2016年10月28日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『女悪魔の任務』ハヤカワ文庫FT
《魔法の国ザンス》シリーズ第19巻。
女悪魔のメトリアはヴェレーノと結婚し、半分の魂を得て、恋に落ちた。幸せな生活を送っていたが、コウノトリに熱烈な合図を送っているにも拘らず、まったく返事がこない。今年だけで750回ほど試しているにもかかわらず、ことごとく受け取り損ねているらしいのだ。
そこでメトリアは、よき魔法使いハンフリーに相談をした。
ハンフリーの助言は、鳥の王シムルグに会うこと。
シムルグへの奉公が終わったときに明らかになる。シムルグのもとに行け、と。
シムルグが住んでいるのは、クアフ。地球を取り巻く山脈だ。そこは、一個のエメラルドでできているという。
苦労の末にたどり着いたメトリアはシムルグから、召還トークンの詰まった袋を受け取った。二週間後、名なき城にて裁判が開かれる。ロク鳥のロクサーヌが訴追され、陪審の前で審理されることになっているらしい。
メトリアは裁判までに、関係者全員を召還しなければならない。 トークンは全部で30枚。
なぜロクサーヌは裁判にかけられることになったのか。ロクサーヌだとて、シムルグへの奉公の真っ最中。名なき城にて600年近く、忠実に卵を守ってきたというのに。
メトリアは疑問を感じつつも任務をこなしていくが……。
メトリアに同行するのは、前作『ガーゴイルの誓い』で大活躍した悪しき半身のメンティア。それと、メトリアの小さな女の子人格であるウオゥ・ビタイド。
女悪魔のため瞬間移動ができますから、展開はスピーディ。ただ、マンダニアに行かなくてはならなくなったり、何者かの妨害工作があったり、一筋縄では行きません。
召還する30人は、ほとんどが過去に活躍した人たち。後日談的な意味合いも持たせた物語なのかな、と。
メトリアの過去も語られて、なかなか贅沢な気分を味あわせてもらいました。
2016年10月29日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『魔王とひとしずくの涙』ハヤカワ文庫FT
《魔法の国ザンス》シリーズ第20巻。
太陽系惑星を支配する魔王たちは、めずらしく集まり、議論していた。
このところのゲームで、魔王X(A/N)thは連戦連勝。自分のところの下級生きものどもの質がいいからだと、魔王X(A/N)thは鼻高々。しかし、他の魔王たちはおもしろくない。
そこで、新たなコンテストが開始されることになった。
勝敗は、死すべき運命の生きものとなった魔王X(A/N)thが、任意のパートナーから、ひとしずくの涙を受け取れるか否か。それだけで決まる。
ザンスで暮らすことになる魔王X(A/N)thは、下級生きものたちに真の姿を告げてはならない。その代わり、パートナーにだけ、一瞬の意思伝達をしてよい。そのあとは言語による意思伝達能力は失われる。
魔王としての能力を使えるのは、下級生きものにたのまれたときのみ。自由に動けるのは、パートナーと行動をともにするときのみ。
早速ザンスに現れた魔王X(A/N)thだったが、他の魔王たちの策略で、ドラゴンの体に汚水アヒルの声とロバの頭を持つ生きものに変えられてしまった。その名を、ニムビー。
意識を広げたニムビーは、同情心の篤い者を探しだす。
ニムビーが選んだのは、ミス・フォーチュンだった。賢く、つつましやかで、愛想がよく、愛らしくて、思いやりがあって、他者を外見だけで判断しない。
ニムビーはフォーチュンの行動を予測し、先回りして身を隠す。まずは姿を見せないようにして、やってきた人間の女に語りかけた。
ところが、そこにいたのはフォーチュンではなく、クローリンだった。
