
2025年11月22日
ヴァル・シャフナー
(ヒラリー・ナイト/画、長岡砂里/訳)
『猫ほど素敵な商売はない』二見書房
ハムレットは白と灰色のぶち猫。アルゴンキン・ホテルで暮らしている。もとはといえばバーモントの牧場の猫だった。
牧場にいた仔猫のころ、先輩のビルマ猫プロスペロが教えてくれた。現実世界で起こる重要なできごとは、たいがい夢のなかで前もって見られる。好奇心の強い猫は、その真相をいちはやくかぎつけて、いろんな具合に役立てるものだ。
アルゴンキン・ホテルにやってきたハムレットはたくさんの夢を見て、いっぱしの夢見猫となった。いまでは知らないことなどないくらい物知りだ。だが人間たちには悟らせないようにしている。
ハムレットは寝てばかりいると思われている。それでいい。猫がこんなにすばらしい能力をもっていると知ったら、人間はきっとそれを利用したがるだろうから。
アルゴンキン・ホテルをハムレットは気に入っていた。つねにかわらなぬたたずまいで、やわらかで気持ちのよいソファがある。おいしい魚をもらえて、犬は禁止。
なにより夢をいっぱい見られる。
ハムレットはアルゴンキン・ホテルの名物猫となり、うぬぼれの強い猫となった。夢で、かつてアルゴンキン・ホテルに住んでいたトラ猫のラスティと会い、いろんなことを教えてもらう。
今日も、お気に入りの場所で夢の世界に入っていくが……。
12年ぶりの再読。
ニューヨークのホテル・アルゴンキンにいるハムレットをモデルにした物語。
アルゴンキンは、作家や俳優、映画監督やジャーナリストや批評家たちに好まれているホテルで、かれらの断片的なやりとりをハムレットは聞いています。はじめはバラバラに展開されるやりとりが、やがて流れとなります。
ヒラリー・ナイトによる躍動感ある挿絵がたくさんちりばめられていて、目をひきました。
猫ほど素敵な商売はないに頷くばかり。
2025年11月23日
フィリップ・J・デイヴィス
(マーガリート・ドリアン/絵、深町眞理子/訳)
『ケンブリッジの哲学する猫』早川書房
ケンブリッジ大学はペンブルク・コレッジの雌猫トマス・グレイは、東部のウォーターフェンロセント・ウィローなる小村で生まれた。なぜケンブリッジにきたかといえば、成長して地元の職業カウンセラーに相談したところ、ケンブリッジへ行くことをすすめられたからだ。
トマス・グレイには数学になみなみならぬ才能がある。そのうえ、カウンセラーからすると小賢しい若猫だった。追い払う目的もあってケンブリッジをすすめられたとは、トマス・グレイは考えてもいない。
とにかくもトマス・グレイはペンブルク・コレッジに到着した。気に入ったのは、出納帳の執務室に通じる廊下。ミルクをもらい、ごはんをもらい、永住態勢で住みついた。
人間たちは、予算をくんだり、生まれた子猫たちをどうするか会議を開いたり、右往左往。トマス・グレイは学部生たちの人気の的になり、観光客の目をひくようになる。すっかりトマス・グレイは受け入れられた。
トマス・グレイとしても、フェローたちの会話を盗み聞きできるのは願ったり叶ったり。そばにいっても話しやむことがないから、意識の地平を拡大することができるようになった。
あるときトマス・グレイは、ルーカス・ファイスト博士の部屋を訪れた。
ファイスト博士はペンブルク・コレッジのフェロー。正式に叙任された英国国教会の司祭でもある。古代数学史について傑出する才能があった。
トマス・グレイは、ファイスト博士の居室に大喜び。いたるとこに雑然と積みあげられた書物や雑誌や原稿の山を、思うぞんぶんひっかきまわし、嗅ぎまわり、ほじくりかえした。ファイスト博士もそれを許した。
ふたりは仲良くなり、トマス・グレイはファイスト博士が仕事をしているあいだ、膝にとびのったり、膝からさらに机へと移って、そっと横になったり、貴重な文書のページを踏みつけて、その内容をのぞいてみたりすることすらあった。
そんなある日、ファイスト博士はトマス・グレイのおかげで大発見をするが……。
ケンブリッジのトマス・グレイをモデルにした哲学的ファンタジー。
トマス・グレイとファイスト博士のダブル主役。
作者は数学者。学術書的な雰囲気ですが、堅苦しいところはないです。哲学的なことをユーモアたっぷりに、おもしろおかしく語られます。
