
2024年06月01日
柳 広司
『風神雷神』上下巻/講談社文庫
慶長3年(1598年)。
時の天下人太閤秀吉は、京都伏見の醍醐寺で花見を催した。
吉野の山から運ばれた桜は700本余り。招待したのは女性ばかり1300人。招待客におつきの女官もいるから、参加者はもっと多い。
醍醐寺には即席の茶屋がいくつも設けられ、舞楽が演じられたり、茶の湯や聞香、立花、歌会などが催された。出入りの商人たちにとって、今日の首尾如何によって今後の商売の趨勢が決まると言っても過言ではない。
上京小川に見世をかまえる扇屋「俵屋」も、そうした裏方集のひとつ。秀吉が二度の衣裳替えを要求しており、それだけ扇も必要になる。
ところが跡取りの伊年(いねん)は、商売そっちのけで境内のあちこちに立て置かれた金屏風に夢中になっていた。
伊年は、俵屋仁三郎が本家から養子として迎えた子だった。本家では、無口でいつまでも着物の柄を写し描きしている伊年を持て余し気味。他人との受け答えひとつ満足にできず、少し足りないのではないか、と考えていた。
仁三郎は、そんな評判など意に介さない。図案に対する特別な優れた感覚は、扇屋に必要な才だ。伊年には持って生まれた感覚があり、客あしらいは後で覚えればいい。
たしかに伊年には才能があった。さまざまな図案を貪るように描き写し、そして一度描き写したものは、けっして忘れない。俵屋に来る客で目の肥えた者が手にするのは、きまって伊年が絵付けをした扇だった。
醍醐寺の花見のころ伊年は、20歳を幾つか過ぎている。あいかわらず茫洋とした顔つきでぼんやりしていて、何を考えているのかわからない。
頭のなかは、目の当たりにした屏風絵でいっぱいだった。扇にしたらどうなるか考えに考え、こねくりまわしている。花見が終わって数日たっても、伊年はぼんやりとしていた。
そんなとき、指名で扇の注文が入った。絵付け職人の指名など聞いたこともない。伊年はいぶかしく思いながらも注文を受けるが……。
歴史小説。
伊年とは、のちの俵屋宗達。琳派の祖になった人物で、タイトルにもなってる風神雷神の屏風絵が有名です。
まだ何者でもない伊年が経験を積み、天才絵師として称えられるようになっていきます。
現代視点がちょいちょい入ってきます。地文には、当時はなかったカタカナ語もたくさん出てきます。
分かりやすい反面、江戸時代を読みたいのに、というのが正直なところ。どうも浸りきれない、というか。
時代ものははじめて、という人には取っ付きやすいでしょうね。
2024年06月04日
エルヴェ・ル・テリエ
(加藤かおり/訳)
『異常(アノマリー)』早川書房
ブレイクは殺し屋だった。
人殺しに最適な気質があり、スキルがあり、用心深さがあった。
2021年3月21日。
ブレイクは旅先にいる。ニューヨークにはオーストラリア人名義のパスポートで、10日ほど前に着いた。大西洋を横断する空の旅は荒れに荒れた。ブレイクのことは誰も知らない……。
ヴィクトル・ミゼルは作家を志していた。
ふたつの小説は批評家筋からの評判も上々。文学賞も受賞した。しかし、数千部を超えて売れることはなく、生活の糧は翻訳から得ている。
3月初め。
仕事のひとつが評価されて翻訳賞を受賞したミゼルは、授賞式のために渡米する。飛行機は超弩級の乱気流に巻きこまれ、ミゼルは死の一歩手前までいった。それ以来、名状しがたい激しい苦悩に打ちのめされている。
