《居眠り磐音江戸双紙》シリーズ51(最終巻)
坂崎磐音(いわね)は、剣の達人。江戸は神保小路、そして小梅村に尚武館道場を開いていた。
ふたつの道場も落ち着き、磐音は家族と共に豊後関前藩へと向かった。豊後関前藩では、磐音の父・坂崎正睦が国家老を務めている。
齢を重ねた正睦は、なんどとなく藩主の福坂実高に隠居を願い出ていた。だが実高が正睦を頼りに思う気持ちは強く、その度に慰留されてしまう。隠居を許されないまま、病に倒れてしまった。
国家老が不在となった豊後関前藩では、中老の伊鶴儀登左衛門が勢力をのばしていた。元はと言えば、伊鶴儀を抜擢したのは正睦だ。正睦から信頼されているのをいいことに、伊鶴儀は国家老の座を窺うまでになっていた。
そこに、磐音が帰ってきたのだ。
磐音は坂崎の家から出た身。すでに嫡男は別にいる。だが伊鶴儀は、磐音が正睦の跡を継ぐかもしれないと警戒していた。
一方、磐音には国家老を継ぐ気などない。しかし、豊後関前藩での不正を放置する気もしなかった。伊鶴儀を追いつめる準備を整えていくが……。
いよいよこのシリーズも最終巻となりました。
出発点の豊後関前藩に戻っての大円団。というと聞こえはいいですが、豊後関前藩というやつは騒動の絶えないことで。いったい何度目になるのか。
特産品の直販で財政が潤っているので、よからぬことを考える余裕があるのかもしれませんねぇ。でも、まぁ、終わりがまとまってよかったな、と。
今はホッとしてます。
2017年08月06日
浅田次郎
『蒼穹の昴』上下巻/講談社
1886年、冬。清朝末期。
李春児(リィチュンル)は、占星術師の白太太(パイタイタイ)の予言を聞いていた。春児の守護星は胡(えびす)の星、昴。いずれ天下の財宝を手中に収めることになる、と。
現実には春児の家は貧しかった。父も長兄も亡くなり、次兄は寝たきり、三兄は行方知れず。春雲は糞を拾い、なんとか母と妹との暮らしを支えていた。
この世のお宝はすべて老仏爺(ラオフォイエ)のもの。予言を一笑にふした春児だったが、心の中では、ついぞ知らずにいた「希望」が芽生えていた。出世して、老仏爺のお宝をほんの少しでもめぐんでもらえるとしたら……。
そんなころ春児は、梁文秀(リァンウェンシュウ)の従者として都に行くことになった。
実は文秀も、白太太から予言されていた。天子のかたわらで天下の政を司ることになる、と。科挙の予備試験を突破した文秀は、本試験に挑むため都に赴くのだ。予言が現実になろうとしていた。
このころ清国は、大きく揺れていた。
諸外国との戦争により領土をむしり取られ、不平等条約を押し付けられていた。内政では、光緒帝が成人してもなお、後見の老仏爺が権力を手放さずにいる。老仏爺は光緒帝をかわいがるがあまり、国難をおしつけるにしのびないと、政を担い続けていたのだ。
老仏爺の周囲には保守派が集い、改革をとなえる変法派との対立が深まっていた。科挙試験を首席で合格した文秀は、変法派の中心人物となっていく。
一方、文秀と別れて故郷に帰った春児は、予言が忘れられずにいた。貧民の子が出世する唯一の方法は、宦官になることしかない。腹を決めた春児は、みずから浄身してしまう。
ふたたび都に入った春児は、苦労を重ね、ついに老仏爺の目に留まるが……。
春児と文秀の物語。
途中までは。
後半からは、外国のジャーナリストやら正体不明の女やらが登場し、一気に視野が広がります。と同時に、春児と文秀はどこへやら。
老仏爺(西太后)は少々、おきゃんな感じでした。
ときどき挿入される高宗乾隆帝とジュゼッペ・カスティリオーネの物語が謎。たびたび話題にあがる龍玉も必要性を感じられず。続編用の伏線なのかもしれません。
正直なところ、大きな歴史のうねりを、あくまで春児と文秀を追うことで読ませて欲しかったな、と。フェードアウトしたきりではないのですが、序盤が丁寧だった分、いなくなって寂しさが残ってしまいました。
それにしても、名前の読み方(中国語風と日本語風)は統一してもらいたかった……。
2017年08月09日
