学生だったその昔。
NHKの大河ドラマといえば、歴史(日本史)のお勉強番組でした。ドラマなので脚色は当たり前として、とりあえず史実がベースにあったように思います。
史実なんて、新たな発見があって書き換えられていくものですけどね。とりあえず、歴史の教科書に載っているようなことはそつなく押さえられていて、もっと詳しくもあった。そのうえで、登場人物たちが掘り下げられていて……。
思い出ですけど。
さて、2014年。
第53作になるそうですが、『軍師官兵衛』です。
黒田勘兵衛は、豊臣秀吉の参謀として仕えていた人。秀吉の死後は徳川家康に参じてます。なので、安土桃山時代の事件には、直接的間接的にリンクしてます。
ただ、『軍師官兵衛』は合戦よりホームドラマ優先の方針らしく、大事件でもけっこう飛ばされることが多い。概略だけとか、ナレーションだけとかで。
1581年の鳥取城の包囲戦は、勘兵衛が立案したとされているけれど、見事にスルー。ただ、この兵糧攻めは鳥取の飢え殺しとも呼ばれる凄惨な作戦で、とてもお茶の間に披露などできない残酷さ。黙殺されるのも当然でしょうけど。
続く1582年の備中高松城の水攻めはちゃんと取り上げてましたね。なにしろ、その最中に本能寺の変が起こるんですから、素通りするわけにはいかない……。
その水攻めに立ち会っていて、あれを真似したんだろう、と言われていたのが、石田三成による忍城水攻め。ただし現在では、三成の策ではなく、秀吉が無理矢理やらせたんだろう、という説が有力になってます。そういう書状が発見されているので。
忍城水攻めの背景は、秀吉による関東平定。
秀吉は天下統一を目前にしていたけれど、小田原を本拠にしている北条氏だけが反抗的。そこで大軍を引き連れて、関東になだれ込んできます。
忍城は、北条氏の支城のひとつ。周囲が沼地で、水の城とか浮き城などの別名があります。このときの城主は成田氏長。氏長は北条氏の求めに応じて、兵力の半分を率いて小田原城に入ります。
忍城に残っているのは、武士と足軽でおよそ500。
そこに、石田三成を総大将にした軍勢2万がやってきます。
忍城水攻めを題材にした物語が、和田竜の『のぼうの城』です。2009年の本屋大賞で第2位になったからだったか、話題になりました。
『のぼうの城』和田竜
忍城の総大将・長親は、のぼう様と呼ばれていた。不器用で頼りなく、まるで「でくのぼう」だから。実は氏長は出立前、戦わずして開城するように言い残していた。秀吉に通じていたのだ。
ところが長親は、軍使の言動に腹を立て、勝手に開戦を決めてしまう。家臣も領民も唖然とするが、そこは勇猛で知られた坂東武者の末裔たち。長親を助けてやろうと、一致団結するが……。
なんでも、2003年の城戸賞に入選した脚本『忍ぶの城』を、映画化を視野に入れて小説化したのが『のぼうの城』だったそうで。なるほど、映像化すると映えそうなシーンが目白押し。
もうひとつ。
題材が忍城水攻めなら『のぼうの城』よりこっちの方が面白いよ、と耳にしていた作品があります。それで興味を持ったのが、風野真知雄の『水の城 いまだ落城せず』。
刊行されたのは2000年。和田氏も読んだのか、読んでいないのか。
『水の城 いまだ落城せず』風野真知雄
忍城の重臣たちは、籠城することでまとまった。準備が進む中、総大将・長親は、積極的に領民たちに混じり防衛策を講じていく。一方、忍城を包囲している三成は、水攻めを決断するが……。
忍城水攻めは、備中高松城、紀伊太田城と共に、日本三大水攻めのひとつに数えられてます。その名が高らかに響いているのは、本城の小田原城が落ちてもなお耐え抜いた(とされている)から。
ただ、歴史資料に乏しいらしく、分かっていないことの方が多いようです。
立て続けに2冊読んで、それを痛感しました。
まず、長親の体格が全然ちがう。
『のぼうの城』の長親は、背が高くて横幅もあって、ただただ大きい。で、のそのそ歩く、と。でくのぼうのように。
『水の城』の長親は、肩が細くて小柄。埋没している感じ。
見た目の印象の違いは、当然、周囲の人々の長親に対する態度にも現れます。のぼう様には親しみが持てるし、助けてやらにゃと思わせるなにかがある。
小柄で凡庸な長親は、親しく口をきいたとしても、やっぱり城代、身分が違う。ただ、安心感は漂わせてました。氏長の娘・甲斐姫が昼行灯と罵るもので、忠臣蔵の大石内蔵助を連想してしまったのは余計。
長親に関していえば、『水の城』の方が現実的。いそうなタイプです。ただ、面白みがあるのは『のぼうの城』の方。
正直者なのは、同じでしたね。駆け引きとか隠し事が苦手……というか、そもそもできない。どちらも、それでうまくいってしまうんですけど。
『のぼうの城』で大活躍した柴崎和泉守が『水の城』では開戦前に逃亡していたり、酒巻靭負にいたってはそもそも出てこない、というあたりは残念。主役級だった正木丹波の扱いもいまひとつ。
代わって『水の城』では、竹之内十兵衛なる卜伝流の使い手が登場します。なんでも、長親を慕って忍城にやってきたんだそうで。長親の人物設定からすると理解しづらい現象ですが。実際、作者の創作らしいです。
肝心要の、水攻めの扱いも相当に開きがあります。
『のぼうの城』は、水攻めがクライマックス。というか、他の小競り合いはほとんど省略。とにかく派手に大洪水を巻き起こします。作中では語られないけれど、堤をこしらえるだけでなく、上流もせき止めておいて一気に決壊させたんだろうな、と想像。
『水の城』の水攻めは、あくまでひとつの戦法。途中経過。派手に魅せようとはしない分、実際の水攻めはこうだったんだろうな、という現実感。水攻めの後も、戦いは続きます。
『のぼうの城』と『水の城』のどちらがより面白いか。
どうも、歴史小説に親しんでいるかいないか、そういう読み手のバックボーンで意見が分かれそうです。
どちらも読んで損はないですけど、個人的には『のぼうの城』の方がおすすめ。
個性的な登場人物たちがきちんと書き分けられているから、とても読みやすい。ただ、ときどき主役が分からなくなるのが難点。長親なのか、丹波なのか。
史実に近い方がいいなら『水の城』といったところでしょうか。合戦の様子は、なるほどと思わせる。『のぼうの城』では無視された名だたる武将も登場します。
ところで、『のぼうの城』は2012年に映画化されてます。
タイムリーに、NHKのBSプレミアムで放送されました。展開は原作通り。いろんな場面がカットされてて、
あのセリフは残した方がよかったんじゃないか
その設定はなかったことにした方がすっきりしそう
このシーンはいらなかったかも
などと思いながら見てました。
正直なところ、同じくらいの時間をかけるなら、映画より原作をとるかな。
長親を演じた野村萬斎氏は、さすが能楽師だけあって存在感がありましたけれど。