《自由の王妃アアヘテプ物語》第一巻
紀元前1690年。
エジプトがヒクソスの侵入を許して40年。
ヒクソスは数のうえで優勢であるばかりでなく、恐るべき新型の武器まで装備していた。圧倒的な軍事力を前にエジプトはなすすべなく、アメン神に護られたテーベに退却。エジプト人によるエジプトの支配は終焉に追いやられた。
ファラオはすでに亡い。残された王妃テティシェリは、テーベは無力である、と示すことで独立を維持していた。エジプト軍は烏合の衆であり、なんの脅威でもない、と。
テティシェリは、気高さを誇示して臣下を従わせてきた。だが、それも限界に近づきつつある。しだいに孤立を深め、力を失いはじめていた。
そんなとき、18歳になる王女アアヘテプが立ち上がった。
アアヘテプはテティシェリの娘。なにより欲したのは、勝ち目のない敵を相手にして戦う力。そのために、アメン神の妻であり宇宙の母である女神ムトの試練に挑む。
エジプトを解放するために。
一方、ヒクソスの皇帝アペピは、完全なる勝利を手にするためテーベを利用しようとしていた。逆らう者たちに、テーベが最後の希望だと思いこませる。そうして誘い出して、片端から殺していくのだ。
さらにアペピは、みずからファラオとなった。だが、真のファラオとなるには、冠名を選ぶだけでは足りない。ヘリオポリスの知識の木にその名を刻み、神々に認められねばならないのだ。
アペピはヘリオポリスを訪れ筆をとるが、どうやっても葉に文字を書くことができない。
怒ったアピペは、立ち会った大神官を殺害。ヘリオポリスの神官たちをことごとく抹殺し、神殿を封鎖した。
人々には、神々に認められたことにして。
やがて、テーペの決起がアペピの耳に達するが……。
古代エジプトもの。時期的には、第17王朝末期。(第18王朝から新王国時代に区分)
エジプトは「正義と公正と連帯といったマアトの精神を基盤にした文明」と美化されてます。
対するヒクソスは、もうボロクソ。残虐極まりなく、住民皆殺しはあたりまえ。とんでもない重税だわ、高官が私腹を肥やすわ、同盟国でも蔑むわ。
アアヘテプがなにかしなくても内部から崩れそうなほどです。
まぁ、そこは物語なので。
アアヘテプの夫となるセケン王など、登場人物のうち何人かは実在するようですが、いかんせん大昔すぎて資料が少なく、かなりの部分が創作されているようです。
そのあたりはおいといて、北部をヒクソスに、南部を(ヒクソスに追随している)ヌビアに押さえられ、完全に孤立しているテーベで、いかに反撃するか。みずから潜入もして動きまわる王妃アアヘテプの活躍は小気味いいものでした。
《自由の王妃アアヘテプ物語》第二巻
異民族国家ヒクソスに蹂躙されたエジプト。
アメン神に護られた町テーベで、ついにファラオがエジプト解放に動き出した。セケン王を支えるのは、女神ムトに認められ、セト神の笏を手にした王妃アアヘテプ。
叛乱軍はクーシーヤまで攻め込んだ。テーベの北300キロの位置だ。ところが、戦いの最中、ケセン王が倒されてしまった。どうやら謀者がいるらしい。
そのころヒクソスは、エジプト以外の地域でも戦いを余儀なくされていた。キクラデス諸島では海賊が跋扈。アジアでは、独立の気運が高まってきていた。
ヒクソスの皇帝アペピは、叛乱群には武力以外で対処することを決める。噂を流したのだ。ケセン王だけでなく、王妃アアヘテプも亡くなった、と。
実際、アアヘテプは悲しみにくれ、戦いどころではなくなっていた。そんなとき、ケセンの魂が復活したことを証すしるしが現れる。それを目撃したアアヘテプは決意を新たにした。
摂政となり、戦いを続けるのだ。
前線のクーシーヤは疲弊しつつあった。士気はさがり、脱走兵がでる始末。そのときだった。援軍をひきつれたアアヘテプが現れたのは。
黄金の冠を戴き、アメン神の剣を胸に構えたアアヘテプが旗艦の船首に立つ姿は、叛乱軍を勇気づけた。死去の噂も消え去り、兵士たちに活気が戻る。
そして、ケセン王とアアヘテプの息子カーメスは17歳になり、ファラオとなった。
アアヘテプはカーメスのためアル=カブへと向かった。下エジプトを統べる赤い王冠はアペピの手に渡っているだろう。上エジプトを統べる白い王冠は、アル=カブに隠されているはずだった。
一時期ヒクソスの支配下にあったアル=カブだが、いまや解放地帯。略奪を受け荒廃していたものの、アアヘテプは白い王冠を見いだすことができた。
準備が整い、カーメス王は、ヒクソスの首都アヴァリスに向けて進軍を開始するが……。
アアヘテプは、南部ヌビアの再統一も目論みます。
