2024年02月01日
デイヴィッド・ウォルトン(押野慎吾/訳)
『天才感染症』上下巻/竹書房文庫
ニール・ジョーンズは21歳で無職。アルツハイマー病をわずらった父、チャールズのため、実家に帰っている。さまざまなことを忘れているチャールズだが、思いだせない何かがあることは理解しているらしい。
チャールズは34年のあいだ、国家安全保障局(NSA)に勤めていた。ニールは具体的なことを何ひとつ知らない。暗号解読者だったというが、仕事の詳細が機密のため、なにも語らなかったのだ。
それでもニールにとってチャールズは、目標だった。NSAで数学と言語の魔術を駆使して敵の暗号を解読し、民主主義のために世界を安全な場所にする。あきらめきれない夢だ。
ニールは、3度も大学で失敗した。16歳でマサチューセッツ工科大学に入学するものの1年で退学。17歳でプリンストン大に入学してまた1年で退学。18歳で入学したカーネギーメロン大にいたっては、2ヶ月しか続かなかった。
学長が基金を着服していると疑い、違法なことをして調べようとしたのがバレたのだ。それで退学することになった。しかもニールの勘違いで、不正をしていたのは総長だった。
そんなニールにもチャンスが巡ってくる。NSAのシギント専門のコンピューター科学チームに志望し、面接までこぎ着けたのだ。
ニールの兄ポールの身に何が起きたのか知ったのは、面接の前日だった。
その日テレビで、アマゾン川で観光船が襲われた事件が報道された。撃ち殺されたのは、12人のアメリカ人とふたりのカナダ人、ひとりのブラジル人操縦士。行方不明はふたり。
ポールは22歳で博士号を持ち、菌類学者としてアマゾンでフィールドワーク中。心配する家族のもとに、ポールから電話が入る。観光船に乗っていたが、川に飛び込んで難を逃れた、と。
ポールには憶えていないことがあった。岸にたどりついて歩いたのは間違いない。ずいぶん長い距離だったことは分かっているが、どこをどう歩いたのか、記憶が抜け落ちているという。
明日の飛行機で帰国するポールのため、ニールが迎えに行くことになった。その前のNSAの面接には自信があったが、大失敗してしまう。
早く到着しすぎて、待っている間にうたたねして遅刻。暗号文らしきものが書かれた紙を渡されたが、使うように指示されたコンピューターの電源が入らない。なんとか解読できたものの、何時間もかかってしまった。
空港でポールと合流したのも束の間、ポールは倒れてしまう。真菌性肺炎だと診断されるが……。
未知の菌との戦い。
NSAに採用されたニールが、南米で急増した謎の暗号文に挑みます。それが、アマゾンでポールが感染した、いわゆる天才感染症に繋がっていく。
感染すると脳にとりついて思考能力を飛躍的に高めてくれるんです。アルツハイマー病すら治っちゃう……ように見える。それで、天才感染症。
とにかくニールの天才ぶりが、説得力ありました。
本人は天才だと思ってないし、周囲が天才だってチヤホヤすることもないです。NSAは優秀な人材が集まってますからね。行動の端々に、ふつうの人とは違うなにかが窺い知れます。
人間は常に正しいのか、菌による進化は許容するべきなのか。
重ための話を、軽いタッチで読めました。
2024年02月04日
冲方丁
『はなとゆめ』角川書店
平安時代中期。
藤原道隆の娘定子が一条帝と結ばれて3年。
道隆は中宮となった定子のため、優れた女房を片端から集めた。その中に、機知に富み才媛であると噂の娘がいた。
出仕した娘を中宮は、清少納言と呼ぶ。父の姓である「清原」と夫の官職である「少納言」を重ねたのだ。
清少納言はその呼び名で、自分の中に隠れていた華の一端を見出すことができた。
このとき中宮、17歳。清少納言から見て中宮は、人を見抜き、導き、そしてその才能をその人自身に開花させるという、優れた君主の気風と知恵とを身に備えている。
