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2025年の記録
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このページの本たち
ミセス・ハリス、国会へ行く』ポール・ギャリコ
闇の中をどこまで高く』セコイア・ナガマツ
フランケンシュタイン』メアリー・シェリー
ママ、手紙を書く』ジェームズ・ヤッフェ
巨匠とマルガリータ』ミハイル・ブルガーコフ
 
紅きゆめみし』田牧大和
タイタン・ノワール』ニック・ハーカウェイ
タイガーズ・ワイフ』テア・オブレヒト
アトラス6』オリヴィー・ブレイク
レッドリバー・セブン:ワン・ミッション』A・J・ライアン

 
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2025年06月08日
ポール・ギャリコ(亀山龍樹/遠藤みえ子/訳)
『ミセス・ハリス、国会へ行く』角川文庫
 旧題『ハリスおばさん国会へ行く』

 《ミセス・ハリス》シリーズ第三作
 エイダ・ハリスは、ロンドンの通いの家政婦。
 ハリスおばさんは、バタシー区ウィリスガーデンズ五番地に住んでいる。毎週木曜日には、友だちのバイオレット・バターフィルドおばさんとジョン・ベイズウォーターさんを招き、テレビをみてお茶を飲む。
 3人は、教養番組ふうの「あなたのご意見は?」をみていた。いろんな問題について、作家や弁護士、国会議員が意見をたたかわせあう討論番組だ。
 テレビが終わってお茶の時間になると、ハリスおばさんは出演していた国会議員を猛批判。大ぼらふきで、小物のくせに空いばりしてると酷評して、自分が議員になったらどうするか演説した。
 ハリスおばさんは翌日になっても収まらない。大それた野心があるわけではないが、国のまちがっている点を洗いざらいあげつらえる相手が欲しかったのだ。
 チャンスは早々にやってきた。
 ハリスおばさんの新しいお得意先に、ウィルモット卿のロンドンでの仮住まいがある。ウィルモット卿は不動産業界の大物で、国会議員ではないが中央党の有力人物だ。
 いつもなら無人の仮住まいを掃除するだけ。この日は、ウィルモット卿が体調をくずして寝込んでいた。ハリスおばさんは掃除だけでなく、病人の世話もしてやった。
 ハリスおばさんへの感謝でいっぱいのウィルモット卿。ところが、演説を聴かされるはめになってしまう。逃げ場はない。
 熱を帯びたハリスおばさんの演説を聞くうち、ウィルモット卿にひらめきが訪れた。政治のたくらみの歯車がまわりはじめる。
 ハリスおばさんを、東バタシー区で立候補させる。
 東バタシー区は労働党が強い。前回の選挙で中央党は、供託金を没収されるほどの惨敗だった。ハリスおばさんは当選するほどではないが、労働党から票を奪えるだろう。
 保守党に恩を売り、代わりに別の区をもらうのだ。
 ウィルモット卿の運転手であるベイズウォーターさんは、裏の目論みを知った。説得され立候補し、やる気満々のハリスおばさんを助けたい。哀しむ顔をみたくない一心で、有力な知人に事情を説明し、協力を呼びかけるが……。

 ミセス・ハリスをめぐる騒動記。
 タイトルを見たとき、国会見学に行ってちょっとした騒動になるのかと思ってました。まさか国政選挙に立候補するとは。
 ちなみに、ハリスおばさんのモットーは「あんたもわたしも楽しく生きなきゃ」です。
 物語の舞台は1960年代。そのころのイギリスの選挙について巻末に解説があります。先に読んでおかなくても理解できると思います。
 なにしろベイズウォーターさんが協力を求めたのが、前作『ミセス・ハリス、ニューヨークへ行く』で活躍したシュライバー夫妻とシャサニュ侯爵。外国の方々なので、ベイズウォーターさんがイギリスの選挙について説明するシーンがあります。
 アメリカ人のシュライバー夫妻は金で解決しようとするし、駐米フランス大使のシャサニュ侯爵は外交問題にならないよう変化球を使ってきます。

 笑えるところもあるし、苦々しいところもあるし。
 一筋縄ではいかないです。


 
 
 
 

