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このページの本たち
アーサー王物語』トマス・マロリー
アーサー王宮廷のヤンキー』マーク・トウェイン
月にハミング』マイケル・モーパーゴ
そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー
猟奇の果』江戸川乱歩
 
琥珀捕り』キアラン・カーソン
台北プライベートアイ』紀 蔚然
本泥棒』マークース・ズーサック
ダスト』ヒュー・ハウイー
吉原手引草』松井今朝子

 
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2025年01月06日
トマス・マロリー/著(井村君江/訳)
オーブリー・ビアズリー/挿絵

『アーサー王物語』全5巻/筑摩書房

 イングランドの王として全土を治めていたのは、ユーサー・ペンドラゴン。ところがコーンウォールには力の強い領主がいて、ユーサー王に敵対している。ティンタージェル公だ。
 和議を結ぼうと、ユーサー王はティンタージェル公と奥方のイグレインを呼んだ。ユーサー王がイグレインに一目惚れしたため和議はならず、戦争になってしまう。
 そんなところへ魔法使いマーリンが現れ、ユーサー王に力を貸した。
 マーリンによってティンタージェル公の姿となったユーサー王がイグレインのもとに赴くと、イグレインも誰も、それがユーサー王とは気がつかない。このときマーリンの予言どおり、イグレインの胎内にアーサーが宿った。その時分には、ティンタージェル公は殺害されていた。
 公爵が亡くなったため、ユーサー王はイグレインと和解し、ふたりは結婚。生まれたアーサーは、マーリンとの約束どおり、秘密裏に家臣のエクター卿に預けられた。
 まもなく、ユーサー王は病のために亡くなってしまう。
 長い時がながれ、王国は王が不在のまま諸侯の力が増していく。多くの者が王位を望んでいた。
 クリスマスが近づき、カンタベリー大司教がすべての諸侯や武将に呼びかけた。神が、この王国の正当な王を示して下さる。マーリンの助言だった。
 教会の聖壇の前にあたる境内には、大理石のような四角い石が現れていた。その石の中央には、高さ30cmほどの鋼鉄のかな床のようなものがあり、抜き身の美しい剣が刺さっている。記された金文字には、石のかな床から剣を引き抜いた者が全イングランドの正当な王だとあった。
 王になりたいと思う者たちが次々と抜こうとするが、誰も成功しない。抜いたのは、エクター卿のもとで育ったアーサーだった。
 その日アーサーは、乳兄弟のケイ卿のために剣を必要としていた。馬上槍試合の日で家人も護衛も出払っており、あそこにちょうどいい剣があると思ったのだ。
 アーサーは騎士に任命され、戴冠した。
 マーリンによって出生の秘密が明かされたものの、納得しない者は少なくない。かれらを相手に戦争となったときアーサー王は、海を越えてベニックのバン王、フランスのボース王と同盟を結んだ。
 アーサーは、勝利をおさめていくが……。

 騎士道物語の古典。
 マロリーのつけたタイトルは『アーサー王と高貴な円卓の騎士』だったそう。各地に伝わる伝承などをひとつの物語としてまとめたもの。出版者のウィリアム・キャクストンが1485年に刊行したとき『アーサー王の死』というタイトルをつけたそうです。
 執筆時期は1399年〜1471年くらい。
 作中「フランスの本によれば」という断り書きがたびたびでてきました。なんでもアーサー王に関連する伝承はイギリスとフランスにあり、マロリーはフランスの方から多くを採用しているそうです。
 全21巻のうち、アーサー王が主人公といえるのは5巻まで。それ以降はラーンスロット卿、ときにはトリストラム卿やガラハッド卿など、そのときどきで中心人物が変わっていきます。

 ラーンスロット卿は、もっとも偉大とされている騎士。アーサー王の后グィネヴィアと不倫関係にあります。お間抜けなこともするのですが、その後の展開のためなのでしょうね。
 トリストラム卿は、ワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」で有名。本書で結末は書かれませんが、ラーンスロット卿のセリフでどうなったか分かります。
 ガラハッド卿は、聖杯探索のエピソードで活躍します。

