
《テメレア戦記》第7作
19世紀初頭。
ウィリアム・ローレンスは、英国軍航空隊の戦闘竜テメレアのキャプテン。竜疫が広がったとき敵国のドラゴンをも助けて国家反逆罪に問われたものの、ナポレオンを退けた戦功のため減刑され、テメレアと共にオーストラリアへと流罪となった。
オーストラリアでローレンスは、国益よりも正義を重要視する自分に気がつく。軍務から離れ内陸の地に隠遁した。
そんなローレンスのもとに、中国全権大使アーサー・ハモンドが訪ねてきた。本国から要請されたという。
英国本土侵攻に失敗したナポレオンだったが、ヨーロッパでの権勢は変わらない。イベリア半島のスペインとポルトガルは占領されたまま。
安全にイベリア半島を通過できるよう、英国はポルトガルからナポレオン軍を追い出したい。そのために南部から侵攻し、呼応したロシアとプロイセンが東部から襲いかかる。この計画のため、ポルトガルを味方に引き入れる必要があった。
ポルトガル王室の摂政皇太子は、ブラジルのリオに遷都している。そのブラジルにナポレオンは、ツワナ王国の重戦闘竜を送りこんだ。
アフリカで捕らわれ奴隷にされたツワナ人たちは、ブラジルに送られている。かれらを解放するため、ツワナ王国がナポレオンに協力したのだ。
かつてローレンスは、ツワナ王国で捕虜になっていた。本国は、ローレンスがツワナ人の言語、習慣に詳しいと考えているらしい。ツワナ軍の制御不能なドラゴンたちを説き伏せられるのはローレンスとテメレアだけだ、と。
ローレンスは任務を受け入れ、ドラゴン輸送艦アリージャンス号でオーストラリアを出航した。馴染みのドラゴンやキャプテンたちも一緒だ。
そんな一行だったが、アリージャンス号が航海中のトラブルで沈没してしまう。
ドラゴンたちは、いつまでも飛んでいることはできない。いよいよ力尽きようかというとき、ローレンスは運良くドラゴン輸送艦を見つけた。だが、それはフランスの船。降伏せざるをえなかった。
かれらの目的地は、インカ帝国だという。ナポレオンはインカ帝国と同盟を結ぼうとしていたのだ。
ローレンスは、なんとかして阻止しようとするが……。
改変歴史もの。
史実にドラゴンを絡ませているのが特色。
インカ帝国は現実では滅亡してます。
皇帝アタワルパが処刑されてしまったり、疫病が広まったのは史実どおり。ドラゴンのおかげで滅亡にまではならず、国民が少ない状態ながらも存続してます。
前巻までヴィレッジブックスで読んでましたが、翻訳打ち切り絶版になってました。静山社からの復刊と続編の出版が決まり、読むことができた次第です。ありがたい話です。
なお、復刊のさい改訳されていて、今まで「空軍」だったのが「航空隊」になりました。
2025年04月17日
キム・スタンリー・ロビンスン
(坂村健/解説、瀬尾具実子/訳、山田純/科学・経済監修)
『未来省』パーソナルメディア
アメリカ人のフランク・メイは、インドはウッタル・プラデシュ州の町で診療所の手伝いをしていた。この日の朝の気温は38度。太陽が昇ればもっと熱くなるだろう。
町は熱波に襲われていた。
そんなときに一帯が停電してしまう。発電機で当面はしのげるが危機的状況だ。同僚たちは助けを呼びに出ていった。
ひとり残ったフランクは、建物がいっぱいになるまで住民たちを迎え入れる。とはいえエアコンができるのは、外気温を何度か下げることだけ。なんとかしのげる程度で、老人が死に、赤ん坊が死んだ。
その夜、さらに4人が死んだ。燃えさかる溶鉱炉のような太陽が昇り、またもや熱すぎる1日がはじまる。どの歩道も遺体置き場と化していた。
エアコンがあるだけマシだ。ところが診療所が襲われ、エアコンと発電機が奪われてしまった。
