2018年02月17日
ケン・リュウ(古沢嘉通/訳)
『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
ダラ諸島には、7つの国があった。
今は、ひとつきり。
その昔、ダラに入植したアノウ族は、おたがいの戦いをやめられずにいた。その状態をどうにかしようと成立したのが、ティロウ制度だ。この制度のもっとも重要な原則は、どのティロウ国家も他のすべてのティロウ国家と対等であるということだった。
ティロウの国々は、1000年以上、存続していた。だが、ザナ国が〈統一戦争〉に勝利し、皇帝マピデレはすべてを手に入れた。今では、ティロウ国家は滅び、残っているのはザナだけ。
すべてがザナ流に改められていた。度量衡も文字も言葉も。古い秩序だった生活様式は失われた。
ザナに最後まで抵抗したのは、コウクルの国だった。
そのコウクルの町ズディに、クニ・ガルは生まれた。
クニ・ガルは農夫の息子。陽気で人に好かれる好青年。何か大きなことを成したいと夢見ていたが、まだ何者でもない。
クニが23歳のとき、皇帝が死んだ。
皇太子は、皇帝の側近たちの策略で死に追いやられ、即位したのは12歳のエリシだった。エリシ皇帝は毎日遊ぶのに忙しく、圧政は強まるばかり。
ついに、コウクル地方で叛乱が起こる。予言の噂が飛び交い、滅亡した王朝の後継者たちが捜し出され、次々とティロウ国家が蘇っていく。
このころのクニは、帝国の官吏。仕事に失敗したことで逃亡し、山賊の道を選んでいた。クニは山賊になっても、陽気さを失わない。人命を尊重し部下を大切に扱っていたために慕われ、ついにはズディの支配を任せられるが……。
一方、名門ジンドゥ一族のマタは、コウクルのスフィ王の元にかけつけようとしていた。
ジンドゥ一族は、〈統一戦争〉のときにことごとく殺されている。生き残ったのは、まだ赤ん坊だったマタと、13歳のフィンだけ。ふたりは、肩書きも家も氏族も、なにもかも奪われていた。
マタの教育は、叔父のフィンによってなされた。祖父ダズの武勇伝を聞き、いにしえの学問を学び、皇帝を手にかけるその日のため研鑚を積んでいた。
マタとフィンは、人々が蜂起したのに呼応するが……。
楚漢戦争が元ネタの群像劇。
マピデレ皇帝は秦の始皇帝、マタは項羽、クニは劉邦。
主人公は、マタとクニのふたりのようです。
マタは、巨漢な堅物。復讐に燃えていて、遊びを知りません。クニと出会うことで少し柔らかくなったようです。この巻での存在感は、群像に埋もれているようでした。
対してクニは、いかにも主人公然としてます。平民出身とはいうものの人望があって、まわりがクニをほっとかない感じ。
中華風ですが、それほど色濃くなく、独特の世界観になってました。とりわけ、神々の存在が異質。
神々はたんなる信仰の対象ではなく、実在していて、ときどき物語に登場します。彼らはお互いにいがみ合っているようです。わざわざ出してきた以上、なにかがあるのだろうと期待しましたが、それについては次巻以降のようです。
2018年02月23日
ケン・リュウ(古沢嘉通/訳)
『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ二 囚われの王狼』
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
『蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』続刊
ザナに支配されていたダラ諸島では、各地で叛乱が起こり、ティロウ国家が次々と再興していた。それらの国々の中心となったのは、最後までザナに抵抗していたコウクルだった。
コウクルのスフィ王は団結をうながすが、帝国軍は強力で、容易でない。
そんなとき、コウスギ王に仕えるルアン・ジィアが、ひとつの作戦を思いつく。あまりに大胆で、あまりに危険。だが、成功すれば、完全無欠の都市パンを陥落させることができる。帝国の首都、パンを。
ルアンは、コウクルのマタ・ジンドゥ元帥を訪ねた。だが、会うことすらできない。最後の頼みは、クニ・ガルだった。
クニ・ガルは、偉大な戦士ではなく、平民の生まれに過ぎない。だがルアンが見たところクニ・ガルは、賭けに出ようとする気概を持っていた。クニ・ガルは説得に応じ、少ない手勢のみを引き連れて出発する。
一方、マタ・ジンドゥは、武力でもって帝国と戦っていた。多くの死傷者を出したものの、ゲジラを平定。パンへと通じるソウコ山道に迫った。
このところ隊商のソウコ山道往来が途絶えており、帝国の中心地の様子が分からない。密偵を放つも誰も戻ってこない。ゲジラで戦っている最中も帝国軍の増援はなく、彼らはパンの守りを固めていると思われた。
ところが、最初の要塞ゴウアに掲げられていたのは、コウクルの赤い旗だった。クニ・ガルがパンに侵入し、エリシ皇帝を捕らえていたのだ。
