
2025年08月21日
ジャネット・イヴァノヴィッチ(細美遙子/訳)
『あたしにしかできない職業』扶桑社ミステリー
ステファニー・プラムは、いとこのヴィンセント(ヴィニー)が経営する保釈保証会社で、逃亡者捜しを請け負っている。保釈金を借りながら期日に出頭しなかった者を見つけてくると、10パーセントの賞金が手にはいるのだ。いわば賞金稼ぎだった。
現在ステファニーが追っているのは、ケニー・マンキューソ。友人のはずのムービー・ビュースの膝を銃でぶち抜き、捕まった。保釈されると行方をくらまし行方不明。
はじめは簡単そうだった。
地元のまっとうな家庭で育ち、前科はなく、高校を卒業して陸軍に入隊。帰ってきたのは、4ヶ月前。
あっさり見つかると思っていたが、なかなか見つけられない。ケニーの恋人の話では、追われているから身を隠すのだと言っていたとか。
やがてムービー・ビュースの射殺体が発見される。現金は手つかずのまま。ケニーの犯行かは分からない。
実は、トレントン警察署の私服警官ジョーゼフ・モレリもケニーを探していた。ステファニーと浅からぬ仲のモレリは、一族に頼まれただけだと言い張る。ケニーの母親を通じて、モレリ家とマンキューソ家は親戚関係にあるのだ。
ふたりは共通の目的の前に手を組むが、ステファニーはモレリのことが信じられない。絶対に隠した理由があるはずだ。
ステファニーはモレリを警戒しつつ、葬儀が大好きな祖母のメイザおばあちゃんの付き添いで葬儀場にむかう。ちょっとした情報のかけらが役に立つこともある。なにしろこの街では、葬式は社交の場でもあるのだ。
ステファニーがスタイヴァ葬儀会場につくと、取り仕切っていたスパイロ・スタイヴァから奇妙な仕事を頼まれた。スパイロは、盗まれた棺桶24個を探しているという。
それらは製造業者が余分に製造した、ちょっと傷のついた二級品。6ヶ月前にまとめ買いの入札をして安価で手に入れ、貸し倉庫にしまった。ところが、倉庫から消えてしまった。
おおごとにしたくないスパイロは、警察には届け出ず、また警察に届け出ていないので保険金を請求することもできない。
報酬の1000ドルに目がくらんだステファニーは、疑問に思いつつも引き受けるが……。
《ステファニー・プラム》シリーズ、第2作。
ハードボイルドとコージーが融合した、独特な雰囲気のミステリ。ステファニーの一人称で展開していきます。
前作から数ヶ月後なので、ステファニーのレベルは以前のまま変わってません。ただ、経験値があがった雰囲気はあります。
主要登場人物の紹介は前作『私が愛したリボルバー』でされているので、やはり順番通りに読みたいところ。
忘れないうちに、と思って2週間もたたないうちに読んだのですが、さすがにもう少しあけたほうがよかったな、と。ステファニーが独特なので。
2025年08月25日
カルロス・ルイス・サフォン(木村裕美/訳)
『精霊たちの迷宮』上下巻/集英社文庫
アリシア・グリスがスペイン内戦で両親を失ったのは、8歳のときだった。自身も重傷を負い、脇腹には肉に食いこむ絡みあう傷痕が残っている。断続的に襲ってくる痛みは耐えがたく、今でも鎮痛剤が欠かせない。
1959年。
アリシアは、レアンドロ・モンタルボの秘密組織で仕事をしている。12年がたち辞職する気でいたが、警察長官直々の極秘任務を引き受けることになってしまう。
国家教育大臣のマウリシオ・バルスが行方不明になっていた。
2週間前のことだ。バルスは、私設ボディガードをひとりだけつれて自宅を去った。それきり見た者はいない。
実は、バルスは長年、匿名の手紙を受け取っていた。にもかかわらず最近まで警察に知らせることもなく、黙っていた。その状況が変わったのは、暗殺未遂事件があったからだ。
手紙はバルセロナのモンジュイック監獄から差し出されたことが判明している。
