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2018年の記録
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このページの本たち
エンジェルメイカー』ニック・ハーカウェイ
遙かなる地平』SFの殿堂
まっぷたつの子爵』イターロ・カルヴィーノ
闇からの贈り物』V・W・ジャンバンコ
トリフィド時代 食人植物の恐怖』ジョン・ウィンダム
 
約束』ロバート・クレイス
顔のない魔術師』ベン・アーロノヴィッチ
地下迷宮の魔術師』ベン・アーロノヴィッチ
レ・ミゼラブル[完全版]』ビクトル・ユーゴー
クリプトノミコン』ニール・スティーヴンスン

 
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2018年11月28日
ニック・ハーカウェイ(黒原敏行/訳)
『エンジェルメイカー』ハヤカワ・ポケット・ミステリ

 ジョシュア・ジョゼフ・スポーク(ジョー)は、時計じかけを専門とする機械職人。ロンドンの古い市街で、工房と店をかまえている。
 ジョーの父は、大物ギャングだった。普通の人は、靴下を手に入れるのに、〈セント・アンドリューズ百貨店〉に向かう輸送トラックを襲撃したりはしない。ジョーの嘆かわしい父親マシューは、ごく気軽に借金の証文を書いたりもした。金というものは借りた分以上に盗めばいいという考え方だったのだろう。
 マシューは亡くなり、今ではジョーは、父のようにはなるまいと思っている。ジョーに時計じかけを手ほどきしたのは、祖父ダニエルだ。ダニエルは父とは違って、精力家でもなければ残忍な犯罪者でもなかった。
 ただ、まっとうな仕事だけでは工房を維持することができない。そこで、ちょっとした妥協もしていた。なにしろ裏稼業をしている知人は多いのだから。
 それ意外は、実に静かな暮らしぶりだった。
 ところが、ある日を境に、ジョーの平穏な日常が失われてしまう。
 その日、ふたりの男が尋ねてきた。痩せた小男と、太った男。彼らは〈ローガンフィールド機械史博物館〉の代理人を名乗った。
 ダニエルの遺品を探しているという。どうやら本であるようなのだが、遺品に本はない。
 さらに〈ラスキン主義者〉もやってきた。ジョーが最近『ハコーテの書』を扱ったはずだという。その本のことが広く社会に知られれば、この世界はとりかえしのつかない形で性質を変えてしまう。その本は自分のものだ、と。
 ジョーには、奇妙な書物の心当たりがあった。悪友のビリー・フレンドに頼まれて、本の形をした機械の部品のようなものを修理したのだ。
 ジョーはビリーを問いただそうとするが……。

 ミステリ・レーベルから出てますが、どちらかというとSF。
 意外だったのが、登場人物一覧表で一番下であるイーディー・バニスターが、実はもうひとりの主人公だったこと。
 イーディーは、90歳のお婆さん。イーディーによる第二次世界大戦のころの大活躍のエピソードがバンバン入ってきます。というのも、イーディーは秘密組織に所属するエージェントだったんです。
 イーディーは若かりしころ、ジョーの祖母フランキーと知り合いになります。そのフランキーこそ、最終兵器〈エンジェルメイカー〉を開発した科学者。ジョーが修理した本は、〈エンジェルメイカー〉の鍵だったんです。
 読み終わってみると、伏線の多さにびっくりします。ちょっとした小話まで、実は伏線という。読んでいて楽しい反面、話のテンポがあまりよくないです。
 とりわけ序盤は、ジョーの回想のオンパレード。なかなか物語が展開していかず、やきもきしてました。


 
 
 
 

2018年12月10日
SFの殿堂
(ロバート・シルヴァーバーグ/編)
アーシュラ・K・ル・グィン/ジョー・ホールドマン/オースン・スコット・カード/デイヴィッド・ブリン/ロバート・シルヴァーバーグ/ナンシー・クレス/ダン・シモンズ/フレデリック・ポール/グレゴリイ・ベンフォード/アン・マキャフリイ/グレッグ・ベア
(小尾芙佐/中原尚哉/田中一江/酒井昭伸/友枝康子/山岸 真/矢野 徹/小野田和子/嶋田洋一/訳)
『遙かなる地平』全二巻/ハヤカワ文庫SF1325〜1326

 よく知られたSFシリーズの番外編を集めた作品集。
 編者のシルヴァーバーグ曰く「今日の主要な発展的SFシリーズの実践者を一堂に集めて、有名なシリーズのなかで作者自身が扱う方法を見いださなかった側面を探求するような、短篇あるいは中篇」を、書き下ろしで依頼したもの。
 すべてに、作者自身によるシリーズ解説がついてます。当該シリーズは読んでなくても楽しめますが、解説にはシリーズのネタバレが満載。そのため、既読者が対象かな、と思います。なかには、ほとんど翻訳されていないシリーズもありますが。

〈第一巻〉

アーシュラ・K・ル・グィン
《ハイニッシュ・ユニヴァース》
「古い音楽と女奴隷たち」(小尾芙佐/訳)
 ハイン人のエスダンは、ワーレル駐在のエクーメン大使。現地では〈古い音楽〉の名で知られている。内戦が勃発し、大使館は合法政府によって封鎖された。
 エスダンは退屈で仕方がない。そんなとき、解放軍司令官から会合の要請を受けた。大使館員が、中立的な立場で双方の正式機関と話し合う用意があるという証拠を示してほしい、と。
 承知したエスダンは大使館を脱出し、解放軍に連れられ〈分断地帯〉を突破する。だが、目的地にはたどりつけなかった。合法政府側に捕らえられ、監禁されてしまう。
 エスダンは、 ワーレルに33年間暮らしていた。いつもエクーメンの庇護があった。エスダンは、大使館を出た愚かしさに気がつくが……。