 当初は、名前を名乗ってもらわないと兄弟でも気がつかないのが不思議でした。途中で、頭をすっぽり覆うタイプの兜をつけているからだと気がつきました。当時は、いちいち書かなくてもそういうものだという認識だったんでしょうね。
 ベースに伝承があるということで、元々の出来事はどうだったか考えながら読んでました。アーサー王の出生の秘密は、血統を偽装するためそういうことにしたんだろうな、とか。
 時代的なことを加味しながら読むと楽しめます。


 
 
 
 

2025年01月13日
マーク・トウェイン(大久保 博/訳)
『アーサー王宮廷のヤンキー』角川文庫

 イギリスのウォリック城で、奇妙な人物と出会った。
 アメリカ人で、コネチカット州のちゃきちゃきヤンキーで、鍛冶屋の息子。軍需工場で、そこの仕事に関係のあるものは何でもおぼえ、2000人もの手下を持つ現場監督の親玉になったという。
 ある日、大喧嘩をして鉄梃で頭を横なぐりに殴られた。意識が飛んで気がつけば、カシの木の根もとの草の上。
 あたりはいちめん美しい広々とした田園ふう。馬に乗った奴に見おろされていた。奴ときたら、頭のてっぺんから足の先まで昔の鉄の甲冑に身を包んでいて、槍をもっている。
 とりあえず同行を同意したものの、サーカスの男だろうかと考えていた。奴は、キャメロットに行くという。
 そんな奇妙な話をする男から、日記をまとめたものを手渡された。
 その日記によると……
 ハンクが甲冑の男について歩いていると、ほかの人間も目に入ってきた。サーカスではなく、精神病院にしても様子がおかしい。小姓だという少年から、いろいろ聞き出した。
 このキャメロットは、アーサー王の宮廷。
 時は、528年6月19日。
 甲冑の男は、家老のサー・ケイ。アーサー王の乳兄弟にあたる。ハンクはサー・ケイの虜となっており、味方の者が身代金を払ってくれるまで、土牢の中にぶちこまれるという。
 サー・ケイは、大きな円卓がある集会所で、手柄話を披露する。騎士13人を3時間にわたる闘いで打ち倒したこと。魔法の衣をつけている男を捕虜にしたこと。
 アーサー王の魔法使いマーリンの助言で、いわゆる魔法の衣は奪われた。裸にされたハンクは、土牢に入れられてしまう。
 様子を見にきた小姓にハンクは、自分は魔法使いだと告げた。人々は、マーリンの嘘っぱちの魔法を信じ恐れている。だますことができると考えたのだ。
 たまたまハンクは、皆既日蝕が6月21日昼に始まることを知っている。それを利用すればいい。
 アーサー王は信じた。ところがマーリンの進言があり、翌日に火焙りの刑が施行されることになってしまう。
 絶体絶命の危機に陥ったまさにそのとき、日蝕がはじまった。あの小姓が日付を間違えていたのだ。ハンクはこれ幸いと、アーサー王と取り引きをする。
 国で二番目に偉い人物になると、改革を実行していくが……。

 タイム・スリップもの。
 1889年の刊行。ちなみにH・G・ウエルズ『タイム・マシン』の発表は1895年です。
 トマス・マロリー『アーサー王物語』が下敷きになってます。出来事はいくつか共通してますし、おなじみの人たちが登場します。ときどき本文からの引用もありますが『アーサー王物語』のパロディというわけではないです。
 読んでいなくても困らないでしょうが、知っていたほうがおもしろいでしょうね。サー・ケイって、そういう人だよねって笑ってしまいました。
 奴隷がでてくると、アメリカが思いだされます。
 南北戦争終結は1865年ですから、24年後となれば、そのころを憶えている読者も多かったでしょうね。


 
 
 
 

