
2025年02月06日
ベッキー・チェンバーズ(細美遙子/訳)
『ロボットとわたしの不思議な旅』創元SF文庫
連作中編集
「緑のロボットへの賛歌」
修道僧(シブリング)・デックスは、パンガ唯一の都市シティにあるメドウ・デン修道院の造園僧。あるとき、コオロギの不在がどうしても気になってしまう。
デックスが修道院で暮らして9年。29歳になった。屋上菜園の世話をするのは天職だと思っていたが、とうとう院長に転職を告げた。
こうしてデックスは、喫茶僧になった。
寝泊まりできるワゴンを手に入れると、デックスはペダルに足をのせ、電気モーターの助けも借りて動かしていく。郊外の村々をまわるつもりだ。
それから2年。
はじめはくじけもしたが喫茶の腕をみがいたデックスは、パンガでいちばんの喫茶僧と評判になっている。村々を結ぶ静かなハイウェイを旅して、相手の話を聞き、ぴったりのお茶を用意する。喜ばれているものの、デックス自身はどこか満たされない。
まだコオロギの鳴き声を聞いていなかった。
デックスは、人里離れ放棄された修道院でコオロギの鳴き声が録音されていたことに気がつく。人間がパンガに返した広大な大自然の奥深く。アントラーズ山脈の分枝のひとつ、低めの山のてっぺん近くにある。
現在どうなっているか分からないが、かつては道路が通っていた。
デックスは早速、ワゴンで大自然に踏み入れる。
そして、ロボットと出会った。身長2.1メートル。メタル・ボディにボックス形の頭がついている。
昔、パンガに工場があったころ、ロボットは自意識を持ち、平和裏に人間たちを袂をわかった。ロボットたちには、人間の居住地区を旅する自由と、人間と同等の権利を保障されている。だが〈別離の誓い〉からこのかた、ロボットを見た者はいない。
ロボットは、モスキャップと名乗った。ロボットたちは、人間たちが大丈夫か、社会はいい方向に進んでいるか、確かめることにしたのだという。
デックスはモスキャップから、提案をされる。修道院まで連れていくので、道中、人間の習慣についていろいろ教えてほしい、と。
デックスは渋々受け入れ、ロボットとの奇妙な旅がはじまるが……。
「はにかみ屋の樹冠への祈り」
デックスは、モスキャップと一緒に人間の居住地区に帰ってきた。
通信可能になったとき方々にメールを送っていたため、いろんなところから招待されている。〈別離の誓い〉以降、はじめてロボットが人間居住地に出てきたとあって、モスキャップはひっぱりだこだ。
モスキャップは、はじめての経験に大昂奮。
デックスは喫茶僧であることを中断し、モスキャップの面倒を見るつもりでいる。すでにふたりは仲間なのだから。
デックスとモスキャップは、はじめに訪れた村で、住民総出で大歓迎される。だが、ロボットに好意的な村ばかりではない。
ふたりは旅を続けるが……。
「緑のロボットへの賛歌」でヒューゴー賞を
「はにかみ屋の樹冠への祈り」でローカス賞受賞。
パンガの人間社会には貨幣がなく、また一神教でもないです。そのせいか地球の延長線上には思えず、植民惑星か、もしかすると地球人ではないかもしれない、などと考えながら読んでました。
ちなみに、デックスはロボットと同じく性別がないそう。
精神的な問答などがあるので、読むタイミングはあるかもしれません。とりわけ「はにかみ屋の樹冠への祈り」は。
優しい世界ですけどね。
タイミングが来たら、読みなおそうと思います。
2025年02月10日
キャサリン・アーデン(金原瑞人/野沢佳織/訳)
『熊と小夜鳴鳥(サヨナキドリ)』創元推理文庫
《冬の王》第一部
14世紀。
ルーシ北部に、レスナーヤ・ゼムリャはあった。豊かな土地だが、モスクワから何日もかかるへんぴなところだ。領主のピョートル・ウラジーミロヴィチは、マリーナ・イワノヴナを妻としている。