ジョー・ホールドマン
《終わりなき戦い》
「もうひとつの戦い」(中原尚哉/訳)
 トーランを相手にしたテト2作戦の結果は惨敗だった。メアリゲイは戦闘で負傷し、治療のため病院惑星ヘブンに送られる。恋人のウィリアムも一緒だった。
 ヘヴンでは、相対論効果のために、20世紀生まれの人間は二人だけ。21世紀生まれでさえ数えるほどしかいない。価値観の変遷には驚かされるばかり。
 6か月の保養休暇も終わってしまい、ふたりは命令書を渡された。メアリゲイはオリオン座アレフ10へ、ウィリアムは大マゼラン星雲の縮潰星サーデー138へ。両者は15万光年も離れている。基礎訓練のときから一緒だったが、もはや再会できる見込みはない。
 ふたりは離ればなれになるが……。
 ウィリアム視点だった『終りなき戦い』の、メアリゲイ視点で書いた小作品。当然、結末は同じ。

オースン・スコット・カード
《エンダー》
「投資顧問」(田中一江/訳)
 アルドルー・ウィッギンは、姉のヴァレンタインと一緒に宇宙を旅していた。
 第三次バガー戦役がおわったとき、アンドルーの功績に対して信託基金が与えられた。そのときアルドルーはまだ子供。そのため運用は管財人が行った。
 その後、人びとのアンドルーに対する見方が険悪なものに変わり、基金の存在を隠匿する必要が出てきた。資産はあちこちに振り分けられ、アンドルーは詳細を知らないまま、成人に達した。惑星ソレルドルチェについた日のことだった。
 成人したアンドルーは、困った状況に陥ってた。すでに資金のひきだしに制限がかけられている。税金を払わなければ解除されないが、資産状況すらまるで分からないのだ。
 アンドルーはひとまずソレルドルチェの納税係に相談した。
 担当したベネテットは、目の前にいるのが本物のアンドルーだとは思いもよらない。考えていたのは、横取りし放題の大金を持っていることだけ。猶予期間を与える通常の手続をする傍ら、アンドルーの財産をかすめとる算段をする。
 アンドルーは時間を得たものの、力を貸してくれる人は見つからなかった。そこで、税法を勉強し自力で問題解決をはかろうとするが……。
 シリーズ二作目以降の重要人物となるジェインの初登場エピソードが本作。 

デイヴィッド・ブリン
《知性化宇宙》
「誘惑」(酒井昭伸/訳)
 調査宇宙船〈ストリーカー〉で人類と共に出発したイルカたちは、ストレスによる先祖返りの徴候を示すようになっていた。そのとき〈ストリーカー〉は、五銀河系をめぐる必死の逃走の最中。イルカたちは、惑星ジージョの海に残ることになった。
 彼らは、いずれも有名大学を卒業したエリート。世話を任されたマカーネイは、退行してしまった仲間たちに哀しみを覚える。
 考古学者トケットは、地球にもどったらすばらしい報告をするのだと探査に余念がない。だが、帰れる可能性はなかった。トケットは退行こそしていないものの、狂気に陥っているのだ。
 ある日、小柄なピーポーが、ザキとモポルにさらわれる事件が起こった。イルカたちは手分けしてピーポーの行方を捜すが……。
 おそらく『スタータイド・ライジング』の関連。読んでから17年経過しているため、うろ覚え。 

ロバート・シルヴァーバーグ
《永遠なるローマ》
「竜帝の姿がわかってきて」(友枝康子/訳)
 帝位継承者デメトリオス・カエサルが、突然ギリシャ語の名前を使いだした。おかげで、シチリアにおいてギリシャ語の名前を使いつづけているのが、宮廷における最近の流儀となった。ティベリウス・ウルピウス・ドラコは眉をひそめるが、ピサンデルと呼ばれるのを拒否することはできない。
 さらにカエサルは、古今未曽有の計画をぶちあげる。
 シチリアは美しいが、経済は何十年も停滞している。そこで、大規模な建設計画事業を興そうというのだ。
 ドラコは全事業の設計責任者にさせられてしまう。話が進むことはなく、数々の宮殿を建てるための場所選びも、設計も、建設予算も、放置したままカエサルは旅立ってしまう。
 カエサルは激しやすい性格だ。ドラコは、完全にそれを忘れてくれることを願うが……。
 改変歴史もの。

ナンシー・クレス
《無眠人》
「眠る犬」(山岸 真/訳)
 キャロル・アンは17歳。母は産褥で亡くなり、父と、2つ上のドナ、2歳のリーシャのめんどうを見ている。
 ある日、父が犬を買った。その雌犬は、遺変犬を身籠っているという。食品医薬品局の認可していない、違法な眠らない犬だ。
 父は、眠らない番犬として売り出し、大もうけする腹づもり。
 まもなく犬は出産した。契約どおり、雄ばかり。
 犬の訓練は、いつもドナが担当している。産まれてきた犬たちは、まるで猫のようだった。すごく頭がいいが、とにかくいうことをきかない。そして、眠らない犬は、代謝が増大して餌をたくさん食べる。
 金ばかりかかり、なかなか買い手がつかないが……。
 もうひとつの「ベガーズ・イン・スペイン」(収録『ベガーズ・イン・スペイン』)無眠人は優秀だけれども、それが犬ではどうなるのか?