ラフィク・シャミ(松永美穂/訳)
『夜の語り部』西村書店
サリムは、御者だった。
1930年代、ダマスカスとベイルートは馬車で2日の道のり。客を得ようと、サリムも知恵を絞っていた。
サリムが見いだしたのは、物語だった。話上手なサリムの馬車なら、2日があっという間。ほかの誰にも真似のできない特技だ。
やがてサリムも年老いて引退したが、いまだって、言葉という魔法で小さな部屋を海や砂漠や原始林に変えることができる。しかし、事件が起こった。
1989年の8月、サリムが言葉を失ってしまったのだ。
その夜、サリムのところに妖精がやってきて、引退を告げた。妖精が去ってしまうと、サリムは口をきくことができなくなる。だが、妖精の王様が、若い妖精を手配してくれるという。
もし、サリムが、7つの特別な贈り物を手にすることができたなら。
猶予期間は3ヶ月。サリムには、あと21の言葉をはなすことだけが許されているという。
そのころサリムの家には、7人の友人が毎晩訪ねてきていた。サリムは残された言葉のすべてを使って、妖精のいったことを繰り返した。
サリムの症状は悪ふざけなのか、本当なのか。誰にも判断しようがなかったが、どんなことがあってもサリムは言葉を発しない。心配した友人たちは、さまざまな贈り物を考えた。
成果のないまま残り8日となったとき、ひとつの提案があった。みんなでひとつずつ物語を話そう。サリムのために。
こうしてサリムの友人たちは、毎晩ひとりずつ語り始めるが……。
千夜一夜的な、枠物語。
サリムの友人たちは、同世代ながらもそれぞれ異なる経歴の持ち主たち。個性もまちまち。サリムに負けず劣らずの話好きもいれば、苦手な者もいる。
語られるのは、主に自分の半生。ただ語るだけでなく、周囲の聞き手たちもいろいろと口出ししてきます。その結果、さらに別の物語が飛び出すことも。
7つどころじゃないな……と思ったり。
どことなくほんわかしているけれど、いかんせん舞台はシリアの首都ダマスカス。不穏な空気もあります。それらがないまぜになった独特の雰囲気、おもしろいです。
ただ、枠物語にするのが目的のようになってしまっているようで、物足りなさもありました。
《シャム猫ココ》シリーズ第9作
ジム・クィラランは、クリンゲンショーエン家の膨大な遺産を相続するため、新聞社を退職し、ムース郡はピカックス市に越してきた。
夏が近づきつつある今クィラランは、落ち着かない、満たされぬ気分でいた。そこで思いついたのが、ひと夏を避暑地ムースヴィルで過ごすこと。シャム猫のココとヤムヤムも一緒に。
クリンゲンショーエン家のログキャビンには、2年前にも数週間過ごしたことがある。ピカックスとは30マイルしか離れていないが、すばらしい思いつきに思えた。
そのときは。
キャビンに到着したクィラランがドアを開けると、室内はまるで北極のよう。暖房機の故障だった。
隣人のミルドレッドに相談すると、グリンコに登録しろという。昼でも夜でもグリンコに電話すれば、配管工でも電気技師でも、こちらの必要な修理屋が駆けつけてくる。グリンコはあたりの修理屋全員を抱え込んでいた。
間もなくやってきたのは、ジョアナという配管工だった。見るからに丈夫で健康そうな若いジョアナは、まったく笑わない。2か月前に事故で父を亡くし、天涯孤独の身の上だという。
クィラランはジョアナに35ドルを支払った。ところが、グリンコに提出する書類に書かれていたのは25ドル。クィラランは、ジョアナの境遇に思いを馳せるが……。
本作はトラブル続き。キャビンがガス臭くなったり、水漏れがあったり。そのせいもあって、クィラランは始終イライラしていて、余裕を失っているようでした。
そんな中、不可解な事件が起こります。キーワードは、大工。
クィラランが雇ったクレム・コットルは仕事熱心でしたが、ある日失踪してしまいます。やむなく、もぐりの大工イギーに声をかけます。イギーは、腕はいいけど問題大有りなアクが強いタイプ。しまいには、床下で死体となって発見されます。
それ以外にも、元大工に死が訪れたり。