フランクは湖に向かった。湖面は人の頭で埋めつくされている。風呂の湯のように熱くなっており、日が沈んでも変わらなかった。
涼しさなど、どこにもない。誰もかれも死んでいた。
インドが熱波に襲われる少し前。
コロンビアでは、国連気候変動枠組条約29回締約国会議が開かれていた。このとき地球温暖化に対処する補助機関が認可された。これから生まれる人々と、意見を述べることのできない生物たちの代弁者となる組織だ。
通称、未来省。
本部はスイスのチューリッヒに置かれ、アイルランド人のメアリー・マーフィーが事務局長に就任した。メアリーは、労働組合の弁護士出身でアイルランド共和国の外務大臣を務めた45歳。
それからまもなくして、インドが大熱波に襲われた。2000万人ともいわれる死者に、世界は震撼する。
だが、深い哀悼の意を表明したあとは、これまでどおりの日常にもどってしまう。世界中で二酸化炭素は排出されつづける。変わったのはインドだけだった。
メアリーは、なんとか状況を変えようと奮闘するが……。
近未来SF。
はじまりは、2025年。
フランクのように局所的な視点の章もあれば、メアリーなどが関わる大局的な視点の章もあります。無機質なものを擬人化して語らせる、なぞなぞのような章もありました。
おもしろいというより、興味深い読書となりました。
なお、日本はほぼ無視されてます。
メアリーが有力な中央銀行に協力を求めるとき、日銀総裁の姿はありません。おちぶれたとはいえ、世界で5本の指に入るほどの経済力があるのに、この扱い。
解説者も気がついたようで、ただ、日本を取りあげると物語的に都合が悪いのであえて外したのではないか、という話でした。
そういう見方もできるんですね。勉強になりました。
2025年04月19日
エーリヒ・ケストナー(小松太郎/訳)
『消え失せた密画
〜または或るセンチメンタルな肉屋の親方の冒険〜』
中公文庫
オスカル・キュルツは肉屋に生まれ、肉屋の娘と結婚し、親戚一同みんな肉屋で、ベルリンの自身の店はまもなく開店30周年を迎える。いままで生活になんの疑問もなかった。歌いつぐみが一羽啼いた土曜の晩までは。
そのときキュルツの胸になにやら去来するものがあり、翌朝キュルツは、家族になにも知らせず、デンマークはコペンハーゲンで旅行者となった。
広場に面したホテルの屋外では、椅子とテーブルが幾筋かの長い列をつくっている。キュルツはそのうちのひとつに腰かけた。
そのとなりのテーブルに、イレーネ・トリュープナーがいた。
イレーネは、キュルツが同じくベルリンから来たことに気がつき、声をかける。かたや、若い、スラリとした、一分の隙もない身なりの淑女。かたや、肥った、幅の広い、見上げるような大男の粗毛布服の旅行者。
ふたりは意気投合し、イレーネはキュルツにある頼み事をした。
イレーネは、世界的に有名な美術品蒐集家シタインヘーフェルの秘書をしている。先週、シタインヘーフェルはコペンハーゲンの競売で密画を競り落とした。60万クローネだった。
イレーネは、ブルッセルに発ったシタインヘーフェルに代わって密画をベルリンに運ぶ役目を引き受けた。蒐集家として顔の知れたシタインヘーフェルより、イレーネのほうが安全だろうと考えたのだ。
ところが、新聞で骨董品の盗難被害を知ったイレーネは不安にかられてしまう。おなじところで競売された品だったのだ。
イレーネはキュルツに頼んだ。あしたの正午の汽車で、いっしょにベルリンに行ってくれないか、と。泥棒はきっとイレーネのスーツケースを盗む。ベルリンまで、キュルツのスーツケースに密画を隠させてくれないか、と。
そんなふたりを、シトルムとアハテルという盗賊団の一味が見張っていた。話の内容までは分からない。シトルムはキュルツに接触して情報をききだそうとするが、うまくいかない。