〈第二巻〉

ダン・シモンズ
《ハイペリオン》
「ヘリックスの孤児」(酒井昭伸/訳)
 巨大な量子船〈螺旋(ヘリックス)〉は、アモイエテ・スペクトル・ヘリックスの民68万4300人を運んでいた。彼らは、深層低温睡眠のなかにいる。船の管理と操船は、五体のAIが担っていた。
 通常は、ホーキング空間を航行する。だが通常空間で、常ならぬ現象が探知された。
 AIたちは、9人の人間を目覚めさせる。
 白色恒星に、アウスターの森林リングがあった。このリング上か、もしくはその付近に住む何者かが、連邦初期の緊急コードで救難信号を送っていた。彼らは最低でも1500年ものあいだ、他の人類との接触を持っていなかったと推測される。
 リングには、巨大な宇宙船が迫りつつあった。〈ヘリックス〉よりもさらに大きく、口のようなものを持つ怪物マシンだった。
 目覚めた人間たちは対応を協議するが……。

フレデリック・ポール
《ゲイトウエイ》
「いつまでも生きる少年」(矢野 徹/訳)
 スタンは17歳を迎えた誕生日に、孤児になった。
 スタンの父は、領事館で働いていた。アメリカ人だが、給料はトルコ人並。常に金欠で、未払い給料はなく、何回分か前借りしていたらしい。家賃も滞納している。
 スタンは友人のタンの家に転がり込んだ。幸いスタンは、トルコ語も英語も話せる。もぐりのガイドとして働きはじめる。
 スタンとタンには夢があった。旅費を貯めて、ゲイトウエイか惑星植民地のどこかに行くつもりでいた。その夢が、父が保険に加入していたおかげで叶う。
 ふたりはゲイトウエイ小惑星に旅立った。
 かつてヒーチー族は、太陽系のある小惑星に宇宙船基地のようなものを作り、去っていった。人類によって発見されたとき、そこには何百隻もの船が残されていた。それらは作動したが、自動航行装置の行き先は分からない。
 人類は、どこにつれていくか分からない船で運試しをした。死ぬかもしれないし、ヒーチーの残した未知の科学技術が見つかるかもしれない。それらの貴重な財宝を発見できれば、誰でも金持ちになれるのだ。
 ゲイトウエイにいれば、任務に応募できた。だが、募集は少なく、滞在費は少なくない。
 スタンとタンは機会をうかがうが……。

グレゴリイ・ベンフォード
《銀河の中心》
「無限への渇望」(小野田和子/訳)
 その昔、人類は〈銀河系中心部〉に到着し、ブラックホール近傍に華麗な回転都市〈シャンデリア〉を築いた。それから6000年。人類は謎めいた機械メカ〈かまきり(マンティス)〉に襲われ、ほそぼそと生き延びている。
 アーミヒは〈ノア集会〉の長。メカによる〈ルーク・シャンデリア〉への最後の侵攻で、人間たちはことごとく逃走。〈ノア集会〉も、戦闘をつづけながら退却しつつあった。
 攻撃されたアーミヒは、はじめて、16本足のメカを見た。そのメカは、アーミヒとはなしをしたいという。己の〈人間展示館〉に欠けているのがなにか、それを知りたがっていた。
 恐怖の体験ののち、アーミヒは解放される。  
 〈ノア集会〉は、居住可能だが見捨てられた惑星イシスにたどり着いた。
 アーミヒが亡くなる直前、口から小さな昆虫のようなものが這いだしてきた。目撃者はおらず、虫は、アーミヒの妻ジャリアを刺した。
 ジャリアが植えつけられたのは、ナノ・デバイスの一群。それらは卵子のひとつの記録を書き換えた。その後、ジャリアは男の子を産んだ。
 その子パリは、ふつうの子として育てられる。だが、五歳になって学習を受けるようになると気がついた。自分とほかの人とは、世界の感じ方がちがう。
 パリは誰にも説明することができないが……。

アン・マキャフリイ
《歌う船》
「還る船」(嶋田洋一/訳)
 ヘルヴァが産まれたとき、安楽死か管理機械になるか、どちらか選ばざるを得なかった。ヘルヴァは生きのび、恒星間宇宙船という肉体を操る精神となった。
 ヘルヴァがナイアル・パロランをパートナーとして乗船させてから、78年と5ヵ月と20日。ナイアルが死んだ。遺体は、レグルス基地に連れ帰らなければならない。
 ヘルヴァは帰還中、ナイアルをホログラムとして生かしていた。
 そんなときヘルヴァは、ケフェウス3宙域で大規模なイオン航跡を発見した。通常、こんな辺境で貨物船が船団を組んだりはしない。侵略を予感させる大船団だった。
 放射の特徴を調べたところ、コルナー人の侵略艦隊と一致。彼らは、苛酷な惑星環境に適応した犯罪者グループだ。
 目的地らしき星系で人の住んでいる惑星は、ラヴェルのみ。
 ヘルヴァは〈中央諸世界〉に緊急事態を打電し、ラブェルに警告するためかけつけるが……。