連続殺人という仰々しさはありませんが、クィラランは何らかの繋がりを疑います。事件の全容が明らかにされたとき、そうか、そういうことだったのか、と、感嘆しました。
なお、2年前のログキャビンでの出来事は『猫はブラームスを演奏する』にあります。
あのころは、クリンゲンショーエン家おかかえの何でも屋さんがいたんですよねぇ。しみじみしてしまいました。
《シャム猫ココ》シリーズ第10作
ジム・クィラランは、クリンゲンショーエン家の膨大な遺産を相続するため、新聞社を退職し、ムース郡はピカックス市に越してきた。
10月初めの日曜の夜。
クィラランは、アイリス・コブからの電話を受けた。コブ夫人は、南の都会で暮らしていたころからの友人。現在は、博物館で住み込み館長を務めている。
博物館は、元はと言えばグッドウィンター家の屋敷だった。
かつての家長であるイーフレイム・グッドウィンターは、凄惨な事故の元凶。怒った人々からリンチを受け、縛り首にされて殺されたという。イーフレイムの幽霊の噂は今でもある。
ふだんのコブ夫人は、底抜けに陽気だ。ところが、この深夜の電話では、声は震え、ひどく怯えていた。妙な音がするという。
心配したクィラランは、家中の電気をつけて明るくするように助言した。すぐに駆けつけるから、と。
しかし、クィラランが車で到着したとき、コブ夫人は台所で息絶えていた。どうやら心臓発作を起こしたらしい。すべての電気が消えていたことだけが不可解だった。
博物館は、新たな人が決まるまで、クィラランが住み込むことになる。シャム猫のココとヤムヤムも一緒だ。早速ココは、なにかを見つけたようなのだが……。
まさか、あのコブ夫人が、こうもあっさり死んでしまうとは。
衝撃でした。
3度も夫を亡くしたコブ夫人、幸せになって欲しかったなぁ。
博物館となった家屋は『猫はシェイクスピアを知っている』でも出てきます。
元々はイーフレイムの孫のシニア・グッドウィンターの住居。シニアが死んだときグッドウィンターの手を離れ、ハーブ・ハックポールのものとなります。ハックポールが亡くなり、相続したのがコブ夫人。
コブ夫人は屋敷をピカックス市に寄贈し、改装して博物館にすると同時に、住み込み館長になってました。コブ夫人が亡くなり、新たな館長候補として、2人の名前がでてきます。どちらもクィラランに口利きをしてもらおうとします。
これまで、たびたび言及されてきた、イーフレイムの悪行。今作で詳しいことが分かります。
《シャム猫ココ》シリーズ第11作
11月の早朝、ピカックス市を衝撃が駆け巡った。
南の都市で事故があった。高速道路で一台の車が銃撃を受け、コンクリート壁に激突し炎上。運転者は炎に焼き尽くされ身元確認不能。
南の警察はナンバープレートから、所有者をジム・クィラランであることを突き止めた。
クィラランは、ムース郡の名士。クリンゲンショーエン家の膨大な遺産を相続するため、新聞社を退職し、ピカックス市に越してきていた。
クィラランの元に南からの長距離電話がかかってきたのは、事故が起こる2週間ほど前のこと。
ジャンクタウンと再開発地区との境に〈カサブランカ〉という高層アパートメントがある。開発業者も市も〈カサブランカ〉を取り壊したがっていた。クィラランの知人は、長い歴史ある建築物を救おうとしていたのだ。
クィラランに、建物を買って修復してもらえまいか、と。
クィラランの資産は、クリンゲンショーエン基金が管理している。即答はできない。そこで、又貸ししてくれるという〈カサブランカ〉のペントハウスに滞在し、調査することに。シャム猫のココとヤムヤムも一緒だ。
かくして〈カサブランカ〉に到着したクィラランは、ココの指摘で、隠された血の跡を発見する。実は2ヶ月前、その部屋で殺人事件があったのだ。
殺されたのは、画廊を経営するダイアン・ベシンガー。殺したのは、若い画家。自白の書き置きを残して飛び降り自殺していた。
クィラランは、ベシンガーが〈カサブランカ〉の保存に熱心だったと聞いて興味を覚える。ベシンガーは、本当に愛憎のもつれで殺されたのか?