マタ・ジンドゥにはさっぱり理解できなかった。友だと思っていたクニは盗人のようにパンに忍びこみ、マタ・ジンドゥのものとなるはずだったパンを手中に収めていたのだ。
パンはマタ・ジンドゥに引き渡されたものの、ふたりの仲は断絶してしまう。
覇王の名乗りを上げたマタ・ジンドゥは、世界をあらたに区分していく。裏切者のクニに与えたのは、辺境のダス島だった。
ちっぽけなダス島は、辛みの強い料理と、野蛮人よりは少しはましな程度の粗野な漁師と農民以外、なにもない場所。しかも、大島への航路をルイ島に塞がれている。
クニは機会をうかがうが……。
楚漢戦争が元ネタの群像劇。ザナは秦に当たります。マタは項羽、クニは劉邦。
中心人物は、マタ・ジンドゥと、クニ・ガル。前編でも、クニ・ガルの方がより主人公然としていましたが、本書に入ると、クニ・ガルの物語であることが鮮明になっていきます。
マタは武力の人。武勇に秀でていますが、統治となると、ちょっとトンチンカン。しかも人を見る目がなく、側近の忠告などどこ吹く風。恐ろしい人だけに諌言する人も少なく、破滅へまっしぐらな雰囲気。
対するクニ・ガルは、人間的にダメな面はあるものの、人を信じて任せられる人。バンを攻略する大冒険があったり、ダス島で再起を図り未知の人材を抜擢したり、読みどころ満載。
元ネタ楚漢戦争で有名な逸話が、あれこれと形を変えて登場します。そういう点では読んでいておもしろいです。その一方、結末が分かってるので醒めてしまっているところも。
2018年02月25日
猫SF傑作選(中村 融/編)
ジェフリー・D・コイストラ/ ロバート・F・ヤング/デニス・ダンヴァーズ/ナンシー・スプリンガー/シオドア・スタージョン/ジョディ・リン・ナイ/ジェイムズ・ホワイト/ジェイムズ・H・シュミッツ/アンドレ・ノートン/フリッツ・ライバー
(山岸 真/中村 融/山田順子/浅倉久志/訳)
『猫は宇宙で丸くなる』竹書房文庫
猫を中心にしたアンソロジー。
タイトルに「宇宙」とありますが、内容は〈地上篇〉と〈宇宙篇〉のふたつ。キャッチコピーに「猫ほど素敵なエイリアンはいない」とある通り、謎に満ち満ちた猫という生命体。そんな猫たちが大活躍します。
〈地上編〉
ジェフリー・D・コイストラ(山岸 真/訳)
「パフ」
子猫のなにが困るかといえば、成長して猫になってしまうことだろう。
娘のヘイリーは5歳。そのころ、動物を若いままにしておくための研究をしていた。雄牛のヨックス第一号は、幼年期の末期から5、6年そのままで、その後成獣になり、3年か4年で死ぬ。
そのための技術を猫に応用し、トラ猫のパフが生まれた。パフは頭がよく、しかられれば一度で覚える。芸すら覚えた。
ヘイリーは成長していくが、パフはいつ見ても子猫のまま。なにを見ても大喜びで、それはいかにも子猫らしかった。そして、非常に賢い。
ある夜、パフが焼いたマシュマロを食べていた。ガスレンジの火をつけて、串の先に刺したマシュマロを炎にかざしていたのだ。その後もパフの知能は増していくが……。
語り手は、ヘイリーの父。猫をなくしたヘイリーのためにパフを連れ帰ります。本人は猫のことが好きではないですし、ヘイリーさえもぬいぐるみにするような可愛がり方で、どうにも違和感のある肌触りでした。
ホラーとしてはおもしろいんですけど。
ロバート・F・ヤング(中村 融/訳)
「ピネロピへの贈りもの」
冬のいちばん寒い日。ミス・ハスケルは、ミルクと一緒に請求書を受け取った。
たまった請求額は、23ドル17セント。年金でなんとか食いつないでいるのだ。これからどうすればいいのか。
途方に暮れる中ミス・ハスケルは、丘のてっぺんに、ひとりの少年を見つけていた。少年は、まるでこれほど興味をそそる風景を生まれてはじめて目の当たりにしたかのようだった。
ミス・ハスケルは、すぐさま家に招き入れ暖をとらせるが……。
ピネロピは、ミス・ハスケルの猫の名前。
少年オテリスは変わった子供で猫をはじめてみたようだ、というのが、その正体のヒント。で、ピネロピへの贈りものへとつながっていきます。
ピネロピは、自分の都合がいいように生きてるだけなんですけどね。そこが魅力なのでしょうねぇ。
デニス・ダンヴァーズ(山岸 真/訳)
「ベンジャミンの治癒」
ジェフリー16歳のとき。飼い猫のベンジャミンは死にかけていた。
ベンは、ジェフリーのひとつ歳上。ジェフリーには、ベンがいない人生なんて想像できなかった。呼吸が止まり、心臓も止まったとき、ベンを抱きしめて祈った。
まもなくベンは身じろぎし、力強くしっかりした心臓の鼓動が手のひらに感じられた。目がほとんどかすみ、脚がほとんど曲がらない余命いくばくもない去勢雄猫が、今では健康そのもの。
野良猫をひろったと獣医に見せると、だいたい4歳だと告げられた。
それから30年。自分は46歳、ベンは47歳になっていた。ベンはあのときのまま。周囲には、似た猫だとごまかしてきたが……。
なんという名作。
ジェフリーの新しい恋人が猫好きだったことで、ジェフリーとベンの状況が一変します。無関心な相手だったら、ベンの異常さなんて分からなかったでしょうにねぇ。
