航本日誌 width=

 
2018年の記録
目録
 
 
 
 
 
 
 7/現在地
 
 
 10
 
このページの本たち
光のロボット』バリントン・J・ベイリー
博士の愛した数式』小川洋子
ぼくの名はチェット』スペンサー・クイン
チェット、大丈夫か?』スペンサー・クイン
チェットと消えたゾウの謎』スペンサー・クイン
 
闇の戦い2 みどりの妖婆』スーザン・クーパー
夜の翼』ロバート・シルヴァーバーグ
アードマン連結体』ナンシー・クレス
SFマガジン700【海外篇】』SFマガジン創刊700号記念アンソロジー
闇の戦い3 灰色の王』スーザン・クーパー

 
各年の目録のページへ…

 
 
 
 

2018年09月10日
バリントン・J・ベイリー(大森 望/訳)
『光のロボット』創元SF文庫

 『ロボットの魂』続編
 ジャスペロダスはロボット。
 ロボットの中で唯一、意識を持っていた。
 意識は、人工的に生起させることができない。意識は物質ではなく、したがってつくりだすことも不可能。だが、操作することはできる。加工し、溶かし、特殊な漏斗に流しこんで、ひとつの容れ物から別の容れ物へ移すことは可能なのだ。そうした過程を経ることによって、ジャスペロダス自身の存在が生み出された。
 ジャスペロダスの作り手が亡くなっている今、そのことを知っているのはジャスペロダスのみ。
 ジャスペロダスのような自由被造物たちは、ボルゴル同盟に狙われていた。かれらは、野放しのロボットを発見すると、ただちにことごとく破壊する。
 ロボットたちは警戒していたが、ついに町がボルゴル同盟に見つかってしまった。対策は不充分で、壊滅的な被害を被り、ほぼ全滅。
 生き残ったジャスペロダスはロボットのクリカスに、ガーガン計画への参加を勧誘される。
 ガーガンも被造物。
 ガーガンは人間のあらゆる宗教を研究した結果、人間にしか手のとどかないもの、想像もおよばないような、驚嘆すべき精神状態を発見した。そのときガーガンは悟った。ロボット宗教の正しい目標は、この能力を獲得することにある。
 ガーガン計画が成功すれば、まったく新しい光、ロボットには想像もできない種類の光がロボットの脳を解放することになる。
 ガーガンの求めているものこそ、ジャスペロダスが秘密裏にかかえている意識だった。
 ジャスペロダスは研究を阻止するため、ガーガンのもとへとむかうが……。 

 前作『ロボットの魂』ではとんがっていたジャスペロダス、すっかり丸くなりました。相変わらず、裏切ったり見捨てたりしてはいますが。『ロボットの魂』を読んだ直後だと、少し物足りないです。
 独立した作品にはなってますが、ジャスペロダスのあれこれを知った上で読むと、感慨もひとしお。


 
 
 
 

2018年09月11日
小川洋子
『博士の愛した数式』新潮文庫

 彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。
 博士は64歳の、数論専門の元大学教師。
 17年前、交通事故で脳に障害を負った。物事を記憶する能力が失われ、新しいことを覚えていられるのは80分間のみ。1975年でとまったままの博士にとって、大ファンの江夏豊はいまでも、完全数28の背番号を持つ阪神タイガースの選手なのだ。
 私は、あけぼの家政婦紹介組合の家政婦。
 ひとりで子どもを産んだとき、生かせる特技が家事だった。仲間のなかでは一番若かったが、キャリアは既に10年を越えている。博士の場合、顧客カードを見ただけで、手強い相手だと予測できた。先方からのクレームにより家政婦が交替したマークが9つついていたからだ。
 実際、博士には戸惑うことばかり。
 状況を一変させたのは、ルートの存在だった。博士と息子が出会った最初の瞬間から、私は警戒心を解き、博士を信用するようになった。
 ルートが加わった三人での生活のリズムは、すぐに軌道に乗った。博士はルートのことも、私やルートとの会話も忘れてしまうが、私たちは覚えている。
 私とルートは博士を傷つけないために、ふたりでちょっとした嘘をつくことを約束するが……。

 第一回本屋大賞受賞作。
 私の回想で、物語は展開していきます。
 博士の記憶は47歳で止まっているのですが、精神年齢47歳かといえば、そんなことはなく、尋常でない枯れ方してます。元々、数学にのめりこんでいるタイプだったんでしょうけど、枯れ果ててます。
 博士に住む場所を提供し、家政婦を雇っているのは、未亡人。博士の亡くなったお兄さんの妻。ほぼ干渉してきませんが、指示や助言もしてくれないので、私は困り果ててしまいます。
 この未亡人の存在が絶妙。冒頭に登場して以降は姿を見せず、後援者としての役割だけかと思いきや、とんでもない。半ばから、存在感を増してきます。
 でも、もっともいいのは、ルート。しっかりしているけれど、やっぱり子供。子供ながらに一所懸命考えているのがよく伝わってきます。
 何度読んでも傑作。


