《移動都市クロニクル》四部作、第一部
60分戦争によって、文明は滅んだ。
そのうえ地殻の大変動があり、もはや一ヵ所に定住することは不可能。生き延びた人々は、都市にスチームエンジンと巨大なキャタピラや車輪をとりつけて、まるごと移動させた。こうして、都市淘汰主義にのっとって「共食い」をする、弱肉強食の移動都市時代がはじまった。
それから1000年。
移動都市ロンドンが、湿気の多い西部丘陵地帯に隠れ潜んで、そろそろ10年になろうとしている。今より豊かな時代には、ロンドンも大型の都市を狩って過ごしてきた。このごろでは獲物の数もめっきり減って、なかにはロンドンのようすをうかがう巨大都市まであらわれる始末。
ロンドン市長は、ついに決断をくだした。今こそ〈陸の橋〉を渡って広大な〈狩り場〉にもどる潮時だ、と。
トム・ナッツワーシーは、ロンドン史学ギルドの三級見習い。生まれてから15年、ずっとロンドンで暮らしてきた。両親はすでに亡く、史学ギルド長サディアス・ヴァレンタインに憧れている。
トムは空想の世界で、空賊の手から囚われの美少女を救ったり、反移動都市同盟からロンドンを守ったりしてきた。ロンドンが岩塩採掘都市を見つけて追跡をはじめたときには大興奮。持ち場を離れて見物に行ってしまう。
ロンドンは岩塩採掘都市を捕獲し、市民たちは大喜び。祝宴がはじまるが、トムは仕事を放棄した罰として、ガットでの作業に追いやられてしまう。最下層のガットには消化作業所があり、捕獲した都市の解体消化が行われているのだ。
この夜、総監督はヴァレンタインだった。トムはヴァレンタインに声をかけられ有頂天。ところが、岩塩採掘都市から移ってきた少女がヴァレンタインを襲い、ガットは大混乱に陥ってしまう。
トムはヴァレンタインを守り、単独で謎の少女を追いつめた。顔に醜い傷を持った少女はヘスター・ショウと名乗り、ダストシュートに飛びこんで逃亡をはかる。
トムは、かけつけたヴァレンタインにヘスターのことを報告した。すると、トムもダストシュートへと投げこまれてしまう。
ロンドンから落ちたトムは、静かなアウトカントリーに呆然としていた。そばにいるのはヘスター・ショウだけ。はじめての裸の地面だった。
ロンドンは刻一刻と遠ざかってゆく。ヘスターはヴァレンタインを殺すためにロンドンを追いかけるという。ひとりになりたくないトムも従うが……。
さまざまな謎が絡み合う冒険小説。
12年ぶりの再読で、前回はジュブナイルだと思っていましたが、改めて読むと児童書スタイルでした。やさしい語りのもと、物語はときにさわやかに展開していきます。でも、内容はヘビー。殺したり殺されたりの世界で、おどろおどろしい場面が連発。
トムは、裕福ではなくてもきちんとした教育を受けていて、かなりお人好し。性善説を信じてそう。
ヘスターは正反対です。ただ、ヴァレンタインに復讐するだけの動機があります。〈復活者〉のシュライクと生活を共にしていた時期がありますが、そのシュライクが今では、ロンドン市長からヘスター暗殺を請け負ってます。
移動都市と対立する反移動都市同盟。空を駆け巡る飛行船乗りたち。ロンドン市長とヴァレンタインの秘密。ロンドン工学ギルドの極秘プロジェクト〈ディビジョンK〉の正体。
読みどころ満載。
2019年01月04日
フィリップ・リーヴ(安野 玲/訳)
『略奪都市の黄金』創元SF文庫
《移動都市クロニクル》四部作、第二部
60分戦争によって世界は激変した。人々は生き延びるため都市を移動させ、弱肉強食の移動都市時代がはじまる。都市が移動することに反対する者たちは反移動都市同盟を結成して対抗した。
フレイア・ラスムッセンは、氷上移動都市アンカレジの辺境伯。