パリに帰ってきたミゼルは、猛然とした勢いで「異常」を書き上げた。編集者にファイルを送信すると、バルコニーをまたいで身を投げた……。
リュシー・ボガートはシングルマザー。
建築家のアンドレ・ヴァニエと交際している。
3月初め、ふたりは別々の要件で、一緒に渡米した。飛行機は大揺れで、背筋が凍るほどだった。ニューヨーク滞在を終えたふたりはパリに戻るが、すべてがゆっくりと崩壊していく……。
2021年3月10日。16時13分。
パリ発ニューヨーク行きエールフランス006便は、カナダ・ノバスコシア州の南方を飛んでいる。高度3万9000フィート。ニューヨークに向けて降下をはじめようとしたところだ。
前方に、巨大な積乱雲の壁が立ちはだかっている。その頂きは4万5000フィート近くに達している。
あまりに突然で、逃れるすべはない。このまま乱気流を通過するしかない。
機長も副操縦士も覚悟を決めるが……。
異常事態に対するシミュレーションもの。
群像劇。
ブレイクからはじまりますが、あくまでスパイス的な存在。あっさり死んでしまうミゼルが中心人物でしょうか。
どういう異常なのか。
鍵となっているのは、3月10日のエールフランス006便に乗り合わせていた、というところ。たまたま同乗していた以外に接点のない人たちが、同じ運命に見舞われます。
設定としては広義のSFだと思います。ただ、異常は解明されないので、科学的な方面を期待してしまうと、物足りなさが残ってしまうと思います。
同じ異常を経ても人によって受けとめ方がちがう、そういう部分が興味深かったです。
2024年06月07日
イアン・ワトスン(飯田隆昭/訳)
『ヨナ・キット』サンリオSF文庫
ポール・ハモンド博士が研究しているのは、宇宙を誕生させたビッグ・バンのあとに生じた余韻について。そのためにメキシコはメザピコ村の山の上の電波望遠鏡で観測をしているが、予算は削られっぱなし。
そんなとき、宇宙の根本原理をひっくり返すことを発見した。
われわれの宇宙は幻の副産物にすぎない。
この宇宙は、すべての物質と反物質が膨張の物理学によって強引に押し込められている。神が想像した真の宇宙は別の次元だ。神は存在するが、われわれのために存在しているのではない。
ハモンドは周囲の反対を押し切り、学会よりも先にマスコミに発表してしまう。世界は大きく揺らいだ。
そのころ日本では、6歳の亡命者に困惑していた。
その子供は、北方の島のホッカイドウ沖を漂流していた漁船の中で見つかった。ミハイルという介護人が付き添っているが、あくまで子供の意志だという。
なんでも、自分はニーリンという宇宙飛行士だという。アメリカへ亡命するつもりだ、と。
ソ連の宇宙飛行士だったギオルギー・クニポヴィッチ・ニーリンは、数年前から所在不明になっている。公式発表されていないが、アメリカ側は、ロケット発射台での爆発事故で死んだと考えていた。
誰かが赤子に知能を刷り込んだらしい。通貨を刷ったり、本を刷ったりするみたいに。
日本の精神科医は、自称ニーリンに精神的外傷を見てとった。治療のため、動物園へと連れていく。楽しく遊んでいる子供たちを見せてやろうとしたのだ。
動物園についたニーリンは、イルカが見たいという。
イルカ館には大きな壁画がある。彩色がほどこされ、クジラとイルカの絵と、系統図が描かれていた。ニーリンはマッコウクジラを示し、叫ぶ。
ヨナ・キット!