しんみりする過去あり。ちょっとドタバタした出来事あり。メリハリがついていて、読み応えがありました。
ナンシー・スプリンガー(山田順子/訳)
「化身」
彼女は、猫の姿で実体化した。前の化身が終わって新たな化身を迎えるごとに、前よりも奇怪な生涯を送ることになる。
狩りに向いた場所を求めて、田舎といってもいい地域にたどりついた。草地には無野営をしている人々がいる。カーニヴァルだ。彼女は肉食で、カーニヴァルとは肉の祭りに他ならない。
人間の姿になると、獲物を探すが……。
彼女というのが、相当な高飛車。猫の姿をとっていて猫的ではありますが、猫ではない。ましてや、人間でもない。価値観がちがうんだろうな、と。そういう存在でした。
シオドア・スタージョン(大森 望/訳)
「ヘリックス・ザ・キャット」
ピート・トロンティは、特殊な柔軟ガラスを開発した。
はじめての柔軟ガラス瓶が完成したとき、銃弾が耳もとをかすめたかのような音がして、瓶になにかが入った。その姿は見えず、声だけが聞こえてくる。
声は、ウォレス・グレゴリーと名乗った。
ウォレスは2時間前に、交通事故に遭った。そのとき肉体は死んだが、まだ魂は死んでない。今は、魂を食べる〈彼ら〉から逃げているところだ。
ピートが開発したガラスの素材は、〈彼ら〉を排除できる。それで逃げ込んできたのだ。しかし、いつまでも瓶の中にいるつもりはない。
ウォレスは自由を求めて、ピートの飼い猫ヘリックスに乗り移る準備をするが……。
猫のヘリックスがウォレスによる改造のせいで、猫らしくなくなっていきます。読んだり書いたり、しゃべったり記憶したり。そんなヘリックスの反応が、実に猫らしい。猫らしくないのに、猫らしい。
冒頭の事件とどうつながっていくのか、それが語られていきます。
〈宇宙編〉
ジョディ・リン・ナイ(山田順子/訳)
「宇宙に猫パンチ」
ベイリン・ジャーゲンフスキーの夢は、交易船の船長になること。26歳にして、そのチャンスがやってくる。
地球人の交易パートナーであるドレブ星人から、画期的な宇宙航行テクノロジーの提供があった。その技術を製品化する権利を勝ちとったのが、銀河連合認定総合商社(通称カンパニー)だった。
第一号のマシンが完成し、テスト航行をするにあたって乗員が募集された。新装なった宇宙船〈パンドラ〉の目的地は、アーガイレニア。片道航行となる危険性がある。そのため募集は、二等航宙士級の者のみに限定されていた。
船には、ジャーゲンフスキーら3名のクルーと、船猫のケルヴィンが乗りこんだ。
出発してまもなく人間たちは、ドレブ星人の提供によるコンピュータが優秀すぎることに気がつく。なにもすることがないのだ。その一方、コンピュータのデータベースには〈ねこ〉という項目がない。
そこでジャーゲンフスキーはケルヴィンを、クルーメンバーとして登録した。職種は、保全士。快適な船旅がつづくが……。
この邦題、原題とまるで違うのですが、この小話にぴったり。
船のコンピュータがケルヴィンを正式なクルーとして認識したために、ちょっとしたドタバタがあります。ケルヴィンはあくまで自然体。猫らしく行動してます。
宇宙に猫パンチするケルヴィン、いいですねぇ。
ジェイムズ・ホワイト(中村 融/訳)
「共謀者たち」
フェリックスは船猫だった。
〈変化〉がなぜ生じたのか、たしかなところはだれにもわからない。〈変化〉は、〈船〉上の動物の小さく、比較的単純な脳の細胞構造に変化をもたらした。その結果、彼らの知能指数が着実に上昇した。
とはいえ〈変化〉の度合いは一様ではなく、関係する脳の大きさによってまちまちだった。脳の小さなネズミがまず影響を受けた。テレパシーで意思疎通する能力を身につけ、たがいの思考を読むだけでなく、乗組員の心を盗み聞きすることもできた。
フェリックスは、ネズミを貪り食いたいという欲望よりも大事なことがあることを知った。だが、〈変化〉しきれていない者たちからは、半分野生の肉食動物と思われている。
動物たちは、〈船〉から〈脱出〉する計画をたてているが……。
動物たちがテレパシーで連帯します。その中にフェリックスもいるのですが、いかんせん信用されてない。フェリックスはそれも承知の上で、懸命に働きます。
欲望と理性の間で揺れるフェリックスを応援したくなりました。
ジェイムズ・H・シュミッツ(中村 融/訳)
「チックタックとわたし」
テルジー・アンバーダンは、15歳。知能は天才レヴェル。オラドきっての名門一族に連なる最年少メンバーだ。
テルジーとハレット叔母は犬猿の仲だった。ハレットは、テルジーの将来が有望なのを恨んでいるのだ。テルジーはそのハレット叔母に、ジョンタロウでの休暇を勧められた。
ジョンタロウはハブのあらゆる世界のなかで、動物学者と狩猟家の楽園そのもの。広大な動物保護区であり、すばらしい獲物がひしめいている。母はハレットなりに心変わりしたことを示す手段だという。