ラスムッセン一族は、60分戦争以来ずっと都市の未来を決めてきた。よい交易相手を見つけたいとき、氷の罠や略奪都市を避けたいとき、どちらへ向かうべきか、代々のラスムッセンの女たちが〈氷の神々〉の夢のお告げを授かってきたのだ。
アンカレジは疫病に襲われ、終息したものの50人ちょっとしか残っていない。
一族の最後のひとりとなったフレイアは、毎日途方にくれていた。侍女がいないために身支度もままならない。見栄えのするものが次々と消えていく。
実は、アンカレジは盗賊団〈ロストボーイ〉に目をつけられていた。3人の少年たちが密かに侵入し、お宝をかき集めていたのだ。隊長のコールは、アンカレジの住民たちを見張るうち、彼らに興味を覚えてしまう。
一方、トム・ナッツワーシーとヘスター・ショウは、飛行船〈ジェニー・ハニヴァー〉号で世界をめぐっていた。〈ジェニー・ハニヴァー〉は元はといえば、反移動都市同盟の指導者のひとりだったアナ・ファンの船だ。アナ・ファンはすでに亡く、反移動都市同盟では、過激派の〈グリーンストーム〉が台頭している。
ふたりが久しぶりに空中交易都市エアヘイヴンに立ち寄ると、冒険家のニムロッド・B・ペニーロイヤルに声をかけられた。トムは冒険談に大興奮。喜んで乗客として迎えるが、ヘスターはおもしろくない。
ペニーロイヤルは、しきりに出発を急がせる。というのも、宿屋の代金を踏み倒そうとしていたのだ。
ペニーロイヤルの逃走は、宿主の知るところとなった。宿主は代金の代わりにと、〈グリーンストーム〉に密告する。〈グリーンストーム〉はアナ・ファンを崇めたてまつっており、〈ジェニー・ハニヴァー〉の情報を求めていた。
〈ジェニー・ハニヴァー〉は〈グリーンストーム〉に発見され、襲撃されてしまう。なんとか対処するものの、もはや航行不能。風に流され、なすすべもなく〈氷の荒野〉へと運ばれていく。
やがてヘスターが、氷上のアンカレジを見つけた。
〈ジェニー・ハニヴァー〉はアンカレジで歓迎されるが……。
『移動都市』の続編。
さまざまな利害と勘違いが絡み合う冒険小説。
前作のラストから3年がたってます。トムは相変わらず夢見がちな良い子ちゃんだし、ヘスターは現実的なひねくれ者。でもお互いを大切に思っていて、それゆえにすれ違ってしまいます。
新たな登場人物であるペニーロイヤルは、いわゆるトリックスター。さんざんかき回してくれます。
あちこちで一波乱も二波乱もあり、一筋縄ではいません。
かなり暗い展開ではありますが、最後は明るくまとまってくれて、ホッとしました。
《移動都市クロニクル》四部作、第三部
60分戦争によって世界は激変した。人々は生き延びるため都市を移動させ、弱肉強食の移動都市時代がはじまる。都市が移動することに反対する者たちは反移動都市同盟を結成して対抗した。
反移動都市同盟はより過激な〈グリーンストーム〉が主導権を握り、戦争は激化していく。
そんなころ〈グリーンストーム〉復活兵部隊の整備医師ドクター・オイノーネ・ゼロが、機能停止していたストーカー・シュライクを捜しあてた。ドクター・ゼロは夜を徹してシュライクを整備し直し、最高司令官ストーカー・ファンに献上する。
シュライクはストーカー・ファンの身辺警護を担うが、あるとき、ドクター・ゼロの裏切りに気がついた。ドクター・ゼロはストーカー・ファンの破壊を目論んでいたのだ。ただ、なかなか行動に移さない。
一方、氷上都市アンカレジは〈死の大陸〉で静止都市となっていた。〈死の大陸〉は忘れられた大地。戦争とは無縁のまま住民たちは牧歌的な平和を享受している。
