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2018年の記録
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このページの本たち
なりたい』畠中 恵
ブラッド・ミュージック』グレッグ・ベア
鷲は舞い降りた 完全版』ジャック・ヒギンズ
図書室の魔法』ジョー・ウォルトン
ケンブリッジの哲学する猫』フィリップ・J・デーヴィス
 
推定無罪』スコット・トゥロー
カラヴァル 深紅色の少女』ステファニー・ガーバー
闇の戦い1 光の六つのしるし』スーザン・クーパー
ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者』アダム・ロバーツ
異郷の旅人』フレデリック・ポール

 
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2018年06月02日
畠中 恵
『なりたい』新潮社

 《しゃばけ》シリーズ第14巻
 一太郎は、廻船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若だんな。齡三千年の大妖を祖母にもつ。
 一太郎の世話をあれこれと焼くのは、手代の佐助と仁吉。ふたりの正体は、犬神と白沢。祖母によって送り込まれてきた。というのも一太郎が、商売よりも病に経験豊富であるほど病弱であったから。
 両親も手代たちも、遠方まで噂になるほどの過保護ぶり。一太郎は、甘やかされすぎることに憤るものの、それで性根が曲がることもなく、妖(あやかし)たちに囲まれた日々を送っている。
 近所で、似た年頃の若者が亡くなった。一方の若だんなも寝込んでいるところ。いつものことだが、長崎屋の主藤兵衛は、今回は特別に、あちこちの寺社への寄進や供え物を指示した。
 佐助と仁吉は、どうせなら神樣方の方から来ていただいてはどうか、と相談をはじめる。暖かい料理や刺身なども出せるから、と。
 呼びつけられた五柱は、若だんなが次に生まれた時、若だんなの望む先の世を引き寄せてやろうと約束する。ただし、若だんなの答えが自分たちの気に入ったならば。

「妖になりたい」
 若だんなが、もっと仕事を覚えたいと言いだした。しかし、数日働いては寝こむ始末。
 病弱な若だんなは、他の人と同じやり方では稼ぐ事は出来ない。そこで、自分なりの働き方を考え始める。
 新しい薬を作って売るのはどうか?
 効く薬なら、ずっと売れ続け、家賃のように毎月金が入る。若だんなが考えついたのは、手荒れの膏薬だった。だが、沢山売るには、沢山の蜜鑞が必要になる。
 若だんなは、長崎屋が扱っている蜂蜜を納めている村の名主、甚兵衛に声をかけた。甚兵衛は取引きの条件として、空を飛びたいといいだすが……。

「人になりたい」
 江戸甘々会は、5人ばかりが集う、小さな集まりであった。自ら菓子を作り、食べ、出来映えを互いに楽しむ。中には、そこそこ身分のある武家もいた。  
 そんな会で、死人が出た。
 安野屋が、勇蔵が殺されているのを見つけた。勇蔵は、道端で安い菓子を売っている。医者がかけつけるが、死体が消えていた。
 安野屋は、若だんなの親友の栄吉の奉公先だ。変な噂で店が傾きでもしたらと、若だんなは気が気でない。
 実は、勇蔵は道祖神だった。人の流れが変わったために見捨てられ、人の姿を取り、町で暮らしていたのだ。殺される覚えはない。
 若だんなは事件の真相を調べ始めるが……。

「猫になりたい」
 若だんなのもとに、二人の手拭いの染屋が訪ねてきた。年配の紅松屋冬助と、若い青竹屋の春一だ。
 青竹屋は主人が急死し、春一と夏次の兄弟が残された。苦労知らずに育てられた兄弟のもと、青竹屋は一気に傾いた。春一は必死に金策をするが、強盗に襲われて命を落としてしまう。
 春一は猫に生まれ変わり、青竹屋に入り込んだ。可愛がられて年を食い、ついには猫又になる。
 青竹屋を助けたのは、先代に大恩のある冬助だった。だが、冬助も隠居の身。病であの世が近い。そんな折、今までただの猫だと思っていた春一に声を掛けられた。
 ふたりで、どうやって青竹屋を立て直すか相談しているとき、東海道の猫又同士の諍いを耳にした。
 猫又達は、猫じゃ猫じゃを踊るのに、手拭いを使う。だが、妖ゆえにどこの店でも行けるという訳ではない。上手くすれば、大勢のお得意様を得られるかもしれない。
 まもなく、諍いを収めるべく、猫又たちが若だんなを訪ねてきた。若だんなは、裁定人として春一を指名するが……。