テルジーは申し出を受けつつ、汚い罠を仕掛けるくらいはやりかねないと警戒するが……。
テルジーは、猫のようなチックタックをつれてます。ハレットの狙いは、チックタック。テルジーがかわいがっているのを知っていて、取り上げようとします。
本作が猫SFに入っているのは、カンムリネコが登場するため。地球産ではないのですけど。
アンドレ・ノートン(山田順子/訳)
「猫の世界は灰色」
スティーナは、やせた灰色の女。宇宙作業員。風変わりな知識の宝庫であり、写真的記憶力の持ち主。
スティーナの警告で生命を救われたバブ・ネルソンは、バットを贈った。バットは、大きな灰色の雄猫だ。それ以降、いっしょに旅をしている。
スティーナは、だれとも組まない。
クリフ・モーランは、金星宙港の裏町から抜け出て、宇宙船持ちになるまでのしあがった。だが、いまは船を失いかけている。裏町にもどってきていた。
そんなクリフにスティーナがささやいた。スペーサーが狙える最大の懸賞船〈火星の女帝〉のことを。
ふたりと一匹は、こうして宇宙へととびだしたが……。
猫の見ている世界が、ほぼ灰色であることがポイントになっている小話。淡々としていて、出来事が並べられているだけ。なのに、不思議と深い味わいがありました。
フリッツ・ライバー(浅倉久志/訳)
「影の船」
スパーは、バーの下働き。〈ウィンドラッシュ〉と呼ばれる船で暮らしていた。この船では、水夫たちは永久にキャピンの中に住んでいる。
あるときスパーは、猫のキムと出会った。キムは、どういうわけだかスパーを護ってくれる。たどたどしい言葉で、忠告を与えてくれる。
スパーとキムは、〈ウィンドラッシュ〉を支配する者に立ち向かうことになるが……。
ヒューゴー賞受賞作。
スパーは視力に難ありで、視界がぼやけてます。その関係もあって、物語全体もぼやけた感じ。傑作と言われているらしいのですが、残念ながら合わなかったようで。
注意深く読むべきでした。
2018年03月03日
バリントン・J・ベイリー(大森 望/訳)
『時間衝突』創元SF文庫
ロンド・ヘシュケは、考古学者。
あるとき同僚から、不可思議なものを手に入れた。異星文明の遺跡の、300年前の写真だ。そこに写っていたのは、現在よりも状態がいい遺跡の姿だった。
ヘシュケは、何らかの加工を疑う。
そんなころヘシュケは、タイタン軍の極秘研究所に連れていかれた。
研究所では、発見された異星人の人工物が研究されていた。その人工物ははじめ、宇宙船かと思われていた。ところが調べてみると、タイムマシンだったのだ。
なんとか機能を再現できたものの、想定どおりに作動しない。9世紀前のヴェリキ遺跡を訪れたところ、そこにあったのは、まるで9世紀未来の遺跡の姿。
時間旅行機は、明らかにどこかへ行っている。
だが、どこへ?
ヘシュケはタイムマシンに乗り、自身で発掘しているハザー遺跡へと旅立った。300年前の遺跡に。そこには、ヘシュケが遺物に彫り込んでおいた整理番号があった。
異星人の遺跡は、時の流れと逆向きに年輪を重ねていたのだ。
同行していた物理学者のリアド・アスカーは、ある事実に気がつく。自分たちのものとは別の時間波があり、その時間波は、未来から過去へと進んでいたのだ。
しかもふたつの時間流は、衝突経路にある。
一行は、タイムマシンの故障で時間の中に取り残されてしまうが……。
時間SF。
タイタン軍は純血主義者の集まり。自分たちの価値観で物事を判断しようとします。彼らは、昔、実在した国家を彷彿とさせます。
地球上で誕生した異種族だけでなく、異星人も登場。いろんな要素が詰まっていて、欲張り過ぎたかのような印象。
15年ぶりの再読なのですが、時間が衝突しようとしていることしか覚えてませんでした。今回も、子葉は記憶に残らないような……。
2018年03月10日
フィリップ・K・ディック(佐藤龍雄/訳)
『未来医師』創元SF文庫
ジェームズ・パーソンズは医師。
2012年。愛車で仕事にむかう途中、不可思議な現象に遭遇してしまった。車外へ投げ出され、気がつけば見慣れぬ景色の中。
パーソンズが出現したのは、2405年だった。
この時代、人種の混交が進み、白人のパーソンズは病気を疑われてしまう。肌の色は隠せたものの、怪我人を治療したために逮捕されてしまった。
25世紀人たちは、世界人口を完全にコントロールしていた。
人の死はそのひとつひとつがただちに新たな生命の誕生を意味する。欠陥のある人間はすぐさま退場し、より優秀な子のために枠を空けねばならない。そのため、医療行為を放棄していたのだ。
パーソンズの違法行為の現場には、政府である〈ファウンテン〉の監督官アル・ステノグが居合わせていた。ステノグはパーソンズに興味を抱く。
ステノグが言うには〈ファウンテン〉は、タイム・トラベルに着目していた時期があったらしい。基礎になる研究を大量に重ねたうえで、ハードウェアまで創りあげた。だが、失敗し、8年前に断念していた。
誰かが秘密裏に研究を続けていたのではないか?
