航本日誌 width=

 
2018年の記録
目録
 
 
 
 
 
 6/現在地
 
 
 
 10
 
このページの本たち
第四の館』R・A・ラファティ
渚にて 人類最後の日』ネヴィル・シュート
アルテミス』アンディ・ウィアー
宇宙の眼』フィリップ・K・ディック
シルマリルの物語』J・R・R・トールキン
 
がんばれチャーリー』ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスン
蠅の乳しぼり』ラフィク・シャミ
(くらら)』朝井まかて
第四次元の小説』幻想数学短編集
ロボットの魂』バリントン・J・ベイリー

 
各年の目録のページへ…

 
 
 
 

2018年08月15日
R・A・ラファティ(柳下毅一郎/訳)
『第四の館』出版社

 とってもいい目をしているが、おつむが足りない若者がいた。若者の名はフレディ・フォーリー。新聞記者だ。
 フレディは、国務長官特別補佐のカーモディ・オーヴァーラークに関する特ダネをつかんでいた。
 フレディは知っていた。カーモディとカー・イブン・モッドは同一人物。なぜならふたりはそっくりだから。
 カー・イブン・モッドは500年前のマムルーク朝の人物。死んだかどうか分からない。なぜか歴史では語られていないのだ。
 上司のタンカースリーは、古い木彫り像との比較に呆れ気味。だが、フレディの恋人ベデリア・ベンチャーは新聞社の大株主の娘だ。フレディをクビにすることができない。
 実は、フレディの主張は本当だった。
 カーモディは〈再帰人〉なのだ。彼らは〈収穫者(ハーヴェスター)〉たちと対立していた。
 〈収穫者〉たちの一番のお気に入りは、脳波編みのゲーム。精神エネルギーを増幅し、投影する。7名いる〈収穫者〉が心をひとつにしたら、遠く離れた場所の精神に影響を与えられるのだ。
 ベデリア・ベンチャーも〈収穫者〉のひとり。彼らは、カーモディのことを探ろうと、フレディを操っていた。
 精神に接触を受けた者たちは、お互いでも意思疎通が可能になる。フレディは、世界の秘密の泉を守る〈守護者〉や、世界を転覆させようとする〈革命家〉ともつながり、カーモディにせまっていくが……。

 進化系SFに分類されるらしいです。
 ラファティといえば「ほら吹き」。本作もそんな気分で読んでいたのですが、どうも違うような、やっぱりほら拭かれているような……。どう受けとめればいいのか分からずじまい。そのまま終わってしまいました。
 考えすぎたようです。


 
 
 
 

2018年08月17日
ネヴィル・シュート(佐藤龍雄/訳)
『渚にて 人類最後の日』創元SF文庫

 1961年、戦争がはじまった。
 それは、北半球のすべてを炎で包んだのち、37日めの最後の大爆発とともに短く終わった。北半球は放射能に汚染され、南半球も時間の問題。放射能が徐々に南下してきているのだ。
 いまではメルボルンが、世界最大の都市だった。
 ピーター・ホームズは、オーストラリア海軍少佐。
 自宅待機がつづいていたが、ついに海軍省に呼びだされる。命じられたのは、アメリカ合衆国海軍の原子力潜水艦〈スコーピオン〉の連絡士官。〈スコーピオン〉には、CSIRO(イギリス連邦科学産業研究機構)のジョン・シーモア・オズボーンも科学士官として乗艦し、調査航行をおこなうらしい。
 ドワイト・ライオネル・タワーズは、アメリカ合衆国海軍大佐。
 開戦時、潜水艦の指揮をとっていた。暗号無電の指示にもとづき、フィリピンのマニラをめざし全速航行を開始。海上視察の際、異変に気がついた。大気がなにかの塵埃によっていちじるしく曇り、高濃度の放射能を検知した。
 真珠湾の基地にいる司令官に打電したものの応答がない。新たな指令をうけられずに、開戦7日めにマニラ湾に入った。放射能は多少は薄まっていたが、なお危険レベル。視界だけは展けていた。
 海岸には人間の生存が認められなかった。
 タワーズは南へ針路をとることを決断し、ヤップ島をめざした。島には、アメリカ軍管下の通信基地がある。到着すると、巡洋艦の艦長であるショウ大佐の保護下に身を置いた。
 ショウ大佐の判断で、アメリカ合衆国の全艦はオーストラリア軍の指揮下に入った。タワーズは〈スコーピオン〉の艦長となり、いまはメルボルンにいる。
 実は、シアトル付近から、不可解な電波が発信されていた。モールス信号のようだが、意味のある文章になっていない。
 生存者がいるのか?
 〈スコーピオン〉が調査に向かうが……。