一方イレーネには、盗賊団のカルステンが接触しようとしていた。その直前、ルーディ・シトルーフェと名乗る青年に先を越されてしまう。
翌日キュルツは、見知らぬ者同士のふりをしてイレーネから密画を受け取った。汽車では昨日知り合ったシトルムもいて、キュルツは親切な乗客たちに囲まれる。
一方イレーネはシトルーフェと再会していた。
こうして汽車の旅がはじまるが……。
ユーモア系ミステリ。
1935年の発表作。
肉屋ひとすじで世間知らずなキュルツを中心に、策略をめぐらすけどそういう方面には素人のイレーネ、目的不明の謎の青年シトルーフェ、盗賊団の面々、とさまざまな人物が密画をめぐって入り乱れます。
ちなみに密画とは細密画。シタインヘーフェルが競り落としたのは、結婚前のアン・ブーリンが自身を描かせてヘンリー8世に贈ったもの。小さいけれど宝石で縁を飾られていることもあり、お高くなったようです。(現在の為替レート(デンマーク・クローネ)で1300万円ちょっと)
タイトル通り密画は消え失せます。
盗んだ犯人は誰なのか。密画は取り戻せるのか。
真相が分かって、なるほどと膝を打ちました。
ナチス政権下で、ケストナーのほとんどの作品は販売・閲覧禁止になってます。外貨のためにスイスでの出版が許可されて、そのときに書かれた三作品のひとつが本書。
作品を楽しんだあとは、歴史的経緯を受けとめるのも必要でしょうね。
《忘れられた本の墓場》四部作、第3部
1957年12月。
バルセロナの〈センペーレと息子書店〉でひとり店番をしていたダニエル・センペーレは、奇妙な客を迎えた。足が不自由で、不自然な左手は義手だ。豪華な限定版の『モンテ・クリスト伯』を購入し、贈り先に届けてほしいという。
男は、タイトルの入ったページを開き、なにやら書き込んだ。従業員のフェルミン・ロメロ・デ・トレース宛だった。署名は〈13〉とだけ。
気になったダニエルは、男を追跡する。
男が泊まっているのは、場末の連れ込み宿。一週間前からひと部屋借りているらしい。男は、フェルミンの名をかたっていた。
店にもどったダニエルがフェルミンに本を渡すと、メッセージを見たフェルミンは青ざめ、5歳も老けたように見えた。
とうとうダニエルは、フェルミンの過去を知った。
1939年。
バルセロナが陥落し、要塞となっていたモンジュイック城は監獄となった。いるだけで死ぬところとささやかれる監獄に収容されたのは、政治犯たち。
捕えられたフェルミンは、13番の独房に入れられた。
長方形で、暗く、じめじめし、岩をくり抜いてあけた小さな穴からは冷たい風がふきこんでくる。隅には汚れたカンバス地の荷袋がひとつあり、遺体が入っていた。
着るものもないフェルミンが持っているのは、ぼろ布一枚。
廊下の向かいの独房の囚人が、服を取っておくように助言してくれた。その囚人は、ダビッド・マルティン。フェルミンが愛読していた『呪われた者たちの都』の作者だった。
マルティンは毎晩、独房内をぐるぐる歩きながら、コレッリと呼ぶ不吉な相手と話している。ふたりの声の出所は、マルティンの口だ。囚人仲間たちからは〈天国の囚人〉と呼ばれている。
マルティンの奇行は監獄公認だった。監獄長のマウリシオ・バルスは、マルティンに利用価値を見出している。絶対に死なせない。
マルティンと親しくなったフェルミンは脱獄の企てを知る。
逃れるのはフェルミンひとり。マルティンは残るというが……。
スペイン文学。
1957年と1939年を行ったり来たりします。
ダニエルは、第一部『風の影』の主人公でした。
マルティンは、第二部『天使のゲーム』の主人公です。