パーソンズは、別の時代の人間であることを認められる。しかし、罪が許されることはなかった。
パーソンズは囚人移送船で、火星居住区へと送られるが……。
時間SF。
パーソンズがスペース・シップに乗るところで、雰囲気が一変します。全体としての統一感のなさが、今まで翻訳されてこなかった理由なのだろうな、と。
それでも、ディックを読み慣れた人なら、おもしろがれると思います。
ネズミの脳が動かすスペース・シップ。見知らぬ惑星で見つけた自分宛のメッセージ。何者かを相手に繰り広げられる攻防戦。
広げに広げられた風呂敷は、きちんと折り畳まれます。
貴重なものを読めました。
猫テーマの短編集。
シャム猫比率が高め。
何作か
「ガットヴィル・コミュニティ・カレッジの口承歴史プロジェクトのために、インタビューした録音」
があります。
学生がお年寄りたちに話を聞きました、という体裁。なので、会話のみ。注意力が散漫で、身体は不自由でも口は達者、現在のことは忘れても昔のことは忘れない、そんなお年寄りたち。関係のないネタや思いこみ気味の感想つきで、実に生き生きと語ってくれます。
ブラウンは、そういうのがすごくうまい。
もちろん、猫も。
「猫は神経を集中する」
シャム猫のファット・ファットは生まれてまもなく、人間が下等な種族であることを悟った。彼らは、言葉の助けを借りなければ、自分の考えを伝えることすらできないのだ。
ファット・ファットは、規則正しい生活をこよなく愛していた。ところが一緒に暮らしている人間の夫婦が、盛大なホーム・パーティを開いたために、生活パターンが崩れてしまう。さらにパーティの翌週、何か、いつもとちがうことが起こりつつあるのに気がつくが……。
猫視点。
ファット・ファットがふたりの人間を〈1番〉〈2番〉と分類しているのが微笑ましい。日頃〈1番〉に思念を送っているファット・ファットですが、ある事件をきっかけに、〈1番〉が〈2番〉で、〈2番〉が〈1番〉かも? と、考えを改めます。
ひねりはないです。
「大きな水たまりが現われた週末」
パーシーは、恰幅のいい銀ねず色のしま猫。弁護士のコーネリアスとその妻マーガレットと共に暮らしている。夏の週末、一家は北部の森林地帯の別荘でおだやかな日々を送っていた。
あるときコーネリアスは、ビル・ディドルトン夫妻を別荘に招待する。上顧客のため、多少のことには目をつぶるつもり。パーシーは、いつもと違う盛大な大騒ぎに面食らってしまうが……。
猫視点。
ディドルトン氏は、パーシーじゃなくても辟易してしまうような人。そのうえパーシーは、ある嫌疑がかけられてしまいます。パーシーのやるせなさに、読んでるこちらもやるせない。
「ヤッピー猫現象」
姉が海外旅行に出かける間、シャムの子猫シンシンの面倒を見ることになった。姉がいうには、シンシンは機械の猫だという。
シンシンは、帰宅途中の車中でパワーウィンドウを作動させたのを皮切りに、ステレオのつまみをいじり、コーヒーメーカーのコンセントをひきぬき、やりたい放題。夫婦はふりまわされてしまうが……。
妹である妻が語り手。
夫も登場。子供はなし。ちなみに、シンシンは7ヶ月。
最初、夫は、預かるのはいいけど自分は関係ない、というスタンス。すぐに、関係ないなんて不可能だと気がついて、夫婦のドタバタが展開されます。
「ドラモンド通りのヒーロー」
ヴァーノン・ジャスミンは6歳。ドラモンド通りに住んでいた。近所には、大きな、灰色と白の雄猫がうろついている。しょっちゅうよだれを垂らしているので、名前はよだれ垂らし。
ある日ヴァーノンはよだれ垂らしが、表の芝生をかぎ回っていることに気がつく。なんと地表の割れ目から、ガスが洩れていた。大惨事を防いだことで、ヴァーノンは鼻高々。
ドラモンド通りのヒーローとして《デイリー・ニュース》の記者が取材に来るが……。
人間視点。
よだれ垂らしの尻尾がとれる、という痛ましい事件が冒頭にあって、ヴァーノンとよだれ垂らしの関係、というかヴァーノンの身勝手さが語られます。まぁ、子供ですからね。よだれ垂らしがなにをどう考えているかは不明。
最後の一文が、すごく好き。
「怒った博物館のネズミとり猫」
ロックマスター博物館には、マーマレードという名のネズミとり猫がいた。その日マーマレードは、とても怒っていた。
というのも、博物館に何者かが侵入し、客間が荒らされたのだ。
昨日、囚人が3人逃亡したという。そのうちのひとりは、デニス・ロックマスター。博物館に侵入したのは、廃嫡されたデニスではないかと疑われたが……。
ライターの一人称で語られます。
訪問目的は、「合衆国中部北東地区における小規模博物館」という本のための取材。すでに15番目とあって、事前にいろいろな予想をしてます。たいていの小規模博物館はこうだったから、と。
ことごとく外れるのが小気味いい感じ。
「黒い猫」
ダク・ウォンはシャム猫。シャム猫は、知性と忠誠で知られる種族。
飼い主は、ヒルダ。田舎の小さな家に暮らしている。ダク・ウォンは、ヒルダもヒルダの家も気に入っていた。ただし、週末以外。
週末には、ヒルダの夫のジャックが帰ってくる。ダク・ウォンは大きな声が嫌いだったし、緊迫した雰囲気を察して、なんとなく不安になった。
ダク・ウォンは、ジャックを避けるようになるが……。
猫視点。
ヒルダとジャックの関係は、人間たちの会話から推測できるようになってます。いろんなことが分かってくると同時に、徐々に高まる緊張感。
黒い猫が登場した瞬間、さすがシャム猫、と。
「イースト・サイド・ストーリー」
ダウンタウンの真ん中、イースト・サイドに猫谷はあった。
