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2017年の記録
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 7/現在地
 
 
 
このページの本たち
猫は留守番をする』リリアン・J・ブラウン
猫はクロゼットに隠れる』リリアン・J・ブラウン
猫は島へ渡る』リリアン・J・ブラウン
オマル −導きの惑星−』ロラン・ジュヌフォール
オマル2 −征服者たち−』ロラン・ジュヌフォール
 
白い犬とワルツを』テリー・ケイ
野生の呼び声』ジャック・ロンドン
E.T.』ウィリアム・コッツウィンクル
呪われた航海』イアン・ローレンス
クリスマス・カロル』チャールズ・ディケンズ

 
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2017年09月30日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫は留守番をする』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第14作
 ジム・クィラランは、シャム猫のココとヤムヤムと共に、悠々自適な生活を謳歌していた。暮らしているのは、ムース郡ピカックス市。地域新聞〈ムース郡なんとか〉にコラムを執筆している。
 クィラランは、ムース郡はおろか合衆国の中部北東地域でもっとも裕福な独身男だった。その莫大な富は、遺産相続によってころがりこんだもの。クィラランにとって重荷でしかなかったが、慈善団体を設立して遺産をつぎこむことで、問題は解決した。
 ある日、ドクター・ハリファックスが亡くなった。
 娘のメリンダ・グッドウィンターがボストンから帰郷し、そのままクリニックを継ぐという。クィラランは心穏やかでいられない。交際していた時期があったのだ。
 目下のところクィラランは、図書館長ポリー・ダンカンに安らぎを見いだしていた。メリンダは、若すぎるし押しが強すぎる。かつては好印象だった積極性が、うとましく思われてならないのだ。
 クィラランは、ポリーに誘われてスコットランド・ツアーに参加するが、メリンダもメンバーになっていた。ツアーを企画したアーマ・ハーセルリッチは、ポリーの友人であると同時にメリンダの友人でもあったのだ。クィラランはメリンダを避けようとするものの、なかなかうまくいかない。
 ツアーは2週間の予定だった。チャーターしたミニバスで長距離を移動し、古風な宿屋にチェックイン。一日が終わると、身体はこわばりあちこちが痛んだ。
 単調な日々が過ぎていき、六日目。
 アーマが亡くなった。心臓発作だった。主治医でもあったメリンダによると、以前から心臓に問題を抱えていたらしい。
 メリンダは、遺体につきそって帰国した。残りのメンバーは予定どおりに旅を続けようとするが、トラブルに見舞われてしまう。
 現地で雇った運転手が失踪したのだ。そのうえ、貴重品の入った旅行鞄が盗まれてしまう。誰もが、いなくなった運転手を疑った。だが運転手の素性を知るものがいない。
 クィラランは旅を打ち切って帰国するが……。

 猫が留守番をしているのは、クィラランが旅行中の前半のみ。物語の中心はスコットランドではなく、メリンダでした。
 メリンダは父の患者を引き継ぎますが、スムーズにはいきません。ピカックス市に病院はひとつだけ。ところが、男たちは、女医を嫌ってとなり郡まで通う決意。男って……。
 さらにメリンダは、父の遺産をすべて売り払おうとします。生活用品から蔵書、屋敷にいたるまで、すべて。浅ましいと、人々の噂にのぼっても全然へっちゃら。
 当然、クィラランにもしきりにアプローチしてきます。
 クィラランって、かなり軽々しく女性を口説こうとするタイプ。今でこそポリーに遠慮してますが、多少おとなしくなった程度。そのため、どうも自業自得に思われてならない。
 メリンダは波風を立てていくタイプですが、同情してしまいました。


 
 
 
 