実は、7年ぶりの再読です。
ラストと思っていたエピソードがまったくラストではなく。人間の記憶ってあてになりませんね。
ラスティーは、緑色の目とオレンジの毛並みをした猫。飼い猫だが、森にあこがれている。
二本足に飼われていれば、いいこともある。食べるものに困らず、かわいがられ、快適に過ごせる。だが、森へのあこがれはおさえようがなかった。
ラスティーは、とうとうフェンスを越える。
森でネズミをとろうとしたラスティは、自分と同じくらいの子猫と出会った。長い灰色の毛でおおわれた子猫は、グレーポー。野生の猫であるサンダー族の戦士になるため、訓練を受けているところだという。
ラスティーは族長ブルースターとも会い、サンダー族にさそわれた。飼い猫のラスティーに戦士の血は流れていない。だが、サンダー族は多くの戦士を必要としていた。
一族の暮らしには忠誠心と勤勉さが要求される。しかも正式に戦士になれるという保証はない。そのうえもとの暮らしには戻れなくなる。
それでもラスティーは、サンダー族に加わることを決意した。
正式に見習いとなったラスティーは、ファイヤポー(火の足)と命名される。そのオレンジ色の毛皮は、太陽の光を浴びると真っ赤に輝く。まるで燃えている火のようだった。
訓練にはげむファイヤポーだが、グレーポーなど仲良くなった猫がいる一方、飼い猫という出自から見下してくる猫もいる。特に、戦士猫のタイガークローに目をつけられてしまう。
ファイヤポーは、タイガークローの弟子レイヴンポーのようすがおかしいことに気がつくが……。
野生の猫の世界を舞台に繰り広げられるファンタジー。
森に暮らす猫たちには、4つの部族があります。
サンダー族のほか、舗装された道路をはさんでシャドウ族、川を挟んでリヴァー族、リヴァー族の向こうにウィンド族がいます。
猫たちは死ぬと星になると信じられていて、スター族と呼ばれます。スター族は空から見守る存在で、森のルールを制定し、お告げをもたらします。
族長ブルースターは「わが一族を救えるのは火だけ」というお告げを聞いてます。火はすべての一族が恐れているものなのに、と意味を掴みかねていたところにファイヤポーが現れた、というわけです。
たくさんの猫がでてきますが、名前に規則性があるため混乱はしませんでした。
子猫時代は○○キッド、見習い猫になると○○ポー、族長になると○○スター、その他の猫たちは、まぁ、いろいろ。ファイヤポーの場合は、一人前の戦士となってファイヤハートとなりました。
ファイヤハートはサンダー族に忠誠を誓ってますが、家猫出身ということもあり、忠誠でがんじがらめになることはありません。柔軟的に動くことができるのが強みになってます。
サンダー族を、または他の部族をも含めた危機をどう乗りこえていくのか。読み応えがありました。
2025年12月02日
飯嶋和一
『黄金旅風』小学館文庫
寛永7年(1630年)7月。
朱印船貿易家にして長崎外町代官の末次平蔵政直が死んだ。
嫡男の平左衛門茂貞は放蕩息子や不肖者として知られ、勘当されている。平左衛門も跡目を継ぐことに難色を示すが、ほかに人がいない。長崎町民のために覚悟を決める。
平左衛門と接した人々は、噂される人物像との乖離におどろいていた。ただ、竹中重義への態度には失望している。
竹中重義は長崎奉行になってから好き放題。キリシタン禁教令を利用して悪巧みをしていた。
徳川家光が三代将軍になっているが、二代将軍秀忠もまだ健在。大御所として存在感を示している。竹中重義には、秀忠という後ろ盾がいた。
実は、平左衛門も竹中重義を指弾しようと秘かに準備をすすめている。誰からなんと思われようと、上意に失敗は許されないのだ。
平左衛門は秀忠が長くないと見て、時期をはかるが……。
歴史小説。
20年ぶりの再読。
寛永5年〜10年の長崎の物語。
時代は鎖国へと傾きつつあるころ。長崎は海外貿易の地であり、キリシタンが多くいた地でもあります。
平左衛門が跡目を継ぐまでにもいろいろあります。
寛永5年。
末次平蔵が武装船を台湾に派遣し、オランダ東インド会社と交渉します。このときの事件は平左衛門の代まで続いてます。
寛永6年。
