書的独話

 
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02月13日 活字の『航路』はジクザクに
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2006年2月13日
活字の『航路』はジグザグに
 
 コニー・ウィリス『航路』は、臨死体験をテーマにしたミステリ。早川書房が毎年刊行している「SFが読みたい!」が選んだ2002年のベストSFでもあります。
 真面目なストーリーにドタバタがからんだ、笑ったり、感動したり、驚いたりできる不思議な物語。いろいろと反応させられてしまいました。今回の書的独話では、あらすじの紹介と同時に、そのときどきの感想も併せてご紹介させていただきます。
 ジョアンナ・ランダーは、科学誌に論文発表もしている認知心理学者。現在はコロラド州デンヴァーのマーシー総合病院に勤め、臨死体験(NED)の原因と働きを科学的に解明しようと研究中。そのためにNED体験者に聞き取り調査を行っているのだが、病院にはモーリス・マンドレイクもいた。
 マンドレイクはノンフィクション作家。トンデモ本『トンネルの向こうの光』は2500万部以上を売ったベストラーとなった。マンドレイクの主張では、NEDは《向こう側》からのメッセージ。印税の半分を病院に寄付し、自作の取材のため長期滞在しているところだ。
 マンドレイクの取材とは、誘導的に質問し、患者たちから期待する答えをひきだすこと。病院理事のひとり
エスター・ブライトマンがマンドレイクの信奉者であることもあり、病院側はマンドレイクの好き勝手にやらせている。だからこそ、他の病院からは敬遠されるようなNEDに関するプロジェクトも容認されているのだが……。
 ジョアンナは、患者たちの体験が歪められる前に面接しようと奔走していた。その努力もむなしく、早々と駆けつけたはずの
ミセス・ダヴェンポートは、マンドレイクの影響を受けた後。ミセス・ダヴェンポートは、次々と体験談を思い出していく。

 このミセス・ダヴェンポートが、物語の最初に登場する患者さん。ジョアンナの誘導にならない質問の仕方が、このシーンでだいたい飲み込める仕組み。と同時に、マンドレイクのいけないところも。
 やっぱりうまいよなぁ、ウィリスは。
 と、関心してしまう出だしでした。

 マンドレイクの洗脳をはねつけられる患者も中にはいる。そのひとり、メイジー・ネリスは入退院を繰り返している心臓病の少女。大災害に興味をいだき、嘘をつかれることが大嫌い。引き止めの天才でもある。
 そして、もうひとり。
カール・アスピノールは、2ヶ月前に入院したときから昏睡状態にあった。さすがのマンドレイクも、意識がないのでは手も足も出せない。それはジョアンナも同じこと。カールはときどき手足を動かしたりつぶやいたりするが、どこにいてなにを見ているのか、教えてはくれない。

 そんな中、救急救命室(ER)に勤める親友ヴィエル・ハワードから、連絡が入った。救急車の中で心停止し、直後に蘇生した患者が運び込まれたのだ。
 ジョアンナが駆けつけたとき、
グレッグ・メノッティは看護士が持て余すほど元気いっぱいだった。グレッグは心臓発作を認めない。週に3回、ヘルスクラブでワークアウトをしているから、と。ジョアンナは聞き取り調査をするが、グレッグはなにも覚えていなかった。それどころかナンパしてくる始末。
 あきれるジョアンナ。その目前で、グレッグはふたたび心停止に陥ってしまった。グレッグはただちに心肺蘇生措置を受け、うわごとを繰り返す。
「58」
「遠すぎて来られない」
 グレッグはそのまま帰らぬ人となった。
 ジョアンナはグレッグの臨終の言葉が気にかかり、グレッグと“58”の関係を探ろうとする。しかし、電話番号も住所も、まったく別の番号だった。
 グレッグの言った“58”とはなにを意味しているのか?

 一方、神経内科医のリチャード・ライトは、必死になってジョアンナを捜していた。
 リチャードがマーシー総合病院にやってきて6週間。病院は、 サウス・ジェネラル、マーシー・ルーサラン、看護学校の3つが併合した結果、迷宮のような構造をしていた。なかなか道を覚えることができないリチャード。

 というわけで、序盤は2人の主役のすれ違いの連続。コメディでよくお目にかかるパターン。

 リチャードは病院に詳しくないので、病院職員に道を尋ねたり案内してもらったりして、ジョアンナのいそうなところへ移動します。一方のジョアンナは熟練者。マンドレイクを避け、ミセス・ダヴェンポートを避け、ときにはメイジーをも避けるためにいろいろと考えて行動します。
 実は、ジョアンナはリチャードのことも避けてます。ポケベルを持ち歩いていて、面識のない“ドクター・ライト”から呼び出されていることは承知しているものの、過去の苦い経験から、連絡する気にはなれない……。というのも、NEDに関してはマンドレイクのような輩が一般的。ジョアンナをつかまえて、自分のトンデモ体験を長々と披露するドクターなんてのもいたわけです。