クローリンは、教養がなくて、愚かで、心がねじけていて、どこからどこまでフォーチュンとは正反対。同情心などこれっぽっちももっておらず、家族に虐待されてきたため、感受性もどこかに消え失せている。
そのうえ、長いこと泣き暮らしてきたため、涙はもはやひとつぶしか残されていない。
クローリンはニムビーと旅をすることに同意するが……。
今作でポイントとなるのが、マンダニア人のボールドウィン一家。キャンピングカーで移動中、猛烈な嵐の中で立往生。気がつけばザンスにやってきていました。
彼らをマンダニアに帰すための案内人が、クローリン。もちろん、ニムビーつき。
ボールドウィン一家はペットも含めて、お互いに愛情の絆で結ばれています。それがニムビーにとっても新鮮。クローリンの頼みもあって、ボールドウィン一家共々、大嵐に見舞われつつあるザンスを救おうとします。
ただ……。
ニムビーはしゃべらないものの、書き文字で意思の疎通をしています。魔王は絶対的な能力の持ち主であるだけに、もうちょっと制限してほしかったなぁ、と。それが残念。
2016年10月30日
ピアズ・アンソニイ(山田順子/訳)
『アイダ王女の小さな月』ハヤカワ文庫FT
《魔法の国ザンス》シリーズ第21巻。
フォレストは、サンダル木の精霊フォーン。
同じくフォーンのブランチが失踪し、残された木靴木のために、適切な守護精霊を見つけようと決意する。
頼ったのは、よき魔法使いハンフリー。
ところがハンフリーは、フォレストの質問を聞くことすらしない。そのうち夢馬が明らかにしてくれる、と言うだけ。
現れた夢馬のインブリによると、フォレストをプテロに案内するのが自身の役割だという。
プテロというのは、アイダ王女の頭のまわりをまわる月。
そこには、一時的にザンスに住んでいた人々、未来にザンスで生きることになる人々、そして、もしかするとザンスで生きることになるかもしれない人々がいる。プテロでは確実なものはなにひとつない。すべてのものが各自の可能な状態で、同時に存在しているのだ。
フォレストの探すフォーンも、プテロにいるのだろう。
フォレストはインブリに導かれ、魂だけの存在となってプテロへと向かうが……。
プテロでは、西へ向かうと年齢が若返り、東へ進むと年を寄ります。そのため、行動範囲に制約がでてきます。
そして、プテロの人間社会は危機に見舞われています。フォレストたちは、アイダ王女の頭のまわりをまわる三角錐の月から攻撃を受けていることに気がつき、調査に赴きます。同行するのは、アイダ王女の姪で双児のドーンとイーヴ。
アイダ王女の月に行くとアイダ王女がいて、そのまた月に行くとやっぱりアイダ王女かいる。入れ子状の世界は、それぞれに特色があります。
このところマンネリ気味だったので、こういう変化は大歓迎。
ですが、シリーズはまだまだ続いているものの、翻訳は本作で打ち止めだそうです。
長大になりすぎたのでしょうねぇ。
残念なような、仕方ないような。
この物語についてご紹介する前に書きますが、まっさらな状態で読むのは、とても厳しかったです。世界が独特すぎました。多少の予備知識があると、読む助けになります。
ただ、慎重に読み進めて徐々に理解が進み、一気に世界が開けた瞬間の喜びはひとしおでもあります。あまりの分からなさに、早々に本書裏の内容紹介文を読んでしまいましたが、我慢すればよかったな、と反省した次第です。
アヴィス・ベナー・チョウは、惑星アリエカ出身のイマーサー。
虚空船は恒常宇宙(イマー)に潜り、宇宙を旅する。操舵員としてイマーに潜るには才能が必要だ。そして、イマーサーになるには、運もいる。
アヴィスの運は、ホストたちの直喩となることだった。