2025年01月14日
マイケル・モーパーゴ(杉田七重/訳)
『月にハミング』小学館

 イギリス、シリー諸島、1915年5月。
 ブライアー島の農園に暮らす少年、アルフィ・ウィートクロフトは、父親のジムにくっついて船に乗った。
 フォアマンズ島沖まで出て収穫できたのは、カニ3匹とイカ1匹。つりのほうは運に見放されている。タラを2匹つっただけで、目的のサバがつれない。
 アルフィは、数週間前のセント・ヘレンズ島での幸運を思い出していた。あのときは、大物のサバをたくさんつれたっけ。ジムはあまり乗り気になれない。
 セント・ヘレンズ島は小さな無人島だが、隔離島として使われていた過去がある。大型帆船が行き来していた時代、船で伝染病に感染するとセント・ヘレンズ島でおろされていたのだ。
 かれらはペストハウスのなかで、死にいたるまでの悲惨な日々を過ごした。回復する者がいなかったわけではない。だが、病気と死にたたられた、いまわしい島であることに変わりはない。  
 ジムはしぶしぶ、セント・ヘレンズ島に船を向かわせた。
 島でふたりは、妙な音を耳にする。子どもの声だ。泣きながら、せきをしている。
 廃墟となっているペストハウスで、ふたりは女の子を見つけた。ほおがげっそりこけ、黒い髪がだらしなく肩にたれている。肩から灰色の毛布をはおり、からだがどうしようもなくふるえていた。
 たおれた女の子を、ふたりはブライアー島に連れ帰った。その子が発したのはただ一言。ルーシーとだけ。
 医師によると、ルーシーは飢え死に寸前だったという。脱水症状と高熱。もう何日も何週間も、まともな食事をしていなかったようだ。
 ルーシーが持っていた毛布には、ヴィルヘルムとあった。ドイツ皇帝を思い出させる名前に、ジムは警戒する。
 イギリスとドイツは戦争中だ。ルーシーがドイツ人だと思われたらやっかいなことになる。そのことを知る者に口止めするが……。
 アメリカ、ニューヨーク、1915年5月。
 メリー・マッキンタイアは、母と一緒に客船に乗るところ。2ヶ月前、戦争に行った父から手紙が届いた。ケガをしてイギリスの病院にいるという。
 父は出征前に言っていた。月を見あげて、ふたりのお気に入りの曲であるモーツァルトのアンダンテ・グラツィオーソを口ずさもう、と。そうすれば、ふたりがどこにいようと月を見あげて耳をすますだけで、おたがいの声がきこえて、思いが伝わるから。
 母とメリーは、イギリスの父のもとに向かうことを決める。周囲の人々は、大西洋を横断するなんて危険だと反対するが……。

 児童文学。
 舞台は、第一次世界大戦下。
 ルーシーは言葉をしゃべることができません。過去の記憶もないらしく、ウィートクロフト家はやきもきしながらも快くルーシーの面倒をみています。
 メリーの物語は、少し時間をさかのぼってはじまります。
 アルフィたちとどうつながってくるか……というミステリの体裁になっていますが、ヒントがありすぎて謎は浅め。こういうことだろうな、という想像どおりの展開でした。
 なお、物語はルーシーの孫息子が書いた設定になってます。
 ちょっともやもやすることもありましたが、児童文学なので。これが大人な対応だ、みたいなことは書けないもんな、と。


 
 
 
 

