

東洲斎写楽とは江戸時代中期の浮世絵師。
特徴は、独特なデフォルメ。それまでの浮世絵にはなかった、上辺だけでなく内面をも描く作風で、いきなり現れていきなりいなくなってしまった、謎の絵師。
写楽の謎は、大雑把に3つ。
1)無名絵師が、大版錦絵を28枚も一時に出版したこと
2)すべての作品を、蔦屋重三郎が独占販売したこと
3)活動期間が1年にも満たない短期だったこと
昨年、物語にとりこまれた写楽を読んで、他の物語の写楽も知りたくなり、都合3つほど読みました。なにしろ謎の人物なので、写楽を題材にした物語はもっとあるはず。
ですが、ひとまずこのあたりで、まとめてみます。今回はネタバレも含みます。あしからず。
なお、今のところ、写楽の正体については、阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者、斎藤十郎兵衛が最有力。最初から言われていた説でしたが、2008年7月にギリシャのコレフ島で、写楽の肉筆画が見つかったのが決定的だったそうです。(依然として、異説もあり)
写楽ものを読む最初のきっかけは、読書家から推薦された1冊の本。何年か前に勧められたと思うのですが、ようやく読んだのが2014年初頭のことでした。
『写楽 閉じた国の幻』島田荘司
わずか十ヶ月間の活躍、突然の消息不明。写楽を知る同時代の絵師、板元の不可解な沈黙。錯綜する諸説、乱立する矛盾。歴史の点と線をつなぎ浮上する謎の言葉「命須照」、見過ごされてきた「日記」、辿りついた古びた墓石。史実と虚構のモザイクが完成する時、美術史上最大の迷宮事件の「真犯人」が姿を現す。
(「BOOK」データベースより転載)
別冊宝島で、ミステリ小説のブック・ランキングを発表してますが、その2011年版で第2位の高評価つき。それほどミステリは読まないので、このランキングの世間一般の信用度はよく分かりません。今作を読んで思ったところでは、自分の好みとはかけ離れているランキングのようでした。
さて、写楽です。
島田荘司は、異人説をとってます。
確かに、つじつまは合いますね。異人だから、鎖国下にあるから、蔦屋重三郎は写楽の正体について隠さねばならなかったし、隠されている以上、他の版元は写楽に接触できずに結果として蔦屋の独占販売になる。
ずっと滞在できるわけではないから、活動期間が限られる。異人だから、日本人の感性とは違ったものになる。
弱点は、作中で、斎藤十郎兵衛説を否定するときに使われている根拠がそのまま当てはまること。すなわち、彼が絵を描いていた証拠がない。
斎藤十郎兵衛は絵を描いていた証拠が見つかってないから写楽じゃないよ、でも異人さんならOKって……。納得できませんでした。
納得できないので、もう1冊、と思っていたときに手に入ったのが、こちら。
『写楽殺人事件』高橋克彦
謎の絵師といわれた東洲斎写楽は、一体何者だったか。後世の美術史家はこの謎に没頭する。大学助手の津田も、ふとしたことからヒントを得て写楽の実体に肉迫する。そして或る結論にたどりつくのだが、現実の世界では彼の周辺に連続殺人が起きていて−−。浮世絵への見識を豊富に盛りこんだ、第29回江戸川乱歩賞受賞の本格推理作。
(「BOOK」データベースより転載)
高橋克彦は、秋田蘭画の作家説。
作中(現代)で主人公は、明治時代の秋田蘭画の画集を手に入れます。中の1枚に、なんと「東州斎写楽改近松昌栄画」と書かれてあったから、さあ大変。
写楽の正体について、新たな資料が!
ということで大騒ぎになるのですが、実はこの画集そのものが、贋作。ある人物が、ライバルを蹴落とすために仕組んだ罠だったのです。
この展開にはうなりました。うまい。うますぎる。
ちなみに、この作品が発表されたのは、1983年です。写楽=斉藤説が有力になる前です。それで、ここまで強気に書けたのかもな、などと想像してしまいます。
もうひとつ、最後になりましたが
『写楽百面相』泡坂妻夫
「誹風柳多留」の板元二代目・花屋二三が馴染みの女の部屋で偶然目にしたそれは、かつて見たこともない程強烈な役者絵だった。しかも役者は行方知れずの菊五郎。誰が、いつ描いたのか。上方と江戸を結ぶ大事件を軸に江戸の文化と粋を描いた時代小説。
(「MARC」データベースより転載)
泡坂妻夫は、斎藤十郎兵衛説。
さる大名が、斎藤十郎兵衛の絵を浮世絵とするように蔦屋重三郎に発注かけます。贈り物なので、あくまで個人の観賞用。ところが、機を見るに敏な蔦屋重三郎が一般販売しちゃった、と。
そもそもが浮世絵用ではなく、実際に歌舞伎を見られない人向けに描かれたものなので、大衆に媚びてない(独特な画風)。浮世絵にする行程は別の人がしているので、発売時期によって絵の質に差がある、などの謎に見事に応えてます。
ただ、純粋に時代ものとして楽しめるのに、後半、写楽の謎に固執しすぎたきらいがあるのが残念。写楽についてはサラリと流してしまってもよかったのに。
ところで、『写楽百面相』には、今でもその名を知られた文化人たちが、多数登場します。その中に名前を見つけて、同時代人だったのか、と、改めて認識したのが、雷電為右衛門。
雷電といえば、飯嶋和一です。
『雷電本紀』飯嶋和一
凶作、飢餓、貧困に悪政が追い打ちをかけた天明、寛政年間、後世まで語り継がれる一人の力士が彗星のように現れた。巨人のような体躯、野獣のような闘志で、生涯にわずか十敗。豪快に相手をなぎ倒すこの男の相撲に、抑圧され続けてきた民衆は快哉を叫び、生きることへの希望を見いだしていった。実在する伝説的相撲人・雷電の一生を、雄大な構想と綿密な時代考証をもとに、足かけ六年の歳月を費やして執筆。いずれも粒ぞろいの飯嶋和一の歴史小説だが、その嚆矢として作家の名を鮮やかに読む者の脳裏に刻み込んだ、感動の歴史大作である。
(「BOOK」データベースより転載)
写楽の活躍が、1794年〜1795年。
雷電は、初場所1789年〜引退1811年。
見事に重なってました。でも、残念ながら、写楽が描いたのは雷電ではなく、大童山文五郎という力士なのですが。
果たして『雷電本紀』の中では、写楽の浮世絵の話題があったかどうか。定かでないので、読み返したくなってきました。
時代ものゆえの醍醐味ですね。同じ背景で、まったく別の物語が展開していくのは。
いずれ写楽も、謎ではなく、風景の一部として出会うことがあるのでしょう。今から楽しみです。