クジラはロシア語ではキットだが、マッコウクジラに限ってはカチャロットという。ニーリンのいう意味は分からず、ニーリンも説明はできない。
ソ連がマッコウクジラの厳しい保護対策を主張しだしたのは2年前。その他のクジラは一切構わず、マッコウクジラは絶滅の危機にさらされているというのだ。
ロシア・サハリンにある研究所では、人間の意識をクジラに埋め込む研究をしているというが……。
SF。
軸となる物語は3つ。
ハモンドの、宇宙創成にかかわる学説。
脳に刷り込むという技術。
人間の意識が混濁したクジラ。
自称ニーリンは、大人のように理論だった言動ができません。記憶はあっても脳の機能が子供のものなので、うまく処理できてない雰囲気。そこが意外というか、新鮮でした。
クジラの意識は理解しづらいものですし、全般的に分かりにくさがあります。
読む人を選ぶのでしょう。選ばれなかったな、といった感じ。
2024年06月10日
ジョナサン・ストラウド(金原瑞人/松山美保/訳)
『ノトーリアス』静山社
『スカーレットとブラウン』続編
文明は崩壊し、大ブリテン島は七つの国に分割された。
無法者のスカーレット・マッケインが、特殊能力をもつアルバート・ブラウンと手を組んで6か月。今では、七つの国で最も悪名高い無法者のふたり組みとなっている。
ふたりが狙うのは〈信仰院〉の財宝だ。〈信仰院〉は七つの国に君臨し、正常でないと烙印を押した人間を迫害している。
スカーレットの技能と、人の頭の中をのぞけるアルバートの能力を前にしては、厳重に守られた〈信仰院〉の金庫も安泰ではない。
ふたりは、ウォリックの町での強奪も成功させた。逃走して向かうのは、仲間が待つウルフズヘッドだ。
スカーレットはひとりで、ハンティンドンに寄り道をする。アルバートの影響で寄付をするようになったが、賭け事という悪癖をやめることはできない。
今回のスカーレットは運に見放されていた。借金までつくり、窮地に陥ってしまう。そのとき〈信仰院〉の工作員に見つかり、すべてが一変する。
工作員は、アルバートと同じ力を持っていた。スカーレットは頭の中をのぞかれないように帽子に細工をしている。そのことが逆に注意をひきつけてしまった。店は壊滅し、たまたま居合わせた人たちも巻き添えになってしまう。
生き延びたスカーレットは、ウルフズヘッドに無事たどりついた。仲間たちと合流し、工作員のことを警告する。ウルフズヘッドには、もうひとり、スカーレットを待つ人物がいた。
北部出身の貿易商サル・クインの依頼は〈埋没都市〉のお宝だ。
大変動のころ、火の嵐が都市とそこに住む人々をおおい尽くし、その秘密を地中深くに永遠に埋めて〈埋没都市〉が誕生した。火山灰におおわれた村や町を掘り出すすべはない。
だが、例外はある。
北のノーサンブリアにある、アッシュタウンだ。
丘陵地を通る川が一本できたことで、大きな〈埋没都市〉が発見された。当時のままの街並、大小さまざまな目を見張るようなものすべてがそのまま。今も発掘は続けられている。
高価な発掘物は〈信仰院〉の独占物。サル・クインは顧客の提案で、ふたりに話を持ってくることにした。
実は、この依頼は罠だった。サルも利用されたにすぎない。ふたりは仲間を人質にとられ、やむなくアッシュタウンに旅だつが……。
《スカーレットとブラウン》三部作の第二部。
文明崩壊後の未来世界を舞台にした児童文学。
前作『スカーレットとブラウン』では、現代との間に〈大衰退期〉と国境戦争があったことに触れられてました。どうやらその前に、大変動があったようです。そのときに文明が崩壊したのでしょうね。
ふたりの仲間たちは、前作で登場したジョーとエティです。スカーレットがトラブルを抱えているハンド同業組合が、ふたりを罠にはめます。
今作では、スカーレットの過去が明らかになります。
なぜ無法者となったのか。どうしてハンド同業組合と関わることになったのか。