 
 
 
 
2018年09月13日
スペンサー・クイン
(古草秀子/訳)
『ぼくの名はチェット』東京創元社
(文庫版タイトル『助手席のチェット』)

 《名犬チェットと探偵バーニー》第一巻
 バーニー・リトルは私立探偵。専門は失踪人捜索。陸軍士官学校を卒業し、市警察にいたこともある。
 相棒は、警察犬になりそこなったチェット。大型のミックス犬。片方の耳が黒くて、もう片方は白い。
 チェットはバーニーのことが大好き。バーニーは、リンゴとバーボン、塩と胡椒のにおいがする。バーニーのことはよく知っているし、バーニーが金欠病を抱えていて、仕方なく離婚関連の浮気調査をしていることも知っている。
 でも、日が暮れると人間の目が極端に見えなくなるのには、いつもびっくりさせられる。
 ある夜、花とレモンのにおいがする金髪の女性が尋ねてきた。
 シンシア・シャンブリス。高校二年生になる娘のマディソンが帰ってこない、という。
 よくよく話を聞くと、いなくなってから8時間しかたっていなかった。 バーニーは、まる一日たたなければ警察だって失踪届けを受理しないと、消極的。
 それも、前金の500ドルを見るまでだった。
 バーニーとチェットは、シンシアの部屋を見に行く。
 マディソンのにおいがついている枕カバーは、人間の若い女の子のにおいがした。ハチミツとチェリーと、道端で見かける太陽の色の花の香りがほんのり混じってる。
 チェットが臭跡をたどりはじめる前に、マディソンが帰ってきた。映画を観ていたというが、バーニーは話を作っていることに気がつく。
 そして数日後、ふたたびシンシアから連絡があった。マディソンが帰らないまま、まる一日経過していた。
 バーニーはシンシアの依頼を受けるが、チェットが何者かにおそわれてしまった。チェットは犯人のことをバーニーに伝えたいが、伝わらない。そうこうするうち忘れてしまう。
 バーニーは、ただの失踪事件ではないというが……。

 チェット視点で語られる犬ミステリー。
 チェットは、忠誠心があるし身体能力も高いけれども、ちょいとばかり注意力散漫。バーニーが重要な話をしている、と気がついても、眠くなったら爆睡するし、気になるもの(たいてい食べ物)があったら、かけよってしまう。リードをつけていないのをいいことに、あちこち頭をつっこんでます。
 賢いとは思うものの、バーニーに注意されるまで自分が吠えていることに気がつかなかったり、なにやら風が吹いてきた、と思ったら自分が尻尾をふっているせいだったり、抜けている一面も。
 人間の言葉もおおまかに理解していますが、意味を取り違えることはしょっちゅう。ひとつの言葉からさまざまなことを連想します。過去の事件のことだったり、バーニーとの思い出だったり、食べ物のことだったり。
 このシリーズがよくある動物視点ミステリと決定的に違うのは、チェットが他の動物と会話しない、ということ。
 チェットには仲のいい同族(犬)がいますが、会話はありません。吠えあうだけ。取っ組み合ったり、追いかけあったりするだけ。会話はなし。
 そこが好印象。

 読みはじめは、チェットの支離滅裂な思考回路がゆるくて物足りなさを感じたのですが、尻上がりにおもしろくなっていきました。
 またチェットに会いたくなること請け合い。


 
 
 
 
2018年09月14日
スペンサー・クイン(古草秀子/訳)
『チェット、大丈夫か?』東京創元社
(文庫版タイトル『誘拐された犬』)