16歳のレン・ナッツワーシーは、トムとヘスターの娘。両親の冒険談を聞いて大きくなった。外の世界に憧れ、自分も同じように冒険がしたいと熱望するものの手段がない。
そんなとき、かつて盗賊団〈ロストボーイ〉の一員だったコールが、見知らぬ訪問者といるところを目撃する。
特殊吸着潜航艇(リンペット)〈アウトリュコス〉で海を越えてやってきたのは、ガーグルだった。今ではガーグルは〈ロストボーイ〉リーダー・アンクルの片腕となっている。
コールはガーグルを拒否するが、レンが見つかってしまった。
レンは言葉巧みに口説かれてしまう。ガーグルの望みは、ラスムッセン家に代々伝わる〈ブリキの本〉。レンは、外の世界に自分を連れていくことを条件に、〈ブリキの本〉を持ってくることを約束する。
〈ブリキの本〉の正体は誰も知らない。
60分戦争の後ラスムッセン家の祖先が、漂流する潜水艦の生き残りからある文書を託された。文書は代々の辺境伯に受け継がれ、あるとき、古い缶詰の缶をたいらにのばしたものに書き写された。
表紙にあるのは、アメリカ帝国大統領の印章。暗号めいた文字が刻まれ、誰も読めない。わかっているのは、たくさんの数字にまぎれて古代の神さまの名前〈オーディン〉が何度かでてくることだけ。
レンは〈ブリキの本〉を持ち出すが……。
『略奪都市の黄金』の続編。
さまざまな策略と行き違いが絡み合う冒険小説。
前作から16年がたってます。
レンが誘拐され、トムとヘスターは〈ロストボーイ〉の本拠地グリムズビーに向かいます。が、グリムズビーはすでに壊滅状態。水上都市ブライトンが観光客獲得のために〈ロストボーイ〉殲滅大作戦を決行中で、レンも〈ロストボーイ〉の仲間として奴隷になってしまいます。
実は、ブライトン市長というのが、ニムロッド・ペニーロイヤル。あいかわらずのお調子者。市長になってもトリックスターぶりは健在。
レンをめぐる冒険に、ストーカー・ファン率いる〈グリーンストーム〉も加わって、まさに紆余曲折。なのに一直線。
《移動都市クロニクル》四部作、完結編。
60分戦争によって世界は激変した。人々は生き延びるため都市を移動させ、弱肉強食の移動都市時代がはじまる。都市が移動することに反対する者たちは反移動都市同盟を結成して対抗した。
反移動都市同盟はより過激な〈グリーンストーム〉が主導権を握り、戦争は激化していく。さらには内部分裂が起こり、アフリカ諸国のような古風な反移動主義者たちは離脱していった。
だが、最高司令官ストーカー・ファンが破壊されると状況は一変。新たな指導者となったナーガ大将は、移動都市と休戦協定を結んだ。奥方であるレディ・ナーガの強い働きかけがあったらしい。
アフリカの静止都市ザグワも、ふたたび協力関係を結ぼうとしていた。そのために、レディ・ナーガが大使として派遣される。ザグワは歓迎するが、レディ・ナーガは〈グリーンストーム〉内部の不満分子に狙われていた。
襲撃未遂事件が起こり、レディ・ナーガは極秘帰国することになる。ありふれた商用飛行船が選ばれ、セオ・ンゴニが船長に抜擢された。セオは飛行船を操れるし、エアスペラント語に通じている。
セオははりきるものの、過激派はレディ・ナーガの身辺に入りこんでいた。飛行船は墜落させられてしまう。
一方、レン・ナッツワーシーは父トムと共に、飛行船〈ジェニー・ハニヴァー〉号に乗っていた。
移動都市ペリパテタイアポリスに滞在中、トムはクライティ・ポッツを見かける。クライティは壊滅したロンドンの史学士だった。なつかしさにトムは声をかけるが、クライティは否定し、クルーズ・モーチャードと名乗った。エアヘイヴン船籍の〈アーケオプテリクス〉の船長だという。
