
2021年07月14日
橋本輝幸/編
ピーター・トライアス/ハオ・ジンファン/アナリー・ニューイッツ/ピーター・ワッツ/サム・J・ミラー/チャールズ・ユウ/ケン・リュウ/陳楸帆/チャイナ・ミエヴィル/カリン・ティドベック/テッド・チャン
(中原尚哉/立原透耶/幹遙子/嶋田洋一/中村融/円城塔/古沢嘉通/阿井幸作/日暮雅通/市田泉/大森望/訳)
『2010年代海外SF傑作選』ハヤカワ文庫SF2310
2010年代に発表されたSF中短編の傑作選。
AIものが多いのが印象的。かつて読んだことがあるテーマでも、最新のコンピュータが絡むとひと味違った味わいになりますね。
ピーター・トライアス(中原尚哉/訳)
「火炎病」
ある日突然、世界中に、火炎病の患者が現われた。視界に青い炎が見え続ける病は、原因も、治療方法もなにも分からない。どういうわけか、どの患者も、発症は太平洋標準時の午後7時56分だった。
あるベンチャー企業は、症状を視覚化しようと取り組んでいた。特殊な拡張現実(AR)エンジンでもって、患者の目に映る世界を再現しようというのだ。成功すれば、医師の診断を助け、ひいては治療に役立つはずだが……。
主人公は、火炎病に苦しむ元美術講師の弟。デジタルアーティストとして、ベンチャーに就職します。
昔からよくあるテーマのSF。最新技術が入ることでアプローチは変わってますが。
ハオ・ジンファン(立原透耶/訳)
(ハオは「赤」におおざと、ジンファンは「景芳」)
「乾坤と亜力(チェンクンとヤーリー)」
乾坤は、世界化されたAI。知らないことのない、万能の神だった。ただし、まだまだ学ばねばならないことはある。
亜力は、一貫した会話ができるようになったばかりの3歳半。両親はいつも仕事で忙しい。亜力の相手をするのは、2台の教育ロボット。
それまで乾坤は、亜力のためにさまざまなことをしていた。だが、交流はなかった。子供から学ぶことを要求された乾坤は、はじめて亜力に話しかけるが……。
AIと、テンプレな返事に納得しない子供とのやりとりが微笑ましいです。
易では、乾は「天」坤は「地」の意味があります。漢字圏の作者ですから、そこからの命名なのでしょうね。文字そのものが持っている意味を知っていると、いろいろと感慨深いです。
アナリー・ニューイッツ(幹 遙子/訳)
「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」
疾病対策センターは、公衆衛生調査のために特別なロボットを開発した。ロボットは継続して、不特定多数の人間と接触する。人口密度の高い大都市ならではの伝染病の発生をいち早く察知するためだ。
活動は順調だった。ところが、疾病対策センターの資金が尽きてしまう。クラウドは反応しなくなった。疫病分析システムが使えなければ、データ収集をしても意味がない。
ロボットは優先順位を変更した。
ロボットには、人間の言葉を理解するために、自然言語の習得及び翻訳のためのコード集が与えられている。そこで、当地の言語と人間の社交習慣の習得に集中することにした。手始めは、カラスたちだ。
ロボットはカラスの言葉を学んでいくが……。
シオドア・スタージョン記念賞受賞作。
タイトル通りの話です。タイトル通りで終わってしまうのはもったいないと思うのですが、昨今の流行りなのでしょうか。
ピーター・ワッツ(嶋田洋一/訳)
「内臓感覚」
マリアス・ガザリは発作的に怒りを爆発させて、グーグル社員を半殺しにした。
コミュニティの頂点にはグーグルのロゴが君臨している。そういった状況に、マリアスも反感を抱いている。だが、暴力は問題外だ。マリアスは、自分の行動を説明できずにいた。
そんなマリアスにグーグルは取引きを持ちかけるが……。
グーグルは、SFでの実名登場率が高い気がします。それも、たいてい悪役になっているような? 気のせいでしょうか。
サム・J・ミラー(中村 融/訳)
「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」
薬物に溺れたオットーを助けてくれたのは、トレヴァーだった。ドブから拾いあげてくれて、アパートメントに住まわせてくれた。オットーにとってトレヴァーは、恋人で恩人だ。
トレヴァーのアパートメントで、ディナー・パーティが開かれた。オットーは客のひとりであるアーラヴに惹かれてしまう。その夜、アーラヴだけがアパートメントに泊まっていった。
欲望に負けたオットーは、忍び足でアーラヴの部屋を訪れる。そこでは、トレヴァーがアーラヴに組み敷かれていた。
数日後トレヴァーは、人口の三分の一を奪った放射能の炎の輪のなかで命を落とした。
生き残ったオットーは、アーラヴと再会するが……。
文明を滅亡させたのは、タイトルにあるプログラム可能物質。それよりも、オットーの三角関係に目がいってしまいます。罪悪感を抱きつつも初対面の相手を性的に見てしまうオットーに、どうにも気持ち悪さを感じてしまう。いくら相手もゲイだからって。
チャールズ・ユウ(円城 塔/訳)
「OPEN」
ある日、部屋のど真ん中に「door」という単語があった。自分も妻のサマンサも、文字の存在を認めようとしない。そんな文字はそこに浮かんでいないみたいに振る舞っていると、文字の代わりに本物のドアが出現した。
サマンサはドアの向こうへ行き、酔っぱらって帰ってきた。
向こうでは、ディナーパーティをしていたという。カップルだらけで、みんながみんなを知っている。ふたりのことも知っている。