長崎で町民の失踪事件が相次ぎます。内町火消組惣頭の平尾才介が犯人たちのアジトを突き止めます。才介は平左衛門の悪友です。
中心人物は平左衛門ですが、いろんな人が登場していろんなことが起こります。群像劇とも少しちがって、この人のエピソードいるのかな、ということも度々。
そういう人たちが長崎という町を形作ってきたのでしょう。町の物語を重層的に読めるのだと思います。
なお、平左衛門は『出星前夜』にも登場します。
2025年12月05日
飯嶋和一
『出星前夜』小学館文庫
寛永14年(1637年)陰暦5月。
長崎の医師である外崎恵舟は、思いがけず、旧知の甚右衛門から往診を頼まれた。
島原領は南目・有家村鬼塚の甚右衛門の家は、代々鬼塚土着の豪族だった。200年ほど前に有馬氏と主従関係を結び、重臣として秀吉の朝鮮出兵に出陣した経験もある。
徳川の世となり、キリシタン大名だった有馬家は棄教した。さらには日向延岡に移封され、一帯は島原領となった。そのとき甚右衛門は下野して、庄屋となったのだ。
南目では、通常の倍の年貢が課されている。率先して従う甚右衛門を、村人たちは快く思ってはいない。だが、さまざまな工夫で収穫をあげ、村人たちを助けてきたのも甚右衛門だった。
この2年、一帯は不作に見舞われている。飢餓に陥っている村は傷寒に襲われるもの。南目では童が次々と寝込み、死者もでていた。
島原城下の医師のところも患者であふれているという。そこで甚右衛門は恵舟に頼ったのだ。
恵舟は求めに応じるが、予想以上に患者が多かった。持参した薬は底をつき、そのうえ、村人を守るべき代官所によって追い返されてしまう。
寿安と呼ばれる矢矩鍬之介は、強い憤りを覚えていた。
寿安は19歳。恵舟を案内して村を回り、なんの罪科もない幼い者たちが犠牲になっているのを目の当たりにしてきた。怒りは、恵舟ひとり守れない大人たちにも向けられていく。
寿安は、かつて教会堂のあった森に立てこもった。まだ病に倒れていない多くの子供たちが追随する。誰もが、次に傷寒にかかって死ぬのは自分だと考えていた。
寿安の行動は騒ぎへと発展するが……。
歴史小説。
16年ぶりの再読。
南目の人たちは甚右衛門も含め、棄教した元キリシタンです。教えに従い、ひたすら耐え忍んできた経緯があります。
寿安の行動は、めぐりめぐって島原の乱へと発展していきます。甚右衛門も中心人物となります。なにしろ戦の経験者ですから。
大坂夏の陣(1615年)はでてこないので、九州の人たちにとっては朝鮮出兵(1592年)が最後の戦、という扱いなのでしょうね。それから45年が経っていて、戦の経験がない人ばかり。
敵も味方も、経験不足からミスを連発していきます。大将がそれでは甚右衛門でもいかんともしがたく。
経験者に主導権があったらどうなっていたか。
歴史に「もし」はありませんが、考えてしまいます。
直前に『黄金旅風』を読んでいたので解像度があがりました。
当作の中心人部だった長崎外町代官末次平左衛門と恵舟には繋がりがあります。両作はセットて考えるべきかな、と思いました。
2025年12月07日
アガサ・クリスティー(田村隆一/訳)
『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』
ハヤカワ・クリスティー文庫78
ロバート(ボビイ)・ジョーンズがトーマス医師とゴルフをしているときだった。
自信を持って放ったボールが大きく右へ逸れていき、人の叫び声を耳にした。だれかに当たったのか。太陽がちょうど沈みかけたところで逆光になっているうえ、海から立ちこめる薄もやで視界が悪く分からなかった。
ボールは、ハリエニシダの茂みの中で見つかった。人は倒れてはいない。
間もなく、叫び声の正体が判明する。
崖の下に男が倒れていた。岩伝いに這い下りて確認すると、まだ息がある。だが、診察したトーマス医師は静かに首を振った。
もやのせいで、足を踏み外してしまったのだろう。もう長くない。
トーマス医師が人を呼びに行く間、ボビイが残った。驚くことに、突然、男はパッチリと目を開け、はっきりとしゃべった。
なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?