猫谷は、オフィスビルの基礎工事をしている最中トラブルが発生し、そのまま放置されていたところ。柵で囲われた掘った穴に、市内じゅうの野良猫や迷い猫が住みついていた。
猫たちは、ふたつのグループに分かれている。
穴の片側にいる猫たちは、決して反対側の猫たちと混じりあわない。ただし、月が満ち欠けしてある一定の時期になると、ふたつの種族は中央のコンクリート・スラブまで出てきて、身の毛もよだつ戦いを繰り広げた。
猫たちの中に、ひときわ目立つ白いふわふわした雌猫がいた。ある日、敵対する一族の若い雄猫が近づいていくが……。
インタビューを録音したもの。
元ネタは「ウエスト・サイド・ストーリー」か「ロミオとジュリエット」。そういう話です。とはいうものの、あくまで人間視点なので、実際のところは分かりませんけれど。
「ティプシーと公衆衛生局」
1930年代、ティプシーは、最高におもしろい猫だった。〈ニック食料品店〉をうろつき回って売上げに貢献していたが、食料品店じゃ猫はご法度。査察官がやってきて、二週間のうちに店を掃除して、動物を処分しろという。さもないと罰金10ドルだと。
〈ニック食料品店〉にいられなくなったティプシーは、ドラッグストアに連れていかれた。すぐに新しい家にも慣れたが、間もなく査察官にみとがめられてしまう。
またもやティプシーは追い出され、〈ニック食料品店〉に帰ってきた。
今度ティプシーが連れていかれたのは、バーだった。ほろ酔いな客たちにもティプシーは大人気。店主のガスもティプシーをかわいがった。そこにも査察官がやってくるが……。
インタビューを録音したもの。
時代は、大恐慌。世間の雰囲気が暗いこと、伝わってきます。そんな中ティプシーは、大人も子供も、ついつい笑ってしまうような仕草を見せます。
「良心という名の猫」
昔、ガットヴィルにはたくさんの猫がいた。銀行にも、帳簿類をネズミから守るため、猫がいた。
銀行の猫は、身体は黒で足は白。緑の目をしていた。相手を落ち着かなくさせる目だ。もし、泥棒が銀行に押し入ろうとしても、あの目つきで見られたら大あわてで逃げ出すことだろう。
ミスター・フレディは、銀行の支店長だった。勤勉な人で、夜遅くまで働いていた。笑顔と冗談を欠かせず、決して料金をとらない。弁護士のいないガットヴィルで、人々にアドヴァイスをし、相談にのった。
ミスター・フレディはみんなから好かれていた。ところが、ある日、首をつって死んでしまう。
まもなく、8万ドルもの預金が消えていることが明るみに出て……。
インタビューを録音したもの。
銀行の猫の仇名が、良心(コンシャンス)。ミスター・フレディをじっと見たんだろうねぇと推測できますが、猫はつけたし。いなくても成立する小話でした。
「ススと八時半の幽霊」
シャム猫のススは、川のそばの古くて大きい建物に暮らしていた。飼い主の姉妹とススは、ある日、川沿いの小さな公園でミスター・ヴァンと出会う。
ミスター・ヴァンは古美術商。玉座のような車椅子にすわり、身なりはみすぼらしい。とてもじゃないが魅力的とはいいかねる。
そんな彼に、ススは心を奪われてしまった。
ミスター・ヴァンもススのことが気に入ったようで、八時半になると姉妹を訪ねてくるようになった。
毎日の訪問も、姉妹が休暇で3週間ばかり不在になるまで。帰宅したときミスター・ヴァンはおらず、精神病院に入れられてしまったという。
そうとは知らないススは、八時半になると、期待に満ちた足どりでドアに駆け寄る。喉をごろごろ鳴らしながら、仰向けにひっくり返り、うっとりと体をのばしていた。
単に習慣化していたのではないかと思われたが……。
人間視点。
ミスター・ヴァンは、前世では猫だったとか言っちゃう人。言うだけあって、猫の扱いは絶妙。ススはメロメロになってます。
ミスター・ヴァンの来訪が途切れても変わらぬススの反応に、忠犬ハチ公を見るような気分でした。タイトルでネタバレしてますが。
「スタンリーとスプーク」
リンダの友人のジェーンは、メイプルウッド・ファームズに住んでいた。6歳の息子と猫がいる。
ジェーンがスプークとスタンリーに会いにおいで、と誘ったとき、リンダは、スタンリーが子供でスプークが猫だと思っていた。実際は逆だった。ハロウィーンに生まれたものだから、夫がふざけて、おばけ(スクープ)というあだなをつけたのだ。
スプークは、ちやほやされるのが大好き。しょっちゅう木登りしては、降りられなくなって周囲に迷惑をかける。一方のスタンリーは、木登りに失敗するような不器用猫。
リンダは、あることに気がつくが……。
人間視点。
こいつはもしかして……と考えていたら、作中のリンダも、もしかして……。
「ヒゲ長の奇妙な猫」
ホップルウッド農場には、ホップル夫妻と3人の子どもたち、それに多数の猫がいた。短い一時期、りっぱすぎるヒゲを持つちっぽけな猫が一匹いたことがある。
奇妙な猫を見つけたのは、6歳のドナルドだった。
ドナルドが言うには、その猫は、ヒゲが長く、体はずいぶん小さく、でも子猫ではない。行動が大人だから、と。
ヒゲは、長くなったり短くなったりするうえ、暗闇で光る。暗い隅にいるとコンピューターの画面みたいな緑色をしている。そして、耳がぐるぐる回る。そうやって飛ぶ。ヘリコプターみたいに、まっすぐ上に飛び上がる。
大人達はドナルドの報告が信じられずにいるが……。
人間視点。
ホップル夫妻が、すごくお上品。ドナルドの乱暴な言葉を訂正して言い直させたり、使用人たちにも気を配ってる。