マリーナの母は、ある日、森から馬に乗って現れた。ぼろをまとっていても美しく、イワン1世に召し出されると3番目の妃となった。妃は出自を語らなかったが、動物を手なずけ、未来を予知し、雨を呼ぶことができたという。
妃のただひとりの子マリーナには、母のような力はない。それでも正教会の主教は、マリーナをモスクワから遠ざけることにした。そこで選ばれたのがレスナーヤ・ゼムリャだった。
マリーナは、ピョートルに3男2女をもたらし他界した。
最後の子となったワシリーサ(ワーシャ)・ペトロヴナは、不細工だが不思議な魅力のある子。精霊とやりとりし、ときどき問題を起こした。ワーシャだけが、祖母の力を受け継いでいる。
マリーナが亡くなって7年。ピョートルは、ワーシャには母親が必要だと考え、再婚を決めた。長女の結婚もまとめる腹づもりでモスクワへと向かう。
このときのモスクワ大公は、マリーナの異母兄イワン2世。
イワン2世には気がかりなことがあった。娘のアンナは正気を失くしているような振る舞いをし、修道院に入りたがっている。跡継ぎのドミトリーはまだ若く、甥のウラジーミル・アンドレーエヴィチが脅威になりかねない。
そんなときにピョートルが現れ、問題は一挙に解決された。ピョートルの再婚相手としてアンナを差し出し、北の森の中に隠してしまえばいい。ウラジーミルにはピョートルの長女と結婚させ、有力貴族が後ろ盾にならないようにした。
ピョートルはアンナを押しつけられたとは思ったが、長女の良縁は願ってもないこと。受け入れるしかない。
その年、ワーシャの生活は大きく変わった。姉だけでなく、長兄と次兄も家をでていってしまう。代わりに継母のアンナが入ってきた。
ワーシャは精霊と話をするとき、アンナに見られないよう気をつかった。アンナも精霊が見えるようなのだ。しかも悪魔と考えており、教会に安らぎを見出している。
年月が流れ、ワーシャは14歳になった。
モスクワではドミトリーが即位している。その際、障害になりかねないとして、人気のある司祭コンスタンチン・ニコノヴィチがモスクラから追われてしまう。派遣されたのは、レスナーヤ・ゼムリャだった。
コンスタンチンは精霊信仰を禁じ、信仰だけが、祈りだけが、神だけが、魂を救ってくれると説いた。人々は信じ、精霊への捧げものをやめてしまう。
このころ、冬の王マロースカに封じられていた弟の熊(メドベード)が力をつけてきていた。捧げものを受けられず、精霊たちの力は弱くなっている。そのことを知るのはワーシャのみ。
レスナーヤ・ゼムリャに魔物が現れはじめるが……。
史実ベースのファンタジー。
キプチャク・ハン国に支配されている時代のルーシが舞台です。
主人公はワーシャ。
ワーシャは幼いころ、マロースカとメドベードに出会ってます。そのため、力を持っていることを知られていて、ふたりの争いに巻き込まれてしまいます。
ワーシャ以外の人物のパートもあり、読み応えがありました。
ピョートルはワーシャに戸惑いつつも愛娘をかわいがってます。
おとぎ話でよくいる意地悪な継母アンナにも事情があります。
信仰心が厚いコンスタンチンは、ワーシャに複雑な感情を抱いてます。
なお、ピョートルの子供たちは、長男ニコライ、次男アレクサンドル、長女オリガ、三男アリョーシャ、次女ワシリーサです。
ニコライは結婚して独立、アレクサンドルは修道士になります。
アレクサンドルとオリガは今作ではあまり出てきません。
本書でひとつの事件が終わって、次巻以降どうなるのか、楽しみです。
《冬の王》第二部
14世紀。
アレクサンドル(サーシャ)は、ルーシ北部のレスナーヤ・ゼムリャの領主の息子。モスクワ大公ドミトリー・イワノヴィチのいとこに当たる。修道士となり、人々からはアレクサンドル・ペレスヴェート、光をもたらす者と呼ばれた。
