貞享元年(1684年)3月。
改暦の儀が執り行われようとしていた。ついに帝は、すっかり古くなってしまった現行の暦を廃止し、新たな暦法の採用に踏み切ったのだ。
選択肢は、3つ。
大統暦、授時暦、大和暦。
帝は、どの暦を採用するのか? 当事者のひとりである渋井春海は、すべてが始まったころを思い出していた。
寛文元年(1661年)10月。
春海の父である安井算哲は、囲碁の才能を徳川家康に見いだされ、囲碁をもって駿府に仕えた。そして、江戸に幕府が開かれると、碁打ち衆として登城を許された。
父が亡くなったのは、春海が13歳のとき。長男である春海は、安井算哲の名を継いだ。
実は安井家には、囲碁の才能にあふれる養子がおり、すでに安井算知として立派に勤めを果たしていた。春海は、二代目安井算哲でありながら、次男や三男のような気分。公務ではないときには、渋井春海と名乗るようになっていた。
春海の本心は、碁に飽きていた。そのため幕府に提出する履歴書には、さまざまな技能を書き込んだ。本業である碁の他、神道、朱子学、算術、測地、そして暦術。
あるとき春海は、老中の酒井忠清に白羽の矢をたてられたことに気がつく。
近々、北極出地が行われる。観測隊の隊長は、旗本の建部昌明。副長は、御典医の伊藤重孝。そのふたりの補佐として、春海が選ばれたのだ。
春海は、慌ただしく江戸を出発するが……。
本屋大賞受賞作。
渋川春海は、貞享暦を編纂した実在の人物。
春海が心奪われているのは、算術。物語も、暦術より算術の方が比重が大きくなってます。算術をきっかけにした出会いも盛りだくさん。
微妙な立ち位置の春海もですが、脇役たちが実に魅力的。とてもいきいきとしています。
残念だったのは、ときどき、ちゃんと文献をあたって書いてますよ、という主張が混ざること。その瞬間に現実に引き戻されてしまって、興ざめ。ノンフィクションを読みたい人はいいかもしれませんね。
《ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス》
ヒューゴー賞またはネビュラ賞、あるいは両賞を受賞した作品を集めた短編および中編集、第一弾。ユーモア編。
ウィリスのユーモアは、たいていすれ違いが基礎になってます。それがはまることもあれば、くどすぎると食傷気味になることも。そんなわけで、いくら受賞作とはいえ大絶賛とは言いがたく……。
「混沌ホテル」
(旧題「リアルト・ホテルにて」「リアルト・ホテルで」)
ルース・バリンジャーは、量子物理学者。国際量子物理学会に出席するため、ハリウッドにやってきた。宿泊するのは、リアルト・ホテル。ところがフロント係は、予約が入ってないの一点張り。すったもんだの末にようやく部屋に入れたものの、障害はつづく……。
量子論的現象が、ルースの前で展開されていきます。博士が主役だけあって理論がいろいろ出てきますが、そのあたりは素通りでも大丈夫。
騒がしいドタバタの狭間に、静かにじっくり検討する時間があって、メリハリのついた作品……なのでしょう。12年前に読んでいるのですが、きれいさっぱり忘れてました。今回も忘れてしまいそうです。
「女王様でも」
トレイシーの次女パーディタは、シャントを拒否してサイクリストになってしまった。トレイシーは説得したが、パーディタが成人している以上、本人の意思を尊重するしかない。
だが、トレイシーの母や長女は別の意見を持っていた。早速、パーディタを説得するために昼食会が開かれるが……。
シャントとはなんなのか、サイクリストとはどういう主義の人たちなのか。徐々に明らかになっていきます。
女性問題を真っ向からとりあげた怪作。
「インサイダー疑惑」
ロブは、暴露雑誌を作っていた。扱うのは、ニセ科学や、インチキ宗教、その他モロモロ。有意義で分別のあることがしたい、というキルディと仕事をしている。
いつものようにロブは、キルディから一方的にセミナーに誘われた。アリオーラと名乗る霊媒が、アイスースというアトランティスの大神官とチャネリングするのだという。
ロブにとってチャネラーによる詐欺は時代遅れ。読者も喜ばない。仕方なくセミナーに参加したものの、驚くべき事件が起こる。
アリオーラが、本当に取り憑かれてしまったようなのだ。これには主催者側も大慌て。セミナーは中止になってしまう。
アリオーラに取り憑いた霊は、どうもH・L・メンケンらしい。メンケンは、オカルト詐欺やニセ科学を攻撃していたジャーナリスト。本当にメンケンの霊なのか? 新手の宣伝ではないのか?