 このすれ違い劇、どことなく『ドゥームズデイ・ブック』を彷彿とさせます。同じ作家なんですから仕方ないことでしょうが。それで、笑えると思うし確かにおもしろいんですけど、心底おもしろがれませんでした。なんだか二番煎じのような感じで、またか、と。
 もっと純粋に楽しめばいいのにねぇ。

 リチャードは、NEDを脳のサバイバル・メカニズムだととらえていた。死に瀕している脳の中でなにが起こっているのか、それが解明できれば、心停止した患者の蘇生に応用できるはず。
 リチャードの研究プロジェクトでは、被験者にジテタミンを投与することで疑似臨死体験させ、脳の神経活動を記録したうえで面接調査をする。被験者たちの主観的な体験は、脳のどの部位が興奮し、どんな神経伝達物質が関係しているかを示す指標となるのだ。
 ところがリチャードには、被験者たちの体験が本物のNEDとおなじ種類の現象なのか、それとも全然べつの種類の幻覚なのか、見分けることができなかった。しかも彼らの話は要領を得ず、つかみどころがないものばかり。ジョアンナの経験とノウハウを渇望するリチャード。

 数多のすれ違いを得て、二人はついに共同研究を始めます。全60章からなるこの大長編の中で、第5章でのこと。とはいえ、これまでの4章分の時間は無駄にはなりません。
 マーシー総合病院の複雑怪奇な構造、マンドレイクの傲慢さ、メイジーの災害に対する尋常ならざる執着心、グレッグの謎の言葉、ジョアンナがヴィエルと開くディッシュ・ナイト、その他さまざまなことが絡み合いながら、展開していきます。

 リチャードの共同研究者となったジョアンナは、採用された被験者たちのチェックを始める。ある程度は予想していたことだが、リストには、マンドレイクのスパイや、NEDをでっちあげる輩が名を連ねる有様。被験者には、白紙の状態の人間が必要不可欠なのだが……。
 次々と弾いていった結果、残った被験者はわずか8人。その中で有望なのは学生の
アミーリア・タナカただひとり。ジョアンナはアミーリアの実験に立ち会い、覚醒前につぶやいたアミーリアの恐怖を聞き取った。
「ああ、だめ、ああ、だめ、ああ、だめ」
 ところがアミーリアは、否定的な記憶を持ち帰っておらず、幸福感を証言する。あの恐怖はなんだったのか?

 アミーリアの示した恐怖のあたりから、怖さがじわじわと。なんだか周囲の気温が下がったかのような感じ。恐怖に不可思議さがくっついてますます怖い。
 やがて、アミーリアが辞めると言い出します。プロジェクトの存続をかけ、ついにジョアンナが自己実験を行うことに。

 ジョアンナは、闇に包まれた狭い通路にいた。NEDを経験しているところなのだ。通路の先には光があり、光を背にして、白い服を着た人物が……。

 ジョアンナは、この場所がどこだか知っている感覚に襲われます。それは、ぞっとするような恐怖と共にある感覚。思い出せないもどかしさと、恐怖感と。
 ホラーってあんまり読みませんし、映画などで鑑賞することも滅多にありません。だから免疫がないってだけかもしれませんけど、とにかく怖い。

 ジョアンナがNEDを重ね、考え、そして迎える第二部。

 リチャードはジョアンナから、あれがどこだか分かったと報告を受けた。側頭葉の既知感は、そういう感覚があるだけで実体を伴わないはずなのだが。しかもジョアンナは、あれはタイタニックだというのだ。

 がくっ
 ときました。

 タイタニックですか。
 タイタニックときましたか。

 もう、怖さはなくなりました。これっぽっちも。
 第二部でジョアンナは、そこが本当にタイタニックなのかどうか、確かめようとします。メイジーにタイタニックのことを調べさせたり、映画は好きだけど「タイタニック」は嫌いなヴィレルに、あるシーンを確認してもらったり、タイタニックの話をしてくれた教師に会いにいったり。どんどん確証を強めていきます。
 しかし
 なぜ、タイタニックなのか?
 誰もがタイタニックなのか?

 ジョアンナはNED内部で探険をつづけ、ある人物に遭遇します。タイタニックに乗ってるはずのない人物に。
 びっくりというより、脱力。
 正直、ギャグかと思いました。

 と、ここまでで物語の半分。
 折り返し点まででこんなにいろいろなことがあって、感心したり、冷めてたり、怖がったり、盛り上がったり、ストンと落とされたり……。ジクザクした航路を描きながら、なおも物語はつづきます。

 最終的には『航路』は傑作。
 今年のベスト本に入れるつもりです。


 

 
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