現在ルーシは異教徒のキプチャク・ハン国に屈しているが、ハン国の結束が弱まってきている。チンギス・ハンの子孫が王権を求めて激しく争い、君主が半年もたたないうちに次々と替わっていく。軍の有力者も仲間割れを起こしていた。
サライまで偵察に赴いたサーシャは、途中、痛ましい光景を目の当たりにする。
村々がタタール人の盗賊に襲われていたのだ。大勢が殺され、村は焼かれ、少女たちがさらわれていた。真冬の1月とあって、ただの盗賊とは思えない。組織化された集団だろう。
サーシャはドミトリーに報告するが、ドミトリーのもとには、カシヤン・ルートヴィチという領主も訪れていた。カシヤンのことは誰も知らない。
カシヤンの話では、領地はモスクワから東へ2週間。だれの助けも借りずに暮らしてきたが、謎の集団に手を焼いているという。あちこちの村が焼かれ、逃げのびた農民たちが次々と、食べ物や安全な場所を求めてやってきている。
カシヤンは贈り物を持参し、ドミトリーの援助を求めていた。
ドミトリーはカシヤンを受け入れる。兵士を集め、サーシャも共に、モスクワを出発した。
一行は焼き払われた村をいくつも見つけ、2週間後にラヴラに到着した。ラヴラにはサーシャが16歳で入った修道院がある。町は避難民であふれていた。
翌日、ラヴラに訪問者があった。
鹿毛の雄馬が一頭、ものすごい速さで森から駆けてきた。乗り手と、少女が3人。乗り手の少年が、盗賊の野営地に忍びこんで少女たちを助けてきたのだという。
サーシャもかけつけ、盗賊のことをたずねようとする。そのとき少年の顔に気がついた。その顔を最後に見たのは10年前。妹のワシリーサ(ワーシャ)だった。
ワーシャはドミトリーに、ワシーリー・ペトロヴィチと名乗った。サーシャも話を合わせ、弟だと紹介する。妹が、女がくるべきではない場所にきて、はしたなくも男のなりをしているなどと言えるものではない。
サーシャはドミトリーに嘘をついたことを気に病むが……。
史実ベースのファンタジー。
前作『熊と小夜鳴鳥』のそのまんま続き。
主人公はワーシャです。サーシャのパートからはじまりますが前作で途中退場しているので、時代背景を説明しつつしっかり紹介しておこう、という意図なのでしょう。
ワーシャから見たラヴラに至るまでのエピソードも語られます。なぜ男装しているのか、どうして少女たちを助けたのか。そのへんのいきさつもきちんと語られます。
舞台が、地方のレスナーヤ・ゼムリャからモスクワに移り、物語に政治が入ってきました。それと同時に、この時代の女性たちがどういう扱いをされているのかも。
いろんな思いが交錯しながらも背景ではさまざまな動きがあって、ワーシャも当事者になります。痛ましい事件もあるし、歴史的事件もあるし、ファンタジーもあるし、現実もあるし、盛りだくさんでした。
ちなみに、アレクサンドル・ペレスヴェートは実在人物です。
《冬の王》第三部
14世紀。
タタール人たちに襲われたモスクワは、街の一部が灰になった。なんとか撃退したものの損失は大きい。
ワシリーサ (ワーシャ)・ペトロヴナは、姉のセルプホフ公妃のもとに身を寄せている。屋敷は火の手をまぬがれた。だが、戦いでかなりの数の衛兵を失い、生き残った者たちも城の守りについている。
そんな最中、うわさが飛び交った。街に火を放ったのは、魔女のワーシャだと。セルプホフ公邸に、魔女のひきわたしを求め群集が集まってくる。
実際、火事の責任はワーシャにあった。知らずして火の鳥を解き放ってしまったのだ。だが、冬の王マロースカの力を求め、吹雪で火事を鎮めさせたのもワーシャだった。
力を使い果たしたマロースカは、もういない。ワーシャは脱出をはかるが失敗してしまう。