「親になりたい」
 おようは、長崎屋の若い女中。身寄りがなく、女中頭のおくまが親代わりとなって一度嫁いだが、子が出来ず、三年で離縁となっていた。
 そんなおように、見合い話が舞い込んだ。相手は、煮売り屋の柿の木屋。柿の木屋にはすでに、三太という跡取りがいる。三太は捨て子だが、実の子だという噂もあった。
 柿の木屋が三太をつれて長崎屋にくるが、三太は、犬の吠え声に怯え、大騒ぎ。あまりの暴れぶりに、おくまは縁談を断ろうとする。だが、おようは三太の母になろうと決心していた。
 実は、三太は妖だった。
 三太のまわりでは、不可解な現象が起こっていた。さらには、三太の父を名乗る男が現れ、柿の木屋を手伝い始める。
 若だんなは、三太の正体を見極めようとするが……。

「りっぱになりたい」
 古川屋の若だんな万之助が亡くなった。一太郎と万之助とは2つしか歳が違わない。若だんなが弔問に訪れると、万之助の幽霊がいた。
 万之助は、あの世へ行く前に親の枕元に立つつもりでいた。
 生まれ変わったら、○○になる。そして今度は立派にそれを勤めて、皆の役に立つ。だから心配しないでほしい、と。
 しかし、何になればいいのか。
 若だんなも一緒に考えることになるが、古川屋では別の騒ぎも起こっていた。万之助の妹の千幸(ちさ)が消え、店の土間に書き付けが置かれてあったのだ。誰かが、攫ったようだ。
 妖たちは、千幸が自分で店を出ていったと言うが……。

 冒頭の「近所で、似た年頃の若者が亡くなった」というのは、おそらく万之助のこと。若だんなには、いろんな「なりたい」を見てきた記憶が蓄積されていて、最後にその経験を元にした若だんな自身の「なりたい」が語られます。
 読む前は、りっぱになりたい、が万能だと思ってましたが、具体的ではないのでダメらしいです。
 なお、この若だんなの要望が、外伝「えどさがし」(収録『えどさがし』)に繋がっていっているようです。


 
 
 
 

2018年06月09日
グレッグ・ベア(小川 隆/訳)
『ブラッド・ミュージック』ハヤカワ文庫SF708

 ヴァージル・ウラムは、ジェネトロン社のMABプロジェクトに参加していた。
 タンパク分子回路とシリコン・エレクトロニクスを合体させ、医療用バイオチップを造り出す。MABは、バイオチップ革命初の実用製品となるはず。だが、開発はうまくいっていない。
 ヴァージルは、会社の設備を利用して秘密裏に、自分だけの研究もしていた。
 哺乳動物の細胞は、おのおの一片の情報として機能する塩基対が合計数十億にものぼるDNAをもっている。ほぼすべての生きた細胞の中に、すでに巨大なメモリをもって機能しているコンピュータが存在しているということだ。遺伝子の組み換えを行い、知的細胞を造り出せれば……。
 ヴァージルは、自分の血液からとった白血球に、改変した大腸菌の最良のバイオロジック配列を抜きだして加えた。リンパ球は学習し、進化していく。
 あと一歩というとき、独自研究が会社にばれてしまった。
 適切な防護措置もなしにこのような研究をしていたことが世に知れたら、会社そのものが閉鎖される。ヴァージルは、研究の廃棄を命じられてしまう。もはや、ジェネトロン社にいることはできない。
 あきらめきれないヴァージルは、細胞を自身に注射した。なんとか持ち出しに成功するものの、免疫システムに滅ぼされるかもしれないし、そもそも人間の体内における活性リンパ球の寿命は数週間程度しかない。
 ヴァージルは、履歴を偽装して就職活動を行う。しかし、ジェネトロン社から情報がまわっているのか、再就職できない。やがて、思いがけず健康になっている自分に気がつくが……。

