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2024年の記録
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このページの本たち
潜謀の影』上田秀人
エンベディング』イアン・ワトスン
箱舟の航海日誌』ウォーカー
ずっとお城で暮らしてる』シャーリイ・ジャクスン
ナイン・テイラーズ』ドロシー・L・セイヤーズ
 
月と日の后』冲方丁

 
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2024年04月02日
上田秀人
『潜謀の影』徳間文庫

お髷番承り候》シリーズ
 深室賢治郎は、もとはといえば旗本寄合席3000石、松平多門の三男だった。大名に準じる扱いを受ける家柄だが、賢治郎は正室の子ではないため将来は明るくない。そんな賢治郎のために多門が骨折って用意したのが、お花畑番だった。
 お花畑番は、将軍の嫡子と同年代の子供だけで作られた遊び相手。成長すると小姓になったり、寵臣として幕政に参与する者もいる。
 そのとき賢治郎、6歳。三代将軍家光の嫡男竹千代のお気に入りとなれた。ところが、15歳のとき、父の多門が病死してしまう。
 長兄の主馬は、賢治郎を疎ましく思っている。武家にとって当主の言葉は絶対だ。賢治郎は、お花畑番を辞めさせられ、格下の深室家へ養子に出された。
 深室家は600石高の旗本。ひとり娘三弥の婿養子という体裁ではあるが、正式に決まっているわけではない。賢治郎は使用人を連れてくることもできず、日々、肩身の狭い思いをしている。
 そんな賢治郎に、小納戸の係が命じられた。
 小納戸とは、将軍の身の回りの世話をする役目。小姓より格は低いものの、将軍と話をすることもある。500石内外の旗本にとって出世の入り口となる垂涎の任だが、将軍の機嫌を損じれば家を潰すこともある。
 賢治郎が担うのは、月代御髪。将軍の身体に刃物を当てることが唯一許されている、俗に言うお髷番だ。
 四代将軍家綱は幼名を竹千代という。
 実は、家綱には気にかかることがあった。だが、将軍の立場では気軽に動くことができない。そこで、信用している賢治郎をお髷番として身近に置き、代わって調べさせようと考えたのだ。
 家綱の意を受けた賢治郎は、持ち前の行動力で紀州の徳川頼宣のことを調べようとする。家綱は、頼宣が「我らも源氏でございまする」とささやいた意味を知りたがっているのだ。初代将軍家康の十男である頼宣は、将軍も敬称を付けて遇するほど、格別の相手だった。
 その一方賢治郎は、謎の人物にお役を辞退するように迫られる。暴力も辞さない相手だった。
 賢治郎は務めを果たそうとするが……。

 陰謀系の時代もの。
 ところどころで懇切丁寧な説明文が入ります。あまり時代ものを読まない人は、ありがたいでしょうね。

 賢治郎は、とにかくまっすぐ。潔く、思い切った行動をとれる人物で、直接、頼宣の屋敷に行ったりしちゃう。
 時代ものでは主人公が剣豪だったりしますが、賢治郎は小太刀を使います。お花畑番として、いざというとき身を呈してお世継ぎを護らねばならない立場だったため。襲われるとしたら、狭い屋内でしょうからね。
 今作では、謎は解決されていないし、陰謀は終わってません。顔見せしただけの印象でした。  


 
 
 
 