納得がいかないトムは、クルーズのことを調べようとする。そして、ムルナウ市長の息子ヴォルフ・コボルトと出会った。
ヴォルフの話によると、ロンドン大破の跡地にだれかがいるらしい。識別標をつけていない幽霊飛行船の噂もある。ロンドンの廃墟には、なにかがあるのだ。秘密を守るためなら20年のあいだ残骸のなかで暮らすのも厭わないほどの、すばらしいものが。
だが、ロンドンは軍事境界線の向こうだ。休戦協定が結ばれているとはいえ、まだ戦争は終わっていない。旧同盟の船だった〈ジェニー・ハニヴァー〉なら偽装できる可能性があった。
トムはロンドン訪問を要請されるが……。
前作を読んでから8年がたっていたので、さすがに忘れていそうだと、先の3部作を再読してから挑みました。大正解。
これまでの登場人物がちょこっと出てきたり、言及されたり。スポットの当たる人物が多く、経歴やら関係性のおさらいはほどほど。これまでの内容をそれなりに把握しておいた方がよさそうです。
それにしても『移動都市』冒頭の一場面のみのちょい役クライティが、ここで登場するとは。
あちこちで危機的状況が起き、出会いがあり別れがあり、救出やらトラブルやらが発生して物語はどんどこ加速。場面転換はスピーディー。事態は収束していき、伏線が回収されていきます。
なんとも美しいラストが印象的。
ただ、手紙文で採用されたフォントだけは、別のにして欲しかった……。
トビーは、野良犬の子としてこの世に生を受けた。
母犬や兄弟姉妹と暮らしていたが、ある日、人間の男たちに捕まってしまう。指示していたのは人間の女で、セラョーラと呼ばれていた。トビーと名づけたのはセニョーラだ。
トビーたちが連れていかれたのは、たくさんの犬がいる飼育場。
ある日、飼育場に知らない男たちがやってくる。セニョーラは抵抗したが、犬たちは次々と運ばれていった。トビーもどこかの施設に連れられていく。眠くてたまらなかった。
トビーが気がついたとき、まだほとんど歩けないとても小さな子犬に戻っていた。新しい家族と新しいお母さんがいて、新しい家もある。
トビーは動けるようになると、前の犬生で覚えたことをやった。ゲートのドアノブを動かしたのだ。そして戸外をうろついた。
トビーを拾ったのは、トラックの運転手だった。男は、煙のような匂いと、涙が出るような刺激の強い匂いをさせている。トラックのシートに座らせてもらえたトビーはうれしくて仕方がない。
ところが男は、「一杯やるだけ」と言いながらいなくなってしまった。つまらないトビーは眠ってしまう。目覚めたとき、車内はとても暑くなっていた。
トビーがどんなにがんばっても、外に出ることができない。ついには震え始め、視界がぐるぐる回るように感じた。
トビーは、窓を割った女に助けられた。それから、はじめて人間の子供と出会った。それがイーサンだった。
トビーはイーサンによって、ベイリーと名づけられる。
こうして、イーサンとママとパパとの生活が始まった。
ベイリーはイーサンが大好き。ベイリーは、少年とはまったく世界で一番素晴らしい存在だと思った。ほとんどの時間をイーサンと過ごすが……。
映画『僕のワンダフル・ライフ』の原作。
犬視点の転生もの。
転生するには死ななければならないので、何度かそういうシーンがあります。アメリカでは、去勢か避妊されて最後には安楽死させるのが一般的なようです。
出来事はベイリー基準で語られ、人間視点の補足はありません。とはいうものの、かなり擬人化されている印象。
ベイリーは自分至上主義で、他者を見下してます。母犬や兄弟姉妹に対してもそう。猫については悪意すら感じる。そういう性格がどうもひっかかってしまいます。
泣けるけれど、幻滅もしました。