 ヒューゴー賞、ネビュラ賞受賞作。
 14年ぶりの再読。
 発端はヴァージルですが、早々に退場します。研究をひきついだ人や、母、まったく関係のない人たち、さまざまな視点から、ヴァージルの研究がもたらしたものについて語られていきます。
 起こっている事件はとんでもないものなのですが、あおり立てるのではなく、一歩引いている印象。静かに、来るべきものがきた、といった感じ。
 昔、これを読んだときには、よく分かってませんでした。今でも理解したとは言いがたいですが、ダブルクラウンに輝いたのも納得。こんなにおもしろい話だったとは。


 
 
 
 

2018年06月14日
ジャック・ヒギンズ(菊池 光/訳)
『鷲は舞い降りた 完全版』早川書房

 作家のジャック・ヒギンズは、チャールズ・ガスコイン船長の墓を捜すため、イギリス、ノーフォーク州はスタドリ・コンスタブル村の聖母諸聖人教会を訪ねた。教会のフィリップ・ヴェリカ神父は、ガスコインなる人物の墓は知らないという。
 あきらめきれないヒギンズは、墓地をくまなく見て回った。ガスコインのものはなかったが、代わりに謎めいた墓石を発見する。それは羊毛商人の墓碑の下に隠されていた。
 ドイツの鉄十字章と共に彫られていた文言は……1943年11月6日に戦死せるクルト・シュタイナ中佐とドイツ落下傘部隊員13名、ここに眠る。
 ヒギンズがヴェリカ神父に、発見した墓石のことを告げると激怒されてしまう。村人たちの口も重い。興味を抱いたヒギンズはシュタイナ中佐について調べ始めた。
 1942年9月。
 上機嫌なヒトラー総統が、イギリス首相のチャーチルを標的にすると言い出した。手配を命じられた軍情報部(アプヴェール)の長官ヴィルヘルム・カナリス提督は、直属の部下であるマックス・ラードル中佐に調査を一任する。カナリス提督としては、いかにも真剣に取り組んでいるように見えるもっともらしい長文の報告書を作成しておくだけのつもりだった。
 それから1週間。
 ラードルの元に、暗号名〈ムクドリ〉からの報告書が届いていた。
 〈ムクドリ〉の正体は、スタドリ・コンスタブルに暮らすジョウアナ・グレイ。上流イギリス婦人として国防婦人会にも加わり、住民からの信頼も厚い。彼女の報告書は、明快で、価値のある情報がぎっしりつまっていた。
 その中に、チャーチルの名前があった。
 11月6日、空軍爆撃隊基地を視察した後、スタドリ・グレインジの退役海軍中佐サー・ヘンリイ・ウィロビイの家で週末を過ごすという。スタドリ・コンスタブルからは5マイルほどの距離だ。
 もはや冗談事ではなくなった。作戦は実行可能なのだ。
 ラードルは、詳細を煮詰めていく。イギリス人として通用する者が捜し出され、クルト・シュタイナ中佐が候補に挙がった。
 シュタイナは、柏葉章つきの騎士十字章に輝く落下傘連隊の英雄。だが、どういうわけだか本国に送還途中のワルシャワで逮捕されている。軍法会議にかけられ、今は、チャンネル諸島のオールダニ島で、懲役隊として〈めかじき作戦〉に従事中だという。
 ラードルはカナリス提督に調査結果を報告するが、提督の反応は鈍い。
 落胆するラードルに、ゲシュタポのハインリヒ・ヒムラー長官が接触してくる。ヒムラー長官は、カナリス提督には秘密のまま作戦を実行しろと言う。ヒトラー総統の信任状まで用意されていた。もはや後戻りは出来ない。
 ラードルは、作戦のために準備をすすめていくが……。