2024年04月06日
イアン・ワトスン(山形浩生/訳)
『エンベディング』図書刊行会

 クリス・ソールは、言語学者。
 イギリスの病院内に設けられたハッドン神経治療ユニットで、子供を被験者にした秘密の研究をしている。
 研究の発端は、レーモン・ルーセルの詩だった。言語学で〈自己埋め込み(セルフ・エンベディング)〉と呼ばれる実例である詩は、いかれて超現実的。かつてアフリカにいたころ、この詩について、友人のピエール・ダリアンと熱っぽく語りあったものだった。
 ピエールはブラジルにいるらしい。手紙が届き、妻のアイリーンと微妙な空気が流れる。
 わが子ピーターは、ピエールに似ていた。
 ソールはアイリーンから、村でソールの研究がどう思われているのか知らされる。子供たちに悪いことばを教えている、と。機密ゆえに、ソールは詳しく教えることができない。
 ソールは、人工普遍言語を研究していた。
 心は言語に関する柔軟で創造的なプログラムを持っている。自己埋め込みは、人間の精神をほとんどその限界近くまで押しやる。だからこそ心のフロンティアに対するプローブとして使えるのだ。
 ハッドンの4人の子供たちは、外界から遮断され人工的な言語で育てられている。ソールのお気に入りは、ヴィドヤだ。ヴィドヤを我が子のように思いはじめていた。
 ある日ハッドンに、トマス・R・ズウィングラーが訪ねてくる。ズウィングラーは、アメリカ国家安全保障機関の通信部門に雇われていた。
 ズウィングラーの話では、宇宙からの来訪者が接近しつつあり、まもなく月の周辺にたどりつくという。反応からして、ロボット無人機だろう。だが、そうでない可能性もある。
 ソールは言語の専門家として、コンサルタントの要請を受ける。ヴィドヤが発作を起こし、ソールは心配でならない。ヴィドヤを気にかけつつも、ソールはアメリカに飛ぶが……。
 一方、ブラジルのアマゾンでは、文化人類学者のピエール・ダリアンがゼマホア族の元で研究に勤しんでいた。
 実は、ゼマホア族の居住地域は、アメリカ資本による巨大なダムの建設地にある。やがては湖になってしまうのは避けられない。すでに水がたまりはじめているが、ゼマホア族は受け入れセンターへの移動を拒んでいる。
 かれらは、呪術師(ブルショ)による抵抗に自信たっぷり。ピエールはその計画を探ろうとするが……。

 人工普遍言語についてのSF。
 原書は1973年。ソヴィエト連邦がでてきたりします。
 ソールが関わる宇宙人との接触と、ピエールによるゼマホア族の分析が物語の中心。中心とは外れているのですが、ダム建設にかかわる人物のアレコレとかもあります。

 宇宙人の来訪目的が新鮮でした。ソールの研究にどんぴしゃり。コスパを追及する姿勢は現代人を彷彿とさせます。
 その一方で物語の運び方が荒くて、昔のSFだなぁ、と。
 いかんせん、本作がワトスンのデビュー作。
 それを念頭に読んだ方がよさそうです。


 
 
 
 

2024年04月08日
ウォーカー(安達まみ/訳)
『箱舟の航海日誌』光文社古典新訳文庫

 アルメニアの洞窟に、その壁画はあった。
 洞窟の壁面と、煙で黒ずんだ天井までもが、壁画でくまなく埋めつくされている。ところどころに説明もしたためられていた。
 作者はおそらくはヤフェト。
 かつてこの世界に穢れはなかった。
 みんな仲よくしあわせに暮らしており、天気は穏やか。不安定な季節の移りかわりも、雨が降ったことすらない。
 木々には熟れた果物がいつでもなっている。すべての動物は、大きなトラでさえも、果物や草を食べていた。それ以外のものを食べるという発想すら浮かばなかった。  
 けだるい昼さがり、カササギがひとつの知らせをもたらした。
 山のむこうの白い髭のおじいさんが、変てこなかたちの家を建てている。家はとても大きく、そのためにすべての木が切りたおされている、と。
 カササギの要領を得ないはなしに、動物たちはすぐに興味をなくしてしまう。ただサルだけが、大きな家を見にでかけていった。人間とその習性についての知識を披露したい、と思ったのだ。
 サルは問題の家で、ノアから話を聞いた。
 これは家ではなく箱舟だという。ノアは、3人の息子たち、ハム、セム、ヤフェトを手伝わせて造っている。
 まもなく、たくさんの水が空から落ちてきて、なんでもかんでも溺れさせてしまう。陸地がなくなったとき、動物や鳥やらなんならをみんないっしょに乗せる。水に浮かぶ家となってみんなが住めるように。
 サルには、ノアの言っていることが理解できない。だが、ある日の午後になって雨が降りはじめると、ようやく思い当たった。
 はじめての雨に、動物たちは大混乱。果物は雨の重みで地面に打ちつけられ、泥まみれのパルプ状になっている。どこもかしこも灰色で、雨はとめどなく、滝のように容赦なく降りつづく。
 サルは、動物たちを説得した。ノアが、雨宿りの場所と食べ物を用意してくれている。
 動物たちは一列になって箱舟を目指した。動物たちがきてくれたことをノアは喜び、すぐに乗船がはじまる。
 ヤフェトが動物の名前と船室の番号を照らしあせていたとき、知らない獣がいた。影のなかにうずくまり、視線をあわせようとせずにこちらのようすをうかがっている。
 スカブだ。
 かつては、その名前に底なしの恐怖を呼びさまされたものだった。すでに詳細は失われ、スカブは動物たちに受け入れられるが……。

