
スペース・オペラ系SF。
宇宙戦艦スター・クラスター号は星図作成の任を果たし、地球へと帰還しようとしていた。そのさなか、偶然にも亜人類たちの国家〈五十の太陽〉の気象台を発見する。
彼らは、15,000年前に起こった、デリアン系超人の虐殺事件の生き残りたちだった。大マゼラン雲の中にあって、これまで発見されずにいたのだ。
スター・クラスター号の艦長グロリアは、決断した。地球帝国のために彼らと接触し、銀河連合に加入させるのだ。
迎え撃つ〈五十の太陽〉も、一枚岩ではなかった。デリアンと非デリアンの間の子である混成人たち。彼らは、数も少なく阻害されていた。こうした混成人たちの中には、地球側につこうというものもいる。
混成人の世襲的指導者であるモルトビーは〈五十の太陽〉宇宙軍の一士官でもあった。モルトビーは、最良の解決策を求めて奔走するが。
1952年執筆だけあって、古いタイプのSF。美女がいて、スーパーヒーローがいて。
巨大戦艦の主でありながら規則に縛られているグロリア。二つの組織の間で苦悩するモルトビー。やっぱりうまいねぇ、ヴォクトは。
《ライラの冒険》シリーズ三部作・完結編。
冒険ファンタジー。
別世界への窓をつくることのできる“神秘の短剣”を持っている少年・ウィル。あらゆることを教えてくれる“黄金の羅針盤”を持つ少女・ライラ。
二人は共に旅をしていたが、ライラが、実の母であるコールター夫人に連れ去られてしまった。ウィルは、彼の元にやってきた天使たちと共にコールター夫人の後を追う。そして神秘の短剣をもってライラを救おうとするが、短剣は七つの破片となって折れてしまった。
コールター夫人によって眠らされつづけていたライラは、ロジャーの夢を見ていた。なにか伝えたげなロジャー。しかし、大親友のロジャーはライラのために命をおとし、もはや会うことは叶わない。
ウィルに助けられたライラは、神秘の短剣を直し、生きたまま死の世界へと赴くことを決意する。ロジャーにもう一度会うために。それは、最愛の守護精霊・パンタライモンとの別れを意味していた。
神と天使と教会と、ライラの父・アスリエル卿によって新たに建設された共和国。複雑にいりくんだ物語の完結編です。
哲学的で大冒険なストーリーだったのに、途中から違う方向にすすんでしまって、いくらかトーンダウンした結末でした。“BOY MEETS GIRL”は慣用句になるくらいですし、納得できない流れではないものの、物足りなさが残ってしまいました。
歴史巨編。
江戸時代中期、天明年間。
岡山城下に暮らす幸吉は天才的な表具師だった。豪商にも出入りし、銀払いの格を持つ。幸吉は、その技術を駆使して凧を作った。揚げるためにではない。自身が飛ぶためだ。
飛ぶことにのめりこんでいく幸吉。夜な夜な挑戦するが、その正体を知らぬ人々は“鵺”がでたと噂した。世直しの瑞鳥に、世間は大変な騒ぎへと発展していく。
幸吉は、そんな周囲とは別のところにいた。幸吉の心には、松尾芭蕉と同じく「風羅坊」が住んでいるのだ。捕り方たちに包囲されても、おのれの行為を理解することはできなかった。
幸吉は、所払いの刑に処せられる。
財産を失い、表具道具一式を失い、乞食同然となった幸吉。
しかし、幸吉の行った空を飛ぶ試みは、さまざまな人の心に波紋をひろげていた……。
時代そのものが主役の傑作。
ひょうひょうとした幸吉が、天才とはこういうものだ、と感じさせます。主役は幸吉ですが、脇も、彼ら自身の主役として丹念に書きこまれているため、世界に厚みがあります。
なんてすばらしい作品がこの世に存在していたことか。
第一部、最後の物語
第二部、サイエンス・フィクションについて
第三部、SF小説作法
表題作の「ゴールド −黄金−」は……
ウイラードは、コンピュ・ドラマの演出家。シェイクスピアの『リア王』で大成功をおさめ、名声を築いた。そのウイラードの元にやってきたのが、作家のレイバリアン。
自身のSF小説をコンピュ・ドラマにする申し出を、ウイラードは突き返す。しかし、レイバリアンの提示した成功報酬は、ただの電子マネーではなかった。
作家レイバリアンには、作者アシモフと重なる部分がありました。登場人物の背後には常に作者がつきものですが、たまに、むなしくなるときがあります。
小説あり評論ありとバラエティ豊かとはいえ、アンソロジーに寄せた前書きなどでは、あおるだけあおっておいて肝心のアンソロジー本文が読めません。アシモフの本なんですから当たり前なんですけど、恨めしく思えるのでした。
SF短編集。
「正義の名のもとに」
「もし万一……」
「サリーはわが恋人」
「蝿」
「ここにいるのは−」
「こんなにいい日なんだから」
「スト破り」
「つまみAを穴Bにさしこむこと」
「当世風の魔法使い」
「四代先までも」
「この愛と呼ばれるものはなにか」
「戦争に勝った機械」
「息子は物理学者」
「目は見るばかりが能じゃない」
「人種差別主義者」
以上、15作品を収録。
表題作「サリーはわが恋人」は……