ロブとキルディは調査を開始するが……。
小気味いい中編。
キルディは元・ハリウッド女優。歩合制で出演した映画が大ヒットしたおかげで、今でも多大な収入があります。
そんなわけで、一応はロブが雇用主なものの、上下関係はありません。むしろ、好き勝手に動き回るキルディに振り回されっぱなし。なにがインサイダーなのか、読めば納得すると思います。
「魂はみずからの社会を選ぶ
−侵略と撃退:エミリー・ディキンスンの詩二篇の執筆年代再考:ウェルズ的視点−」
エミリー・ディキンスンの詩作は、1886年までだと思われていた。なにしろ、その年にエミリーは亡くなっている。
ところが最近になって「神の大いなる怒りの日」に関わる詩が発見された。詩には、火星人侵略を指し示していると思われる箇所があるのだ。エミリーは、あの大事件のあった1897年には、すでに甚だしく腐敗していたはずだが……?
H・G・ウェルズ『宇宙戦争』のトリビュート作品集のために書かれた作品。真面目な論文調に仕立て上げられてます。
エミリー・ディキンスンは、アメリカ屈指の詩人。原文で読むとすごくおもしろいんだろうな、とは思うのですが。英文+訳文だと、いまいち伝わらず。
「まれびとこぞりて」
デンヴァー大学キャンパスのど真ん中に、宇宙船が着陸した。降り立ったのは、6人の異星人。彼らは大学ホールの正面玄関に向かって行進し、そこで立ち止まった。
はじめての異星人の訪問に、人々は大騒ぎ。だが、彼らは立ち止まった状態のまま、圧倒的な不承認の表情を浮かべてにらむだけ。
ただちに、専門家からなる委員会が組織された。ところが、専門家たちの努力もむなしく、異星人に反応はなし。唯一の成果は、彼らを連れて歩くことができるようになったこと。
月日は流れ、委員会はどんどん人員が入れ替わる。
ついに、メグにもお呼びがかかった。彼らの来訪前から、新聞のコラムでエイリアンをとりあげていたことがあったから。たんなるユーモアが、お偉いさんには分からなかったらしい。
ある日委員会は、異星人たちをショピングモールに連れて行った。クリスマスまであと2週間のモールは大混雑。そこで大事件が起こる。
彼らがにわかに座ったのだ。メグが目を離している間の出来事だった。
その瞬間を目撃していたのは、聖歌隊指揮者のカルヴィン。ビデオにも撮られていた。異星人たちは館内に流れる「もろびとこぞりて」の“座して”で、まさしく座ったのだ。
メグとカルヴィンは共同で、異星人と意思疎通すべく調査を開始するが……。
コメディタッチの中編。
異星人たちが反応するのは聖歌だ、というわけで、さまざまな聖歌が取り上げられます。おなじみのもあれば、あまりおなじみではないものも。
さりげなく解説が入るので、知らなくっても読むのに支障はないです。ただ、やはり知っている歌が取り上げられるシーンの方が楽しめましたけど。
《リンカーン・ライム》第一作
アメリア・サックスは、31歳。ニューヨーク市警の巡査。関節炎の悪化を理由に、警邏課から広報課に異動になることが決まっている。
8月の土曜日、朝9時。
警察にひとつの通報が入った。通報者は名乗らず、11番街寄りの西37丁目を調べてみろ、という。
最後のパトロール中だったサックスが発見したのは、地面から突き出た人間の手だった。薬指の肉はすっかり削ぎ落とされ、はめられていたのは女物の指輪。どうやら生き埋めにされたらしい。
被害者は、出張帰りの銀行員ジョン・ウルブリクト。ウルブリクトはケネディ国際空港からタクシーに乗っていた。部下のタミー・ジーン・コールファクスと共に。
コールファクスの行方は杳として知れない。