 《名犬チェットと探偵バーニー》第二巻
 バーニー・リトルは私立探偵。専門は失踪人捜索。陸軍士官学校を卒業し、市警察にいたこともある。
 相棒は、警察犬になりそこなったチェット。大型のミックス犬。片方の耳が黒くて、もう片方は白い。
 バーニーはスタイン警部補から、ボディガードの仕事を紹介された。その手の仕事は断っているが、一日2,000ドルの報酬とあっては受けないわけにはいかない。
 来週末、市長が誘致したグレートウェスタン・ドッグショーが開催される。参加するチャンピオン犬のプリンセスに、脅迫状が送られてきていた。
 写真で見たプリンセスは、大きな黒い目をした小さな毛糸玉。アメリカ有数の名犬で、イギリス最大の、バルモラルのドッグショーで一位になった。飼い主は、伯爵夫人アデリーナ・ボルゲーゼ。
 アデリーナはプリンセスの命が狙われていると主張するが、バーニーは気が乗らない。
 プリンセスと初対面の日、チェットは、プリンセスのベーコンビッツを横取りしてしまう。
 プリンセスは、口をちょっと開けただけでじっとしていた。トレーナーが、その口にベーコンビッツを入れようとした瞬間、奪い取っていた。
 たちまちアデリーナからクビを宣告され、チェットは落ちこむ。これでは相棒失格だし、なによりプロとは言えないし、バーニーをがっかりさせたのが情けなかった。でも、バーニーが頭のてっぺんを掻いてくれて、尻尾を振らずにはいられなかった。
 その後、バーニーの家にスージー・サンチェスがやってきて、教えてくれた。 
 スージーは、「ヴァレー・トリビューン」紙の記者。石鹸とレモンのにおいがする。チェットはスージーのことも大好き。
 スージーがいうには、アデリーナが誘拐されたらしい。プリンセスと一緒に。バーニーがクビにされたすぐ後のことだった。
 バーニーは、アデリーナの夫ロレンツォに雇われ、捜索を開始するが……。

 チェット視点で語られる犬ミステリー。
 展開は前作『ぼくの名はチェット』と似てます。
 事件が起こり、バーニーとチェットが離ればなれになってしまって、でも再会する。チェットとプリンセスが一緒に行動するシーンも登場しますが、もちろん会話はなし。会話はなくても、プリンセスの感情の変化が読み取れます。
 犯人は、予想の範囲内。共謀者とか、犯行動機とかも。物語をおもしろくしているのは、チェットの語り。
 
 それにしても、この日本版のタイトルは賛同しかねる。


 
 
 
 
2018年09月15日
スペンサー・クイン(古草秀子/訳)
『チェットと消えたゾウの謎』東京創元社

 《名犬チェットと探偵バーニー》第三巻
 バーニー・リトルは私立探偵。専門は失踪人捜索。陸軍士官学校を卒業し、市警察にいたこともある。
 相棒は、警察犬になりそこなったチェット。大型のミックス犬。片方の耳が黒くて、もう片方は白い。
 移動遊園地で開催中のサーカスで事件が起こった。
 サーカスは、ドラモンド大佐が率いている。目玉は、世界一のゾウ遣いユーリ・デリースと、アフリカゾウのピーナッツ。
 そのデリースとピーナッツが失踪したのだ。
 たまたま事件のあった日にサーカスを訪れたバーニーとチェットは、親しい間柄の失踪人捜索班リック・トーレス巡査部長の好意で、聴取に立ち会った。相手は、ピエロのポポ。
 ポポは、真っ白な顔に真っ赤な口、緑色にふちどられた目、オレンジ色の長いぼさぼさ髪をしていた。チェットはピエロの扮装にびっくり仰天。おもわず、後ずさりしながら、頭を低くして吠えかかった。バーニーにたしなめられてしまう。
 ポポの供述によると、夜中に目が覚めたとき、ゾウのかん高い啼き声が聞こえたらしい。空耳だろうと思って、そのまま寝てしまった。ピーナッツは、いつもは専用のトレーラーで移動している。車両はなくなっていなかった。
 チェットはピーナッツのにおいを、とじたゲートまで追って行った。においは、南へ向かうフリーウェイに続いている。門番のダレン・P・クイグリーは、ずっとここにいたが、誰も来なかったし、誰も出ていかなかったと証言した。
 チェットには分かる。クイグリーはほんの少し前に、吐いたばかり。なにしろ生まれてこのかた、吐いたものをたくさん嗅いできた。酒場の裏や、駐車場、それに酒場のなかも、そういうにおいにあふれている。
 ドラモンド大佐は、デリースがビーナッツを盗んだと考えていた。事件は、デニースがあちら側へ行ってしまっただけのことだ、と。あちら側とは、動物の権利とやらを主張する過激派の側だ。
 雄のアフリカゾウは気性が荒いから危険だし、世話や餌に時間と金がかかる。ゾウを営利誘拐するなんて考えられないことなのだ。
 バーニーとチェットは、ポポの個人的な依頼で、デニースの捜索をすることになる。ポポによると、デニースは人道的な調教師で、ゾウを傷つけるようなことは絶対にしないし、過激派に与することもないらしいが……。

 チェット視点で語られる犬ミステリー。
 児童書のようなタイトルがついてますが、とんでもない。チェットの語りなのでユーモアたっぷりですが、バーニー視点で書かれていたら、ハードボイルドに仕上がったはず。
 信頼あり、恋心あり、暴力あり、殺人あり、陰謀あり、危機的状況あり。シリーズの集大成のようにきっちりまとまって晴れ晴れします。