バルスは、1939年〜1944年にかけてモンジュイックの所長だった。手紙を出したセバスティアン・サルガドのことも知っている。恩赦で出獄させ監視をつけたが、サルガドは謎だけ残して死亡した。
サルガドは、ただ利用された可能性が高い。誰かと共謀したのでもなく、別の誰かが、サルガドの名前を使ったのだろう。
アリシアは、警察がつけてきたフアン・マヌエル・バルガスとコンビを組んで捜査に当たる。警部のバルガスは実力ではトップクラス。ただ、上層部との意見の相違があり、しばらく一線からは退いている。
ふたりはバルスの書斎で、警察の捜査で見逃されていた本を見つけた。ビクトル・マタイズ『精霊たちの迷宮』は、マタイズが、長女アリアドナのために書いた本だ。
マタイズは内戦後のバルセロナで姿を消している。妻も、ふたりいた子どもたちも。よくあることだ。
アリシアは、マタイズがバルスの失踪と関連があるのではないかと疑うが……。
ゴシック・ミステリ。
《忘れられた本の墓場》四部作の最終巻。
今作で舞台となるのは、マドリードとバルセロナの二大都市。
1959年のスペインはまだ独裁政権下にあります。かなり自由にふるまっているように見えても、特定の場所を避けるなど、抑圧されているのが感じられます。
ちなみにスペイン内戦は、1936〜1939年。内戦後の粛清がひどくて、行方不明になったのはマタイズだけではありません。
アナウンスでは、四部作のどこから読んでもいいことになってます。本作の場合、最後に書かれただけあって後日談がたっぷりありますから、最後に読むべきだと思いますが。
アリシアが主人公とはいえ出番は遅め。
その前に、シリーズで共通して登場する〈センペーレと息子書店〉の関係者と、バルスの娘メルセデスのエピソードがあります。
物語の背景には、実際に起こった人道にかかわる事件があります。〈忘れられた本の墓場〉と無理に絡めずとも、単独で読みたかったというのが正直なところ。
ただ、四部作に組み込まれていたから知れた、というのも事実。
バランスってなかなか難しいですね。
2025年09月01日
マイクル・クライトン(酒井昭伸/訳)
『ジュラシック・パーク』上下巻/ハヤカワ文庫NV
1989年8月の最後の2日。
コスタリカ西海岸の離島で、驚くべき事件が起こった。事件の当事者は20数名。生き残ったのはその半数弱にすぎない。
当事者となるアラン・グラントは古生物学者だった。
はじめて恐竜の卵を発見し、世界に公表したのは1983年。一夜にして脚光を浴び、インターナショナル・ジェネティック・テクノロジー(InGen)社から顧問の依頼がきた。恐竜の食性を知りたい、と。
報酬の5万ドルがあれば、ふた夏ぶんの発掘費用がまかなえる。とはいえ、骨格をたくさん見つけてはいても、食物に関するデータはごくわずかしかない。
グラントは、巣作りやテリトリー、社会性など、わかっているがりの習性をまとめた要約を送った。質問にも答えた。その質問がしつこく、契約は中途で打ち切りにしたが。
グラントとInGen社とはそれっきり。ただ、InGen社の創立者ジョン・ハモンドによるハモンド財団からの研究資金援助は続いた。
そして1989年。
事件の前グラントは、モンタナ州北部のなだらかな丘で、発掘作業をしていた。
7900万年前の白亜紀。このあたりをカモノハシ竜が1万頭か2万頭の群をなし、大移動していた。当然、肉食恐竜もいただろう。
推測が当たり、生後2ヶ月で死亡したヴェロキラプトルが見つかっていた。群れで狩りをする、小型肉食恐竜だ。
慎重に掘り出そうとしているそのとき、ハモンドから連絡が入った。完成間近の広大な自然公園があり、専門家のひとりとして招きたい、という。
報酬は1日につき2万ドル。3日で6万ドルになる。発掘の途中だが、いつだって発掘費用は必要だ。断る理由はなかった。
コスタリカ西海岸の離島についたグラントは、度肝を抜かれてしまう。恐竜がいたのだ。生きて、目の前に。