グレッグ・ベア
《道(ザ・ウェイ)
「ナイトランド −〈冠毛〉の一神話」(酒井昭伸/訳)
 〈道〉は、無限の長さの人工宇宙。小惑星恒星船〈冠毛〉に住む人間たちが創造した。〈道〉には他の時間、他の宇宙へ通じる潜在的出入口が無数に開けられる。もはや恒星間を旅して目的地に到達する必要はない。
 人類は〈道〉の測地線に連なる特異線にアクシス・シティを接続し、繁栄した。だが、極度に非人間的な存在・ジャルトによって〈道〉が発見されてしまう。
 デルドレー・エノクは、超秩序を持った宇宙をさがしていた。大ゲート開放師を仲間にして、秘密裏に非合法ゲートを開いてしまう。ところがゲートは〈病斑(リージャン)〉となり、閉じられなくなった。
 エノクと科学者たちは〈角面堡(リダウト)〉に退避。彼らを救出してゲートを閉鎖するチームが送られるが、どちらも果たせない。なんとか築いた防壁も破壊される始末。
 さらに、ジャルトが特異線にそって相対論的速度の物体をたたきこんできた。衝撃をまともにくらったアクシス・プライムは壊滅状態。何万人もの死者がでてしまう。
 オルミイ・アプ・センネンは、対策チームに加わるが……。    


 
 
 
 

2018年12月13日
イターロ・カルヴィーノ(河島英昭/訳)
『まっぷたつの子爵』岩波文庫

 テッラルバのメダルド子爵は、イタリアはジェノヴァ公国の栄誉ある家系に属していた。メダルド子爵は遠い異国の戦場におもむき、中尉に命じられる。早速、戦いがあり、トルコの砲兵がキリスト教徒に砲火を浴びせようとしたとき、剣を抜いて筒先のまっ正面に立ちはだかった。
 メダルド子爵には、砲兵が天文学者に見えていたのだ。そのうえ科学の知識がいっこうになく、大砲への正しい近づき方を知らなかった。おかげで砲弾によって吹き飛ばされてしまった。
 メダルド子爵の体は見るも無惨。恐ろしく引き裂かれ、片腕と片脚をなくしてしまった。胸部と腹部、頭にも、片目と片耳と、片方の頬と、半分の鼻と半分の口と、それに半分の額しか、残っていなかった。
 軍医たちの手術によって生きながらえたメダルド子爵は、まっぷたつになりながらもテッラルバに帰還した。
 メダルド子爵は松葉杖で身を支え、頭のてっぺんから地面まで、頭巾つきの黒いマントを垂らしていた。マントの右側は背後に投げやられ、顔半分と細身の腰が杖に支えられている。が、左半分は幅広いマントのひだとへりとに包まれて何も見えない。
 住民たちは、海のほうから一陣の風が吹いてきたとき、マントの中を見た。そこに体はなかった。残る半身は何もなかった。
 やがてメダルド子爵は、城から出てきては悪事を重ねるようになった。メダルド子爵が通った後は誰にでも分かる。木の実や蛙やきのこがまっぷたつにされていたのだ。
 まっぷたつになったメダルド子爵には、悪い部分だけが残ったらしい。
 人々は震え上がるが……。

 メダルド子爵の甥が語り手。
 甥はメダルド子爵の姉の子。父は密猟者で、両親が亡くなって城にひきとられたものの、主人の側にもなれず、使用人の側にも属していない宙ぶらりん状態。
 メダルド子爵が帰還したとき、7〜8歳。メルヘンということもあって、少しふわふわした感じに悪行が語られていきます。
 実は、右半分のメダルド子爵が生き延びたように、左半分のメダルド子爵も生存しています。遅れて帰還する左半分のメダルド子爵は、歯止めが利かないタイプの善人。
 なにごともほどほどが肝要ですね。
 なお、本書は《我々の祖先》三部作の一冊目になります。


 
 
 
 

2018年12月14日
V・W・ジャンバンコ(谷垣暁美/訳)
『闇からの贈り物』上下巻/集英社文庫

 アリス・マディスンは、シアトル市警殺人課の刑事。
 パートナーは、誰よりも優秀なケヴィン・ブラウン部長刑事。ブラウンは冷淡でも不親切でもないが、ただどこか近寄りがたい。しかし、命をも預けられる相手だ。
 スリーオークスの住宅で、殺人事件が起こった。
 通報したのは、出勤してきた家政婦。
 シンクレア家で、夫のジェイムズと妻のアン、夫妻の子どものジョンとデイヴィッドが殺されていた。無理やり押し入った形跡はない。ジェイムズは窒息死のようだったが、あとの三人には頭部に近射創があった。
 現場からは、指紋のついたグラスや、切り裂かれた25,000ドルの小切手が見つかっている。指紋はジョン・キャメロンのもの。小切手の振出人もキャメロン。だが、サインは偽物だった。
 キャメロンは、5人が殺害されたノストロモ号事件の有力容疑者。証拠も目撃者もなく立件はされていない。
 被害者ジェイムズ・シンクレアは〈クイン・ロック・アンド・アソシエイツ法律事務所〉の共同経営者であり、税金分野を専門とする弁護士だった。シンクレアがキャメロンの財産を横領したことが発覚して殺害されたのではないか?
 マディスンとブラウンは、共同経営者のネイスン・クインに事情を聞く。
 実は、シンクレアとキャメロン、そしてクインの弟デイヴィッドは、ホー川事件の被害者だった。
 ホー川事件は、3人の少年が誘拐された未解決事件だ。シンクレアとキャメロンは生還したが、デイヴィッドは行方不明のまま。死んだものと思われる。
 シンクレア、キャメロン、クインは今でも交流がある。クインはキャメロンを擁護するが、弁護士と依頼人との間の秘匿特権を持ち出してあまり多くは語らない。
 状況証拠からは、キャメロンの犯行である可能性が高い。逮捕状が請求されるが……。