 ただ、シリーズをたてつづけに読んでしまったせいか、チェットの脱線し放題の語りに食傷気味。ふつうの三人称小説の合間に読めば気にならなかったかもしれません。後悔しきり。


 
 
 
 
2018年09月16日
スーザン・クーパー(浅羽莢子/訳)
『闇の戦い2 みどりの妖婆』評論社

 《闇の戦い》四部作、第二部。
 大英博物館から、ケルト時代の美術品が盗まれた。
 不思議な事件で、警報機が鳴らず、ショーケースに損傷はなく、外部から押し入られた形跡も全くない。盗まれたのは「トリウィシックの杯」など数点。
 杯は、前年に、コーンウォールの洞窟で発見された。発見者であるドルー家の3兄弟、サイモン、ジェーン、バーナバス、の3人には、今回の盗難事件が誰のしわざかわかっていた。
 〈闇〉の力だ。  
 だが、そのことは秘密にしなければならない。相談できるのは、あの杯を見つけたとき一緒だった、大伯父のメリマン・リオンただひとり。
 メリー大伯父は、世界の支配をめぐる〈光〉と〈闇〉との長い闘いに関わっている。ここにきて、この長い戦いの新たな局面がはじまっているという。
 3人とメリー大伯父は聖杯を取り戻すため、トリシウィックへむかった。ちょうど町では〈みどりの妖婆〉が作られる時期。〈闇〉はこのときを狙ってきたのだ。
 一方、バッキンガムシャーに暮らすウィル・スタントンの家には、アメリカに暮らすビル伯父が訪ねてきていた。
 ウィルは、攻め寄せる〈闇〉から世界を護るよう、動かし難い掟によって縛られた〈光〉の守護者〈古老〉たちの、最後のひとり。だが、11歳の子供でもある。
 ウィルは、ビル伯父にコーンウォールの休暇にさそわれ、大喜び。ビル伯父は友だちと共同で別荘を借りており、友だちの甥っ子もくるらしい。
 その友だちがメリマン・リオンだったことにウィルは驚く。メリマンもまた〈古老〉のひとり。事情を聞き、ともに〈闇〉の様子を見ることになるが……。

 ふつうの人間である3兄弟を中心にして物語は展開していきます。そこに絡んでくる、外見は子供ながら〈古老〉のウィル。
 聖杯を巡る大冒険があったことがチラチラと書かれます。最初の冒険をすっとばして展開していくシリーズは珍しいので、おもしろい趣向だと思っていたら、実は、その冒険については別の物語になってました。
 そのため本書は《闇の戦い》の第二部であると同時に、『コーンウォールの聖杯』の続編にもなってます。残念ながらそちらは未読。読んでなくてもなにがあったかは想像がつきます。

 それほど長い物語ではないのに主人公格が4人もいて、かなり散漫な印象。〈闇〉の側も二流どころで、迫力がいまひとつ。さらにみどりの妖婆まで。
 第一部の『光の六つのしるし』がよかっただけに、物足りなさが残ってしまいました。


 
 
 
 

2018年09月19日
ロバート・シルヴァーバーグ(佐藤高子/訳)
『夜の翼』ハヤカワ文庫SF250

 老いた〈監視人〉は、ロウムに向かっていた。
 老人は、旅の最中も務めを欠かさない。〈監視人〉は、20時間のうち、4回〈見張り〉をする。手押し車に積んだ計器類を使い、星空に人類の敵を探索するのだ。
 地球は条約によって、他星人が所有している。彼らは、いつの日かやって来て実際に手に入れる。第二周期の末期に、これだけのことは確定していた。
 〈監視人〉たちは襲撃を事前に知るため、天空に精神を向けて、敵なる実在物を捜し求める。われわれに敵意を抱く軍勢の集結所とおぼしきところを偵察し、教練場や軍の野営地を調査して回る。
 〈監視人〉の道連れは〈翔人〉の華奢で美しい少女アヴルエラ。
 そして、〈変形人間〉のゴーモン。
 アヴルエラとは1年前に、アグプトで出会った。
 ゴーモンと出会ったのは9日前。
 1000年前には〈変形人間〉にも、ギルドがあった。だが、〈変型人間〉の一党がジョルスレムの聖蹟を制圧しようと企んだことがあってのち、〈支配者〉の協議会の命令で、ギルドを解散させられた。以来、〈変型人間〉にはギルドがなくなって、中性人間より一段上というだけの身分になり下がった。
 彼らはいまでは、人類の法と慣習の埒外にある。
 3人は、神話に名高い帝都ロウムについた。
 ロウムは人であふれている。〈監視人〉は己のギルドを尋ねるが、すげなくあしらわれてしまった。
 あとは、皇帝のお慈悲にすがるしかない。
 慈悲は、予期せぬ形でやってきた。皇帝が、アヴルエラに目をとめたのだ。3人は宮殿内で暮らすことができるようになるものの、アヴルエラの犠牲とひきかえだった。
 〈監視者〉の心は乱れる。そして、アヴルエラを想っていたゴーモンは復讐の誓いを立てるが……。

