書的独話

 
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2018年10月21日
事実は小説よりも…
 

 ハリエット・アン・ジェイコブズの『ある奴隷少女に起こった出来事』を読了。
 分類としては、ジェイコブズがリンダという名前を使って書いた「伝記」になります。(48歳までの半生記)

 リンダ(ジェイコブズ)は、1813年にアメリカ・ノースカロライナ州で生まれた黒人奴隷女性。6歳までは両親の庇護のもとにあり、自分が奴隷であることを知りませんでした。
 母が亡くなったことが最初の転機。奴隷という境遇は、母から子へと伝わります。そのためリンダは、母の所有者だった女主人の家で暮らすことになります。
 ただ、この女主人は(奴隷所有者としては)たいへんいい人でした。読み書きを覚えたのはこの時期。
 次の転機は、12歳のとき。やさしかった女主人が亡くなってしまいます。奴隷は相続財産でした。
 新しくリンダの主人になったのは、ある少女。少女の親であるドクター・フリントが事実上の所有者となります。このドクター・フリントの奴隷になることで、リンダの不幸が始まります。

 『ある奴隷少女に起こった出来事』でとりあげられているのは、ドクター・フリントとの闘いの記録です。
 いかにしてドクター・フリントの要求を退けるか。自由を求めて逃走し、どうやって身を隠したか。北部の自由州で、どんな生活をしたか。

 さて、「BOOK」データベースを見て、大和書房版と新潮文庫版で紹介文が違うことに気がつきました。(訳者が同じなので、おそらく内容は同じ)

 大和書房版ではこんな感じ。
 1820年代のアメリカ、ノースカロライナ州。自分が奴隷とは知らず、幸せな幼年時代を送った美しい少女ハリエットは、優しい女主人の死去により、ある医師の奴隷となる。35歳年上のドクターに性的興味を抱かれ苦悩する少女は、とうとう前代未聞のある策略を思いつく。衝撃的すぎて歴史が封印した実在の少女の記録。150年の時を経て発見され、世界的ベストセラーになったノンフィクション。

 一方、新潮文庫版ではこんな感じ。
  好色な医師フリントの奴隷となった美少女、リンダ。卑劣な虐待に苦しむ彼女は決意した。自由を掴むため、他の白人男性の子を身篭ることを―。奴隷制の真実を知的な文章で綴った本書は、小説と誤認され一度は忘れ去られる。しかし126年後、実話と証明されるやいなや米国でベストセラーに。人間の残虐性に不屈の精神で抗い続け、現代を遙かに凌ぐ"格差"の闇を打ち破った究極の魂の物語。

 大和書房版で「前代未聞のある策略」というのが、新潮文庫の「他の白人男性の子を身籠る」という出来事。リンダは「他の白人男性の子を身籠る」ことで、ドクター・フリントが自分を手放すと考えたんです。

 当時、リンダの住んでいたあたりは、都会ではないものの、他人の目がそこそこある田舎町。ドクター・フリントは妻帯者で、高度な専門職にある自分の体面を保つ必要がありました。自分の所有物とはいえ、リンダに手を出すことはできなかったんです。少なくとも、人前では。
 ドクター・フリントには、嫉妬深い妻がいました。そのため自宅内でも、リンダに襲いかかることはできません。ドクター・フリントは、なんとかふたりきりになろうと画策しますが、リンダは策をめぐらして抵抗します。
 フリント夫人が味方になってくれればよかったんですけど、残念ながら、敵でした。

 ジェイコブズは奴隷制を憎んでました。文中でリンダとして、白人たちのためにもならない、と主張してます。
 奴隷制さえなければ、彼らはよい人間でいられただろうに、と。フリント夫人も、奴隷制さえなければ、ふつうの奥さんでいられたはずなんです。

 本書の読者対象は、北部の白人女性たち。南部で囚われの身である200万人の女性について知ってもらいたい、という思いをこめて。
 そのため、単純な告発本にはなってません。 奴隷制は、奴隷にされる人間だけでなく、主人となる人間にとっても不幸なこと。そういう誰にもかかわることを伝えたかったのだろうな、と。

 本国で出版されたのは、1861年。南北戦争がはじまった頃です。
 そのときには、匿名だったこともあって、白人が書いたフィクションとして受けとめられました。黒人奴隷は、ふつう読み書きできませんから。
 そして忘れられました。
 それから126年たった1987年、歴史学者が、リンダというのはジェイコブズの筆名であることを発見しました。ジェイコブズは、南部で解放奴隷のための学校《ジェイコブズ・スクール》を設立したり、黒人のための資金集めをしたりしていた時期があり、ちょっと知られた人物だったんです。

 ハリエット・アン・ジェイコブズの『ある奴隷少女に起こった出来事』は、壮絶すぎて事実ではないと思われてました。でも、多少の記憶違いはあるものの、実際に起こったことだったんです。

 再発見されて、本当によかった。
 また忘れられないように、読まなければなりませんね。


 

 
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