2025年06月11日
セコイア・ナガマツ(金子 浩/訳)
『闇の中をどこまで高く』東京創元社

 カリフォルニア大学のクリフ・ミヤシロ博士の専門は、考古学と進化遺伝学。シベリアの研究基地に向かっているところだ。基地の隔離が決まったのは、ヘリコプターに乗った後のことだった。
 研究者たちは、土壌やアイスコアや、ときどき見つかる古代の動物の死骸を調べている。温暖化の影響でシベリアでは、氷が解けてマンモスの死骸が露出したり、地下の空洞へ崩落が起こったりしていた。
 今回クリフが調べるのは、アニーと名づけられた3万年前の少女だ。思春期前のホモ・サピエンス・サピエンスには、ネアンデルタール人の特徴を備えている可能性があった。
 発見したのは、クリフの娘クララだった。クララは裂け目に転落し、その空洞でアニーを見つけた。そして、そのまま帰らぬ人となった。
 解けつつある永久凍土に閉じこめられていたのは、アニーばかりではない。ウイルスと細菌もよみがえったらしい。
 隔離されたものの、基地のメンバーは楽観視している。誰も体調不良にはなっていない。今のところは。
 クリフはアニーを調べながら、クララの日記を読み、クララがなにを考えていたのか知ろうとする。
 クララは、氷河時代の生物群系を理解して再現できるようにしたがっていた。未知の過去が自分たちを救ってくれると信じていた。
 やがてウイルスの挙動も判明してくる。
 ウイルスは宿主細胞に、ほかの機能を果たすように命じていた。そのため肝臓に脳細胞ができたり、心臓に肺細胞ができたり、といったことが起こりはじめる。行き着くさきは、正常な臓器の機能停止。
 ウイルスの閉じ込めは失敗し、感染症が世界に広がっていく。
 世界中が未知のパンデミックに襲われた。
 人々の絆や社会が崩壊しかけるが……。

 近未来のパンデミックもの。
 章ごとに違う人が取りあげられタイトルまでついているものですから、連作短編集を読んでいる感覚でした。目次がないことでかろうじて長編なんだな、と。
 子供たちを心穏やかに安楽死させるため専用の遊園地が造られていたり、お別れをするためのホテルがあったり、さまざまなところでいろいろなドラマがあります。それらのエピソードは、ゆるやかに繋がってます。あるエピソードで主人公だった人の親族がいたり、その後のことが分かったり。
 ひとつひとつの物語を読むにつれ時間も進み、ウイルスが変異したり人々の意識が変化していったりします。最後まで読んだとき、仕掛けが分かるようになってました。
 人って、いろんなところで繋がってますね。


 
 
 
 

2025年06月14日
メアリー・シェリー(芹澤 恵/訳)
『フランケンシュタイン』新潮文庫

 北極探検隊を率いて航海にでたロバート・ウォルトンは、不思議な光景を目の当たりにした。
 どこの陸地からも何百マイルも離れた海でのことだ。そのとき船は、あちこちから押し寄せる氷に囲まれ、身動きがとれなくなっていた。
 見渡せば、半マイルほど向こうの氷原を犬橇が走っている。犬を操っているのは、巨人としか思えない生き物。どことなく未開の島に棲む蛮族を思わせた。
 その夜のうちに氷は割れ、朝には船を動かせるようになった。そんなところへ、前日に見かけたものとよく似た橇が流されてくる。乗っているのは前日とは違って、ヨーロッパの人だった。
 ロバートが客として迎えた男の名は、ヴィクター・フランケンシュタイン。自分のもとから逃げ去った者を捜しているという。
 ヴィクターと親しくなったロバートは、事の顛末を聞く。
 ヴィクターは科学者を志していた。故郷ジュネーヴを離れ、ドイツの名門インゴルシュタット大学で自然科学を学ぶが、道を誤ってしまう。その結果、健康や歳月やあらゆることを犠牲にして、生命の秘密を追い求めることとなった。
 生命を宿す方法を発見したヴィクターは、いよいよ人間の創造に着手する。解剖室や食肉処理場から素材を集め、大きくはあるものの美しい造形を施した。いざ生命が宿ると、たちまちヴィクターは恐怖に陥ってしまう。
 顔色はしなびたようにくすみ、真一文字に引き結ばれた唇は血色が悪く、黒みがかっているようにさえ見える。皮膚のしたにある筋肉や動脈はうごめき、薄茶色の眼窩に嵌め込まれた潤んだ眼もおぞましい。恐ろしい怪物だった。
 おもわずヴィクターは逃げ出してしまう。帰ってきたときには、部屋はもぬけの殻だった。
 ヴィクターは神経を病み、その後何ヶ月も寝ついた。怪物の行方は杳として知れない。友人にも説得され、とうとう帰郷を決める。
 ジュネーヴでヴィクターを待っていたのは、幼く愛くるしい弟の死だった。何者かに首を絞められ、殺害されたのだ。ヴィクターはあの怪物の仕業だと確信する。
 ところが、家政婦のジュスティーヌ・モーリッツが罪に問われてしまう。
 ヴィクターはジュスティーヌを絞首台から助けようとするが……。