 終末SF。
 ヒューゴー賞、アプロ賞受賞作。
 三部構成で、ロウムでの物語は第一部。地球は第三周期にあるのですが、その前になにがあったのか、なぜ他星人に所有されることになったのか、第二部で明らかにされます。〈監視人〉の名前が知れるのも第二部に入ってから。
 ロウム、アグプト、ジョルスレム以外にも、現在とのつながりを感じさせる名称がチラホラ。地図はついてませんが、だいたいの位置関係を想像しながら読むことができます。

 老成した人物視点のため怒りに身を任すこともなく、詩的に美しい物語でした。


 
 
 
 

2018年09月24日
ナンシー・クレス(田中一江/中原尚哉/佐田千織/小野田和子/嶋田洋一/訳)
『アードマン連結体』ハヤカワ文庫SF1755

 SF短編集。
 ディストピア感が強め。内容について書くとネタバレになってしまうような、シンプル構造。その分、読みやすいのですが。

「ナノテクが町にやってきた」(田中一江/訳)
 キャロルの夫のジャックが家を出ていって2ヶ月。
 ナノマシンが、クリフォード・フォールズにも支給された。ナノマシンはなんでも作れる。だが、子どもを寝かしつける役にも、赤子にお乳をやる役にも立たない。
 友人のエマは、キャロルの子どもたちの具合がわるいあいだ、いろいろしてくれた。キャロルが、お礼にスポンジケーキを焼いて持って行くと、エマは着飾り、旦那のテッドは仕事を辞めていた。家はナノマシンが建ててくれるし、食事も衣類も、すべてナノにまかせっきりだという。
 キャロルも、食べ物と紙おむつはもらうし、服も何枚かもらった。けれど、ほかのものは、なぜかもらう気になれない。
 キャロルは、ナノマシンと距離をとろうとするが……。 

「オレンジの値段」(中原尚哉/訳)
 ハリー・クレイマーは孫娘のジャッキーを心配していた。ジャッキーは小説を書いているが、気が滅入るものばかり。
 ハリーはジャッキーを心底愛している。だが、ジャッキーに必要なのは若者の愛だ。ジャッキーの心を動かせるような男が必要なのだ。
 ハリーは、いつもオレンジを買っているところへ、ジャッキーの相手になる男を捜しに行くが……。

「アードマン連結体」(田中一江/訳)
 ヘンリー・アードマンは、90歳。介護つき住宅のセント・セバスチャンに住んでいる。
 アードマンは、ヘルパーのキャリーがお気に入り。いつも敬意をこめて、博士と呼んでくれるから。なにしろ、まだ大学で物理学を教えているのだ。
 キャリーがアードマン博士を車にのせて送っていくとき、博士に異変が起こる。博士は、まぶたをあけたまま白目をむいていた。キャリーは動転するが、緊急通報をする前に博士が意識をとりもどす。
 実は、アードマン博士の異変は二度目。その都度、頭の中を衝撃波のようななにかが通過していった感じがした。あとには軽い疲労感が残るだけ。検査を受けても異常は見つけられない。
 ある日セント・セバスチャンで、何人もの入居者が異変に見舞われた。
 ちょうどそのときキャリーは自宅にいた。家庭内暴力が原因で離婚したジムに襲われ、死を覚悟したとき、ジムが急死した。
 警察はキャリーを疑うが……。  

「初飛行」(中原尚哉/訳)
 ジャレド・カルーダは、宇宙軍士官学校の候補生。ジャレドにとって合星共和圏宇宙軍パイロットになることは、4歳のときからの夢。
 ジャレドは、基礎飛行訓練所ではトップの成績。ところが士官学校ではこまごまと減点されて、うまくいかない。
 そんなとき、初めての本格的な単独飛行ミッションに挑むことになる。
 着実に任務をこなしていくジャレドだったが、コクビット内になにかの気配を感じてしまう。頭のなかで小さく叩くような音がしたのだ。計器はなにもとらえていない。
 ジャレドは報告を送信するが……。

「進化」(佐田千織/訳)
 伝染病が猛威をふるい、人々は恐怖に駆られていた。暴動の噂や特別国家警察の活動のことで誰もが疑心暗鬼に陥っている。新しい病原菌には、人口の半分が感染しているという。
 感染源として、エマートン陸海軍人記念病院が疑われていた。
 ベティーは、病院の対岸に住んでいる。河に架かっていた橋が3週間前に爆破され、今では北へ10マイル走らないと河を渡れない。
 ある日、シルビア・ジェームズが訪ねてきた。シルビアとは高校生のころ大親友だったのだが……。

