
2025年07月19日
ゲーテ(高橋義孝/訳)
『ファウスト』全二巻/新潮文庫
悪魔のメフィストーフェレスは、ときどき主に面会する。あるとき主に問いかけた。
人間という、この世の小さな神さまは昔から変わらず、せっかくの理性を使わず、奇妙なことをやり続けている。やつらが来る日もくる日も苦しんでいるのを見るのが憂鬱でならない。意地悪をしてやろうという気も失せるというもの。
そのころ主は、向上心においてファウストという学者に眼をかけていた。
メフィストーフェレスもファウストを知っている。やたらと遠方に憧れている者だ。自分が変人だということを半ば承知し、沸き立つ胸を満たすものはこの世界のどこにもないと考えている。
メフィストーフェレスは主にいった。ファウストを悪魔の道へ引入れてごらんに入れよう、と。
主は意に介さない。なにしろ人間は迷うものなのだから。生きているうちにメフィストーフェレスがなにをしようと、善い人間は、暗い衝動に駆られても正道を忘れるということはないのだから。
主の許しを得て、メフィストーフェレスはファウストのもとへ駆けつけた。
ファウストは、哲学、法律学、医学、神学をも究めつくし、今や魔法の道に手出しし始めている。世界を奥の奥で統べているもの、世界のうちに働く力と元素のすべてを見究めたい。霊の力やお告げによって、これまでの学問では叶わなかった秘密を知ることができるのではないか。
そんなファウストの前にメフィストーフェレスが現れ、取引を持ちかけられた。
この世にあるかぎり、メフィストーフェレスが家来となって面白い目を見せてくれる。まだ人間が見たこともないような面白いものを。その代わりあの世では、ファウストがメフィストーフェレスの家来となる。
ファウストは承諾した。
メフィストーフェレスが提供する快楽でファウストを誑かし騙しおおせたならば。ファウストがある刹那に対し「とまれ、お前はあまりにも美しい」といったなら。そうなったら、ファウストは喜んで滅んで行くつもりだ。
メフィストーフェレスとファウストは証文を取り交わす。
若返ったファウストはこの世を満喫するが……。
戯曲。
ドイツには元々ファウスト伝説があったそうで。錬金術師のファウスト博士は実在したらしく、いろんな媒体でとりあげられて、そのうちのひとつとしてゲーテの『ファウスト』があります。
二部構成。
第一部の発表は1808年。
ファウストが一目惚れしてしまったマルガレーテの悲劇です。ちなみに、グレートヒェンはマルガレーテの愛称。グノー作曲でオペラになっているのは第一部。
第二部はゲーテが死去したあと1833年の発表。
皇帝に仕えてあれこれする展開。ヘレネーが登場します。
ヘレネーはホメロスの『イーリアス』で、トロイア戦争の発端となった絶世の美女。
戯曲であることも知らなかったくらいで、はじめて読みました。全編、韻文になってます。理解しづらいところ、勘違いしていたのを後で気づいたりもありました。
ホメロスの『イーリアス』を読んでいたのは幸いでした。第二部が取っ付きやすくなりました。。
今後、ゲーテ『ファウスト』を読んでいてよかったと思う日もくるのでしょうね。
2025年07月23日
デイヴィッド・ウェリントン(中原尚哉/訳)
『妄想感染体』上下巻
ハヤカワ文庫SF2430〜2431
《レッド・スペース》三部作、第一部
アレクサンドラ・ペトロヴァは、防衛警察の警部補。木星の衛星ガニメデで任務についている。
母のエカテリーナは元局長だ。人からは、親の威光で警察学校を卒業しただの、現在の地位を手に入れただのと思われている。
エカテリーナが退任して1年半。隠居し、百光年離れた新規植民星のパラダイス-1に移住している。それでもまだ影響力が残っているのだ。
ペトロヴァは焦っていた。実績を挙げたい一心で大失態を侵してしまう。
ペトロヴァは怒り心頭のラング局長から、パラダイス-1の治安状況を評価報告する任務を言い渡される。連絡が途切れているらしい。ていのいい厄介払いだろう。
共にアルテミス号に乗船するのは、コロニー医学の専門家ジャン・レイ。ペトロヴァはジャンについて調べるが、前任地のことがなにも出てこない。本人も頑なで、握手すら拒否されてしまう。
アルテミス号の船長サム・パーカーも困惑していた。