ファラオはカーメスですが、牛耳っているのはアアヘテプなのは変わらず。ちなみにこのころのアアヘテプは30歳代です。
一方のヒクソス。
やはり恐怖で支配してます。逆らう者に容赦がない。
新たにシャルヘンの収容所が造られます。ヒクソスに反抗的な者が送り込まれるところで、徒歩で行進させられてたどり着けない者続出。ついてからも、とても人が住むところじゃない。
セケンを罠にはめた謀者の正体は伏せられたままで、次巻に持ち越しでした。
《自由の王妃アアヘテプ物語》第三巻
異民族国家ヒクソスに蹂躙されたエジプト。
テーベではじまったエジプト解放も、ナイル・デルタを残すのみ。だが、カーメス王が20歳の若さで崩御してしまう。
アアヘテプは、ふたたび摂政となることを決意する。
エジプトは防衛戦をファイユームに築き〈カーメスの港〉と名づけた。上下両エジプトの要であるメンフィスの、南西約100キロに位置する。ヒクソス軍を迎え撃つため、〈カーメスの港〉の整備が着々と進んで行く。
テーベでは、カーメスの弟イアフメスがファラオとして戴冠することが決まるが、その直前、大嵐に見舞われてしまった。どうやら、ヒクソスの皇帝アペピの仕業らしい。雷神セトの破壊の力を送ってきたのだ。
だが、アアヘテプもセトの笏をもつ者。決死の覚悟で、アペピの放った嵐をおさめる。こうしてイアフメスはファラオとなった。
そのころヒクソスでは、財務長官カムジとジャナス提督の間で反目が激化していた。
カムジは、アペピの片腕。公認で私腹をこやしてきた。アペピの信任と圧倒的な財力を背景に、ジャナス支持派の切り崩しを図る。ジャナスを追い落とすためならば、メンフィス奪回のための援軍要請も拒否する始末。
一方のジャナスは〈カーメスの港〉の攻略に失敗。帰国するとアペピに、カムジに邪魔をされないよう、絶対的な権力を要求するが……。
いよいよ、この物語も大円団。
ここにきてようやく「ミスを報告すると処刑されてしまうから黙ってる」シーンが登場。そうなりますよねぇ。
これまでに暗躍していた人たちの末路が語られ、謎だった謀者の正体も判明。ヒクソス内部の個々人の抵抗が実を結び、属国クレタのあれこれがあったり、盛りだくさん。
でも、なんだか満たされないまま終わってしまいました。
おそらく、アアヘテプが完璧すぎるから。
父子三代のファラオにまたがるエジプト解放の物語を、ひとつに結びつけた功績はいかばかりか。と言いたいところですが、いかんせん出来がよすぎました。
アペピがしかける情報戦も、ひとたび姿を現せば一気に挽回。その魔力はアペピと互角。苦難に見舞われても、最後は思いどおりな展開に持って行ける幸運力。
思い返せば、最初のころは失敗もしてました。その人間くさいところが欲しかったな、と。
なお、18歳で初登場したアアヘテブ、終了時には60歳になってました。お疲れさまでした。
2017年09月18日
マシュー・パール(鈴木 恵/訳)
『ダンテ・クラブ』新潮社
1865年、ボストン。
ワイドオークス館で変死体が発見された。
殺されたのは、館の主であるアーティマス・プレスコット・ヒーリー。マサチューセッツ州裁判所の主席判事だ。その死に様は、無数の虫が群がる凄惨なもの。発見されたときヒーリー判事は、蛆虫や蠅や雀蜂に食い荒らされていた。
捜査の指揮をとるのは、ボストン市警本部長。ボストンの刑事局は、ヨーロッパの手本にならって設置されたばかり。刑事の大半は、かつてのならず者たちだ。
ひとまず、ボストン中の不審人物が狩り集められた。情報収集が目的だったが、ひとりの乞食が飛び降り自殺してしまう。男の最期の言葉を聞いたのは、ニコラス・レイ巡査だった。
レイは、黒人初の警察官。南北戦争は終結したが、差別は依然として続いている。同僚に協力を仰ぐことも難しく、独自捜査をはじめるが……。
そのころボストン文学界の一角では、ダンテ・アリギエーリの『神曲〈地獄篇〉』の翻訳出版が模索されていた。アメリカではじめての試みだ。中心となっているのは、国民的詩人のヘンリー・ワズワース・ロングフェロー。
ロングフェローは、仲間との会合を毎週ひらいていた。集うのは、ダンテに魅せられ、さまざまな形で文学に関わる者たち。彼らは〈ダンテ・クラブ〉を自称し、ロングフェローの翻訳を手伝っている。
その〈ダンテ・クラブ〉の会合の日、レイ巡査が訪ねてきた。あの乞食が発した言葉の意味を知るためだった。レイに分かったのは、外国語らしいということくらいだったのだ。
レイから預かったメモに、〈ダンテ・クラブ〉の面々は驚愕することになる。