 著者は映画の編集助手。本書が小説家としてのデビュー作。
 基本的にマディスンを中心に語られます。地文で一人称的な心情描写が入る一方、マディスンがいる場面でも視点人物が入れ替わることがあり、少々読みにくいです。
 展開にも、ぎこちなさがありました。登場人物を無理やり動かしているような。使われなかった伏線なのか、無駄な情報もいくつか。
 おそらく、練りに練ってから書いたんだと思います。それでついつい書きすぎてしまって、うまくミスリードできなかった印象。マディスンは驚いているけれど、読者は驚けない……。
 つまらないわけじゃないんですけど、ちょっともったいないな、と。


 
 
 
 
2018年12月17日
ジョン・ウィンダム(中村 融/訳)
『トリフィド時代 食人植物の恐怖』創元SF文庫

 ウィリアム・メイスンが病院で目覚めたとき、水曜日なのに、まるで日曜日のようだった。窓の外の喧騒が絶えていたのだ。
 そのときメイスンは目の治療のため、頭全体を包帯でぐるぐる巻きにされていた。包帯をはずせる日なのだが、いつまでたっても誰もこない。
 メイスンはトリフィドの研究家だった。
 トリフィドは、最近になって知られるようになった新種の植物だ。良質な油がとれることから、一気に広まった。もとはといえば、秘密主義のヴェールの裏のソビエト社会主義共和国連邦から持ち出されたものらしい。
 トリフィドは植物だが、成長すると自分で根を引っこぬいて歩きだす。毒袋を持ち、鞭のような長い茎で襲ってくることもある。危険ではあるものの、歩き方はぎこちなく、見ることもできない。目のある人間にとっては脅威ではなかった。
 ある日メイスンはトリフィドに、刺のついた鞭で顔を襲われてしまった。すぐさま解毒剤を投与され、視力は失われずにすんだ。だが、暗闇の中でベッドに臥せることになった。
 おかげで大流星群を見逃した。
 地球の軌道が彗星の破片から成る雲を通過し、緑色の大流星群となって降りそそいだのだ。人々は、史上最高の天体ショーに浮かれ騒いでいた。包帯の巻かれたメイスンにはどうすることもできない。
 その翌朝のことだった。
 メイスンは、病院にいる人々が視力を失い、途方に暮れていることに気がつく。もはや誰にも頼れない。みずから包帯をはずして街にでた。
 街には、狼狽し、絶望する人々であふれていた。彼らに目が見えることを知られてしまうと、束縛され、多大な要求をつきつけられる。メイスンは、視力を失った人々を助けてやるべきだという文明人の衝動と、かかわり合いになるなと命じる本能との狭間に陥ってしまう。  
 メイスンは、人を襲うトリフィドも目撃した。人間の優位性は失われてしまったのだ。
 街は、まもなく住めなくなる。すでに電気はとまっているし、物資の補給はない。亡くなった人は野ざらしのまま。今のうちに準備を整え、人里離れたどこか、水が確実に手にはいるところに移住しなければならない。
 メイスンは、たまたま出会ったジョゼラ・プレイトンと共に、街を脱出しようと計画するが……。

 文明崩壊もの。
 メイスンの一人称で展開していきます。ソ連という名称以外は、それほど古さを感じず。
 舞台はイギリス。
 数は少ないものの、目が見える人たちがいます。できるだけ多くの失明者たちの手助けをするべき、という人がいれば、今までの常識はもはや通用せず、新しい社会を作らなければならない、と非情になる人もいる。
 そして、アメリカが助けにきてくれると信じている人の多いこと、多いこと。イギリスならでは。そういう人たちは、いずれ助けられるのだから、今さえ乗り切れればいい、と考えてます。
 生き残るのは、どのグループなのか?
 そんな世界に、トリフィドの恐怖がひたひたと迫ってきます。
 とにかく波瀾万丈。
 ウィンダムの出世作になったのも分かります。
 このころ日本はどんなことになっていたのか考えてしまいました。


 
 
 
 