アリエカにおける人類の居留地〈エンバシータウン〉では、アリエカ人たちのことを敬畏を込めてホストと呼ぶ。彼らは、2つの口を同時に使ってゲンゴをしゃべる。
ゲンゴは、ふたつの音を重ねただけでは通用しない。音の奥にある精神まで一致しなければならないのだ。人類はホストと会話するため、クローン技術によって生み出した均一の2人を〈大使〉として活躍させていた。
そしてまた、ゲンゴは、現実と対応しなければならない。ゲンゴでは、実在しないものについて語ることはできない。ゲンゴで、あることについて表現するには、体系化が必要だった。
そのためにホストたちは直喩を使う。ゲンゴの一部となることは名誉なことであり、〈エンバシータウン〉を取り仕切る人々からの厚意を得られることでもあった。
アヴィスは、イマーサーとしてアリエカを脱出した後、言語学者のサイルと出会い、結婚した。サイルはゲンゴに並々ならぬ興味を抱いている。アヴィスはサイルを連れて、故郷に帰還した。
アヴィスは、蓄えや情報を元手に〈エンバシータウン〉での立ち位置を築いていく。
そんなころ、衝撃的な事件が起こった。
本国ブレーメンが〈エンバシータウン〉に、新しい大使を送り込んできたのだ。双子ですらない、赤の他人同士のペアだった。
到着した大使エズ/ラーのゲンゴは完璧。だがホストたちは、奇異なる反応を見せる。エズ/ラーのゲンゴは、彼らにとっての麻薬だったのだ。
すっかり中毒となってしまったホストたちは、エズ/ラーがしゃべることを要求するが……。
物語世界が動き出すのは、エズ/ラーが挨拶のゲンゴをしゃべったとき。
当初、大使やスタッフは、ホストの異変を隠そうとします。上層部は雲隠れして、ホストたちも音信不通状態。アヴィスにも情報は入ってこず、右往左往します。
それと平行して、アヴィスの少女時代の逸話や、サイルとの出会いと離反、ホストたちの〈嘘祭〉など、さまざまなことが行きつ戻りつしながら語られます。
時間の流れがひとつにまとまるのは、3分の1を過ぎたあたりから。そこまでが序盤だったのかな、と。
物語が進むにつれて大きな意味を持ってくるのが、アリエカがイマーにおける辺境の地であること。滅多に船がやってこないので、人類が〈エンバシータウン〉で生き延びるには、ホストたちの協力は必要不可欠。ところが肝心のホストが麻薬中毒になってしまっていて、パイプラインが停まってしまいます。
一方のホスト側にも、麻薬に侵されることを快しとしない者が現れます。
人類側も必死だし、ホストたちも悲壮な決意を見せます。その美しさたるや!
2016年11月23日
チャイナ・ミエヴィル(内田昌之/訳)
『アンランダン(上) ザナと傘飛び男の大冒険』
『アンランダン(下) ディーバとさかさま銃の大逆襲』
河出書房新社
ザナとディーバは、同じ団地に暮らす仲良しの中学生。あるときから、ザナの身辺で奇妙なできごとが起こり始める。
雲のかたちが、ザナにそっくり。動物たちに敬意を払われる。ザナ宛に、謎のトラベルカードが届く。知らない人たちから“シュワジ”と呼びかけられる。
フランス語の授業でふたりは、シュワジの意味を知った。シュワジとは、選ばれし者だという。
そんなある夜ザナとディーバは、奇妙な傘を目撃した。その傘は壊れていて、まるで生きているようだった。ザナの家を監視しているかのような行動に、ふたりは傘を追いかける。そして、地下室を通って不思議な世界に迷い込んでしまう。
そこは、アンランダン……裏ロンドンだった。
裏ロンドンには、ロンドンで不要になったモノ、いつの間にか忘れ去られたモノがしみこんでくる。その逆に、裏ロンドンの出来事がロンドンに影響を及ぼすこともある。
そして裏ロンドンは、一度は撃退したスモッグから、ふたたび攻撃を受けつつあった。スモッグの脅威におびえる人々が待ち望んでいるのは、救世主シュワジの出現だ。
