

今回、ロビン・スローン『ペナンブラ氏の24時間書店』のことを書きます。
結末は明かしませんが、中盤以降に知ることになる秘密について書きます。ミスター・ペナンブラの24時間書店の秘密について。
ご了承ください。
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ロビン・スローン
『ペナンブラ氏の24時間書店』
失業中だったぼくが、ふとしたきっかけで働くことになった〈ミスター・ペナンブラの二十四時間書店〉は変わった店だった。まったく繁盛していないのに店名どおり24時間営業で、梯子つきの高い高い棚には、Google検索でもヒットしない謎の本がぎっしり詰まっているのだ。どうやら暗号で書かれているらしいそれらの本の解読に、ぼくは友人たちの力を借りてこっそり挑むが、それは五百年越しの謎を解き明かす旅の始まりだった──すべての本好き、読書好きに贈る冒険と友情、その他もろもろ盛りだくさんの物語。
(Kindle版紹介文)
主人公のクレイ・ジャノンは〈ミスター・ペナンブラの24時間書店〉がふたつの店からできている、と評します。
手前は、よくあるふつうの古書店。
奥側が謎。
暗号で書かれているのは、クレイが奥地蔵書と名づけた奥側にある本たち。ときおり会員証を持った人物が現れて、求めに応じてクレイが指定された本を取ってきて渡します。
秘密が明かされるのは、中盤にさしかかってから。
ミスター・ペナンブラの24時間書店は〈アンブロークン・スパイン(折れざりし背表紙)〉という協会がスポンサーになってます。
15世紀終わり。
出版業者のひとりアルドゥス・マヌティウスは、グリフォ・ゲリッツズーンがデザインした新しい書体を使って、史上初の古典集を印刷しました。
哲学者でもあるマヌティウスは、古典作家の作品にはいくつかの真理が隠されていると信じていました。最大の疑問は、なんといっても
どうすれば永遠に生きられるか?
マヌティウスは亡くなりましたが、遺体はなく『コデックス・ヴィータイ(人生の書)』を遺していました。その本は暗号で書かれていて、暗号を解く鍵を知っているのはひとりだけ。
グリフォ・ゲリッツズーンです。
ゲリッツズーンは秘密を明かすことなく亡くなりました。
マヌティウスが創立した〈アンブロークン・スパイン〉を引き継いだ弟子たちは、コデックス・ヴィータイの暗号を解こうとします。
コデックス・ヴィータイには、マヌティウスが古典作家の研究を通じて発見した、あらゆる秘密が記されているはず。第一に、不死の秘密が。
弟子たちは、自分の人生を自分のコデックス・ヴィータイに書き残しては世を去っていきます。秘密が解き明かされたあかつきには生き返る、と信じて。
暗号解読の作業は、現代でも続けられているのです。
『ペナンブラ氏の24時間書店』という物語は、
書物に書かれた究極の秘密についての物語なのです。
なお、マヌティウスは実在人物で、イタリア語名は、アルド・マヌーツィオ。商業印刷の父といわれているそうです。書的独話「書籍誕生」で取りあげたことがあります。
その親友という設定のグリフォ・ゲリッツズーンは、最初のイタリック体を制作したフランチェスコ・グリフォ(フランチェスコ・ダ・ボローニャ)のことでしょうか。
史実のふたりは仲違いしたようです。
閑話休題。
読みながら、こういうの知ってるなぁ、と記憶をたどってました。究極の秘密が書物に隠されている、というやつ。
出版が始まったころって、題材としてもおもしろいものがあります。そのうえ、秘密があるなんて。読書好きとして、なんともそそられる話ではありませんか。
活版印刷技術の発明者といわれているのは、マヌティウスより半世紀ほど遡る、ヨハネス・グーデンベルクです。
そのグーデンベルクの弟子として登場するエンデュミオン・スプリングが主役のひとりなのが……
マシュー・スケルトン
『エンデュミオン・スプリング』
何も書かれていない空白の本? オックスフォードの図書館で少年ブレークは不思議な古書を発見する。やがて浮かび上がる謎かけの詩、迫り来る追跡者……。一方、15世紀のドイツでは、印刷機の発明家グーテンベルクの元で修業する少年エンデュミオンが旅に出た。全世界を支配できるその本を守るため−−。時空を超えた少年たちの冒険ファンタジー。
(文庫版の紹介文)
文庫化されたとき『エンデュミオンと叡智の書』と改題されました。そうなんです。全世界を支配できる叡智が、その本に書かれている……ことになってるんです。
もちろん、究極の秘密は、出版黎明期の専売特許ではありません。
G・ウィロー・ウィルソン
『無限の書』
中東の専制国家でハッカーとして生きる青年アリフは、大砂嵐が吹き荒れる日、政府の検閲官〈ハンド〉にハッキングされて追われる身となる。同時期に別れを告げられた恋人から託された、謎の古写本−−存在するはずのないその本には、人間が知るべきではない知識が隠されているという。政府の手を逃れつつアリフは異界に足を踏み入れ、世界を一変させる本の秘密に近づいてゆく……世界幻想文学大賞受賞の傑作SFファンタジイ!
(単行本の紹介文)
作中で登場するのは『千一日物語(アルフ・イェオム・ワ・イェオム)』。幽精(ジン)によって語られ、物語に形を変えた秘密の知識が収められているとか、いないとか。
現代(といっても18世紀)の人間が究極の本を作ろうとする物語もありました。秘密が収められているのではなく、本そのものが秘密であるもの。
トマス・ウォートン
『サラマンダー −無限の書−』
ときは18世紀。印刷工フラッドは、ある伯爵から奇妙な城に招かれた。だが、彼は伯爵の娘と恋に落ちて伯爵の逆鱗に触れ、幽閉されてしまう…。究極の書物を作るため、不思議な冒険の旅に出た職人の姿を描く、めくるめく物語。
(「MARC」データベースより)
作り手は、珍本をつくっていたロンドンの印刷職人ニコラス・フラッド。永遠不滅の城に住むスロヴェキアのオストロフ伯爵が、フラッドに究極の本を発注します。
始まりも終わりもなく、どこから開いても無限に続く、究極の書物。
究極の秘密を扱うのは書物とは限りません。
キャサリン・ネヴィル
『8』
宇宙を司る8の公式。その謎を秘めたチェスの駒を求め、争奪戦が繰り広げられる。時空を越えてひろがる壮大なる冒険ファンタジー
(文庫版の紹介文)
チェスの駒を使うとは、考えたなって思いました。
なお、これらの究極の書物(駒)に、本当に究極の秘密が隠されているのかは、ここでは秘密にしておきます。
究極の秘密だけに。