それは、ダンテの地獄の門に刻まれた言葉だった。
ダンテはまだ一般には知られていない。ロングフェローと仲間たちは、ひそかに調査をはじめるが……。
著者はダンテの研究者。
基本的に『神曲』は読んでなくても大丈夫です。ダンテ愛好家の登場人物たちが、懇切丁寧に解説してくれます。ただ、知っていると解説が始まる前に、事件とダンテとの類似点に気がつけます。
要素はダンテ以外にも盛りだくさん。
ダンテをめぐって、〈ダンテ・クラブ〉の一員である大学教授と大学理事会との対立が激化。父子のすれ違いもあります。南北戦争直後という時期の黒人の立場。帰還兵たちのこと。
ダンテに力が入っているのは分かります。そのために物語が停滞してしまうこともしばしば。
どうも欲張りすぎている印象。
2017年09月21日
ロバート・F・ヤング(伊藤典夫/編)
(伊藤典夫/山田順子/深町眞理子/訳)
『たんぽぽ娘』河出文庫
傑作短編集。
SFに分類されてますが、ロマンス系。科学的ではなく、優しくて柔らかくてロマンチックなものが多いです。
とにかく泣ける。とはいうものの、残念ながら好きになれない人もいるでしょう。
「特別急行がおくれた日」(伊藤典夫/訳)
GC&W特別急行の蒸気機関車は定刻どおり、グリーン・コーナーズ駅を出発した。目的地は、いつもと同じウッズヴィル。業務にたずさわるのも、いつもと同じ面々。
この宇宙では、夜も昼も不定であり、変わらないのは列車の動きだけ。GC&Wは、住民が列車の運行に時計を合わせるほど時間厳守なのだが……。
運転手のルークを主人公に、蒸気機関車の運行模様がつづられます。よくあるネタなので、新鮮味はありません。ヤング風味が加わっているので、読ませます。
「河を下る旅」(伊藤典夫/訳)
クリフォード・ファレルが筏で河下りをはじめて2日ほどたつ。どこにある河なのか分からない。河は自分の独り占めだと思いはじめていた。
そんなとき、水辺に女があらわれた。
女の名は、ジル・ニコルズ。やはり河を下っていたが、筏が壊れてしまったのだという。
ふたりでの河下りがはじまるが……。
読み進めていくと、徐々に、状況が分かってきます。ふたりは河のことを、想像力が生んだ寓意的な存在だととらえています。というのも、ふたりは最初から察しているから。
結末は、ヤングだなぁ、と。
「エミリーと不滅の詩人たち」(山田順子/訳)
エミリーは、博物館で〈詩人の間〉を預かっている補助学芸員。
等身大のアンドロイドである詩人たちは、血肉をそなえた当の詩人が何百年も前に書いた作品を朗誦する。ほかになんの才能もない。
エミリーは、生きている詩人を相手にしているようにふるまっていた。声をかけ、気をつかい、偉大な詩に耳をかたむける。だが、人々が詩人たちに関心をむけることはなかった。
とうとう〈詩人の間〉の公開中止が決まってしまうが……。
泣けました。不滅の詩人たちの運命も泣けるし、エミリーが労働力を買いたたかれているのも泣けます。でも、文体はあくまで暖かいんです。
何年かたって読んだとき、そういう時代もあったよね、としみじみできるといいんですけど。
「神風」(伊藤典夫/訳)
カロウィン星系で、テラン=プワルム戦争が勃発した。
両軍ともにカミカゼ攻撃は失敗し、テラン軍司令官は決断をくだす。常識である無人機での攻撃とみせかけて、有人で体当たり攻撃を仕掛けよう、と。
パイロットに選ばれたのは、一級ミサイル操作士のガンサー・ケニオンだった。呼びだされたケニオンは、翌朝0600時の発進を命令されるが……。
男女が逆転したかのような世界が舞台。カミカゼなので、とにかく全体的なトーンが暗いです。それでも、物語が展開していくにつれ、ヤングらしさが出てきます。暗いですけど。
「たんぽぽ娘」(伊藤典夫/訳)
マーク・ランドルフには、夏休みの習慣があった。とっておきの2週間は妻のアンと、水入らずで湖畔の山小屋で暮らす。ところが今年は、妻が陪審員として召還されてしまった。
ひとりの休暇となったマークは、暇を持て余し気味。そんなとき、散歩にいった丘の上で若い女に出会った。
ジュリー・ダンヴァース。タイムマシンで、240年後の未来から来たのだという。
マークは、冗談だと受け取っていた。タイムマシンなどあるわけがない。それでもジュリーとの会話は楽しいものだった。
いつしかマークはジュリーに惹かれていくが……。
ヤングの代表作。
21歳のジュリーに対し、マーク44歳。マークには、歳の差からくる遠慮があります。印象的なのは、何度となくリフレインされるジュリーのセリフ「おとといは兎を見たわ、きのうは鹿、今日はあなた」。