 1818年のゴシック小説。
 原題は『フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス』
 ロバートが姉にあてた手紙からはじまり、ヴィクターの告白、その最中に怪物の独白もあります。いずれも語りかけるスタイルですが、きっちり章が別れているので混乱することなく読めました。
 ヴィクターは怪物から逃げ続けます。ですが、冒頭では追っていたはず。
 どこでどのようにして立場が逆転することになったのか。
 また、怪物はどうやってヴィクターの家族にたどり着いたのか。
 怪物とされてしまった被創造物の苦しみ哀しみも理解できるし、ヴィクターの恐れも理解できるし。
 興味津々で読みました。
 2世紀以上も昔に書かれた物語だとは。


 
 
 
 

2025年06月15日
ジェームズ・ヤッフェ(訳者/訳)
『ママ、手紙を書く』創元推理文庫

プロンクスのママ》シリーズ
 かつてデイビッド(デイヴ)は、ニューヨーク市警殺人課の刑事だった。
 そのころデイブと妻は、金曜日になるとブロンクスで暮らすママに招かれ、夕食をご馳走になっていた。デイブはママに殺人事件のことをはなし、ママは聞いたことだけであっさり解決してしまう。おかげでたくさんの手柄をたてられた。
 ブロンクスに変化が訪れると、ママはウエストエンド街に引っ越した。その2年後に妻が他界し、デイヴはニューヨークが嫌になってしまう。
 アン・スウェンソンから仕事をオファーされたのは、そんなときだった。
 アンは、ロッキー山脈の山裾に広がるメサグランデの公選弁護人。公選弁護人事務所専属の調査員を捜していた。
 声をかけられたデイヴは、すぐに了承する。給料は減ってしまう。けれどもニューヨークを離れられるし、独り身となった今ではそんなに金も必要ない。
 ママも誘ったが、断られた。
 ところが3月のある朝早く、ママが長距離電話をかけてきた。明日の午後4時に空港まで迎えにきてほしいという。
 その日、殺人事件が起こった。
 メサグランデ大学英文科主任教授マーカス・ヴァン・ホーンが、自宅でパーティを開いていた。そこに、パーティを欠席していたスチュワート・ベラミイから、サマンサ・フレッチャーに電話がかかってくる。どちらもメサグランデ大学の助教授だ。
 ベラミイはいつものように一方的にしゃべっていたが、突然、大きいけれど鈍い、こもったような音がして、喘ぐような、呻くような声がそれに続いた。そして静寂。
 呼びかけても返事はない。
 かけつけたときには、ベラミイは死んでいた。
 翌朝、ベラミイ殺しの容疑で逮捕されたのは、デイヴの友人であり、メサグランデ大学助教授のマイク・ラソーだった。
 メサグランデ大学には、在任資格制度がある。6年間の見習い期間を終えた助教授に在任資格が与えられ、終身雇用の身を保証される。
 ベラミイもラソーも、そのつもりだった。それなのについ数ヶ月前に枠がひとつ減り、どちらかひとりになってしまう。選ばれたのは、ベラミイだった。
 ラソーにはベラミイを殺す動機があり、パーティに遅刻したためアリバイがない。ラソーは潔白を訴え、アンに弁護を依頼するが……。

 殺人をめぐるミステリ。
 もはやブロンクスに住んではいないのですが《プロンクスのママ》の第一長編。
 デイヴが調査して、自宅に滞在中のママからアドバイスをもらう展開になります。
 ママが相変わらず辛辣。そこが楽しいのですが、ママのような親がいる人は読むの辛いかもな、と。ふと思ってしまいました。


 
 
 
 