ブラウンにも変化があって、つなぎの一冊だな、といったところ。次作が楽しみです。
2024年06月17日
ジェフリー・ディーヴァー(池田真紀子/訳)
『カッティング・エッジ』文藝春秋
《リンカーン・ライム》シリーズ、第14作。
リンカーン・ライムは、事故により四肢麻痺という障害を抱えている。脳に障害はなく、明晰な頭脳は健在。科学捜査の専門家としてニューヨーク市警に協力している。
マンハッタンのミッドタウンに、ダイヤモンド地区はあった。そのど真ん中、47丁目にある古いビルに、ジャスティン・パテルの店がある。パテルは、ダイヤモンド加工職人として世界的にも知られていた。
その日は、土曜日だった。
ユダヤ教の安息日とあって休んでいる宝石店や宝飾店も多い。ビルは閑散としていた。そんな中パテルの店では、結婚を控えたカップルに指輪の引きわたしを予定していた。
匿名の人物による通報で、事件は発覚する。パテルもカップルも殺された。パテルは拷問までされていた。
通常、重大犯罪捜査課が殺人事件や小売店の強盗事件を扱うことはない。だが、ダイヤモンド地区の強盗殺人事件を公にしたくない配慮から、一級刑事ロン・セリットーの担当となり、セリットーはライムに打診した。
不可解な事件だった。犯人は金庫にあった数百個のダイヤモンドに手をつけることなく逃走している。拷問までして、なにを知ろうとしたのか。
現場で証拠物件を集めたアメリア・サックス刑事は、ダイヤモンドを入れるための封筒らしきものを発見する。メモには、カラット数や、石の評価額、南アフリカ・ケープタウンの会社の代表番号が書かれていた。
アメリアはケープタウンの会社に連絡をとり、保険会社を紹介してもらう。
研磨済みの石には登録番号がレーザー刻印されるが、未加工にはない。犯人は原石を狙ったのだろう。原石を持ちこみそうな相手は、保険会社でそれを専門とする調査員なら詳しいはずだ。
ライムたちは、損害調査員エドワード・アクロイドから情報提供を受ける。アクロイドは役立ちそうな情報を持っており、信頼できそうだ。だが、いずれは保険会社と利害が対立することがわかっている以上、すべてを教えることはできない。
ライムたちは、ビルの裏口から出ていった南アジア系の若者が匿名の通報者だと検討をつけるが……。
犯罪小説 。
ライム・チームの他、パテルの弟子で匿名の通報者であるヴィマル・ラホーリ、ダイヤモンドに執着心を持っているロシア人ウラジーミル・ロストフの物語も展開していきます。
ディーヴァーの得意技は、どんでん返し。シリーズ14作目ともなれば、どこでどういうどんでん返しがくるのか、どうしても考えてしまいます。
今作は、そうきたか、と。
なお、本作と前作『ブラック・スクリーム』の間で、ライムとアメリアは結婚したようです。
2024年06月18日
アレックス・ヘイリー(松田銑/訳)
『北極星をめざして』社会思想社
1855年。
フレッチャー・ランドールは19歳。
父親は裕福な農園主で、100人を越す奴隷と3000エーカーの土地を持っている。農園はノースカロライナ州で4番目に大きいといわれており、上院議員でもあった。
南部で育ったフレッチャーは、北部ニュージャージー州プリンストンの大学で学んでいる。南部の人間が北部の大学にいると、むずかしい立場に立つことが多い。かといって、南部から来た同郷の学友たちと折り合いがいいわけでもない。
南部から来た学生たちは、優等生名簿で高い席次にいるフレッチャーのことが気に食わないようだ。そのうえ、フレッチャーは内省的な性格の持ち主だった。南部の人間にありがちな、乗馬と狩猟と飲酒にうつつをぬかすことはなく、大学生活にありがちな、粗野な、ふざけ半分のやりとりなどに耽ることもない。