InGen社は秘密裏に、遺伝子工学で恐竜を生みだしていた。公園は〈ジュラシック・パーク〉と名づけられ、かれらはヴェロキラプトルも誕生させていた。
グラントは生きている恐竜たちに大興奮。InGen社の技術者たちは自信満々のようす。だが、説明を聞くにつれグラントの心配がつのっていく。
グラントをはじめとする専門家たちは、安全対策が適切なのか危惧するが……。
遺伝子工学SF。
1991年の発表作。
映画「ジュラシック・パーク」の原作本。
ハモンドは専門家だけでなく、孫のティムとレックスをも呼び寄せてます。両親が離婚しようとしているところで、この週末だけでも子供たちを楽しく過ごさせてやろう、という祖父バカな考えで。
恐竜大好きなティムは、ちょっと大人びていて聞き分けがよくて、でもやっぱり子供なところもあります。その妹のレックスは、とにかく子供。しでかしたり、そのことで反省してもコロっと忘れて次のやからしをしてくれます。
子供好きなグラントが面倒をみてやることで、物語は動いていきます。
子供がイライラさせることをしたとしても、圧倒的に悪いのはハモンド。そこを間違えちゃいけない、と思うものの、やはりイライラしてしまいます。
作中人物にイライラさせられるなんて、書き方がうまいのでしょうね。すごく悲惨なことが起こっているのですけど。
2025年09月02日
ロイス・マクマスター・ビジョルド(鍛冶靖子/訳)
『チャリオンの影』上下巻/創元推理文庫
ルーペ・ディ・カザリルは、ヴァレンダを目指し歩いていた。無一文で、背中の傷は治りきっておらず、35歳にして百歳にも年老いたように疲れきっていた。
かつては荘侯だった。城も父の土地も、すべてを失い、戦争捕虜となった。ほかの者たちには払われた身代金が手配されず、ガレー船の奴隷として海賊に売られた。
死の寸前に解放されたのは、ただ運がよかったにすぎない。
すべてを失ったカザリルに故郷があるならば、ヴァレンダの町がそれだ。先代バオシア藩侯のころ、小姓としてかわいがってもらった。バオシア藩太后は覚えているだろうか。
不安にかられながらもカザリルは、藩太后を訪ねる。
このときヴァレンダには、藩太后の娘イスタが身をよせていた。イスタは前チャリオン国主の未亡人だが、体調を崩し、ふたりの子供をつれて隠棲しているところ。
カザリルは藩太后から、孫娘イセーレの教育係兼家令を頼まれる。国姫イセーレは、利発なものの活発すぎて女教師たちはお手上げ状態だった。恐縮したカザリルは辞退しようとするが、説得されてしまう。
藩太后は心配していた。国主の異母妹であるイセーレが政治に巻き込まれるのは避けられない。窮地に立たされることもあるだろう。
国姫イセーレは、信頼できる人間をなにより必要としている。
カザリルは承諾するが、新兵を教育したことはあっても姫君に対応したことはない。幸いなことにイセーレは、男から教育を受けるという地位の向上と目新しさを喜んでいる。カザリルは、イセーレと、イセーレに女官として仕えているベトリスにも試行錯誤しなが教育していく。
ヴァレンダで穏やかに過ぎる日々も、突然終わりとなった。
異母兄オリコ国主から手紙が届き、イスタの子供たちにカルデゴスの宮廷に出仕する命が下された。オリコは世継ぎを諦めたのだろう。イセーレが行くならば、カザリルもお供しなければならない。
カルデゴスでは、ジロナル宰相とその弟ドンドが権力を振るっている。カザリルは、戦争捕虜となったとき身代金が支払われなかったのはドンドの差し金だと確信していた。ドンドの秘密を知っているために排除されたのだ。
カザリルは目立たぬよう、そのことに気づいている素振りを見せないように苦心するが……。
《五神教》三部作の一作目。
五神教とは、春の姫神、夏の母神、秋の御子神、冬の父神と、季節と関わらない庶子神とを崇める宗教。人々の生活に密接に関わってます。
