった。
とはいうものの、サロン食堂から上の階は水没。生き残った者たちは、二者択一を迫られる。このまま残って助けを待つか、行動するか。
神学博士のフランク・スコットは、今では最上階となっている船底へと向かうことを提案する。
沈みつつある船に救助がくるとしたら、船体を切り開くに違いない。そのとき、救われやすくなるように、と。
スコットは仲間たちと共に、船底を目指すが……。
映画「ポセイドン・アドベンチャー」の原作。
スコットは牧師ですが、異例の経歴の持ち主。プリンストンの全米選抜のフルバックを勤める有名な蹴球選手であり、万能選手でもあり、オリンピック十種競技では二回選手権を取り、また名だたるアルピニストでもあったりする、スーパースター。ちょっと暑苦しいんですけど。
なお、スコットは一行を率いて行動しますが、主役ではありません。スコットと一時的に仲間となった人たちに、次々とスポットライトが当てられます。
危機的状況とはいうものの、冒険そのものより登場人物たちの心情吐露に力が入っているようです。この状況での罵り合いは、読んでてちょっとつらい。
なぜ一致団結できない……。
スコットたちが一歩一歩進むように、読んでいる方も一歩一歩。苦労の連続で、最後の結末には、ただただ唖然。
むなしいです。
でも、このむなしさは、そこまでのアレコレがあったからこそなんですよねぇ。
2016年10月16日
ピアズ・アンソニイ
(山田順子/訳)
『ガーゴイルの誓い』ハヤカワ文庫FT
《魔法の国ザンス》シリーズ第18巻。
ゲイリー・ガーは、ガーゴイル。
ガーの一家は、いつとはわからない時代から、スワン・ニー川の守護をしてきた。スワン・ニー川は、おぞましいマンダニアからザンスに流れこんでいる。その水を清らかに保つことが、ゲイリーのゲイッシュ(名誉ある義務を果たす誓い)なのだ。
ところがこの数十年、水が少しずつ汚れてきて、目に見えるほど不純物がまじるようになっていた。困り果てたゲイリーは、よい魔法使いハンフリーに解決策を尋ねに行く。
ゲイリーは質問の答えを得るのと引換えに、人間の姿になったうえ、6歳の幼女サプライズの家庭教師を任せられてしまう。それで教えられたのは、フィルターを手に入れろ、と一言だけ。
どこで手に入れるかは、ハテエイタスに訊けばいいらしい。ゾンビーの頭の息子のハイエイタスに。
そのハイエイタスは、子供だったころに出会ったドライアドのデジレに魅せられてしまっていた。ドライアドは大人を相手にしない種族。再会できないままに、デジレの宿る木は〈狂気地帯〉に飲み込まれている。
一行は〈狂気地帯〉に足を踏み入れるが……。
ゲイリーを冒険の旅に誘うのは、女悪魔のメンティア。
メンティアというのは、女悪魔メトリアの第二の自我。メトリアは「結婚して、半分の魂を得て、恋に落ちた。その順番で」それでいづらくなってメトリアから離れて、独立して存在するに至りました。ただ、少し調子がくるってます。
その他、若返った女王アイリスも登場します。
このシリーズを読むのは3年ぶり。
いろいろと忘れてしまっているせいか、サクサクと読むことができませんでした。なんでそうなるのかな、と疑問ばかりが先立ちまして。
ザンス世界の先史時代のことが語られたり、意義深い物語なのでしょうけど。