 終末ものSF。
 潜水艦での調査という科学的な側面よりも、終末期における心理的な側面がクローズアップされてます。
 タワーズには、本国アメリカに妻子がいます。すでに亡くなっていると考えられますが、元気に生きているものとして行動することがあります。でも、妻子に贈りものを買うときにも、心の奥底では分かってるんですよね。
 ホームズは子供が産まれたばかり。妻のメアリと、数十年後のことを話し合ったりしてます。ホームズはすべて分かったうえで発言している雰囲気ですが、メアリの方は実感が湧いていないようす。郊外の家で赤子と向き合う日々で、現実が見えていない(見たくない)感じ。
 オズボーンはカーレースに夢中。フェラーリを購入して、整備に余念がありません。なにがなんでも後悔なく生きようと決心したんだろうな、と。
 それと、もうひとりの主要人物が、モイラ・デイヴィッドスン。牧場主の娘で、ホームズの知人、オズボーンの従妹。ホームズがタワーズを自宅に招待したとき、接待役として呼ばれます。

 いかんせん1957年の作なので、いろいろと古いです。そのあたりは割り引いて読む必要はあります。でも、人間の心理は変わらないでしょうね。
 余韻が残りました。 


 
 
 
 

2018年08月18日
アンディ・ウィアー(小野田和子/訳)
『アルテミス』上下巻/ハヤカワ文庫SF2164〜2165

 アルテミスは、月面唯一の都市。
〈バブル〉と呼ばれる5つの巨大な球体から成り立っている。ここにくるにはお金がかかるし、ここに住むのもお金がかかる。ただ、金持ちの観光客と変わり者の億万長者だけでは街を維持することはできない。労働者階級が必要だ。
 ジャスミン(ジャズ) ・バシャラは幼いころ、溶接工の父に連れられアルテミスにやってきた。現在、父とは仲違い中。ポーターになり、合法なものも、非合法なものも運んでいる。
 9歳のとき、学校の授業でケニアの子どもとeメール交換をした。ケルヴィン・オティエノとは、それ以来の仲だ。密輸ができるのは、地球にケルヴィンがいるおかげ。
 ケルヴィンが葉巻を送り出し、ジャズが受け取る。運ぶ先は、街でも指折りの金持ちのなかの金持ち野郎、トロンド・ランドヴィクのところ。
 ある日ジャズはトロンドから別の仕事を持ちかけられる。
 トロンドは、アルミニウム産業に参入しようとしていた。
 かつてはアルミニウムは王様だった。バブルひとつに必要なアルミニウムは、4万トン。いまは、かろうじて利益が出ている程度。
 ただ、原料である灰長石を処理する過程で、アルミニウムの他、シリコン、カルシウム、酸素が出てくる。トロンドの狙いは副産物の方。
 ところが、アルテミスで最大手のサンチェス・アルミニウムでは、酸素を街に供給し、引き換えに電力をただで使っていた。新規事業者が参入するには、サンチェス・アルミニウムの酸素・電力契約をどうにかしなければならない。
 そこで、サンチェス・アルミニウムの灰長石収穫機を壊す。直せないくらい徹底的に。サンチェス・アルミニウムは酸素を供給できなくなり、代わって、1年分の酸素を貯蔵しているトロンドが登場する。
 ジャズは破壊工作に尻込みするが、報酬を耳にするや仕事を引き受けてしまう。計画を練りあげ行動に移すが……。

 はじめ、ジャズの日常を通じて、アルテミスのあれこれが解説されていきます。この序盤での説明はやや退屈ですが、あらゆることが伏線になってます。
 物語はジャズの一人称。
 ときどき丁寧語になるのは、前作『火星の人』と同じ。前作は、死後に他人に読まれるかもしれないという設定だったので、突然の丁寧語がぴったりはまってましたけど……。
 おもしろいんですけど、不満も残る。とはいうものの、安心して読めます。ジャズは頭の回転が早く、言われなくても天才と分かるところが好印象。
 ウィアーは、出版されたら買ってしまう作家のひとり。


 
 
 
 