最初の交通事故の衝撃は、終盤までひっぱられます。〈カサブランカ〉を巡って争いがあり、クィラランが狙われたのも頷ける展開になっていきます。
自動車に乗っていたのは、本当にクィラランだったのか?
問題は〈カサブランカ〉のありよう。大金を投じて保存しなければならない建築物、というより、ただの古い建物に思えてしまいました。雨漏りはするし、エレベーターは故障がち。行政が壊したがっているのも頷けます。
もう少し魅力を感じられれば……。
《シャム猫ココ》シリーズ第12作
ジム・クィラランは、クリンゲンショーエン家の膨大な遺産を相続するため、新聞社を退職し、ムース郡はピカックス市に越してきていた。
屋敷は、今では劇場になっている。この2年クィラランが住んでいたのはガレージの上だ。その狭さが落ち着けた。
だが、ある日クィラランは、りんご貯蔵用の納屋に目を付けた。八角形の納屋は、四階分の高さのある堂々たる建物。近年では使われることもなく、放置されていた。
クィラランは大規模な改装を行ったが、最優先は、シャム猫のココとヤムヤム。クィラランは猫たちのために、最上階に専用部屋をつくり、家中を飛び回れる設計にした。
そして、土曜の夜。
新居に移り住んだクィラランは大満足。そこに予期せぬ客たちがやってくる。劇場で《ヘンリー八世》の千秋楽を迎えた演劇クラブの面々だ。打ち上げと、改築を祝うため、かけつけたのだ。
たちまちパーティがはじまり、客たちが帰宅したのは午前三時になったころ。
ところが、いつまでも残っている車が一台あった。クィラランはココに催促されて、様子を見に行く。運転席に、ヒラリー・ヴァンブルックの死体が座っていた。
ヒラリーは、ピカックス・ハイスクールの校長。《ヘンリー八世》の出し物を提案し、演出を担当した。鼻につくほど高慢ちきな性格と冷酷な方針はひんしゅくを買っていたが、校長としての腕は確かなもの。
ハイスクールのレベルがあがったのは、ヒラリーのおかげ。それは誰もが認めている。だが、教育長ですら、何度も頭を撃ち抜きたいと思った、と発言するほどの人物だ。ピカックスには、恨みを抱いている者が少なくない。
事件を知った演劇クラブのメンバーたちは戦々恐々。警察は、メンバーのひとり、デニス・ハフを疑う。単身赴任中のデニスはひとり暮らし。パーティで目撃されたのを最後に行方が分からなくなっていた。
クィラランはデニスのことを信じている。
そもそも、ヒラリーは何者だったのか?