縛られたワーシャは、薪の山をのぼらされ小さな檻に追いこまれた。木の格子扉が乱暴に閉められしっかりくくられると、積み薪に火がつけられる。
ワーシャに激しい怒りがわき上がった。やみくもな意志の力に突き動かされ、ワーシャは炎を支配した。ワーシャが檻から脱出したところは、誰にも見られていない。
檻からは脱出できたものの、群集に見つかれば終わりだ。命はない。そのとき、封じたはずの〈食らう者(メドベード)〉が現れた。
マロースカがメドベードと取り引きしていた。ワーシャの命と引き換えに、自分の自由を差し出す、と。
ワーシャはメドベードに選択を迫られる。いっしょに逃げるか、ここで果てるか。
ワーシャは申し出を断り、闇に逃げ込んだ。真夜中の国を通る道は、ワーシャのような特別な目を持つ人にしか見えない。
ワーシャは、破ることのできない牢に入っているというマロースカを助けだし、ふたたびメドベードを封じるつもりだが……。
史実ベースのファンタジー。
前作までの『熊と小夜鳴鳥』『塔の少女』のそのまんま続きで完結編。
本書を読みはじめたとき、ぼんやりと想像してた展開のさらに先がありました。それは蛇足ではなく、まさにクライマックスにふさわしい出来事で。
本書でとりあげられた出来事がほぼ歴史通りと聞き、wikiで調べてみました。その通りでした。もちろん史実にワーシャと精霊たちはでてきません。違和感がないことに驚きました。
14世紀のロシアの出来事なんてまるで知りませんでしたが、勉強にもなりました。読んでよかった。
ところで『熊と小夜鳴鳥』で語られた、ワーシャの祖母が森から馬に乗って現れたエピソードは今作につながってきます。
また最初から読みたくなりました。
2025年02月18日
ヴィクトル・ペレーヴィン(東海晃久/訳)
『ジェネレーション〈P〉』河出書房新社
ソヴィエト連邦で生まれた70年代の子供たちは、ペプシコーラを選び取ったものだった。
夏になると子供たちは、海辺に横たわって雲ひとつない青い水平線を眺めながらペプシコーラを飲む。ノヴォロシースク市で瓶詰めされた、生温かいやつだ。夢見ていたのは、遥か遠い禁断の世界が海の彼方から自分たちの人生に入り込んでくること。
〈P〉の世代にはいかなる選択肢もなかったのだ。
ヴァヴィレン・タタールスキィも〈P〉の世代だった。
ボリス・パステルナークの詩に心を揺さぶられたタタールスキィは、自分でも詩を書き始める。文学大学に入学するものの、詩学科には入れてもらえない。ソヴィエト連邦諸民族言語の翻訳で満足することとなった。
ところが人生が一変する出来事がおこる。
刷新と改善を開始したソヴィエト連邦が、あまりに改善され過ぎてその存在を停止したのだ。連邦は崩壊。価値観も崩壊。もはや、ソヴィエト連邦諸民族言語からの翻訳といった仕事はあり得ない。
子供のころに夢見ていた世界が入ってきた。
町のようすはあまり変わっていない。テレビで見る顔ぶれも変わらない。だが、西側諸国の商品が確実に入ってきていた。
タタールスキィは詩を書くこともなくなり、自宅近くにある売店の売り子になった。そして売店で、文学大学の同級生セルゲイ・モルコーヴィンと再会する。
モルコーヴィンは広告の仕事をしていた。業界では、シナリオライターが切実に求められているのだという。西側ブランドの広告をロシアのメンタリティに合ったものに変換するためだ。
タタールスキィは売店の売り子をやめた。モルコーヴィンに紹介されたスタジオで働きはじめる。
タタールスキィはさまざまな商品コピーを考案するが……。
ソヴィエト連邦崩壊後のロシアでのいろいろ。
タタールスキィは広告の世界にとどまりません。陰謀というか、政治の裏で行われていることに関わっていくことになります。