2018年08月21日
フィリップ・K・ディック(中田耕治/訳)
『宇宙の眼』ハヤカワ文庫SF1975

 その日は、新しいベバトロン陽子ビーム加速器が活動をはじめる日だった。
 そのとき観測台の上には、8人の人間がいた。陽子ビーム加速器が暴走し、異常変流がはじまり、磁場の内部循環回路から放射される途方もなく強力な陽子ビームにさらされて、一同は放りだされた。
 ジャック・ハミルトンは、電子工学者。
 誘導ミサイル工場の研究部門で責任者をつとめている。ところが突然、一時停職を言い渡されてしまう。解雇と同じだった。
 理由は、妻のマーシャがコミュニストであるため。マーシャが左翼的活動に関係していることは、ハミルトンも知っていた。彼女は単に、コミュニズムに好奇心をもっていただけ。
 ハミルトンは弁明するが、聞き入れられない。
 その日は折しも、新しいベバトロン陽子ビーム加速器が活動をはじめる日。マーシャと共に見学の予定を入れ、楽しみにしていた。それが職を失って、傷心のままベバトロンの施設に赴くことになってしまう。
 そして、事故が起こった。  
 20メートルを落下したハミルトンは、意識を失ってしまう。
 病院で目覚めたハミルトンは、その日のうちに退院することができた。マーシャも軽傷。8人とも、命に別状はなかった。
 しかし、なにかおかしい感覚がつきまとう。
 翌日、ハミルトンは再就職するため、電子工学開発局を訪れた。局長のガイ・ティリンフォードは、父の親友だ。それに開発局は軍事的研究はしておらず、マーシャのことも問題にならない。
 ティリンフォードは好意的だったが、ハミルトンは、おかしな質問をされてしまう。
 聖なる救済に通じる〈唯一なる真の門〉を得度しているか?
 世界は〈第二バーブ教〉の神が支配するように変わっていた。ハミルトンは再就職するものの、〈第二バーブ教〉に戸惑うばかり。同僚たちから信仰心を問われてしまうが……。

 別の出版社から出ていた『虚空の眼』と同じもの。
 ディック初期の作品。
 ハミルトンは、ベバトロン施設で案内係だったビル・ロウズの接触を受けます。ロウズは、優秀なのに黒人であるがゆえに案内係どまりという経歴の持ち主。他の被害者たちとも連絡を取り合い、ついに、この〈第二バーブ教〉世界の出所が明らかになります。
 世界からは脱出できたものの、待っていたのは、また別の異常な世界。世界が目まぐるしく変わっていきます。
 とっちらかって終わるかと思いきや、ちゃんとストーリーになってました。初期の作品なので、こなれてない感じはありますけれど。


 
 
 
 

2018年08月24日
J・R・R・トールキン(田中明子/訳)
『シルマリルの物語』上下巻/評論社

 神話とそれに続く物語をJ・R・R・トールキンの死後、息子のクリストファー・トールキンがまとめたもの。ほぼ完成していた部分もあり、初期状態のまま放置されていた部分もあり。そのため、少々ばらつきがあります。
 各編がだいたい時代順に登場します。それぞれ独立しているため、どこから読んでも大丈夫です。一部、重複もしてます。予備知識として《指輪物語》を読んでおくと、多少の手助けになるかもしれません。
 下巻の半分近く、牽引でした。いざとなったら牽引に頼る覚悟で、固有名詞を覚える努力は放棄するべき。流れとか、雰囲気を楽しむ本なのだろうな、と思います。

「アイヌリンダレ」
 創世神話。
 唯一なる神エル(イルーヴァタアル)は初めに、聖なる者たち、アイヌアを創り給うた。エルは、音楽の主題をかれらに与え、聖なる者たちはエルの御前で歌った。
 アイヌアは快い音楽を響き渡らせたが、全アイヌア中、最もすぐれた資質が与えられていたメルコオルは、主題にはそぐわぬ事を織込んでみたいという考えを起した。メルコオルの不協和音は広がり荒れ騒いだ。
 イルーヴァタアルはふたたび主題を与え、またもやメルコオルが勝ちを制した。イルーヴァタアルは三つ目の主題を現し、鋭い一つの和音をもって音楽は終った。
 イルーヴァタアルはアイヌアに、奏でられた音楽を世界として見せた。こうしてエア(アルダ/地球)が作られた。そこは、イルーヴァタアルの子ら(エルフと人間)が住むために備えられた土地だった。
 望む者は世界に下ることを許された。最も偉大な、最も美しいアイヌアの多くが世界に下った。その中には、メルコオルもいた。メルコオルはアルダを支配しようとした。

「ヴァラクウェンタ」
 神々の物語。
 アルダに下ったアイヌアのうち特に偉大なる者たちのことを、エルフはヴァラアル、即ちアルダの諸力と名づけている。
 ヴァラアルと共に現われ、同じ階級ながら地位の劣る者たちもいた。かれらはマイアアルと呼ばれていた。マイアアルの中で最も賢明なのはオローリンであった。(※オローリンが後のガンダルフ)
 メルコオルは、輝かしき存在から落ち、自分以外の者をすべて侮るにいたった。エルフはかれを、モルゴス、即ち世界の暗黒の敵なる名で呼んでいる。かれの召使いのうち最強なる者は、マイアアルのひとりであるサウロンと呼ばれる悪霊だった。

