ノンフィクションだけど冒険もの。
滅法おもしろい!
と小耳にしました。それが、
サイモン・シンの『フェルマーの最終定理 −−ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』(新潮社)
学校では三平方の定理で習ったような気がしますが、最近はピタゴラスの定理?
x2+y2=z2
直角三角形の斜辺の2乗は、他の2辺の2乗の和に等しい
この方程式の2乗部分をもっと大きくしたらどうなのか?
というのが、フェルマーの最終定理。
xn+yn=zn
この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない
ピエール・ド・フェルマーが、ディオファントス(古代の数学者)の『算術』の余白に、証明できたと書きこんで360年。誰もこれが正しいことを、あるいは間違っていることを証明できなかった。けれども、ついに1994年、アンドリュー・ワイルズが証明したのです。(論文誌掲載は1995年)
フェルマーは、近代数論の父と呼ばれているけれど、とても意地の悪い人で、数学的な定理や予想を披露しながら証明部分は内緒にしてた。というのも、プロの数学者ではなくってアマチュアだったから。あくまで自分の楽しみのため、数学に取り組んでいる人だったんですね。
フェルマーが持っていたディオファントスの『算術』には、48ヵ所におよぶ書き込みがあって、フェルマー自身は公表する気なんてこれっぽっちもありませんでした。けれどフェルマーの死後、息子のサミュエルが書き込み入りの『算術』を刊行したため、世間の知るところとなったのです。
48種類の予想は、正しいのか正しくないのか、次々と検証されていきました。そうして最後まで残ったままになっていたのが、問題の式。そのため、フェルマーの最終定理と呼ばれるようになりました。
パッと見シンプルなのに、証明しようとすると一筋縄でいかない難しさ。難問中の難問として「未解決問題」の代名詞のように語られてました。
ワイルズが証明するまでは。
さて、冒険ものだという、本書。
タイトルは「フェルマーの最終定理」ですが、証明を延々と解説した本ではありません。
著者のサイモン・シンは、科学ジャーナリスト。
BBCテレビのドキュメンタリー番組「ホライズン」のジョン・リンチに声をかけられて「ホライズン −フェルマーの最終定理」の番組制作に関わり、さらに本にまとめたのが本書。
一般の人に読んでもらおうとしているのがよく分かる内容でした。数式はなるべく載せずに、簡単かつ必要不可欠なもののみ。興味のある人には、補講という形で巻末に補足説明もあります。
だいたい、こんな感じ。
フェルマーの最終定理が誕生するまでの数学界のあれこれ
フェルマーの最終定理に挑んだ数学者たちのあれこれ
フェルマーの最終定理を証明したワイルズのあれこれ
最初に翻訳出版されたのは2000年ですが、内容が古びることなく、今でも文庫版が手に入ります。
数学が信仰対象だったこと。数字の持つ美しさ。証明することの意味。数学者たちが築き上げてきたこと。
物理とか化学の「正しい」は、正しい可能性が極めて高いという意味での正しさで、新たな発見があれぱそれまでの正しさは崩れ去ってしまう。けれど、数学の「正しい」だけはゆるぎがなく、絶対なもの。新たな発見も、これまでに積み立ててきた証明の上になりたっているもの。
数学者の言う「正しい」は絶対的に正しい。
だからこそ、どうして正しいのか、あるいはどうして正しくないのか、きちんとした証明が必要なのです。
数学の美しさに触れたら、いきおいで数学者の本を読みたくなるもの。たまたま本文中に、フェルマーの最終定理に絡んで、アーサー・ポージスの短篇「悪魔とサイモン・フラッグ」が取り上げられていました。世紀の難問「フェルマーの定理」の解を悪魔に問う物語です。
タイトルに聞き覚えがあって調べてみたら、読んでました。
しかも、まだ所有してました。
幻想数学短編集の『第四次元の小説』に収録されてます。
残念ながら、数式は古びないけれど、その他の部分は古びてしまうのですね。この物語が書かれたころ、フェルマーの最終定理は証明されておらず、もしかしたら正しくないんじゃないかって話まであったようです。
「悪魔とサイモン・フラッグ」で悪魔を呼びだした数学者は、魂をかけて取引きをします。「いかなるものも24時間以内にこの質問に答えられない」とふんで。でも、内心、答えを知りたかったんだろうな、と。
ちょっとおもしろかったのが、サイエンスライターのコラムの執筆時期が1994年7月だったこと。
最初にワイルズの証明達成宣言がされたのが、1993年6月。その後、査読の段階で証明に不備が見つかったのです。そのためコラムでは、やっぱり未解決ながらも、完全な証明への道筋はほぼみえてきたらしい、と綴られてます。
ワイルズが証明を完成したのは、1994年9月。本の刊行スケジュールが2ヶ月ずれていれば、解決済みって書けたのに。
まさに、そのころのワイルズの様子が、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』で読めます。
滅法おもしろい!
というサイモン・シンの『フェルマーの最終定理』。
ふだんノンフィクションを読まない人にもおすすめ。