はじめは、高性能船をまかされたことを喜んでいた。だが、なんのためのミッションなのか疑問がつきまとう。パラダイス-1でなにが起きているのか、まるで分からない。
人間たち3人は、冷凍睡眠チューブでの3ヶ月の眠りに入った。その間、アルテミス号のAIアクタイオン、自意識を持つロボットのラプスカリオンが世話をする。
ペトロヴァが冷凍睡眠から目覚めるころ、アルテミス号は何者かに襲撃された。ペトロヴァはラプスカリオンに助けられ、なんとか退避する。アルテミス号が大破する中ジャンとも合流し、ブリッジに向う。
サムが待つブリッジでは、アクタイオンが再起動をひたすら繰り返していた。理由は分からない。
攻撃してきた相手は、植民船だった。武装しておらず、攻撃手段は、ヤムイモだ。それに貨物コンテナ。充分な速度をあたえればどんなものも武器になる。
アルテミス号は満身創痍。攻撃はいまも続いている。
ペトロヴァたちは、なんとかして反撃しようとするが……。
ホラーSF。
文章でもって映像的なことで怖がらせる難しさを感じました。怖くないわけではないです。SF的な興味が先にきてしまって。
三部作の第一部だけあって、途中で終わってしまいます。
解決した謎もあれば、謎のままの謎もあり。
2025年08月01日
S・P・ソムトウ(金子浩/訳)
『ヴァンパイア・ジャンクション』創元推理文庫
ティミー・ヴァレンタインは、12歳で人気急上昇中のロックスター。天使のような歌声の美少年で、自ら歌詞を書いた〈ヴァンパイア・ジャンクション〉はヒットナンバーとなっている。
その日ティミーは、コンサートのためニューヨークを訪れていた。リムジンで移動中に雑誌のインタビューを受け、古い記憶が誘発されてしまう。ティミーはインタビュアーを殺した。
あれは1918年の記憶。
その夜、魔物の召喚を試みようとした子供たちがいた。そもそも実在したとしても、魔物などとっくに滅びている。そんなことを知らない子供たちは、生贄に若い娘を捕らえていた。
影の傍観者は、無意味な虐殺に激怒してしまう。猛々しいものに変身して襲いかかり、子供たちは逃げ出した。そして、消えつつある娘の命を吸った。
ティミーは、ヴァンパイアだった。インタビュアーの女は、生贄にされた少女を彷彿とさせたのだ。
ティミーは自身の記憶に問題があることを自覚しており、ユング派精神分析医カーラ・ルーベンスに診察を頼む。
ペトロニウスの『サテュリコン』にクマエの不死のシビュラを訪問したときの場面がある。シビュラは瓶に閉じこめられ、宙に吊り下げられているしわくちゃの老婆だ。
かつてティミーは、クマエのシビュラに仕えていた。シビュラが永遠に対して怒り、死にたがっていたことを覚えている。あのころは、まだヴァンパイアではなかった。
シビュラの記憶はある。だが、何百年前か言葉を話せなくなったことがあり、それより前のことはほとんど覚えていない。それに昔はいろいろと弱点があったが、いまは、ほとんど影響はない。
現代では人々の信仰心が薄れ、象徴の力は地に落ちた。そのため効果も消えたのだろう。そう考えていたが、1918年に仲間にしてしまった少女はそうではない。
なぜなのか。
ティミーはカーラに正体を打ち明け、西海岸の屋敷に招待する。
一方のカーラは、はじめティミーのことを精神分裂症だと考えていた。やがて本物であることを確信する。精神分析しようとするが、自分が分析されている気がして落ち着かない。
招きに応じて屋敷に向うが……。
ダーク・ファンタジー。
ヴァンパイアもので頭に浮かんでくる物語とはかなり違ってました。
精神分析をしてティミーの記憶が明らかになっていきます。そのため過去のエピソードもあって、精神的な領域が多め。
実は、ティミーはカーラを無作為に選んだわけではないです。
カーラの元夫は、1918年の夜に魔物の召喚を試みた〈混沌の神々〉のメンバー、スティーヴン・マイルズ。指揮者として、別の名前だったティミーと関わったこともあります。
マイルズはティミーの正体に気がつき、疎遠になっていた〈混沌の神々〉のメンバーと連絡をとってヴァンパイア退治をしようとします。ほかにも、ティミーの正体を知って行動する人がいます。
作者のソムトウは、タイの作曲家、指揮者および作家。
そうした経歴が反映しているようです。いろんな人物が絡み合っていて、過去の記憶で歴史的な人物が登場したりと、堪能することができました。