「クウェンタ シルマリルリオン」
 エルフと至宝シルマリルのこととか。
 ヴァラアルは海と陸と山に秩序をもたらし、中つ国を造成した。しかし、メルコオルとの戦いのため、中つ国は大きく損なわれた。
 ヴァラアルは、大地を再びかき乱すようなことになるのを恐れ、中つ国を去り、最果の西の地アマンに赴いた。そして、アマンのヴァリノオルと呼ばれる場所に、領国を樹立した。
 中つ国では、イルーヴァタアルの長子(エルフ)が目覚めた。かれらは、驚嘆の念を懐きながら、地上を歩き、言葉を造ることと、目にしたものすべてに名前をつけることを始めた。
 そのころ中つ国には、暗闇に住まうメルコオルがいた。
 エルフが目覚めたことを知ったヴァラアルは、軍勢を率いて出撃し、メルコオルを捕らえた。だが、探索は完全ではなく、サウロンは遂に見つからなかった。
 その後ヴァラアルは、エルフたちをヴァリノオルに召出した。
 それがエルフたちの分裂を生じさせた。西方に移り住んだ一族もあれば、中つ国に留まった者たちもいた。かれらは何度となく分裂し、やがて諍いへと発展していく。

「アカルラベース」
 第二紀の物語。
 宝玉戦争において、多くの人間がモルゴス側に立って戦う中、エダインたちだけがヴァラアルに味方して戦った。そこでヴァラアルは、中つ国の一部でもなく、ヴァリノオルの一部でもない土地を作り、エダインに与えた。
 島は、ヌメノールと呼ばれた。さらにエダインは、智慧と、力と、かつて有限の命の人間が所有したことのないような長寿を与えられた。
 しかし、西に航海することは禁じられた。
 ヌメノールの王国は2000年以上続いて、国力と国威はいよいよ増大したが、ヴァラアルへの敬愛は忘れられていった。
 中つ国では、サウロンが再び現われていた。サウロンは常に狡猾であった。ヌメノールに渡り、ヌメノール王の前にへりくだってみせ、口先巧みにしゃべった。
 サウロンの助力と助言により、かれらは財産を殖やし、機械を考案し、ますます大きな船を建造した。やがてヌメノール王は、暗黒の支配者メルコオルの礼拝を、最初は秘密裏に、しかし間もなく公然と行い、国民も大多数がかれに追随した。
 中には、心にイルーヴァタアルを礼拝している忠実なる者たちもいた。かれらの頭たる者は、王の顧問官アマンディルとその息子エレンディルであった。 

「力の指輪と第三紀のこと」
 メルコオルが滅ぼされると、中つ国のほとんどの場所では長い間平和が続いた。メルコオルに仕えていたサウロンは、最も危険な存在だった。かれはいろいろな姿を取ることができ、非常に用心深い者を除いては、だれでも容易に騙されてしまうからであった。
 その頃、エルフの細工師はそれ以前にかれらが考案したものをすべて凌駕するほどの腕に達していた。そしてかれらは思いを凝らして、力の指輪を作った。
 サウロンはもっともらしい外見を取り、エルフたちに助言を与えていた。仕事を指導し、かれらのなすことすべてを掌握していた。
 サウロンは密かにすべての指輪を支配する一つの指輪を作った。
 サウロンが一つの指輪を指に嵌めるや、エルフたちはかれが何者であるか知り、サウロンがしようとしたことに気がついた。かれらは怒り且つ怖れて、指輪を外した。
 サウロンはエルフが騙されなかったことを知り、激怒した。そしてエルフたちに公然たる戦いを挑み、ほとんどの力の指輪を手中に収めた。
 エルフたちは、最後に作られた、最大の力を持つ三つの指輪を救い出して、それを隠した。
 サウロンの渇望と増上慢はますます強まり、止まるところを知らなかった。サウロンはヌメノールに赴き、かれらをそそのかせてヴァラアルに戦いを挑ませ、かれがかねてから望んでいたヌメノール国の破滅を図った。
 しかしサウロンは反撃に遭い、肉体を捨てて逃げ隠れた。
 かくて世界の第三紀が始まった。


 
 
 
 

2018年08月25日
ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスン
(宇佐川晶子/訳)
『がんばれチャーリー』ハヤカワ文庫SF791