2025年01月15日
アガサ・クリスティー(青木久惠/訳)
『そして誰もいなくなった』ハヤカワ・クリスティー文庫80

 ロレンス・ウォーグレイヴ判事は、少し前に公職を退いたところ。一等喫煙車に乗り、兵隊島を目指している。
 兵隊島は、デヴォン州の海岸沖にある小さな島。ヨット好きの大金持ちが買い取りモダンな邸宅を建てたが、けっきょく島ごと売却した。買い手はオーエンとかいう人物らしい。
 ウォーグレイヴ判事は、兵隊島への招待状を持っている。
 同じ列車の三等車には、ヴェラ・クレイソーンが乗っていた。ヴェラは体育教師。夏の間だけの臨時秘書の仕事を得て、兵隊島へ向かっている。
 ヴェラの向かいの席に座っているのは、フィリップ・ロンバート。元陸軍大尉。100ギニーの報酬で兵隊島へ赴くところだ。
 禁煙車には、エミリー・ブレントがいる。よく憶えていない知人から、夏休みに兵隊島へと招待された。ちょうど金に困っているところで、ただですごせる誘いは魅力的だった。
 退役将軍のマッカーサーは、共通の友人がいるという人物から兵隊島に招待された。
 ロンドンの開業医であるアームストロング医師は、オーエン夫妻からの依頼で兵隊島に向かっている。手紙は曖昧だったが、同封されていた小切手に曖昧な点はない。目がまわるような忙しさのなか、仕事とはいえ沖合いの島で何日か過ごせることを喜んだ。
 アンソニー・マーストンは、友達からの電報を受け取った。兵隊島に来い、と。
 ウィリアム・ブロアは元ロンドン警視庁の刑事。現在は探偵をしており、オーエン夫妻に雇われた。オーエン夫人の宝石のために、兵隊島にくる者たち全員を監視してほしい、と。
 兵隊島に到着したのは、8人。執事のトマス・ロジャーズとその妻エセルが準備を整えていた。オーエン夫妻はまだいない。
 ヴェラの案内された部屋は、すばらしい寝室だった。モダンなインテリアで、クローム製の額がかけられている。おさめられていた詩はヴェラもよく知る古い童謡で、小さな兵隊たちを歌ったもの。
 10人の兵隊がひとりずつ、なんらかの理由でいなくなっていく。
 雇われた者たちと客たちとで夕食が終わり一同がくつろいでいると、だしぬけに〈声〉が響いた。そこにいる者たちは、ロジャーズ夫妻も含め全員が殺人に関わっている、と。
 音楽だと思ってかけられたレコードに録音された〈声〉だった。実は、ロジャース夫妻もつい一週間ほど前に雇われたばかり。全員が戸惑い、自己弁護し、どのようにして招待されたのか語り合う。
 そして、あの童謡のように、ひとり、またひとりと消えていくが……。

 外界から隔離された小さな島を舞台にした、殺人ミステリ。
 島に滞在している10人が、ひとりずつ消えていきます。
 ということは、序盤で一気に10人が登場します。個性ある人たちですが、登場人物一覧は何度か見返しました。徐々に減っていくので助かりました……と言ってよいものやら。
 トリックが明かされて、なるほど、と。人物像がきちんと書かれているから納得できるのでしょうね。やっぱりうまいです。
 
 2010年の新訳版で読みましたが、冒頭にクリスティーの孫の寄稿文がありました。
 さすがに犯人は明かしてませんが、物語の筋まで解説されてます。はじめて読む人間としては、知らずに味わいたかった、というのが正直なところ。


 
 
 
 

2025年01月18日
江戸川乱歩
『猟奇の果』青空文庫

 青木愛之助は、名古屋市のある資産家の次男だった。30歳になるやならずやの働き盛り。だが、食べるために働く必要はなく、美しい意中の人を妻にして何ひとつ不足なき身であったが故に、退屈をしていた。
 そんなことで猟奇の徒となった。
 猟奇倶楽部という変な遊戯を始めたのだ。どれ程刺激に餓えたからと云って、本当の犯罪者に身を落として極める程の勇気はない。そこで、考え得るあらゆる奇怪なる遊戯が行われた。
 刺激が強くなればなる程、一方ではそれを感じる神経の方が麻痺していく。趣向が尽きると共に、猟奇倶楽部も尻窄みとなってしまった。
 青木愛之助には大学以来の友達に、品川四郎という男があった。猟奇を好まぬではなかったがどちらかと云えば正常。猟奇倶楽部というようなものには反対で、軽蔑していた。
 品川は通俗科学雑誌社に就職し、社長にまで出世している。その伝で得た最近の犯罪談などを青木に話して聞かせた。一方の青木は、犯罪実話なんて退屈だと、荒唐無稽な怪奇の夢を語る。
 ふたりはお互いに軽蔑し合いながら、どこかしら合う所があった。
 そんな折り、どちらもが非常に昂奮し、夢中になってしまう様な怪事件が起った。
 靖国神社の招魂祭でのことだ。見世物見物が好きな青木愛之助は、ほこりっぽい群集の中に品川四郎の姿を認めた。冬物の黒い中折れをあみだに冠って、真赤に上気した顔を汗に光らせている。
 品川は、古風な見世物なんかに興味を持たぬ男だ。それが長い間、田舎者みたいにポカンと見物してまわっている。後をつけていた青木がついに声をかけるが、男は解せぬ顔をして、品川ではないという。
 青木には、よく似た別人とも思えない。品川にも経緯を話した。やがてふたりは、ソックリな男が、もう一人別に存在することに気がつく。
 渇望していた怪奇に今こそありついたのだ。青木愛之助は有頂天になってしまうが……。