クィラランは独自に調査を開始するが……。
今作では、隣りの郡のロックマスターも登場します。
ヒラリーがピカックスに引き抜かれたのは、ロックマスターのハイスクールで実績をあげていたから。ヒラリーは《ヘンリー八世》の上演が決まると、ロックマスターでの教え子フィオーナ・スタッカーをキャサリン王妃役に抜擢します。
実は、ヒラリーの経歴は嘘だらけ。
クィラランは、フィオーナがヒラリーのことを知っているのではないかと期待します。そこで、ロックマスターに用事をこしらえて訪問。フイオーナの境遇を知ることになります。
とにかく、納屋を改装した新居が魅惑的。こういうところで猫と暮らしたい。
《シャム猫ココ》シリーズ第13作
ジム・クィラランは、クリンゲンショーエン家の膨大な遺産を相続するため、新聞社を退職し、ムース郡はピカックス市に越してきていた。というのも、正式に相続するには、ムース郡に5年住む条件を満たす必要があったから。
その5年がついに経過した。
遺産相続を祝うバーティが開かれ、クィラランは今後に思いをはせる。しばらく静かな環境で、人生の目的を再考してみるのもいいかもしれない。ムース郡とのあいだに完全に距離を置いて、将来の計画をたてるのだ。
クィラランの頭の中には、山に行きたいという衝動があった。それを知った友人にすすめられたのは、ポテト山脈。開発の手が入り始めたばかりで、まだ観光客が多くないという。
クィラランは素朴なキャビンを借りようとするが、シャム猫のココとヤムヤムがいるためになかなか見つからない。貸し物件は、ことごとく猫禁止だったのだ。
ようやく手配できたのは、ホーキンフィールド一族の広大な屋敷だった。山頂にあるためスパッズボロの町を見渡せるし、丘陵が広がる様子も、はるかかなたまで眺望がきく。
立地条件は最高。だが、雰囲気がどことなく陰気だった。実は、所有していたJ・J・ホーキンフィールドが1年前に殺されていたのだ。
殺人の罪に問われたのは、フォーレスト・ビーチャム。終身刑を宣告され、服役中。だが、冤罪だと主張する者たちもいた。
ポテト山脈の開発は、賛成者ばかりではない。ホーキンフィールドは急進派、フォーレストは反対派だった。
興味を覚えたクィラランは、ホーキンフィールドの伝記を書く口実で、周辺を調べていくが……。
クィラランは、もとを正せば一介の新聞記者。富豪になった後でも、金の使い方は庶民的でした。ときどき巨大な買い物をするにしても。
ところが本作では、完全に観光客。いろいろなものを買いあさります。旅行先では財布の紐がゆるむもの。とはいえ、桁が違うというか。
前作で登場した新居を終の住処にすればいいのに、と思いながら読んでました。ココとヤムヤムのためにも、あまり引っ越しはすべきでない、と。
心配した通り、ヤムヤムに異変が現れます。
作者は猫のことがよく分かってる。それだけが救いだったような……。
2017年08月24日
バリントン・J・ベイリー
(小隅 黎/岡部宏之/浅倉久志/安田 均/訳)
『シティ5からの脱出』ハヤカワ文庫SF632(Kindle版)
SF短編集。
ベイリー独特のアイデア満載。ただ、暗くて、読んでいて気がめいることしばし。そのためか、読み切るのに時間がかかってしまいました。
「宇宙の探究」(小隅 黎/訳)
二服目の阿片のパイプをくゆらせおえ、陶然たる幻想の中にひたっているとき。目の前におかれたチェス盤で、白のキング側の騎士(ナイト)がしゃべりだした。
彼らの宇宙では、生物はチェス盤の駒のように移動パターンにしたがって行動しているという。彼らにとって、めくるめく移動パターンの開発の最高峰は、他の宇宙への旅行だ。ナイトは、宇宙の探検者、時空構造の探究者だったのだ。
ナイトは、この世界について知りたがるが……。
「知識の蜜蜂」(岡部宏之/訳)
宇宙旅客船で爆発事故に遭ってしまい、不時着した先は惑星ハンドレア。自分だけが助かったものの、救助ビーコンは作動しておらず、助けられる見込みはない。
惑星ハンドレアの蜜蜂は、地球のものとくらべてとてつもなく大きかった。捕らえられ、巣に連れて行かれてしまう。
意思疎通はかなわず、いろいろと身体を調べられたものの、それっきり。興味がなくなったらしく、放置されてしまう。そこで、巣の探索をしはじめるが……。
「シティ5からの脱出」(浅倉久志/訳)
カイーンは〈シティ5〉で、天文学協会に所属していた。協会の目的は、天文学と宇宙探測の科学を復活させることにある。カイーンはデータを集めるため、探測ロケットで第一境界を突破し、帰還した。
以来、そのときのことが忘れられずにいる。
ドーム型都市〈シティ5〉は、コルドを筆頭とする恒久委員会の面々に導かれてきた。彼らは、一年に一日だけ人工冬眠から目覚め、短期委員会に指示を与える。いつもと同じように目ざめたコルドは、社会の危険な傾向が強まっていることを感じ取っていた。
探測ロケットなどとんでもない!