 ヒギンズが関係者から聞き取り調査をした結果をまとめたノンフィクション、というスタイルのフィクション。発表は1975年ですが、今読んでも変わらずおもしろいです。
 主人公は、クルト・シュタイナ。とはいうものの、計画段階での中心人物はマックス・ラードル。それから、先行してスタドリ・コンスタブルに入り準備をするリーアム・デヴリンも存在感があります。
 デヴリンは、アイルランド人。IRAのテロリストであって軍人ではないのがミソ。脇の甘さはいなめない。
 ジョウアナ・グレイも魅力的。イギリスを憎むだけの理由がありますが、少し現実が見えてない印象。
 作戦には、ヒムラーからの横やりがちょこちょこと入ります。完璧に思われた計画が少しずつ崩壊していくさまは圧巻。墓石の文言通りになることは分かってますが、最後までひっぱります。
 傑作。でも、どうもデヴリンの言動に苛立ってしまう。


 
 
 
 

2018年06月16日
ジョー・ウォルトン(茂木 健/訳)
『図書室の魔法』上下巻/創元SF文庫

 モルウェナ(モリ)は15歳。
 双子の妹モルガナを亡くし、自身も足に障害を負った。今では、どこに行くにも杖が欠かせない。
 父と母は早くに離婚し、モリたちはウェールズで、母の親族と濃密な時を過ごしてきた。ところが、母が精神を病んでしまう。親族たちは母の精神状態については楽観的。助けを求められるのは、役所の福祉課だけだった。
 実父のダニエル・マコーヴァの元に連絡がいき、モリはイングランドに移り住むことになった。
 ダニエルは、腹違いの姉たちと暮らしている。仕事は、裕福な姉たちの資産管理。彼女らの言うことは絶対だ。
 モリは、伯母たちによってアーリングハースト校に入れられてしまう。
 アーリングハーストは、奇妙な、校則だらけのお上品な寄宿学校。毎日3時間が、スポーツや運動にあてられている。
 モリは足が不自由だ。学友たちが身体を動かしている時間、図書室にいてもいいという許可をもらう。本さえあれば、どんなことでも我慢できた。
 それに、モリには秘密があった。自分だけが知る魔法があるのだが……。

 ヒューゴー賞・ネビュラ賞・英国幻想文学大賞受賞作。
 モリの日記というスタイルで展開していきます。
 魔法というのはなにかの比喩なのか、モリの思い込みなのか、なかなか判断つきませんでした。
 校外の読書サークルに加わったり、ダニエルと本の趣味が似通っていたり、圧倒的に多い話題が、本のこと。それも、SFとファンタジーに偏り気味。SFとは思えないのにSFレーベルから出版されたのは、そういうことなのかな、と。
 とにかく出てくる本のタイトルが多いです。羅列だけのこともあれば、簡単なコメントがついているもの、辛辣な感想がついているもの、陶酔しているもの、いろいろ。
 本人は、ハインラインに傾倒してます。ヴォネガットからネタを拝借したりも。
 登場する本を読んでいる必要はなくても、本好きじゃないと理解できない世界だと思います。


 
 
 
 