「齢の泉」(小野田和子/訳)
 マックス・フィーダーは、非合法な商売で財を築いた。息子のジェフリーが、商売を合法化して引き継ぎ、今では隠居の身。
 リニューアル・センターで若返ることもできるし、これ以上の加齢を止めることもできる。だが、どれも選ばずに余生を過ごすことに決めていた。指輪を失うまでは。
 フィーダーが若かったころ、キプロスにいたときダリアと出会った。ダリアとは再会を約束したが、そのときは果たせなかった。
 あの失った指輪には、ダリアにもらったひと房の髪と、紙に押し当てた口紅の跡が入っていた。
 今では、ダリアがどこにいるかは分かっている。
 フィーダーは、ダリアに会うことを決意するが……。

「マリゴールド・アウトレット」(嶋田洋一/訳)
 ティミーはママ・ベティに連れられ、一時避難所であるマリゴールド・アウトレットにやってきた。
 ふたりを匿ったジェーンは、母子の様子がおかしいことに気がつく。ティミーは感情を抑制していた。
 ティミーは、ジェーンからホロ映像の猫をプレゼントされて夢中になる。猫の目の中に奥まった場所が見えていた。
 ティミーは毎日マリゴールドと遊んだ。ママ・ペティは3日間、帰ってこなかった。
 ジェーンは、ベティの態度に疑問を抱くが……。

「わが母は踊る」(小野田和子/訳)
 量子移送が開発されて以来、人類は銀河系内の惑星を千近く訪れ、さらに多くの惑星を探査してきた。しかし、生命と名のつくものが生まれている惑星はなかった。宇宙にはほかに誰もいない。
 そこで〈大使命〉がはじめられた。
 273地球年前、ある惑星に創造物が投下された。彼らは、複製機能をもつサイボークであり、自意識をもつようプログラミングされている。複製率が一定のままなら、次に訪れたとき創造物の個体数は20万程度になっているはず。
 ところが、実際に来てみると、7万9000にしかなっていなかった。自然災害もなく、人間たちは創造物に理由を尋ねるが……。


 
 
 
 

2018年09月26日
創刊700号記念アンソロジー(山岸真/編)
アーサー・C・クラーク/ロバート・シェクリイ/ジョージ・R・R・マーティン/ラリイ・ニーヴン/ブルース・スターリング/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/イアン・マクドナルド/グレッグ・イーガン/アーシュラ・K・ル・グィン/コニー・ウィリス/バオロ・バチガルピ/テッド・チャン
(小隅 黎/中村 融/酒井昭伸/小川 隆/伊藤典夫/古沢嘉通/山岸 真/小尾芙佐/大森 望/中原尚哉/訳)
『SFマガジン700【海外篇】』ハヤカワ文庫SF1960

 1959年に創刊された〈SFマガジン〉誌の、創刊700号を記念したアンソロジー。巨匠から新鋭まで、有名どころが集まってます。選定基準は、著者の短編集には収録されてこなかったもの。(傑作選などのアンソロジーに入っていたものはあります)

アーサー・C・クラーク(小隅 黎/訳)
「遭難者」
 その生命体は、擾乱区域にはいりこんだがために引きずりあげられ、太陽から放り出された。もはや戻ることはできない。やがて太陽は、はるか彼方の縮みゆく球体と化し、別の重力にとらえられるが……。
 あっさりしたところが、いかにもクラーク。

ロバート・シェクリイ(中村 融/訳)
「危険の報酬」
 志願制自殺法のもと、スリル番組が大ブームになっていた。ジム・レイダーが競技者としてTVショーに出始めたのは2年前。実績を重ねたレイダーは、ついに最高峰の〈危険の報酬〉への出演が決まる。
 放送期間は1週間。レイダーは訓練を積んだ殺し屋トンプスン一味に狙われるが、生き延びれば20万ドルが手に入る。そのようすは逐一実況中継され、お茶の間に届けられる。
 テレビ局は、視聴者は〈善きサマリア人〉だと言うが……。
 1958年の作品。なのに、まったく古びてない。レイダーを助ける人もいれば、そうでない人もいる。テレビ局の思惑で小細工もある。レイダーは生き延びられるのか?
 すごいサスペンスでした。

ジョージ・R・R・マーティン(酒井昭伸/訳)
「夜明けとともに霧は沈み」
 惑星〈魑魅の栖(すだまのすみか)〉は、霧の惑星。霧の中には、まだ誰も見たことのない魑魅がいるという。魑魅は、何人も人を殺してきた。霧魑魅は伝説となり、人々を魅了する。
 ある日デュボウスキー博士が、魑魅の実在性を調査するためやってきた。惑星で唯一のホテル〈霧中楼閣(カースル・クラウド)〉を経営するサンダーズは、調査することに難色を示すが……。
 お約束な結末。そうだとしても、幻想的な風景がとにかく美しいんです。