カザリルの冒頭のヴァレンダへの旅では、庶子神の管轄である死の魔術が登場します。また、その後の姫神の祝祭では、イセーレが導き手の必要な子供であることが明示されます。
今回は10年ぶりの再読でしたが、期待していたほどには忘れてませんでした。
ほんの序章のヴァレンダでの日々。19歳のベトリスへの恋心。カルデゴスではチャリオンを覆う影に気がつき、イセーレを無理矢理娶ろうとするドンドへの怒りがあり、紆余曲折しながら結末へと。
先の展開を分かっていても、相変わらずの読み応え。
何度読んでも、ハラハラどきどきしてしまいます。
2025年09月03日
ソフィー・アーウィン(兒嶋みなこ/訳)
『没落令嬢のためのレディ入門』ミラ・ブックス
1818年。
キャスリン(キティ)・タルボットがチャールズ・リンフィールドと結婚の約束をして2年。リンフィールド家はドーセットシャーの田舎では一番の郷士で、亡くなった母がまとめてくれた縁組みだった。
ところが、父が亡くなると早々に婚約を破棄されてしまう。タルボット家は、父が豊かなころの暮らしを捨てられなかったおかげで借金まみれ。住まいの〈ネトリーコテージ〉も二重抵当に入っているありさまだった。
リンフィールド家の財産をあてにしていたキティは、頭の中が真っ白。次の取り立てまで4ヶ月もない。4人の妹たちは、まだ10歳の末妹ジェインは、この先どうなってしまうのか。
キティは新たな縁組みを求めた。幸い、ロンドンで暮らしている母の友人ドロシー・ケンダルが力になってくれるという。キティは妹セシリーを連れ、ロンドンへと旅立つ。
元女優のドロシーは、ミセス・ケンダル未亡人を名乗っていた。富豪ではないがそれなりに豊かな暮らしを送り、そこそこの上流社会に出入りしている。
キティは、そこそこの上流階級に満足しなかった。リンフィールド家の収入は年に4000ポンド。せめてそのくらいはほしい。ドロシーには諌められるが、転機は思わぬことろにあった。
バース女学院で学んでいたセシリーが、ラドクリフ伯爵家のレディ・アメリアと既知の仲だったのだ。金がつきて在学できたのは2年間だけ。それでもキティは、縁をつかみとった。
キティは、レディ・アメリアの兄アーチボルドを射止めることに成功する。伯爵家の財産は、爵位ともども長兄ジェイムズのもの。だが、アーチボルトも21歳になれば、少なくとも年8000ポンドを得るのだ。
キティはアーチボルトを心酔させ、母のラドクリフ伯爵未亡人をも虜にしてしまう。作戦がうまくいきそうになったとき、アーチボルトを心配したジェイムズがロンドンに帰ってきた。
キティはジェイムズに追い払われそうになってしまう。ジェイムズはタルボット家のことを調べあげていた。金に困っていることも、妹たちも知らないタルボット家の秘密も。
開き直ったキティは、起死回生の手に打ってでる。貴族は、醜聞をなにより嫌う。アーチボルドと駆け落ちしない見返りに、他家と知り合うきっかけを求めたのだ。
取引きは成功し、キティは内輪のパーティの招待状をもらうが……。
婚活もの。
基本的にキティ視点で語られますが、ジェイムズから見た語りもあります。
序盤はキティがうわべの恋愛ごっこをしていて、読むのが退屈ですらありました。ジェイムズと取引きするあたりから、キティの本音が表にでてきて俄然おもしろくなっていきます。
ジェイムズはワーテルローの戦いに参加していて、心に傷を負ってます。父が亡くなり伯爵になったものの、家族の精神的な柱にはなりきれてません。
キティと取引きした下地に、ロンドンの軽薄な社交界への嫌気があります。なにしろ独身で、求婚者にうんざりしているんです。
ほとんど予想通りの展開で、軽いです。危機的状況はあります。それらはアッサリ通過してしまいます。
物足りなさはありますが、重厚なものを読む気分ではないときには、ありがたい軽さかもしれません。