2018年06月21日
フィリップ・J・デーヴィス/作
マーガリート・ドリアン/絵
(深町眞理子/訳)
『ケンブリッジの哲学する猫』社会思想社

 後にトマス・グレイと名付けられた雌猫は、ウォーターフェン・セント・ウィローなる小村で生まれた。乳離れし、それなりの独立を獲得したトマス・グレイは、地元の職業カウンセラーのもとへとおもむく。
 トマス・グレイはすでにして数学的な変数という概念に前足をかけ、さらには、数学的定義と数学的実存とのあいだに存在する緊張といったもの、それにも爪を立てていた。そこでカウンセラーに、これからすぐに村を出て、ケンブリッジへ行くことをすすめられる。ケンブリッジでなら、それこそとびきり優秀な数学者たちに出あえるはずだから。
 こうしてトマス・グレイは、ケンブリッジ大学のペンブルック・カレッジにやってきた。
 ルーカス・ファイスト博士は、自然科学の研究者だった。ペンブルック・カレッジのフェローであり、正式に叙任された英国国教会の司祭でもある。独身者であり、カレッジに居住していた。
 ある日ファイストのもとを、一匹の小さな、愛すべき気質と、意味ありげな尾とをそなえた、トマス・グレイが訪れた。トマス・グレイは、部屋の床や、あちこちの棚、たんす、窓框、洗面台、ベッドなど、いたるところに雑然と積みあげられた書物や雑誌や原稿の山を、思うぞんぶんひっかきまわし、嗅ぎまわり、ほじくりかえす喜びを求めていた。ファイストが、その調査研究における自由行動を認める白紙委任状を与えると、トマス・グレイはお礼として、毎日きっかりお茶の時間には姿をあらわすようになった。
 ひとつの友情が始まり、古典学の研究という小さな世界において、さらには、知的活動といういますこし大きな領域において、それまで夢想だにしなかった高みへとふたりを押しあげることになったのだった。
 ファイストの研究は順調に進んでいたが、トマス・グレイの果たした役割は大きい。ファイストは、トマス・グレイの洞察力にたいし、全面的な謝意を表するのを忘れなかった。
 ところがある日突然、トマス・グレイがいなくなってしまう。
 ファイストは心配して捜索するが……。

 挿絵もふんだんで児童書のような外見のファンタジー。
 トマス・グレイは実在の猫。ですが本書は創作。哲学的なところもあれば、ユーモアたっぷりなところも。おもしろおかしく、学術書的な雰囲気を前面に出してます。
 トマス・グレイに賄賂(ミルク)を渡して立ち退いてもらおうとしたり、正式な晩餐会が開催されて大真面目に話し合われた議題が、トマス・グレイの5匹の子どもたちをどうするか問題だったり。
 ファイストは、トマス・グレイを対等に扱っています。いなくなって捜しはしますが、意思に反して連れ戻そうとしたりはしない。トマス・グレイにも考えがあって、読者に開陳されます。
 トマス・グレイの行動は猫そのもの。なのに哲学的。
 新鮮でした。


 
 
 
 

2018年06月24日
スコット・トゥロー(上田公子/訳)
『推定無罪』上下巻/文春文庫

 地方検事の予備選挙まで3週間。
 キャロリン・ポルヒーマス検事補が殺された。絞殺のように見えたが、死因は、頭蓋骨骨折とそれによる出血。性的暴行の痕跡もあった。
 有権者の関心は高い。
 現職検事にして立候補者のレイモンド・ホーガンは、選挙で苦戦していた。目下のところ、対立候補のニコ・デラ・ガーディア検事補が優勢。だが、この事件を選挙前に解決することができれば……。
 検察側として捜査するのは、レイモンドの腹心。ロザート・K・サビッチ主席検事補。
 実は、サビッチは一時期、キャロリンと不倫関係にあった。キャロリンに捨てられ、関係は終わっている。妻のバーバラにうち明け許しを得たが、いまだにキャロリンとのことが忘れられずにいた。
 内心、おだやかではいられない。
 キャロリンはここ数年間、強姦課の長だった。犯人として疑われたのは、起訴され有罪となった何者か。しかし、窓は割れておらず、ドアをこじ開けた形跡もない。被害者は、まったく抵抗していないのだ。
 捜査の進展がないままに選挙を迎え、レイモンドは破れた。
 意気消沈したレイモンドは、早々に検事の椅子を明け渡す。後任のニコが真っ先にしたことは、キャロリン事件の被告としてサビッチを起訴することだった。
 現場から押収したグラスに、サビッチの指紋がついていたのだ。事件の晩、キャロリンに電話した記録も残っている。
 サビッチは、捜査妨害をしていたのではないか?
 法廷闘争がはじまるが……。