 旧約聖書のノアの箱舟の逸話を題材にした児童文学。
 展開としては旧約聖書とほぼ同じ。ただし、作中に〈神〉は登場しませんし、約束の虹などはないです。箱舟建設はノアの思いつき、とだけ語られてます。
 テーマとなっているのは、 穢れの誕生。
 どのようにして動物たちが変わっていったのか。スカブの存在がきっかけとなって、さまざまなことが起こります。
 現代にも通じる物語だと思います。
 だからこそ、古典として読み継がれているのでしょうね。


 
 
 
 

2024年04月10日
シャーリイ・ジャクスン(市田泉/訳)
『ずっとお城で暮らしてる』創元推理文庫

 メアリ・キャサリン・ブラックウッドは18歳。由緒あるブラックウッド屋敷に、姉のコンスタンスと暮らしてる。屋敷にはジュリアンおじさんもいる。
 ほかの家族はみんな死んでしまった。
 ブラックウッドの領地はフェンスで囲まれ、木も草も小さな花も伸び放題。領地全体がうっそうとした森に覆われている。管理する人はいない。
 村の人々は、ずっとブラックウッド家を憎んでいた。
 コンスタンスは自分の庭から先へは行かない。ジュリアンおじさんは外出できない。そうすると、食料品店に行くのはメアリ・キャサリン、ということになる。
 その都度メアリ・キャサリンは、村人たちから、あざけりや嫌味を投げつけられる。なかには、そっとしておいてくれる人もいる。大半は、そうではない。それだけは、がまんしなければならない。
 あれから6年がたっている。
 ブラックウッド家の友人であるヘレン・クラークは、そろそろ一歩を踏み出すべきだというが……。

 メアリ・キャサリンの一人称小説。
 あの日、なにがあったのか。どうしてほかの家族がみんな死んでいるのか。第2章で明かされます。
 謎はありますが、ミステリというわけではないです。事件の真相は予測可能で、謎を隠して展開していくというより、段階を踏んで事実を確定した、といった感じ。
 怖さはありますが、ホラーというわけでもないです。人間の心のなかの闇が主だった怖さ。  
 すごく印象に残りました。


 
 
 
 

2024年04月15日
ドロシー・L・セイヤーズ(浅羽莢子/訳)
『ナイン・テイラーズ』創元推理文庫

 ピーター・ウィムジイ卿の車が突っ込んだ溝は、フェンチャーチ・セント・ポール村の近くにあった。
 時刻は大晦日の午後4時過ぎ。朝から雪が降りつづいており、空は鉛のよう。人の気配はない。
 ウィムジイは、教会の時計の時を告げる音を耳にする。教会がありそうな方角へと向かったウィムジイは、農家を見つけ、パブを見つけ、老いた牧師に出会った。
 フェンチャーチ・セント・ポールは寒村だが、教会は立派だった。もとは大僧院だったという。教区長のシオドア・ヴェナブルズの自慢は、国内でも一、二を争う教会の鐘組みだ。
 ヴェナブルズは、転座鳴鐘術に夢中。新年を鐘で迎えるにあたり、9時間かかりで15740転座のケント高音跳ね八鐘を鳴らす予定でいる。ウィムジイも心得があり、興味津々。
 実は、村はひどい流感に襲われており、12人いる鐘方のうち4人が寝つき、ギリギリの8人しかいない。それでもやる気でいたヴェナブルズだが、さらにひとりが倒れてしまう。そのため、急遽ウィムジイが参加することになった。
 村人と交流をもったウィムジイは、昔あった奇妙な盗難事件を耳にする。
 古い家柄のヘンリー・ソープが結婚式をあげた。そのとき招かれたご婦人が何千ポンドもするエメラルドの首飾りを持っていたが、それが盗まれてしまったのだ。
 首謀者は、ロンドンの泥坊クラントン。内通していたのは、ソープ家の執事ディーコンだった。両者共に逮捕されたが互いに罪をなすりつけ、とうとう首飾りはでてこなかった。
 責任を感じたヘンリーは首飾りと同額をご婦人に返した。そのため一家は苦しくなってしまう。さらに戦争で負傷し、不自由な身体ともなった。
 そして、今度の流感だ。ヘンリーの妻は、15歳のひとり娘を残して世を去った。村人たちはソープ家に同情している。
 鐘を成功させて村を後にしたウィムジイだったが、ヴェナブルズからの知らせに、ふたたび村に向かう。
 ヘンリーが亡くなり、妻のかたわらに埋葬するため墓を掘り返したところ、男の死骸がでてきたのだ。顔は潰されており誰だか分からない。両手は、手首のところで切断されていた。
 クラントンが、隠したエメラルドの首飾りをとりにきたのではないか? ならば、殺したのは誰なのか?
 かけつけたウィムジイは、警察と共に、喜々として捜査に乗り出すが……。