2025年08月02日
ガブリエル・ゼヴィン(堀川志野舞/訳)
『天国からはじまる物語』理論社
エリザベス(リズ)・マリー・ホールは、奇妙な部屋の奇妙なベッドで目を覚ました。どうやら船に乗っているらしい。
リズは15歳だが、船客には老人ばかり。
リズは、1エターニム硬貨が添えられた招待状を受け取る。時刻はいますぐ。場所は〈見晴し台〉の双眼鏡219番。
双眼鏡からリズは、自分のお葬式を見た。
自転車に乗っていたリズは、交通事故に遭ったのだった。自分は死んだのだ。うっすらとした疑惑が確信に代わり、リズは絶望する。
船は〈ドコカ〉に着いた。
港では、エリザベス(ベティ)・ブルームが待っていた。リズが産まれる直前に亡くなった祖母だ。リズはベティと暮らしはじめる。
50歳で亡くなったベティは、今では34歳。〈ドコカ〉では、歳をとらずに若返っていくのだ。生後七日まで若返ったら〈河〉に流され、地上にもどって生まれ変わる。
〈ドコカ〉は、地上のどこにでもあるようなところ。あまりにも現実とそっくり。だが、リズが16歳になることはない。ぜったいに。
リズは打ちのめされてしまう。
船と同じように〈ドコカ〉にも〈見晴し台〉があった。1エターニムで、5分間見ることができる。
リズは、ベティからもらう24エターニムを持って〈見晴し台〉に日参した。心配するベティの声は届かない。
その日は、リズの16歳の誕生日だった。両親のようすを見ていたリズは、自分を撥ねた犯人がつかまっていないことを知る。
自転車に乗っていたリズは、タクシーに撥ねられた。バックミラーに、四つ葉のクローバーのエアーフレッシュナーをぶらさげているタクシーだ。運転手は公衆電話から救急車を呼んだが、そのまま立ち去った。
リズは、自分が轢き逃げの被害者であることを知り憤慨する。犯人をさがし、どうにかして両親に伝える方法を見つけようと決意するが……。
死後の世界の物語。
スピリチュアル系です。犯人をさがすミステリではないので、あっさり見つかります。
メインストーリーは、リズが精神的に立ち直っていく過程にあります。必然的に教訓展開になってます。
少し鼻につくな、と思うこともありました。そういうのが苦手な人は、ちょっと読むのが辛いかも。
2025年08月05日
パトリック・デウィット(茂木健/訳)
『みんなバーに帰る』東京創元社
君は、ハリウッドの場末のバーで、バーテンダーの補助スタッフをしている。サイド・バーの端が持ち場だ。
常連客には、普通の会社員がいて、まだ親がかりの男や生活保護を受けながら安モーテルを転々とする者もいる。常連たちはけっこう仲がいい。どいつもこいつも最高の嘘つきだから、本当のところは分からない。
仕事を終えると、夜ごと酒気帯び運転で家まで帰る。がらがらのハイウェイと一般道を20分ばかり運転するが、愛車の71年型フォードLTDには不思議な力があって、ただの一度も警察に捕まったことはない。
だが、外観は見るに堪えないぼろぼろさで、さすがに厭になってしまう。あるとき手放す決心をして、妻のトヨタを借りて通勤しはじめる。
トヨタにはなんの魔力もない。飲酒運転で帰宅するときには必ずといっていいほど、バックミラーにパトカーが映ってしまう。
覚悟を決めるが、まだ捕まってはいない。もう二度と酔っ払い運転はやるまいと心に誓うものの、誓いは守られず、現状が変更されることはない。
妻は、心配している。妻は、君がアスピリンを大量に摂取し、胃のなかでウイスキーと混ぜていることに感づいている。だが、妻が知らないこともある。
バーの日々は、どこまでも続いていく……。
バーで繰り広げられる人間模様。
バー以外の場所もあり。
主人公は常に「君」と語りかけられる人物。名前は明かされてません。
断片的な逸話が並べられていきます。行動についてだけの語り口は、とてもドライ。
常連客がひとつりずつ紹介されて、その過程で「君」についても分かっていきます。もちろん「君」についての章もあります。
この調子で最後まで続くのかな、と思いはじめたころ、ストーリーがありました。読んだことのないタイプで、なかなか興味深く読めました。
2025年08月06日
ルーマー・ゴッデン(猪熊葉子/訳)
『台所のマリアさま』評論社