ザッカリー(ザック)・ユリシーズ・ライトマンは高校生。
授業中、教室の窓から、ぴかぴか光る銀色の円盤が空にジグザグ模様を描いているところを目撃した。円盤はすばやい速度で移動しながら、何か探査でもしているようだ。
ザックは幼いころより、世界がひっくり返るようなぶっ飛んだできごとが起きないかと、待ち続けていた。
だが、円盤が近づいてきたとき仰天する。それは、オンラインゲーム《アルマダ》に登場する戦闘機だったのだ。敵キャラである、ソブルカイ星軍のグレーヴ・ファイターだった。
自分以外に外を見ているものはいない。ザックは、幻覚を見ているのではないかと不安に陥ってしまう。
ひとつの疑惑があった。
父ゼイヴィアのことだ。生まれてすぐに亡くなったため、直接は知らない。遺品の中に、幻覚を見ていたような記述があった。ゼイヴィアは、心を病んで壮絶な妄想にとらわれていたようなのだ。
当時ゼイヴィアは、ビデオゲームを通じて、自分でも気づかないうちに戦闘訓練を受けていると思いこんでいた。その極秘プロジェクトには、アメリカの陸海空に海兵隊、国連加盟国の一部に加え、エンターテインメント業界とゲーム業界も加担。彼らは、才能あるゲーマーを世界中からかき集めて何かをさせようとしている。
ザックは、父の幻覚を受け継いだのではないかとおののく。それもこれも、《アルダマ》ばかりやっていたためだ、と結論づけた。
ところが翌日、ザックが登校すると、校舎の昇降口前に見慣れたシャトルが降りてくる。《アルマダ》のATS−31航空宇宙軍用シャトルだ。側面には、地球防衛同盟軍の紋章が入っていた。
目撃したのはザックだけではない。何十人もの生徒が呆然としていた。
ザックはそのとき、地球防衛同盟軍が現実に存在していることを知った。それは地球規模の極秘軍事提携組織で、エイリアンの侵略から地球を守っているという。
《アルマダ》で好成績を収めているザックはスカウトされるが……。
すごくクセのある、小説のような妄想のような。
基本的に、一直線。
序盤ですべてを説明しようとするので、肝心の地球防衛同盟軍の実在が判明するまでがとても長い。ザックの両親のこととか、バイト先のお店のこととか。とりわけゼイヴィアの妄想ノートは懇切丁寧に紹介されてます。
それらの解説が後で役に立つ、と言えなくもないものの、物語を停滞させてまで必要だったかは疑問。
SF関係の小説やら映画やら、次々と名前が出てきます。本筋に関わっているものもあれば、コネタで使われるものもあり。映画「未知との遭遇」は把握しておかないと、意味不明かも。
ゼイヴィアの陰謀説を自分でも考えていたことのある人なら、すごくわくわくしながら読めると思います。逆に、シュミレータと現実には落差があると思っている人は、引いてしまいそう。
老人サンチャゴは、漁師。ひとりで小舟に乗ってメキシコ湾流へ漁に出る。いままでは、少年マノーリンが一緒だった。
少年が初めて舟に乗ったのは5歳のとき。ずっと老人が漁を教えてきた。だが、40日間なにも釣れず、少年は、親の言いつけで別の船に乗った。
そちらの船には幸運があったらしい。老人は、まだ一匹も釣れていない。
少年は老人になついていたので、老人が海から帰ってくるときにはいつも浜へ迎えに出て、いろいろと手伝った。
老人はひとりで、85日目の海に舟を漕ぎだす
いまは運がなくなっただけのこと。まだわからない。きょうにも運が向くかもしれない。
老人は、まだ暗い港を外海へ向かう。
大海原で、軍艦鳥を見た。黒い翼をすらりと張り出し、前方上空を旋回している。老人はゆっくりと漕いで、鳥が旋回するほうへじりじりと迫った。