そんなこんなで、フレッチャーには友だちがいなかった。そんなとき、3人の学生たちの訪問を受ける。ポール、ノア、アンドリューのエリス兄弟のうち、一番下のエリスと国語のクラスが一緒だった。
エリス兄弟はフィラデルフィアの出身で、クエーカー教徒だという。クエーカー教徒といえば、極端な平和主義者の団体。そんな程度しかフレッチャーは知らない。
エリス兄弟の考えでは、人間はそれぞれに違うし、意見というものも当然同じではあり得ない。南部の伝統的な生活様式について批判めいた発言もなく、フレッチャーはクエーカー教徒に興味を抱く。もともとフレッチャーには、自分とは違う人々についての強い好奇心があった。
交流を深めていくなか、フレッチャーはフィラデルティアへの招待を受ける。はじめてのフィラデルティアに、フレッチャーは興味津々。だが、自由黒人の多さや実業家までいることにショックを受けてしまう。
フィラデルティアでフレッチャーは、黒人奴隷の逃亡を助ける〈地下鉄道〉の集会に参加したり、さまざまな経験をした。その日までフレッチャーは、本気で黒人たちに感心を持ったことはなかった。かれらの名前さえ知らなかったのだ。
フレッチャーはエリス兄弟に裏切られた気分になり、兄弟を避けるようになるが……。
アメリカの奴隷制度もの。
南部に生まれて、なんの疑問も持たずに奴隷制度を受け入れていたフレッチャーが、どう変わるのか。
どういう方向に展開していくのかはありがちですが、奴隷所有者側の視点は新鮮でした。
ちなみに、南北戦争がはじまるのは6年後の1861年です。
2024年06月19日
Q・パトリック(山口雅也/訳)
『八人の招待客』原書房
クリスティー『そして誰もいなくなった』の先行作という中編を2本収録。クローズド・サークルもの。
「八人の中の一人」
大晦日。
リーランド&ローレイ加工会社は、最後の日を迎えようとしていた。今夜の株主総会でパン・アメリカン染色会社との合併が決まる。もはや会合は形式的なものにすぎない。
そんな折り、社長秘書のタイプライターに挟まれた脅迫文が発見された。脅迫主は、合併反対派らしい。大株主の何人かが死ねば、法的に有効になることなく票決はやり直しになるだろう、というのだ。
見つけたときにはすでに投票は終わり、合併案が採択された。
その場に残っているのは、脅迫文で名指しされた大株主たちと社長秘書。会社は40階にあり、夜間用エレベーターは13階まで歩いて降りねばならない。
自由に出入りできない暗いオフィスで、はじめのひとりが死んでしまうが……。
社長秘書のキャロル・ソーンの視点から語られます。
フロア全体は暗闇に閉ざされ、照明が使えるのは個室オフィスだけ。外部と電話もつながらす、閉塞感がただうなか、大株主たちが右往左往します。
「八人の招待客」
シオドア・ヴァンダルーンは、6通の招待状を送った。
受け取ったのは、オペラ歌手、准男爵、ギャンブル依存症の女、宗教書出版社の三代目社長、判事、男爵夫人。ヴァンダルーンとは社交界で面識はある。だが、それほど親しくはない者たちだった。
かれらは書かれていた文面を見て、使用人も誰もつれず、招待に応じることを決める。
ヴァンダルーンはマンハッタンの旧家のひとつ。裕福で風変わりで、すでに邸宅は閉鎖し、バークシアにある広大な敷地で隠遁生活を送っている。
ヴァンダルーンは6人の招待客に、スターナーと対決して殺すつもりだと宣言した。ヴァンダルーンも招待された6人も、スターナーに脅迫されている者たちだった。
ヴァンダルーンの計画は、事故死だ。スターナーを招き寄せ、事故を装って殺してしまう。そのための目撃者として6人が招待され、準備は万端。
ところが、やってきたスターナーは養女のカームライトを伴っていた。しかも、判事の裏切りによってスターナーに計画を知られてしまうが……。
事故死という演出をするため、人為的に屋敷が孤立するように設えられてます。スターナーは脅迫することで生活するような人物ですから、自分の殺害計画を知ったくらいでは動揺しません。