ザナこそが、予言されたシュワジなのだ。
ザナとディーバは、針山の頭を持つファッションデザイナーのオーハディと出会い、二階建てバスの車掌ジョーンズに助けられ、予言者たちのいる神隠れ橋へと向かう。
ザナが成すべきことを知るために……。
児童書。
第一段階は児童文学によくある展開のさせ方で、正直言うと、ミエヴィルでも児童書だとこうなっちゃうんだな〜と思ってました。ところが、”最初の戦いで勝利する"と予言されたザナがあっさり負けたところから急展開。
予言書(自我がある)は意気消沈してしまうし、〈至高の傘〉ブロッケンブロルと英雄アンスティブルがタッグを組んで、ザナはいなくてもいいような雰囲気。肝心のザナは意識不明の重体で、ディーバに連れられてロンドンに帰ります。目覚めたときには、裏ロンドンでの記憶を失っている始末。
実は、登場人物紹介の一番手はザナではなく、ディーバ。上巻サブタイトルの「ザナと傘飛び男の大冒険」になかなかならなくてやきもきしましたが、「ディーバとさかさま銃の大逆襲」のパートに移って納得しました。
ディーバが自分に関する予言のことを知ったとき、読者はきっとディーバを応援することと思います。
残念なのは、物語が動き始めるのが少し遅めで、しかもそこまでが、やや退屈ってところ。上巻を半分だけ読んで投げ出した人がいるとしたら、なんとももったいないことです。
2016年11月26日
ネヴィル・シュート(池 央耿/訳)
『パイド・パイパー 自由への越境』創元推理文庫
(旧題『さすらいの旅路』)
ジョン・シドニー・ハワードは、イギリス人。
娘イーニッドは結婚し、アメリカのロングアイランドに暮らしている。息子ジョンはイギリス空軍少佐。自身はマーケットサフロンの片田舎で独り暮らし。
戦争がはじまり、ハワードなりに国の役に立とうと模索するが、すでに70歳に手が届く老人。役立たずの余計者だと痛感するしかなかった。
そんな折、生涯を左右する大事件が勃発する。
ハワードは家を引き払い、ロンドンに移り住んだ。だが気は晴れず、日増しにイギリスを去りたい気持ちが募っていく。
ハワードは、病気静養を装って海峡を渡った。向かった先は、ジュネーブにほど近い南フランス。楽しい思い出がつまったジュラの山、シドートンのホテルだった。
このころフランスの新聞は、ドイツ軍のノルウェーとデンマーク侵攻を憂慮する記事で埋まっている。だが、ハワードにとっても、シドートンの住民たちにとっても、戦争は遠くの出来事でしかない。
ところが、史上例のないダンケルク大撤退作戦の知らせがもたらされたことで状況は一変。ハワードは、居ても立ってもいられなくなる。年寄りの自分でも防空警備員ならできるのではないか、と考えたハワードは、帰国することを決意。準備を始める。
当初は、ひとりでの帰国になるはずだった。シドートン滞在中に親しくなったキャヴァナー夫妻の子供たちを預かるまでは。
ロナルドとシーラの兄妹は、それはいい子だった。とはいえ、子供は子供。旅の負担となることは間違いない。ハワードは、まっすぐカレーに出てドーバー海峡を渡る計画をたてる。
折しも、ドイツ軍がセーヌ川を越えてパリ北方に侵入。
汽車の運行は途切れがちで、なんとかディジョンにたどり着いた一行だったが、シーラが熱をだしてしまう。
ハワードは子供のことを第一に考え、シーラが回復するまでディジョンに滞在することを選ぶが……。
タイトルは「ハーメルンの笛吹き男」から。
はじまりは、イギリスでクラブを経営する〈私〉が、ハワードという老人の話を拝聴するところから。ハワードの回想をとっかかりに、物語は展開していきます。
早い段階で知れるので書きますが、ハワードの生涯を左右した大事件とは、息子ジョンの戦死。その死は、ハワードのイギリス脱出のきっかけとなるだけでなく、その後の出来事に大きく影響していきます。