海面ではトビウオの群れが湧き上がっていた。大きなシイラが逃げるトビウオを追っている。とても速かった。
そして、仕掛けたロープに動きがあった。様子をさぐるような、たいして手応えのない引きだ。
老人には海中の動きが分かっている。食いついた魚には何も気取られずに、ロープを繰り出していく。やがて、おっとりした引きがあり、そのあとで激しいものが来た。とんでもなく重い。
魚はゆっくり遠ざかろうとしているらしい。老人は小舟ごと引っぱられていくが……。
ヘミングウェイ文学の最高傑作、と言われている作品。
老人のロープに食らいついたのが、巨大なカジキ。1日かけても釣れません。だからといって老人は諦めたりしない。
海に出た老人は、ひとりごとを連発します。鳥に話しかけたり、魚に話しかけたり、自分の手に話しかけたり。
なかでも、たびたび出てくる
「あの子がいたらな」
が、すごくいい。
訳者による解説がついてます。
ヘミングウェイは省略の多い作家だそうで。書きすぎないところに良さがあるんでしょうね。ただ、知ったうえで書かないことと、なにも知らないから書かない、ということには大きな差があります。翻訳の苦労がしのばれます。
この解説も、読んでよかったと思わせる内容でした。本作の結末まで触れているので、はじめて読むなら解説は後でどうぞ。
リンバロストの森に職を求めてやってきた少年は、そばかすと名乗った。
そのときリンバロストは、マクリーンが2000エーカーほど借りていた。マクリーンは、木材の購入と伐採、製材所への輸送を仕事としている。きっちりした性分で、規律には厳しいが、どんなときも親切だ。人柄が際立って素晴らしい真の紳士であり、多大な財をなしていることは誰もが知っている。
そばかすは、マクリーンに問われて出自を語った。
そばかすは赤ん坊のころ、黒いあざと、片手を切り落とされた状態で孤児院の階段に置き去りにされていたのだという。孤児院で育ち、法律で定められた年齢を超えてからも、数年を過ごした。
院長が変わったときそばかすは、男の子が欲しい家庭があると、遠くへやられてしまった。そのとき院長は、片手がないことを伝えなかった。そばかすは、そこの家の人たちにさんざん痛めつけられ、逃げ出すしかなかった。。
遠くまで逃げおおせたそばかすは仕事の口を探したが、どこに行っても言われることは同じ。大柄で力が強く、健康な男しか募集していない、と。
実は、マクリーンが採用を考えていたのもそういう男だった。というのも、リンバロストの森には危険があふれているのだ。高価な木を狙う輩もいる。勇敢で力が強い男に守ってもらう必要があった。
だが、マクリーンはそばかすの、ゆるぎない誠実さと切ない心情に心を動かされる。こうしてそばかすはマクリーンに雇われ、リンバロストの管理人となった。
そばかすがはじめてリンバロストの森を歩いたとき、あらゆるものが危険に感じた。ほんのちょっとした音にも恐怖で震えてしまう。マクリーンの言ったことは本当だったのだ。
それでも数週間が過ぎると、違ったものの見方ができるようになった。はじめての給料をもらい、余裕が出てきたこともある。そばかすは、怖いもの知らずになっていった。
なにより、リンバロストは美しい。そばかすは、草花や昆虫、鳥たちについてもっと知りたいと、欲求を重ねていく。
マクリーンは時折、そばかすの様子を見守っていた。そばかすはいつでも、誠実にたくましく仕事に精を出している。マクリーンはいつしか、そばかすを息子のように思い始めるが……。
100年前(1904年)のナチュラリストによる少年の成長(?)物語。