みんなふたりのことが大好き。この「わたしたち」ではない、わたしたちのことが大好きなのだ。
ふたりはドアの向こうに行っては「わたしたち」の演技をして楽しむが……。
ケン・リュウ(古沢嘉通/訳)
「良い狩りを」
梁(リアン)は、妖怪退治師の息子。13歳の誕生日に、妖狐の子、艶(ヤン)と知りあった。妖狐は人の心を盗む妖怪だ。しかし、妖狐にも言い分はあり、梁は、艶のことを父に告げることはできなかった。
それから11年。
世界は変わりつつあった。満州族皇帝が戦争に敗れ、あらゆるたぐいの譲歩を強いられている。外国人たちが新しい機械を持ち込み、古い魔法が消えていく。
もはや妖怪退治師に仕事はない。父が亡くなると梁は、荷物をまとめて香港へと旅立った。香港で艶と再会するが……。
梁と艶の関係が、年月をかけて語られていきます。時代に合わせて進んでいこうとする人たちは、哀しいことがあっても力強くてまぶしいです。
陳楸帆(チェン・チウファン)(阿井幸作/訳)
「果てしない別れ」
脳内の血管破裂により、王暁初(ワン・シャオチュー)は身体が動かせなくなってしまう。開頭手術の資金は用意できず、植物人間になるのも時間の問題だった。
そんなとき、予期せぬ申し出を受ける。
フィリピン海溝北部の深度1万375メートルで、未知の蠕虫(ぜんちゅう)類が発見された。どうやら知性があるらしい。
意志の疎通のために、ブレイン・マシン・インターフェースを活用することになった。個体の深層意識における「融合」は、言語の基礎を超越するためだ。成果が期待されたが、失敗してしまう。
蠕虫には、人類のような右脳左脳構造がないらしい。人間の脳は対応できず、焼き焦がれてしまう。一方、暁初の脳のその機能は、すでに失われている。
暁初は、開頭手術費用と引き替えに協力するが……。
未知との遭遇もの。
チャイナ・ミエヴィル(日暮雅通/訳)
「" "(ザ・)」
1937年、ブダペストのアンブロ・ハイナルによって〈“ ”〉の存在が証明された。〈“ ”〉は〈無〉を構成要素とする獣である。
研究者たちは、野性の〈無〉が獲物としてねらう〈無でない何か〉の中に遺した跡を使って調査研究するが……。
存在しない生物について、堅苦しく学術論文のように記したホラ話。
カリン・ティドベック(市田 泉/訳)
「ジャガンナート −−世界の主」
ラクは、偉大なるマザーの中で生まれた。
成長した女は、大きくて力持ちの働き手になる。エンジンやピストンを動かし、マザーが先へ進めるようにするのが仕事だ。マザーは、子どもたちなしでは生きられない。そしてまた、マザーが生きているからこそ、子どもたちも生きている。
ところが、マザーがおかしくなってしまう。正常な赤ん坊が生まれなくなっていた。なにが起こっているのか知るために、ラクは〈頭〉へ行くが……。
遠い未来の人間たちの話。
テッド・チャン(大森 望/訳)
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
アナ・アルヴァラードの夢は、霊長類の研究者になること。ところが大学院を卒業するころには、類人猿の生息数が減りすぎたため、動物園で働くことが最上の選択肢になっていた。その動物園も、6年で閉園になってしまう。
アナは動物園での経験をかわれ、ブルー・ガンマに就職した。
ブルー・ガンマでは、デジタル生物のディジエントを開発している。仮想環境で生きているディジエントは、理想化されたペットとは違う。あらかじめ必要な知識を備えているわけではなく、ひとつひとつ教えてやらなければならないのだ。
アナはディジエントたちを教育していくが……。
ヒューゴー賞、ローカス賞、星雲賞受賞作。
本書の大半を占める中篇。
ディジエントには、生物的な寿命はありません。ただ、さまざまな要因でシャットダウンされる可能性がでてきます。会社の倒産とか、仮想環境そのものが更新されて旧型のディジエントがサポート外になったりだとか。
ディジエントのようなデジタル生物が開発されたとき、この物語は「予見していた」という評価がつくのだろうな、と。
2021年07月19日
イアン・ワトスン(大島 豊/訳)
『オルガスマシン』コアマガジン
〈大変化〉は人間に変化をもたらした。今では〈暗示感応性ウィザード&共感マシン(SWARM)〉、〈確定法運用モジュール(MALE)〉、〈日常生活用機械人間(DATA)〉が世界を管理している。
女性が生まれると、神経アンテナが注入される。SWARMが送信している、服従、平静、崇拝のバックグラウド電波を受け取るために。
ジェイドは、〈カスタムメイド・ガール〉社のカスタムメイド・ガール。人工的に飼育され、特定の要求に合うように完璧に仕立てられている。
これまでカスタムメイド・ガールには、神経アンテナを入れられていなかった。
ところが、ある夜〈カスタムメイド・ガール〉社の看護婦が、DATA-SWARMに命令された。眠っている女の子たちの頭に、脳ネットを植えこんだのだ。その中にはジェイドもいた。このことは誰も知らず、看護婦の記憶にも残っていない。
完成したジェイドは、意識を失った状態で包装され、運ばれていく。
ジェイドが目覚めたとき、高いマンションの最上階にひとりでいた。長く連なるひとけのない列の一角だ。眼下の街路には人影がない。
部屋には、巨大な衣装箪笥があった。収められているのは、コート・ハンガーにずらりと並んだ個性的な人肌。髪もついている。目にはプラスチックのレンズ。口はふさがれていた。