2025年06月30日
ミハイル・ブルガーコフ (訳者/訳)
『巨匠とマルガリータ』上下巻/岩波文庫

 暑い春の夕暮れどきだった。
 ミハイル・ベルリオーズがいるのは、パトリアルシエ池のほとり。ベルリオーズはモスクワ作家協会幹部会議長で、作家で、文芸綜合誌の編集長だ。連れに、詩人のイワン・ポヌイリョフを伴っている。
 このときベルリオーズがイワンに頼んでいたのは、反宗教的な叙事詩。ベルリオーズの考えでは、イエスなどという人物はこの世にまったく存在せず、ただの作り話、ごくありふれた神話にすぎない。
 突然、通りがかりの外国人が、話に割って入った。イエスが存在しなかったと信じているということは、神を信じてもいないということか、と。神が存在しないとすると、人間の生活や地上のあらゆる秩序はいったい誰が支配するのか、と。
 この外国人にいささか不愉快さを感じていたイワンは、人間がみずからを支配しているのだと主張する。対して外国人は、ベルリオーズの死に様を知っているという。ベルリオーズは、ロシアの女によって首が切断されて、死ぬ。
 外国人は、特別顧問としてモスクワに招かれた黒魔術の専門家だという。教授はふたりに、ポンティウス・ピラトゥスの話をした。
 春の月ニサン14日の早朝。
 ユダヤ駐在ローマ総督のピラトゥスは、死刑判決の裁可を委ねられていた。被告人は、エルサレムの神殿を破壊するように民衆をそそのかしたとされる、ヨシュア(ヘブライ語のイエス)という男。ガマラの町の生まれの、通称ナザレの人。
 ピラトゥスは認可するつもりはなかったが、罪状は他にもあった。イスカリオテのユダから密告があり、皇帝を批評したというのだ。これでは死刑判決を承認しないわけにはいかない。
 こうして刑は執行された。
 教授は、その場に立ち会っていたと主張する。それを聞いたベルリオーズは考えた。
 この男は狂人だ。最寄りの公衆電話から、外国人観光局に通報するべきだ。外国からやってきた特別顧問が明らかに精神異常の状態でパトリアルシエ池のほとりにいる。
 イワンを残してベルリオーズは、電話をかけるためブロンナヤ通りへの出口へと向かった。回転木戸をぐるりとまわし、なにかに滑ったベルリオーズは、電車線路に落ちてしまう。
 突進してきた電車によって、ベルリオーズの首は切断された。運転手は女だった。
 イワンはびっくり仰天。立ち去る教授を追いかけようとするが……。

 20世紀ロシア最大の奇想小説。
 ブルガーコフが本作を完成させたのは、1940年。そのときは発禁処分になり、1966年になって出版されました。そのときも、あちこち手を入れられた状態だったとか。
 
 群像劇で、主軸は巨匠とマルガリータです。
 巨匠に出番がまわってくるのは、全32章のうちの13章から。イワンとの繋がりで登場します。また、ピラトゥスの物語はその後も展開がありますが、これを書いているのが巨匠です。
 マルガリータは巨匠の恋人です。
 なお、外国人の教授の名前は、ヴォランド。何者なのかハッキリと書かれてはおらず、察するようになってます。その名は、ゲーテ『ファウスト』に関係してます。

 たびたび出てくる「私につづけ、読者よ」という物言いが独特で、ひっぱっていってもらいました。
 主人公は、ブルガーコフ自身なのかもしれませんね。


 
 
 
 

2025年07月02日
田牧大和
『紅きゆめみし』光文社

 天和2年(1682年)師走28。
 駒込の大圓寺から出たとされる火は瞬く間に燃え広がり、江戸の粗方が焼け野原となった。
 それから半年。
 紅花は、吉原で遊女を抱える置屋、巴江屋が誇る太夫。太夫は、吉原遊女の頂点。端麗な容姿であると同時に豊かな学と溢れる才知を併せもち、意気と呼ばれる心の強さも身にまとう。
 昼時。
 紅花は、幼い女の子の楽しげな、高く済んだ邪気のない唄声を耳にした。稲荷の祠を覗くと、艶やかな黒髪を肩で切り揃えた少女がいる。朱華(はねず)と呼ぶ黄みがかかった淡い赤色の帯をつけていた。
 紅花は朱華の帯を、自身に付いていた禿に誂えてやったことがある。身体が弱く、あの世へ旅立ってしまった。あの帯は、禿の骸に締めてやったはずだ。
 少女は、名を尋ねる紅花の問いかけには答えない。
 紅花の得意客に、新九郎がいた。
 秘密にしているが、 新九郎の正体は女形の荻島清之助だ。
 男が女を演じるようになってから30年と少し。女形の芸も確立された。新九郎は市村座の人気の女形だが、ほかの役者から疎まれ、しばらく芝居から離れることになってしまう。
 そんな折り、紅花から相談された。
 吉原で、お七様が化けて出ているという。
 事の起こりは去年の師走の火事だ。
 八百屋の娘、七は、二親と逃げ込んだ寺で男と出逢った。器量よしの娘と色男は、一目で恋に落ちる。だが、思いは叶わない。早々に八百屋は建て直され、お七は寺を去った。
 お七は、男にまた逢いたいがために、真新しい自分の家に火を放つ。小火のうちに消し止められたが、お七は縄目を受け、火刑で命を落とした。
 吉原の噂では、少女は七と名乗っているようだ。そして、私を探しているという。
 お七が亡くなったとき16だった。どうして少女の姿で現われるのか。なぜ吉原なのか。自分を探すとはどういうことか。
 まったく謎だらけ。
 暇を持て余している新九郎は、紅花にお七について調べることを約束する。
 新九郎は、紅花のようすがおかしいことに気がつくが……。