なにしろ〈シティ5〉に暮らす200万の人間が、人類のすべてなのだから。物質収縮という現象の前には、地球を捨て、物質宇宙にも別れを告げるしか生きのびる術がなかったのだ。最優先されるのは、社会の安定でなければならない。
カイーンは命令に従わず、ふたたびロケットに乗り込むが……。
「洞察鏡奇譚」(浅倉久志/訳)
エルレッドは空洞で生まれた。現在〈空洞〉の直径はほぼ25キロ。75万の人間にとって充分とはいえないが、保存の法則により、新しい空間を作り出すことはできない。
空間の全容積は、時代を通じてつねに不変なのだ。ただし、新しい世界、新しい空洞が、無限の固体域の中に発見されればべつ。エルドレッドは、その空洞を見つけようとしていた。
だが、評議院で賛同を得ることができない。エルレッドの長距離探検隊の案は却下されてしまう。エルレッドは強硬手段にでるが……。
「王様の家来がみんな寄っても」(浅倉久志/訳)
ホラス・ホーラン・ソーンが亡くなった。ソーンはすべての人間のなかで、侵略者の王の代行人をつとめられる者だった。
イギリスは、3隻の宇宙船と2000人の兵士によって占領され、今では異星人の国王によって支配されている。国王の昆虫的精神構造は、ソーンの仲介なしには解釈することができなかった。
英国王は、ブラジル王とのあいだに公然たる反目がある。開戦も間近。スミスはソーンの不在を嘆くが、どうすることもできない。国王にソーンが担っていた仕事を託されるが……。
「過負荷」(岡部宏之/訳)
アンダー・メガポリスでは、選挙が迫っていた。
超大都市総選挙で成功する鍵は、実体(イプセ)ホロにある。通常のホロでは、人間は幽霊のようにしか見えない。それがイプセホロだと存在感たっぷり。カリスマまで伝えられるのだ。
現在、行政委員会議の席はビジネス・シンジケート《シン》に独占されている。なぜなら、イプセ装置の製造が《シン》に握られているから。《シン》の候補者だけが、イプセホロで有権者に訴えかけることができるのだ。
一般の立候補者カルナックは、非民主的だと《シン》を非難するが……。
「ドミヌスの惑星」(浅倉久志/訳)
〈ドミヌス〉は、自分の王国を疾走していた。惑星にある大陸はひとつきり。大陸すべてが〈ドミヌス〉の支配下にある。
〈ドミヌス〉は、疑似有機物質からなる道路を造り、進化活動を鈍らせるような遺伝物質をまきちらす。これまで、他の生物の進化を自在にコントロールしてきた。今では、すべての生物が〈ドミヌス〉にひれ伏している。
そんなときだった。
〈ドミヌス〉のレーダー感覚が、厚い雲層を抜けて下降してくる未確認物体を発見した。数千年ぶりの異常な事件だった。
エリオット・ハーストは地球人。星から星へと旅をする調査団に加わっていた。知識を求めてのことだったが、そもそも同じ調査団の異種族たちとの意思疎通がうまくいかない。
そんな状況下で〈ドミヌス〉の秘密をさぐるが……。
「モーリーの放射の実験」(岡部宏之/訳)
自称哲学者のアイザック・モーリーは、まぎれもなく天才だった。
モーリーは、一種の哲学的新興宗教を創始すると、信者たちを動員して南極にピラミッドを建設した。一辺が5マイルある巨大なもので、目的はただひとつ。
モーリーのピラミッドは、西経93度、南極の地軸から5度の方向に、タイト・ビームを送信した。ビームは正確に、単に太陽系外物質としてだけ知られている例の謎の物体を捕捉したが……。
「オリヴァー・ネイラーの内世界」(安田 均/訳)
ネイランドの世界は雨の降る世界だった。
フランス・ネイランドは、私立探偵。事務所のテレビでは、雨の中を、ハンフリイ・ボガートとバーバラ・スタンウィックが黒い大型車で逃走していた。ネイランドは電話で尋ねられる。
2人はどこへ逃げているのか? 何から逃げているのか? そして、いったい雨はやむのか?