リンカーン・ライムは、40歳。かつては、IRD(中央科学捜査部)の部長だった。"世界最高の犯罪学者"と評判だったが捜査中の事故で脊髄を損傷し、四肢麻痺となってしまった。変わらず明晰な頭脳は尊厳死を望んでいるが、自力では死ぬことすらできない。
事件の捜査主任となったロン・セリットーは、ライムに助けを求めた。
ニューヨークでは月曜日から、国連平和会議が開かれる。世界中から、外交官や国家元首など、1万人にのぼる高官が集結するのだ。事件はただちに解決されなければならない。
乗り気でなかったライムだが、見せられた捜査資料を読むうち、犯人からのメッセージに気がつく。現場に残された数々のヒントは、次の犯行を示唆していた。
犯人の意図を読み切ったライムは警察官を急行させるが、コールファクスはすでに事切れていた。高温のスチームを浴びせられて。
特製ベッドから動くことのできないライムは、科学捜査では素人であるサックスに指示し、現場の鑑識作業にあたらせる。犯人は、次の犯行を予告しているはずなのだが……。
一連の事件が発覚したのが、土曜日の朝。すべて終わるのは、月曜日の夜。ほぼ3日の出来事を、一気に読ませます。
スピード感は抜群。なにしろ、犯人からのメッセージを急いで読み解かないと、次の犠牲者がでてしまうのですから。
鑑識については、ライムが頭脳でサックスが手足。サックスは警察官とはいえ、科学捜査についてはシロウト。そういう人へ、プロ中のプロであるライムが指示を出すので、分かりやすくもできてます。
ただ、終盤、転んでしまったような印象が残りました。
それまでバリエーションが広がるばかりだったのに、既出の殺害方法が採用されて、ネタ切れか、と。サックスの関節炎の設定も、本当はたいしたことない、で片付けられてしまいます。初登場時にはあんなにぶつくさ言ってたのに〜。
少々、不満が残ってしまいました。
2014年07月10日
ジョン・スコルジー(内田昌之/訳)
『戦いの虚空 老人と宇宙(そら)5』
ハヤカワ文庫SF1924
《老人と宇宙(そら)》シリーズ第五作。
宇宙へと進出した人類は、コロニー連合を結成した。
宇宙に進出している知的種族は人類だけではない。その数は多く、必ずしも友好的とは限らない。コロニー連合はコロニー防衛軍(CDF)を組織し、敵対種族との戦いに明け暮れた。
宇宙では、多くの知的種族が同盟し、コンクラーベが組織されつつあった。コロニー連合は独自路線を模索しているが、地球との関係悪化で危機に陥ってしまう。
これまでコロニー連合は、地球を守るという名目で閉鎖する一方、兵士と植民者の供給源として利用してきた。そのことが知られてしまったのだ。このままでは共倒れになってしまう。
そんな最中、CDFのフリゲート艦ポーク号がダナヴァー星系で蒸発する事件が起こる。ウチェ族との秘密交渉にサラ・ベア大使を送り届ける途中の出来事だった。
ベア大使は、Aプラスの最高ランクの外交官。それだけ、今回の交渉は極秘以上の意味があった。コロニー連合の代替案は、クラーク号に乗るアブムウェ大使のチームを派遣すること。
アブムウェ大使はBクラスだが、ウチェ族と接触した経験がある。なおかつクラーク号には、技術顧問としてCDFのハリー・ウィルスン中尉が乗り込んでいた。
一行は、ただちにダナヴァー星系へと急行するが……。
ポーク号の蒸発の理由は、謎の組織からの攻撃。そのとき使われたミサイルはCDF製。で、ダナヴァー星系にやってくるウチェ族をも標的にしていることが分かります。
ウィルスンをはじめとする、クラーク号の面々による活躍で危機は回避されます。が、それ以降アブムウェ大使のチームには、ふつうじゃない任務が割り当てられます。
その行き着く先には……?