 江戸前期のミステリ。
 新九郎を探偵役に、あれこれと調査します。死体もでてきます。さまざまな謎に答えがちゃんとあって、最終的に辻褄があいます。
 気になることといえば、新九郎は、芝居の稽古をしないのだろうか……ということくらい。

 なお、お七の火付けの話は有名ですが、実際のところは分かっていないそうです。本当に火付けをしたのかどうか、も。
 本作のお七はイメージとちょっと違いました。実像不明なんですから、個人の勝手なイメージなんて関係ないですよね。


 
 
 
 

2025年07月05日
ニック・ハーカウェイ(酒井昭伸/訳)
『タイタン・ノワール』ハヤカワ文庫SF2465

 高級アパートメントハウスの36階で発見されたのは、大柄なアラステア・ロドニー・テビットの死体だった。
 通称ロディは、大学に研究室をもつ地味な男。45歳といった歳格好で、身の丈2メートル36センチ。大柄な人間は稀にいるが、実年齢が91歳というのは、そうはいない。
 そんなとき警察は、私立探偵のキャル・サウンダーを呼ぶ。
 〈トンファミカスカ・カンパニー〉が開発したT7療法は、人類に不死をもたらした。
 T7療法を施された人間は、体組織が1週間で老人のそれから若者のそれに変わる。肉体構造が急激に変質していったん若返り、若返り過程で消えた成長分がクリーンインストールされてしまう。そのため肉体年齢は若いまま体格や骨密度が増加して、巨大化する。
 その体格から、かれらはタイタンと呼ばれた。
 タイタンになれるのはよほどの富裕層か、〈トンファミカスカ・カンパニー〉を率いるステファン・トンファミカスカに選ばれた人間のみ。世界でも2000人ほどしかいない。T7療法を握ることでステファンは、厖大な富と絶大な権力を手中におさめた。
 キャル・サウンダーはタイタンではないが、トンファミカスカと繋がりがある。事件にタイタンが絡んでいるときには、トンファミカスカと警察との間に入り、なんとかことを収めてきた。トンファミカスカとしては注目を浴びたくないし、警察としても、富裕層からの干渉を受けたくないのだから。
 そんなキャルからすると、ロディはタイタンらしいところがまったくない。なんでも業績の見返りとして、処置を受けられたのだという。はじめて聞く話だった。
 ロディの死因は、頭にあいた穴だ。小口径、低威力の銃が、こめかみに小さな孔をあけた。自殺したようにも見える。
 きのうの朝、ロディは22口径のデリンシャーを買った。そして、自分で自分を撃った。
 しかし、自殺ではなかった。何者かの手が添えられていた痕跡があった。手を握られた状態で銃口を頭に誘導され、引き金を引かされたのだ。
 犯人は、大柄なロディを圧倒する力の持ち主だったのか。あるいは、抵抗できないようにしたのか。
 キャルはロディの死の謎を解こうとするが……。

 ハードボイルドSF。
 キャル視点で展開していきます。
 警察に代わっての調査なので威力は借りられますが、警察官たちとの関係は微妙。
 一方のトンファミカスカとは良好かというと、そんなことはない。