そばかすは登場時には、すでに好人物。それまで惨めな人生だったとしても、犯罪に走ることもなく、礼儀正しく、思慮深く、正直者で、ほぼ完成されてます。他者の親切にいちいち感動するそばかすに、こちらも心揺さぶられます。
終盤、唐突な急展開があるのですが、解説によると、当初の結末では原稿が売れず、読者受けがいいものに書き直したとか。あー、それであの奇跡の大転換か、と。
ただ、マクリーンに出会うまでのそばかすの人生を思うと、そのくらいでちょうどいいのかも。おかげで200万部超の大ベストセラーになって、100年経った今でも読むことができるのですから。
2019年02月01日
フランク・ハーバート(酒井昭伸/訳)
『デューン 砂の惑星[新訳版]』全三巻
ハヤカワ文庫SF2049〜2051
皇帝シャッダム4世の治世72年。
惑星カラダンを治めていたレト・アトレイデス公爵は、惑星アラキスに移封されることになった。アラキスは、砂の惑星(デューン)として知られている。
アラキスには、砂漠の辺縁付近に得体の知れない民族が隠れ住んでいた。彼らはフレメンと呼ばれ、砂の精霊のように神出鬼没。帝国統計局も実勢を把握しきれていない。
アラキスは抗老化作用のある香料メランジの唯一の算出地として、莫大な富をもたらす。だが、アトレイデス公爵にとってはいいことばかりではない。
アラキスはこれまで、ハルコンネン男爵が統治していた。アトレイデス家とハルコンネン家は対立関係にある。今回の移封がハルコンネン男爵の罠であることは明らか。皇帝も承知らしい。
このとき、アトレイデス公爵の一人息子ポールは15歳。
ポールは母のレディ・ジェシカにより、〈観法〉に則った教育を施されていた。
レディ・ジェシカは、ベネ・ゲセリット学院の出身。
〈大反乱〉で機械という道具を失った結果として、人はみずからの精神を発達させる道を選ぶほかなくなった。人間の能力を訓練する機関があいついで創立されたが、ベネ・ゲセリットもそのうちのひとつ。
ベネ・ゲセリットの教母ともなれば、肉体自体に受け継がれた記憶の中にあるたくさんの場所を、いちどきに俯瞰できるようになる。ただし、女系の過去に限定される。やがて生まれる〈クウィサッツ・ハデラック〉ならば、女系の過去と男系の過去を、両方とも観ることができるという。
レディ・ジェシカは、わが子が〈クウィサッツ・ハデラック〉になるかもしれない、と期待していた。ポールは時折、予知夢を見るのだ。まだ、その意味は分からない。
アラキス移封の準備は着々と進み、ついに公爵家がアラキスに降り立った。
ハルコンネン男爵の工作が、徐々に明らかになっていく。アトレイデス公爵は警戒を強めるものの、医師のユエ・ウェリントンの裏切りには気づけなかった。
ユエはアトレイデス公爵を憎んでいたわけではない。愛妻ワナが、ハルコンネン男爵の人質にされていたのだ。
ユエの裏切りにより、アトレイデス公爵は失脚した。ポールとレディ・ジェシカは砂漠に逃げ出し、フレメンに保護を求めるが……。
長大な《デューン》シリーズの第一部。
各章に、後年に書かれた書物らしきものからの抜粋が載っています。冒頭にあるのは、ムアッディブについて。このムアッティブがポールのことであることはすぐ分かります。ユエの裏切りも早々に明かされます。
実際に物語が大きく動き出すのは、上巻の終盤になってから。
そこまで、アラキスのこととか、ベネ・ゲセリットのこととか、丁寧に丁寧に紡がれていきます。
それ以降の軸となるのは、ポールの復讐物語。フレメンと交わることで、今度はフレメンのことが丁寧に丁寧に語られます。
フレメンには予言者伝説があるのですが、実は、ベネ・ゲセリットが関わってます。そのおかげでポールとレディ・ジェシカはフレメンたちに受け入れられていきます。