そして、事切れた。
ボビイは死んだ男のポケットからハンカチを引っぱり出して、顔にかぶせてやる。そのとき、ポケットに入っていた写真を見てしまった。一目見たら忘れられない、人の心を惹きつけるような美しい女性が写っていた。
トーマス医師はなかなか戻ってこず、ボビイはあせり始める。その日、6時に約束があったのだ。
そのとき、見知らぬ男が崖の上から顔をのぞかけた。バッシントン-フレンチと名乗る男は、ボビイの代わりを努めてくれるという。
死んだ男の身許は、本人が所持していた写真により突き止められた。写真の女性はアメリヤ・ケイマンといって、死んだのは兄のアレックス・プリチャードだと証言したのだ。10年にわたる海外生活を切り上げ帰国し、徒歩旅行をはじめていたという。
検死審問で証言したボビイは、ケイマン夫人に驚く。
写真の面影はまるでなかった。若いときの写真だったにしても、歳月とはおそろしいものだ。
あとになってボビイは、最期の言葉があったことを思いだす。ケイマン夫人に手紙で知らせるが、まもなく奇妙なことが立て続けに起こった。
どうやらボビイは、誰かに命を狙われているらしい。思い当たることといえば、アレックス・プリチャードの件しかない。
事故ではなく殺人なのではないか。
ボビイは、幼なじみのフランシス(フランキー)・ダーウェントと協力して調べはじめるが……。
殺人ミステリ。
フランキーは、伯爵令嬢。気さくな人で、ボビイが狙われはじめる前に殺人事件ではないかと指摘したのが、フランキー。というのも、そのほうがグッとスリルがあるから。
どちらかというと、フランキーの調査のほうが貢献具合が大きいようです。翻訳だと分かりませんが、階級や住んでいるところで英語の発音が違うせいなのでしょうね。レディ・フランシスだと名乗るだけで、簡単に信頼してもらえます。
ボビイとフランキーのコンビで話は軽快に展開していきます。都合のいいところはあったものの、楽しく読めました。
2025年12月12日
ペン・シェパード(安原和見/訳)
『非在の街』創元海外SF叢書
ヘレン(ネル)・ヤングは地図に魅せられ、地図制作学の研究者を志していた。父ダニエルは高名な地図学者で、覚えていないが、亡くなった母も地図学者だったという。そういう血が流れているのだろう。
ネルが図書館の地図部でインターンとして働いていたとき〈ジャンクボックス事件〉が起こった。父は大激怒し、ネルは地図学者の世界から完全に閉め出された。以来、父とは疎遠になっている。
あれから7年。失意のネルがしているのは、古地図の複製にもっともらしい装飾をつけ足すことだ。もはや地図に関わる仕事には就けず、インテリア用の複製品を売る会社が拾ってくれた。
いまだ夢をあきらめきれないネルに、ニューヨーク公共図書館の地図部から連絡が入る。
父が図書館で亡くなった。警察も呼ばれていたが、心臓発作か脳卒中か、事件性はないという。
図書館を訪れていたネルは、父のデスクの隠しポケットに革製の書類ばさみを見つける。常ならば、その書類ばさみには研究中の特別貴重で珍しい地図がしまわれているはずだった。ネルは誘惑に勝てず持ち帰ってしまう。
帰宅したネルは驚愕する。書類ばさみに納められていたのは、ガソリンスタンドで売られている幹線道路地図だったのだ。ゼネラル地図製作株式会社の1930年版、ニューヨーク州道&幹線道路地図だった。
しかし、研究施設共同データベースを見たネルは違和感を抱く。登録されている212件という数字は平均的だろう。そのすべてが、紛失や破損、盗難被害に遭うなどして収蔵品から失われていた。
これはただごとではない。
理事長によると、父は、秘密のプロジェクトに取り組んでいたという。ブレークスルーを目前にしているが、内容は理事たちにも秘密にされていた。
ネルは地図について調べはじめるが……。
地図に情熱を傾ける人たちの事件。
図書館に強盗が入って夜間警備員が亡くなったり、幹線道路地図を〈カルトグラファーズ〉なる者が狙っているらしいとか、父ダニエルの旧友たちが語る若かりし日の思い出話とか、いろいろあります。
地図による不思議な出来事には、釈然としないものがありました。