 キャルの元恋人が、ステファンの末娘アテナ。今はタイタンとなっていて、ステファンの後継者の立場。その地位から追い出されることになった親族は、当然おもしろくない。
 家族経営の〈トンファミカスカ・カンパニー〉は、かなりドロドロしてます。
 ロディに過去がなかったり、裏社会の大物が接触してきたりと、謎は盛りだくさん。
 ハードボイルドにつきものの暴力もあります。
 でも、ハードボイルドという雰囲気とはちょっと違ってました。いかにもハーカウェイといった感じ。暗いこともあるけれど、明るいこともある。
 起伏を楽しみました。


 
 
 
 

2025年07月09日
テア・オブレヒト(藤井 光/訳)
『タイガーズ・ワイフ』新潮クレスト・ブックス

 ナタリア・ステファノヴィッチが祖父の死を知ったのは、国境を越える前の最後のサービスエリアの電話越しだった。
 祖父は、ナタリアを手伝いに行く、と言って家を出たらしい。そして、ズドレヴコフという、国境の向こうにある辺鄙な町の診療所で息を引きとった。
 ナタリアは、慈善活動でブレイェヴィナの孤児院まで予防接種をしに行くところだ。祖父がいなくなったことも聞いておらず、ただただ呆然としてしまう。
 ブレイェヴィナは新しい国境から東に40キロ。小さな海沿いの村だった。ズドレヴコフが近いなら、帰りに寄るつもりでいる。
 遺体は帰宅したが、遺品が戻っていなかった。ナタリアは、祖父がポケットにいつも入れていた『ジャングル・ブック』のことが気になってしまう。
 ナタリアは、つらつらと祖父とのことを思い出していく。
 1954年の夏の終わりごろ。
 そのころナタリアの祖父レアンドロ医師は、歩兵大隊の傷病者選別第一助手だった。病気が流行しているという村から連絡があり、診察におもむく。症状を聞くかぎり結核だろうと思われた。
 ところが村で妙な話を聞かさせてしまう。
 ガヴラン(ガヴォ)・ガイレが死んで、葬式が行われた。棺が墓地の坂を上がっていく。そのとき棺の蓋がはずれ、ガヴォが起きあがって水を求めた。
 後頭部に2発の銃弾を撃ち込まれたガヴォは、今度こそ死んだ。村人たちによって棺の蓋には釘が打たれ、さらに木の板が縦横に打ち付けられ、その上からチェーンでぐるぐる巻きにされて、教会に運ばれた。
 レアンドロ医師が教会に行ってみると、棺の上にはニンニクの頭が転がっていた。そんな状態の棺の中から、水を求める声がする。
 蓋を開けてガヴォを助け出したものの、レアンドロ医師は戸惑うばかり。死んではいなかった、と思うしかない。
 ガヴォの主張では、自分は死なないのだという。死ねないのだと。なぜなら伯父さんに禁じられているから。
 信じようとしないレアンドロ医師に、ガヴォは賭けを持ちかけた。手にしたコーヒーカップに誓って、自分はなにをしても死なない、死ぬことはないと断言したのだ。
 やむなくレアンドロ医師は、持ち歩いていた『ジャングル・ブック』に誓って、ガヴォが死ぬ前に助けを求めることにかけるが……。

 舞台はバルカン半島。
 国名は明らかにされてません。
 ブレイェヴィナに滞在するナタリアの物語と、祖父との思い出と、かつて祖父が語ってくれた物語と、いろんな時代が交錯します。
 祖父の物語は、不死身の男ガヴォとのエピソードのほか、少年時代のエピソードもあります。タイトルになった〈トラの嫁〉は少年時代の出来事です。
 それらを『ジャングル・ブック』が繋いでます。
 バルカン半島は火薬庫と呼ばれるくらいの地域なので、いつの時代も紛争がつきもの。生と死のとらえかたとか、国境が変わってしまうこととか、考えさせられました。
 なお、作者のオブレヒトはアメリカ人ですが、生まれはベオグラードです。当時はユーゴスラビア社会主義連邦共和国。現在はセルビア共和国になってます。


 
 
 
 