公式には《忘れられた本の墓場》四部作はどれから読んでもいい、ということになってます。ですが『天使のゲーム』を読んでないとマルティンの言動が理解できないと思います。
今作は、フェルミンの話で過去が分かってしまいます。ダニエルがあれこれ調査して少しずつ……というのを期待していると、ちょっと違うかな、と。
前2作と次の最終巻の合間の、つなぎのような印象でした。
2025年04月25日
武川 佑
『真田の具足師』PHP研究所
天正14年(1586年)1月。
与左衛門は、南都奈良の岩井屋の長男だった。
南都の具足屋の数は十を超える。古さでも本朝随一だ。そのなかで岩井屋は比較的新しく、大店で修業した父が独立して中堅の具足屋にまで育て上げた店だった。
与左衛門は、生まれつき右手の二本の指が癒着している。中指と薬指の皮膚が繋がり、一本の太い指のようだ。指先を使う具足師には不利だが、研鑽を積み、21歳にして徳川三河守家康の仕事もした。
ところが、ズクと呼ばれるどうしようもない不良品をだしてしまった。家康が流れ弾を受けたとき、具足の背中が破損してしまったのだ。
与左衛門は、大晦日に勘当された。
ズクは口実だったのは分かっている。後妻の産んだ弟に継がせたかったのだ。与左衛門は受け入れるしかない。
家を出た与左衛門は浜松城に向かい、家康にじかに詫びた。
そのとき、家康から黒い桶側胴を見せられた。それを解け、と。
その具足は不死身(しなず)の胴と言われていて、鑓も火縄銃の弾も防ぐという。浜松の具足師は、鍛冶の神にしか作れぬと言ったとか。
腹に六文銭が描かれているから、真田家のものだ。
与左衛門は、具足が刃金で作られていると見抜いた。だが、高価な刃金を使うのは大将格の具足だけだ。桶側胴を作っても、足軽に売れるような値段にはならない。
おそらく真田は、自らの領国で刃金を作っている。知られていないのだから、拵えた具足師も真田領内にいるはずだ。
与左衛門は家康の命で、上田城に忍びこむことになる。
真田の具足の秘密を暴くため。腕のいい具足師を奪うため。
それは、与左衛門の知りたいことでもあった。
与左衛門は、甲賀忍びの乃々と夫婦という体裁を整えられ、南都から出稼ぎにきた具足師として真田領内に入るが……。
戦国時代もの。
具足師の視点というのが新鮮。合戦における具足師の役割とか、考えたこともありませんでした。
真田といえば、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」です。
読んでいて彷彿とさせられたというか、作者自身、かなり意識しているようでした。少なくともこの時代の真田家についてある程度知っていないと、話の流れが分かりづらいと思います。
おもしろくはあるのですけど。
《リンカーン・ライム》シリーズ、第15作。
リンカーン・ライムは、事故により四肢麻痺という障害を抱えている。脳に障害はなく、明晰な頭脳は健在。科学捜査の専門家としてニューヨーク市警に協力している。
ライムは、暗黒街の大物であるヴィクトール・アントニー・ブリヤックの裁判に出廷した。
ブリヤックは犯罪の証拠を残すことがなく、明確な指示もださない。今回も物証は乏しく、頼みは遺体の発見現場で採取された6粒の砂だった。ブリヤックの弁護人は、証拠が汚染されていた可能性を訴える。
弁護人の戦略は効果があり、ブリヤックは無罪となった。それだけでなく、誤った物的証拠によって市民が殺人罪に問われた事象として知られるようになってしまう。
問題を沈静化しようと、警察行政委員会は民間コンサルタントとの関係解消を決定。民間コンサルタントに協力を依頼したニューヨーク市警の職員も処罰するという。
そのときライムは、ロックスミス事件の捜査に関わっていた。