 リーガル・サスペンスの傑作として名高い作品。
 サビッチの一人称で語られます。
 カウンセリングで内心を吐露する場面もたびたび。語り手であるサビッチは、さまざま記憶や思いを語ります。でも、すべてではないんです。
 事実を隠している、というより、思考停止に陥っている印象。そのため一人称なのに、サビッチは犯人なのか、事件をどう考えているのか、最後の最後まで伏せられてます。
 結末を知ってから読み返すと、ニヤリとさせられます。
 リーガル・サスペンスなので、当然、裁判ネタもたんまり。
 アメリカの司法制度にはまったくのシロウトですが、特に困ったこともなく読めました。懇切丁寧なフォローが入ってます。本物の検事補が書いただけあって、制度に精通している人でも裏話的に楽しめそうです。


 
 
 
 

2018年06月25日
ステファニー・ガーバー (西本かおる/訳)
『カラヴァル 深紅色の少女』キノブックス

 スカーレットは17歳。メリディアン帝国属州トリスダ島の総督の娘。妹のドナテラはひとつ違い。
 7年前、母パロマが失踪した。それ以来、父マルチェロ・ドラグナは、娘たちに暴力をふるうようになった。
 スカーレットの希望は、顔も名前も知らない婚約者。伯爵との結婚はスカーレットにとって、新しい人生に踏みだすチャンス。父の望みでもあった。
 ドラグナ提督には、財産はあったが、地位も権力もなかった。帝国に属して60年。いまだに、ほかの統治者や貴族たちから相手にされていない。貴族との姻戚関係は悲願だった。
 結婚式まで間もなくというとき、カラヴァルのゲームマスター・レジェンドから手紙が届く。ロス・スエニョス島での特別公演に招待してくれるという。
 カラヴァルは、ただのゲームや芝居じゃない、魔法としか思えない世界。祖母から話を聞いたとき、姉妹で夢中になった。
 スカーレットはドナテラのため、7年前から手紙を送ってきた。その返事がついにきたのだ。
 招待券は3枚。スカーレットとドナテラの名前が入ったもの。無記名の1枚は、スカーレットの婚約者のためのもの。
 しかし、ふたりは島を出ることができない。
 スカーレットは諦めるが、船乗りのジュリアン・マレーロに連れ出されてしまう。ドナテラの策略だった。
 スカーレットは、先行するドナテラを連れ戻すため、ロス・スエニョス島に足を踏み入れるが……。

 本屋大賞(翻訳小説部門)受賞作。
 ぎこちない、というか、情報を羅列しているような、映像を説明しているような、ノベライズのような雰囲気。世界観は、なんでもあり。後から後からいろんな設定が追加されていく感じ。
 作中ではカラヴァルのことを、しきりにゲームだと主張してました。スタッフをキャストと呼んで、まるでテーマパークのような。そこですることといえば、消えたドナテラ捜し。
 おそらく、もっとずっと若い人のための物語なのでしょう。自分には合いませんでした。残念。


 
 
 
 