 怪奇小説……?
 実は《明智小五郎》シリーズ。
 雑誌連載作ですが、なんでも、途中で怪談のネタが尽きてしまい、連載をつづけるために路線変更をしたんだとか。それで途中からスケールアップして犯罪が絡んできます。
 そのうえさらに「雑誌の販売政策上、編輯者の注文に応じなければ」というわけで、後半になって唐突に明智小五郎がでてきます。作者としては気に入らなかったらしく、明智小五郎のでてこない別の結末も書かれていて、併記されてました。
 今作でお目見えしたある技術が後に書かれる物語でも採用されているので、出来はさておき記念碑的作品だそうです。
 物語の外側の紆余曲折を感じさせるので興味深くはありますが、なにも知らずに読んでいたら、江戸川乱歩はもういいかな、と思ったかもしれません。  


 
 
 
 
2025年01月22日
キアラン・カーソン(栩木伸明/訳)
『琥珀捕り』東京創元社

 わたしの父はお話がうまかった。物語にひきずりこまれ、もっと、もっと、とねだったものだった。
 ネイ湖畔でおこなわれた結婚披露パーティの席上、父は、集まってくれたひとびとのために物語をひとつ語った。アイルランド語原本を英訳したものだ。
 アントリムの町の近くにひとりの女が住んでいた。
 謎めいた女で、裕福で、年齢不詳で、家の外に大きな看板を掲げている。看板には、毎晩おもしろいお話を語る者のためにベッドと食事を用意している、と書いてあった。ただし、お話は実話に限る、とも。
 ランダルスタウン生まれの冒険王ジャックがそれを見た。
 ジャックは、大の人好きで、ひとに好かれもする男。年寄りたちが語る物語に耳を傾け、一度聞いた話は決して忘れない。おもしろい体験をしたジャックは、女の家を訪ねた。
 ジャックがお話をはじめる前、女主人が示したのは水時計。最後の一滴が落ちたら、時間切れ。
 女主人はちいさな笛をふき、12人の男たちが、ひとりひとり若い女を肩車しながら入ってきた。みなが席につき、ジャックの話がはじまる。語り終えたとき、ちょうど水時計の最後の雫がしたたり落ちた。
 ジャックの語る物語は、女主人たちのお気に召した。それから毎晩、ジャックはお話を語ることになる。
 父が披露した物語を耳にした客たちは、水時計や日時計の話、それからデジタル時計がわたしたちの時間の観念をどのように変えたかなどという話題に、おおいに花が咲かせた。
 たった今語られた物語に登場した水時計は……

 衒学小説。
 26章あり、それぞれのタイトルの最初の一文字を並べるとA〜Zになる、という造りになってます。
 Autipodes(対蹠地/アンチポーズ)、Berenice(ベレニケ)、Clepsydra(水時計/クレプシドラ)……といった具合に。冒険王ジャックの語る物語がはじまるのは、Cの章から。その後もところどころで語られ、結末もちゃんとあります。
 作中の物語の語り手は、主人公の「わたし」以外に、ボス氏と、ポーランド人の船長がいます。
 3人で卓を囲んでいて、それぞれが語り合っているのでしょうね。ふたりの物語に耳を傾け、「わたし」はジャックの物語を語り、合間で思考を方々に彷徨わせて、思いつくままに、さまざまなことを考えます。
 オランダのこと、琥珀にまつわることが多め。神話もよくでてきました。