この作品が無条件で売れ入れられるかどうか、そこでヤングとの相性が判断できそうです。
「荒寥(こうりょう)の地より」(伊藤典夫/訳)
隠退して6ヶ月。家の新築を請け負った業者から電話があった。
土地の整地をしていたところ真鍮の箱がでてきた、という。なにか貴重品がはいっているかもしれない。
開封に立ち会い中身を見たとたん、ローンの持ち物だとわかった。
生まれ育った農場のわきには、ふたつの貨物鉄道が乗り入れていた。鉄道にただ乗りしてきた渡りの労働者ははずれで車両を降りて、物乞いをする。農場にも渡り者がきていた。
ローンもそのうちのひとり。
ローンは、グレープジュース工場に勤めることになる。しばらくは農場に身を寄せるが……。
ヤングの遺作。
正体不明のローンが何者なのか、という推測が、当時子どもの主人公視点で語られます。
「主従問題」(伊藤典夫/訳)
フィリップ・マイルズは、不動産仲買人。ジュディス・ダロウの依頼で、ヴァレービューの村にやってきた。ところが、到着してみると村はからっぽ。
かろうじて、ジュディスと犬のツァラトゥストラだけが残っていた。ほかの村人たちはみんな引っ越したという。ジュディスに、商店や家屋を売り払う仕事を委託して。
彼らの行き先は、フルーガーズヴィル。
聞き覚えのない地名にフィリップは首を傾げるが……。
冒頭は、ヴァレービュー村の名物変人で発明家であるフランシス・フルーガーの実験から。その実験と村の状態とが断絶しているため、途中までフルーガーのことは忘れてました。
なんでも執筆時の時代背景はキューバ危機の真っただ中。なるほど、それでそういう話になったのか、と。
「第一次火星ミッション」(伊藤典夫/訳)
宇宙船はラリーの家の裏庭で建造された。
ラリーとチャンとアルの三人は、さまざまな部品を持ち寄って船体を作り上げていく。ついに完成した宇宙船は〈火星の女王〉号と名づけられた。離昇は翌日夜の2200時。
三人は火星にむけて出発するが……。
タイトルにわざわざ「第一次」とついているのには理由があります。冒頭で明かされますが、成長したラリーは本物の宇宙飛行士になっているのです。
ラリーの子ども時代と大人時代、ふたつの物語が語られていきます。比重は子ども時代の方が大きめ。
子どもたちは、手作りの宇宙船で火星に行こうとします。その過程が、すごくいいんです。本物の宇宙船を造っているようで、でも材料は古い木挽き台だったり、ブリキの煙突だったり、フォードのダッシュボードだったり。
わくわくしました。
こういう子ども時代、うらやましいです。
「失われし時のかたみ」(深町眞理子/訳)
ハヴァーズの目の前に、見慣れぬドアがあらわれた。ハヴァーズにはすぐに、それが過去に過ぎ去った日々に通じる扉であることがわかった。なかに踏みこんだのは、たんに好奇心から。
特徴のない、窓のない部屋だった。陳列棚には、ハヴァースの過去の数々が並べられていた。
むかし書きかけて、ついに完成するにはいたらなかった小説。いつのまにか紛失してしまったパイプのコレクション。9歳の誕生日に父からもらったキャッチャーズ・ミット。
ハヴァーズはひとつずつ目に留めていくが……。
過去が陳列されている、という見せ方がおもしろいです。フィギュアあり、ミニチュアあり、レコードあり。見せ方はおもしろいんですけどねぇ。
「最後の地球人、愛を求めて彷徨す」(伊藤典夫/訳)
地球は異星人に乗っ取られてしまった。
確証は、1970年の夏。エイリアンの旗艦が現れたのだ。そいつが空に浮かんでいた時間は15分にも満たなかった。目撃していたのは、最後の地球人であるわたしひとり。
ひそかに人間ではなくなった同胞たちを観察するが……。
わたしの視点で、エイリアンに取り憑かれた人間たちの様子が語られます。読んでいるうちに真相が見えてくるパターン。今でもこういう人、いるんでしょうね。
「11世紀エネルギー補給ステーションのロマンス」
(伊藤典夫/訳)
アーチャー・フレンドは、過去再建部隊の現地調査員。苛酷な任務をおえて帰るところだったが、航時スーツがガス欠を起こしてしまう。旅程は15世紀分も残っていた。
幸い、スーツには、エネルギー補給ステーション電子検索装置が備えられている。自動的に最寄りのステーションに横っ跳びしてくれるのだ。
アーチャーがたどり着いたのは、田舎の空き地だった。誘導音に従えば、ステーションを見つけられる。
アーチャーは田舎道を歩き出すが……。
おかしな現象と遭遇して、この話はどこに向かっているのだろう? と思っていたら!
