書的独話

 
2024年のひとりごと
01月01日 展望、2024年
01月11日 ディアトロフ峠事件
02月11日 2023年、ベスト
03月20日 ネコひねり問題
04月10日 鼻行類
05月12日 合言葉は【探偵】
05月27日 SF映画と科学
06月30日 中間報告、2024年
07月31日 源氏物語を知る
08月08日 究極の書物
09月23日 宇宙からのホットライン
10月21日 ノーベル文学賞
11月03日 合言葉は【終末】
12月31日 総括、2024年
 

各年のページへ…

 
 
イラスト
 
▲もくじへ
2024年02月11日
2023年、ベスト
 

 2023年は、長めのものを読もうと意識していた年でした。
 終わってみれば、複数巻の本は13冊。毎年だいたい10冊前後読んでいるので、それほど多くはないです。ただ、3冊以上となると、意識した結果がでているのかな、と。

 そんなこんなの2023年のイチオシは、こちら。

ローラン・ビネ
HHhH プラハ、1942年

 ラインハルト・ハイドリヒは、ヒムラーの右腕だった。第三帝国で最も危険な男と怖れられた。1942年。チェコの亡命政府は、ハイドリヒ暗殺計画を立案する。
 現在チェコの教会には、カブチークとクビシュとハイドリヒの名を記したプレートが張りつけてある。襲撃と惨劇と報復と。
 そのとき、なにか起こったのか?

 でだしはちょっと低調でした。章が短めということもあり、うまく集中できなかったんです。読みはじめたからには最後まで読む、といった雰囲気で、細切れに読んでました。
 ところが、エピソードが積み重なってくると状況は一変。興味深さが増してきて、それと共に運命の1942年が近づいてきます。加速度的に引き込まれていきました。
 事件を調べた過程や、事件そのものの経緯、事実から逸脱しないという著者の決意、それらがひとつの物語に結実してました。読み応え抜群。
 ほかのおもしろかった本が色褪せてしまったほどでした。

 本作については、書的独話「史実の物語」でも書いてます。
 また、SNSでも書いているので、下部に転載▼しておきました。

 ビネ以外のベストは、こちら。
 読了順です。
 

J・グレゴリイ・キイズ
水の都の王女
神住む森の勇者

 大河の神の子孫が治めるノールの第九王女ヘジは、神官たちに連れ去られた従兄デンを探していた。神官たちは、ある年代の王族を連れ去ることがある。ヘジには、基準も理由もわからない。あのころのデンと年齢が近づき、ヘジは焦燥をつのらせるが……。
 一方、ノールのはるか北の地域では、バルク族のペルカルが小川の女神に恋していた。小川の女神は、なんでも食べてしまう大河の神をおそれている。小川の女神を助けるため、ペルカルは神をも殺す武器を切望するが……。

 それぞれ上下巻なので、全部で4冊。長いものを読もうとしていた2023年だからこそ出会えた物語でした。
 きちんとした世界観のもと、意外な犯人がいて、隠された真相があります。そこで生きている人々がいて、歴史があり、神々がいる。
 ドラマが、4冊分の長さでも足りないかのようにギュギュと詰まってました。
 

パミラ・ブランチ
死体狂躁曲

 ファン・ヒルフォードは、死体を見つけた。夫のピーターが犯人だと直感したファンは警察に通報せず、死体を隠す道を選ぶ。
 たまたま遊びにきた幼馴染のレックスは、パレエ・ダンサー。日頃バレリーナたちを持ち上げているのだから力があるはずだ。ファンはレックスに死体のことを打ち明け、ふたりは協力して始末しようとするが……。

 読みたいと思ってから実際に読むまで、少しタイムラグがありました。そのため、どういう話か忘れて読みました。タイトルからして死体をめぐる話だろうとは思ってましたが。
 最初の大転換に、びっくり仰天。
 驚かされるのって、いいですね。
 

ニー・ヴォ
塩と運命の皇后

 チーは、シンギングヒルズ大寺院の聖職者。その使命は、記憶すること、書き留めること。記録さえあれば、後から判断することができるのだから。
 封印されていた場所が解放されると耳にしたチーは、略奪される前に記録をとるため〈深紅の湖〉を訪れた。ここに〈塩と運命の皇后〉が追放されていたのだ。チーは、皇后の侍女だったという老女と出会い、話を聞くが……。
 表題作のほか、同シリーズ「虎が山から下りるとき」収録。

 表題作は、何巻にもなる歴史絵巻になりそうなドラマチックな物語ですが、中編です。ちょっとだけのつまみ食いで、やがては壮大な歴史が立ち上がってきます。
 中編2本収録でうすいまま出版されましたが、同シリーズでもうひとつ中編があるそうです。どうしてそれも入れてくれなかったのか。出版社がうらめしいです。
 

レオ・ペルッツ
スウェーデンの騎士

 たまたま道連れとなったのは、泥坊と、脱走兵となった貴族のクリスティアン。泥坊はクリスティアンに頼まれ、金を用立てるため代父がいるというクラインロープの屋敷に向かう。代父はすでに亡く、女領主となっていたマリア・アグネータは、差配人に財産を横領されていることに気がついていない。
 泥坊はクリスティアンに成り済まし、マリア・アグネータを助けようとするが……。