とにかく丁寧さが際立っていました。そのため、あっさり片付けられたエピソードが悪目立ちしている印象。
もっと読みたかった〜。そういうことから、続編がたくさん書かれていったのでしょうね。
2019年02月02日
ジュール・ヴェルヌ(荒川浩充/訳)
『十五少年漂流記』創元SF文庫(電子書籍版)
イギリスの植民地ニュージーランドに、チェアマン寄宿学校はあった。学んでいるのは、その地方の上流家庭の子どもたち。地主や、資産家、商人、あるい官吏の息子たちだった。
1860年。
2月からはじまる休暇を利用して、航海に出る計画がたてられた。参加するのは、8歳から14歳までの少年たち、14人。予定は6週間。保護者たちが手配したスクーナーのサルキー号で、ニュージーランドを一周する。
少年たちは、ほとんどがイギリス人だ。そんな中、ブリアンとジャックの兄弟はフランス人だった。
最上級生のブリアンは、優秀なのに勉強が好きではない。しばしばびりになるが、その気になりさえすれば、たちまち優等になってしまう。大胆で、物おじせず、体操がうまく、頭の回転が早く、そのうえ親切で、人がいい。
同級生のドニファンは、そんなブリアンに嫉妬していた。ドニファンは聡明で勉強熱心。学問好きであると同時に負けず嫌い。高圧的な性格で、いつでも人を支配したがる傾向があった。
ふたりと同じ第五学級には、ただひとりのアメリカ人ゴードンもいた。ゴードンは公平な精神と実際的な感覚をもっていて、イギリス生まれではないけれども尊敬されている。
出発の前夜、準備万端整ったサルキー号に少年たちは落ち着いた。船長も乗組員も、まだ乗船していない。生徒たちを出迎えたのは甲板長と見習水夫だけ。
甲板長は港の酒場へ行ってしまい、子どもだけが船に残った。
モコは、12歳の黒人見習水夫。自分の場所で眠っていたが、いつもの返し波とはまったく違う大きなうねりに揺られているのに気がついた。そのときスクーナーがいたのは、岸から3マイル離れた湾の真ん中。係留索が解けてしまったらしい。
少年たちとモコは港へ戻ろうとしたが、スクーナーは引き潮に乗ってしまった。早い速度で流され、風のままに運ばれていく。止めることも速度をゆるめることもできなかった。
数日後、サルキー号は嵐と遭遇する。嵐は、2週間にわたって異常な激しさで吹き荒れた。なんとか乗り切ったものの、太平洋上の未知の土地で座礁してしまう。
スクーナーは船底がこわれ、左舷に大きく傾いていた。もはや航海はできない。
あたりを探検した少年たちは、そこが無人島であることを知った。助かるには、通過する船に気がついてもらうしかない。少年たちはそこをチェアマン島と名付け、生きのびようとするが……。
少年たちの冒険もの。
主な登場人物はイギリス人ですが、フランスの読者向けに書いたんだな、という表現がそこかしこに。
生活がうまくいくにつれ、ブリアンとドニファンの対立が決定的なものになっていきます。ふたりの間に入るのは、ゴードン。ゴードンは初代大統領に選ばれます。
大統領選で黒人のモコに選挙権がないことがサラっと書かれているのが、時代だなぁ、と。(1860年はアメリカ南北戦争の前年)少年たちが、モコの見習水夫という経験を尊重しているのは救いでした。(選挙権はなくても大統領にはなれるらしい)
それと、序盤から、ジャックの態度がおかしいことが明かされます。理由は明々白々なのですが、誰も察しないのは、しっかりしてはいても子供だから、というところでしょうか。
発表されたのは150年前。価値観はそのころのものです。古さは否めませんけれど、その時代だからこその物語。よくぞ書いてくださいました。