2017年10月01日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫はクロゼットに隠れる』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第15作
 ジム・クィラランは、シャム猫のココとヤムヤムと共に、悠々自適な生活を謳歌していた。暮らしているのは、ムース郡ピカックス市。地域新聞〈ムース郡なんとか〉にコラムを執筆している。
 クィラランは、ムース郡はおろか合衆国の中部北東地域でもっとも裕福な独身男だった。その莫大な富は、遺産相続によってころがりこんだもの。クィラランにとって重荷でしかなかったが、慈善団体を設立して遺産をつぎこむことで、問題は解決した。
 クィラランの住まいは、りんご貯蔵用の納屋を改装したもの。表道路から奥まっており、静かで落ち着ける。猫たちにも大好評。
 だが、冬が近づきつつあることにクィラランは危惧していた。
 ムース郡の冬は、大雪に見舞われるのだ。
 クィラランは冬の間だけ、グッドウィンター・ブルヴァードの屋敷を借りることにした。
 石造りの屋敷は、〈ムース郡なんとか〉の編集長ジュニア・グッドウィンターが所有している。つい最近、祖母ユーフォニア・ゲージから譲られたのだ。
 グッドウィンター・ブルヴァードには、古い屋敷がたくさん残っていた。売ることもままならず、空き家が何棟もある。それらは19世紀末、ムース郡が好景気にわいた時代に建てられたもの。ゲージ屋敷もそのうちのひとつ。
 古い屋敷は、維持するだけで一苦労だ。クィラランはジュニアの苦境を知り、冬の住まいとして借りることにしたのだ。猫たちものびのびできるし、除雪車が家の前を通ってくれる。
 なにより、交際中のポリー・ダンカンの住まいに近い。
 いいこと尽くめに思われたが、間もなく訃報が届いた。
 ユーフォニアが亡くなったという。自殺だった。
 ユーフォニアは、財産を処分してフロリダに移住していた。〈ピンク・サンセット・パーク〉という引退用施設に入り、元気に暮らしていたらしい。
 自殺の動機は分からない。
 やがて、遺族が集まり遺書が開かれるが、誰もが憤慨した。財産のほとんどを〈ピンク・サンセット・パーク〉に寄付することになっていたのだ。
 ユーフォニアは、何百万ドルと所持していたはず。弁護士は、精神的不安定と不当圧力があったのではないかと、疑問を抱くが……。

 タイトルのクロゼットというのは、ゲージ屋敷のクロゼット。
 ゲージは造船家だったため、家具は作りつけが当然と考えて、屋敷をクロゼットだらけにしていたのです。
 そして、猫はクロゼットが大好き。ココとヤムヤムはクロゼットで遊びます。その結果、いろいろなものが発見されます。
 ムース郡では1869年に大火事がありました。ほとんど忘れられていた大災害の記録が発見されたのは、クロゼットでした。その成果が、新聞社主催によるクィラランの一人芝居。
 クィラランはあちこちで、歴史の教訓を上演していきます。
 今作では他に、農夫が行方不明になる事件も起こります。娘のナンシー・フィンチャーは心配して、クィラランに相談します。保安官にも訴えていたのですが、相手にしてもらえなかったとか。
 実は、亡くなったナンシーの母は、ゲージ屋敷の元使用人。ナンシーにも、ユーフォニアの記憶が残ってます。

 こまごまとしたエピソードが積み重なって、最終的にたどりつくのはそもそもの出発点。猫ってやつは!


 
 
 
 
2017年10月03日
リリアン・J・ブラウン(羽田詩津子/訳)
『猫は島へ渡る』ハヤカワ文庫HM

 《シャム猫ココ》シリーズ第16作
 ジム・クィラランは、シャム猫のココとヤムヤムと共に、悠々自適な生活を謳歌していた。暮らしているのは、ムース郡ピカックス市。地域新聞〈ムース郡なんとか〉にコラムを執筆している。
 クィラランは、ムース郡はおろか合衆国の中部北東地域でもっとも裕福な独身男だった。その莫大な富は、遺産相続によってころがりこんだもの。クィラランにとって重荷でしかなかったが、慈善団体を設立して遺産をつぎこむことで、問題は解決した。
 このところのクィラランは、腹を立てていた。
 ムース郡には〈朝食島〉と呼ばれていた島がある。すっかりリゾート化され、今では〈洋梨島〉と名前が変わってしまった。全国的な宣伝もあり、観光客が激増しているという。
 かつてクィラランが島を訪れたとき、出迎えたのは深閑とした静寂だった。人影はない。音といえばカモメの鳴き声と、魚の跳ねる水音くらい。実に安らぎに満ちた場所だったのだ。
 島では、親しい付き合いのある夫婦が〈B&B〉を開いている。ニックとローリのバンバ夫妻だ。観光地化の波に巻き込まれ、クィラランはふたりを心配していた。
 そんなとき、ニックがクィラランを訪ねてきた。
 このところ島では、事故が続いている。ホテルのプールで成人男性が溺死した。食中毒事件も発生している。ニュースになっていない事故も起こっているという。
 ニックは、何者かによる妨害工作を疑っていた。そこで、クィラランに調査を依頼してきたのだ。
 クィラランは、取材を名目にして島に渡るが……。