中心人物をハリー・ウィルスンに据えて、仕切り直した第五作。
ウェブ連載された短編などをまとめたもので、とりあえずひとつの物語になってます。終盤に山場もありますが、なんだか中途半端なところで終わってしまったのが残念。
2014年07月19日
和田 竜
『のぼうの城』小学館
1590年。
豊臣秀吉の天下統一は、北条氏を残すばかりとなっていた。
北条氏の本拠地は、相模国小田原。五代目当主の氏直(うじなお)は小田原城に居座り、なかなか秀吉に臣従しようとしない。
それというのも小田原城は、武田信玄、上杉謙信という名将たちに攻められながらも跳ね返してきた堅城。北条家は籠城策に絶対的な自信を持っていたのだ。
秀吉はついに、北条攻めを決行する。
一方、北条家の支城のひとつである忍城(おしじょう)では、城主の成田氏長が、ある策略を立てていた。
氏長は、北条氏の求めに応じて小田原城での籠城に加わる一方、ひそかに降伏することを決めていたのだ。城には500騎が残っているが、一戦も交えず開城する。それが氏長の意思だった。
そしてついに、秀吉方の石田三成が、2万3000の軍勢を率いて忍城を取り囲んだ。
実は三成は、忍城がすでに降っていることを知らない。それどころか、直前に包囲した館林城が簡単に落城してしまったため、戦いたくて仕方がない。三成は、降伏を勧告する軍使に、高飛車な長束正家を立てた。
正家に相対したのは、氏長の従兄弟である成田長親(ながちか)だった。
長親は、図体ばかりでかくて何にもできない、でくのぼう。あまりの馬鹿さ加減に、家臣はおろか百姓領民にいたるまで、面と向かって「のぼう様」と呼ぶ。本人も、それを諾としている。
その長親が、正家の言動を目の当たりにして腹を決めた。降伏せずに戦うことを選んだのだ。
はじめは唖然とした家臣団だったが、長親のもとに一致団結。領民たちも、のぼう様は助けてやらなければなんにもできない、と共に戦うことを決意する。
かくして、忍城の籠城戦が始まるが……。
史実を元にしたエンターテイメント。
石田三成の忍城攻めは、日本三大水攻めのひとつに数えられてます。なので、山場は水攻めの場面、となるのでしょうか。かなり劇画調でした。
全体的に、現代ではどうなってる、などと解説が入ったりと、ずいぶんと歴史もの初心者さんを意識しているんだな、と。日頃から歴史小説を読み慣れている方だと、反発してしまいそうです。その分、初心者さんには分かりやすく、読みやすいと思います。
1589年。
武州忍城(おしじょう)に、秀吉軍が攻めてくるらしいとの報せが舞い込んだ。
豊臣秀吉の天下統一も、残すは関東の北条氏のみ。忍城は、北条氏の支城のひとつ。武州のはずれにある小城だが、人ごとではいられない。
翌年。
城主成田氏長は北条家との約束どおり、主力をひきつれて出陣した。城に残ることになったのは、旬を過ぎた老兵たち。率いるのは、78歳になる成田肥前守(ひぜんのかみ)だった。
重臣たちは軍議を開き、籠城することに決める。積極的に撃ってでようとする意見もあったが、迫りくる軍勢はおよそ2万。城に残る500足らずの戦力では、とても太刀打ちできない。
肥前守は触れをだし、城に領民たちを入れていく。同時に、戦えそうな男たちを雑兵として召集した。
準備が進む中、ついに石田三成率いる秀吉軍が到着する。早々と小競り合いが始まるが、肥前守が倒れてしまった。
成田長親(ながちか)は、肥前守の嫡男。
長親のことを悪く言う者はいないが、誉め讃えられることもない。戦の最中に他界した肥前守の後をつぎ、城代となった。長親は領民たちの知恵を借りつつ、守備を固めていく。
対する三成は、攻撃3日目にして攻め方を変えようとしていた。忍城は、水の城とも呼ばれている。沼だけでなく、川や深田で幾重にも守られているのだ。
三成は、水攻めを立案するが……。
歴史小説。
主役は成田長親。44歳。御年17歳の甲斐姫(氏長の娘)に、うすのろだの昼行灯だのと、罵られてます。
長親のいいところは、普通人であることを自覚していて、周囲の人々の意見を積極的に集めて実践していくところ。大仰なことも言わず、とにかく生き抜こうとします。
可もなく不可もない長親は、領民に受け入れられていますが、物語の主人公としては、少々物足りない。行間に埋没している印象が残ってしまいました。
まったく同じテーマだった『のぼうの城』の長親が強烈だっただけに、よけいにそう思ってしまうのかもしれませんね。
2130年。
木星の軌道のさらに向こうに、太陽に近づこうとしている小惑星が発見された。直径はおそらく40キロ。天文学者たちは、この大きな小惑星を〈ラーマ〉と名付けた。
観測の結果、ラーマの自転周期は4分だと分かった。異常な速度だが、遠くにありすぎて正体は分からない。もっと詳しいことを知るために、これから打ち上げる宇宙探測機の軌道を修正することが決まる。
宇宙探測機〈シータ〉は、ほんの数分の機会をとらえてラーマを観測した。その結果判明したのは、ラーマが小惑星などではないこと。
直径およそ20キロ。全長は50キロほど。質量は少なくとも10兆トン。円筒形をした中空の物体だったのだ。
ラーマが太陽系から立ち去る前に接触できそうな宇宙船は、調査船エンデヴァー号のみ。ただちに、艦長のビル・ノートン中佐の元に指令が届けられる。
エンデヴァー号は急行し、金星軌道の内側でなんとか追いついた。ラーマを調べられる時間は3週間あまり。
ノートンは、調査隊と共に内部に侵入を果たすが……。
ラーマは何のためにやってきたのか?