というのも、最初に地図の不思議が発揮されるのは、名刺の裏に描かれた手書きの地図なんです。手書きでいいならなんでもありなのでは、と思いながら読んでました。
終盤では、やはり手書きではダメらしい展開になってます。名刺の裏の地図は手書き風の印刷だったのかもしれません。
あまり細かいことは気にせず、地図に情熱を傾ける人たちの熱量に着目すべきなのかもしれませんね。
2025年12月13日
江戸川乱歩
『黄金仮面』青空文庫
あるとき金製の仮面をつけた灰燼物の風評が起り、新聞の社会面を賑わした。幽霊話のような、悪戯のような、お伽噺のような。取りとめもない怪談に類したものであったが、一種異様の妖怪味により人々の好奇心が刺戟されたのだろう。
人々の前に実際に黄金仮面が姿を現したのは、上野公園で開かれた産業博覧会だった。
開催第5日目。
ある高貴なお方の御来場を仰ぐため、各陳列場は閉ざされ、一般観衆は追い出されていた。警備は厳重を極め、博覧会の目玉である国産大真珠〈志摩の女王〉には、特別に4人の看守がついている。この看守たちが薬を盛られ、眠らされてしまう。
まんまと〈志摩の女王〉を盗みだした男は、黄金の仮面をつけていた。盗難防備の電鈴仕掛けは眠らされていなかったため、警備の面々に知れ渡ることとなった。大捕り物となったが、逃げた怪物を捕まえることはできなかった。
日光山中に、鷲尾侯爵家の宏壮な別邸がある。別邸内には、古美術品を納めた小美術館があるが、滅多に開かれることはない。
これに、F国大使ルージェール伯爵が興味を示した。
黄金仮面の怪賊が附近にいると情報が入るが、ルージェール伯の鑑賞する意欲は固い。なにしろ欧洲大戦にも参加し、シャンパーニュの激戦では、一時戦死を伝えられた程の勇士だ。日本人の盗賊などどうと思うこともなく、予定が変更されることはなかった。
そんな中、鷲尾侯爵家に賊が出没し、素人探偵明智小五郎もかけつけるが……。
《明智小五郎》シリーズ。
博覧会の大捕り物があり、鷲尾侯爵家別邸の大騒動があります。
物語の展開が変わるのは、富豪の大鳥氏の相談から。娘の不二子が黄金仮面と密会している、と。
明智小五郎の、黄金仮面は何者なのか、という推理が炸裂します。
昭和初期(1930年)の娯楽小説で、独特さを楽しみました。
2025年12月21日
ロビン・ホブ(鍛治靖子/訳)
『黄金の狩人』全三巻/創元推理文庫
主に遠視者(ファーシーア)王家の血筋に現れる〈技〉という能力は、どれほど離れていようとも他者の心に接触することができる。また、それより古く〈気〉と呼ばれる魔法もある。獣に対するもので、蔑まれ、人に知られないよう気をつかう。
フィッツ=シヴァルリ・ファーシーアは、私生児のため王位は望めないものの、〈技〉の血は受け継いでる。さらには〈気〉も受け継いでおり、秘かに狼〈ナイトアイズ〉と絆を得ている。
外島人の〈赤い船団〉を撃退して15年。
訓練を受けた〈技〉の使い手たちは全員が果てた。フィッツも死んだことになっており、生存を知るのはごくごく一部の人間だけ。現在はトム・バジャロックと名乗り、隠遁生活を送っている。
35歳になったフィッツは、もう王都バックキープに戻るつもりはない。知り合いに気づかれる恐れがあるうえ、宮廷の渦巻く策謀にかかわるのは願い下げだった。
そんなところへ、シェイド・フォールスターが訪ねてくる。シェイドはかつて、師だった。王の暗殺者だったシェイドは、今では、亡きヴェリティ王に代わって統治している王妃ケトリッケンの顧問官となっている。
シェイドの望みは、フィッツの王宮への復帰だ。
デューティフル王子は14歳になった。
次代の王として立場を意識するあまり、内省的な子供に育ってしまっている。そのうえこのところ、なにやら鬱々として悩みにとらわれ、周囲の人々に何が起こっているか気にもしない。
ケトリッケン王妃もシェイドも、何か新しいことを学ぶべき時期だと考えた。新しいこととは〈技〉だ。だが、王宮には教えられる人がいない。
フィッツはシェイドの申し出を拒絶する。〈技〉は容易に中毒となってしまう恐ろしいものでもあるのだ。知らずにすむなら、知らないままのほうがいい。