9歳になるグレゴリーは、建築家トーマス夫妻の長男。いろいろと考えていることはあるが言葉にはせず、自分のなかにこもりがち。所有欲が強く、拾い猫のルートルを6歳の妹ジャネットにすらさわらせない。
トーマス家にお手伝いのマルタがきて3ヶ月。
マルタは、生まれ故郷の村から兵隊たちに追われ難民となり、以来、両親とも村のひとたちにも会えないでいる。友だちを作ろうとはせず、自分の用事ででかけるのは、日曜日の早朝に教会に行くときくらい。
マルタが好きなグレゴリーは、マルタがルートルをかわいがるのも許している。マルタはいつも家にいてくれる。グレゴリーには、それがなによりうれしかった。
マルタはいつでも台所に座っている。台所が好きなのだという。
トーマス家の白くてぜいたくな台所には、植物や木箱、吊るされた玉ねぎなどが加わった。ルートルのためのかごもある。グレゴリーは、マルタがきてから台所が、暖かく、居心地がよくなったと感じていた。
しかしマルタは、ここには〈いい場所〉がないと顔をくもらせる。
マルタの故郷では、部屋の隅の棚などに〈いい場所〉を作る。小さいけれど、ありがたい場所で、マリアさまと幼子のキリストさまを置くところだ。
母子の絵には、いろいろなものがつけられた。ビロードや絹、刺繍した布を着物とし、金や宝石、場合によってはビーズなどを飾りとする。マルタの家では、ちかくの川で見つかる琥珀を使っていた。
母子は、幸せそうで暖かそうだった。どこにいっても、ふたりの目がいつもこっちを見ていたものだった。
その話をするマルタの顔は輝いていた。
グレゴリーは、その絵のことをイコンだと考えた。マルタのために探してこようと決心するが……。
児童文学。
原書は、1967年。
もちろん、インターネットのない時代です。
グレゴリーは大人を頼らず、自分の知識をもとに行動します。人見知りで、ジャネットを連れていって代わりに聞きにいかせることもあります。
タイトルから、宗教臭い内容を想像してました。そんなことはなかったです。マルタはウクライナ人なので東方正教会でしょうけど、そういうことにもふれてませんでした。
子どもが、大好きな人のために自分のできることをする。そういう話です。また大人も、相手が子どもでも説明が納得できたら快く協力してくれます。
心が暖かくなりました。
2025年08月08日
ジャネット・イヴァノヴィッチ(細美遙子/訳)
『私が愛したリボルバー』扶桑社ミステリー
ステファニー・プラムは失業者だった。勤めていた会社が不祥事で傾き、クビになってしまったのだ。
無職になって6ヶ月。家具や家電を手放し、ローンが残っていた車は差し押さえられ、貯えは非常資金があるのみ。
当座しのぎの仕事をいろいろやったが、下級職につくには学歴がありすぎ、管理側にまわるには経験不足だった。とうとう、いとこのヴィンセント(ヴィニー)を頼ることになってしまう。
ヴィニーは保釈保証会社の経営者。罪を問われている人の保釈金を肩代わりしてやる会社だ。
ヴィニーの秘書によると、さがしていた書類整理係はもうふさがっているという。だが、ステファニーの境遇に同情し、逃亡者捜しが金になることを教えてくれた。
昨日、保釈金10万ドルの男が法廷に出頭しなかった。見つけてこられたら、10パーセントの1万ドルが手にはいる。いわば賞金稼ぎだ。
それだけあれば、借金を全額返済して人生を立てなおすことができる。ステファニーは乗り気になるが、ヴィニーは猛反対。請負人のほとんどは保安関係の経験者で、法の施行についても知識が必要なのだ。
ステファニーも引き下がらない。交渉し、1週間だけもらえることになった。
ステファニーが探すのは、実家の2ブロック先に住んでいたジョーゼフ・モレリ。幼なじみというわけではないが、2歳年上のモレリのことを、ステファニーはよく知っている。
射殺事件が起きたのは、1ヶ月ちょっと前。
そのころモレリは、トレントン市警の警官だった。非番で、カルメン・サンチェスからアパートに呼びだされ、部屋にいたジギー・クレスツァを射殺した。
モレリは正当防衛を主張した。クレスツァにピストルをつきつけられた、と。だが、そのピストルは見つかっておらず、部屋にいたというもうひとりの男も、カルメンの行方も分かっていない。