2018年12月18日
ロバート・クレイス(高橋恭美子/訳)
『約束』創元推理文庫

 エルヴィス・コールは私立探偵。
 メリル・ローレンスからの依頼で、エイミー・ブレスリンを捜していた。
 エイミーは、エネルギー会社の製造部門の部長だった。一人息子のジェイコブは自爆テロに巻き込まれて亡くなっている。エイミーが消え、会社の金、46万ドルがなくなっていることも分かった。
 メリルはエイミーの同僚として友人として、会社には知らせず、警察も介入させずに問題を処理しようとした。そのため非公式にコールを雇ったのだ。
 コールはメリルから、いくつかの情報を渡される。
 そのうちのひとつが、トマス・ラーナーだった。
 ジェイコブとトマス・ラーナーは幼なじみだったらしい。作家の卵で、エコー・パークの家を借りていたことが分かっている。ただ、今もいるかどうかは分からない。
 コールは家を尋ねるが、誰もいないようだった。
 帰りかけたそのとき、爆音とともにロサンゼルス市警のヘリコプターが頭上に現われた。サーチライトが周囲を照らし、パトカーも現われた。道路が封鎖され、コールは帰れなくなってしまう。
 警察は容疑者を追跡しているという。
 警察犬が放たれ、容疑者の潜伏先が判明する。トマス・ラーナーの家だった。
 見守っていたコールは、家から現われた男が走り去るところを目撃。警察官に告げるが、男は逃げてしまう。そして家には、警察が追っていた容疑者の死体と爆発物が残されていた。
 コールは逃げた男について警察から質問を受ける。コールには前科があり、エイミーのことを秘匿したため、男の仲間だと誤解されてしまう。
 コールは警察の監視の目をくぐりぬけ、エイミーの行方を探そうとするが……。

 一応『容疑者』の続編。
 あちらでは、スコットとマギーが主人公でした。
 実は本書は、別の《コール&パイク》シリーズにも属してます。といいますか、本当はそちらがメイン。コールがいないと物語が成立しませんが、スコットとマギーは、いなくてもなんとかなりそうなレベル。
 容疑者の臭跡を追ってトマス・ラーナーの家にたどり着いた警察犬が、マギー。もちろんスコットも一緒。スコットが逃げた男の顔を目撃したことから、命を狙われてしまいます。
 とはいうものの、やはりオマケ程度。
 誰も知らないトマス・ラーナーの謎とか、高飛車なメリルの謎とか、謎の男とか、いろいろと頭を使う展開で、登場人物も多め。マギーは好きですけど、あくまでゲスト出演にとどめておいてほしかったかも。


 
 
 
 

2018年12月22日
ベン・アーロノヴィッチ(金子 司/訳)
『顔のない魔術師』ハヤカワ文庫FT

 《ロンドン警視庁特殊犯罪課》 第二巻
 ピーター・グランドは、ロンドン警視庁、特殊犯罪課の刑事。主任警部の魔術師トーマス・ナイティンゲールの弟子でもある。
 警察内部で魔術について語られることは滅多にない。知らない者もいるし、知ってはいても忌諱されることがほとんど。それゆえ特殊犯罪課は、あまり歓迎されていない。  
 ある日、ひとりのジャズマンがパブで倒れ、そのまま死亡した。死因は心不全。見た目は自然死だ。
 遺体が音楽を奏でていたため、特殊犯罪課に声がかかった。
 魔術は、痕跡(ウェスティギア)を残す。ただ、人間の身体などはウェスティギアを保持するのに適しておらず、残ることは珍しい。死体に刻印するには、よっぽど強烈でないとならない。
 ピーターの任務は、死者が魔術によって殺されたことを証明し、いったい誰が自然死に見せかけてそれをおこなうことができたのかさぐり出すことだ。
 亡くなったのは、サイラス・ウィルキンソン。アルト・サックスのプレイヤーだ。そのときバンドは〈ミッドナイト・サン〉を演奏していた。ソロを終えたところで倒れたらしい。
 死体から聴こえるのは〈ミッドナイト・サン〉ではなく、1930年代の〈ボディ・アンド・ソウル〉だった。ピーターは、かつてはジャズマンだった父親リチャードの助けを借りて、死体が奏でる〈ボディ・アンド・ソウル〉の演奏者を特定しようとする。
 〈ボディ・アンド・ソウル〉は、偉大なジャズのクラシック曲のひとつ。誰もが演奏している。幸い耳にした演奏には特徴があり、アップビートでスウィングしていた。
 たどり着いたのは、ロンドン大空襲で亡くなったケン・ジョンソン。サイラスとのつながりは分からない。
 そして、またひとり、ジャズマンが亡くなった。
 マイケル・アジャイは、トロンボーン・プレイヤー。道の真ん中でいきなり倒れて死んだ。やはり遺体は〈ボディ・アンド・ソウル〉を奏でていた。
 ピーターは、他のジャズマンの死亡についても調べようとするが……。

 シリーズ二作目。
 前作『女王陛下の魔術師』を読んでいることが大前提。説明のようなものはあるにはあるものの、忘れている人用の簡単なもの。
 それと、ジャズの知識もあって当然な印象。というのも、ピーターにはジャズの基礎知識があるので、読者のために聞き返したりしないのです。
 そして文章は、たとえ話と、イギリス流のブラック・ジョーク満載。おもしろい表現も、ありすぎると読みづらいと痛感しました。
 物語は紆余曲折。
 サイラスの自宅を尋ねると同棲相手のシモーネがいて、その家を見張る謎の女も発見。女の正体は、サイラスの婚約者にして家の持ち主。その後シモーネは、ピーターに絡みまくります。
 また、高級クラブの地下トイレでは、男の惨殺死体が発見されます。殺人課のステファノポウラス部長刑事の判断で、特殊犯罪課との合同捜査になります。ステファノポウラスは魔術を嫌っているものの存在自体は認めています。
 やがて、違法に魔術を教えこまれた人たちがいることが発覚します。そちらについてはシリーズ全体で展開していくようです。 


 
 
 
 