「スターファインダー」(伊藤典夫/訳)
ジョン・スターファインダーは、駆動ユニットマン。相手にするのは、アステロイド様生物である巨大な宇宙クジラだ。
捕らえられた宇宙クジラは、捕鯨船員と、神経節切除を受け持つヨナたちによって、曳航されてくる。到着時には死んでいるものと見なされていた。
ところが、そのクジラはまだ死んでいなかった。メッセージを送ってきたのだ。スターファインダーは取引きに応じるが……。
巨大生物が宇宙船に改造されている最中に登場してくる話は珍しいかも。換装が終わってからは何度か読んだことがありますが。ヤングには『ジョナサンと宇宙クジラ』という話もありますが、ファンタジックなあちらと違って生々しいです。
「ジャンヌの弓」(山田順子/訳)
改革者オライアダンが銀河連邦政府を樹立して6年。まだ支配下にくだっていないのは惑星シエル・ブルーのみ。オライアダンは第97部隊を差し向けるが、予期せぬことが起こった。
行く手を阻んだのは、若い女だった。
女はきらめく矢をまばゆい弓につがえ、天空に向かって放つ。矢は青く光る稲妻となった。部隊のいる大地だけが土砂降りの豪雨に襲われ、潰走した。
若い女の名は、ジャンヌ・マリー・ヴァルクーリ。ボードレール村の出身。9歳で孤児となり孤児院に引きとられたが12歳のころ〈妖精の森〉に姿をくらました。
間もなく、二級暗号解読官のレイモン・ダーシイはオライアダンに呼びだされた。ジャンヌを誘拐しようというのだ。
レイモンは情報を与えられ〈妖精の森〉に送りこまれるが……。
元ネタは、フランスのジャンヌ・ダルク。ジャンヌ・ダルクについて深く知っていると違った見方ができたのかもしれませんが、残念ながらそれほど存じませんで。
神秘的なジャンヌは、無邪気な少女でした。
2017年09月22日
三浦しをん
『舟を編む』光文社
荒木公平は幼いころから言葉に興味をもっていた。
辞書に魅せられ、大学にも進んだ。学者にはなれなかったが、辞書にかかわれる仕事に就いた。大手総合出版社の玄武書房だ。
それから37年。
玄武書房では、新しい辞書企画が立ち上がりつつあった。辞書の名は『大渡海』。言葉の海を渡る舟に見立てた命名だった。
監修者は、国語学者の松本朋佑。見出し語の数は、約23万語を予定。『広辞苑』や『大辞林』と同程度の規模の中型国語辞典は、玄武書房にとってはじめての挑戦だ。
これまで辞書編集部を牽引してきた荒木は、定年が間近い。荒木は、新しい辞書のため、これまで共に辞書を作り続けてきた松本先生のため、後継者をさがしはじめる。
白羽の矢が立ったのは、 第一営業部の馬締(まじめ)光也だった。
馬締は、院卒で入社三年目の27歳。言葉に対する感覚は鋭い。しかし、人付き合いがうまくなく、これまでずっと「変わったやつ」という立ち位置にいた。
馬締が辞書編集部に配属となって3ヶ月。
いまだ新しい仕事に慣れない。なにより、欲が出ていた。諦めとともに半ば受け入れていたはずの「変わったやつ」という立ち位置。そこから踏み出そうとしていたのだ。
幸い馬締には、相談できる相手がいる。下宿している早雲荘の家主、タケおばあさんだ。
早雲荘は、木造二階建て。近ごろでは下宿ははやらない。馬締が住みはじめて10年になるが、もはや店子はひとりだけ。一階を馬締が独占し、タケおばあさんは二階にいる。
そんな早雲荘に、林香具矢が越してきた。香具矢は、タケおばあさんの孫娘。板前を目指して修行中だという。
馬締は、一目で恋に落ちてしまう。
そのころ玄武書房では、『大渡海』の出版取りやめの噂が立ちはじめていた。ただでさえ辞書編集部は〈金食い虫〉と揶揄されているのだ。噂の信憑性は高い。
辞書編集部の面々は、なんとかして『大渡海』を世に送り出そうと奮闘するが……。
本屋大賞受賞。
テーマは、辞書。それも中型辞書の編集。
かなり重厚な世界を想像してましたが、まったく違いました。監修者の松本先生が目指しているのは「現代の感覚に、よりそぐうような語釈」。それだからか、本書も少々軽め。
とはいえ、地文で使われる単語に独特のものを感じました。ふつうの小説には出てこないような表現で語られていて、さすがは辞書がテーマだけある、と。(他の著作を知らないので、通常運転なのかもしれませんが)
とりわけ、恋に落ちた馬締が、「あがる」と「のぼる」のちがいを、身をもって会得する場面は圧巻。作中、言葉にまるで興味がなかった人物も、馬締の姿勢に心撃たれて自分なりに辞書にのめりこんでいく様子は自然で共感が持てました。