 最初に、マリア・アグネータの娘の回顧録が紹介されます。そのため、物語の結末は分かってます。語られるのは、いかにして、そうなるのか、という経緯。
 分かっていても結末に驚かされました。
 どのようにして成り済ましが成立したのか。真相はどうだったのか。改めて回顧録から読み返したくなります。
 

エイモア・トールズ
モスクワの伯爵

 ロストフ伯爵を救ったのは、一篇の詩だった。貴族を快く思わないボリシェヴィキ政府だったが、民衆を鼓舞した詩を発表した伯爵の功績を考慮し、銃殺刑ではなく軟禁刑としたのだ。かくして伯爵は、現在の住まいであるメトロポール・ホテルに暮らすことになった。
 ホテルの屋根裏部屋に居を移した伯爵は、人生を投げださないことを心に決める。時代の変化をメトロポールに居ながらにして感じ取るが……。

 はじまりはドキュメンタリー・タッチ。伯爵の境遇がつづられていき、やがて物語になっていきます。
 終盤の大事件は予測可能。そうなるだろうな、と思ってました。興ざめしたという意味ではないです。そうならなかったらおかしい、と思ってました。
 なにが「そう」なのか、読んで確かめてもらいたいと思います。
 

イーライ・ブラウン
シナモンとガンパウダー

 ラムジー卿の料理人だったオーウェン・ウェッジウッドは、ラムジー卿を殺めた海賊ハンナ・マボットに連れ去られてしまった。マボットの要求は、どんな皇帝にもひけを取らない最高の食事。
 ウェッジウッドは生き延びるために最悪の状況下で料理を考案しつつ、脱走の機会をうかがうが……。

 最後まで料理人だったウェッジウッドを軸に、さまざまな要素が繰り広げられます。1819年が舞台で、名前は変えてあるけどアレのことだろうな、などと検討をつけながら読むこともできました。
 そうそう、海賊と私掠船は違うんだよね、とか。東インド会社のことだね、とか。
 料理のことはもちろん、冒険があって、いろんな謎があって、方々に楽しめました。
 

−−−

転載(▲もどる
2023年12月27日8:51:04
SNS[タイッツー](アカウント【amane_ra】)より

今年読んだ本でイチオシは、レオ・ペルッツの『スウェーデンの騎士』だった。10月23日の午前中までは。
午後には、ローラン・ビネの『HHhH プラハ、1942年』になってた。ごめんよ、ペルッツ。

ちなみに今年の読書量は、ノンフィクションは別にして100冊(上下巻を2冊とするなら120冊)です。すべて翻訳もの。
その内10冊は児童文学、1冊は戯曲でした。

レオ・ペルッツ『スウェーデンの騎士』
北方戦争(1700〜21年)のころのシレジアを舞台にした、幻想寄りのなりすまし譚。名もなき泥坊が貴族になりすますよ。
冒頭にネタバレがあったうえでの、すべてがあるべきところにピタリとはまる爽快感ときたら。結末は知ってたはずなのに、こうくるか〜! って、びっくりしちゃったよ。

まだ読んでないペルッツが何冊かあるけれど、万一、これ以上におもしろくてこの本を今年の読了本のイチオシにできなくなったら嫌だ! と思って読まずに我慢したのよ。

そんな努力もむなしく、今年のイチオシは、
ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』

訳者あとがきによると、タイトルの『HHhH』はドイツ語の「Himmlers Hirn heißt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)」の頭文字で、エイチ、エイチ、エイチ、エイチ。
題材は、ヒムラーの右腕で〈金髪の野獣〉の異名を持つハイドリヒ暗殺計画の顛末。

ハイドリヒはいかにしてヒムラーの右腕となったのか?
なぜターゲットに選ばれたのか?
暗殺計画がどのような経緯をたどったか?
その後になにが起こったか?

2014年の本屋大賞(翻訳小説部門)を受賞したけど、スルーしてた。
今年になって文庫化されて、さらに『文明交錯』が出版されたときに【あの『HHhH プラハ、1942年』のローラン・ビネ】なんて書評を見かけて、ようやく読んだわけ。
いやあ、すごかった!
1942年の暗殺計画はプラハで実際にあったことで、登場人物たちも、手助けしてくれる脇役にいたるまで全員実在。

それならノンフィクションでは?

と思うだろうけど、それはちがう。
語り手は、現代フランス人。暗殺計画を実行したスロヴァキア人ヨゼフ・カブチークに入れこんでる。なにしろスロヴァキアの軍事学校にフランス語教師として派遣されたことがあるから。
ビネ本人ってことだけど。
関連する諸作品(映像、文章)へのコメントも織り交ぜて「史実を小説にする」ということについてたえず葛藤しながら書いていくから、ノンフィクションというより私小説に近い。

入れこんでる人にはカッコいいこと言わせたい!

分かる。
分かるよ、その気持ち。
本書は、暗殺計画を題材にしているけれど、その実、小説を書く、ということについての物語でもあるのです。


 

 
■■■ 書房入口 ■ 書房案内 ■ 航本日誌 ■ 書的独話 ■ 宇宙事業 ■■■