2018年12月24日
ベン・アーロノヴィッチ(金子 司/訳)
『地下迷宮の魔術師』ハヤカワ文庫FT

 《ロンドン警視庁特殊犯罪課》 第三巻
 ピーター・グランドは、ロンドン警視庁、特殊犯罪課の刑事。主任警部の魔術師トーマス・ナイティンゲールの弟子でもある。
 警察内部で魔術について語られることは滅多にない。知らない者もいるし、知ってはいても忌諱されることがほとんど。それゆえ特殊犯罪課は、あまり歓迎されていない。
 クリスマスも近い月曜日の午前1時、ベイカー・ストリート駅3番線ホームの端で男が死んだ。
 監視カメラによると、男は線路から現れ駅のホームに這い上がっている。立ち上がろうとしたが崩れ落ち、亡くなった。どうやってトンネル内に入りこんだのか、そして加害者がどうやって脱出したのか、まったく分からない。
 血の筋がはじまった地点には血だまりができており、陶器らしき破片があった。三角片で、割れた皿の一部のようだ。
 殺人課の主任警部シーウォルは魔術での犯罪を視野にいれ、ピーターを捜査チームの一員とした。シーウォルは魔術による負傷から回復したばかり。特殊犯罪課を目の届くところに置こうと考えたのだ。
 亡くなったのは、アメリカ人のジェイムズ・ギャラガー23歳。ロンドン芸術大学の学生だった。
 実は、ギャラガーの父親はアメリカ連邦議会の上院議員。そのために、FBIのキンバリー・レノルズ特別捜査官が派遣されてくる。
 ピーターは、殺人課の刑事たちと一緒に、ギャラガーの住まいへと向かった。ギャラガーは、ザッカリー・パーマーを居候させていた。ふたりはただの友人だという。
 キッチンテーブルに置かれた陶器の器には、あの破片と同じ魔術の痕跡が残されていた。どこで手に入れたのかパーマーに尋ねるが、回答があやしい。
 刑事たちはパーマーに疑いをかけるが……。

 シリーズ三作目。
 これまでの『女王陛下の魔術師』『顔のない魔術師』を読んでいることが大前提。ギャラガーの殺人事件の捜査と同時進行で、違法に魔術を教えこまれた人たちの捜索が続けられてます。
 前作では、比喩表現とブラック・ジョークの洪水にひっかかっていたのですが、今作は控えめ。そういう意味では読みやすくなってます。ただし、物語全体では不可解なこともあり。
 おそらく、シリーズ全体として云々するべきなんでしょうね。


 
 
 
 

2018年12月25日
ビクトル・ユーゴー(豊島与志雄/訳)
『レ・ミゼラブル[完全版]』ゴマブックス電子版

 ミリエル氏は、ディーニュの司教だった。
 就任3日目にして広大で堂々とした司教邸を施療院に譲り、手当のほとんどを慈善活動にまわして、自身は慎ましい生活を貫いた。ただ、だれかと食事を共にするときには、食卓に銀の食器を置くのを習慣としていた。それは唯一の、無邪気な見栄だった。  
 1815年。
 トゥーロンの徒刑場から、ジャン・ヴァルジャンが出所した。
 ジャン・ヴァルジャンは、あまりのまずしさから店に並んだパンに手を出し懲役人となっていた。脱獄を企てたために刑期が伸び、監獄生活は19年にも及ぶ。
 出所したとはいえ、元囚人である経歴がついてまわる。徒歩でディーニュにたどり着くが、噂が広まるのは速かった。非人が、危険な乞食がやってきた、と。
 金があっても宿屋に泊まることができない。あらゆる人から拒絶され、蔑まされ、ジャン・ヴァルジャンは絶望に追いこまれていった。
 そんなときたどり着いたのがミリエル氏の家だった。
 ジャン・ヴァルジャンは、ミリエル氏から暖かく迎え入れられる。それなのに銀の食器を盗んでしまった。
 憲兵たちに捕らえられたジャン・ヴァルジャンだったが、ミリエル氏が、食器は譲ったものだと証言したため釈放される。ジャン・ヴァルジャンは銀の燭台をも渡され、正直な人間になるために使うように諭された。感銘を受けたジャン・ヴァルジャンだったが、すぐには変われない。
 道をゆくサヴォワの少年を脅し、銀貨を奪い取ってしまった。
 だが、ひとりになったとき、ジャン・ヴァルジャンに変化が訪れる。最後の悪事が、決定的な効果を及ぼしたのだ。このときジャン・ヴァルジャンは、自分のうちにあった憎悪の念を捨てさった。
 ジャン・ヴァルジャンは、モントルイュ・スュール・メールの町につくと、マドレーヌと名乗った。町の工業を改良し、発展させ、大成功をおさめる。
 マドレーヌは金持ちになり、周囲の人々をも金持ちにした。とても親切で、信心深く、慈善活動を惜しまなかった。赫々たる功績から、尊敬される人物になっていった。
 1823年。
 モントルイュ・スュール・メールで暮らすファンティーヌは、一人娘のユーフラジー(コゼット)を、モンフェルメイユで宿屋を営むテナルディエ夫妻に預けていた。コゼットがテナルディエ夫妻から虐待されているとも知らずに。
 ファンティーヌは、テナルディエ夫妻から養育費を請求されるたびに金策に走る。毛髪を売り、歯を売り、身体も売った。ついに病に倒れてしまう。
 ファンティーヌを助けたのは、マドレーヌ氏だった。マドレーヌ氏だは、コゼットをつれてくることを約束する。早速、テナルディエ夫妻に金を送るが、夫妻はコゼットを手放そうとしない。
 そんなころマドレーヌ氏は、警視ジャヴェルから、ジャン・ヴァルジャンらしき人物がつかまったことを告げられる。サヴォワの少年から銀貨を盗んだ容疑だ。再犯は終身刑と決まっている。
 自分が名乗り出れば、間違えられた男を助けられる。だがファンティーヌとの約束を果たせなくなる。マドレーヌ氏は選択を迫られるが……。