ラリイ・ニーヴン(小隅 黎/訳)
「ホール・マン」
 パーシヴァル・ローウェル号が火星に到着し、軌道上をまわりながら探測による地図を修正しているとき、天体物理学者のアンドルー・リアが異星人の基地を見つけた。基地に異星人の姿はなかったが、機械装置は、スムーズに、そして完璧に作動していた。
 リアは重力波通信機を発見し、その中には量子ブラックホールがあると主張するが……。
 1973年の発表作。当時は最先端だったのですが、翌年には、別の発見がされたため古びてしまったようです。ハードSFの宿命ですよね。
 そこまでの知識がなければ、最先端だの古いのだの関係なく読めると思います。

ブルース・スターリング(小川 隆/訳)
「江戸の花」
 帝都東京で火災が発生し、旧銀座を滅ぼした。明治になってから最悪の、そして最高にエキサイティングな大火だった。
 三遊亭円朝は、有名な噺家の跡取り息子。35歳にして自らの力で名のある芸人になっていた。
 小野川梓は、王政復古の前は、威勢のいい過激派の若者だった。いまは貿易商社につとめる身。偶然遭遇したふたりは銀座煉瓦街を歩き、円朝の友人で浮世絵師の大蘇芳年の家に転がり込むが……。
 スターリングが書いたので、サイバーパンクなんだろうなぁ、という感じ。

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(伊藤典夫/訳)
「いっしょに生きよう」
 わたしは、川辺にいた。動くことはできず、身近を使って用事をすませている。いまから四季節まえ、恐ろしい火がやってきた。以来、たったひとりの連れがいる川上とのあいだに、焼けた木が倒れ、わたしたちの交配袋が流れてくるのをせき止めていた。身近たちはひ弱すぎた。どうすることもできなかった。
 そして今夜は新しい火がやってきた。それは暗い空を引き裂くと、地平線の森のなかに消えた。やがて妙に縦長の、何か動くものが現われた。それは、ケヴィンと呼ばれていた。
 わたしはケヴィンに呼びかけるが……。
 ファーストコンタクトもの。わたしは異星人で、ケヴィンは人間。ちょっと意外な展開でした。これがティプトリー作品というのも、ちょっと意外。

イアン・マクドナルド(古沢嘉通/訳)
「耳を澄まして」
 イノセンス修道士は人々と袂をわかち、この世の果ての島に暮らしていた。島にはときどき、疫病からの生存者が送られてくる。
 ダニエルのいた町も疫病に襲われ、世界保健機関のチームが到着したときには、2000の黒い結晶が積み重なっていた。ひとつの町がまるごと死に絶えたのだ。たったひとりを除いて。ダニエルは、万にひとりの生存者だった。
 こうしてダニエルは、イノセンス修道士の島に連れてこられた。
 修道士は、心の翼を開き、耳を澄ますが……。 

グレッグ・イーガン(山岸 真/訳)
「対称(シンメトリー)
 マーティン・チェンは科学ジャーナリスト。微小重力産業会議の取材のため、軌道上のホテル・テレシコワに滞在中。
 マーティンは軌道救急サービスの待機医師ゾーイと親しくなり、出動要請があったときに同行したい、と頼んだ。本当に連絡があり、戸惑ってしまうが、駆けつけることはできた。
 軌道モノポール加速器施設(OMAF)で、最後の実験のあと重大な設備故障が起きた。修理班が中に入ったのは、4時間ほど前。彼らと連絡がつかなくなっていた
 なにが起きたのかは分からない。マーティンは不安を抱えたまま、OMAFへと向かうが……。

アーシュラ・K・ル・グィン(小尾芙佐/訳)
「孤独」
 ソロ星系第11惑星上に、ハインの子孫が生存していた。調査がはじまるが、3名の第一期観察隊は成果を挙げられない。
 原住民たちの生活ぶりは、貧しく原始的。
 男性はすべて人里はなれた家に隠者として、あるいはふたりペアになって暮らしている。ふたりの男性隊員は、いかなる関係も作り出すことができなかった。
 女性の観察隊員は、七戸からなる村〈おば郷〉にある空き家に住むことを許された。そこで分かったのは、成人がなにかを学ぶ方法は皆無だということ。彼らは、学ぶことは、子供のあいだに学んでしまうのだ。
 そこで、女性人類学者とふたりの子供が送りこまれることになった。そのとき、イン・ジョイ・ボーンは8歳。セレニティは5歳。子供たちは上々の成果を挙げるが……。
 セレニティの一人称で語られる、貧しくても自然で豊かな社会。異文化の中で育ったがために、人類文明が異質になってしまうことが、哀しいのか、幸いなのか。

