

次に読む本を決めるとき、どういう基準で選ぶか。
同じテーマの、アプローチの違うものを選んだり、まったく雰囲気の違うものにしてみたり。ジャンルを変えてみたり、小難しい本を読んだ後は軽めのものにしてみたり。
たとえば2018年でいえば、初旬には、リリアン・J・ブラウンの《シャム猫ココ》シリーズを読んだ後、同じ猫ものだけど、かなり雰囲気の違うポール・ギャリコの『トマシーナ』を手に取りました。その後、ケン・リュウの『蒲公英王朝記』2冊をはさんで、猫SF傑作選 の『猫は宇宙で丸くなる』で一区切り。
夏には、ラフィク・シャミの『蠅の乳しぼり』でアラブな世界を散策したあと、J・R・R・トールキンの『シルマリルの物語』で神話的世界にひたり、朝井まかての『眩(くらら)』で日本の江戸時代にタイムスリップ。
冬には、レイ・カーソンの《炎と茨の王女》で異世界にどっぷりはまった後、ロバート・クレイスのミステリ『容疑者』で現実に立ち返り、チャイナ・ミエヴィルの『ジェイクをさがして』で崩壊した世界へ。
さて、今回の予期せぬつながり。
本当は、まったく違う物語を読もうと思っていたのですよ。
6月。ついに、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』を読みました。
イタリアの僧院を舞台にした、連続殺人事件のミステリ。教皇と皇帝の対立問題も絡んで、知識が試される、試される。
おもしろいけれど難解、というのがもっぱらの評判。
時代背景が複雑なので、どうしてもそうなるんでしょうね。おもしろかったけど、疲れもしました。
疲れた読書の後には、やさしいもの、もしくは原点回帰。
というわけで選んだのが、古い時代のSFでした。
ふれこみでは「タイムトラベルSF史に残る傑作にしてキャンベル記念賞受賞作」という、ウィルスン・タッカーの『静かな太陽の年』。1983年に翻訳されたものの絶版になってしまい、2018年に復刊されました。
で、読んでみると、冒頭で
主人公のブライアン・チェイニイは未来学者だけれども、聖書の研究もしていて、黙示録の元ネタらしき巻物を翻訳出版したために、世間から大バッシングされている
という状況。
黙示録といえば、読み終えたばかりの『薔薇の名前』ですよ。『薔薇の名前』では、遺体発見の場が「ヨハネの黙示録」に描かれた世界終末の描写と酷似しているのです。
そんなところで、つながっていたとは……。
なお、『静かな太陽の年』が展開していくと、第一目標が未来である一方、過去も候補にあがっていることが知れます。
まずは、1963年のケネディ大統領暗殺事件の現場。(原書は1970年の発表)。
もうひとつは、キリストの磔の現場。
まさにそこへタイムトラベルしようとした話が、マイクル・ムアコックの
『この人を見よ』です。
まさか『静かな太陽の年』も同じところへ行って同じ展開になるのかと、ヒヤヒヤしました。予備知識なしで読んでいたもので……。
ちなみに『この人を見よ』が発表されたのは、『静かな太陽の年』のわずか2年前。ネビュラ賞受賞作なので、作者も内容を耳にしていたと思います。
すでに書いた後になって知ったのか、当時、そういう風潮があったのか、あえて入れたのか。
いろいろ考えてしまいます。