オリヴァー・ネイラーは、劇作器(テスピトロン)の画面で私立探偵の活動を見ていた。ネイラーがいるのは、宇宙を疾走する移動住宅。ワトスン=トマイズを乗せている。
ワトスンとは、移動住宅村の一つで出会った。コーンゴールドという芸術家を捜しているという。どうやら〈虚無の湖〉の岸辺に住んでいるらしい。
ネイラーはワトスンに協力することにしたのだが……。
2017年09月02日
フェリクス・J・バルマ(宮崎真紀/訳)
『時の地図』早川書房NV
1896年ロンドン。
アンドリュー・ハリントンは、失意の底にあった。思い詰めた挙げ句、父の拳銃コレクションから一挺を選び出し、現場へと向かった。自殺するために。
事件から8年の時が流れていた。
アンドリューは、大富豪の次男坊。ひょんなことから、メアリー・ケリーに一目惚れしてしまう。メアリーは、ホワイトチャペルの娼婦だった。
父に結婚話を告げるのには、ありったけの勇気が必要だった。酒の力も借りた。だがしかし、メアリーは、切り裂きジャックの餌食になってしまう。
それから8年。
生きる気力を失くしたアンドリューは、ついにメアリーの後を追うことを決心する。そうして、リボルバーを片手に、事件現場へと向かった。ぎりぎりのところでアンドリューを思いとどまらせたのは、親友のチャールズ・ウィンズローだった。
チャールズによると世間では、タイムトラベルが話題をさらっているらしい。H・G・ウエルズの『タイム・トラベル』が発表され、マリー時間旅行社はタイムトラベルツアーで大評判。チャールズ自身、西暦2000年の世界に行ってきたのだと言う。
未来に行けるなら過去にも行けるはずだ。
アンドリューはメアリーを救うため、チャールズと共にマリー時間旅行社を訪ねるが……。
三部構成。
物語は、第三部が本題です。最初の2つは、第三部のための存在。いわゆる話の枕になってます。
第一部は、アンドリューの物語。
アンドリューは、マリー時間旅行社が行けるのは西暦2000年だけ、と知らされます。落胆しますが、次なる希望としてウエルズに助けを求めます。
第二部は、クレア・ハガティの物語。
クレアは上流階級の生まれ。現代に鬱々としています。西暦2000年の世界のことを知ったとき、未来世界こそ自分のいるべき場所だ、と確信します。この物語でもウエルズの活躍があります。
第三部でようやくウエルズの物語。
殺人の現場に残された犯人からのメッセージは、書き上げたばかりの小説の冒頭部分。ウエルズは犯人に指定された屋敷に赴きます。そこで待っていたのは?
いかんせん読み手がSF系なので、上巻は、ストレスを抱えながら読んでました。
おもしろくはあるものの、期待していたのと、なにかが違う。いい方向に違うなら万々歳ですけれど、肌触りがどうも合いませんでした。