ジェイドは、毎日ちがう人肌をまとわなければならない。部屋には夜ごと、人肌を着た男性が訪れて、愛の行為をする。会話は一切ない。
DATA-SWARMは、女性たちに夢を送っている。ジェイドには特別な夢が送られていた。
仲間たちの脳ネット記録だ。
マリは、猫娘。野性動物調教師の注文だった。調教師は、ライオンや虎や熊を愛情調教している。マリは檻に入れられ、愛情調教を受けることになってしまう。
ハナは、6つの乳房と、顎にも乳首を持つ。感受性豊かだが、しゃべれない。注文主のファックイージー・バーが、悲鳴を上げたり、抵抗して叫んだりできない唖の女たちを求めていたからだ。
ジェイドが最後となる50着目の人肌を着た日、事件が起こる。建物が解体球によって破壊されはじめたのだ。
ジェイドは逃げ出すが……。
フェミニズムSF。
英語で書かれたのに、過激な内容ゆえに英米では出版できなかった、というエピソードつき。
ワトスンが日本に滞在していたときに構想が生まれたそうです。
最近、竹書房から文庫版で復刊されました。そちらの様子は分かりませんが、単行本版は、装丁が残念な雰囲気でした。
著名人にドールを製作してもらったのがうれしかったのか、カバーと口絵にいろんな角度で載せられていて、まるでポルノ。まぁ、ポルノな部分もある物語ですけどね。出先では開けない……。
二段組みの文字サイズでの一段組が、こんなに読みにくいとは……。
2001年の作品なので、割り引いて読む必要はあると思います。神経アンテナが入れられていないのに野蛮人に退化している男たちが哀れ。
2021年07月22日
アガサ・クリスティー(羽田詩津子/訳)
『牧師館の殺人』ハヤカワ・クリスティー文庫
《ミス・マープル》第一作目。
レオナルド・クレメントは、セント・メアリ・ミード村の牧師。牧師館に、妻のグリゼルダ、甥のデニス、メイドのメアリと共に暮らしている。
水曜日のクレメント牧師は、聖職者にまるっきりふさわしくない気分でいた。その気分のまま家族に、誰かがプロザロー大佐を殺してくれたら社会にあまねく貢献することになると、吐露してしまう。
プロザロー大佐は、治安判事で教区委員だった。離縁した妻との間にレティスという娘がいて、今はアンと再婚している。折りあらばひと悶着起こして喜ぶような人間だ。
献金のトラブルがあり、訴えはプロザロー大佐に持ちこまれた。大佐から不正流用の疑いをほのめかされて、クレメント牧師としてはおもしろくない。プロザロー大佐は、教会の帳簿を残らず調べようとしていた。
木曜日が、プロザロー大佐との約束の日。
当日になってプロザロー大佐は、都合で6時15分にしてくれと言ってきた。耳が遠いため、村中に聞こえるようないつもの大声で。
その後、クレメント牧師にも用事が入ってしまう。病に倒れた教区民が、いよいよ危篤に陥ったらしい。
プロザロー大佐とは連絡がとれず、クレメント牧師はメアリに伝言を頼んで牧師館をでた。6時30分には戻ってくるつもりだった。
ところが、電話は嘘だった。クレメント牧師が帰宅したとき、プロザロー大佐は書斎で頭を撃ち抜かれていた。
逮捕されたのは、村に滞在していた画家のローレンス・レディング。自首だった。ローレンスはアンと不倫関係にあったのだ。
しかし、牧師館の隣に住むミス・マープルは、ローレンスの犯行に疑いを抱く。
ミス・マープルは、常にすべてを見ている。庭仕事は絶好の隠れ蓑だし、強力な双眼鏡で鳥を観察する趣味も、おおいに役立っている。村で起きることを残らず知っていて、推測もできる。
まもなくして、ローレンスは釈放された。アンの犯行を疑い、かばおうとしたのだという。
クレメント牧師は、警察に頼まれ、教区民たちの精神的なささえとして聞き取り調査に立ち会うが……。
古典ミステリ。
クレメント牧師の一人称で展開していきます。
ミス・マープルがシリーズとしての主人公ですが、意外と登場しないのが驚きでした。隣人なので、重要な証言者ではありますが。
すごく劇的な感じはないです。さりげない世間話にも情報が隠されていて、気がつけば読みふけってしまいます。これが文章のうまさなんだろうな、と。
読了後に最初のほうを読み返すと、いろんな伏線がはられていたことに気づかされます。
やはり読み継がれている物語はちがいますね。
2021年08月01日
アンソニー・ホロヴィッツ(山田 蘭/訳)
『カササギ殺人事件』上下巻/創元推理文庫
スーザン・ライランドは、〈クローヴァーリーフ・ブックス〉文芸部門の編集者。社員15人の小さな会社で、年に20冊ほどを刊行している。
圧倒的な看板作家が、スーザンの担当するアラン・コンウェイだ。コンウェイの〈名探偵アティカス・ピュント〉シリーズは世界各国で愛され、累計1800万冊の売上げを記録している。
スーザンが金曜日の夕方に出張からもどると、コンウェイの原稿のプリントアウトが届いていた。〈名探偵アティカス・ピュント〉の最新作『カササギ殺人事件』だった。今後の事業計画は、ひとえにこの『カササギ殺人事件』の成功にかかっている。
スーザンにとってコンウェイは、虫の好かないろくでなし。でも、すばらしい作品を書く。新作を楽しみにしていた。
最後まで目を通したスーザンは、唖然としてしまう。週末ゆえに上司には連絡がとれず、日曜日の夜、コンウェイの死を知った。
『カササギ殺人事件』
1955年7月。
サマセット州の小さな村サクスビー・オン・エイヴォンで、メアリ・エリザベス・ブラキストンが亡くなった。
