書的独話

 

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2026年02月03日
『白鯨』とその時代
 

 ここ数年で、海の冒険ものをいくつか読みました。
 フィクションだったり、ノンフィクションだったり。

 そうなると当然のごとく「この本を読んでいる人はこの本も読んでます」とかなんとかネットで表示されて、視界に入ってきます。
 そのうちの1冊に目がとまりました。

ナサニエル・フィルブリック
『復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇』

 1819年ナンタケット島を出航したエセックス号はクジラに襲われ、乗組員は漂流、生還したのは数名に過ぎなかった。『白鯨』のもととなったアメリカ捕鯨史上最悪の悲劇を再現。全米図書賞受賞作。
(「MARC」データベースより)

 そういえば……。
 いつかは読もうと思っていたメルヴィル『白鯨』を、まだ読んでいない!

 というわけで、この機会に2冊まとめて読むことにしました。

ハーマン・メルヴィル
白鯨

 イシュメールは捕鯨船ピークォード号に乗り組んだ。船長エイハブの片脚を奪った巨大な白いマッコウクジラ“モービィ・ディック”への復讐を胸に、様々な人種で構成された乗組員たちの、壮絶な航海が始まる!
(角川文庫版『白鯨』上巻の内容紹介より)

 古典文学というものは、読むのに多少手間取るもの。
 事前にその時代についての情報をつかんでいたほうがいいのではないかと考え、まずは、フィルブリックの『復讐する海』から。

 フィルブリックの経歴紹介によると、ナンタケット島の歴史についての研究家だそうです。
 『復讐する海』はエセックス号を襲った海難事故についての本ですが、密接に関係しているナンタケットや捕鯨についても紹介されてます。

 ナンタケットは小さな島で、北米大陸の大西洋側にあります。ニューイングランド南岸から38キロ。1世紀以上にわたって、世界的な鯨油産業の中心地でした。

 1812年2月、朝。
 チリ沖を北上していたナンタケットの捕鯨船ドーフィン号が、波のまにまに漂う小さな船を見つけます。どうやらホエールボートのようです。

 全長約7メートル半で、首尾同形。船縁を15センチほど高くして、まにあわせのマストが2本たてられてました。
 本船から降ろして鯨を追いつめるホエールボートは手こぎ舟。それが、簡単なスクーナー船になっていました。

 長く陽にさらされていたらしき帆は色あせて、塩でごわごわ。舵取りオールのそばに人の姿は見られません。
 ドーフィン号が近づいてみると、こぎ手座や床板のうえに人骨が散らばっており、ふたりの男がボートの両端に丸くなっていました。皮膚は一面にただれ、目は眼窩からとびだし、ひげは塩と血でばりばり。
 彼らは死んだ船員仲間の骨の髄を吸っていた。

 ひいいい〜。

 怒ったマッコウクジラに沈没させられた捕鯨船エセックス号の事件は、19世紀の有名な海難事故のひとつ。
 船から脱出した20人のうち、生き残ったのは8人でした。そのうちのふたりがドーフィン号に救助されたわけですが、移動距離は8300キロにもなったそうです。

 エセックス号の海難事故が有名になったのは、生き残った一等航海士オウエン・チェイスが『捕鯨船エセックス号の難破』を出版したため。救出された9ヶ月後、ゴーストライターの助けをかりて書かれました。
 ちなみにチェイスはドーフィン号ではなく、別ルートで5日前に救助されてます。

 残されている記録は、チェイスの著作のほかは他の生存者たちによる断片的な記述があるくらいでした。
 そんななか、1960年ごろになって古いノートが見つかります。エセックス号のキャビンボーイだったトマス・ニカーソンが晩年になって書いたものでした。
 事故当時14歳。執筆は71歳になってから。それでも証言は色あせておらず、忘れたくても忘れられない記憶だったんでしょうね。

 なぜクジラはあのような行動にでたのか?
 飢えと脱水症状は男たちの判断力にどのような影響を与えたのか?
 海のうえで何がおこったのか?

 フィルブリックの調査により、エセックス号の乗組員たちがたどった航海とその周辺が語られていきます。
 捕鯨がどのように行われるのか。捕鯨の残虐行為のさまとか、生き物ではなく金として見るようになる、とか。
 どういう時代だったのか。
 ナンタケットという特異な島民たちのこととかも。
 ひとつ、もやもやしたのが……。

 なんで鯨を食べないんだろう?

 航海にでてからエセックス号は、豚を購入したりカメを捕らえたりします。食料が不足する危機的状況にも陥ります。
 ですが、鯨肉についての記述は一切ありません。
 油をとるついでに肉もいただけば食料問題は回避できる気がするんだけど……?

 調べたところ、捕鯨船の標的であるマッコウクジラの場合、肉にも油が含まれているため食べる量によっては下痢をしてしまうんだとか。そのため鯨肉には毒があるという迷信が広まり、肉は捨てられていたんだそうです。
 (『白鯨』では、鯨肉の話題がありました)

 さて『復讐する海』を先に読みましたが、序文でいきなり、『白鯨』のクライマックスシーンについて書かれてました。
 先に読むべきではなかったかもと、後悔しきり。

 続けて『白鯨』を読みました。
 読み進めていくうちにクライマックスの検討がついてくるので、先に知っていても問題なかったです。それどころか、まったく別のところに心をもっていかれました。

 あえて『復讐する海』でネタバレと思った序文を取りあげておきます。

 メルヴィルの小説は船が沈められるところで終わるが、現実のエセックス号の悲劇はそこからはじまる。

 確かに。
 そのとおり。

 イシュメイルと名乗る人物が『白鯨』の語り手です。
 でも、イシュメイルの回想が『白鯨』ですから、そこで終わりではなく、そこが始まりだと思うのです。

 エセックス号も『白鯨』も、生存者がいたからこそ伝えられた。伝えられる人のいない事故もたくさんあったはず。
 海はロマンだけではないですね。


 

 
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