奇妙な猫よりも、ホワイト企業な農場の運営の方に意識が向いてしまいました。これがふつうなんでしょうけど。
「マダム・フロイの罪」
マダム・フロイはすらりとした足と青い目という貴族的な風貌で、クリームがかった褐色の毛並みは、手足の先端では茶色になっていた。
マダム・フロイは、息子サプシムの猫らしくないふるまいを憂いでいた。サプシムは愛想がよく、やさしく、疑うことを知らない。まるで猫らしさに欠けるのだ。
ある日マダム・フロイは、網戸の小さな破れ目に気がついた。鼻で網戸をつついていると、とうとう、ひとつの角が完全にはずれた。外に出て、桟を歩き、解放感にうっとり。
マダム・フロイは慣れてくると、サプシムもいっしょに加わらせるが……。
猫視点。
マダム・フロイはシャム猫。規則は挑戦するものと心得ている、気位の高さ。でも、ちょっとしたことに夢中になったり、実に猫らしい猫。
痛ましい事件が起こってしまいます。実際にそういうことがあったのか、猫好きな作者がよく書けたな、と。
「おおみそかの悲劇」
年が明けたばかりの朝4時。アパートの裏で事故が起こった。
黒い車が、歩道に乗り上げて、古いレンガ造りの倉庫に突っこんだ。事故で亡くなったのは、ウォーレス・スローン、25歳。〈ウォリーの居酒屋〉の経営者。妻と4人の子供が残された。
ウォリーは、酒に手を出さず、昼もなく夜もなく、一生懸命働いていた。きっとくたくたに疲れてハンドルを握っているうちに眠りこんでしまったのだろう。ただ、駐車場は、たった半ブロック走ったところ。居眠りするような距離ではないのだが……。
アパートに暮らす女性が、息子に宛てて書いた手紙、というスタイル。
事故に驚き、警察に電話してアパートの戸口から見守っているとき、黒い猫と遭遇します。ミステリ好きな女性は、黒い猫をだしにして聞き込みをはじめます。
日々の手紙の中で徐々に明らかになっていく、ウォリーの行動。なんともあざやかでした。
2018年04月05日
デイヴィッド・ベニオフ(田口俊樹/訳)
『卵をめぐる祖父の戦争』ハヤカワ・ミステリ
脚本家のデイヴィッドは、雑誌の依頼で自伝的なエッセイを書くことになった。だが、書きたいのは自分のことではない。
自分なりに愉しい人生を送ってきた自負はある。それでも、書きたくないと思った。書きたいのは、レニングラードのことだ。
祖父のレフ・アブラモヴィッチ・ベニオフは、レニングラードの出身だった。今は、仕事も引退して、メキシコ湾に臨む小さな家で暮らしている。1942年の最初の一週間で祖父は、祖母に出会い、親友ができ、ドイツ人をふたり殺した。
デイヴィッドは祖父から、はじめて戦争の話を聞いた。
1941年6月、レニングラードはドイツ軍に包囲された。それから7ヶ月。市民たちは、飢餓のただ中にいた。
そのときレフは、17歳。父はすでに亡い。母と妹は疎開している。自身は市に残っていた。まだ兵隊になれる年齢ではなかったものの、消防団員としての自負があったのだ。
金曜日の夜。
見張りについていたレフは、さまざまな規則を無視する行動にでていた。空から、パラシュートが落ちてきたのだ。それにぶらさがっていた死体は、ドイツ空軍の灰色の軍服を着ていた。
レフは、追いかけ、所有物を漁り、兵士が持っていた酒に夢中になった。そして、捕まってしまった。
夜間外出禁止令を許可なく破ったものは即決で死刑に処される。消防任務を放棄しても、略奪行為をしても死刑。国家の敵に与える食料なんぞどこにもないのだから。
拘置所に入れられたレフは、死を覚悟した。そこにもうひとり、若い兵士が連行されてくる。妙に明るく饒舌な若者は、ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ヴラゾフ。脱走の疑いをかけられていた。
翌朝ふたりは、秘密警察のグレチコ大佐から直々に命令を受ける。
木曜までに1ダースの卵を持ってくれば、命を助けてやる、と。実は、金曜に大佐の娘の結婚式があるが、ケーキをつくるための卵が手に入らないのだという。
ふたりは、任務遂行のための書類といくばくかの資金を受け取り、飢餓に喘ぐレニングラードに放たれた。秘密警察でさえ手に入れられなかった卵を見つけることはできるのか?
ノンフィクションの体裁を取った歴史エンターテイメント。
実は、レフの父は秘密警察に処刑されてます。レニングラードのことを昔からの愛称〈ピーデル〉と呼び、祖国への思い入れはありますが、国家に対してはかなり複雑。
劣等感に苛まれているレフと対照的に、コーリャ(ニコライ)は、いわゆるお調子者。年上ということもあって、主導権をにぎります。もちろん、コーリャだって複雑なんです。
市民が、生きるためにペットや本を食べている最中に、卵をさがして大冒険。まるで冗談のようですが、いたって大真面目。悲惨な状況下であるものの、コーリャのおかげでコミカルな要素も加わってます。
読み進めるうちに、予告された「祖母に出会い、親友ができ、ドイツ人をふたり殺した」ということを忘れてました。意識していたのは、語り手のレフは生き残る、ということだけ。そんなときに最後のセリフを読んで、唸りました。
余計な一文がなくてよかった。本当に。
2018年04月07日
ロバート・A・ハインライン(矢野 徹/訳)
『ウロボロス・サークル』早川書房
リチャード・エイムズはレストランで、招きもしない男の来訪を受けた。男は名前も名乗らず、ただ、トリヴァーを日曜日の正午までに殺してほしいという。
エイムズは、かつて軍人だった。今は作家だ。男は、遠い昔の借りを思い出させる暗号を口にした。知っているのは、この世で6人だけ。