 物語全体の筋といったものはないです。シームレスに主題が変わっていくので、読むのに時間がかかりました。
 美しくおもしろい本だと思いましたが、読む人を選びそうです。


 
 
 
 

2025年01月27日
紀 蔚然(き・うつぜん)
(船山むつみ/訳)
『台北プライベートアイ』文藝春秋

 呉誠(ウー・チェン)の前職は、大学教授だった。演劇を仕事にしてきて、いちおうは演劇界で自分の名前を知られている。
 私立探偵になろうと思いついてから半年。
 呉誠は大学を早期退職し、演劇とも縁を切り、マンションも手放して金に換えた。身軽になって引っ越した先は、臥龍街(ウォロンジエ)。裏手が無縁墓地になっているような、鳥も小便をひっかけないほどうらぶれた街だ。
 そんな街で呉誠は看板をかかげ、人助けをする気でいる。
 実は、私立探偵という職業は台湾にはない。興信所ならある。興信所組合に登録しようかとも考えたが、会社でないとならないらしい。
 呉誠の最初の依頼人は、林(リン)夫人といった。
 興信所は料金が高く、自分の問題はただの考え過ぎかもしれない。そもそも、問題でもなんでもないのかもしれない。それで呉誠に頼んでみることにしたのだという。
 林夫人は、夫と娘の3人暮らし。結婚して16年。娘は中学3年生になる。
 1ヶ月ほど前、5月23日の夜から、突然、娘が夫を軽蔑した目つきで見るようになった。夫は理由が分からないといい、娘は打ち明けようとはしない。
 林夫人は夫の行動を観察し、パソコンを開けてみたりもした。夫が娘に汚らわしいことをしたとは考えにくく、小児性愛のサイトを見た形跡もない。趣味の植木友だちからのメールがあるばかり。
 なにか問題が起きたとすれば、それは間違いなく家の外で起きたことだ。
 呉誠のはじめての尾行がはじまる。
 そのころ臥龍街では、連続殺人事件が起きていた。
 6月16日、マンション2階の自宅で、一人暮らしの元小学校教師が後頭部を鈍器で殴られ殺された。無理やり押し入った形跡はなかった。
 6月24日、公園を散歩していた退役軍人の老人が、後頭部を鈍器で殴られ殺された。
 7月8日、マンション3階の自宅で、身体に麻痺がある老婦人が後頭部を鈍器で殴られ殺された。それに先立ち犯人は、鍵を手に入れるためヘルパーを襲っている。ヘルパーは生きているが、まだ意識が戻らない。
 呉誠は林夫人の依頼を解決し、連続殺人事件に興味をもつが……。

 殺人をめぐるミステリ。
 舞台は台湾の首都、台北市。作者は台湾の人で、台北がどんなところなのか、かいま見せてくれるのが楽しいです。
 語り手である呉誠はパニック障害の持ち主。それもあり数々の失敗をしてきていて、内省がすごいです。会話中も妄想が激しく、いらないことを言ったりもします。
 呉誠は人間を避けているけれど、臥龍街でもいい友だちができていて、癖はあっても楽しい人なんだろうな、と感じさせます。そういう人物視点だと、安心感がありますね。

 ところで、主人公の呉誠には「ウー・チェン」と現地読みをベースにしたルビがふられているのに、作者の紀蔚然が「き・うつぜん」と日本語読みなのは気になりました。アルファベット表記では「Chi,Wei-Jan」とあります。
 訳者あとがきでは触れられてませんでしたが、本人の希望でしょうか。気になりました。


 
 
 
 