メアリは、准男爵サー・マグナス・パイの家政婦。事故は、パイ夫妻が長期旅行で留守にしている間に起きた。掃除機のコードに足を取られて、階段の踊り場から転落したらしい。
屋敷内で働く使用人はメアリただひとり。すべての扉に鍵がかけられ、窓から覗いた庭園管理人が倒れたメアリを見つけた。医師と警察が呼ばれたが、事故であることは疑いようがなかった。
しかし、噂が流れた。
メアリと息子のロバートはうまくいっていなかった。ロバートはジョイ・サンダーリングと恋仲で結婚するつもりでいたが、メアリから猛反対されていたのだ。
亡くなる3日前に、メアリとロバートがひどい口喧嘩しているのを、大勢の人が聞いていた。そのときロバートは、どうかしてぽっくり死んでくれたらありがたい、と口にしていた。
実はロバートが母親を殺したのではないか。
噂に悩んだジョイは、私立探偵のアティカス・ピュントに相談する。いかに名探偵といえど、ピュントにできることはなにもない。
ところが、その数日後に、サー・マグナス・パイが殺害された。新聞で事件を知ったピュントは、サクスビー・オン・エイヴォンにかけつけるが……。
ミステリ。
本屋大賞(翻訳小説部門)受賞作。
上巻を占める『カササギ殺人事件』は、登場人物それぞれの視点で重層的に語られるスタイル。作中作と分かったうえで読むからか、作り物めいた、現実感が欠けている印象が残ってしまいました。ピュントの魅力が伝わってこないのが残念。
下巻はスーザンの一人称スタイル。
コンウェイは自殺とされたのですが、スーザンは、ある人物から他殺説を耳にします。それが気になって、いろんな人に話を聞いていきます。その過程で、小説の舞台になったところ、モデルになった人が次々と出てきます。
執筆の裏側がのぞけるのがおもしろいです。
宣伝文句の「アガサ・クリスティへの愛に満ちた完璧なるオマージュ・ミステリ」はちょっと疑問。
確かに『カササギ殺人事件』はクリスティを彷彿とさせます。クリスティ由来のものもたくさん出てきます。ただ、ちょっとわざとらしいんです。
下巻で知れますが、コンウェイはミステリを小バカにしてます。それなら納得。オマージュ・ミステリだけど、そこに愛はなかった、と。
コンウェイの性根が反映されていると思うと、いろいろ理解できます。
2021年08月03日
ブライアン・オールディス
(井上一夫/訳)
『ありえざる星』創元推理文庫
自選短編集。
1965年に編まれたもの。結末が突然訪れる話が多い、という印象。その分、考えさせられます。
「だれが人間にかわれる?」
農耕ロボットは、配給ロボットに馬鈴薯の種芋を要求した。いつもの手順だ。ところが配給ロボットは、倉庫がまだあいていないという。
最近、機械労働の複雑なシステムに故障がふえていた。
農耕ロボットには三級頭脳が備わっている。そこで、自ら錠前係の補給作業ロボットをたずねた。補給作業ロボットは、けさは指令が来ていないという。
人間がのこらずこわれたのだ。そうとしか考えられない。
二級頭脳のラジオ技師を指導者として、機械たちは都市に行くことを決めるが……。
ロボットの冒険もの。タイトルの答えが結末になってます。
「不滅」
ロドニー・ファーネルは、日曜日の朝に目覚めた。目ざめの軽い運動をしているとき、観衆の、最初の笑い声を聞いた。観衆は、20世紀風モダン調の台所をひと目見て、さらに笑った。
ロドニーは観衆が大嫌いだ。
彼らは四方を囲んで立ち、ばかげたことを見てはげらげら笑う。もう一千回以上もくりかえされている。ほんの少しの変更も許されない。無意味な日々がつづく。
ロドニーには分かっていた。夜になって忘却の眠りにつくと、フィルムは巻きもどされ、また最初からやりなおすことになる。
ところがその日、フィルムが切れた。自由になったロドニーは逃げ出すが……。
ロドニーの私生活を未来人たちが覗いている、という話。フィルムの外はロドニーにとっては未来世界になります。
「跫音(あしあと)」
ぼくはすべて。全宇宙はぼくで構成されているし、ぼくがそのすべて。ぼく自身が宇宙。
なのに、だれかに話しかけられている。
オマエハ危機ニ瀕シテイル。
声は、父親だという。興味が起こる、好奇心が起こる。ぼくは声に耳を傾けるが……。
「外がわ」
6人の男女が、無計画に増築した広い広い家で暮らしていた。窓はほとんどなく、あってもあかない。破ることもできなければ光も差しこまない。誰も、家から外に出たことはない。
家には小さな貯蔵室があった。貯蔵室のつき当たりの壁には、大きな棚がある。あらゆる物資がこの棚に届く。寝るまえに部屋に鍵を掛け、朝になってまたくると、食料、布地、さまざまな必要なものが、棚の上に届いている。
それが当たり前だった。ただあるがままに受け入れ、互いに尋ね合うようなことは決してしない。
ところがハーリーは、不安を抱きはじめていた。ある夜ハーリーは、秘かに補給室をみはるが……。
宇宙人がからんでます。
「黙劇」
7年前に戦争が勃発した。
ミセス・スノードンに残された家族は、3歳の孫娘ポーリーンだけ。ポーリーンは元気いっぱい。音のない世界にいても、小さな女の子には苦にならない。
今では、世界中のだれひとりとして、音を聴くことができない。音楽は死に絶えた。テレビは無声映画を放送している。
ミセス・スノードンは音波襲撃に備え、部屋から部屋へ暗幕を引いては音波検知灯をつけてまわるが……。