そんななか発生する、ある人物の死。事故死か他殺か。
長編でもっとじっくり読みたかったような。
2024年06月21日
山本一力
『あかね空』文藝春秋
宝暦12年(1763年)。
深川蛤町の大横川のそばに、新兵衛長屋はあった。子沢山の職人が多く暮らす裏店で、井戸を取り囲む形に三軒長屋が4棟建てられている。商い向けの平屋も三軒あった。
永吉は、人伝に新兵衛長屋にやってきた豆腐職人。12の歳から京の平野屋に奉公してきて、25歳でひとかどの豆腐職人になった。事情で暖簾分けは期待できず、ひとりで江戸にでてきたところだ。
豆腐造りには質の良い水が欠かせない。新兵衛長屋にはいい井戸があった。永吉は、店売りの京風豆腐〈京や〉で勝負するつもりでいる。
永吉が越してきて15日。
それまで新兵衛長屋にいる若いものは、桶屋の娘おふみだけだった。おふみは永吉を意識し、手伝いを買ってでる。店の造作も、長屋のものたちが手伝ってくれて、あらかた仕上がった。
迎えた〈京や〉の初日は、物珍しさもあって売り切った。
だが、2日目には売れ残ってしまう。固い豆腐になれた江戸の人たちは、京風のやわらかい豆腐が口に合わないのだ。
気が気じゃないおふみは、新兵衛長屋の棒手振、喜次郎に相談した。
喜次郎は、平田屋から仕入れた豆腐を売り歩いている。喜次郎にとって永吉は、ろくに挨拶もしないおもしろくない相手。だが、豆腐のうまさは認めている。
喜次郎はおふみに、提案をした。
蛤町の表通りは、永代寺と八幡宮の門前町だ。寺も料理屋も腐るほどあるが、棒手振りは相手にしない。そして、寺は京からの下りものには、ばかに弱い。
永吉が修業した平野屋は、南禅寺という京で名高い寺の門前にあった。永吉は永代寺に豆腐を喜捨し、受け入れられる。
永代寺からの注文で〈京や〉は軌道にのった。永吉とおふみは夫婦となり子宝にも恵まれるが……。
直木賞受賞作。
9代将軍家治の御世。1767年から田沼時代がはじまります。
二部構成で、第一部で永吉の世代が、第二部で子供たちを中心として語られます。
永吉の預かり知らないところでいろんな出来事が起こってます。都合がいいと思うか、回り回って……というおもしろさを感じるか。
読み手次第かな、と思います。
2024年06月29日
アンソニー・ドーア(藤井 光/訳)
『すべての見えない光』新潮社
1944年8月7日。
12機のアメリカ軍爆撃機が、真夜中にイギリス海峡の上空を越えた。目標は、フランスの岬にある城壁町、サン・マロ。
16歳のマリー=ロール・ルブランが、サン・マロのヴォーボレル通り4番地で暮らしはじめて4年になる。背が高く幅の狭い6階建ての家は、大叔父エティエンヌのものだ。きのうの夜でかけたエティエンヌは、また夜になっても戻ってきていない。
マリー=ロールの耳に、町まで5キロのところに迫った爆撃機の音が届く。手にしたビラには、住民への緊急通知が書かれている。
ただちに市街の外に退去せよ、と。
目が見えないマリー=ロールには、ビラが読めない。攻撃がはじまると、家の模型に隠された、ハトの卵ほどの大きさの涙の粒の形をした宝石を手にとった。
一方、サン・マロの〈蜂のホテル〉では、18歳のドイツ人二等兵ヴェルナー・ペニヒが音で目覚めていた。要塞として使われている〈蜂のホテル〉は、すべての窓が塞がれ、年代物の高速高射砲が据えつけられている。
技術兵のヴェルナーにすることはなく、地下室に避難した。爆音と破壊と振動のなか、ヴェルナーは地下に閉じ込められてしまう。
ノルマンディー上陸から2か月。
すでに西フランスの半分は自由になっている。サン・マロは、大陸の端にある最後の砦だった。ブルターニュ海岸に最後まで残るドイツ軍の要地だった。
1934年。
マリー=ロールは、父親とパリに暮らしている。母親はすでに亡く、視力も失われつつある。