ステファニーは、モレリの自宅アパートからはじめることにした。ちょうど、モレリのいとこが荷物をとりにきたところ。あとをつけ、まんまとモレリを発見する。
しかし、検察署につれていくことはできなかった。
ステファニーは、賞金稼ぎという仕事が口でいうほど簡単ではないことを痛感する。自分はなにも分かっていなかった。だからといってやめてしまうステファニーではない。
ステファニーは、ヴィニーのもので働いているベテランに教えを請うが……。
《ステファニー・プラム》シリーズ、第一作
ハードボイルドとコージーが融合した、独特な雰囲気のミステリ。ステファニーの一人称なので、語り口は女言葉。でも、気にはなりませんでした。
ステファニーは失敗を糧に成長していくタイプ。素人ですが、前職がバイヤーだったこともあり、交渉スキルはあります。
モレリのいそうなところをウロついて、見た人がいないか話を聞いているうちに、モレリの事件に裏があることが分かってきます。
悲惨なこともありますが、明るくて、読んでいて楽しくなりました。
2025年08月13日
チャイナ・ミエヴィル(日暮雅通/訳)
『都市と都市』ハヤカワ文庫SF1835
都市国家〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉は、奇妙に重なりあっていた。
両都市は同じ地域にあり、あるところはどちらか一方だけのもの、あるところでは両方共に存在する。住民たちは、相手の都市が視界に入っても〈見ない〉ことで対処した。
無秩序な越境行為は〈ブリーチ〉と呼ばれ、厳しく戒められている。禁忌を破ると、超機関〈ブリーチ〉によって、即座に、問答無用に裁かれてしまう。
住民たちは〈ブリーチ〉をおそれ、かたくなに〈見ない〉よう、幼いころからしっかりと訓練されている。
ティアドール・ボルルは〈ベジェル〉の警部補。
住宅団地で刺殺された女性が発見され、ボルルが担当となった。派手な化粧をしており、売春婦のように見える。その線で捜査するが、身元がなかなか分からない。
そんなときボルルは、匿名の電話を受けた。〈ウル・コーマ〉からの違法な電話だった。その相手は、ボルルが〈ベジェル〉に貼ったポスターを見てしまい、電話をかけてきたのだ。
ボルルは電話があったことを秘匿する。知られたらボルルも罪に問われてしまう。理由をこじつけて捜査の方針転換をした結果、ついに女性の身元が明らかになった。
アメリカ人の、マハリア・ギアリー。今は〈ウル・コーマ〉にいるはずの学生だった。
〈ウル・コーマ〉にいた人間が殺され〈ベジェル〉で発見された。おそらく〈ブリーチ〉行為があったのだろう。
ボルルは、事件を〈ブリーチ〉に委ねようとする。
ところが〈ブリーチ〉に拒否されてしまう。〈ブリーチ〉はなかったのだ。マハリアの遺体を運んだと思われる車は、正規ルートで都市間を移動していた。
事件は、殺人があったと思われる〈ウル・コーマ〉の警察が担当することになる。捜査に協力するためボルルは、久しぶりに〈ウル・コーマ〉へと足を踏み入れるが……。
ヒューゴー賞、ローカス賞、世界幻想文学大賞、クラーク賞、英国SF協会賞受賞。
13年ぶりの再読。
事件のことはきれいに忘れてましたが、〈ベジェル〉と〈ウル・コーマ〉それに〈ブリーチ〉の複雑な関係性は記憶にあって、すんなり読むことができました。
とはいえ事件そのものが、かなり複雑。
いろんな組織があって、それぞれに目的や利害があって、マハリアが怒らせてたり、関わってたり。
最後は、ちゃんと説明がつけられてます。マハリアがどうして殺されてしまったのか。その他の謎も。
すっきりしました。
都市の成り立ちについての謎は謎のままです。どうして分裂したんだろうとか、最初はどうだったんだろうとか。そういった興味は満たされません。あしからず。
2025年08月18日
シルヴィア・プラス(小澤身和子/訳)
『ベル・ジャー』晶文社
エスター・グリーンウッドは母子家庭で育ち、雑誌も買えないくらい貧乏で、奨学金で大学に行っている優等生だった。
ファッション雑誌のコンテストで賞を取ったエスターは、ニューヨークでの1ヶ月間の仕事と、滞在費のほかに数えきれないほどの特典を得た。ずっとニューイングランドにいたエスターにとって、今回がはじめての外の街だ。