ラーマ人は乗っているのか?
謎だらけの中、決して専門家ではないエンデヴァー号のクルーたちが、探っていきます。この、彼らが専門家ではないのがポイント。
たまたまそこに位置していた、というだけで、ファーストコンタクトの訓練を受けていたわけでも、専用の機材を準備していたわけでもない。ただ、軍隊なので規律はあります。
外部には専門家たちも待機していて、いろいろと言ってきます。交信に時間がかかるのが、都合よかったり悪かったり。
今回、改訳されて読み直しましたが、前回の読書が9年ほど前ということもあって、どこがどう変わったのかは、よく分かりませんでした。読む度ごとによさが分かってくる気がするのは、新たに訳し直されたおかげもあるのか……。
なお、本作には続編があります。ジェントリー・リーとの共著というスタイルで。70年後にふたたびやってきたラーマが舞台になってますが、まったく別の話です。
2014年07月26日
ベン・アーロノヴィッチ(金子 司/訳)
『女王陛下の魔術師』ハヤカワ文庫FT
《ロンドン警視庁特殊犯罪課》 第一巻
午前1時半。
コヴェント・ガーデンにあるセント・ポール教会の東玄関で、首なしの死体が発見された。ただちに規制線がはられ、捜査が一段落したのは午前5時をすぎたころ。午前6時には、見張りの警察官のみが残ることとなった。
居残りを命じられたのは、見習い巡査のピーター・グラント。
人気のない広場でピーターは、あやしい男に声をかけられる。
男の名は、ニコラス・ウォールペニー。この120年ばかり、朝も昼も晩も、ここにいるのだという。そして、事件を目撃した。
幽霊を目の当たりにしたピーターは、自分の頭がおかしくなったかと思った。だが、警察官であることをやめようとはしなかった。冷静に調書をとったのだ。
被害者がやってきたのは、ジェイムズ・ストリートから。加害者は、ヘンリエッタ・ストリートから。加害者は男で、どこからか取り出した棒で被害者の頭をすっぱり切り落とすと、ニュー・ロウをくだって立ち去った。その際加害者は、帽子や上着を変えるだけでなく、顔まで変えたのだという。
ピーターは調書をとったものの、上官に報告することができない。ひそかに捜査資料を調べ、ニコラスの証言を突き合わせてみた。ニコラスは正しかった。
ピーターは、ふたたびニコラスの話を聞くため、夜中に現場へと向かう。ニコラスの出現を待つ間、男に声をかけられた。
ピーターは正直に、ゴースト・ハント中であることを告げるが、相手は、トーマス・ナイティンゲール主任警部だった。
翌日、ピーターが上官から告げられたのは、自分が特殊犯罪課に配属されたこと。直属の上官は、ナイティンゲール主任警部だという。
実は、ナイティンゲールは英国唯一の魔術師。特殊犯罪課は、特殊な事件を担当している。悪霊、吸血鬼、妖精などがからむ事件は少なくないのだ。
かくしてピーターは、魔術師の弟子となるが……。
ピーターの語りで、物語は展開していきます。
ピーターと同じ見習い巡査だったレスリー・メイも中心人物のひとり。レスリーが配属されたのは、殺人課。ピーターと共同で捜査したりもします。
物語の主軸は、顔の変わる犯人の捜査。そこに、テムズ川の神々の間の争いを調停する業務が絡んできます。もちろん、魔術師となるための修行とかも。
訳文の問題か、原文がそういう構造なのか、序盤はとにかく読みづらいです。落丁してるんじゃないかと思うことすらありました。
おそらく、ロンドンの地理に詳しいと入りやすいんでしょうね。
2014年07月27日
宮部みゆき
『レベル7(セブン)』新潮社
真行寺悦子は、生命保険会社の相談電話サービス〈ネバーランド〉で相談員をしていた。寂しいとき、話し相手の欲しいとき、かかってくる電話。深刻なものはほとんどない。
悦子が〈ネバーランド〉で働き始めて半年。
悦子と親しくなった貝原みさおが行方不明になった。
みさおは17歳。悦子を気に入ったようで、よく電話をかけてくる。やがて、みさおの希望で対面するまでになっていた。そのみさおがいなくなったという。
悦子にその話をしたのは、みさおの母・好子だった。
好子によると、みさおが外泊することはよくあったという。だから、帰宅しなくても気にもしていなかった。だが4日となると、さすがにおかしい。娘の友だちについては分からず、悦子がなにか知っているのでは、と考えたらしい。
悦子は、好子が持参したみさおの日記を見た。日記は、メモのように使っていただけのようで、空白が多い。帰宅しなかった前日のメモに書かれてあったのは一言。
明日 レベル7まで行ってみる 戻れない?