清少納言は、比類無きあるじとして中宮を讃え、心を込めてお仕えしようと決意するが……。
清少納言の回顧録。
平安時代に『枕草子』を書いた人物です。最初の夫は、橘氏の氏長者の息子、則光。そのころの思い出からはじまり、出来事や考えなど、一人称で語られていきます。
なお則光は、一条帝の前の花山帝とは乳兄弟。
花山帝の突然の退位は、清少納言と則光の夫婦仲にも影響を与えます。けっきょく、21歳で離縁。
25歳で藤原信義と再婚した清少納言でしたが、父が亡くなってしまいます。中宮の女房となるのは、その3年後。
さまざまな名前で呼ばれ、ついに清少納言となるまでが前置き。
タイトルの「はな」は華のことです。ずっと華について語ってます。それから『枕』のこと。どのようにして枕草子が書かれることになったのか。
とにかく、中宮とその家族へのヨイショぶりが半端ないです。心酔しすぎて、すごいバイアスがかかってます。一人称ですから、別の一面などは書かれません。
その分、分かりやすさはありました。
2024年02月06日
レイ・ペリー(木下淳子/訳)
『ガイコツと探偵をする方法』創元推理文庫
ジョージア・サッカリーには秘密があった。
家に骸骨がいる。しかもその骸骨は、シドという名の友だち。面白がるのが骨なジョークも飛ばす明るい性格で、骨に興味津々な犬が大の苦手の、歩いて、喋る骸骨だった。
シドのことを知っているのは、両親と姉のデボラだけ。ひとり娘のマディソンも知らない秘密だ。高校生のマディソンは、家族の秘密を黙っていられると思うが、シドの反対で打ち明けられずにいる。
ジョージアは、シドが隠れ住んでいる実家に引っ越してきた。この秋、マクウェイド大学で非常勤講師の職を得たのだ。
両親はそろってマクウェイド大学の英文科教授だが、ふたりは長期休暇とって、海外に行っている。帰ってくるまで、家賃無料で家を使えることになった。シングルマザーのジョージアには、なかなか終身在職権を得るチャンスがめぐってこない。
マディソンは、新しい高校にもすぐなじんでくれた。友だちもでき、今週末、マクウェイド大学で開催されるマンガーチューセッツというイベントに行きたいという。
話を盗み聞きしていたシドも大乗り気。死神様というキャラクターに扮するという。骸骨のキャラクターで、衣裳で全身を覆うからシドが骸骨だとは誰も気がつかないはずだ。
ジョージアは心配するが、シドが外に出かけたがっていることは気がついてる。協力することにした。
当日、シドの死神様は大評判。ところが、帰ってきてからシドの様子がおかしい。
シドはマクウェイド大学で、ひとりの女性に気がついた。ずっと前から彼女を知っているような気がしてならないという。ずっと前とは、生きていたころのことだ。
女性は、シドになにか恐ろしいことを思い出させる。具体的にはわからない。記憶ではなく、感覚として、罪悪感が浮かんでくる。
ジョージアの前にシドが現れて30年。
シドの記憶もそのときからはじまる。何者でどこから来たのか、シドも憶えていないのだ。その女性の存在は、シドの謎を解く鍵になるかもしれない。
ジョージアはシドの証言をもとに、その女性をみつけだした。その正体は、動物考古学者のジョカスタ・カークランド博士。2〜3ヶ月前に引退した、ジョシュア・テイ大学の名誉教授だった。
ふたりはカークランド博士と接触しようとするが……。
骨からはじまるユーモア系ミステリ。
ジョージアの一人称小説。
ジョージアとシドのコンビがほほえましい。
シドのことを調べるうち、シドは殺されたのではないか疑惑が浮上し、新たに殺人事件も発生します。
その一方でジョージアは、非常勤講師仲間のフレッチャー・ワイルドマンと親しくなります。デートを重ねますが、シドのことは打ち明けられずにいます。
あからさまにシドを無視するデボラなど、いろいろな人間模様もあります。