 ジャン・ヴァルジャンを軸にした大河小説。
 とにかく長大。マドレーヌを名乗っていたころはまだ序盤。ワーテルローの戦いの様子やら、パリ市街のこと、革命のこと、ジャン・ヴァルジャンとはあまり関係のないことも、びっしり書き込まれてます
 ジャン・ヴァルジャンはコゼットを救出し、パリに隠れ住みます。そんなジャン・ヴァルジャンを執拗につけ狙うのはジャヴェル。そして、美しく成長したコゼットに、マリユス・ポンメルシーが思いを寄せます。コゼットもマリユスを慕うもののジャン・ヴァルジャンに言い出すことができません。
 マリユスの家庭環境もなかなかに複雑。祖父に育てられましたが、家を飛び出し、貧乏生活をしています。亡父がテナルディエに助けられたと勘違いしていて、いつか恩を返そうと考えてます。
 最後の最後で、さまざまな伏線が一気に回収されるのは圧巻。

 タイトルは「悲惨な人々」という意味らしいです。読了までに1年ほどかけましたが、途中から読むのが怖かったです。この先とんでもない不幸が訪れるのではないかと思って。
 最終的には、救われた気がします。ただ、これは悲劇だという話も耳にしたことがあります。読む人によって受け取り方が違うようです。
 読んで確かめるしかないですね。


 
 
 
 

2018年12月31日
ニール・スティーヴンスン(中原尚哉/訳)
『クリプトノミコン』全四巻
ハヤカワ文庫SF1398、1401、1404、1407

  ローレンス・プリチャード・ウォーターハウスは、音楽に興味をもち、数学は得意中の得意だった。
 プリンストン大学に入学したローレンスは、イギリスの数学者アラン・マシスン・チューリングと親しくなる。ふたりの友情は続き、ドイツ人のルドルフ(ルディ)・フォン・ハッケルヘーバーも加わった。3人は数学の問題を討論する仲間となった。
 やがて3人は、別々の道を歩みだす。
 アランとルディは故国に帰り、ローレンスは海軍に入隊した。知能検査の数学の設問で、考えているうち興味深い一群の偏微分方程式をみつけ、探索するうち新しい定理を証明した。そのときの論文はパリの数学論文誌に載ったものの、海軍では軍楽隊で鉄琴を演奏することになった。
 軍楽隊には暇がたっぷりある。ローレンスは情報理論の分野で新しい定理をいくつも導き、平時に戦艦上で鉄琴奏者としてすごすのはなかなか悪くないと思った。
 ところが、乗艦がパールハーバーに停泊中、日本軍の襲撃によって撃沈してしまう。
 乗艦も楽器も失ったローレンスは、事務部門のひとつに配属された。そこは暗号を扱う部署で、ローレンスはたちまち頭角を現す。教科書である『暗号書(クリプトノミコン)』を与えられ、日本の暗号を次々と解読していった。
 アメリカが同盟国イギリスと共同で暗号解読にとりくむことになったとき、呼ばれたのはローレンスだった。
 ローレンスはイギリスでアランと再会する。
 このころイギリスは、ドイツの難解なエニグマ暗号の解読に成功していた。だが、解読できていることが露見すると、暗号が変えられてしまう怖れがある。特別な部隊が編成され、ローレンスも隠蔽工作に関わるが……。
 一方、現代。
 ランドール(ランディ)は、ローレンスの孫。ローレンスはすでに亡く、戦時中になにをしていたのかは知られていない。
 ランディは理系で、最初の仕事では事務タイピストをするかたわら、コンピュータでプログラムを書いた。今では、親友のアビ・ハラビーが設立したエピファイト社に名を連ね、フィリピンにいる。
 エピファイト社は共同出資者を募り、フィリピンで事業を展開していた。海底ケーブルの敷設作業を業者に委託するが、潜水作業会社のシャフトー社長がいうには、このあたりの海にはお宝が沈んでいるという。
 ランディは、作業の際のお宝探索を許可するが……。

 ローカス賞受賞作。
 10年ぶりの再読。同時進行の現代と過去が、徐々にリンクしていきます。過去パートの方が、視点人物が複数人いて、比重が高め。
 最初の登場人物は、特殊部隊に所属するロバート・シャフトー。俳句を嗜む人で、日本軍の後藤伝吾との関わりが明らかになります。シャフトーは、目的を知らないままに、さまざまな隠蔽工作をほどこしていきます。後藤の活躍もあります。
 読みどころはなんといっても、数学者の頭の中を文章化したところではないでしょうか。ローレンスの思考回路は、まさしく「馬鹿と天才は紙一重」といった感じ。現代的なランディは、もうちょっと世間体を考えている雰囲気。
 現代、といっても、ポケットベルが現役の時代ですので、少し昔になりますが。

 以前読んだときには、ユダヤ人であるアビのセリフが強く心に残りました。改めて読み返すと、軍隊(日本軍に限らず)のどうしようもなさが印象的。なにやってたんだか。

 
 

 
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