 惑星ニュー・レムリアのタリイナ王国は、大小さまざまな島の集まり。段階としてはまだ中世だ。
 汎生物連盟の大使館は、シュヴェルカディ島の北端に作られた。群島の西端付近に位置する。ここなら国王とほどよい距離が保てる。
 タリイナは地球人そっくり。そこで連盟は、地球人のアセルスタン・ポンフリイを全権大使にした。さまざまな制約を設けたうえで、技術導入が慎重にはじめられている。
 チャーリー・スチュアートは、貨物宇宙船〈ハイランド・ラス〉号のマルカム船長の一人息子。ホーカ人の家庭教師がついている。
 ホーカ人は、ある特定の人物になりきってしまう習性を持つ。現在は、バートラム・セシル・フェザーストーン・スミス=チャムリイを名乗っていた。オックスフォードの教授だ。
 ニュー・レムリアで積荷の準備が遅れたとき、チャーリーは、グルーシュカの町まで観光に行くことを思いつく。グルーシュカはシュヴェルカディ島の南端。船員や観光客が訪れる町で、外星人にも慣れている。
 マルカム船長は大賛成。なにしろ、本にかじりついて空想にひたってばかりの息子を心配していたのだ。
 一方、ポンフリイは猛反対。というのも、タリイナ王国では革命があったばかり。星全体が不穏な情勢だった。
 数年前、古い王家の最後の当主が跡継ぎのないまま死んだ。すかさず王位を奪い取ったのが、有力貴族のオラギ。オラギは独自の社会改革を断行し、領主たちも民衆も不満を抱いている。
 けっきょくのところポンフリイが折れ、チャーリーはバートラムと一緒にグルーシュカに旅立った。
 宿についたチャーリーたちは、オラギに不満をつのらせている人々から予言の王子の話を聞く。予言の王子は、チャーリーと同じ赤毛だった。
 バートラムはへクター・マクレガーを名乗りだし、チャーリーは王子だと公言してはばからない。周囲にいたタリイナ人たちが騒がしくなり、チャーリーは、シュヴェルカディ島の領主ゼンコ卿に呼びだされた。
 チャーリーは予言の王子なのか?
 事態をはっきりさせるため、チャーリーは予言された偉業に挑むことになってしまう。失敗するのが分かっているチャーリーは引き受けるが……。

 《ホーカ》シリーズ三作目。
 ホーカ人のおもしろさはひかえめ。本作は、あくまでチャーリーの成長物語になってます。
 ゼンコ卿もオラギに不満があって、チャーリーを利用してやろうと目論んでます。でも、チャーリーが本当に予言の王子だと信じている人々もいます。
 それに、チャーリーには、ホーカ人がついてます。ちょっとトンチンカンなところがあっても、ヘクター・マクレガーはチャーリーを肯定してくれる、そういう心強さがあります。
 17年ぶりに読みましたが、やっぱり今でもおもしろい。


 
 
 
 

2018年08月26日
ラフィク・シャミ(酒寄進一/訳)
『蠅の乳しぼり』西村書店

 ダマスカスの、ぼくとサリムじいさんの13の小話。
 ショート・ショートあり、枠物語あり、笑える話あり、泣ける話あり。教訓めいたものもあり。いろんなジャンルの多彩な物語だけれども、すべて同じ雰囲気。
 ラフィク・シャミの書くものは、長いものも短いものも、楽しいものも哀しいものも、ジャンルはラフィク・シャミ、としか言いようがない。

「神様がまだ祖母だったとき」
  祖父は、部屋の明かりをつけることができなかった。祖母は明かりをつけるのがうまい。天井の古ぼけたプロペラを回せるのも祖母だった。ある日、ぼくが窓辺で祖父にある質問をすると……。  

「ケバブは文化なり ムハンマドに捧ぐ、マクドナルドなんてクソくらえ」
 肉屋のムハンマドは、ケバブの芸術家を自認していた。たしかにムハンマドのケバブはおいしい。誰もが認めていたが、少々高く、買うのは大事な客がくるときだけ。
 ある日、ムハンマドの店に数人の観光客がやってきた。彼らは写真を撮り、ムハンマドの調理を誉め称えるが……。

「森とマッチ棒」
 オリーブの木と松は、ときどき、どっちの方が優れているかいい争っていた。ある日、オリーブの木にマッチがささやいた。松に火をつけよう、と。
 オリーブ木の長老は反対するが……。

「怖がらせ屋が怖がるとき」
 ある日、政府の密偵が引っ越してきた。そいつは私服を着ていたけど、薄い夏服の下にピストルが透けて見えた。だから、自称している役人ではないことは誰もが知っていた。
 近所の人たちは、みんな、ひそひそ声で話すようになった。
 密偵は、いまの政権の敵がうじゃうじゃたむろしていると噂の、ゴンドラ酒場にあらわれるが……。

「まともな商売」
 アリは毎年、菓子売りをやっていた。
 ぼくはある夏、アリを真似て、菓子売りをやってみることにした。アリに相談すると、菓子屋からの仕入れで保証人になってくれるという。条件は、アリの縄張りで商売をしないこと。
 ぼくは意気揚々と商売をはじめるが……。