ペレーヴィンはあの時期を実際に経験しているので、どんなようすだったのか興味がありました。そういう話もありますが、あまり変わらないのが実状のようで。
途中で分からなくなり、結末で幻覚だったことが判明するんじゃないかとか、夢オチになるんじゃないかとか、そんな感覚で読んでました。
訳者解説に、ほぼ結末までのあらすじが書いてありました。あらすじ知ってても楽しめる人は楽しめると思いますが、要注意です。
2025年02月20日
コーマック・マッカーシー(黒原敏行/訳)
『ザ・ロード』早川書房
世界は滅亡した。
土地は荒涼とし、沈黙に支配されている。夜は闇より暗い。昼は日一日と灰色を濃くしていく。
もはや文明はない。空はつねに分厚い雲に覆われ、太陽は姿を現わさず、どんどん寒くなっていく。このあたりで冬をこすのはもう無理だ。
父親は幼い息子をつれて南に向かっている。
ショッピングカートに荷物を積んで、ナップサックも背負っていた。いざというとき、カートを棄てて逃げられるように。
歩いているのはアスファルトの道。まわりには、風化した黒い焼け野原が広がる。地上には灰が積もり、植物は枯死し、動物の姿を見ることもほとんどない。
すべてが色褪せた。
通り過ぎた都市は大半が焼け、生命の気配がなかった。動かない自動車が灰のケーキに包まれ、ほかのものもすべて砂埃と灰に覆われている。タイヤ跡の化石があり、乾いて革状になった死体があった。
父親は、息子に死体を見せないようにする。
ふたりは、辛抱強く、不毛の丘陵地帯を何日も何週間も南下した。見渡すかぎり焼き尽くされた土地を。
父親が心配しているのは、靴のことだった。それと食料。行く先々で物資を漁り、生きのびようとするが……。
ピュリッツァー賞受賞作。
ロードノベル。
まとまった説明はなく、徐々に世界のことが分かってきます。世界は滅亡してますが、原因は明らかにされてません。
核戦争なのか。ほかの理由なのか。
実際、主人公にも分からないんでしょうね。あるいは考えたくないのか。
現在の行動をことこまかに追っていく一方、過去の思い出がふと蘇ったりしてます。感覚が麻痺してしまったように、淡々と。
なお、息子は世界が滅亡してから生まれてます。
どこまでも、どこまでも暗いストーリーでした。
けれども、絶望だけではないのです。救いはありました。
2025年02月22日
ヨアブ・ブルーム(高里ひろ/訳)
『偶然仕掛け人』集英社
ガイは偶然仕掛け人だった。
ある組織に所属する秘密工作員で、想像の友だち、夢織り人、幸運配達人といった者たちのような、現実の舞台裏の労働者だった。
偶然仕掛け人は、運命と自由意思のあいだのグレーエリアに立って、状況をつくりだす。その状況が別の状況をつくり、その状況がまた別の状況をつくって、最終的に考えと決断を生みだす。
だれかの世界観を変えたり、家族を結びつけたり、敵どうしを和解させたり、すばらしい芸術作品や新たな思想や独創的な科学的発見の種を蒔いたりする。可能性をつくる者、ヒントを与える者、心をそそる方向を示す者、選択肢を見つける者、それが偶然仕掛け人だ。
ガイが偶然仕掛け人課程のクラスで学んだのは、3年前。16ヶ月間に渡って、さまざまなことを教わった。
歴史と代替歴史について。偶然を起こすことにどんな意味があるのか、なぜそんなことをするのか。もちろん偶然の起こし方も。
過去一世紀分の偶然仕掛け人の報告書500件を読み、同期たちと討論したりもした。
同期は3人だけ。ガイのほかにはエミリーとエリックだけだった。
ガイは、ふたりの男女を出会わせる任務に成功したところ。達成感とともに帰宅し新たな任務を受け取るが、いつもと違っていた。
任務は、指示書入りの封筒で届く。今回の封筒はいつになく軽く、1枚きりだった。時間、場所、そして一文だけ。
失礼ですが、あなたの頭を蹴飛ばしてもいいですか?
