書的独話

 
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2019年05月08日
夢想の研究
 

 瀬戸川猛資の『夢想の研究』(早川書房)を読みました。
 読むきっかけは、マーク・ホダーの『バネ足ジャックと時空の罠』(創元海外SF叢書)。歴史改変SFで、19世紀英国が舞台のスチーム・パンク。2015年に出版されていたもの。
 三部作の第一部で、それなりに時間がかかりそうなので後回しにしてました。でも、もう4年も経つし、いいかげんに読んでしまおうと思いはじめたところ、amazonのカスタマーレビューで、

話がバートンとスピークのナイル川に水源論争で始まる」ということ、「水源論争に関しては、故瀬戸川猛資著「夢想の研究」の「月の山脈」と「裏切る現実」の章に詳述されている

 という記述を発見。それならば先に当たってみようと回り道をした次第です。

 この『夢想の研究』がどういう本かというと〈ミステリマガジン〉で連載していたエッセイをまとめたものです。期間は、1989年1月号〜1991年9月号まで。
 ちなみに、早川書房版の「BOOK」データベースによると

 ミステリやSFの世界を生みだすのは、純粋に夢を追いもとめる少年のような想像力だ。気鋭の評論家が、豊富な実例をもとに、想像力の素晴らしさを解明する好エッセー。

 こんな感じ。
 今回、早川書房版を入手して読みましたが、絶版になってました。念のため調べてみたら、創元ライブラリからも出版されていて、そちらは今でも購入可能なようです。
 そちらの「BOOK」データベースは、

 本書は、本と映画を題材に、具体例を引きながら二つのメディアの想想力をクロスオーバーさせ、あくまで現実との関わりにおいて、だが大胆に想像力をめぐらせて夢想を論じるという、まさに類を見ない試みの成果である。そこから生まれる説のなんとパワフルで魅力的なことか。文芸評論に新しい地平を切り拓いた著者の真骨頂。

 こんな感じ。
 早川書房版では連載したそのままの文章で、ということでしたから、創元ライブラリ版も同じ内容かと思います。
 寡聞にして瀬戸川氏を存じませんでしたが、著者略歴によると、映画会社に勤務していたことがあり〈ミステリマガジン〉誌上で、海外ミステリの新刊書評を担当されていたそうです。海外ミステリと映画への造詣と愛着が強い、とありました。

 さて『夢想の研究』ですが、まえがきにつづく第一回「謎解き−−男だけの世界」で取り上げられていたのが、
 スコット・トゥローの『推定無罪』と、
 レジナルド・ローズ原作・脚本・製作、シドニー・ルメット監督による『12人の怒れる男』でした。

 よかった。
 どっちも知ってる。覚えてる。

 アメリカの裁判には〈被告人を無罪だと推定する〉という大原則があります。立証責任を課せられているのは、検察のみ。被告人は無罪だと考えている陪審員を相手に、検察は、被告人が有罪であることを立証しなければなりません。
 瀬戸川氏はそのことを『推定無罪』で気づかされ、とたんに『12人の怒れる男』を観なおしたくなった、という話。日本に陪審制度が導入されたら……なんて一節もあり。執筆したころには、まだ裁判員裁判なんてなかったんですね。

 つまり、本書に登場する最新作は、30年近く昔のもの。
 電車の中では大人が漫画雑誌を読んでいる時代。携帯電話はでかくて通話料も高くて、一般的だったのはポケットベル。
 10年ひと昔とはいいますが、30年ですものね。

 『夢想の研究』ではいろいろな本が紹介されてますが、比重としては映画が多めでした。
 それと意外なことに、〈ミステリマガジン〉での連載なのに、SFも顔をのぞかしてます。そのあたり、SFでミステリなんて受け入れられない層は反発するんでしょうけど、どちらも読む層としてはありがたいです。
 30年前近く昔の情報だとしても。

 閑話休題。

 そもそもの目的だった、バートンとスピークのナイル川水源論争について。
 アメリカ映画『愛と野望のナイル』に関連した話でした。なお、この映画の原作は、ウィリアム・ハリスンのベストセラー評伝『バートンとスピーク』(未翻訳)。
 瀬戸川氏は、この映画に不満があるようです。

 まず、原題の"Mountains of the Moon"をそのまま日本語に訳して「月の山脈」という題名にするべきだった、ということ。それと、映画の作り手たちに歴史観に対する認識が不足している、ということ。
 そこで、ドラマの前提をなす歴史的事実について解説が入ります。雑誌コラムなので、要素がギュギュっと圧縮されてます。とはいうものの1回では書ききれず、次の回でも取り上げてます。

 当事者ではないから言えることでしょうけど、すごい、の一言。そんなことが。題名を「月の山脈」にしろ、というのにも納得。
 今となっては映画を観ることが難しいのが、残念です。(DVD化されなかった)

 バートンとスピークのナイル川水源論争、関連書の紹介もありました。『バネ足ジャックと時空の罠』はもう少し待ってもらって、こちらの方を知りたくなってきましたよ。
 次につながる読書って、いいですね。


 

 
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