書的独話

 
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2014年02月15日
過去をふりかえる
 

 書名を見て、書籍がかかわる物語であることがうかがわれると、ついつい手に取ってしまいます。
 たとえば、ジョン・ダニングの《クリフ・ジェーンウェイ》のシリーズもの。

ジョン・ダニング
死の蔵書
 腕利きの"古本掘出し屋"が何者かに殺された。捜査を担当したクリフは、貧乏人として知られていた被害者が、高価な稀覯本を多数所有していたことを知る。実は管内では、浮浪者の無差別連続殺人事件が進行中。最有力である被疑者の実業家ニュートンは、まだ証拠をつかませない。クリフは今回の事件も、ニュートンの仕業だと確信するが……。
 この、刑事から古書店店主に転身するクリフのシリーズは『幻の特装本』『失われし書庫』『災いの古書』『愛書家の死』と続いていきます。

 そして本日の読了本は、500年前に製作された古書にまつわる物語。

ジェラルディン・ブルックス
古書の来歴
 戦火で行方不明になっていたサラエボ・ハガダーが再発見された。ハガダーとは、ユダヤ教徒が過ぎ越の祭で使う書物。それを守ったのは、イスラム教徒だった。古書鑑定家のハンナ・ヒースは、修復のためにサラエボ・ハガダーに接し、その来歴をさぐっていくが……。
 ハンナが主人公、ということになりますが、実際のところはサラエボ・ハガダーが主役。ハンナ自身、ハガダーがたどってきた歴史の一部なのです。

 物語は大まかに2つのパートから成ってます。
 手がかりを元に、ハガダーをめぐる出来事をひとつひとつ解明していく、ハンナの章。そして、その手がかりがハガダーに残された経緯が語られる章。
 ハンナは現在にあって、推測することはできますが、すべてが明らかになるわけではありません。一方、読者は、ハンナの章の合間に語られる物語によって、ハガダーになにが起こったのか知ることができます。想像する余地が残されている好例ではないかと、思いました。

 『古書の来歴』を読んでいて、ふと思い出したのですが、つい最近、似たような構造の物語を読んでました。

 島田荘司
写楽 閉じた国の幻
 北斎研究家の佐藤貞三は、不運な事故でひとり息子を失い、妻やその親族から疎まれてしまう。唯一の生き甲斐となったのは、写楽の謎を追うこと。
 江戸の天才絵師・写楽は、わずか10ヶ月間だけ活躍し、忽然と姿を消した。写楽本人はもとより、写楽を知っているはずの人々まで口外しなかった写楽の正体とは?

 貞三は、さまざまな資料から、写楽が誰なのかを突き止めようとします。貞三の章がメインなのですが、ほんの少しだけ、写楽の浮世絵を出版した蔦屋重三郎の視点での江戸編が挟まれてます。

 実のところ、江戸編って必要だったのかな、と疑問に思ってました。それが『古書の来歴』で氷塊しました。
 こういうことが、やりたかったんだろうな、と。

 現在にいる人物は、過去の出来事は推測することしかできません。『古書の来歴』がよかったのは、推測すると同時に、過去の出来事が語られていて、それが相互に補完されているところでしょう。
 過去の出来事は、連作短編のようにお目見えします。ハガダーは脇役で、それに関わった人々にスポットライトが当てられます。ハガダーがどうなったのかは、匂わすだけ。
 でも、それだけで理解できますし、過去の出来事を現在の視点から見ることで、新たな発見もありました。

 一方『写楽 閉じた国の幻』における過去のパートは、現在にいる人物による推測を補強する役割になってます。
 江戸の雰囲気がよく伝わった、という読者評を拝見したこともあります。実際、そういう目的もあって挿入された章なのかもしれませんね。関係者である蔦屋重三郎にとっては、写楽の謎なんて謎ではないのですから。

 補完と補強。
 知的好奇心を満足させるのはどちらなのか、考えさせられます。


 

 
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