2018年06月28日
スーザン・クーパー(浅羽莢子/訳)
『闇の戦い1 光の六つのしるし』評論社

 《闇の戦い》四部作、第一部。
 ウィル・スタントンは、まもなく11歳。誕生日を前にして雪が降り始め、大喜び。でも、気になることもあった。
 森のそばに宿なしがいた。ひょろひょろした、ぼろをまとった男で、人間というより古着を束ねただけのように見えた。
 そのことを聞いたドースン農場のドースンさんは、〈旅人〉がうろついている、と。そして、言った。
 今夜はいやな夜になる。あすに到っては想像を絶する一日になるだろう。
 ウィルはドースンさんから、不思議な、飾りのようなものを受け取る。鉄製のようで、重たかった。
 翌日の冬至は、ウィルの誕生日。
 不思議な音楽によって起こされたウィルだったが、旋律が消えたとき、窓の外の、自分の住んでいた世界も一緒に消えてしまった。
 歩き慣れた小路の先にハンタークームの村は失く、空地が広がっている。あるのは、低い石の建物がいくつか。そのなかのひとつは鍛冶屋らしい。
 ウィルは鉄床のそばに、背の高い黒馬が立っているのに目をとめる。美しくつややかで、これほどみごとな夜色は見たことがない。
 傍らには〈騎手〉がいた。
 彼は、背が高く、衣のようにまっすぐ垂れる黒っぽいマントを着ていた。首をおおうほど長く伸びた髪は、奇妙な赤みを帯びて光っている。その男をみるやウィルの息は乱れ、のどの中ががらんどうに感じられた。
 〈騎手〉から逃れたウィルは、扉を見つける。白い斜面に高くぽつんと、どこへも通じていない、彫刻をほどこした両開きの大きな木の扉が立っていた。扉の向こうでウィルを待っていたのは、老女とメリマン・リオン。
 ウィルは〈古老〉だった。500年このかた、〈古老〉の誕生はウィルが最初で最後。光と闇との長い戦いに身を捧ぐべく、生まれながらに定められていたのだ。
 ウィルは〈しるしを捜す者〉でもある。六つの偉大な〈光のしるし〉を捜し出し、護らねばならぬ。〈闇〉の力は今や、ゆるぎなくひそやかに、この世界のいたるところに手を伸ばしている。
 ウィルの冒険がはじまるが……。

 ウィルは大家族の末っ子。〈古老〉として大人びているときもあれば、子どもっぽさもあり。そんなウィルを導く役割を担っているのが、メリマン。
 このメリマンという人物像が、読んでいるときにはどうもよく分からなかったのですが、ある評論で、メリマンは《指輪物語》でいうガンダルフだとあって、氷解。
 物語の核となる〈しるし〉のひとつめは、ドースンさんがくれた飾り。ふたつめは〈旅人〉から受け取ることになってます。ですが、この〈旅人〉がしぶるんです。
 長いこと重荷を背負ってきた〈旅人〉は、疑心暗鬼にとらわれています。本当にウィルが渡すべき相手なのかどうか。実は〈旅人〉には、哀しい過去があるんです。
 主人公はウィルですけれど、もっとも波瀾万丈な人生を送っているのは〈旅人〉かもしれません。


 
 
 
 

2018年07月01日
アダム・ロバーツ(内田昌之/訳)
『ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者』
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ

 宇宙にちらばる人類に君臨しているのは、ウラノフ一族だった。
 そのすぐ下は、何家かあるMOH(モー)ファミリーたち。彼らは互いに滅ぼそうと狙っている。
 ダイアナは、アージェント家の令嬢。ミステリが大好き。というのもダイアナは、謎を解くために、遺伝子操作によって産まれてきたのだ。
 誕生日がくれば、ダイアナは16歳になる。誕生日パーティまでに地球の重力に体を慣らすため、ダイアナと姉のエヴァはコークラへ降下した。召使たちも一緒だ。
 一行が到着してまもなく、殺人事件が発生する。
 召使のひとり、レロンが撲殺されたのだ。
 犯人は、召使の中のだれか。その建物内には彼らしかいなかった。だが、凶器のハンマーを持ち上げられるほど重力に慣れている者はいない。立っているのもやっとなのだ。
 現実の殺人ミステリに、ダイアナは大興奮。自分が解決すると言い出した。よたよたしながら現場を視察し、召使たちを尋問していく。
  一部の召使たちは、レロンのことを悪人だと考えていた。テロリストでアナーキストで無法主義者で、法や正義や秩序をきらっていた、と。そのうえ何人かは、性的暴君だとも告発した。
 残りの召使たちは、レロンを誉め称えた。非の打ち所のない善人で、宇宙の聖人と言ってもよさそうだ。
 ダイアナは事件を解決するが、コークラが何者かの攻撃を受けてしまう。ダイアナとエヴァは別行動で脱出を図るが……。