なのに、なんだか物足りないのです。
「あがる」と「のぼる」の解釈のような、物語の展開に合わせた語釈を読みふけりたかった、というのが正直なところ。
2017年09月23日
ジョセフィン・テイ(小泉喜美子/訳)
『時の娘』ハヤカワ・ミステリ文庫
アラン・グラントは、ロンドン警視庁の警部。
人物の顔から性格を見抜くことが大得意。人相から人となりを見分ける力は、警察官という仕事に大きいに役立っている。そんなグラントも、怪我の前には無力だった。
犯人追跡中、マンホールに足を踏みはずして転落。入院生活を送ることになってしまったのだ。
グラントの枕元には、時間つぶし用にと、たくさんの本が届けられた。だが、どうしても興味を持つことができない。やむなく、天井の染みをにらみつける日々。
そんなとき、友人のマータ・ハラードが気の利いた差し入れを持ってきてくれた。
それは、歴史上の人物の肖像画。
マータは、歴史上のミステリーを探究することで退屈がまぎれるのではないか、と考えたのだ。
グラントは、何枚もある肖像画に目を通していく。こうして、心を動かされる一枚を見つけ出した。
この男は、軍人か、王子か、非常な責任ある地位にあり、その権威の責務を一身に負っていた人物。あまりに良心的すぎた人物。悩める人。おそらく、完全主義者。
裏面の名前を見たグラントは驚愕する。
肖像画を見せられた主治医は、この男はポリオミリティスだと言った。小児麻痺だと。顔つきが、不具の子供によく見られるもの。悪人ではなく、病人という印象だという。
同業の刑事に意見を求めると、この人物は、法廷で、弁護士席にすわるような人間だろう、と。
だが、この男は、実際には被告席におかれるべき人物なのだ。
その名も、リチャード3世。
王位を簒奪し、ふたりの幼い甥をロンドン塔に幽閉し、殺害した。稀代の悪王と呼ばれるリチャード3世の肖像画だったのだ。
グラントは戸惑っていた。人相から読み取れる人物像と、あまりにかけ離れている。史料を取り寄せ、リャード3世の実像に迫っていくが……。
ミステリ作家が書く、歴史のミステリ。
リチャード3世は、シェイクスピアが戯曲にしているほどの人物です。おそらく、イギリスに生まれ育った人なら名前を聞いただけで、時代背景や人となりが浮かんでくるのでしょう。ただし、肖像画についてはそれほど知れ渡っていない。
そういう前提で書かれているような印象でした。
残念ながらリチャード3世のことをよく知らないので、あれこれ調べながら読んでました。
時代は、薔薇戦争の真っ最中。ランカスター家とヨーク家が王位を巡って争ってます。リチャード3世はヨーク家に属してます。
さまざまな角度から、当時のようすを蘇らせる手法が圧巻。ムリヤリ感あふれる自説の開陳小説になっていないところが好感持てます。
オチがまたいいんです。
発表されたのは1951年。もう半世紀以上たちますが、リチャード3世のことをよく知らない、という状態で読んだのがかえって良かったかもしれません。混乱はしてても、先入観なしに読めましたから。
1614年。
畿内はおおいに揺れていた。江戸の将軍家と大坂の右大臣家とのあいだで戦が起ころうとしていたのだ。
徳川家康は全国の大名に出陣命令を下し、みずからもいよいよ駿府城を出発するという。豊臣家のほうでも、牢人衆を召募し、玉薬や兵糧を集めているらしい。
諸侯の軍勢が美濃国関ヶ原で激突して14年。
あのとき西軍についていた毛利豊前守勝永は、戦後に所領をとりあげられ山内家に預けられていた。
現在の勝永の望みは、徳川側として出陣すること。山内家の軍勢に加えてもらい、戦功をあげる。14年前の罪を許されることがあるならば、それしかない。
勝永は、あらゆる手段を用いて主家を説得しようとしていた。山内家に影響力のある人物の助力を仰ぎ、嘘もついた。しかし、山内家はなかなか承諾してくれない。
そんな微妙な時期に、豊臣の密使が現れた。
豊臣方には、総大将となれる人物がいない。勝永にはすべてが揃っていた。
ついに勝永は大坂城入りを決断するが……。
毛利勝永といえば、大坂冬の陣で大活躍するものの、真田信繁の陰になってしまっている名将。
物語は、勝永の内面を追っていきます。