けっきょくフィッツは、シェイドのただならぬ急使によって、バックキープに駆けつけることになってしまう。
デューティフル王子が行方不明になっていた。秘かに探しているが見つからない。もはやフィッツの〈技〉の力しか頼れるものはなかった。
フィッツは旧知であるゴールデン卿の従者としてバックキープに入りこむ。王子の行方をつかみ、ゴールデン卿と、王妃が手配した狩人ローレルと共に旅立つが……。
《道化の使命》三部作の開幕。
《ファーシーアの一族》を読んでいることが大前提。これまでの経緯は簡単にふれられてますが、細々したことの説明はありません。順番通りに読んだほうが楽しめると思います。
急使は第一巻の終わり。それまで、いろいろなことがあります。
フィッツが引きとって養育している孤児ミスハップのこと、ときおり訪れる吟遊詩人スターリングのこと、〈俗〉という魔法を使うジンナのこと。ナイトアイズはかなり歳をとりました。
とりわけ文量を割かれているのが〈道化〉です。先代のシュルード王に共に仕えた仲で、実は、白の予言者。ゴールデン卿でもあります。
道化はフィッツが自分の触媒であると考えていて、未来を予言し、ふたたび世界を救わなければならないと告げます。フィッツが道化にこれまでの15年について語ることで、《ファーシーアの一族》と《道化の使命》の間のフィッツの人生について知れるようになってます。
そのため、初巻は異様に長い前フリという印象でした。
《ファーシーアの一族》で第一部が物語全体の序章といった雰囲気だったのを思いだしました。
《道化の使命》第2部
主に遠視者(ファーシーア)王家の血筋に現れる〈技〉という能力は、どれほど離れていようとも他者の心に接触することができる。また、それより古く〈気〉と呼ばれる魔法もある。獣に対するもので、能力者であることを知られると命にかかわる。
王子の私生児だったフィッツ=シヴァルリ・ファーシーアは〈技〉と〈気〉の両方を受け継いでいた。世間には故人と思われており、現在は、ゴールデン卿の従者トム・バジャロックとして王都バックキープに暮らしている。
〈気〉を持つ過激派〈パイボルド〉との対決で、フィッツはリーダー格の腕を切り落とした。とどめはさせず、その後のことは分からない。
実は、デューティフル王子も〈気〉を持っている。絶対に知られてはならない秘密を〈パイボルド〉たちは知っていた。
フィッツは残党から強迫を受けるが、死闘とはならない。利用価値のある人間となることが求められているのだろう。具体的なことはなにも分からない。
そんな中バックキープで、デューティフルと神呪字諸島の族姫エリアニアとの婚約式が開催された。
神呪字諸島は、15年前に戦った相手だ。六公国は沿岸部を中心に壊滅的な被害を受けた。デューティフルの亡き父王が旧きものを目覚めさせて撃退した過去がある。
両者の和解がなされ貿易が再会されれば、六公国にも益がある。そのための婚姻だった。王妃ケトリッケンは和平を切に望んでいるが、この婚姻には疑問がつきまとう。
神呪字諸島で重視されるのは母の血統だ。夫は妻の氏族にはいり、子は母の氏族の紋章を掲げる。大きな影響力をもつのは父ではなく、母親の男兄弟なのだ。
ところが、平和協定をもって接触してきたのは、エリアニアの父アルコン・ブラッドブレイドだった。六公国はブラッドブレイドを交渉相手としてきたが、彼の権利は曖昧なまま。エリアニアの伯父ペオットレ・ブラックウォーターは、付き添い兼護衛という立場に留まっている。
フィッツは、デューティフルを守るために情報を集めつつ、かつてあった〈技〉の連を復活させようと奮闘するが……。
前作『黄金の狩人』の直後からスタート。
政治的なこともあるし、フィッツの養い子であるミスハップのごたごたもあるし、パイボルドとのあれこれもあるし、旧知のゴールデン卿の新たな側面が明かされたり、盛りだくさん。
フィッツの生い立ちの振り返りもちょこちょこ入ってます。前シリーズ《ファーシーアの一族》の記憶があると、過去の自分と照らし合せて人にやさしくなれるフィッツに、成長を感じられます。
三部作の真ん中だけあって、山場はあっても終わってません。このシリーズは、はじめに全巻(10冊)読む覚悟でいないとならないと思います。