父は、国立自然史博物館で錠前主任として働いていた。博物館の鍵をすべて管理する仕事だ。マリー=ロールは博物館で〈炎の海〉という特別な宝石について知った。
一方のヴェルナーは、ドイツのエッセン地方のはずれツォルフェアアインの町に住んでいる。父親は炭坑にのみこまれ、妹ユッタとともに〈子どもたちの館〉に引きとられた。
ヴェルナーは機械修理が得意で、才能をみせるが……。
ピュリッツァー賞受賞作。
主人公は、マリー=ロールとヴェルナーのふたり。
戦時下の1944年にはじまり、1934年にさかのぼって、サン・マロが攻撃される夜まで、なにが起こってそういう状況になったのか、明かされていきます。
断章を積みあげていくスタイル。細切れなので手軽に読めますが、内容は手軽じゃないです。いかんせん時代背景が暗く、最後には全員死んでしまうんじゃないかって雰囲気でした。
マリー=ロールとヴェルナーのほかにも、エティエンヌのこと、父親のこと、〈炎の海〉の行方を追う人物のこと、さまざまなことが語られます。
エティエンヌは祖父の弟なのですが、祖父は第一次大戦で亡くなってます。エティエンヌも従軍して精神に障害を負ってます。
そんな人がいる時代にふたたび戦争してしまったとは、やるせない思いでいっぱいです。
2024年07月01日
ロバート・A・ハインライン(福島正実/訳)
『人形つかい』ハヤカワ文庫SF217
2007年7月。
国籍不明の宇宙船が、アイオワ州グリンネルの近くに着陸した。おおむね円盤型をし、直径は150フィート。
一報を伝えた地元の放送局は、すぐに訂正報道をした。新人アナウンサーが農家の若いものをそそのかし、金属板とプラスチックでつくったでっちあげだった、というのだ。
しかし、報道されたクローズ・アップの写真と、宇宙ステーションからとった写真とでは、所在地にズレがあった。しかも、秘密の機関(セクション)が送り込んだエージェント6人が、消息不明になっている。エージェントのひとりとは、報告している最中に不通となった。
そんなとき、サム・キャヴァノウは伯父のチャールズ・M・キャヴァノウと妹のメアリと3人で、農場に宇宙船見物にやってきた。
実は、3人ともセクションの人間。若いエージェント2人と、彼らをとりしきるおやじ(オールドマン)が変装してさぐりにきたのだ。
メアリは、
交通整理をしている警官や、見物料をとってハリボテの宇宙船を案内している若者が、どこか狂っていることに気がつく。催眠術にかかっているのか、薬によるものか、はっきりとはしない。だが、人間なら得られる反応がまるでなかった。
宇宙ステーションが撮影した場所へは通行止めになっており、3人は地元放送局に乗り込んだ。
メアリは、対応したジェネラル・マネージャーに異常を探知する。あのハリボテ周辺で出会った者たちと同じだ。かれらは不自然な猫背に見えるが、その背になにかがとりついていた。
それは、灰色がかった半透明にちかい物体で、中を黒っぽい筋のような組織が走っている。はっきりした形状はない。
寄生生命体が人間にとりつき、意のままに操っていたのだ。
オールドマンは謎の生命体を罐に生け捕りにする一方、大統領を説得して国家非常事態宣言を出させようとする。だが、相手にされない。
打つ手がないまま、サムが謎の生命体に寄生されてしまう。
サムは、ぼんやりした意識の下、仲間を増やそうと奮闘するが……。
侵略SF。
ほぼ20年ぶりの再読。かなり覚えているつもりでいたのですが、なにも覚えていませんでした。
サムの語りで展開していきます。なお、途中で明らかになるサムの本名はエリフです。
2007年は過去ですが1951年の作品なので、近未来という設定です。当時の価値観が反映されているため古さは否めません。
そこらへんを割り引いて読まないと、なかなか楽しみにくくなってきました。