 もちろん、ココとヤムヤムも一緒。
 クィラランが滞在するのは、バンパ夫妻の〈B&B〉である〈ドミノ・イン〉。独立したコテージに泊まることになります。猫のためにはそれがよかろう、と。
 ですが、クィラランの心中は非難囂々。
 ガレージと大差ない狭さ。前の滞在者がヘビースモーカーだったようで、臭いが染み付いている。そして、センスのなさすぎるカバー。
 正直なところ、初期のころから登場しているバンパ夫妻の宿は、もっとステキなところであって欲しかった。
 しかもローリは、クィラランにとって猫先生。獣医ではないけれど、これまで数多くの相談をしてきました。そんな猫に詳しいローリが手配したコテージがアレっていうのが解せない。
 どうも、クィラランを文句たらたら状態にするために、バンパ夫妻を犠牲にしたような印象が残ってしまいました。
 残念。


 
 
 
 

2017年10月06日
ロラン・ジュヌフォール(平岡 敦/訳)
『オマル −導きの惑星−』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 惑星オマルの特徴は何よりもまず、その巨大性にあった。総面積は地球の5000倍。世界は、鋼炭(カルプ)と呼ばれる不変性の基盤岩によって支えられている。あまりにも巨大すぎるため、暮らすものたちにとって世界は平たいのが常識だ。
 オマルでは、三種の知的種族(レー)がそれぞれの棲域(エリア)で暮らしている。ヒト族、シレ族、ホドキン族だ。土地があり余っているにもかかわらず、異種族間の壮絶な抗争は何世紀にもおよんだ。
 ロプラッド和平条約が結ばれたのは、わずかに65年前。以来、かろうじて平和が保たれている。
 アメスは、ホドキン族だった。
 大飛行帆船イャルテル号に乗ろうとしているところ。
 実は、アメスの二等チケットは、22年前に購入されたものだった。目的地は辺境の町スタッドヴィル。自分で買ったわけではない。
 アメスはチケットを、卵の殻の破片と共に手に入れた。破片の正体は分からない。そして、誰に、なんの目的で招待されたのかも。
 係員によると、値上がりにより100ティアリの追加料金が必要だという。痛い出費だが、応じざるを得ない。今までずっと、そこへ行くために生きてきたのだから。
 こうしてアメスは、イャルテル号の乗客となった。
 時を同じくして、ヒト族のシェタンもイャルテル号を目指していた。手には、22年前に購入された二等チケットと、卵の殻の破片。
 シェタンには100ティアリが用意できなかった。しかし、自分が手にしたものの意味は知りたい。シェタンは、チケットを三等に変えることでなんとかイャルテル号に乗りこんだ。
 殻の破片を持つものは他にもいる。ヒト族のアレサンドルとカジュル、シレ族のハンロルファイルもそうだ。
 そして、もうひとり。
 シレ族のシカンダイルルは、イャルテル号の襲撃計画をたてていた。22年前のチケットは持っている。だがシカンダイルルは、他人に指図されるのが我慢ならないたち。海賊として、イャルテル号を乗っ取ることにしたのだ。
 ところが、計画に狂いが生じた。予期せぬ事態が発生し、イャルテル号は大破してしまう。生き残ったのは、卵の殻の破片を手にした6人の男女だった。
 ついに、すべての卵の殻がひとつになるが……。