2025年09月04日
キャロル・スタイヴァース(金子 浩/訳)
『マザーコード』ハヤカワ文庫SF2324
2054年。
50機の〈マザー〉たちは、密集編隊を組んで砂漠を飛行した。やがて散開し、それぞれが設定されている目的地へと向かう。単機で岩壁の陰に降り、赤児を産みおとした。
6年がたち、合流するときがくる。相互の通信はしておらず、ほかの〈マザー〉と生まれているであろう子供がどうなっているのか、なんの情報もない。
子供をつれた〈マザー〉は与えられていた指令に従い、出発するが……。
2049年。
リック・ブレヴィンズは、CIA情報本部の分析官。ブランケンシップ将軍に呼びだされ、驚愕の事実を知らされる。〈白紙状態(タブラ・ラサ)〉計画が実行されていたのだ。
ひと月まえに〈タブラ・ラサ〉の承認を求められたとき、リックは計画の中止を求めた。フォートデトリック研究所で進められていたバイオ兵器計画は、危険なものだった。不測の事態が起こりかねない。
ところが、アフガニスタン南部の僻地で使われていたのだ。ひそかに敵を葬り去りたいがために。
〈タブラ・ラサ〉で開発された合成核酸ナノ構造体(NAN)は、ウイルスに似た動きをする。人間が吸いこむと肺細胞が変異し、正常な組織を圧倒。まるで病気になったように死んでしまう。
NANが体内で複製されることはなく、伝染もしない。動物にも植物にも感染しない。自然界では数時間で劣化し、感染力を持たない線形になる。
ところが、線形になったNANをとりこむ生物がいた。砂漠に生息している古細胞(アーキア)だ。
線形のNANを取りこんだアーキアは、分裂するたびにNANを複製する。新しいNANが合成され続け、いっぱいになったアーキアは爆発してそこら中にNANを放出する。人間が吸収可能なかたちになったNANを。
もはや手に負えなくなっていた。
国防総省の職員とフォートデトリックの科学者チーム、それに外部から呼び寄せた科学者たちからなる共同調査がはじまる。リックがこのチームを仕切ることになるが……。
近未来SF。
秘密主義のアメリカは、ばれないうちに特効薬を開発しようとしますが、叶いません。選ばれた人だけでも生き残れるような研究もしてますが、叶いません。最終手段として、耐性のある子供を誕生させて人類を生き延びさせようとするのが冒頭の2054年。
第一部でリックたちのことと、遺伝子操作された子供のことが別個に語られます。
第二部で、両者の時間軸が統合されます。
リックは被害者ではありますが、立ち位置としては加害者側。
もやもやしてしまいます。
人類滅亡するまで秘密であることに執着するアメリカって、どうなんでしょう。フィクションなのは分かってますが。もっと広範囲に研究されていたら、と残念に思います。
2025年09月05日
ジェームズ・ヤッフェ(神納照子/訳)
『ママのクリスマス』創元推理文庫
デイビッド(デイヴ)は、ロッキー山脈の山裾に広がるメサグランデの公選弁護人アン・スウェンソン専属の主任捜査官。かつては、ニューヨーク市警殺人課の刑事だった。そのころの経験を生かして、(母親(ママ)の的確な推理にも助けられて)活躍している。
12月21日。
アンのもとに依頼人が訪れた。ユダヤ人の大学生ロジャー・マイヤーは、昨日、不法侵入と治安妨害及び銃器による威嚇の罪で逮捕されていた。
ロジャーはメサグランデの住民ではない。4年前に両親が、フェアーヘヴン地区に引っ越してきたのだ。そのあたりはメサグランデでも閑散としていて、マイヤー夫妻のほかには半街区ほど離れたところにチャック・キャンディーの家があるくらい。
キャンディーは〈キリストの栄光眩き使徒教会〉なる地元の一教会の牧師。そもそもの発端は、キャンディー家の騒音問題だった。
11月の末、キャンディー家は突然、自宅をクリスマス仕様にショーアップした。けばけばしく光らせ、大音響でクリスマス・キャロルを流しはじめたのだ。