ミセス・スノードンは、58歳にして老女。昔は、58歳で老女とされていたのか、と、そちらに驚愕。そういえば、55歳が定年の時代もありました。
「新・サンタクロース」
ロバータとロビンが工場の最上階に住んで35年。ロビンは身動きがままならないが、巨大工場の管理人をしている。
ロバータは、今日がクリスマスだと気がついた。ロバータにとってクリスマスはわくわくする日。ただ、今年は怖さもあった。あの新サンタクロースのせいだ。
新サンタは、クリスマスの朝まわるという噂だったが……。
「未来」
サーレイ・エドマークは、時間相互間赤十字運動に参加していた。
運動は、ポール人が組織した。彼らは、3157世紀の技術エリート。十億年も先の遠い未来で、失格人間(フェイルド・メン)の惨状を発見し、その救済という大変な事業をやっている。
ポール人にも、自分たちの世界をそこなわずにこの事業を遂行するだけの資力はない。そこで、いろんな時代から補給物資を集めることにした。計画には5つの時代の人びとが参加している。
サーレイのいる24世紀もそのうちのひとつ。
フェイルド・メンは、解剖学的にも精神的にも24世紀人と変わっている。サーレイは、彼らと意志の疎通をはかろうとするが……。
未来から帰還したサーレイはズタボロ状態。見知らぬ人に話を聞いてもらう、という形で語られます。
「哀れ小さき戦士!」
クロード・フォードは、2181年からジュラ紀にやってきた。そこで雷竜を狩ろうとしている。けものを撃って、自分の苦悩を消すために。これぞ、ひとつのライフ・ワーク。
クロードはあれこれ考えて、行動を引き延ばしてしまうが……。
「橋の上の男」
キャンプに収容された住民は、同じ身分証マークをつけている。マークはCだ。生きていくことの単調さに対する大脳の健全なひらめき。頭脳的(セレブラル)のC。
セレブラルのモーガン・グラボウィッツは、強くてずるくて冷たくて、ふたつのCをつけたほうがいい男だった。
グラボウィッツは、ひとりのCからアダムXをつくった。アダムXは、能を半分除去されている。そのため習慣というものがない。
グラボウィッツはキャンプ司令官に、新たな提案をしようとしている。グラボウィッツを手伝ったジョン・ウインザーは、提案に大反対。アダムXをキャンプの外につれだすが……。
「ありえざる星」
宇宙測量船ウィルソン号は、クラブ星雲の中心を探検していた。無限の深淵を塗いながら進んでいるうち、得体の知れないものにとじこめられてしまう。
そこは、光と物体の世界だった。キラキラ光る煙がうずまいている。
最初は、光り輝くすばらしい新しい環境に有頂天になった。やがて、そのすばらしさは美ではなく、絶望だと知った。そこでは、普通の物理的法則は適用されない。
宇宙船の計器は誤差がふえるいっぽう。もはや信頼できない。
故障したウィルソン号は、唯一着陸可能だった天体エリフォンに着陸するが……。
「協定の基盤」
米中戦争がはじまった。英国政府は、来たるべき世界の一体化のため、中立を保つという。
そのときサイモンは、東リンカーン大学にいた。サイモンは、かつては議員だった。ナイトの爵位をたまわり、学界と政界の両方に地位をもっている。
サイモンは、イギリスも参戦することが望ましいと考えていた。
大部分の選挙民は、核による最終戦争が回避されたとしか思っていない。だが、耐えられる未来への希望は、同盟国アメリカに誠心誠意味方することによって得られるはずだ。一時の必要に迫られて友人を見捨てるなんて。
サイモンはロンドンにかけつけるが……。
ソ連が中華人民共和国側についたり、香港が誤爆されて衝撃が走ったり、時代を感じさせます。香港は英国だった、ということを忘れてました。
「死の賛歌」(改題「賛美歌百番」)
ダンディ・ラシャデュサは、今ではだれも住まなくなった地域を旅していた。道は、へりに一本ずつ立つ音楽柱でところどころ区切られている。音楽柱は、生物の持つ霊魂の刺激によって、音を聞かせてくれる。
ダンディの心は、相談役(メンター)の思考と繋がっていた。
メンターは1000年も生きてきた。実際にいるのは、世界の半分ほども離れた所。メンターだけが他人の心に宿る力を持っている。
メンターの見解が、ダンディの視野を豊かにする。メンターは、この見捨てられた土地の歴史や神話を知っているのだ。ユーディカ時代を、ロンバード時代を、旧ヨーロッパ使節時代を、グライトにリソルジメント、インヴォリュート時代を。
半世紀をかけて地球を歩きまわってきたダンディは、とうとう家路に着くが……。
「技巧の一種」
デレク・フラミフュー・エンデは地球人。スター・ワンからのメッセージを受け取った。デレクは、スター・ワンに忠誠を誓い、彼らのために働くことで財産を維持している。
デレクが依頼されたのは、ヴェール星雲のフェスティXV星に行くこと。荒涼とした天体には、クリフと呼んでいる巨大な何者かがいる。解析するために、クリフの肉1ポンドを取ってこなければならない。
宇宙船や光速船では、クリフによって破壊されてしまう。デレク単身なら、気づかれずにフェスティXV星に降りられるという見込みだった。
作戦はうまくいき、デレクは、雲をもおおい隠す巨大なクリフを目の当たりにする。デレクの宇宙服が勝手に動きだし、クリフに引き寄せられてしまうが……。
地球から出発して地球に帰還しますが、地球には母にして妻が待ってます。そのあたりのエピソードが、冒険との温度差もあって印象的。
「彼の時間の男」