ユーモア系なので、基本的に楽しいです。
ただ、ちょっとひっかかることもありました。
ジョージアと対立する同僚はいつも意地悪。ストーリー展開に必要だったんでしょうね。物語の犠牲になったようで、気になりました。
また、親しくなるフレッチャーに対してジョージアは、点数で評価ます。教員のサガなのでしょうか。子ども優先で考えるのは当然としても、ひとりの人間として見ていないようで、居心地悪かったです。
あまり考えずに、ジョージアとシドのやりとりを楽しむべきなのでしょうね。
2024年02月08日
ドナ・バーバ・ヒグエラ(杉田七重/訳)
『最後の語り部』東京創元社
ペトラ・ペーニャは、あと少しで13歳になる。
そのころ地球は、軌道を変えた彗星が衝突しているはずだ。両親が恒星間宇宙船に乗れるペトラは、一緒に脱出できる。それは間違っている、そう感じてしまう。
出発前ペトラは祖母から、ナグワルという火のへびの話をきいた。ナグワルは、おかあさんの地球に帰ろうとしているのだ、と。ペトラは祖母のような語り部になりたいと思っている。
新しい惑星セーガンまで、380年。
その間、人々は長い長い眠りにつく。エン・コグニート(コグ)を使って、脳内に厖大な知識をインストールしながら。眠ることのない世話人たちに面倒を見てもらいながら。
恒星間宇宙船は3隻しかない。もともとは銀河系をめぐる快適な旅を提供するために設計されたもの。先行して出発した1号機は、連絡を絶って行方がわからなくなっている。
とにかく時間がなかった。すでに都市では略奪が行なわれている。また、コレクティブという単一社会をつくる運動が盛んに行なわれていた。
コレクティブは、あらゆる面で違いがなくなれば、意見の衝突を避けられると主張している。目指すは、人類があらゆる点で完全なる合意に達した世界。それを実現するために手段は問わない。
不穏な空気のなか、ペトラは、両親に連れられ宇宙船に乗った。子どもたちの世話人は、ベンという人が見てくれるという。
ペトラがコグで選択した〈世界の神話と伝承〉は、世話人たちのリーダーによって却下されていた。ペトラは、両親が選んだ植物学と地質学しか学べない。落ちこむペトラに、ベンがリーダーにかけあってくれると請け合うが、緊急事態が発生してしまう。
宇宙船が襲撃を受けたのだ。大急ぎで睡眠装置に入れられたペトラは、なかなか眠りに入れない。身体を動かすことはできないが意識を保ち、さまざまな声を耳にする。
政治家や大統領が乗った3号機は消失した。
世話人のリーダーが、新たな歴史をつくる、と宣言した。
ベンはペトラのために、一般的なものだが物語をくれた。そして、粛清されてしまった。
ようやく眠りに落ちたペトラが意識を取り戻したとき、宇宙船は一変していた。ペトラは〈ゼータ1〉と呼ばれ、同時に目覚めたほかの子どもたちは記憶をなくしている。ペトラは粛清されたベンのことを思い出し、洗脳されているふりをした。
ペトラは、コレクティブのために働くことを期待されるが……。
ディストピアSF。
ちなみに、地球を出発したのは2061年。地球に衝突するのはハレー彗星です。
児童文学ですが、児童文学って雰囲気じゃなかったです。SFとして設定などはちょっと甘めになっているところもありますが、とにかく過酷。シビア。
ペトラにはハピエルという弟がいます。そのためペトラはお姉さん気質。一緒に目覚めた子どもたちも助けようとします。
その手段が、物語。
祖母の語りを思い出しながら、自分流に、現状に合わせて物語を紡いでいきます。ペトラの考えや、聞き手の反応をさぐりながら語られるので、枠物語にはなってません。
物語が救うのは、人間性なんでしょうね。
このあとのペトラの人生が幸せであることを願います。
2024年02月14日
S・J・ベネット(芹澤 恵/訳)
『エリザベス女王の事件簿 ウィンザー城の殺人』
角川文庫
2016年4月。