なぞなぞのような指示に、ガイは困惑する。
エミリーとエリックに相談するが、ふたりにも、そんな指示を受けた経験はなかった。エリックは、ただ指定された時間に指定された場所に行けばいいという。
ガイは偶然仕掛け人になる前、想像の友だちだった。
想像主の心の中の登場人物は、彼らにとっては完全に現実の人間だ。性格やしぐさやユーモアの加減まで、リクエストどおりに役割を演じたものだ。大半が12歳以下の子供だった。
ガイは、想像の友だちをしていたころに出会ったカッサンドラのことが忘れられずにいる。カッサンドラは子供ではない。
一方、同期のエミリーは、ガイのことが気になっている。
関係性を深めようと、ガイに仕掛けをするが……。
現実の裏側の物語。
偶然仕掛け人についていろいろ考えられてましたが、ガイが過去をひきずっていることもあり、どちらかというと「想像の友だち」についての物語なのではないかという印象でした。
先が読めてしまうのが、もったいないというか、モヤモヤするというか。
表面を軽く楽しむように読むべきだったんでしょうね。
2025年03月01日
オリヴィエ・トリュック(久山葉子/訳)
『影のない四十日間』上下巻/創元推理文庫
北極圏のサプミで、明日は一年でいちばん特別な日。40日に渡る極夜がついに終わる日だ。
クレメット・ナンゴは、先住民族であるサーミ人。サーミ社会での序列は高くない。トナカイ警察の警官でもある。
トナカイ警察は、特殊な役割から北欧三ヵ国にまたがっていた。トナカイ所有者たちの仲介人であり、いさかいを防止する役目を担っている。
クレメットの相棒ニーナ・ナンセンは、3ヶ月前にやってきたばり。警察大学を卒業してからは、スウェーデンにある本部キルナの警察署で研修を受けていた。それからノルウェーのカウトケイノ署に辞令がくだったのだ。
ニーナはノルウェー人だが、出身は南部。トナカイ放牧のことは理論的な知識しかない。
ふたりは、トナカイ所有者からの通報でマッティス・ラッパのもとに向かっていた。マッティスのトナカイの群が放牧地から逃げだし、隣接する放牧地に来ているという。トナカイ所有者たちは、群が混ざるのを嫌う。
かれらは、村から何百キロと離れたマイナス30度のツンドラの大地で、キャンピングトレーラーとプレハブの仮説小屋が合体したようなグンピで暮らしている。マッティスのグンピは、汚れて散らかっていた。疲れて、酔っているようだ。
そのころカウトケイノでは、博物館からサーミの太鼓が盗まれて大騒ぎになっていた。
太鼓は、ノアイデと呼ばれるサーミのシャーマンが使っていたもの。最近、個人所有していたフランス人が博物館に寄付したのだ。サーミの地に伝統の太鼓が戻ってきたのは初めてとあって話題になった矢先の出来事だった。
警察には、地元のサーミ人議員だけでなくオスロからも強い政治的圧力がかけられる。3週間後には、ノルウェーで国連の世界先住民族会議があるのだ。オスロの政治家たちは懸念を示している。
翌日、太陽が現われる特別な日に、マッティスの死体が発見された。
マッティスのスノーモービルは黒く焼け焦げ、グンピの中はめちゃくちゃ。どうもナイフで刺されたらしい。死体の両耳は切り取られていた。
マッティスは隣人全員ともめている。トナカイ所有者同士のもめごとの可能性もあった。クレメットとニーナも捜査に加わるが……。
ミステリ。
クレメットとニーナのふたり主人公ですが、過去のあれこれはクレメットが多め。若かりしころのことをクヨクヨ回想してます。
ニーナも過去にいろいろあるようですが、ぼかされてました。新人とあって、読者もニーナと一緒に学ぶ、といった感じ。
背後でうごめいているのは、サーミ人を差別的にとらえているノルウェー進歩党の議員カール・オルセン。警部補のロルフ・ブラッツェンを取りこんでます。
仕事で滞在しているフランス人の地質学者アンドレ・ラカニャールも、オルセンのたくらみに関わってきます。
最初はなにも分からず、主人公コンビもしっくりいってないし、嫌な感じの人もいて、あまり知らない北欧の文化への興味だけで読んでいるような状態でした。
点と点がつながり出しコンビの息があってくると読むのも楽しくなりました。そこまでが、ちょっと時間かかったかな、と。
2025年03月05日
オラフ・ステープルドン(矢野 徹/訳)
『オッド・ジョン』ハヤカワ・SF・シリーズ
ジョンは、ウェインライト夫妻の3人目の子。
いつまでも母親のお腹のなかにいるものだから、妊娠11ヶ月で強制的に取りだされた。それでも、まるで7ヶ月の胎児。保育器の中に入れられ、新生児らしくなるまでには1年がかかった。