火星から帰路に着いた宇宙船が、トラブルに見舞われた。交信が混乱し、着陸予定地をとびこえて、大西洋に不時着してしまう。9人の乗組員のうち、ジャック・ウェスタマークだけが生き延びた。
しかし、ジャックも無事ではなく、精神病院に収容された。
火星の時間界に囚われていたのだ。ジャックは地球より3.3077分先行したまま、未来に生きていた。
ようやく退院許可が出たジャックは帰宅するが……。
ジャックの妻ジャネット視点で語られます。ふたりの時間軸が違うので、双方向の会話も難しい状況。ジャネットがなにか言う前に返事がきてしまいます。
2021年08月06日
ルシアン・ネイハム
(中野圭二/訳)
『シャドー81』ハヤカワ文庫NV
グラント・フィールディングは、アメリカ空軍大尉。空軍士官学校出身で、ベトナムに派遣されて2年。TX75E爆撃機のパイロットになれたのはうれしいが、軍隊生活には幻滅している。
TX75E爆撃機は垂直離着陸が可能で、航続時間は10時間近い。最高機密の最新型として、万が一撃墜されたら、脱出と同時に機を空中爆破させるように厳命されている。敵側の手には絶対に渡してはならない機体なのだ。
グラントは僚機と共に出撃した。今回の目標は、ハノイ南西約60マイルにあるホアビン。兵員や軍需物質の重要な地方補給拠点に発展しており、ぜひとも一掃する必要があった。
次々と標的を狙い撃ち、煙と閃光と炎が猛然と吹き上がる。濃くなっていく煙により、視界はゼロ。敵方のミグ戦闘機が現れ、対応を迫られる。
この作戦でアメリカ空軍は、TX75E爆撃機と優秀なパイロットを失った。
報告を受けた司令官のザッカリ・R・エンコは、徹底的な偵察を命じた。パイロットのグラントが、TX75E爆撃機を確実に爆破したのか、確かめねばならない。しかし、爆破の痕跡しか見つからなかった。
一方、香港では造船家のジミー・フォンが、謎のアメリカ人からの注文を受けていた。
フォンの目には、ハロルド・デントナーと名乗る男が変装していることはお見通し。50歳かそれ以上に見せようとしているが、もっと若い。
ハロルドは、もの書きで、孤独な生活が必要だという。そのための船を探していた。吃水が浅く、長距離を補給なしに航行でき、浜辺にそのまま突っ込んで乗り上げてもびくともしない船を。
船室は大きく、床は30トンの荷重に耐えられなければならない。その目方を支えられる台と、それらを動かすクレーンもいる。なにしろ、家を建てるつもりで資材を一度に運ぶのだから。
要望を聞いたフォンは、密輸に使うのだろうと確信していた。とはいえ、話題にするつもりはない。持て余していた小型タンカーを金に換える、いい機会だった。
それから数か月。
ロサンゼルス国際空港から、747ジャンボ旅客機が飛び立った。パシフィックグローバル航空(PGA)81便だ。乗員乗客201名が、ハワイに向かう。
離陸直後、PGA81便は、ハイジャックの通告を受けた。完全武装したジェット戦闘機が、いつでも撃墜できる位置で追尾しているという。コール・サインは、シャドー81。
犯人との駆け引きがはじまるが……。
冒険もの。
舞台は、1972年。
本書のウリは、最新鋭の戦闘爆撃機がジャンボジェット機をハイジャックする、という点。いろんな人の視点で語られますが、基本的には犯人側がベースになってます。
事件発生は第二部に入ってから。
実は、物語がはじまった時点でハイジャック計画はすでに完成されてます。第一部では行動のみがあり、目的を考えることはしません。執拗に痕跡を消すので、なにかありそうだぞ、と予感させるくらい。後から合点がいくような構成になってます。
人間について書かれていないのが新鮮。最後の最後まで、どっちに転ぶか分からない書き方も。
登場する政治家がぼやかされているのも印象的でした。大統領は肩書きだけで名前すら出てきません。特定の誰か、というより、政治家そのものを揶揄しているんでしょうね。時期的にニクソン大統領でしょうけど。
本書は日本で評価された一方、本国アメリカでは芳しくなかったそうです。
発表したのが1975年で、まだベトナム戦争の記憶が生々しかったでしょうから、敬遠されたのかな、と思います。(パリ協定の調印は1973年)
2021年08月10日
ジーン・ウルフ(酒井昭伸/訳)
『書架の探偵』新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
E・A・スミスは、推理作家だった。死んで複生体(リクローン)としてよみがえり、スパイス・グローヴにある公共図書館の書架で暮らしている。
リクローンは、当人のDNAから成長させた蔵書ならぬ蔵者。脳スキャンで回収した記憶を詰めこまれている。文章を書くことは禁じられているものの、図書館での暮らしは安らかだ。ただ、誰からも利用されなければ、安楽死することになる。
スミスをはじめて借り出してくれたのは、コレット・コールドブルックだった。
コレットは、大富豪の令嬢。もうすっかりすたれてしまった紙の本を持っていた。合成樹脂装の『火星の殺人』は、オリジナルのE・A・スミスが書いた本だ。
コレットが言うには、この本には、秘密が隠されているのだという。
スミスにとっては、ときどき手がけていたサイドプロジェクトのひとつ。いつもの出版社に断られ、小さな出版社が350部の限定で出してくれた本にすぎない。なにかを隠した覚えなどない。