 三部構成。
 冒頭、ドクター・ワトスンを自認する人物からの挑戦状がついてます。この物語は、つながりのある三篇の殺人ミステリですよ、と。
 ひとつは監獄の物語。そして通常の犯人探しフーダニット。それに密室ミステリ。
 どの事件でも、殺人者となるのはジャック・グラス。悪名高き、殺人者。天下に並ぶものなきジャック・グラス。

 第一部の「箱の中」は、序章のようなもの。小惑星に最低限の物資と共に押し込まれた7名の男たち。彼らは11年の刑期を持つ犯罪者。完全な密室でなにが起こったか?
 第二部の「超光速殺人」からダイアナ登場。殺人ミステリが発生し、アージェント家は何者かの攻撃を受けます。
 第三部「ありえない銃」は、第二部のつづき。

 全体が、この時代における最大の謎につながってます。
 ある男が“発見”したと主張する、光よりも速く移動する手段。すなわち、超光速(FTL)。その発見が、一連の事件の引き金。
 誰もが言います。FTLなど実現不可能。物理法則がそれを許さない。噂にすぎない。
 その噂が、殺しあいに発展していきます。
 ドクター・ワトスンの名前が出てましたが、内容的には、ホームズよりルパンの方が近いかな、と。天才児設定のダイアナが、どうも天才に思えないのが残念。


 
 
 
 

2018年07月03日
フレデリック・ポール(矢野 徹/訳)
『異郷の旅人』ハヤカワ文庫SF1042

 サンディーことジョン・ウイリアム・ワシントンは、ハクーリ船でただひとりの人類。ハクーリ人に育てられ、ハクーリ人の仲間たちと成長してきた。
 以前、地球で戦争が起きたころ、ハクーリ人たちは一隻の宇宙船を救助した。乗っていた夫婦は死にかけており、助かったのは、母の胎内にいたサンディーだけ。
 地球は混乱していたため、ハクーリ船はそのままアルファケンタウリ星系に向かった。そして、今また太陽系に戻ってきたのだ。サンディーを送り届け、技術を提供する見返りとして、補給を受けるために。
 サンディーは22歳になっていた。
 地球のことは、ハクーリ船がひろってきた太陽系の電波で、勉強してある。だが、情報が少々古かった。現在、電波が出ておらず、地表のようすは分からない。
 計画では、サンディーを含んだチームが地表に降りる。まずサンディーが単独で地球人と接触し、友好的であることを示して、ハクーリ人たちを紹介する。
 ところが、地球におりると、まったく違う世界が広がっていた。
 核戦争の結果、地球は異常気象に見舞われ、気候は大きく変わっていた。かつてのような国家はない。言葉は通じるものの、何を言っているのか理解するのに戸惑ってしまう。
 予定の行動をこなせないまま、サンディーは捕らえられてしまった。
 軌道上の無数のデブリのおかげで、人類は地球に閉じこめられている。だが、観測はしていた。サンディーたち一行は、はじめから監視されていたのだ。
 サンディーとハクーリ人たちは歓迎されるものの、予想どおりの反応ではなかった。ハクーリ人たちは、デブリを除去する技術を提供すると申し出るが……。

 核戦争後の地球が主な舞台。壊滅して水没した大都市も登場します。とはいうものの、暮らしぶりは意外と安定している印象。
 サンディーは、女性と仲良くすることを夢見てます。22歳設定ですが、もっと幼い印象。情報源は古い映画。知識が偏っていて笑えます。
 ハクーリ人について、サンディーはかなり好意的。彼らは、植民可能性をさぐる旅の途中です。母星と交信が途絶えている状況で、その話題はタブーになってます。
 シリアスな物語なのかもしれませんが、笑えるSFのようでした。それはそれでおもしろいのですけど。

 
 

 
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