ジョンが目を開いたのは、18ヶ月目。まるで拡大鏡を通しているように大きく、瞳孔は洞窟の入口のようだった。いつしか母親は〈おかしな(オッド)ジョン〉と呼んだ。
呼び名のとおり、ジョンにはおかしなところがある。頭が良いのは間違いない。発育不良で、4歳で乳母車に乗っていたときには、行動も外見も、極端に聡明な6ヶ月の幼児に見えた。
ジョンははいだす気配を見せず、喋りはじめる様子もない。
話したのは、ある日突然。いきなり会話を始め、1週間後には7歳の兄よりも巧く話せるようになっていた。ジョンは、新しい活動を始めるのは遅いが、いったん自分の心をそれに向けると驚くほど速い進歩を見せる。
それから9ヶ月がたち、玩具の算盤を与えられたジョンは、数について考え始めた。そして大人たちが、十二進法ではなく十進法で数えていることを馬鹿にした。
おそらくこのときジョンは、ホモ・サピエンスの愚かさを認識した。
ジョンは自分のことをホモ・シューピリアと表現した。すっかり目を覚ましている。非常に稀にしかいない超異常人たちのひとりだ、と。
6歳になるまでまったく歩けなかったジョンは、10歳にもならないうちに何度か泥棒をやった。それから警官をひとり殺した。
18歳のころには、南太平洋に植民地を築きあげ、仲間たちと暮らした。かれらを捕まえるために6つの大国が六隻の軍艦を送ったが、しりぞけた。
その島で、ジョンとその仲間たちは最期をとげた。
生前、ジョンはフィドーおじさんに伝記を書くことを許すが……。
ミュータントSF。
フィドーが執筆したジョンの伝記、という体裁になってます。本名ではなく、ジョンの命名です。ウェインライト氏(ジョンの父親)の年下の友人で、ジョンの事業の代理人として手助けします。
ジョンがすでに亡くなっていることは最初に明かされているので、そこに向かっていく感じ。
頭がいいんだからもっとやりようがあったんじゃないか、と思わずにいられません。
2025年03月09日
J・D・サリンジャー(村上春樹/訳)
『フラニーとズーイ』新潮文庫
1955年11月。
レスとベッシーのグラス家には子供が7人いた。
最年長であるシーモアが亡くなってから約7年がたつ。生きていれば38歳。シーモアは、妻と共にフロリダ旅行をしているとき自殺した。
2番目のバディーは、ニューヨーク州北部にある女子短期大学に所属している。作家でもあり、ひとり暮らし。シーモアへの想いから、実家のシーモア名義の電話回線を解約できずにいる。
3番目のブーブーは結婚して夫と3人の子供がいる。
4番目と5番目のウォルトとウェイカーは双子だった。ウォルトが事故死して10年。ウェイカーはローマ・カソリックの司祭になっている。
6番目がズーイ、7番目がフラニーだった。
グラス家の子供たちは上から下まで18年の年齢差がある。全員に「イッツ・ア・ワイズ・チャイルド」というラジオのネットワーク番組にレギュラー出演した経験があった。
1927年から1943年まで時期をずらし、ひとりかふたり。適度の間隔をはさんで、出演は16年以上続いた。
7歳でラジオにデビューしたズーイは、今では25歳。俳優になっている。
ズーイは、前夜、フラニーと2時間話をした。フラニーの問題は少々やっかいだ。まだ解決していない。
フラニーは20歳になっている。『巡礼の道』と『巡礼は旅を続ける』という小さな本を持ち歩き、なにやら小声でぶつぶつ言っている。たいしたものを食べず、彼氏のレーンに会いに行ったときには倒れてしまった。
今朝、フラニーは居間のカウチで眠り込んでいる。
ベッシーはフラニーを心配し、狼狽している。医者に相談することも考えたが、シーモアがどうなったか思うと、それもできない。
ズーイがフラニーに話しかけるが……。
理想と現実社会の折り合いについての小説。
もとは「フラニー」と「ズーイ」という別々の物語でした。
「フラニー」は土曜日の午前中。
フラニーが倒れたときのことで、レーンからの視点が多め。短編です。
「ズーイ」は「フラニー」の二日後で、月曜日の朝。
グラス家のいくつかの部屋だけで完結します。
ズーイがフラニーと2時間話をしたというのは前日の日曜日の夜のこと。フラニーとズーイのほかは、ベッシーと飼猫しかでてきません。ズーイが読み返す、4年前のバディーからの長い手紙も載っているので、バディーの存在感はあります。
なんでも、サリンジャーのいくつかの短編は、バディーが書いたという設定だそうです。
響く人と、なんのことだかさっぱり分からない人と、二極化しそうな感じでした。
登場人物たちが全員ヘビースモーカーなのは時代ですね。考えさせられました。