マイヤー夫妻がキャンディー牧師に抗議してもなしのつぶて。警察にいっても無駄だった。
数日前、クリスマス休暇でロジャーが実家に帰ってきた。
キャンディー家の騒音を知ったロジャーは、抗議に行く。玄関ホールで言い合いになると、キャンディー牧師は銃を持ちだした。もみ合いになったすえ暴発してしまう。
幸い、弾丸はどちらにも当たらなかった。だが、キャンディー牧師に告発されたロジャーは逮捕されてしまう。牧師を襲った反クリスマスの暴漢、と世間は受けとめた。
デイヴはママの助言で、事件の背景にあるキャンディー牧師の動機を嗅ぎつける。東部のさる大手企業が、メサグランデにショッピングセンターを作る計画をしていたのだ。予定地はフェアーヘヴン地区だった。
キャンディー牧師は不動産会社を通じ、ほとんどの区画を買い占めている。唯一断られたのが、マイヤー家だった。すべては、マイヤー夫妻を立ち退かせるための嫌がらせだったのだ。
ロジャーに有利となる情報にデイヴは喜ぶ。
そんなとき、キャンディー牧師の射殺体が発見された。ロジャーの行方は分からない。ロジャーは容疑者とされてしまった。
警察は目撃者がいるというが……。
《プロンクスのママ》シリーズ、長編2作目。
ミステリ。
殺人事件が起こってからがはじまり。
いろんな謎がありました。著名な弁護士がロジャーの弁護をかってでたり。裕福ではないキャンディー牧師の資金源も謎でした。
いろんな謎があって、すっきり解決して、取り残された謎のことを忘れていたらママが解決してくれました。
さすが、ママ。
すっきりできました。
2025年09月06日
エイダン・トルーヘン(三角和代/訳)
『七人の暗殺者』ハヤカワ文庫NV
ジャック・プライスにとって、その日はいつもと同じはじまりだった。
いつものように機嫌のいい朝。ひとり、18階でエレベーターに乗る。いつもと同じ。
17階でとまるのはいつもとちがう。予想外のわくわくすることがあるんじゃないかと、期待してほほえむ。警官がウヨウヨいた。
真下の部屋で、デスデモーナ(ディディ)・フレイザーが殺されていた。胸を2発と頭を一発撃たれて。
ディディのことをジャックは、ただの礼儀知らずな老婦人だと思っていた。それなのに犯人は、ドラッグ・ディーラーにするような仕打ちをした。
そして、ジャックはドラッグ・ディーラーだった。
ジャックは危機感を覚える。もしかすると、狙われたのは自分だったのかもしれない。
ジャックは、ディディの死について調べだす。すると警告がやってきた。マスクをかぶった3人組に襲われたのだ。
袋たたきにされて、死にかけて、それでもジャックは、暴行者のひとりが電話をかけた音を聞き逃さなかった。耳にした電話のダイヤル音に導かれ、ジャックがたどり着いたのはミスター・リンデンの法律事務所。ジャックの行動は、リンデンのクライアントだか協力者だかを動揺させたのだろう。
ジャックはリンデンに高額な賠償を求め、回答期限を今夜0時と通告した。
帰宅したジャックは、返事がないことにやきもきする。0時を待たずに決心した。カレーニナを雇い、黒幕の正体を探ってもらうのだ。
ジャックに裏世界でのあれやこれやを教えてくれたのが、カレーニナだった。セキュリティの専門家であり、ありとあらゆる分野のスキルを習得している。
ジャックはカレーニナから、予想外のことを聞かされた。カレーニナは2日前から〈セヴン・デーモンズ〉の一員になるべく仕事をしている。その〈セヴン・デーモンズ〉の次の標的こそが、ジャック・プライスだった。
殺し屋集団の〈セヴン・デーモンズ〉は7名からなり、かけらほどの良心もない。同時代における最高のおそろしさの決定版よりもずっとおそろしいことで定義されている。ジャック殺しの契約は深夜0時からはじまり、最高料金で手段に制限はない。