「炎の手」
 サルマはこの界隈でいちばん美しい人だった。結婚していたが、幸せではなかった。
 ぼくは16歳になったばかり。サルマは36歳。サルマの旦那が北の大都市アレッポに出かけるたび、逢引をするようになるが……。

「木の実か天国か それがここでは問題だ」
 ギブランの店のソラマメとヒヨコマメの煮物は界隈一。ある日、鉢を持って買いに行くと、マメを盛ってもらったところでギブランの注意がそれ、代金を渡しそこねてしまった。
 ぼくはギブランの弟子に追及されるが……。

「ブクラ、未来の王様」
 王様の厳しい税の取り立てに、民衆の不満は高まっていた。ついに反乱が起こり、民衆は、騎士ブクラを王位につけた。
 ブクラ王は聡明な人間で、人々にはたった一つのことしか禁じなかった。それはトマトについて話してはいけない、というもの。大半の人々は肩をすくめただけだったが……。

「ぼくの父さんとラジオ」
 父さんは大枚をはたいてキリスト教徒地区でいちばんいいラジオを買った。ある日、そのラジオが音をださなくなった。ラジオを修理にだすが、ランプをとり替えただけなのに料金は高額。
 父さんは自分で修理するようになるが……。

「銃弾が避けるはずはない」
 サリムじいさんが病気になった。小柄で太ってる医者のナジム先生の指示は、肉と野菜を食べさせ、ビタミン剤を飲ませること。
 2週間たっても、サリムじいさんは起きあがれない。みんながサリムじいさんに肉を食べさせようとしたが、だめだった。
 そんなとき、近所のアフィファがサリムじいさんのおかみさんに、占い師のところで病気の原因を聞いてみたらどうかと勧めるようになるが……。

「わが友ヌー ヌーとクルド族に捧げる」
 ダマスカスではよくクーデターが起こる。
 15年前、はじめてクーデターがあったときは歓声をあげて、つぎの日の朝まで祝宴をした。でも二度目のクーデターがあったときはただ拍手をしただけで、三度目からは笑いが出るだけだった。
 歴史の先生は好感のもてるパレスチナ人だったが、刑務所に入れられた。新しい先生の授業は退屈きわまりない。
 先生は、地理の知識がまるでないらしく、ウマイヤ王朝の偉業を熱中して話すと、いつのまにか世界がアラビアとアラビアの情けで余命をつないでいたいくつかの小国にすりかわってしまう。
 シリアには30万人以上のクルド人がいる。友だちのヌーもクルド人だ。先生はアラビア人しか認めない。そのためヌーは先生との折り合いが悪い。
 ヌーの家は、町の東端にあるスラム街にあった。そのあたりではみんな、土やトタン板や木の板を使って家を建てている。
 政府が新しくなると、スラム街の住民にもっと人間らしい住まいを約束するが、それは、旧政権がすでに約束ずみのことだった。
 もともとヌーは病弱だったが、ついに学校にこられなくなってしまう。ぼくは、ヌーの家に行くが……。

「ひどいもんだったよ」
 新しい学年がはじまったとき、すべての教室に窓がつけられた。生徒たちが先生の見えないところでいたずらをしても、新しい校長にはすっかりお見通しというわけ。それは先生たちにとっても同じ。
 ぼくは先生と衝突してしまうが……。

「蠅の乳しぼり」
 ぼくは戦争を憎んでいる。
 なんとかして兵役を免れたい。そのためには、自分が軍隊の役に立たないことを主張して、情け容赦ない徴兵係の前ですべての検査をくぐり抜けなくちゃならない。そうすれば、何年もの間、くだらない兵役で人生を無駄にしなくてすむ。
 サリムじいさんは、軍隊から逃れて、4年間、山にこもっていた。ぼくはサリムじいさんの話を聞いて、対策を考えるが……。


 
 
 
 

2018年08月29日
朝井まかて
『眩(くらら)新潮社

 お栄は葛飾北斎の娘。
 物心がついた頃から北斎の絵に埋もれ、気がつけば他の弟子と肩を並べて修行をしていた。火事と聞けば駆けつけて、色を見つめた。あの熱を帯びた緋色は何で作るか。色に魅入られては、絵具でどう按配するかを考えてしまう。
 22歳のとき町絵師に嫁いだが、3年で別れた。ただただ、工房でずっと絵だけを描いていたかった。
 ある日北斎に、阿蘭陀(おらんだ)国から絵の注文が入る。阿蘭陀の紙を使い、浮世絵ではなく、西洋の画法による西画を描いてほしいという。
 お栄が引き受けたのは、注文された15枚の内、たった1枚。画題は遊女だ。何度となく描いてきた画題に、お栄は悩む。
 異人らにとっては、目の前の物を正しく描き写したものが絵。そう考えて目を凝らせば、この世のどこもかしこもが色の濃淡で出来ている。光が強く当たっているところは色が薄く、暗い場では色が沈む。
 お栄は気がついた。
 光だ。光が物の色と形を作ってる。
 しかし、いざ手を動かそうとしたら二進も三進も行かない。なんとか花魁と禿の図を仕上げたが、ひどい代物だった。ちゃんと遠近も陰影もついている。そこだけを見れば真の景に近い。けれどまるでコクがない。
 お栄は、己の腕が口惜しくて、腹が立った。
 試行錯誤を続けるが……。