妙な事件で、犯人は被害者が寝入っている時間帯に錠前を破って侵入し、小物を動かしたり、クッキーを食べたりしていた。包丁とパンティを盗み、新聞から破り取ったページに被害者の口紅を使ってメッセージを書き残した。
新聞は持ちこまれた〈デイリー・ヘラルド〉紙で今年の2月のもの。ゴシップだけを扱う低俗さで知られている。
因果応報、解錠師(ロックスミス)と書かれてあった。
犯人は、破られにくさで定評のあるデッドボルド錠をふたつと、防犯システムをものともしなかった。立地的に、何分もかけずに突破したと思われる。
実は、以前にも似た手口の事件があった。最初の事件が発生したのは被害者の留守中。次は今回のように就寝中だったが、包丁や下着をいじっていない。
まだ殺人事件にはなっていないが、そうなるのも時間の問題だろう。遺留物はほとんどない。ライムの能力が必要とされる事件だった。
そんな最中、ライムとの契約は解除された。州議会議員の補欠選挙が迫っており、政治的判断だった。
ロックスミス事件を担当するニューヨーク市警重大犯罪捜査課刑事のアメリア・サックスは、ライムの配偶者でもある。ライムに味方する警察官も多い。アメリアは秘かに情報や物証を流し、捜査を続けていくが……。
犯罪小説。
正体不明のロックスミス事件のほかにも、ナイフで襲われて死亡した実業家の事件なんてのもあったり、ブリヤックが裁判で終わりにならなかったり、いろんなことが入り乱れてます。
ライムがウォッチメイカーのことを気にしてたりと、シリーズとしての流れもあります。なかなか読むのに手間取りました。
そんな、こんぐらがってたものが解されていくのが楽しくもあるのですが。
2025年05月02日
パトリック・デウィット(茂木健/訳)
『シスターズ・ブラザーズ』東京創元社
1851年、オレゴン・シティ。
イーライ・シスターズは、仕事にうんざりしていた。仕事をやめてのんびり暮らしたいと思っていた。
イーライは兄のチャーリーと組んで、殺し屋をしている。今度の仕事で提督は、チャーリーを指揮官に決めた。それがイーライにはおもしろくない。
これまでふたりは、冷酷非情な殺し屋シスターズ兄弟として稼ぎを分け合ってきた。ところが、指揮官になったチャーリーの報酬はちょっと多くなり、その分、イーライは減らされる。イーライにはますますおもしろくない。
提督は、すべての人から怖れられている大金持ち。この国のあちこちで商売をしている。イーライは提督のことが嫌いだ。
提督の仕事を請け負うようになってから、チャーリーは疑り深く気むずかしくなった。若いころのチャーリーは無邪気にはしゃぎまわり、あけっぴろげに笑っていたものだ。
いろいろ思いながらも、イーライはチャーリーにくっついて仕事にでかけた。
目的地は、ゴールド・ラッシュに沸くカリフォルニア。ターゲットは、ハーマン・カーミット・ウォームという名の山師。提督のなんだかを盗んだとかいう。
ウォームのことは、提督の連絡係をやっているヘンリー・モリスという男が情報を集めている。サンフランシスコのホテルで兄弟を待っていて、どの男がウォームなのか教えてもらう手筈だ。
イーライとしては、モリスが手を下せばそれで済むと思うのだが。なにしろカリフォルニアまでは何週間もかかるのだ。
チャーリーがそれほど急ぎもせず、予定はどんどん遅れていくが……。
ロードノベル。
イーライ視点で語られます。
イーライは、面倒を見てくれる人が必要そうな雰囲気。お人好しで、惚れっぽく、報酬の分配のことに文句をつけていても金に頓着せず、ほいほいと人にやってしまう。おつむが弱いって形容がぴったりくる雰囲気。
でも、殺し屋。
怒ると手が付けられなくなるのは本人も自覚しているのと、いざ殺すとなったらためらったりしない。