2025年02月01日
マークース・ズーサック(入江真佐子/訳)
『本泥棒』早川書房

 ちょっとした事実、あなたはいずれ死ぬ。
 これは、少女と、言葉と、アコーディオン弾きと、熱狂的なドイツ人、ユダヤ人のボクサー、そして本泥棒についての物語。
 1939年1月。
 リーゼル・メミンガー、9歳。もうすぐ10歳。
 母につれられ、弟のヴェルナーと列車の旅をしている。ふたりは里親に預けられることになっていた。列車に揺られて母は眠り、ヴェルナーは死んだ。
 途中下車した母娘は、手短にヴェルナーを埋葬した。そのときリーゼルは雪のなかから、バイエルン共同墓地協会発行の『墓堀り人の手引書』を拾う。リーゼルは字が読めなかったが、その本がヴェルナーとの最後の絆のように思えた。
 それが、リーゼルの本泥棒としての一冊目だった。
 リーゼルの里親は、ミュンヘンの郊外からかなり離れたところにある、モルキングという町にすんでいる。貧しい者たちが暮らすヒンメル通りに、ハンスとローザのフーバーマン夫妻の家はあった。
 リーゼルの亡くなった父は共産主義者で、母はずっと病気。治療するお金も全然ない。リーゼルもよく知っていた。だが、母から離れることを受け入れられるかというと別だ。
 リーゼルは新しい家になかなか馴染めない。
 そんな中、よく悪夢を見た。死んだヴェルナーの顔を。
 リーゼルが悲鳴を上げて起きると、ハンスが部屋にやってきて慰めてくれた。ハンスは、ただそこにいてくれる。大きなやさしさに包まれて、ふたりは急速に信頼の絆を強めていく。
 一方のローザは、毒舌の持ち主だった。すぐに罵倒し、口汚く罵る。底に愛情が横たわっていることは、リーゼルもすぐに気がついた。
 少しずつ、3人は家族になっていく。
 あるとき、ハンスが『墓堀り人の手引書』を見つけた。ハンスは怒ることなく、ふたりで読むことになる。
 ただ、ハンスも学校を4年生までしか行っておらず、あまりうまく読めない。ゆっくりと、ふたりは文字を勉強していく。
 やがて戦争がはじまるが……。

 語り手が「死神」という特異な物語。
 本文では「死神」という言葉はなかなかでてきません。そこかしこに「死」がある暗い時代ゆえ、あえてその言葉を使わないようにしたのだろうと受けとめました。
 冒頭に、ほぼすべてのことが書かれてます。
 アコーディオン弾きはハンスのこと。ユダヤ人のボクサーは途中からの登場となります。
 冒頭だけでなく、文中でも、その先に起こることの予告があります。それで身構えたり、辛いこともその場限りだと思えたり。なかなか得がたい読書体験でした。

 なお、リーゼルのいる地域は、戦後、西ドイツになります。


 
 
 
 

2025年02月02日
ヒュー・ハウイー(雨海弘美/訳)
『ダスト』上下巻/角川文庫

 《サイロ》三部作・第三部。
 人々は地下に埋められたサイロで暮らしている。
 これまで、地表は殺伐とした死の世界だと思われてきた。このサイロが生き残ったすべてなのだと。サイロから出ていったが最後、帰ってくることはない。
 ところが、ジュリエット・ニコルズは帰ってきた。
 人々は衝撃を受け、ジュリエットは市長に祭り上げられる。地位など望んでいないジュリエットだったが、利用はした。
 このサイロは18号。すぐとなりに滅んだ17号サイロがある。17号サイロでは、ごくごく少数の生存者が暗闇の世界で助けを求めていた。
 ジュリエットは先祖たちが残した掘削機を見つけだし、17号サイロへのトンネルを掘りだす。その一方で、地表の環境調査もした。見れば信じてもらえると考えていたジュリエットだが、市民たちの不信感は高まっていく。
 信頼を築けないまま、17号サイロとのトンネルが貫通するが……。
 一方、1号サイロでは、トップのポール・サーマンと間違わられて冷凍睡眠から目覚めたドナルド・キーンが秘密裏に行動していた。サーマンのふりをして情報を集め、妹のシャーロットをひそかに冷凍睡眠から目覚めさせもした。サイロ群の真相を知り、サーマンの計画を阻止しようとするがなかなか思うようにいかない。
 ドナルドは、18号サイロに希望を見出していた。しかし、連絡手段は誰に聞かれているか分からない音声通信しかない。そのうえ、ジュリエットに真意を疑われてしまう。
 そんなころ冷凍室では、異常のある冷凍ポッドが発見されていた。
 ポッドの蓋に血痕がついていたのだ。犯罪があったのは、ここ1ヶ月ほど。蓋の血は、データベースに登録されているポッドの持ち主のDNAと一致している。
 ところが、ポッドに入っていた男とは一致しなかった。記録とは違う人物が眠っていたのだ。銃創のある男は、手を縛られていた。
 幸い、被害者は撃たれたときも生命維持装置につながれたままだったようだ。装置が作動していたため、死ぬことはなかった。
 やがて、この被害者がポール・サーマンだと判明するが……。