コニー・ウィリス(大森 望/訳)
「ポータルズ・ノンストップ」
 カーター・スチュアートは仕事でポータルズにやってきた。ポータルズはなにもないところだった。
 観光地といえば、70マイルいったところに、ビリー・ザ・キッドのお墓がある。8マイルほどのところに、ブラックウォーター・ドロー遺跡博物館がある。そんな程度。
 時間を余らしてしまったスチュアートは、ホテルの駐車場にとまった観光バスを見つける。ツアー・ガイドに尋ねると、牧場に行くという。彼が育った牧場に。
 スチュアートは、彼が誰なのかも分からないまま飛び入り参加するが……。
 SF界のグランドマスターであるジャック・ウィリアムスンへのトリビュート・アンソロジーのために書かれた作品。つまり、彼というのはジャック・ウィリアムスンのこと。
 オチは見え見え。でも、遊び心にあふれてました。軽い気持ちで、楽しく読めます。

バオロ・バチガルピ(中原尚哉/訳)
「小さき供物」
 リリー・メンドーサは産科医。予備分娩を実施することに迷いを感じている。
 環境破壊が進んだこの時代、胎児は母体の汚染化学部質を吸収してしまう。最初の子にそれを引き受けてもらうことで、正常な第二子を産むことができるようになるのだが……。

テッド・チャン(大森 望/訳)
「息吹」
 古来、空気は生命の源であると言われてきた。われわれは毎日、空気を一杯に満たした二個の肺を消費する。われわれは毎日、空になった肺を自分の胸郭からとりだし、満杯にした肺と交換する。
 ある日、ちょうど一時間かかるはずの詠唱が時計とずれていることが発見されるが……。
 解剖学を学ぶ学者の一人称によるもの。どんな話でも大真面目に美しい世界として展開していくのが、いかにもテッド・チャンな雰囲気でした。


 
 
 
 

2018年09月28日
スーザン・クーパー(浅羽莢子/訳)
『闇の戦い3 灰色の王』評論社

 《闇の戦い》四部作、第三部。
 ウィル・スタントンは、攻め寄せる〈闇〉から世界を護るよう、動かし難い掟によって縛られた〈光〉の守護者〈古老〉たちの、最後のひとり。だが、11歳の子供でもある。
 肝炎を患ったウィルは熱に侵され、〈光〉の使命について忘れてしまう。ウィルは、記憶がはっきりしないまま、静養のため、ウェールズに転地することになった。
 ウェールズには、母の従妹の家がある。彼女は、クルーイド農場の、デイヴィッド・エヴァンズに嫁いだのだ。
 農場で暮らしはじめたウィルは、元気を取り戻していく。と、同時に、自分が忘れてしまったことについて調べようとする。
 そんなときウィルは不思議な白い犬に、いにしえの〈カドヴァンの道〉へと導かれた。
 犬の眼は、今までに見たこともないようなものだった。茶色であるべきところが銀色をしている。その不思議な銀色の眼をきっかけに、ウィルは、病気に奪われたものをことごとく思い出す。
 ウィルには〈古老〉として、ウェールズでしなければならないことがあったのだ。
 白い犬はカーヴァルといった。飼い主の少年は、ブラァン・デイヴィーズ。
 ブラァンは、夏の陽射しに漂白された貝殻のように、色というものをいっさい欠いていた。髪は白く、眉もだった。肌は蒼白。その眼は不思議な黄褐色を帯びた金色で、猫か鳥の眼のようだった。
 即座にウィルは、彼が予言に歌われた〈鴉の童子〉だと気がつく。
 はじめは警戒していたウィルだったが、ブラァンは、〈古老〉のひとりであるメリマン・リオンと面識があった。ふたりは協力して予言の詩の謎を解いていくが……。

 ちょっと困った物語。
 こういう本を読む人ならたいてい知っている、ある伝説が設定に利用されてます。もし、はじめての英国産ファンタジーとしてこのシリーズを選んだとしたら、早まるな、と言いたい。
 その伝説がなんなのか語るとネタバレになるので控えます。でも、その伝説を知らないとお話にならないんです。
 それと、第一部の『光の六つのしるし』で「メリマンは《指輪物語》でいうガンダルフ」ということを書きましたが、今作でもまさにそういうことをやってます。
 少々、もやっとしながらの読書になりました。最終巻に期待。

 
 

 
■■■ 書房入口 ■ 書房案内 ■ 航本日誌 ■ 書的独話 ■ 宇宙事業 ■■■