 6人の主要人物の視点で、物語は進んでいきます。それぞれのイャルテル号チケット入手の経緯は、枠物語になっています。
 卵の殻の正体とは?
 チケットと殻の贈り手は誰なのか? その目的とは?
 6人それぞれにスポットライトが当たりますが、均等というわけではありません。アレサンドルとシェタンの比重が多めに思えましたが、思い返せば、オマルという世界そのものが主役だったな、と。
 そのためか、唐突に終わった印象が残ってしまいました。事件は決着しても、後処理とか、まだまだ続いていそうな結末に欲求不満気味。
 そもそも、肝心のオマルが謎の惑星のまま。
 シリーズものなので仕方ないのか。残念。


 
 
 
 
2017年10月10日
ロラン・ジュヌフォール(平岡 敦/訳)
『オマル2 −征服者たち−』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 惑星オマルの特徴は何よりもまず、その巨大性にあった。総面積は地球の5000倍。世界は、鋼炭(カルプ)と呼ばれる不変性の基盤岩によって支えられている。あまりにも巨大すぎるため、暮らすものたちにとって世界は平たいのが常識だ。
 オマルでは、三種の知的種族(レー)がそれぞれの棲域(エリア)で暮らしている。ヒト族、シレ族、ホドキン族だ。土地があり余っているにもかかわらず、異種族間の壮絶な抗争は果てしがない。
 ヒト族は、シレ族から沿岸地域を奪還した。だが、大河沿いの前進拠点を押さえられ、苦戦を強いられている。ヒト族の蓄えは減少する一方。いずれはシレ族に破れてしまうかもしれない。
 そんな時分、ヒト族の義勇兵ジェレミア中尉は、派遣命令を受けた。ジェレミアは、幾多の戦火をくぐり抜け、ひとりで多くのシレ族を倒した英雄だ。特別な部隊に配属になるという。
 40年前。
 ヒト族は、シレ族からひとつの武器を奪い取った。特殊な鉄砲は、失われた技術からなっている。もはやヒト族には作れず、シレ族自身にも使い方はわからないらしい。
 超兵器は秘密の場所に隠され、研究されてきた。
 ジェレミアたちの任務は、ある場所で、超兵器を使うこと。
 まずは、秘密の場所に行って鉄砲を入手しなければならない。それから、秘密裏に原子力機関車を挑発する。というのも、鉄砲を使うには、機関車の原子炉一基ぶんものエネルギーが必要なのだ。
 すべてが秘密の任務がはじまるが……。
 そのころステイ高原のピラミッドには、三種族の大使たちが参集していた。空の〈覇王たち〉であるアエジール族と交渉するためだ。アエジール族は、三種族が揃わないと交渉に応じない。
 平和が演出されるが、シレ族の大使テナカイルが事故死してしまった。ホドキン族の大使クウヘルは疑いを抱き、独自に調査をはじめるが……。
 一方、ヒト族の地図作成調査隊は不可解な現象に遭遇していた。
 上空に「闇のプレート」が出現し、太陽の光を遮ってしまったのだ。おかげで地表は、闇と冷気に支配されてしまう。
 隊長のデラブリは前進を続けるが……。

 前作『オマル −導きの惑星−』より時代をさかのぼること700年。
 主軸は、ジェレミアの物語。
 クウヘルの物語、デラブリの物語はおまけ程度。同じ時代を共有している、というだけです。
 ジェレミアが「闇のプレート」に遭遇したとき、デラブリの物語が理解の助けになりました。そのため、サイドストーリーはまったく不要とまでは言えません。ですが、どうにも中途半端な立ち位置のまま終わってしまって、ひとつの物語に入れる必要があったのかどうか。
 前作では終わり方にびっくりしましたが、今作も、まるで打ち切られたかのような結末でした。もしかするとこの作者さんは、物語を終わらせるのが苦手なのかもしれません。


 
 
 
 