徳川に与しようと画策するものの、けっきょくは豊臣につくことになってしまう勝永。それならば、と策を講じるものの、豊臣方は一枚岩ではなく。思惑やしがらみで思うように動けないもどかしさ。
大坂城に入ってまもなく、信繁の大活躍がサラっと語られます。おかげで、すでに大坂夏の陣がはじまってるんだ、と気がつきました。そのくらい、勝永はのけ者にされてます。
他の名だたる武将との絡みは、あまりありません。勝永の物語だということは分かってますが、ちと物足りない。
勝永のほかにもうひとり、家臣の杉助左衛門にもスポットライトが当たってます。
助左衛門は、失敗だらけのダメダメ人間。緊張のあまり粗相をしてしまったり、酒を飲んで正体を失くしたり。一所懸命に生きているのですが、やることなすことうまくいかない。
その働きは予測不可能で、いいスパイスになってました。こういう人物、貴重ですね。
《マックス・カーニイの事件簿》
連作短編集。
マックス・カーニイは、カリフォルニアの広告代理店のアート・ディレクター。もうひとつの顔は、アマチュアの幽霊退治人(ゴースト・ブレーカー)。もう10年近くつづいている。
きっかけは、W・R・ペドウェイと出会ったこと。白髪まじりの小男は古書店主で、マックスは彼から、オカルト探偵術の手ほどきを受けた。
マックスの元には、さまざまな相談が寄せられるが……。
「待機ねがいます」
間もなくクリスマスという日、ダン・パジェットが訪ねてきた。
ダンの悩みは、祝祭日になると象に変身してしまうこと。最初はハロウィーンだった。そのつぎが感謝祭。象になったら、24時間そのまんま。しゃべることはできるが、出歩くことは難しい。
ダンの変身が始まる前、パーティで魔術師に会っていた。マックスは魔術師を疑い、捜し出すが……。
なんとも一直線な結末。魔術師もふざけた感じ。とにかく軽いです
「アーリー叔父さん」
ティム・バーナムの相談は、毎週火曜日になるとテレビが不思議な番組を映し出す、というもの。受信装置も電源もいらない番組は、30分続く。
出演者のでっぷりした中年男がやることは、ジーン・ホーニングとの結婚の推奨。彼は、しきりにジーンを勧めてくるのだ。現象はテレビにとどまらない。
ジーンは、ティムの以前の彼女だった。ジーンの父は霊媒師だ。幽霊はジーンの叔父らしいのだが……。
「撮影所は大騒ぎ」
マックスは広告代理店を代表して、ハリウッドで、ドラマの撮影に立ち会っていた。ところが、撮影はトラブル続き。助監督の身体が浮きあがり、付けひげは飛びまわりながら歌いはじめる。
マックスは、出演者であるキャロリン・チェスニーに声をかけられた。キャロリンの叔父は、脚本家のブライアン・K・チェスニー。どうやら誰かがブライアンに呪いをかけたらしい。その呪いが、キャロリンにもとりついているというのだ。
マックスは調査を開始するが……。
「人魚と浮気」
マックスは、海辺の家に住んでいる友人夫妻を訪問した。ケンとジョーンのマクナマラ夫妻だ。マックスは、ふたりから別々に相談を持ちかけられてしまう。
ジョーンは、ケンが浮気をしているという。ケンは、夜なかにこっそり外出しているらしい。朝になると、ケンの服には砂がいっぱいくっついている。ジョーンは、ケンの浮気相手が人魚だと疑っていた。
一方のケンは、ジョーンが浮気しているという。ジョーンは、夜な夜なしのび出ていく。お相手は、ビーチボーイ・タイブのヴァル・ウィルシーという男だというが……。
オカルトを置いておいて、双方が疑いあう展開、おもしろいです。
「カーニイ最後の事件」
マックスは結婚を控えていた。結婚を機に、オカルト探偵は廃棄するつもりだ。
そんなとき、ウォルター・テラスがマックスに泣きついてきた。恋人のアンが、黒魔術で透明人間になってしまうらしい。
アンが就職してしまったのが、その筋では有名な、ファントム代理店。そのことに気がついて転職を試みているものの、ことごとく失敗。辞められずにいた。
マックスは渋々引き受けるが……。
なんともドタバタした作品。
実は、マックスの婚約者ジリアンには、魔法の心得があります。そんなこんなで、ファントム代理店に勤めていた経歴が。マックスのことを心配して、単身乗り込んでしまいます。
つまり、最後の事件ではない、と。
「新築住宅の怪異」
グレッチェン・グッドウィンは、新居のポルターガイストに悩まされていた。新しい建売住宅なのだが、怪奇現象が起こるのはグッドウィン家だけ。近所から、ゴーストがとりついていると噂される始末。