ウィンザー城で、マクシム・ブロツキーが死亡した。
エリサベス女王主催の晩餐会が催された翌朝のことだった。ブロツキーは余興の音楽会に呼んだだけで、招待客ではない。滞在していたのは、使用人のための部屋だった。
90歳の誕生日も近い女王にとってウィンザー城は、幼い日々の思い出がつまった特別な場所だ。そんなわが家で歓迎できないことが起こった。しかも、ハレンチな状況下の死であったらしい。
すぐさま箝口令がしかれ、遺体や部屋が調べられた。間もなくして、ブロツキーが他殺だったことが明らかになる。ロンドン警視庁の警視総監ラヴィ・シン、MI5長官のギャヴィン・ハンフリーズが捜査に乗り出してきた。
ブロツキーは5歳のとき、父親がモスクワで殺されている。精神を病んだ母親は、消息不明。
ハンフリーズは、ロシアのプーチン大統領に殺されたのだと主張する。女王滞在中のウィンザー城が選ばれたのは、なんらかのメッセージだろう、と。
エリザベス女王はハンフリーズの見解に納得できない。王室の職員が疑われているのも心外だった。
ローズマリー(ロージー)・グレース・オショーディは、エリザベス女王の秘書官補。イギリス軍と、投資銀行で働いていた経歴を持つ。
ロージーは、従妹の結婚式があったナイジェリアから帰ってきたばかり。まだ新人だが、王室にいる多くの職員と同じように、女王を敬愛し、忠誠を誓っている。
それでも、今回の女王の内密な頼みには面食らってしまった。
名前がはっきりしていないが、あるソヴィエト連邦崩壊後のロシア情勢の専門家をお茶に招待したいという。それは私的な席で、彼はレディ・ヘプバーンに会いたいと思っているはずだという。レディ・ヘプバーンは女王も招待してくれるはずで、3人で話をしてみたい、と。
ロージーには、その専門家に心当たりがあった。それから、今回の頼みは上司にも秘密なのだと理解した。さらには、秘書官補に採用されたときの前任者の助言を思い出した。
いつか、陛下からなんだかわけのわからないことを頼まれる日がくる。ぶっちぎりでわけのわからないことを。
ロージーは、女王のために調べはじめるが……。
ウィンザー城で発生した殺人事件をめぐるミステリ。
舞台は2016年。エジンバラ公が健在で、ヘンリー王子はまだ独身、という時期です。アメリカはオバマ大統領。政治的には、EUから離脱する是非が議論されてます。
女王を含め王室の面々は、対外的なイメージ通り。
実際はちがうだろうな、というのは今回はなし。
女王としては、警視総監もMI5長官も、今後も国のために気持ちよく働いてもらわなければならない存在。勝手に事件解決して捜査機関を鼻で笑うようなことはできません。
女王はロージーなどを秘密裏に動かして情報を集め、自分の頭の中だけで真相を探っていきます。そして、その結果をもとにした雑談で、相手が、自分が思いついたと錯覚するようなキッカケをばらまきます。
探偵ものでありがちな最後の大演説は、女王が教えてもらう体裁。得意満面で語る偉い人たちは、実は目の前の老婦人がすべてを知っていることに気がついていません。
ミステリよりも、理想の女王を楽しむ印象が強いです。
とりわけ、ちょこちょこ登場するエジンバラ公(王配)が「らしい!」の一言。読んでいて楽しいです。
2024年02月22日
スティーヴ・エリクソン(島田正彦/訳)
『ルビコン・ビーチ』筑摩書房
ケールは服役中、ちょっとしたジョークを飛ばした。
その結果、翌日にベン・ジャリーが絞首刑になり、自身は釈放された。護送車に乗せられシアトルで放りだされたケールは、強制的に船に乗せられ、ロスアンジェルスにたどり着く。
ケールは街の図書館で、住み込みで働くことになった。仕事は簡単だ。図書館の整理をして、建物にいる不法侵入者たちを毎晩追い出す。
30メートルほどのタワービル図書館は、さながら牢獄のよう。仮出所したとは思えない。
