マシュー・パールの『ダンテ・クラブ』を読みました。
ダンテ・アリギエーリの『神曲』が素材になったミステリ。
『神曲』では主人公が〈地獄〉〈煉獄〉〈天国〉を旅してまわります。主人公はダンテ自身だと言われています。
『ダンテ・クラブ』のパールは、ダンテ研究者。そのためにダンテについての記述は読ませます。が、小説部分はいまひとつ。途中でなにを読んでいるのか、分からなくなることもありました。
それはさておき
宣伝文句では『神曲』を読んでなくても大丈夫、ということでした。実際、知らなくても問題ないと思います。でも、第二の殺人事件が起こったとき、思ったのです。
これは、知っていた方が断然おもしろいはず。
登場人物が遺体の置かれた現場におもむいたとき、あるきっかけで〈地獄篇〉との類似に気がつきます。後ほど解説があるので、困ることはありません。
逆に言うと『神曲』を知らないと、
こいつ、なにかに気がついたようだぞ。
と、そこまでなのです。解説されるまで分からないのです。
どうせなら教えられる前に、
自分も気がつきたい!
と思いまして。
半分ほど『ダンテ・クラブ』を読んだところで、とりかかることにしました。ダンテ・アリギエーリの『神曲』に。
その昔、概略は読んだことがあったのですが、未読だったのです。
ただ、今さら、あの大長編を読む気にはなれないのが正直なところ。そんなときに知ったのが、こちら。
阿刀田高の『やさしいダンテ〈神曲〉』
いわゆる解説本です。『神曲』そのものには書かれてないだろうことも載ってます。
たとえば、ダンテの略歴。
1265年にフィレンツェで生まれ、政治活動に身を投じます。一応は貴族ですが、ほぼ商人という身分。30代の中頃、政敵によってフィレンツェを追放されてしまいます。以来、帰国できないままに1321年に亡くなりました。
ダンテが特殊なのは、美少女ベアトリーチェとの出会いがあったこと。ベアトリーチェの家は、立派な貴族。ダンテとは家柄が違います。
ダンテは、麗しの聖女を見掛けてドキドキするだけ。それだけで満足。
このころのフィレンツェは、ローマ教皇のグェルフィ党と、神聖ローマ帝国皇帝のギベリーニ党が対立しています。さらにグェルフィ党は、商人階級を中心とする白党、古い封健貴族をリーダーとする黒党とに分裂していきます。
さて『神曲』でダンテらしき主人公の案内人を務めたのは、ウェルギリウスでした。叙事詩〈アエネーイス〉を著した人物で、古代ローマを代表する詩人です。
この人物、ふだんは辺獄(りんぼ)にいます。
うっかりキリスト誕生以前に生まれてしまったので、天国には入れないんです。紀元前の人は、どれだけ聖人でも、天国には入れないんです。
ちなみにウェルギリウスの〈アエネーイス〉の主人公は、アエネアス。
アエネアスはトロイア戦争に敗れて逃亡。祖国再建を願ってさまよい、エーゲ海から地中海、ティレニア海に入っていき、テヴェレ河口にたどりつきます。こうしてローマの礎が成った、と。
アエネアスも漂流のさなかに地獄を訪れています。
そんなわけで、案内人に選ばれたウェルギリウスに導かれ、ダンテらしき主人公は旅立ちます。まずは地獄から。
ダンテが目にするのは、さまざまな理由で罪に問われて罰せられる人々。
阿刀田氏が主張するに、ダンテの立場は〈崇高なる自己中心〉だそうで。なるほど、罪人はダンテの政敵が多い。
『ダンテ・クラブ』の登場人物たちはダンテを神格化しているけれど、かなり俗物だったのだな、と。
『やさしいダンテ〈神曲〉』では『神曲』にどういうことが書かれているのか、分かりました。そもそもの目的だった今回の『ダンテ・クラブ』には、残念ながら役に立ちませんでしたけれど。
かなり省略されてますし、当たり前ですが、阿刀田氏の色眼鏡ごしでした。他からも情報をとってみると、解釈の違いに気づかされます。
誰もが自分の色眼鏡で見ているんですねぇ。