悦子は、好子が娘の身を案じてなどいないことを見抜く。ただ単に、母親の知らないところで生活していることが我慢ならないのだ。だから、捜索届けも出されていない。
そして、午後11時55分。
悦子の家に電話がかかってくる。とても小さい声で、みさおの助けを求める電話だった。
翌朝悦子は貝原家に出向き、好子に電話のことを話す。すると、貝原家にも10時ごろに電話があったという。みさおの声で、横浜のともだちのところにいる、と。
釈然としない悦子は、休暇をとり、みさおの行方を探すが……。
わずか4日間の出来事。ふたつの物語が同時進行で展開していきます。
もうひとつは、記憶喪失の男女の物語。
マンションの一室で目覚めたふたりは、戸惑いながらも、自分たちが何者か知ろうとします。身分証などはなく、着ているものも身の回り品も、すべて新品。クロゼットの上の物入れには、5000万円が入ったスーツケース。テレビ台の小引き出しには、拳銃と血のついたタオル。
そして、ふたりの腕には、Level7の文字が書かれてありました。
実は、こっちの物語が主軸。ふたつの物語はつながっていて、その分、複雑さが増してます。けど、みさおの物語は、まるで幕間のような印象。なくてもよかったような……。
デビュー間もないころの作品だからか、少し荒削り。後年に発表される作品群と共通するスチュエーションがあったりと、なかなか興味深い読書ではありました。本当は二転三転させたかったんだろうなぁ…まだ新人だもんね〜と思いながら読んでました。
どことなく、テレビのサスペンスドラマを彷彿とさせます。電話相談員・真行寺悦子シリーズ、みたいな。2時間枠にはとても収まりそうにありませんけど。
オモン・クリヴァマーゾフが好きな映画は、パイロットの出てくるもの。
ある日、少年オモンは気がついた。
自分はテレビをとおして、パイロットが座っているコックピットから見える世界を見ているが、テレビの助けがなくても、それは可能なのではないか?
すでにオモンは見慣れた壁に、雲の浮かぶ空や眼下を流れて行く大地を見ることができていた。
やがてオモンは、ミチョークと出会う。ミチョークには確信があった。飛行士になり、それから月に行くのだと。
高校も終わりに近づくと、ふたりには選択の問題が立ち上がった。航空学校は、全国にごまんとあるのだ。
ふたりが選んだのは、マレシエフ記念ザライスク赤旗航空学校だった。この学校が、月面都市での生活を雑誌の折り込み記事にしていたからだ。
ふたりは入学し、初日に、ある重要な決定がなされたことを教えられる。
去る7月15日、非公開会議があった。そこで、この時代が「戦前」であると定義されたのだ。7月15日まで、戦後だった。今では戦前となったのだ。
教官は新一年生たちに、世界でもソヴィエトにしかいないような「本物の人間」になるための教育をすると宣言する。
しかし、オモンとミチョークは、本物の人間になる機会を後回しにされた。ソヴィエトKGB第一課付属機密宇宙学校に引き抜かれたのだ。
ふたりは、宇宙飛行士になるべく訓練を受けるが……。
オモンの独白でソヴィエトの裏の顔が、赤裸々に綴られます。物語の舞台は1970年代。ちなみに、原書が発表されたのは、1992年(ソヴィエト崩壊は1991年)でした。
本書のカバーには内容紹介文があるのですが、読了するまでは決して読んではいけません。
どういう話なんだか、事前に調べてもいけません。
そういうたぐいの物語です。