ジャックは躊躇しなかった。あらかじめ用意していたコートに袖をとおし、ドアから出ていた。
こうしてジャックと〈セヴン・デーモンズ〉との死闘がはじまるが……。
クライム・ノヴェル。
ジャックのモノローグで展開していきます。
ジャックはすごく饒舌で、独特。クセが強いので、読む人を選びそう。
読む人に選ばれたのがうれしいです。
元々は凄腕のコーヒー・ディーラーだったというジャック・プライスは、善良な一市民を装ってます。まっとうな商売をしていたころに培ったスキルもあって、用心に用心を重ね、信用第一で、自分は誰も信じません。
刑務所暮らしなんてまっぴらごめん。汚職警官とつながっていて、あらゆる準備をしています。装備だけでなく、心の準備もできてます。
ジャックと〈セヴン・デーモンズ〉の対決の合間、ディディが殺された謎にもさぐりが入れられていきます。すごい謎でした。妙に納得してしまいました。
なお、エイダン・トルーヘンは覆面作家なのですが、正体はニック・ハーカウェイではないか、と推測されているそうです。確かに、そんな感じでした。
2025年09月07日
アダム・オファロン・プライス(青木純子/訳)
『ホテル・ネヴァーシンク』ハヤカワ・ポケット・ミステリ
1931年
アッシャー・レヴェム・シコルスキーは、凋落した元富豪の大豪邸を落札した。たくさんの子供たちを得る妄想のもとに拡張され続けてきた屋敷は、ホテルに生まれ変わった。
アッシャーの願いは、未来永劫続く繁栄という見果てぬ夢の成就。屋敷の立つ丘陵と崖下を湾曲してネヴァーシンク川が流れていたこともあり、ホテルは〈ネヴァーシンク〉とされた。
もともとシコルスキー家は、ポーランド系ユダヤ人の移民だった。家族4人でニューヨークに住みつき、さまざまな失敗を経てリバティに農場を買ったはいいものの、これも失敗。農業に不向きな土壌なのは一目瞭然だった。
家財を売った。苦しい職についた。16歳になった長女ジーニーも働いて家計を助けた。だが、充分ではない。
そのころシコルスキー家には、望まれていない3人目の子供エイブラハムが生まれていた。泣きつづけるエイブラハムを、シコルスキー夫妻は疫病神とみなすようになっていく。
好転したのは、家を〈シコルスキー・イン〉にしてからだ。
幹線道路に近い見通しのいい丘の上という立地が幸いした。民宿で一家は稼ぎだし、余裕も生まれた。
だが、エイブラハムは泣きつづける。医者に診せると、脊柱管狭窄症だった。手術は可能だが、かなりの出費になるし、うまくいく保証もない。
シコルスキー夫妻は、疫病神のエイブラハムを手放すことに決める。ジーニーは両親に言われ、エイブラハムを病院に置き去りにした。それしか方法はなかった。
〈ホテル・ネヴァーシンク〉は順調に発展をつづける。
1950年。
ホテルがジーニーに譲られて3年がたつ。
この日、8歳の宿泊客ヨナ・シェーンベルクがホテルから姿を消した。警察の捜索にはホテル従業員だけでなく、宿泊客、地元民も協力した。大勢で丘陵をくまなく見て回り、長い列を組んで周辺の森をのろのろと進んだ。
ヨナはどこにもいない。
ジーニーは、神罰なのではないかと考えていた。エイブラハムを捨てたことに対する神罰なのだと。
以来、ホテル周辺で子供が行方不明になる事件が起こるが……。
ゆるやかなミステリ。
2012年の出来事まで、さまざまな人の語りで展開していきます。
ホテルはジーニーのもとで発展し、長男のレナードに引き継がれ、やがて衰退していきます。引き金となったのは、子供の行方不明事件でした。
廃業した後に〈ホテル・ネヴァーシンク〉は廃墟となります。備品が次々と売られていきますが、建物はシコルスキー家の管理下にとどまりつづけます。
事件が物語の核とはいえ、関係ないエピソードもありました。
その後が分かる人もあり、そうでない人もあり。
もの哀しさが残りました。
2025年09月09日
ロイス・マクマスター・ビジョルド(鍛治靖子/訳)