 葛飾応為の半生記。
 腹違いの姉お美与の遺児の時太郎が、あちこちに借金をしては北斎に尻拭いをさせる大問題児。お栄は振り回されっぱなし。
 時折でてくる善次郎は、渓斎英泉(けいさいえいせん)という号の浮世絵師で、秘画艶本の戯作者。とんでもない風来坊だけど、人好きのするタイプで、お栄も惹かれてしまう。
 それにも増して、北斎の天才ぶりがすざまじいです。
 北斎が幼いお栄を抱っこして、猫を描いてみせます。円を描いて頭とし、耳の三角をのっければ猫になる。その猫が、生き生きと動き出す。お栄は不思議がるけれど、それが天才の技。
 お栄は、めんどくさがりで、気っ風がよくて、なにもかも忘れて絵にのめり込んでしまう。文字で表現される絵の世界に、お栄みたいに眩々きました。
 とはいうものの、北斎がいると、どうしても北斎に注目してしまいます。もっと北斎を読みたくなる。お栄の物語なのに。
 もしかすると、実際のお栄もそんな感じだったのかもしれませんね。  


 
 
 
 

2018年09月05日
幻想数学短編集
エドワード・P・ミッチェル/ロバート・A・ハインライン/A・J・ドイッチュ/H・ニアリング・Jr/ブルース・エリオット/ラッセル・マロニー/アーサー・ポージス
(三浦朱門/訳)
『第四次元の小説』小学館/地球人ライブラリー

 トポロジーや無限、確率など、数学をモチーフにした小作品集。
 同じタイトルで翻訳出版されていたものを、数をしぼったうえで、改訂・注釈が加わってます。注釈が懇切丁寧。題材になった数学のコラムや、関連のブックガイドもついた入門書的位置づけ。
 数学は絶対不変ですが、数学以外の部分はうつろいゆくもの。最初の版から半世紀以上がたっているため、少々古いです。いろいろと。

エドワード・P・ミッチェル
「タキポンプ」

 
ポリプ大学のサード教授のクラスには、数学好きの者が70人集まっていた。かれらは酒よりもxyzの方が好きで、遊ぶよりも微積分が好き。
 唯一の例外であるファネスは、どうにもならないでくの坊で、見当もつかないじゃま者。ファネスの目的は、教授の娘のアブシッサだった。ファネスは、がんこな父親の好意をかおうと、一生懸命に、しんぼう強く数学をのみこもうと努力する。家庭教師を頼んだが、それも役に立たなかった。
 ついにファネスは、教授に直談判する。教授は、無限の速度の原理を発見できたら、アブシッサとの結婚を許してくれるというが……。

ロバート・A・ハインライン
「歪んだ家」

 建築士キンタス・ティールは、友人ホーマー・ベイリーとの会話から、1部屋分の敷地に、8部屋の家を建てることを思いつく。ちょうど過剰空間のように。ただ、そんなことは不可能なので、三次元的に展開した過剰空間を考案した。
 家は、ティールの新居として建設されるが……。

A・J・ドイッチュ
「メビウスという名の地下鉄」

 ボストンの地下鉄は、ボイルストン往復線の開通により、すべての路線がつながった。この地下鉄を、平日は227本の電車が走り、150万人の客を運んでいる。
 ある日、ケンブリッジからドチェスターに行く86号電車が行方不明になった。地下鉄全線で大騒ぎになるが、電車は見つからなかった。
 ハーバード大学の数学者ロジ・タペロは、失踪した電車は特異点にぶつかったのだと指摘するが……。

H・ニアリング・Jr
「数学のおまじない」

 数学科のクリーンス・ペン・ランサム教授は、教え子のフィンチェルのことを案じていた。
 代数で落第点をとるやつは、いつでもいる。だが、フィンチェルは六度もしくじっているのだ。4年生のフィンチェルには、1単位でも落とせば、落第まちがいない。
 ランサムは、哲学科のアーチボルト・マックテイト教授に相談した。
 ランサムとマックテイトはフィンチェルに面談し、奇妙な方法を試すことに決める。フィンチェルは知能が低く、迷信に助けられうるタイプ。フィンチェルの爪を入れたろう人形に数学を教えることにしたのだ。
 かくして人形を相手にした授業がはじまるが……。