2017年10月11日
テリー・ケイ(兼武 進/訳)
『白い犬とワルツを』新潮文庫

 突然だった。57年連れ添った妻が亡くなった。
 ロバート・サミュエル・ピーク、81歳。
 歩行器がなくては歩くこともままならない。しばらくは、子供たちが入れ替わり立ち替わり、面倒を見にきていた。やがて、来訪者たちの間隔が空くようになり、サムはようやくひとりになれた。
 そんなある朝のこと。
 犬がいた。鼻はグレーハウンドみたいに長く、尻の筋肉は張りつめている。腹がへこみ、あばら骨が浮いている。なにか怯えているような、病気のような。
 白い犬は家の裏口で、階段のセメントを舐めていた。脂を垂らしてそのままにしていたところだ。
 犬を飼う余裕はない。
 サムは追い払おうとするが、なかなかうまくいかない。一思いに殺すことを考えるが、足が悪いだけでなく、視力も落ちている。そこで、すぐ近くに住む娘婿のノアに頼んだ。
 ノアは猟銃を片手に犬をさがすが、見つからない。飼い犬たちが吠えたてることもない。サムは子供たちから、幻覚を見始めていると心配されてしまう。
 サムは、新婚時代を思い出していた。
 妻コウラとふたりで、白い犬にそっくりの犬を飼っていた。コウラが大変かわいがっていたが、長女が産まれた数日後、いなくなってしまった。
 いつしかサムは、白い犬に餌を出してやっていた。やがて犬もサムになつき始めるが……。

 ほぼ、サムの一人称的三人称で物語は展開していきます。
 綴られるのは、なんのことはないサムの日常。ちりばめられているのは、コウラとの思い出。追いかけてくるのは、避けようのない老い。
 ときどき、サムの書く日記が挟まります。
 日記の部分は活字が大きく、たどたどしい印象。読み書きを習う機会がなかったのかな、と思ったのですが、別の理由がありました。

 白い犬の存在が、また絶妙。主張することもなく、気がつくとそこにいて、サムの心が安らいでいくのが伝わってきます。
 でも、犬の話ではありません。犬を期待すると、がっかりすると思います。あくまで、ひとりの老人の物語。
 それでも、犬がいいんです。


 
 
 
 

2017年10月13日
ジャック・ロンドン(深町眞理子/訳)
『野生の呼び声』光文社古典新訳文庫(kindle版)
 (別題『荒野の呼び声』)

 カナダ・アラスカ国境地帯はゴールドラッシュに沸いていた。
 〈北方地域〉へと殺到する、何千、何万という人間たち。これらの人間たちは、犬をほしがった。苦役に堪える頑健な筋肉と、極北の厳寒から身を護れる、長い被毛を持った犬を。
 そのころバックは、サンタクララ・ヴァレーのミラー判事の屋敷にいた。
 バックの父はセントバーナード。母は牧羊犬のスコッチシェパード。母の血筋ゆえに体重は140ポンドとそれほど大きくはない。しかし、威厳に満ち、王侯貴族さながら。4歳になり。ミラー判事の特別な犬としての地位を占めていた。
 バックの運命が一変した原因は、屋敷の庭師見習いマヌエルにあった。マヌエルは博奕で、破滅を決定的なものにしていたのだ。バックは知らなかったが、マヌエルは犬が金になることを知っていた。
 売り飛ばされたバックは、従順であるということを身をもって学んだ。棍棒を持った人間は、掟を定めるものであり、必ずしも心服するには及ばぬにせよ、ひとまずしたがわねばならぬ主人である。
 掟をたたきこまれたバックは、ペローという男に売られた。
 ペローは、カナダ政府の急送便を請け負っている。犬にかけては目利きのペローは、バックを一万頭に一頭の犬だと見て取っていた。
 バックは船で、カナダはユーコン準州クロンダイク地方へと運ばれた。そこは文明と切り離された、原初なるものの中心地。平和もなく、安らぎもなく、それどころか、一瞬の安全すらもない。
 バックははじめて雪を体験し、はじめてハーネスをつけられた。経験豊富な犬たちにはさまれ、橇犬として、すべきことを学んでいく。
 バックはすぐに頭角を現すが……。