基本は、ハワードと子供たちのフランス脱出の旅。
子供ゆえの自由奔放さにやきもきしたり、戦災孤児という哀しい現実に涙したり、子供を助けようとする人に感動したり。
それにしても、この時期を題材にした戦争ものはたいていドイツ兵が悪く書かれますが、ドイツの人たちはどういう思いで読んでいるのでしょうか。思いを馳せていると、当時のドイツ兵も人の子なんだ、というエピソードがありまして、それが救いでした。
2016年12月02日
ジェフリー・ディーヴァー(池田真紀子/訳)
『魔術師(イリュージョニスト)』文藝春秋
《リンカーン・ライム》シリーズ、第五作
リンカーン・ライムは、犯罪学者。科学捜査の専門家。四肢麻痺という障害を抱えているが、明晰な頭脳は健在。障害者だからと気を遣われることを何よりも嫌っている。
マンハッタンの音楽芸術学校で、不可解な事件が起きた。
発端は、警備員が聞いた悲鳴のような大声。通りかかったパトロール中の巡査たちが現場で見つけたのは、目を見開いたまま倒れた娘と、その傍らにしゃがむ中年の男だった。
男が逃げ込んだのはリサイタルホール。出入口を封鎖し、巡査は裏口にまわった。通路にいた初老の用務員の証言によると、誰も通っていないらしい。
ところが、リサイタルホールに踏み込んだ警察は、男を発見することができなかった。消えてしまったのだ。
この不可思議な事件の謎を解くため、ライムに依頼が持ち込まれた。
入館者たちは全員、入館者名簿に署名を残している。その姿は監視カメラにも記録されている。しかし、映っている9人に対し、署名があるのは8人分のみ。
消えた1人は誰なのか?
どこに消えたのか?
現場に残された遺留品などから、マジック用品店への聞き込みが始まる。関係者の口は重い。
そんな中ただひとり、被害者の年齢に近いカーラが協力を申し出てくれた。
カーラは修行中のマジシャン。殺害の仕方が、マジックの演目のひとつに酷似していることを指摘する。それは、有名なハリー・フーディーニの〈手持ち無沙汰の絞首刑執行人〉と呼ばれるもの。
犯人はイリュージョニストなのか?
イリュージョニストを題材にしたミステリ。
なんでも前作を執筆中に新たな着想が浮かんでしまい、すぐに書き上げた作品だそうで。なるほど、そういう感じ。
二転三転するのはいつもの通り。今回の場合、そもそも犯人が二転三転を狙ってしているのが特徴。被害者がなぜ死ななければならなかったのか、考えると哀れでなりません。
そして、犯人の思惑以外のところでも二転三転。
納得できるところと、できないところと、驚くところと、いろいろと混ざっていました。おもしろくはあるけれど、どうも釈然としない。そういう読後感が残ってしまいました。
《書店猫ハムレットの事件簿》
ダーラ・ペティストーンが大叔母のディーから相続したのは、ブルックリンにある修復されたブラウンストーンだった。
正面に褐色砂岩を用いたブラウンストーンには、アパートメントがふたつと、書店〈ペティストーンズ・ファイン・ブックス〉が入っている。ダーラは建物と一緒に、店子のジャクリーン・“ジェイク”・マルテッリと、店長のジェイムズ・T・ジェイムズも引き継いだ。
ジェイクは、元は警察官。負傷したために引退して、私立探偵社を起業するところ。店賃を割引く代わりに、警備員を兼ねてくれている。
一方のジェイムズは、元教授。地元の名門大学で英語を教えていた。その知識量は、書店の収益に貢献してくれている。
そして、もうひとつ。
〈ペティストーンズ・ファイン・ブックス〉には、黒猫のハムレットがつきもの。
ハムレットは、ここ10年ほど書店に君臨している。公式マスコットということになるが、いわば四本肢の悪魔。気難しく、気に入らない客に横柄な態度をとることもしばしば。