そのうえ尾行されていた。運河の水門と橋の守衛が見張っているのだから、島からでるのは難しいというのに。
ケールがロスアンジェルスに来て、1ヶ月。
これまで、区切りがいくつかあった。
連邦警部のジョン・ウェイドが訪ねてきた。ラジオを買った。のちにラジオは違法と知った。
その日ケールは、運河を下る船に乗り込んだ。警官は誰も尾行していない。そのまま船に乗っていれば、ロスアンジェルスを脱出できるはずだった。
ケールは突き出た浜で、人をふたり目撃する。
ひとりは座っているかひざまずいている男。背を向けているため顔はわからない。背中で手を組んでいる。
もうひとりは、その男の前に立っている女。まだ若いようだ。突然、女はナイフで男の頭を切り落とした。
目撃者はケールだけ。船長の話では乗船中のケールは、石のように黙ってるかと思うとねずみ花火みたいにまくしたてたりしていたという。
浜は、地方警官やFBIでごったがえしたが、胴体も、頭も、ナイフも、女も見つからなかった。
ケールは、ロスアンジェルスを脱出できていない。あのできごとが頭にこびりつき、何度となく思い返すが……。
三部構成。
第一部、ケールの話。
第二部、後にキャサリンと名づけられた女の話。
第三部、ジャック・ミック・レイクの話。
アメリカが舞台ですが「アメリカ1」と「アメリカ2」があるとか、世界が破滅しているとか、なにかがおかしい雰囲気があります。幻想的かといえば、そんなことはなく、どことなく夢の中にいるような感覚。
3つの話は、つながっていないようでいて、ほんのちょっぴり繋がってます。はっきりした説明のようなものはないです。
分かったような、分からないような。
でも、読みやすいから不思議です。
《五神教》シリーズ中篇集。
『魔術師ペンリック』『魔術師ペンリックの使命』続編
ペンリック・キン・ジュラルドは、庶子神に仕える最高位の神殿魔術師。混沌の魔であるデスデモーナを宿している。
デスデモーナは、馬とライオンと10人の女性を経て200年ほど生きてきた。ペンリックは魔力とともに、娼婦や医師などさまざまな経験と知識を受け継いでいる。
本書に収録の3篇は、ペンリックが主役というだけで、つながりはないです。相変わらず、さまざまなことに巻きこまれていくペンリック。神の介入があったような、偶然のような。
「ロディの仮面際」
『魔術師ペンリック』と『魔術師ペンリックの使命』の間の物語。
ペンリックはアドリア大神官の宮廷魔術師。
明日、アドリアの首都ロディは庶子神の日を迎え、盛大な祭りが催される。そんな日に、漁師の網に物狂いがひっかかった。何日か海で漂流したために頭がおかしくなったらしい。
ただ、それだけではないようで、判定のためにペンリックが呼ばれる。デスデモーナの力を借りてペンリックが見たところ、患者は狂った魔に取り憑かれていた。白の神に仕える聖者に、魔を引き剥がしてもらわなければならない。
ところが、患者が逃走してしまう。
ペンリックはキーオ聖者とともに魔を捜すことになるが、まだ若いキーオは、祭りに出かけられることに大喜び。ペンリックは振りまわされてしまうが……。
「ラスペイの姉妹」
『魔術師ペンリックの使命』の2年後の物語。
ペンリックの乗っていた船が海賊に襲われた。
魔術師と、魔術師に力を与える混沌の魔は、船に不運をもたらすと考えられている。ペンリックは今回も、身許を隠して乗船していた。海賊に知れたら、手っとり早く船から投げだされるだろう。
ペンリックは祐筆であることを主張する。どうにか生き延びたものの、狭い船室に閉じ込められてしまった。そこには、幼い少女がふたり、捕えられていた。
少女たちは、母が亡くなったため貿易商の父に会いにいくところだったという。おそらく、庶子だろう。ペンリックは庶子神に仕える者として、少女たちを護ろうとするが……。
「ヴィルノックの医師」