そんなイーライと、うぬぼれ屋チャーリーの珍道中。
いやあ、おもしろかった。と言っていいのか、ためらってしまうほど残酷なこともあります。殺し屋のイメージが変わりました。
《ロジャー・シェリンガム》シリーズ
ロジャー・シェリンガムは小説家。月に1〜2度、スコットランド・ヤードのモーズビー首席警部を昼食に誘うのが習慣になっている。
その日、ふたりが昼食にでようとしたところで電話が鳴った。事件だった。殺人事件だ。
モーズビーは、ただのありふれた強盗殺人と考えていた。そのためロジャーの同席も快く承諾した。スコットランド・ヤードの仕事ぶりを見てもらうのも悪くない。
死亡したのは、アデレード・バーネット。モンマス・マンションの最上階でひとり暮らしをしている。
モンマス・マンションは、全室が小さなフラットになっている四階建て。各階にフラットが二戸ずつあり、それぞれ寝室ひとつと居間とキッチンから構成されている。
その朝、ミス・バーネット宅のキッチンの窓から1本の長いロープが垂れていた。階下の住民は、夜中にフラットから奇妙な物音を聞いている。心配した友人がドアをノックしても応答がない。
マンションの管理人が巡査に伝え、巡査は巡査部長を呼びだし、ふたりの警察官が玄関ドアをこじ開けた。部屋は荒らされ、住人は寝室の床で死亡していた。
ミス・バーネットは、変わり者で通っていた。ろくにものも食べずに金を貯めこむようすは、まさに守銭奴。マットレスにソヴリン金貨を800ポンド縫いこんでいるという噂もある。
警察官たちの仕事ぶりを、ロジャーは興味深く見守った。モーズビーによると、窃盗常習犯のジム・ウォトキンズが犯人だろうという。注目すべき点のことごとくが当てはまるからだ。
ただし、殺人を犯したことだけは解せない。
ミス・バーネットの最親近者は、姪のステラ・バーネットだ。
連絡を受けたステラは、相続する気はないの一点ばり。なにしろバーネット姉弟が相続をめぐるトラブルで決別して28年。ステラとしては、父に酷いことをした人物でしかない。
説得されたステラは、葬儀の手配やフラットの管理は引き受けてくれた。
ロジャーは、そんなステラに興味を抱く。まぎれもない美人なのにまったく心惹かれないところが謎だった。じつにおかしな娘だ。
ロジャーは、ステラがちょうど失業中であることを知ると秘書として雇う。ステラの態度に戸惑い、殺人事件のことを考えていくうち、真犯人がマンション住民のなかにいると考えはじめるが……。
《ロジャー・シェリンガム》第7作。
事件は解決しますが、ロジャーの迷探偵ぶりが炸裂します。
ロジャーの女性に対する態度はかなりひどいです。いかんせん1931年の作品。そのあたりは考慮しないとならないと思います。
そういうことがあっても、絶品でした。
こういう解決の仕方があるんだな、と。
2025年05月10日
フランシス・ハーディング(児玉敦子/訳)
『呪いを解く者』東京創元社
ラディス国の沿岸部には〈原野〉と呼ばれる湿地帯があった。見た目はなんてことない。わずか数マイルの、細い帯状の灰色の沼の森だ。
霧に包まれた沼の森には、古代の廃墟や秘密の城や、謎の湖が隠されているという。そこでは、不可思議な力をもつ生き物たちが棲息している。
なかでもクモに似た〈小さな仲間〉が及ぼす影響は計り知れない。織り手であるらしいが、激しい怒りや憎しみに囚われてしまった人を探しだし、呪いを授けるという。呪いは孵化を待つ卵となって宿主の魂にいすわり、解き放たれるまで力を蓄えつづける。
呪いから身を守ることはできない。
呪われないのは、卵を宿した呪い人だけ。
ケレンは、呪いをほどく能力をもっていた。〈小さな仲間〉から授かったのだ。布など、意図せずほどいてしまう副作用があり、生まれ故郷を追われて旅をしている。