サリーは、2045年型コンヴァーティブル。知能のある自動式自動車だ。ジェイクの養車院にやってきて5年。他の車たちと共に平和に暮らしていた。しかし、ある夜侵入者がやってきて……。
すべての作品に作者アシモフの解説つき。いい作品もあるんですけど、どうも心に残らない……。
末裔SF。
中性子星の軌道上にできた濃密な大気の環、それがスモーク・リング。特殊な動植物にあふれ、自由落下状態のスモーク・リングに漂う巨大インテグラル樹には、宇宙船乗組員たちの末裔が暮らしていた。
インテグラル樹の支幹で日々を営むクィン一族は今、飢饉の恐怖と対面しつつあった。新たな食料を求め、選ばれた、あるいは追い払われた探検隊は幹を登りだす。
少年ギャヴィングもその内の一人だった。
一行は、やがて樹の中心へとたどりつく。そこで出会ったのは、かつて袂を分かったドールトン=クィン一族。問答不要の戦いが始まり、しかし、世界の異変もほぼ同時だった。
インテグラル樹が二つに裂け、ギャヴィングは投げ出されてしまう。
迫りくる危機と、環境に合わせて進化した彼らと、512年前、彼らの祖先と共に地球からやってきた播種ラム・シップの〈監督官〉ケンディ。
次々と展開する世界は、おもしろいの一言。
神秘小説。
西アジアの果て。山また山の奥、狭い切り通しの向こう側、ある名前で呼ばれる場所があった。
『存在しない場所』または『有り得ぬ場所』……。
灰色の丘の上にある白い建造物の中で、人間がこつ然と姿を消してしまうという。
時枝満は、幼なじみである神原恵弥にやとわれやってきた。兵士たちと共に。
白い建物の秘密とは?
恵弥が秘して語らないこのプロジェクトの目的とは?
淡々と語られる“事件”が、怖さをあおります。そして、衝撃の結末。肩すかしであると同時に現実的で、うまい説明だと思いました。あまり長い話ではないからこそ、ゆるされる種明かしでしょう。
SF的ファンタジー。
ダナエは〈二十世界〉の実力者、マル・ス・テーガー家の娘。父親の過保護な干渉を嫌い、こっそりオータリス大学に入学した。
ダナエは研究のため、惑星トリプレット訪問の申請をだす。トリプレットの古代遺跡には不思議な〈トンネル〉があり、摩訶不思議な別世界を訪れることができるのだ。
トリプレットへの立ち入りは、星間政府が厳重に管理してきた。申請に対して許可が下りることは滅多にない。にも関わらず、一女学生にすぎないダナエの申請は見事に通過した。ダナエの一挙手一投足が、父の干渉下にあったのだ。
ダナエは、もっとも経験豊富な案内人ラヴァジンを雇い、別世界へと旅立つ。秘めたる計画を内におさめて……。
育った環境ゆえ、なんにでも反発するダナエ。見知らぬ世界は思い通りにいかないことばかり。その中で成長していきます。その度合いが、なかなかいい感じ。
ただ、〈二十世界〉と、2つの異なる世界がでてきますが、この異世界間の相違点がいまいち。魔法の領域にまで達している科学世界は、魔法世界との見分けがつきにくい……。読む速度が速すぎたか。
電脳系SF
ジェイムズ・ベイリーは、FBI捜査官。追うのは、高度なテクノロジーを使ったリーサル・ウエポン。ベイリーが尾っぽをつかんだ武器の供給元は、航空宇宙研究所の生化学者、ロザリント・フレンチだった。
ロザリントは軍事研究にたずさわっていたが、会社にすべてを報告してはいなかった。仲間たちと深夜まで研究しているのは、ライフスキャン。能機能をマッピングし、シリコンの上に人間を再生する。
表向き、ライフスキャンはうまくいっていなかった。ロザリントたちが隠蔽工作をしていたから。実際のところ、研究は大詰め、最終段階に入っていた。
ベイリーはロザリントを追ううち、ライフスキャンの存在を知る。30年も前にはじまり、いまだに初期の目的すら達成していない計画として。
研究所で、なにかが進行しているのではないか?
ベイリーは、最初の責任者、レオ・ゴッドバウムを隠居先に尋ねる。そして、帰り道、ロザリントに捕らえられてしまった。
犯罪者と、捜査官と、両方の視点から書かれているためか、無理なく入っていけました。
コンピュータ上で人間を再生するSFはいくつか読みましたが、これはとりわけ、地に足がついている感じ。作者はコンピュータ通だそうで、安心して読んでいられます。
ロボットSF。
ジャスペロダスは未存在から目覚めた瞬間、すでに理解していた。自分がロボットであること。子供のいない老夫婦によって作り出されたこと。そして、自分で決断することができること。
ジャスペロダスは両親を捨て、歩きだす。
盗賊団と出会い、奴隷と呼ばれ、王国警備隊司令官となりながらも疑問を持ち続けるジャスペロダス。ロボットに“意識”が生まれようもないことはすでに証明されているが、己の内にある“意識”と思えるものは一体なんなのか?
考えさせられる一冊。
ジャスペロダスは延々と考え、ある意味では崇高です。が、かなりいいかげんで、その行動たるや唾棄したくなるほど。それはつまり、悩みの深さの裏返し。
おもしろいです。