 《ピーター・ウィムジイ卿》シリーズ長編第9作。
 タイトルの九告鐘(ナイン・テイラーズ)は、死者を送る鐘のこと。男性は9回、女性は6回だそうです。
 シリーズ初読ですが、すんなり読めました。
 ウィムジイは名門デンヴァー公爵家の次男坊。金はあるし、時間もある、という身分。素人探偵として活躍していて、ちょっと不謹慎なほど事件に喜々としてます。
 そのためか、全体的にあたたかい雰囲気でした。
 発表は1934年。真相をどこかで耳にしていたのかもしれません。驚きはありませんでした。
 とにかく会話がたくみ。セリフの中に動作や光景が織り込まれていて、人々がいきいきしているのが印象的。読んでいて楽しかったです。


 
 
 
 

2024年04月18日
冲方丁
『月と日の后』PHP出版

 寛仁2年(1018年)、藤原道長は栄華の絶頂を迎えていた。
 長女の彰子(しょうし)は、このとき31歳。亡き一条天皇の中宮であり、2年前に即位した後一条天皇の産みの母として太皇太后となっている。
 後一条天皇は、まだ11歳。道長が外祖父として摂政となり、もはや律令の枠に従う必要がないほどの権力を手にした。
 だが、彰子は気がついている。栄枯盛衰が世の常であり、運勢の傾きによっては、あっけなく全てを失うかもしれない。そのことで道長が、歓喜に満たされながらも不安を抱えている、と。
 彰子が一条天皇のきさきとなったのは、12歳のときだった。
 女としてのしるしが訪れると、すぐに成人としての儀式を受け、翌々日には従三位の位を賜った。帝のきさきとなる準備がされたのだ。
 そのころの彰子に政治のことはわからない。女御として入内するまでに少し時間がかかったのが不思議だった。
 彰子にあるのは不安ばかり。
 内裏に調えられた豪華な部屋には、言い知れぬ居心地の悪さを感じてしまう。別のきさきの存在も追い打ちをかけた。
 帝の寵愛を一身に受けているのは、中宮の定子(ていし)だ。自分ではない。その定子が男子を出産し、彰子は言葉にならない衝撃を受けてしまう。
 まもなくして定子は皇后になり、彰子が中宮となった。彰子は、そうなった理由も呑み込めていない。そのうちに定子が亡くなり、彰子が敦康親王の母となることに決められた。
 定子の遺児は、生まれてまだ2年も経たない。促されるままに幼児を抱いたとき、彰子は覚悟を決めた。
 これからは、敦康のために知らなければならない。
 彰子は、一条天皇の母であり、自身の叔母でもある詮子(せんし)から話を聞こうとするが……。

 彰子のほぼ回顧録。
 数え年で12歳から亡くなるまで。
 彰子は、紫式部が仕えた人物として知られてます。紫式部の登場は第2章から。
 いかんせん87歳まで生きた人なので、人生がとにかく長い。知識を得て、国母となり、権力を握ったあとが、長い。そのため、途中から小説というより列記になってます。
 それが残念。

 
 

 
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