この1年あまりは、ネトルと一緒だ。
ネトルはまま母に憎まれて、11歳のとき呪われてサギになった。14歳でケレンに助けられたが、サギだったことは忘れていない。人間でいることに、今でも苦労している。
はじめケレンは、つきまとうネトルが嫌だった。だが、ネトルはケレンのできないことができる。こらえ性がなく、人づきあいが苦手なケレンには欠かせない存在となった。
ケレンが依頼人と大喧嘩して牢屋に入れられたときも、ネトルはていねいに頼みこんで、ケレンといっしょに捕まえてもらった。ケレンはすぐに釈放されると考えていたが、ネトルはちがう。
そんなとき、牢屋に匿名の人物の代理人が訪ねてきた。
これまでにケレンが捕まえ〈赤の病院〉に送られた呪い人のなかに、復讐しようとしている者がいるらしい。〈赤の病院〉にいるかぎり不可能だ。だが、なにかが起っているのは間違いない。
何者かが、呪い人の秘密の連合をつくろうとしている。呪い人になりそうな人たちが消え、拘留中の呪い人が消えた。
ケレンとネトルは〈赤の病院〉に向かう。そして、捕えた呪い人が、別人と入れ替わっていることに気がつく。どうやら、ラディス国を統治する政務庁にもスパイがいるらしい。
ケレンは、自分を恨んでいる呪い人が自由になっていることで動揺する。一方のネトルは、誰が正しい側なのか見極めようとするが……。
ダーク・ファンタジー。
あやしい雰囲気、満載。
はじめ、ケレンとネトルの区別がつかなくて読むのに苦労しました。かなり視点の入れ替わりがあって、まだ人物像を掴みきれていないときには、どちらが思っていることなのか一読して分からなかったのです。
独特な世界ゆえの説明も多いです。
物語を紡ぎながら少しずつ情報をだしていくパターンではなく、新たに不思議な生き物がでてくると説明が入ります。そこで物語がとまってしまうので、楽しいような、先を読みたいような。
物語が動きだしてしまえば、ページをめくる手も早くなってくるのですが。
SF短編集
「アングリ降臨」(小野田和子/訳)
NASA公文書保管主任のシオドラ・タントンは76歳。ほかに人がおらず、異星人とのファースト・コンタクトについて録音をしている。
アングリと名乗る異星人に最初に遭遇したのは、火星に到達した宇宙飛行士たちだった。とはいえ、かれらは火星人ではない。
友好的なアングリたちは地球にもやってきた。誰もが興奮するが……。
「悪魔、天国へいく」(小野田和子/訳)
神が死んで、魔王サタン(またの名をルシフェル)は考えた。悔み状は送ったが、じかに最後の敬意を表してもいいのではないか。
大きな黒い翼を羽ばたかせ、ルシフェルは上へ上へと昇っていく。久しぶりに見る天の都は、きちんと維持されている一方、新しいものもあった。
ルシフェルはある提案をするが……。
「肉」(小野田和子/訳)
トラック運転手のヘイゲンは、ボヘミアクラプへ向かっていた。専用の冷凍モジュールのなかには、さまざまな肉が詰まっている。穀物の病害や伝染病で肉の供給が限られるなか、ボヘミアクラプでは庶民が食べられないものを食べているのだ。
ヘイゲンは急ぐあまり事故を起こしてしまう。
その少し前、16歳のメイリーンは養子縁組センターを訪れていた。生まれて2ヶ月の我が子を手放す決断をしたのだ。自分もろくに食べられないありさまでは、育てるのは不可能だった。
妊娠中絶が禁じられ、養子縁組は活発化している。センターでは次々と赤児が預けられ、もらわれていく。
メイリーンは、我が子の引き取り手を知りたいがためにセンターを見張るが……。
「すべてこの世も天国も」(小野田和子/訳)