『魔術師ペンリックの使命』の3年後の物語。
ペンリックは、オルバス大神官の宮廷魔術師。
赤子が生まれて喜びの日々を送っていたところを、義兄のアデリスに連れ出されてしまう。アデリスはオルバスの将軍だが、砦が謎の熱病にやられているという。軍医はいるが、その原因がまるでわからない。
砦で伝染性の病が発生すれば、必ず港までやってくる。港町にはペンリックの家があり、赤子がいるのだ。
上級医師も感染死してしまい、ペンリックは第二軍医に協力して、元凶を探るが……。
2024年02月25日
イアン・ワトスン&マイクル・ビショップ(増田まもる/訳)
『デクストロII 接触』創元SF文庫
高橋恵子は、言語学者で、データスペシャリスト。
超国家的超高速船〈ヘヴンブリッジ〉の調査隊に参加している。
ジェミニ星系のデクストロを公転する第二惑星は、1年前に発見されたばかり。恵子が、この謎にみちた小さな惑星を〈オノゴロ〉と名づけた。
〈オノゴロ〉には原住民たちがいる。かれらはまるで、知覚力のあるロボットとしてこの世に生まれ、そのあとで、有機物がじわじわ侵入してきたようだ。サイバネティックス学者が、機械化された人間や動物を意味する〈サイボーグ〉をもとに〈カイボーグ〉という言葉を思いつき、原住民をカイバーと名づけた。
恵子はひとりのカイバーに、汎地球的言語のトランスリックを教えてくる。
カイバーの学ぶ速度は速い。だが、自分たちのことは一切話そうとしない。他の学者たちにも調査の進展はない。
そんなとき、デクストロがノヴァ化を迎えつつあることが明らかになる。
調査隊は〈ヘヴンブリッジ〉を離脱させればいいが、残されるカイバーはどうなるのか。
そもそもカイバーは生物なのか、機械なのか。議論が噴出するが……。
ファースト・コンタクトSF。
恵子が選んだ〈オノゴロ〉は、日本の創世神話に由来しています。イザナギとイザナミが最初に作った島の名前です。
恵子が日本人ということで、日本ネタがそこかしこにあります。日本人として嬉しいかどうかは人それぞれかな、と。伊勢大社の遷宮が10年間隔になってたり、違和感はありました。(正解は20年です)
専門外の同僚が口出ししてきたり、隊長の西清国(シー・チンクオ)がイヤーな感じの人だったり、かなりストレスを感じながらの読書でした。
みんな仲良く、なんて無理なのは分かってます。ただ、能力に見合った立場の人が専門家として持てる力を発揮している姿のほうが望ましいのは確か。
2024年02月29日
アーサー・C・クラーク(山高昭/訳)
『地球帝国』ハヤカワ文庫SF603
ダンカン・マケンジーは、コリンのクローンだった。
そしてコリンは、マルカムのクローンだった。
若いころのマルカムは、大気宇宙工学の設計者。稀薄な火星の大気中でも実用的な航空機を作ろうとしていたが、ひとつの壁にぶち当たる。
必要な水素は、地球にも豊富にあった。ただ、宇宙空間へ持ち上げるコストは恐るべきものだ。代わりにマルカムは、土星の衛星タイタンに狙いを定めていた。
タイタンには水素が豊富にある。しかも、重力が弱い。マルカムのタイタン燃料補給計画は、セレネ銀行が資金を出すことで動きだした。
2195年。
マルカムは、44歳になっている。タイタンの開発は軌道に乗り、技術者だったマルカムは国家元首として活躍していた。
結婚したマルカムは、予期せぬ事態に見舞われる。地球と火星を往き来していたころのどこかの時点で、遺伝子が傷ついたらしい。もはや、正常な子どもを望めない身体になっていた。
地球を訪問したマルカムは、金とお世辞と圧力とを巧みに使いわけ、自分と瓜二つの赤ん坊を手に入れた。こうして誕生したコリンは、マルカムの不得意な面を重点的に教育され、あらゆる点で正確な模写だが違う人間として育った。
それから40年ちかく後になって、コリンも同じことをした。地球を訪問し、ダンカンを我が子として迎え入れたのだ。