2025年07月10日
オリヴィー・ブレイク(佐田千織/訳)
『アトラス6』上下巻/ハヤカワ文庫FT

 プトレマイオス王立アレクサンドリア図書館には、40万巻を超えるパピルスの巻物が収蔵されていたといわれている。歴史や数学、科学、工学、それから魔法に関するものもあった。そうした貴重な書庫も、専制政治に翻弄されることはある。
 古代のアレクサンドリアの〈管理人〉たちは、思い切った対策をした。焼いて、復活させたが、存在を隠したのだ。
 時は流れ、世界は広がり、焼け跡から蘇ったアレクサンドリアの書庫も拡大した。〈アレクサンドリアン協会〉も拡大した。
 図書館はメディアン級の魔法使いたちに世話をされ、見返りとして知識を提供する。協会に入会すれば、富と権力、名声、そして夢に見たこともないような知識を得られるのだ。
 新入会員は10年ごとに選ばれる。
 協会から接触を受けるのは、6人の有望な新入会員候補たち。揺るぎなく、有能である並外れたメディアンであることが条件だ。
 かれらは1年をかけて、書庫とその蔵書に囲まれて暮らしながら訓練する。実際に入会できるのは5名だけ。
 この年、〈管理人〉のアトラス・ブレイクスリーが6人のメディアンを集めた。
 物理術師のニコラス・フェレール・デ・ヴァローナとエリザベス・ローズ。
 ナチュラリストのレイナ・モリ。
 エンパスのカルム・ノヴァ。
 テレパスのパリサ・カマリ。
 幻術師のトリスタン・ケイン。
 95億の世界人口のうち、魔法使いなのはおよそ500万人。そのうち6パーセントがメディアン級であると確認されている。アトラスは、そのなかから最も優れた6人を選んだ。
 6人は共同生活をしながら、魔法の研究に勤しむが……。

 現代社会に魔法を追加したファンタジー。
 群像劇として展開していきますが、中心人物は、ニコラスとエリザベス。ふたりは同級生で、いがみ合ってます。
 6人にはそれぞれ個性があります。ありますが、お金持ちか、親族がお金持ち、というパターンが多め。多様性はあまりないです。

 最終的に〈アレクサンドリアン協会〉に入会できるのは、6人のうち5人だけ。では、入会できなかった1人は?
 作中では、問題の1人がどうなるのか知った登場人物たちが衝撃を受けます。帯にまで書いてあって事前に知っていたため、衝撃を受けていることに驚いてしまう始末。
 一緒に驚きたかった。
 誰がはじかれるか。その分からなさを保つためか、みんなそれぞれ嫌なところがあります。誰がはじかれても納得できるように、でしょうか。
 能力がすばらしくても人間性はすばらしくないので、なかなか読むのが辛く、他の本を読む合間に少しずつ読んでました。
 おもしろくって一気に読んだ、という人もいるかと思います。残念ながら、選ばれなかったようです。  


 
 
 
 

2025年07月14日
A・J・ライアン(古沢嘉通/訳)
『レッドリバー・セブン:ワン・ミッション』
ハヤカワ文庫SF2472

 悲鳴があり、銃声があった。
 目覚めると、海にいて船に乗っており、死体があった。
 死んだ男に見覚えはない。一般的な軍装の服と長靴を身につけている。自分と同じだった。
 男は頭を剃りあげ、左目の上から頭頂部にかけて傷跡がある。なにかの手術痕のようだ。それも自分と同じ。
 男が握る拳銃については知っていた。知らないのは自分の名前だ。
 男の腕には、コンラッドと読めるタトゥーがある。そこで自分の右腕を見ると、ハクスリーとあった。自分の名前はハクスリーなのだろうか。
 考えても、なにも浮かばない。
 船室には5人の男女がいた。全員、頭を剃りあげ傷痕がある。そして、記憶がない。
 かれらの腕のタトゥーはそれぞれ、リース、ゴールディング、プラス、ディキンスン、ピンチョン。
 専門知識は残っている。ハクスリーが拳銃について知っていたように、乗船しているのはライト・クラス級の米海軍巡視艇だと知っている者がいる。医師もいる。
 あたりは霧に覆われ、たとえ専門知識があっても位置の推定は困難だ。どこに向って航行しているのか検討もつかない。分かったところで操縦桿が取り払われている以上、自動操縦に従うしかない。  自分たちは選ばれた人間なのだろう。さまざまなスキルを持っており、たまたまここにいるのではなく、なんらかの目的でここにいる。
 戸惑うかれらに、外部から接触があるが……。

 サバイバルSF。
 五里霧中の状態からはじまります。衛星携帯電話が届けられて通話するけれど、なにも教えてもらえない。少なくとも、人類は滅んではいないようです。
 知らずに読んだほうが楽しめると思います。ハクスリーと同様に、わけがわからないままに世界と対峙したほうが。
 ホラーでありそうな雰囲気なので、苦手でなければ。  

 
 

 
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