 1903年に発表された、犬の物語。
 バックが擬人化されていますが、どちらかといえば「人間に分かるように翻訳しました」といった雰囲気。冒頭に詳しく書き込まれたミラー判事の屋敷のことも、好意的に書かれたペローとその仲間フランソワのことも、バックの前からいなくなると過去のこととして切り捨てられていきます。
 新訳ということもあるでしょうが、一世紀以上も古い時代に書かれたものだということを忘れて読んでいました。なかなか聞こえてこない呼び声にやきもきしながら。
 今でも読み継がれているのも頷ける名作。


 
 
 
 

2017年10月14日
ウィリアム・コッツウィンクル(池 央耿/訳)
『E.T.』ヴィレッジブックス

 地球にやってくる他星の知識人たちが考えているのは、現地人につかまれば剥製にされてガラスケースに陳列される、ということ。だから、植物の標本採集は秘密裏に行わなければならない。
 見つからないように。時間をかけずに。すぐ脱出できるように。
 ところが彼は、人家の灯のまたたきに魅入られてしまった。緊急事態の警告を過小評価し、ただちに帰船のメッセージに従ったときには遅すぎた。
 ひとりぼっちで、地球に取り残されてしまったのだ。
 身を隠そうとした彼を見つけたのは、地球人のエリオットだった。
 エリオットは10歳。父親がいなくなって久しく、母と兄妹との4人暮らし。母メリーには内緒で、謎の生き物を自室のクローゼットに匿う。
 エリオットは兄マイケルに打ち明けるが、妹ガーティにも知られてしまった。口止めするものの、ガーティはメリーに告げ口してしまう。だが、疲れ果てているメリーには相手にされない。
 〈E.T.〉と名づけられた異星人は、仲間たちにメッセージを送れないかと考え始めていた。突破口は、ガーティが貸してくれた言葉を学ぶためのおもちゃ。〈E.T.〉は英語を習得し、送信機のための道具を集め始めるが……。
 一方、宇宙船を取り逃がしてしまった政府機関の人間たちは、情報収集に励んでいた。エリオットの家に目をつけ、準備をすすめるが……。

 映画「E.T.」のノベライズ。
 映画の公開が1982年。20周年特別版も鑑賞しましたが、それからさらに15年ほどがたってます。
 実は、小説で読むのははじめて。
 おどろいたのが、メリーの存在感。シングルマザーで苦労しているのは知ってました。が、映画ではその他大勢にすぎなかったはず。それが、場面ごとの心情までしっかり捕らえられていて、まるでメリーが主人公のようでした。
 ちなみに、映画では滑稽ですらあった〈E.T.〉も、きちんと掘り下げられてます。
 ノベライズなので、映像に合わせて書かれたところはあります。そのため、ときどき窮屈さを感じてしまって、それだけが残念。仕方ないことですが。
 本を読んだあとで映画を観ると、違った見方ができそうです。


 
 
 
 