ダーラがブルックリンに越してきて8ヶ月。
人手不足のためパートタイムの従業員を雇うことにするが、人選が難航してしまう。というのも、ことごとくハムレットにはねつけられてしまうのだ。
そんなとき面接に現れたのが、18歳のロバート・ギルモアだった。
ロバートは、数日前まで〈ビルズ・ブックス・アンド・スタッフ〉で働いていた。〈ビルズ・ブックス・アンド・スタッフ〉は書店を名乗っているが、実のところポルノショップだ。ロバートは道徳的に正しいことをしたために客とトラブルになり、オーナーのビルからクビを言い渡されてしまったのだ。
ダーラが驚いたことに、ロバートとハムレットの相性は抜群。無事に、新たな従業員が決まる。
ところが、元の雇い主ビルに怒鳴りこまれてしまう。なんとか場を収めるダーラ。そこに、得意先の建築業者カート・ベネデットが現れた。
どうやらビルは、カートと諍いを抱えているらしい。
そんな出来事のあった数日後。
カートが死体となって発見された。見つけたのは、カートの共同経営者のバリー・アイゼンと、ダーラだった。
ダーラは、遺体のそばに猫らしき足跡があったことが気になって仕方がない。ハムレットが、事件にかかわり、あるいは殺人を目撃したのではないか?
ハムレットは、なにかを訴えるような行動をとりはじめる。ダーラは仲間たちと、解釈に勤しむが……。
《書店猫ハムレットの事件簿》翻訳一作目。実はシリーズ二作目。
そのため、前作で扱われたらしきエピソードが、ちょこっとでてきます。ロバートとも実はいろいろとあったようです。読んでいて困ることはありませんが、気になりました。知っていれば、もっと楽しめたのではないか、と。
ハムレットは、実に猫らしい猫。ダーラが飼い主ですが、なついてはいません。ダーラも、猫好きという雰囲気ではなく。
主人公と猫の距離のある関係性はいいんですけど、その分、ハムレットの事件への関わらせ方が、無理矢理な感じが……。
事件とハムレットを切り離した方がスッキリしそうでした。《書店猫ハムレットの事件簿》なので、そうもいかないんでしょうけど。
2016年12月04日
葉室 麟
『蜩ノ記』祥伝社
檀野庄三郎は、豊後羽根(うね)藩奥祐筆。
些細なことから城内で刃傷沙汰を起こしてしまった。相手は、親友の水上信吾。
通常なら喧嘩両成敗でともに切腹となるところだ。幸い、かけつけた奏者番・原市之進の機転で事故として収められた。信吾が、家老・中根兵右衛門の甥だったこともあり、ことさら騒ぎだてる者もいなかった。
だが、庄三郎が喧嘩騒ぎの発端となったのは隠しようがない。右足に深手を負った信吾は、歩行が不自由となってしまっている。庄三郎は家督を弟に譲り、隠居の身となった。
そして、城を離れること七里、向山村での蟄居を言い渡される。兵右衛門からの密命と共に。
向山村には、七年前から幽閉されている武士がいた。
戸田秋谷(しゅうこく)。
江戸表の中老格用人だったが、江戸屋敷で側室と密通するという咎をおかした。
その当時秋谷は、御家の家譜作りに取り組んでいた。そのため藩主兼通は即時の切腹ではなく、10年という猶予期間を設けた。その間に家譜編纂を完成させるように命じて。
庄三郎の役目は、表向きは家譜の編纂を手伝うこと。そうしながら秋谷を監視し、3年後にやってくる秋谷の切腹を見届ける。
そしてもうひとつ。秋谷が、7年前の側室不義にまつわる一件をどう書くのか。兵右衛門に報告せねばならない。
秋谷の屋敷で暮らすことになった庄三郎は、徐々に秋谷に傾倒していく。やがて無実を確信し、切腹を食い止めようと、あの事件の真相を解明しようとするが……。
直木賞受賞作。
なんだかまるで、藤沢周平の『蝉しぐれ』のようでした。主軸は違うのですが、心に引っかかりながら読んでました。