エスターに用意された女性専用のホテルには、同じように賞をとった女の子たちがいた。総勢12名。ほとんどが同じ年頃だが、みんな裕福な両親がいる。
エスターには、上流の子たちが羨ましくて仕方ない。彼女らと交流するうち、エスターは変わっていく。
エスターはこれまで、猛烈に勉強して読書して書いて働くのが自分がしたいことなのだと思ってきた。そう自分に言い聞かせ、実際にほんとうのことのように思ってきた。
町の新聞「ガゼット」の大学生特派員で、文芸誌の編集者をやり、東海岸で一番大きな大学の大学院まで行ける奨学金を約束されてもいた。成績はオールAで、成績優秀者だけが履修できる特別プログラムを選択することも可能。順風満帆だった。
だが、ここにきて、将来どうしたいのか自分でもよくわからないことに気がついてしまう。
口では、いろいろなことが言えた。これまでと同じように。でも、ほんとうはどうしたいのだろうか。
エスターは徐々に心を病んでいくが……。
シルヴィア・プラスの自伝的小説。
エスター視点で、内面が語られていきます。
ニューヨークという別世界での1ヶ月があり、帰郷するころには少しおかしくなっていて、どんどん壊れていくエスター。
自分では狂っているなんて思ってません。
息を吸うように「死」を求めてしまうけど、おかしいとは思わない。首をつるためのものを用意したけど家の中にかけるところがなくて残念、とか考えている。
それがリアルなんでしょうね。当人は気がつかないものなんでしょうね。
タイトルの「ベル・ジャー」というのは、実験などで見かける上から被せる形のガラス容器のことです。
イモージェン・クワイは、ケンブリッジ大学はセント・アガサ・カレッジの学寮付き保健師。大きな家に住み、何人かの下宿人をおいている。
最上階の小さなフラットを貸しているフランセス(フラン)・ブリャンは、ケンブリッジの大学院生だった。伝記文学の講座を担当しているレオ・マヴェラック博士から個人指導を受けている。
フランは経済的苦境にあり、マヴェラック教授に直談判した。何かの教職に就けなければ、このまま研究をつづけていくのは無理だ。その結果、フランがマヴェラック教授のゴーストライターをすることが決まる。
マヴェラック教授は、出版社から伝記の執筆を依頼されていた。「ギデオン・サマーフィールド」の伝記は、すでに来年秋の出版目録に載っている。ところが、担当していたマーク・ゼファーが急死してしまったのだ。
あらかたの資料はそろっており手間はかからない。だが、マヴェラック教授にも都合がある。しかし、出版社には恩を売っておきたい。
教授の提示した案にフランは大喜び。伝記は教授の名前で出版することになる。だが、気前の良い前払金はすべて実際に執筆したフランのものだ。
イモージェンは、フランのことが心配でならない。
生前ギデオンは、セント・アザカ・カレッジの講師だった。直接人となりを知っている知人に話を聞くと、今度受賞するウェイマーク賞に値するほどの天才かは疑問だという。
立派な数学者なのは間違いない。晩年になって、ひとつだけ目覚ましい業績をあげ、あとはそれっきり。数学者としては少々、異例なことだった。
イモージェンは、伝記の執筆者がゼファーの前にもいたことを知り、ますます心配になる。
ゼファーは、1978年夏の出来事を調査するところで、急死した。髄膜炎だった。その前に、メイ・スワンなる人物が担当していたらしい。
メイはたくさんの資料を分類し、下書きらしいものも残している。そして、1978年夏の出来事について調べるところで失踪した。
メイの前にも、イアン・ゴリアードなる人物が関わっている。イアンについては、どうなったのか分からない。
イモージェンは、友人の巡査部長に相談するが……。
《イモージェン・クワイ》第二作
謎めいたミステリ。
伝記執筆者たちが、おなじところを調査する過程でどうにかなる。偶然の一致かもしれないし、そうではないかもしれない。
保健師のイモージェンには、話を聞き出すスキルがあります。フランが調査結果をいろいろ教えてくれので、合わせ技で、謎に迫っていきます。
少しばかり世界が狭い気もしますが、物語なので。
結末には、ここにくるまでいろいろなことがあったけど最後に報われた、と思いました。前作『ウィンダム図書館の奇妙な事件』もラストに暖かさがありました。次作も読んでみよう、という気にさせられます。