戸惑うエイムズだったが、詳しいことを聞く前に、男が何者かに殺されてしまう。
死んだ男は、エンリコ・シュルツの身分証明書を持っていた。本当にシュルツかどうかは分からない。トリヴァーというのがどこの誰なのかも分からない。
間もなくエイムズは、宇宙居留地〈ゴールデン・ルール〉からの強制退去を命じられてしまう。そのうえ、エイムズにも刺客が送られてきた。
状況を読み切れないままにエイムズは、偽造パスポートで〈ゴールデン・ルール〉を脱出するが……。
ハインラインの最晩年の作品。
人気のあった『月は無慈悲な夜の女王』と
《未来史》を繋ぎあわせた集大成……というか、なんというか。
自称シュルツが殺されたとき、エイムズが一緒にいた(その瞬間は席を外していたのですが)女性が、グエン・ノヴァク。知り合ったばかりなのですが、ふたりはすぐさま結婚して、一緒に逃避行します。
このグエンが、ミステリアスでチャーミング。途中で正体が明らかになりますが、ハインラインのお気に入りだったんだろうなぁ、と推察。
宣伝文句になっているので書いてしまうと、最終目標は『月は無慈悲な夜の女王』のアダム・セレーネの救出。結末に泣いた者としては、正直なところ、そのままにしておいてほしかった。
2018年04月10日
真保裕一
『猫背の虎 動乱始末』集英社
太田虎之助は、南町奉行所勤めの同心。身の丈六尺近い偉丈夫だった。
父は龍之助(たつのすけ)。3年前に亡くなったが、見廻り役の同心だったころ「仏の大龍」として民から慕われ、いまでも比べられてしまう。
1855年(安政2年)。
江戸で大地震が起こった。
火災も発生し、町は大混乱。ひとつでも打毀しが起これば、騒乱に発展する。 虎之助は、非常時ということもあり本所深川方の臨時の市中見廻り役に抜擢された。
人望のあった「仏の大龍」の息子だからだ。本所深川界隈で顔も利くだろう、と。実力ではないのは、 虎之助も分かっている。
地震直後、籠に押し込まれたまま放置された男の死体が発見された。虎之助が名主に請われてかけつけると、橋のたもとに、籠に入れられた亡骸が。死体は、膝を抱え込むように納められていた。
この先一帯は、潰れ屋に焼け跡ばかり。
なぜこの場所に置かれてあったのか?
全5章たてで、連作短編集のようになってます。
主人公は太田虎之助。章ごとに、中心人物が変わります。
妻子の仇を討とうとしている板前。旦那の妾と赤子のことが気になって仕方がない女。混乱に乗じて逃走した吉原の遊女。将軍の世継ぎ争いに巻き込まれる戯作者。
そして、お救い米が帳簿より多い謎が「仏の大龍」に絡んできます。最初の、籠に入れられていた亡骸など、章をまたぐエピソードもありました。それから、虎之助の恋模様なんてのも。
混乱と動揺の江戸を舞台にした……捕り物? 人情もの?
どうも戸惑ってしまう物語でした。あまり自分には合わなかったようです。残念。
2018年04月15日
上橋菜穂子
『鹿の王』上下巻/角川書店
アカファ王国は、ついに東乎瑠(ツオル)帝国に呑みこ込まれた。
最西端にあるトガ山地の氏族たちが抗っていたが、ついに屈したのだ。そもそも、有利な条件を引きだすための抵抗だった。いずれは帝国に組み込まれることは分かっていた。
捨て駒となることを承知の上で戦っていたのは〈独角(ドッカク)〉と呼ばれる戦士たち。
ヴァンは、独角の頭。
捕らえられ、奴隷としてアカファ岩塩鉱に送られて2ヶ月がたつ。ある夜、岩塩鉱が獣たちに襲われた。
ヴァンが見たところ、山犬(オッサム)のようだった。奇妙なことに、意思を感じさせる目をしている。撃退しようとしたが、鎖につながれた奴隷の身ではどうしようもない。ヴァンも腕を噛まれてしまった。
死者が出始めたのは、それから数日後。
死んでいない奴隷たちも、奴隷監督たちも、胸が軋むような咳をしている。ヴァンも、眠っている間に激しい頭痛に見舞われ、歯の根が合わぬほどの悪寒に襲われた。
悪夢から目覚めると、視界の果てまで、累々と死体が転がっていた。全滅だった。
ヴァンはかろうじて、なきじゃくる幼子を見つける。女の子は、奴隷女の娘らしい。
ヴァンは幼子をつれて岩塩鉱を脱出した。
一方、生きている者がいなくなった岩塩鉱には、東乎瑠帝国の医術師ホッサルが駆けつけてきた。
ホッサルは、古オタワル王国の始祖の血をひく〈聖なる人々〉のひとり。250年前、古オタワル王国は疫病によって滅んだ。それ以来、黒狼病(ミツツアル)の報告はない。
岩塩鉱で遺体を見たホッサルは、黒狼病を疑う。
この250年、症例のなかった病が、なぜ?
奴隷のひとりが逃亡したことが分かり、ホッサルは、ヴァンの追跡を命じるが……。
本屋大賞受賞作
物語の主役は、黒狼病です。
ヴァンは、黒狼病に罹患して回復したことで、特殊な能力を獲得します。それは幼子ユナも同じ。一方のホッサルは、黒狼病の背後に何者かの存在を嗅ぎつけます。
物語は、ヴァンとホッサルのふたりの主人公の視点で……と言いたいところですが、ホッサルのパートは、従者マコウカンの比重が大きくて誰が主役なんだか状態。ホッサルは天才なので、マコウカンの方が内省させやすいのかな、と。
病気については正確さにこだわったようです。ただ、ヴァンとユナの特殊能力については、そういうことも起こりうる的な曖昧さが残されてます。
児童書だしこんなものなのかな、と思っていたら、会心の結末が待ってました。結末がすばらしくて、すべて帳消し。それまでの出来事はすべて、この結末のためだったのか、と。
感嘆しました。
上巻で読むのをやめてしまった人は、最後まで読んでほしいです。