作中に流れる時間は3年。家譜編纂とあって初代藩主からのあれこれも語られるため、広がりがあります。
庄三郎は、清廉潔白な秋谷に会って変わっていきます。秋谷には妻子があり、10歳の郁太郎もわずか3年で急成長。
それらの変化の背景にあるのが、7年前の側室をめぐる事件。
実は、兼通が3年前に急死しています。もしかすると兼通は秋谷を許すつもりだったのではないか、という憶測がなされます。が、もはや誰にも分かりません。
物語のはじめから、読者にもはっきり分かっていることがひとつあります。兵右衛門が事件の書かれ方を気にする時点で、かなりあやしいということ。
そういう物語の展開のさせ方ってどうなのかな、と。美しい世界なだけに、もったいなく思われたのでした。
日本オリジナル短編集。
味わい的には、アイデア勝負のショートショートのような物語が多かったです。まとめて読むより、なにかの折りにバラバラに読みたい。そんな感じ。
「ゴッド・ガン」(大森望/訳)
ロドリックは玄人はだしの貪欲な学者であり、正真正銘の発明家だった。その守備範囲はおそろしく広く、物理化学の最先端に通暁しているばかりか、あらゆる哲学体系、神秘主義体系についても渉猟している。
しかし、ロドリックには感情が欠落していた。
あるときロドリックは、神を破壊するための銃を作り上げるが……。
友人から見た、ロドリックのマッドサイエンティストぶりが書かれます。創造主の定義と、どうすれば殺すことができるのか? 殺したらどうなるのか?
とにかく大真面目。
「大きな音」(大森望/訳)
ギャドマンが最初にその話をしたのは、30歳の時だった。
宇宙でいちばん大きい音とは?
アンプで増幅したような人工的な音でなはなく、本物の大きい音とはどういうものなのか。ギャドマンは、正真正銘の大きい音について考え続けていた。齢50歳にして思いついたアイデアは、6000人からなるオーケストラ。
大所帯ながらも混沌としていない、まとまった音をだすにはどうすればいいのか?
視点は、ギャドマンの友人なのか近しい人物。ギャドマンはどことなく子供のようで、発想がおもしろいです。奇才ぶりが読んでいておもしろいです。
「地底潜艦〈インタースティス〉」(中村融/訳)
地底艦艇の開発が進み、ついに〈インタースティス〉は完成した。艦は偏極場にくるまれることで、固体のなかを突き進むことができる。
艦の真価を証明するための試験航行で〈インタースティス〉は、アメリカ大陸を横断する旅に乗りだした。深度は10マイル。あらゆる地層をすりぬけ、旅は順調に進む。
ところが艦長が浮上を命じたとき、トラブルが発生してしまう。強烈なエネルギーに邪魔され、深度5マイルより浮上できないのだ。一行はある決断を下すが……。
主人公は、技術士官のロス。そのため技術的なことが話題の中心となってます。事件は、浮上できないことだけではありません。地底に潜ったらお約束かな、という出来事と、これぞベイリーなよく分からないけれど壮大なネタが楽しかったです。
「空間の海に帆をかける船」(大森望/訳)
旧題「空間の大海に帆をかける船」
リムは太陽系でもトップクラスの物理学者だった。それも、ロンドン大学素粒子研究所の所長をぶん殴るまで。あれ以来、仕事がまわってこなくなり、今では海王星を周回する宇宙船に追いやられる始末。
おかげでリムは、酒浸りになりながら観測の日々を送っていた。
そんなある日、小惑星のような黒い物体が現れる。どういうわけだか質量がない。リムは、それが自然のものではなく人工物だと判断するが……。
視点は、リムと一緒に行動している友人。物理学者ではないため、解説の役割を担ってます。
「死の船」(中村融/訳)
旧題「彼岸への旅」