コレットの父はとても羽振りがよかった。秘密主義者で、コレットも詳しいことは知らない。ニュー・デルファイ郊外に大きな屋敷をかまえていたが、実験室にしていた4階には鍵がかけられ、入ることはできなかった。
母と父が相次いで亡くなり、コレットと、2つ歳上の兄が残された。まだ実験室を開けることはできていない。だが兄が、スクリーンのうしろに隠された巨大金庫を見つけた。
専門家を呼んで開けるとき、コレットは立ち会いを断った。兄を信用していたし、父の恐ろしい秘密の告白がでてくることを怖れたのだ。いかにもそういう秘密を持っていそうな人だったから。
ところが、金庫に収められていたのは、E・A・スミスの『火星の殺人』だった。それだけだった。
コレットは兄から本を受け取り、まもなく、兄は殺された。屋敷に帰ったところを襲われたらしい。スーツケースと、兄の寝室は荒らされていた。それから、図書室にあった本が本棚から引きだされて、すべて床に放りだされていた。
何者かが本を探していたのは明らかだ。コレットが本に秘密が隠されていると気がついたのはそのときだった。どんな秘密かは分からない。
そこでコレットは、本の著者であるスミスに助言を求めた。
スミスはコレットと行動を共にするが……。
SFミステリ。
スミスの一人称で語られます。基本的には回想なのですが、未来から見た視点はあまり感じないです。
とにかく、釈然としない。
証言には嘘が混じってます。読んでいると辻褄の合わないことがでてきて混乱するのですが、語り手のスミスは華麗にスルー。どうも、内心では気がついて考えていたらしいのですが、読者にもそのそぶりは見せません。
スミスの言動は惑わされます。
ミステリだからと謎解きしながら読むのは諦めたほうがよさそうです。
《紙の魔術師》三部作
シオニー・トウィルは、タジス・プラフ魔術師養成学院を卒業し、実習生となった。実習生は魔術師のもとで2年〜6年学んだのち、魔術師の国家資格を受検する。
シオニーの希望は〈精錬師〉だった。タジス・プラフの卒業生のほとんどが専門の物質を選べる。ところが、校長から〈折り師〉を指定されてしまう。
近年〈折り師〉は人気がない。そのため、イングランドにいる現役の魔術師はたった12人。
物質魔術は、精神をその物質に結びつけ、それのみを通じて魔術をふるう。一度結びついたら、もう解除はできない。指定を容認するか、魔術師をあきらめるか、ふたつにひとつ。
魔術師はエリートの職業だ。〈折り師〉も魔術師であることに代わりはない。シオニーに選択肢はなかった。
シオニーが預けられたのは、エメリー・セインだった。
エメリーは30歳そこそこの若さで、交際嫌いなため、ロンドン郊外の荒れ地にひとりで住んでいる。荒れ果てた大邸宅は奇怪で、怪談に出てきそうだ。館から吹きつける不吉な風に、シオニーは不信感をつのらせる。
実は、外観はまやかしだった。訪問者を追い払うための、ただの演出。そういうことをするエメリーは、シオニーには、いかれた妖術使いのたぐいに見える。
警戒していたシオニーだったが、折り術に魅了されていく。
すべては折り目からできている。紙を折り、魔法をかけ、命を吹き込む。正しく、かつ、なにもかもぴったり合わせないと、術は効かない。
シオニーはエメリーに好意を持ちはじめる。
ある日エメリーは、電信機のメッセージを見るなり、あわただしく旅立った。自習を言いつけられたシオニーは、ただならぬ様子に心配でならない。
エメリーの留守は6日に及んだ。帰ってきてもなんの説明もなく、なにがあったのか教えてくれない。
そこに、女が現れた。〈切除師〉だった。
物質魔術は人間が作り出した物質を通じてのみ実行することができる。ところが、人間もまた人間が作り出した存在であると考えた者たちが、黒魔術を生み出した。〈切除師〉たちだ。
彼らは、失われる命によって〈切除師〉となり、触れることで人間を支配下におく。
女は、エメリーの心臓を奪って逃げた。シオニーは必死に代わりの心臓を折り上げるが、充分ではない。
シオニーは心臓を取り戻そうと、女の行方を追うが……。
魔術のあるイギリスを舞台にしたファンタジー。
国王や政治家への言及があれば年代特定しやすいのですが、そういうのはなし。電信機絡みで19世紀末くらいかな、と推察して読んでました。
シオニーはかなり自己中心的。無礼者で、突っ走るタイプ。エメリーは病的なほど几帳面。
本作がデビュー作だそうです。なるほど、そういう感じ。こまかい突っ込みどころ満載。物語の都合でキャラクターが動かされている印象が残りました。
魔術と折り紙を掛け合わせたところは新鮮でした。立体的に折った小動物に命を宿らせる術は、折り紙作家の夢だろうな、と思います。なぜ人気がなくなってしまったのか、不思議でなりません。
《紙の魔術師》三部作、第二部。
シオニー・トウィルは、魔術師の実習生。エメリー・セイン師のもとで〈折り師〉の技を学んでいる。
エメリーが〈切除師〉ライラの襲撃を受け、シオニーが奪われた心臓を取り戻してから3ヶ月。ふたりはすっかり親しくなり、シオニーは師匠を名前で呼んでいる。だが、期待するほど親密ではない。
シオニーは、ダートフォードの紙工場に行くことになった。教育委員会が、紙工場の見学を〈折り師〉の必修単位として定めているのだ。他の魔術師にとっては選択単位となる。
シオニーは、親友で〈玻璃師〉の実習生デリラ・ベルジェと再会して大喜び。他の実習生も加わり、紙工場に入った。
一行は、案内係に説明されながら工場を見て回った。ところが、急に打ち切られてしまう。あいまいな説明だけで工場から出され、置き去りにされてしまった。