2276年。
マルカム・マケンジー宛に、アメリカ合衆国建国500年祭の招待状が届いた。マルカムは124歳で、健在だが、もはや地球の重力には耐えられない。コリンも難しい。
このときダンカンは31歳。行政長官の特別補佐官になっている。すでに決まっていたスケジュールは反故にして、ダンカンが地球に赴くことになった。
地球側は、2ヶ月間の滞在費用を用意してくれる。ダンカンの滞在は1年になるはずだ。家族に新しいメンバーを迎える必要があった。
ダンカンは地球生まれだが、そのころの記憶はない。意気揚々と出発するが……。
SF。
本題は地球でのことだと思うのですが、 到着するまでの前フリがかなり長いです。そこを圧縮せず、技術的なアレコレをきちんと書ききるところが、クラークだなぁ、と。
人間模様のアレコレもあります。
ダンカンには、カール・ヘルマーという5つ年上の幼馴染がいます。ただ、ひとりの地球人の女性を巡って気まずくなり、ほとんど交流もしなくなってます。そのことがダンカンの心に暗い影を落としてます。
ハインラインだったら、人間関係と事件をメインに据えるだろうな、などと考えてしまいました。あるいは、アシモフだったらどう書いたか。
クラークにはクラークのよさがありますけどね。
2024年03月04日
飯嶋和一
『神無き月十番目の夜』河出文庫
1602年10月13日。
大藤嘉衛門は水戸城から言いつけられて、正使を山深い小生瀬まで案内した。
このあたりは、しじゅう南下を目論む伊達政宗の脅威にさらされていた地域だ。この地を支配していた佐竹義宣は防衛のため、住民たちの力を活用した。
とにかく軍役が最優先。古来からの保内衆が認められ、村人たちは、半農半士の士豪を中心とした集団として自分たちで何もかも執り行ってきた。永楽銭による租税など形ばかりのものだといってよいほどだった。
関ヶ原の戦から2年がたつ。佐竹義宣は、出羽秋田移封を命じられてこの地を去った。徳川家蔵入れ地のひとつとなり、もはや自治は認められない。
嘉衛門たちが村に到着してみると、人の気配どころか牛馬の影すらなかった。家に上がり込んでみれば、新鮮な水が瓶に満たしてあり、囲炉裏では竹串に刺した山女や岩魚などの川魚が並べられたまま。つい今しがたまで人がここにいたかのようだった。
嘉衛門は、収穫祭である鎌上げの祝いの供え物に気がつく。10月10日には、この家の住人はここで暮らしていたのだろう。
あたりは野戦場の臭いで満たされていた。
正使の話によると、当地の百姓が、徒党を結い、法に従わず、あまつさえ検地役人を殺傷するにおよび、残らず成敗したとのことだった。
その言葉どおり、大勢の村人の死体が発見される。女も、童も、老人も、赤子すら容赦なかった。小生瀬の者たちは、すべてなで斬りにあったことは間違いない。
死体は野犬と鳥とに食い散らされていた。その中に、石橋藤九郎の亡骸はなかった。
嘉衛門は、藤九郎のことをよく憶えている。
13年前のことだ。伊達政宗との戦があり、藤九郎は初陣でありながら騎馬武者三騎を倒す大手柄をたてた。小生瀬で兜を被り馬に乗って戦うのは藤九郎ひとり。住民たちから慕われており、事件の中心人物であることはまちがいない。
13年前のあの日、藤九郎は16歳だった。はじめての戦場に震えていたが……。
歴史ミステリ。
史実ベース。
23年ぶりに読みました。
序章で、嘉衛門が目の当たりにした結果が淡々と語られ、本編で、そこに至る経緯を辿っていきます。
中心人物は藤九郎。それ以外にも、さまざまな人の立場と心情に寄り添って語られていきます。
これからの時代はこうなる、とはっきり見えている人、見えていない人。戦がどういうものか知っている人、知らない人。亡村になるとは思わずに行動する人、亡村を回避しようとする人。
さまざまな偶然や必然が重なって、神無き月十番目の夜がやってきます。
つらい。