『魔術師ペンリックと暗殺者』創元推理文庫
《五神教》シリーズ長編+中編の2本だて。
『魔術師ペンリック』『魔術師ペンリックの使命』『魔術師ペンリックの仮面際』続編
ペンリック・キン・ジュラルドは、庶子神に仕える神殿魔術師。混沌の〈魔〉であるデスデモーナを宿している。
デスデモーナは、馬とライオンと10人の女性を経て200年ほど生きてきた。ペンリックは魔力とともに、さまざまな経験と知識を受け継いでいる。
現在ペンリックはオルバスで暮らしている。妻ニキスとの間に子供も生まれた。
ニキスの兄は、セドニアから亡命したアデリス・アリセイディア将軍。ペンリックと共にオルバス大公に仕えている。
「ササロンの暗殺者」
セドニア皇帝が崩御した。新たに皇帝となったミカルはまだ9歳。補佐するための摂政会議には、さまざまな人間が関わっている。
その中には、5年前にアデリスが亡命せざるを得なくなった元凶、メサニ大臣もいた。
ミカルの異母姉ラリスの一派は、軍の支持を獲得するためアデリスの助力をもとめる密使を送ってきた。ラリスも摂政会議の一員で、メサニ大臣と対立している。アデリスとしても、故郷セドニアに帰国するチャンスだ。
アデリスのもとには、ササロンの都から暗殺者も差し向けられていた。暗殺の企ては成功しかけるが、寸前で気がついたデスデモーナによって阻止される。暗殺者は〈魔〉を宿した者だった。
暗殺者アリクストラは、ペンリックが捕らえた。だがアリクストラは、子供を人質にとられて命令に従っているだけ。自らに宿る〈魔〉の扱い方も教えられていない、ただの道具だった。
ペンリックは、アリクストラから〈魔〉をとりのぞくため聖者イロキを呼ぶが、そのとき、庶子神からの神託がくだった。
庶子神は怒っている。〈魔〉を道具として使う者たちの行ないを正すつもりでいる。アリクストラには〈魔〉が与えられ、ペンリックとイロキと、ササロンに向かうことを求められているようだ。
神意は、なかなか掴むのが難しい。
ペンリックはアデリスとは別ルートで、ササロンへと向かうが……。
ペンリックのはじめての長編。
ですが味わいとしては、いつもの中編と同じ。
今回が初登場となる聖者イロキは、もとは漁師。達観していて、神々に選ばれたのも分かる気がします。
やはり初登場のアリクストラは、シングルマザー。はじめは警戒してますが、ペンリックから〈魔〉について学び、徐々に心を開いていきます。
アデリスの婚約者の再登場もありました。既出の物語でのエピソードにふれることもあり、集大成的な位置づけ、という印象でした。
「影の結び目」
冬がおとずれたヴィルノックの港で、死体が発見された。全身が膨張しており、溺死して3日目といったところ。男の身許は分からず、ひとまず診療所の遺体安置所に安置された。
夜明け前、診療所の者たちを仰天させる出来事が起こった。
何者かが遺体安置所の内側から扉をたたいている。開けてみると、死んでいたはずの男が起きあがって、わめいたりうめいたりしながら、よろよろ歩きまわっていた。
呼びだされたペンリックにも、この現象を見るのははじめて。ただ、耳にしたことはあった。
誰かが死の魔術を使ったようだ。祈りに応えた庶子神が、正義をくだした。その結果空き家となった身体に、たまたま憑依現象が起きた。
死んだ男は嘆願者だったのか、標的だったのか。身のまわりのものが見当たらず、判断することができない。
間もなくして男の素性が明らかになる。税関事務所の主任だった。
ペンリックは、死んだ男の身辺を調べていくが……。
先の「ササロンの暗殺者」で登場したアリクストラが再登場。まだ学んでいる最中ですが、確実に成長してました。
少し前に、同じ《五神教》シリーズの『チャリオンの影』を読んでいたのですが、死の魔術という共通項があります。時代がちがうため神学的な扱いが微妙に違うのが考えさせられます。