そのとき、大音響がとどろいた。
紙工場が爆発し、壁の大きなかたまりがシオニーめがけて飛んでくる。〈念火師〉の見習いがいたのは幸いだった。それにしても、誰が紙工場に妨害工作をしたがるというのか、シオニーはいぶかしむ。
その日シオニーは、グラス・コバルトの接触を受けた。ライラの仲間だ。
あのときシオニーは、紙を媒介にしてライラを凍らせた。いまでも自分がなにをしたのか分からないでいる。グラスは、ライラを凍らせた者がもとに戻す秘密を知っていると考えているらしい。
シオニーはグラスの脅迫にふるえあがる。なんとか気丈に降るまい、その場は逃げ出すことができた。
シオニーから報告を受けたエメリーは、ホテルに避難することを即断する。しかし、タクシーで移動中に襲われてしまった。運転手は死んだ。
現われたのは、サラージ・プレンディだった。
サラージはグラスの仲間だ。力の誇示を好み、まるで良心を持たない。工場の爆破も、サラージの仕業だったのだ。
シオニーとエメリーはサラージをうまくやり過ごした。政府が動きだすが、シオニーは事件から遠ざけられてしまう。エメリーが心配しているのは分かっているが、脅されているのは自分だ。
シオニーは考えた。グラスはサラージと違って、シオニーに話をさせようとしている。ふたりは仲違いしているのかもしれない。
シオニーはデリラに協力してもらい、鏡を通じてグラスと接触をはかるが……。
魔術のあるイギリスを舞台にしたファンタジー。
前作『紙の魔術師』では19世紀末くらいかな、と思ってましたが、過去の話として1901年への言及がありました。どうやら20世紀初頭のようです。第一次世界大戦の数年前、といったところでしょうか。(大戦が起こりそうな気配はありませんが)
今作では〈玻璃師〉の操る魔術がクローズアップされます。〈玻璃師〉は鏡やガラスを使ってさまざまなことをします。〈折り師〉との違いが面白いです。
話題が広がり、紙工場、街角、隠れ家、国会議事堂と、いろんな場所が舞台となりました。ですが、世界のありようは依然として不可知なまま。物語以外での、この世界で生きている人たちの暮らしぶりがなかなか見えてきません。
物語の都合だろうな、という行動も相変わらず。こまかいことを気にせずに、割り切って読むべきなんでしょうね。
《紙の魔術師》三部作、完結。
シオニー・トウィルは、魔術師の実習生。エメリー・セイン師のもとで〈折り師〉の技を学んでいる。
シオニーが実習生となって、そろそろ2年。エメリーと恋仲になったものの、師弟の恋愛はおおやけにできるようなものではない。規則で禁止されてはいないが、不名誉なことだ。
シオニーは、紳士であることを忘れないエメリーを、じれったく思っている。それだけに、できるかぎり早く魔術師の資格試験を受けて一人前になりたかった。
エメリーは、試験については口が堅い。事前に詳細を伝えることは許されていないのだ。万一もらしたら、合格をあやうくしてしまう。
そのうえエメリーは、他の〈折り師〉に試験官を頼んだという。
学習の手引きでは、実習生の指導役が魔術師資格の試験をすることになっている。しかし、ふたりの関係を疑っている者がいれば、試験で贔屓をしたと思われるかもしれない。現在も将来も、シオニーの能力に疑問を投げかけられることがないように、配慮したのだ。
エメリーが試験官として選んだのは、プリットウィン・ベイリーだった。
中等学校のとき、エメリーはプリットウィンをいじめていた。魔術師養成学院を一緒に卒業した仲ではあるが、今でも毛嫌いされている。それだけに、贔屓がないことを証明するのに最適だと考えていた。
シオニーはたちまち不安に陥ってしまう。
そんなとき、警察から電信が入った。邪悪な〈切除師〉サラージ・プレンディが脱走したという。処刑のためにポーツマスに護送中の出来事だった。
物質魔術は、精神と特定の物質との結びつきが不可欠。一度選んだ物質を変えることはできない。それが常識だった。
実は、結合解除は可能だった。シオニーはその秘密を知っている。そして、シオニーが知っているということを、サラージが勘づいている可能性があった。
試験まであと3週間。
シオニーはエメリーの元をはなれ、プリットウィンに預けられる。さびしくはあるが、エメリーの目を逃れられる絶好の機会でもあった。
警察もエメリーも、サラージは逃亡を優先すると考えている。国外に脱出するだろうと。シオニーとしては、サラージがどこへ行ってなにをするか、確認しておきたかった。
シオニーは試験準備の合間に、サラージの行方を追うが……。
魔術のあるイギリスを舞台にしたファンタジー。
時代は、おそらく20世紀初頭。
さすがに三作目ともなるとサイド・ストーリーがちょこちょこ入ってきて、こなれてきた印象。〈折り師〉の仕事の一端も垣間見られました。ただ、イングランドには〈折り師〉が12人しかいない割に、活躍分野が多すぎるような……。
勝手な想像ですが、きちんと世界を構築しないままに書きはじめてしまったのではないか、と思います。単作だったのが三部作に拡張されて、物語が展開するのに合わせて追加したあれこれが、うまくかみ合わなかったのかな、と。そもそもイギリスであることの必然性もいまひとつ。
細かいことは気にせずに、シオニーの冒険を楽しむべきなのでしょうね。
ところで、20世紀初頭のポーツマスといえば、日露戦争のポーツマス条約が1905年でした。そっちはアメリカのポーツマスで関係ないです。