不思議なのは、夫ピートの態度だ。同じ被害に遭っているにもかかわらず、調査に乗り気でないらしい。
ディナーに正体されたマックスは、地の精(ノーム)の気配を感じとるが……。
「あの世からきたガードマン」
マックスが、ドクター・レヴィンのホームレス無料診療所を訪れると、ゴーストがいた。3人も。
上院議員のジョー・ウィッダー老人。むかしの映画のヒーローだったラス・ノブラー。体育哲学者のウィリアム・バービープラット。
診療所は、寄生行為防止協会に目を付けられている。妨害行為を受けていたが、ゴーストたちは助太刀するつもりでいるのだ。ドクター・レヴィンは、ゴーストにも悩まされているのだが……。
「幻のダンス・パビリオン」
ウェンディがバート・メイヤーと結婚したのは、16ヶ月前。以来バートは、ドジを連発。ウェンディは、8年前に亡くなった父のゴーストの仕業だろうと考えている。
ウェンディの父は、とても慎重で有能な人物だった。娘を溺愛し、バートの不器用さや忘れっぽさを誇張したいのではないか、と。広い屋敷に引っ越してからは、ダンス・パビリオンまで出現する始末。
マックスは相談を受けるが……。
「姿なき妨害者」
劇作家のミッシュは、舞台の妨害を受けていた。上演中に怪奇現象が起こり、なす術がない。とりわけ悩まされているのは、《カムストック・2》と自称しているグルーブだ。
時を同じくして、マックスはパトリシアに助けを求められる。
パトリシアは、オリー・ブースロッドの住み込み家庭教師。1ヶ月前から屋敷で、奇妙な事件が起きはじめていた。
品物が宙に浮き、消える。屋根裏部屋で、ときどき足音が聞こえる。だが、姿は見えない。なにかをひきずるような音がすることもある。
実は、屋敷では、地下室をアパートメントに改装して貸し出していた。住んでいるのは、リチャード・C・カーノ。《カムストック・2》のリーダーだった。
マックスは、ふたつの事件の関連を調べ始めるが……。
2017年09月27日
ウィリアム・コッツウィンクル(内田昌之/訳)
『ドクター・ラット』河出書房新社
ドクター・ラットは、実験用ラットだった。
さる大学の実験室で、去勢され、臓器を抜かれ、迷路で狂気に追いやられた。ふるえや、めまいや、かみつきといった初期症状はすでにない。
ふしぎなことに、歌や詩を書きたいという衝動が残っていた。そんなことは、科学的環境においてはあきらかに場違いだ。ドクター・ラットは、つとめて学究的な、事実にもとづく論文を書くことに集中するようにしていた。
スローガンは、死こそ解放なり。
ドクター・ラットは、仲間たちに助言を与え、励まし、心の支えとなってやっていた。
髄液を採取されているラットに。かぶせた水泳帽に熱湯を注入されたウサギに。熱くなった電子オーブンに入れられる子猫に。
やっかいなのは、犬たちだった。
野良犬たちが研究室にはいってくると、すぐに声帯が切除される。だが、動物には、ことばを使わないコミュニケーション手段があった。それは、言語よりも繊細な感覚刺激を基礎とする。
熱中症研究で利用されている雑種犬は、とりわけ反抗的だった。危険なプロパガンダにあふれているのだ。その犬は、加熱されたガラスのケージのなかで昼も夜も走りつづけ、扇動的なイメージを送ってくる。
おかげで科学に多大な貢献をする研究室は、革命的な感情でひどくざわついていた。しかも、反逆者たちのネットワークは拡大をつづけている。今では、ごくふつうの受精卵さえも、超感覚テレビで強力な信号を発しているのだ。
ついに実験動物たちは蜂起した。事態を収めようと、ドクター・ラットは孤軍奮闘するが……。
一方、実験室の外でも、異変が起こっていた。
地球上のあらゆる動物たちが、行動を起こしていたのだ。ペットだった動物も、野生の動物たちも。すべての動物が〈呼びかけ〉に従っていた。
やがて動物たちは、ひとつ処に集まるが……。
読む前は、高学年向けの児童書と思ってました。
とんでもない!
おとなでも、読むのがキツイです。ドクター・ラットが楽しげに解説する実験風景の数々。フィクションらしいですが、似たようなことは実際にあったのかも。
残酷で、しかも、意味があるように思えない。
物語は、ドクター・ラットを中心に、こまごまと他の動物たちの行動が挟まります。グロテスクな描写を思い描かないようにすれば、コミカルで、おもしろく、読みやすいです。
想像力には蓋をして……。