 文明滅亡後の地下都市の物語。
 完結編。
 前2作『ウール』『シフト』を読んでいることが大前提。
 このシリーズは、第一部『ウール』の冒頭エピソードを短編として発表したことがはじまりだったそうです。
 そのときには細かな設定までは考えていなかったのだろうと思います。辻褄あわせた、と感じさせるところがチラホラ。逆に、伏線のような設定が生かされずに終わってしまい、もったいないと思うところも。
 こまかなところが気になってしまって、どうもはまれませんでした。
 
 ちなみに、サイロの建設は2049年ごろ。
 新人下院議員であるドナルドが、自分に投票してくれた有権者のことをチラとも考えないのが、やるせない。


 
 
 
 

2025年02月03日
松井今朝子
『吉原手引草』幻冬舎時代小説文庫

 吉原の引手茶屋、桔梗屋に、一見の客がきた。一見の客がひとりで来るのは珍しい。客は、駿河町の相模屋から桔梗屋のことを聞いたという。
 内儀のお延が対応するが、内心では、客のなかに駿河町の者がいたかどうか疑問に思っている。だが、吉原に不慣れであることを打ち明けられると、請われるがままに親身に教えてやった。
 しかし、舞鶴屋の葛城の身請けの仲立ちをしたかと問われたとき、お延は確信する。この男は客ではない。事件を蒸し返しにきたのだ。
 葛城の騒ぎで、桔梗屋がどれだけ迷惑をこうむったか。百両のもうけはふいになり、主人は寝込み、芸者衆からは嗤いものにされた。しばらくは客足も途絶え、ようやく立ち直ったばかりなのだ。
 怒ったお延は、客人をおっぱらった。
 虎吉は、舞鶴屋の見世番。
 妙にからんでくる見知らぬ男を、暇をもてあます道楽息子だろうと考えた。虎吉も今は暇だ。話につきあって、吉原のことをいろいろ教えてやった。
 さすがに葛城の名がでたときには、虎吉も渋い顔になる。葛城は、五丁町一を謳われた花魁だった。例の騒ぎが起きて、葛城はもういない。
 虎吉と葛城は、何かと話しかけられ、何かと世間話をする仲だった。本当のところは何も知らない。
 源六は、舞鶴屋番頭。
 桔梗屋からきたという客を応対する。客は、葛城の話をしたいという。
 あの騒ぎは一体なんだったのか。源六にも分かっていない。ただ、賢い葛城がしたことなら、けっして間違いではなかったと信じている。それだけだ。
 その男は、関係者に葛城のことを聞いてまわるが……。

 直木賞受賞作。
 江戸時代の幕府公認の遊郭、吉原を舞台に、葛城の事件を追う。
 関係者の証言を積み重ねていくミステリ。聞き手のセリフは一切なく、関係者だけが一方的にしゃべります。
 葛城がなにをして騒ぎになったのかはすぐに知れるので書いてしまうと、失踪したんです。身請けも決まっていたトップ花魁が消えて大騒ぎになり、けっきょく葛城の行方は分からないまま。
 もちろん、すべての人が正直者とは限りません。それでも、いろんな人の証言で、吉原がどういうところなのか、葛城はどうやって花魁になったのか、どういう女性だったのか、といったことが明らかになっていきます。 
 葛城については、別の物語で同様の設定を読んだことがあって驚きはありませんでした。当時は、ままあることだったのかも。
 この、聞いてまわっている人物についての謎が解決したので、スッキリできました。

 
 

 
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