ティーシュンは、ヨーロッパ・リーダーのために働く物理学者。ヨーロッパは目下のところ北方世界と戦争中。物理学者たちは勝利のために、未来航行船をつくっている。
過去は固定されているため、もはや変えようがない。しかし、絶対未来に赴けば直接の影響を与えることができるのだ。理論上では。
ティーシュンは、出来の悪いわが子の未来を憂い、試作機に乗ろうと画策するが……。
過去と現在と未来の関係が新鮮でした。自分の力でのし上がったティーシュンが、息子を一流にしようとあがいているのがなんとも痛ましく。
「災厄の船」(中村融/訳)
大いなる〈災厄の船〉は、エルフの船だった。
絢爛たる軍用ガレー船の糧は、災厄そのもの。災厄は、はじめ造船所に襲いかかり、エルフの国をも蹂躙した。エルフたちは戦に敗れ、都を征服され、海軍は蹴散らさた。
今では〈災厄の船〉は、陸地のありかを知らないままに、航海を続けている。
人間たちの船に出くわしたのは、乏しい食料が底をつきかけたころ。〈災厄の船〉は襲いかかり、ただひとり生き残った人間がとらえられるが……。
いかにもなエルフが出てきて、まるきりファンタジー。こういう作品もあったんだと、少々驚きました。
「ロモー博士の島」(中村融/訳)
ロモー博士は、史上最大級の天才。自分の島にひきこもり、研究に明け暮れている。
島を訪れるには、案内人は必要不可欠。そんな孤島をロモー博士は、苦痛の世界における快楽の場所だという。ロモー博士がめざしているのは、科学を用いて、性的満足の領域を拡張すること。
博士を取材するため島を訪れたプレンティスは、博士の開発した薬に嫌悪感をあらわにしてしまうが……。
タイトル的には、元ネタはH・G・ウエルズの『モロー博士の島』。モロー博士は動物が相手ですが、ロモー博士の相手は人間。
「ブレイン・レース」(大森望/訳)
ロイガー、ブランド、ウェッセルの3人は、大鎌猫を狩ろうとしていた。ところが逆に襲われてしまう。ウェッセルは切り刻まれて死んだ。
だが、まだ一縷の望みはある。真っ先に心臓が停止したために、体内には大量の血液が残っている。腐敗の進行をとどめ、すぐさま処置さえできれば……。
しかし、設備のととのった病院までは6週間の距離。唯一の可能性が、チド人の高度な外科技術だった。
大陸の反対側に、チドのキャンプがあるのだ。政府はチド人との一切の接触を禁じているのだが……。
「蟹は試してみなきゃいけない」(中村融/訳)
仲間たちとつるんでは、酒を飲み、話題といえば女の子のことばかり。雄の蟹が千匹いるとして、一生のうちに交尾できるのは3匹か4匹。
ほとんどの雄は雌に求愛し続け、しかし望みが叶うことはない。そんな中、仲間のひとりが成功する。仲間たちにも喜びが伝播していくが……。
英国SF作家協会賞受賞。
ベイリーの晩年の代表作だそうで。登場するのは蟹たち。擬人化して書かれてますが、実態は蟹。真剣に蟹の心理を書いているところが、おかしくて、おもしろくて、ほろりとさせられました。
「邪悪の種子」(中村融/訳)
22世紀初頭。ついに太陽系に、系外からの訪問者が現れた。
ただちに異星人を研究するチームが結成される。その中に、外科医のジュリアン・フェルグがいた。
訪問者は、いつしか不死身と呼ばれるようになっていく。彼の年齢は百万歳だったのだ。不死身は、不死の秘密を明かそうとしない。
チームの面々は不死身の主張を受け入れるが、ジュリアンは納得がいかない。不死を追い求め、不死身を誘拐するが……。
ジュリアンの狂気がすごいのです。執着心の塊。不死を望むけれど、不死になることに意味があるのか、そんなに長生きしてなにをしたいのかは分からないので、もはや狂ってるとしか思えない状況。
不死に魅入られてしまったのでしょうね。そのように書こうとしたのだと思いますが。