2017年10月15日
イアン・ローレンス(三辺律子/訳)
『呪われた航海』理論社

 ジョン・スペンサーは貿易商のひとり息子。
 父と共に帆船〈アイル・オブ・スカイ〉号に乗りこんでいた。
 ロンドンを出航した船は、イタリアで亜麻糸を、トルコで干しブドウを、スペインでワインを積み込んだ。スペインでの取引きが謎めいていたくらいで、船旅は順調そのもの。ところが、イギリスへの航海で嵐に見舞われてしまう。
 船は七日間帆走し続けた。
 最初に光を見つけたのは、ジョンだった。どの港のものなのか、初航海のジョンにはまるで分からない。
 父は、プリマスだと判断した。スタッフォード船長は船主の命令に従ったものの、それほど確信が持てないようだ。
 陸は近い。しかし、墓石岩に乗り上げてしまった。さらには岩礁にぶつかり、船は大破。ジョンは海に投げ飛ばされてしまう。
 ジョンは、砂浜で意識を取り戻した。
 海や浜辺には、残骸がちらばっていた。船の一部だったものや、積荷、乗組員たちの荷物の数々。そして、いくつもの死体。
 浜には、近くの村人らしき男たちがやってきていた。
 彼らは、徐々に近づいてくる。船の残骸をけとばしたり、流れ着いたがらくたを拾いあげたり、死体をつついたりしながら。ジョンは助けを求めようとするが、彼らは助けにかけつけたのではなかった。
 殺しにきたのだ。
 通常、難破船の漂流物は生存者のものになる。だが、誰も生き残っていなければ見つけた人のものになる。貧しい村では、難破船の積荷が主な収入源となることもあるのだ。
 ジョンは逃げ出した。見つかりそうになっては隠れ、逃げ続けた。しかし、逃げ込んだ先に、足のない男がいた。
 男の名は、スタンプス。スタンプスは、ジョンの父がはめていた金の指輪を持っていた。
 ジョンはスタンプスから、取引を持ちかけられる。もしジョンが生き延びられたら、スタンプスのことは誰にも漏らさないこと。見返りは父の命。父の居場所を知っているのは、スタンプスだけらしいのだ。
 ついに村人たちに見つかってしまったジョンは、スタンプスとの約束を守った。そのまま殺されそうになるものの、馬でかけつけたサイモン・モーガンに助けられる。
 ジョンは、モーガンの住まうガラリヤ屋敷へと連れて行かれた。
 ジョンの頭の中は、疑問でいっぱい。
 船から見たあの光の正体。船は誘いこまれたのか。父は本当に生きているのか。モーガンが語った、ワインの樽の不正はどういう意味なのか?

 児童書です。
 18世紀末のイギリスはコーンウォールが舞台。難破船をめぐる事件は、実際にあったそうです。
 ジョンはガラリヤ屋敷に滞在しながらも、モーガンを信じることができません。にせの信号灯は、モーガンがしたことかもしれないのですから。
 とにかく暗いです。
 夜の場面が多い、ということもあると思いますが、暗くてホラーのようでした。  


 
 
 
 

2017年10月17日
チャールズ・ディケンズ(村上花子/訳)
『クリスマス・カロル』新潮文庫

 エブニゼル・スクルージは、ひきうすを掴んだら放さないようなけちな男であった。搾り取る、捻じり取る、ひっかく、かじりつく。貪欲な、がりがり爺であった。
 スクルージはジェイコブ・マーレイの、何年とも思い出せないくらいの長い年月の仕事仲間であった。マーレイが亡くなったときスクルージは、唯ひとりの相続人となり、唯ひとりの会葬者となった。ただ、あまり気を落とさず、葬式の当日も抜け目なく商才をふるって、損の行かない取引をやりとげてその日を記念した。
 それから7年。
 いよいよ明日はクリスマスという前の夜のこと。
 仕事を終えたスクルージが自宅で休んでいると、マーレイを名乗る幽霊があらわれる。その恐ろしい様子に、スクルージは震え上がった。
 マーレイは鎖につながれていた。生きている時に自分で作った鎖だという。スクルージも同じだ、と。それどころか、この7年の間に、せっせと骨折って太くして、今では途方もなく大きな鎖になっているという。
 だが、まだチャンスと希望がある。スクルージのために、これから三人の幽霊がやってくる。
 マーレイはスクルージに指示を与えて消えていった。
 スクルージは半信半疑でいたが、予告どおり、一人目の幽霊があらわれた。過去のクリスマスの幽霊だという。
 スクルージは幽霊に連れられて、子供の時分に住んでいた田舎へと赴くが……。

 ディケンズの代表的中篇。
 展開が読めてしまうのは、そういう物語だからか、あまりに筋が有名すぎるからか。
 守銭奴のスクルージが、三人の幽霊と出会います。幽霊に見せられるのは、自分の〈過去〉、自分とつながるひとたちの〈現在〉、それから〈未来〉。
 原作が最初に出版されたのは1843年ですし、本文庫が出版されたのも1952年。そのため、ずいぶんと古めかしいです。キャロルじゃなくてカロルだし、イブではなくて前の夜。
 それがまた味わい深かったです。

 
 

 
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