ブルース・エリオット
「最後の魔術師」

 ダニーンは最後の魔術師だった。彼は最初の出し物で、火星の女を出してみせた。以来、火星人のアイダが助手をやっている。
 昔の魔術師は長年にわたって、次々に違う客を前にしていたから、演目をくり返してもたいした問題ではなかった。しかしいまでは、一度に全世界の人々を前にすることになる。彼はつねに最先端を進まねばならなかった。たえず、より新しくより驚くべきトリックを考え出さねばならなかったのだ。
 後援者のひとりであるボローはダニーンに、クラインの壺からぬける脱出術を提案するが……。

ラッセル・マロニー
「頑固な論理」

 ベンブリッジ氏は38歳。ひとり者で、コネチカット州の田舎で快適な生活を送っていた。18世紀の英国の田舎紳士のようで、芸術やら、科学の進歩に興味を持っていた。自分のことを風変わりだと考える人がいても気にかけなかった。
 ニューヨークのあるカクテルパーティーで、ベンブリッジ氏は6頭のチンパンジーの理論を知った。
 確率の法則で、6匹の猿がタイプライターのキーをたたいていれば、人間の書いたあらゆる書物をたたき出す。もちろん、山のようなわけのわからないものもできるだろうが、大英博物館にあるような本もちゃんと書くだろう、と。
 ベンブリッジ氏は、ためしてみようと考えるが……。

アーサー・ポージス
「悪魔とサイモン・フラッグ」

 サイモン・フラッグは数学者。悪魔を呼びだすのに成功し、取引した。
 サイモンが質問をひとつする。24時間以内に答えられなければ、筋の通った金額と、生きているかぎり健康と幸福を保証する。悪魔が答えられたなら……悪魔が扱うものは魂と決まっている。
 サイモンは不安になりながらも、自信はあった。悪魔といえども、この質問には答えられない。その質問とは、フェルマーの最後の定理は正しいか。
 悪魔は予期していなかった質問にうろたえるが……。


 
 
 
 

2018年09月07日
バリントン・J・ベイリー(大森 望/訳)
『ロボットの魂』創元SF文庫

 ジャスペロダスは、子どもができなかった夫婦が選択した結果だった。
 ジャスペロダスの父は天才的ロボット師。ジャスペロダスは最高の職人芸の賜物だ。ブロンズブラックの金属でできたボディには、巻き物に似た模様の芸術的な浮き彫り装飾がほどこしてある。
 だが、もっとも謎めいているのは、彼の性格のありかただった。
 ジャスペロダスが目覚めたとき、自分が誕生したいきさつを知っていた。そのうえで決断をくだし、両親の人生から歩み去った。
 生まれたての冒険心を満足させてくれるなにかを求めていたのだ。
 歩きつづけたジャスペロダスが出くわしたのは、列車強盗。冒険のにおいに興奮するが、人間たちから命令されてしまう。
 通常ロボットには、明確に与えられた命令には自動的にしたがう傾向がそなわっている。だが、ジャスペロダスはちがう。
 しばらく後についていってみたものの、ジャスペロダスはけっきょく盗賊団のキャンプを抜け出した。
 さらに歩きつづけたジャスペロダスがたどり着いたのは、ゴードナの街。ゴードナでは、野放しのロボットは王に仕えることになっていた。
 ジャスペロダスは自分が知的存在だと主張する。本物の人格を持ち、意識を有する独立した存在だ、と。だが相手にされない。
 ジャスペロダスは奴隷機械として、過酷な労働を強いられてしまう。機能停止の状態まで陥りながらも一命をとりとめたジャスペロダスは、王位を狙うようになった。
 ジャスペロダスは計略を巡らす。すべては、人間の主になるため。ゴードナ王に取り入り、ゴードナ王の兄、オクラモラ王子にも接近した。
 ジャスペロダスは、王位簒奪を目論むオクラモラ王子を利用しようとするが……。

 ロボットSF。
 続編に『光のロボット』があり。
 再読。14年ぶりですが、結末だけは記憶に残ってました。
 ジャスペロダスは行く先々で、自身が意識を持っていることを否定されます。そのように作られているだけで、実際は自由意思など存在していないのだ、と。
 ところがジャスペロダスは、人間でいうところの「頭に血が上った」状態になって理不尽な選択をしてしまうことがあります。そういう人間的なところは、どこからきているのか。そしてまた、苦労して手に入れた玉座を、あっさりと手放したりもします。
 結末を知ったうえで読むと、ジャスペロダスがただの悪ロボットとは思えなくなります。

 
 

 
■■■ 書房入口 ■ 書房案内 ■ 航本日誌 ■ 書的独話 ■ 宇宙事業 ■■■