なにもかもすばらしいエコロジア=ベラという小さな国があった。山地側の大国プルビオ=アシダとは、なにもかもが正反対。そんなエコロジア=ベアの国王夫妻が、非業の死を遂げてしまう。
新しくエコロジア=ベラの女王となったのは、15歳のアモレッタ。次々と訪問者がやってきて求婚しはじめる。
そのときプルビオ=アシダのアドレスコ王子は18歳。となりの国でもあるし、アドレスコ王子もアモレッタ女王に会いにいった。
ふたりは恋に落ちてしまうが……。
「ヤンキー・ドュードュル」(小野田和子/訳)
アメリカはリブラを支援している。リブラが、マルクス・レーニン主義者を追いだそうとしているからだ。
前線の米兵たちも無傷というわけにはいかない。負傷すると、中間リハビリ施設へと送られる。病院には、任務に復帰する予定の者もいれば、傷病兵として故国へ送還されることになる者もいる。
ドナルド・スティル上等兵は気がついたら、そうした病院のベッドで仰向けに寝ていた。足が包帯でぐるぐる巻きにされている。
ドナルドは看護婦にMを所望した。看護婦によると、故郷に帰るため、あすから解毒がはじまるというが……。
「いっしょに生きよう」(伊藤典夫/訳)
わたしは、川辺にいた。自分が動くことはできない。用事があるときには使い子を使う。
いまから四季節まえ、恐ろしい火がやってきた。以来、たったひとりの連れがいる川上とのあいだに、焼けた木が倒れ、わたしたちの交配袋が流れてくるのをせき止めてしまった。
使い子たちはひ弱すぎた。どうすることもできない。
そんなとき、新しい火がやってきた。暗い空を引き裂き、地平線の森のなかに消えた。そして、妙に縦長の、何か動くものが現われた。
それは、ケヴィンと呼ばれていた。
わたしはケヴィンに呼びかけるが……。
「昨夜も今夜も、また明日の夜も」(小野田和子/訳)
男は嫌悪感をひた隠しにして女をひっかける。女を友だちの家へと連れていくが……。
「もどれ、過去へもどれ」(小野田和子/訳)
開発されたタイムトラベルは限定的なものだった。移動できるのは、自分の生涯の中だけ。未来の自分の位置に若い自分が行き、入れ替わりに、老いた自分が過去にやってくる。
自身の肉体以外のものを持ち運ぶことは不可能。傷すら治ってしまう。記憶すら持ち帰ることはできない。
ダイアン・フォートナムは、55年後の自分を選択した。
上流家庭のダイアンは、さらなる高みを目指している。75歳になった成功した自分を楽しみにしていたが、目の当たりにしたのは、安っぽい家で、嫌っている同級生と結婚していた自分だった。
それだけではない。未来は大きく様変わりしていた。
失望したダイアンだったが……。
「地球は蛇のごとくあらたに」(小田和子/訳)
Pは幼い女児であったころから〈地球〉は男だと思っていた。自分は〈地球〉に属していて、〈地球〉は自分にたいして壮大な意図を持っている、と感じていた。
Pが信じていたのは、〈地球〉とのあいだのとても深い愛。その証なのか、裕福な親類がつぎつぎと亡くなり、Pの財産はふくれあがっていく。
Pは湯水のように金を使って〈地球〉を捜し求めるが……。
「死のさなかにも生きてあり」(小野田和子/訳)
エイモリー・ギルフォード、45歳の春。突然、服を着たくなくなった。困惑する妻にパジャマ姿のまま、もう着替えたくないと言った。
そのときはビジネススーツを着て仕事に行ったが、2ヶ月がたち、こんどは会社に行きたくないと言いだした。
それから数ヶ月がたち、エイモリーはとうとう自殺してしまう。
書斎で拳銃自殺を成し遂げたエイモリーは、気がつけば立ちあがっていた。自分の肉体は横たわっている。人が次々と駆けつけてくる。
エイモリーは、部屋から出て正面玄関から外に出た。
死の国にいると了解し、目的地もなく歩きはじめるが……。